第13話 追及
合同捜査本部が設置された。
誘拐事件。
換金事件。
そして天皇賞(秋)の異常払戻。
各都道府県警から捜査員が集められ、事件は全国規模の捜査へと発展していた。
*
早朝。
双葉会狭山組事務所。
「警察だ!」
怒号とともに捜査員が一斉に踏み込む。
「動くな!」
「全員その場にいろ!」
事務所内は瞬く間に制圧された。
金庫。
帳簿。
携帯電話。
パソコン。
事務所の隅々まで家宅捜索が行われる。
「黒田はどこだ!」
「知らねぇ。」
「連絡は。」
「ねぇよ。」
「本当か。」
「何度も言わせんな。」
組員たちは刑事を睨み返す。
誰一人として口を割らなかった。
その頃には、黒田はすでに姿を消していた。
*
同日。
警視庁。
狭山は任意同行に応じ、取調室へ通されていた。
背筋を伸ばし、静かに椅子へ腰を下ろす。
向かいには刑事が二人。
机の上へ資料が並べられる。
「狭山さん。」
「黒田について、お話を伺いたい。」
狭山は刑事を見ることなく答えた。
「黒田ですか。」
「私も会いたいものです。」
「居場所は。」
「存じません。」
「連絡は取っていない。」
「ええ。」
刑事は資料を一枚めくる。
「黒田は複数の殺人事件に関与している疑いがあります。」
「そうですか。」
「あなたの指示では。」
狭山はゆっくり刑事へ視線を向けた。
「刑事さん。」
「証拠もないのに、人を疑うのは感心しませんね。」
部屋の空気が張り詰める。
「黒田は、あなたを守るために動いた。」
「違います。」
狭山は穏やかな口調のまま否定した。
「黒田は私の部下です。」
「ですが、私の所有物ではありません。」
「自分で考え、自分で動く男です。」
刑事は視線を逸らさない。
「木村という男は。」
「知りません。」
「本当に。」
「ええ。」
狭山は小さく笑う。
「会ってみたかったですね。」
刑事は狭山を見据えた。
「あなたは、随分余裕ですね。」
狭山は静かに立ち上がる。
「余裕ではありません。」
「覚悟です。」
「刑事さん。」
「ヤクザにも筋があります。」
「その筋を曲げるくらいなら、この世界で生きてきません。」
狭山は上着を整えた。
「他にございますか。」
取調室には重い沈黙だけが残っていた。
*
翌朝。
テレビ各局は通常番組を中断し、速報を流していた。
『大河原議員の政治資金を巡り、新たな疑惑が浮上しました。』
『警察は関係者から事情を聴くなど、慎重に捜査を進めているものとみられます。』
『現時点で違法性は確認されておらず、警察は事実関係を調べています。』
*
議員会館。
大河原が車を降りた瞬間、待ち構えていた報道陣が一斉に駆け寄る。
「大河原議員!」
「政治資金を巡る疑惑について説明をお願いします!」
「違法献金の疑いが持たれていますが、事実でしょうか!」
「天皇賞の高額払戻との関連を指摘する声もありますが!」
「設楽秘書は現在どちらにいらっしゃるんですか!」
何本ものマイクが大河原へ向けられる。
カメラのフラッシュが途切れることなく光り続ける。
大河原は一度だけ足を止めた。
周囲をゆっくり見渡す。
そして、静かに口を開いた。
「……ノーコメントです。」
それだけ言い残し、記者たちをかき分けるように議員会館へ入っていく。
「議員!」
「ノーコメントとはどういう意味ですか!」
「疑惑を否定されないんですか!」
「説明責任を果たしてください!」
怒号が飛び交う。
だが、大河原は一度も振り返ることはなかった。
閉まる扉の向こうへ、その姿は消えていった。
翌日の新聞には、大きく見出しが躍る。
『大河原議員 疑惑にノーコメント』
『説明避ける姿勢に批判の声』
疑惑は、静かに、そして確実に広がり始めていた。
夜。
議員会館。
秘書室の電話が鳴る。
「設楽君。」
「先生。」
「少し話がある。」
「議員室へ来てくれ。」
「承知しました。」
設楽は静かに受話器を置いた。
その声に、いつもの余裕はなかった。
*
議員室。
大河原は窓の外を眺めていた。
国会議事堂の灯りが静かに揺れている。
扉がノックされた。
「失礼します。」
「入りたまえ。」
設楽は静かに一礼した。
「先生、お呼びでしょうか。」
大河原は椅子へ腰を下ろしたまま口を開く。
「世間は騒がしいな。」
「はい。」
「違法献金。」
「政治資金。」
「好き勝手書いてくれる。」
設楽は黙って聞いていた。
「党からも問い合わせが来ている。」
「このままでは、私一人の問題では済まん。」
「……。」
「設楽君。」
「君は私に何年仕えた。」
「二十五年になります。」
「長いな。」
大河原は設楽を見据えた。
「君になら分かるだろう。」
「政治家は、一度倒れれば終わりだ。」
設楽の胸に嫌な予感が走る。
「先生……。」
「私には守るものがある。」
「支持者。」
「後援会。」
「党。」
「この国を動かす責任もある。」
一拍置く。
「設楽君。」
「君は優秀だ。」
「だから、私が何を言いたいか分かるな。」
設楽は大河原を見つめたまま動かなかった。
数秒の沈黙。
やがて、小さく笑う。
「……先生の身代わりになれ、と。」
大河原は何も答えない。
それが答えだった。
設楽はゆっくり息を吐く。
「私が自首する。」
「そういうことですね。」
「設楽君。」
「警察は細かく聞いてくる。」
「資金の流れ。」
「献金の経緯。」
「関係者の名前。」
「その中で、一つでも話が食い違えば。」
大河原は静かに設楽を見据えた。
「党にも迷惑がかかる。」
「支えてくださった先生方にも。」
「後援会の皆さんにも。」
「……。」
「君なら、その意味は理解できるはずだ。」
設楽は俯いた。
二十五年。
家族よりも優先してきた男は、最後まで命令ではなく"理解"を求めてきた。
設楽はゆっくり顔を上げる。
「承知しました。」
その声は静かだった。
もう秘書として返事をしたのか、一人の人間として諦めたのか。
大河原にも分からなかった。
設楽は深く一礼する。
「失礼いたします。」
その背中を、大河原は最後まで見送ることはなかった。
「長い間、お世話になりました。」
設楽は振り返ることなく議員室を後にした。
閉まる扉の音だけが、静かな部屋に響いていた。




