第91話
馬車がエッシェンバッハ辺境伯邸に到着する頃には、執事達が俺とグレタのお出迎え準備を終えていたようだ。
館を警護するエッシェンバッハ辺境伯家の私兵や庭師などが正門の内側に並びお出迎えして揃って一斉にお辞儀をしてくれる。
馬車に乗ったまま正門を抜け正面玄関に横付けされた馬車を降りると、メイドや執事達が並び出迎えてくれた。
ルドヴィークは元々領都に視察にきていたので、視察に同行していたエッシェンバッハ辺境伯家の派閥に属する貴族も出迎えてくれた。
ルドヴィークをはじめ辺境の地を守り続けてきた貴族達は武闘派がほとんどで、ゴツイ体型の貴族ばかり。
脳筋だけでは貴族の家を維持できない。
なので脳筋貴族は優秀な執事を高給で雇う。
有能な執事はまるで家族のように誰よりも大切に扱うので執事業界では大人気らしいと噂で聞いた。
脳筋の当主を上手く取り扱う事も執事の腕の見せ所みたいだし。
各貴族の執事達が一堂に会してるが優秀な人が多いな。
持ってるスキルのレベルも高い。
俺に対しては貴族の当主も執事達も身内として歓迎してくれている。
ラーフィーが『ルドヴィーク辺境伯はホープラーとの関係を太くしたいとボヤいていた』と言ってたのは間違ってなかったな。
そのままディナーに。
脳筋が多い食事会なので肉の分量が、普通の倍以上ある。
俺が食べられる量で良かった。
グレタも平気な顔で食べてたのでこれがエッシェンバッハ辺境伯家の標準的な量なんだろう。
30代前半の男爵はお代わりして倍以上食べているのに俺と食べ終える時間が一緒だったので少しビビったけど。
食後は広い応接室へと移動して皆でお酒を飲みながら雑談。
《日本ではお酒は二十歳になってから》
エッシェンバッハ辺境伯家から出されたお酒は数種類のワイン。
赤も白もある。
おつまみはローストされた肉や魚、ナッツ類もローストされてテーブルに並べられている。
脳筋軍団は豪快に飲んで食べて雑談している。
そこに突然、遠見魔法でかなり遠い距離から部屋ごと覗かれている感覚がした。
俺が突然振り返ったので後ろに控えていたメイドと執事がビックリしている。
執事が声を出そうとした瞬間、俺と執事の間に転移魔法でハイエルフの小さな女性が割り込んできた。
「やっほー、ホープラー。」
「お、やっほー、マリベル……いや、その格好の時はたぬ吉か。」
「うむ、たぬ吉だ。」
マリベルは龍王曰く『最古参クラスのハイエルフ』で1万年以上の時を過ごしている。
別の大陸で複数の古龍の長老達が住む巨大な古代の森の王をしている。
初めて会った時、5才の時の俺の身長130センチより少し高い135センチほどのちみっこ。
マリベルは自分よりも背が低くて小さいハイエルフは俺が初めてだったらしく、5才の時に龍王に会わせてもらってから何かと可愛がってもらっている。
190を越えた身長となった今も変わらない。
ちなみに初対面時に『おにぎり』で餌付け成功しているので、ちょいちょい龍の森に遊びにきている。
だから当然の如くユーとミーも可愛がってもらっているし、エイス達も同じように可愛がってもらっている。
好物のおにぎりの具は『ツナマヨ』
たぬ吉というのは……
俺がマリベルにプレゼントした手作りのつなぎのパジャマ。
タヌキ仕様となっている物でタヌキのしっぽとフーディーにはタヌキの耳がついている元々子供向けのパジャマ。
マリベルがことのほか気に入った為にキツネバージョンとパンダバージョンなどが存在する。
タヌキバージョンの時のあだ名が『たぬ吉』
キツネバージョンの時は『こんこん次郎』
パンダのバージョンは『パン太郎』というんだけど……俺が勝手にあだ名をつけたらマリベルがあだ名も気に入ってしまい、あだ名で呼ばないと拗ねる。
似合うんだろうけど……流石にツっこまれて怒られるかと半分冗談でプレゼントしたんだけど、予想を遥かに上回るほど似合っていて本人がむちゃくちゃ気に入ったという話。
アニーの師匠で今回の悪魔獣薬撲滅作戦をお願いしたハイエルフ。
「ホープラー、おにぎりの新作はあるか? この前食べた肉巻きおにぎりはイマイチだった。」
「うーん、あれは元々微妙なシロモノでイロモノおにぎりなんだよな。たぬ吉がまだ食べてない……『天むす』は?」
「『天むす』とはなんだ? まだ食べた事ないぞ。」
紙箱に6個入った海老天むすをマリベルに渡すと速攻で開けて食べはじめる。
ちみっこに天むすはちょうど良いサイズ感だな。
「ぬわ、これは美味しいな。」
一口で気に入ってくれたようだ。
マリベルが夢中になって食べている間にルドヴィークが俺に恐る恐る話しかけてきた。
「ホープラー様、彼女は……」
「あぁ、紹介するよ。今回の事件での本国潰し作戦を実行する、『風神の森の王』で『風王』マリベルだ。このパジャマを着てる時のあだ名が『たぬ吉』だからたぬ吉と呼んでやってくれ。」
天むすを食べる手を止めずにルドヴィークに手を上げて挨拶するマリベル。
超大物ゲストの突然の到来で驚いて固まっていた貴族達は一斉に席を立ち片膝をついて最敬礼で挨拶している。
風神の森の王『風王』マリベルは超有名人だしな。
世界の覇者の一角。
グレタも何度も会って会話しているので余裕が出来たけど、初めて会った時は緊張でしばらく声が出なくなっていたほど。
勇者の物語などで勇者に伝説の武器や防具などを与える存在として何度も登場する伝説上の人物。
本人に聞いたら……
『そんな事は一回もしたことないから勝手に名前を使われてるだけだし』
と少しだけムカついてるみたいだけど。
ソファーに座る俺とグレタの間に入って座り、天むすを口一杯にして幸せそうに食べてるタヌキのパジャマを着た人物からは想像できないけど、森の王のハイエルフの存在感やオーラは隠しきれなくてただただ圧倒されてしまう。
夢中で天むすを食べ終わり麦茶を飲んだマリベルがようやく一服。
ルドヴィークはまた恐る恐る話しかけてくる。
「それでたぬ吉様は何の用で参られたのですが?」
「新作おにぎりが食べたかったのか?」
「それもあるけど、グレタの妊娠祝いにきたんだ。」
マリベルがグレタのお腹をポンポンと撫でるとポワッとグレタが光る。
「お、祝福をくれたのか、たぬ吉ありがとう。」
「うむうむ。」
「たぬ吉さん、ありがとうございます。」
「グレタは丈夫な子を産んでくれ。」
グレタの健康の為に『風王』マリベルとしての祝福をくれた。
これは病気になりにくくなるので大変ありがたい。
ルドヴィークや他の貴族達は驚愕している。
『風王』マリベルは風を統べる王。
マリベルからの祝福は元気で丈夫な子供が産めるという伝説があるからだ。
「じゃあホープラー、明日の昼過ぎにでも神殿までグレタと一緒に来てくれ。細かい打ち合わせはその時な。」
「わかった、たぬ吉。また明日。」
マリベルは自身が住んでいる神殿へと転移魔法で帰っていった。
俺からの依頼で複数のハイエルフを使って国の中枢を潰す為に、ホントにむちゃくちゃ忙しい最中にグレタへの祝福の為だけに来てくれたみたい。
グレタは嬉しくて少し涙目になってる。
これは御礼をしとかないとな。
怪獣バージョンのつなぎのパジャマでも送ろう。
あだ名は……『ゴン左衛門』かな。
今回の悪魔獣薬撲滅作戦の御礼も一緒に出しておこう。
ウサギのつなぎのパジャマ。
『ぴょんの介』
まぁ、俺のネーミングセンスなんてこんなもんだ。
しかし、マリベルは俺のネーミングセンスをそうとう気に入ってくれているようで、毎回俺にあだ名を要求されてしまうんだよな。
マリベルが気に入ってくれるから頑張ってあだ名をつけているんだけど。
マリベルが立ち去ったことで暫く緊張していた空気が消えて飲み会が続行される。
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