第6話 前夜
夜。
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木村たちはアジトへ戻っていた。
静かな空気が流れる。
誰も今日のことは話さない。
山崎が冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「まさか、この歳になってこんなことやるとはな。」
藤井が笑う。
「学生の頃、お前が競馬で一攫千金なんて言ってたの思い出したわ。」
「あの頃は馬券すら買えなかったけどな。」
三人が笑う。
木村も小さく笑った。
「笑ってられるのも今日までだ。」
笑顔が消える。
「明日からは別行動。」
「互いを探すな。」
「互いに話しかけるな。」
「換金が終わったら、そのまま解散。」
「二度と会わない。」
しばらく誰も口を開かなかった。
山崎が缶ビールを置く。
「それにしても、お前、よくこんな計画考えたな。」
木村は首を横に振る。
「いや。」
「この計画は直ぐに出来たよ。」
「怖いのは計画じゃない。」
「こんな仕組みが何年も続いてたことだ。」
「俺は、それに気付いただけ。」
藤井が苦笑する。
「全部終わったらさ。」
「家族で何処かへ移住でもするか。」
山崎が笑う。
「俺は、その頃にはどっかで酒でも飲んでるかな。」
「いつか皆が忘れた頃にな。」
木村は静かに言った。
「その位の時間は気を抜くな。」
木村は立ち上がった。
「もう行け。」
藤井も腰を上げる。
「じゃあな。」
山崎は空になった缶を見つめたあと、ゆっくり立ち上がった。
「またな、とは言わねぇぞ。」
「ああ。」
「けど、死ぬなよ。」
木村は答えなかった。
藤井が先に部屋を出る。
山崎はしばらく部屋に残り、藤井が十分離れた頃に部屋を出た。
一人残った木村は、三人分の空き缶を袋へ入れた。
吸い殻を回収し、テーブルや缶に残る指紋を丁寧に拭き取る。
最後に部屋を見回し、照明を消した。
そして山崎が出てから十分ほど時間を空けて部屋を出た。
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双葉会本部。
狭山は、机に広げられた日本地図を見下ろしていた。
全国の競馬場と場外馬券売場に印が付けられている。
「明日は全国だ。」
黒田が地図を見る。
「奴らがどこで換金するかは分かりません。」
「ああ。」
「だが、どこかには必ず現れる。」
「そこを押さえればいい。」
「必ず見つけます。」
黒田は一礼し、部屋を出た。
別室では組員たちが電話と地図を前に動いていた。
「札幌は何人出せる。」
「現地二人、応援三人です。」
「仙台は今夜中に向かわせろ。」
「東京は競馬場だけじゃない。場外も押さえろ。」
「大阪、名古屋、福岡には顔の割れてない奴を入れろ。」
黒田は全員を見渡す。
「全員聞け!」
「明日は全国の払戻所に目を配れ!」
「怪しい奴がいたら、すぐ報告しろ!」
「勝手に動くな!」
「絶対に見失うな!」
『オウ!』
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議員会館。
設楽は手帳を閉じた。
「明日の予定です。」
「午前九時、商工会との意見交換会。」
「十一時、企業訪問。」
「午後一時、街頭演説。」
「夜は後援会との懇親会です。」
大河原は頷く。
「献金の見込みは。」
「前回と同じく、各名義の口座より順次振り込み予定となっております。」
「不足は。」
「ありません。」
「そうか。」
大河原は静かに立ち上がる。
「政治は理想だけでは勝てん。」
「組織を維持するにも、人を動かすにも金が要る。」
「勝ち続ける者だけが政治を動かせる。」
設楽は一礼した。
「失礼いたします。」
部屋を出る。
一人になった大河原はパソコンを開いた。
画面には天皇賞(秋)の払戻結果。
数字を一瞥する。
「予定どおりか。」
静かに画面を閉じた。
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警視庁。
大迫は駆の供述調書を読み返していた。
監禁中、犯人たちは競馬について何度か話していた。
駆が分かっているのは、それだけだった。
何のレースなのか。
何を狙っていたのか。
そこまでは分かっていない。
だが、大迫には引っ掛かっていた。
誘拐事件の直後に行われた天皇賞(秋)。
十三番人気が絡んだ異常な高額配当。
偶然にしては出来すぎている。
上司との会話が脳裏に蘇る。
「この事件は終わりだ。」
「大河原議員の御子息は無事に保護された。」
「犯人の捜査は続ける。それで十分だ。」
「十分ではありません。」
大迫は供述調書を机へ置いた。
「駆は、犯人たちが競馬の話をしていたと証言しています。」
「だから何だ。」
「事件の直後に異常な高額配当が出ています。」
上司は払戻結果を一瞥した。
「偶然だろ。」
「そうかもしれません。」
「ですが、偶然で済ませるには出来すぎています。」
「八百長でも疑ってるのか。」
「可能性は否定できません。」
「もし政治家や暴力団まで関係していたら、誘拐事件だけでは済まない。」
「だから触るなと言ってるんだ。」
「競馬関係者、政治家、監督官庁まで巻き込めば、全員の首が飛ぶ。」
大迫は上司を見た。
「国が粛清すると。」
上司はしばらく黙っていた。
「……JRAまで絡むような話なら、あり得る。」
「余計なことはするな。」
「この事件は終わった。」
回想が途切れる。
大迫は払戻結果を見つめた。
犯人たちは競馬の話をしていた。
そして異常な万馬券が出た。
証拠はない。
だが、明日から払戻が始まる。
何かが動くとすれば、そこしかない。
大迫は資料を封筒へ入れ、上着を手に取った。
「終わってない。」
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同じ夜。
木村は煙草の火を消す。
山崎は缶ビールを飲み干す。
藤井は静かに歩き出す。
黒田は車へ乗り込む。
大河原は議員会館の灯りを消す。
大迫は事件ファイルを閉じた。
それぞれが、それぞれの明日に向かって動き始めていた。




