表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
身代金は万馬券  作者: 大福


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

第13話 追及


 合同捜査本部が設置された。


 誘拐事件。


 換金事件。


 そして天皇賞(秋)の異常払戻。


 各都道府県警から捜査員が集められ、事件は全国規模の捜査へと発展していた。


     *


 早朝。


 双葉会狭山組事務所。


「警察だ!」


 怒号とともに捜査員が一斉に踏み込む。


「動くな!」


「全員その場にいろ!」


 事務所内は瞬く間に制圧された。


 金庫。


 帳簿。


 携帯電話。


 パソコン。


 事務所の隅々まで家宅捜索が行われる。


「黒田はどこだ!」


「知らねぇ。」


「連絡は。」


「ねぇよ。」


「本当か。」


「何度も言わせんな。」


 組員たちは刑事を睨み返す。


 誰一人として口を割らなかった。


 その頃には、黒田はすでに姿を消していた。


     *


 同日。


 警視庁。


 狭山は任意同行に応じ、取調室へ通されていた。


 背筋を伸ばし、静かに椅子へ腰を下ろす。


 向かいには刑事が二人。


 机の上へ資料が並べられる。


「狭山さん。」


「黒田について、お話を伺いたい。」


 狭山は刑事を見ることなく答えた。


「黒田ですか。」


「私も会いたいものです。」


「居場所は。」


「存じません。」


「連絡は取っていない。」


「ええ。」


 刑事は資料を一枚めくる。


「黒田は複数の殺人事件に関与している疑いがあります。」


「そうですか。」


「あなたの指示では。」


 狭山はゆっくり刑事へ視線を向けた。


「刑事さん。」


「証拠もないのに、人を疑うのは感心しませんね。」


 部屋の空気が張り詰める。


「黒田は、あなたを守るために動いた。」


「違います。」


 狭山は穏やかな口調のまま否定した。


「黒田は私の部下です。」


「ですが、私の所有物ではありません。」


「自分で考え、自分で動く男です。」


 刑事は視線を逸らさない。


「木村という男は。」


「知りません。」


「本当に。」


「ええ。」


 狭山は小さく笑う。


「会ってみたかったですね。」


 刑事は狭山を見据えた。


「あなたは、随分余裕ですね。」


 狭山は静かに立ち上がる。


「余裕ではありません。」


「覚悟です。」


「刑事さん。」


「ヤクザにも筋があります。」


「その筋を曲げるくらいなら、この世界で生きてきません。」


 狭山は上着を整えた。


「他にございますか。」


 取調室には重い沈黙だけが残っていた。


         *


 翌朝。


 テレビ各局は通常番組を中断し、速報を流していた。


『大河原議員の政治資金を巡り、新たな疑惑が浮上しました。』


『警察は関係者から事情を聴くなど、慎重に捜査を進めているものとみられます。』


『現時点で違法性は確認されておらず、警察は事実関係を調べています。』


     *


 議員会館。


 大河原が車を降りた瞬間、待ち構えていた報道陣が一斉に駆け寄る。


「大河原議員!」


「政治資金を巡る疑惑について説明をお願いします!」


「違法献金の疑いが持たれていますが、事実でしょうか!」


「天皇賞の高額払戻との関連を指摘する声もありますが!」


「設楽秘書は現在どちらにいらっしゃるんですか!」


 何本ものマイクが大河原へ向けられる。


 カメラのフラッシュが途切れることなく光り続ける。


 大河原は一度だけ足を止めた。


 周囲をゆっくり見渡す。


 そして、静かに口を開いた。


「……ノーコメントです。」


 それだけ言い残し、記者たちをかき分けるように議員会館へ入っていく。


「議員!」


「ノーコメントとはどういう意味ですか!」


「疑惑を否定されないんですか!」


「説明責任を果たしてください!」


 怒号が飛び交う。


 だが、大河原は一度も振り返ることはなかった。


 閉まる扉の向こうへ、その姿は消えていった。


 翌日の新聞には、大きく見出しが躍る。


『大河原議員 疑惑にノーコメント』


『説明避ける姿勢に批判の声』


 疑惑は、静かに、そして確実に広がり始めていた。


 夜。


 議員会館。


 秘書室の電話が鳴る。


「設楽君。」


「先生。」


「少し話がある。」


「議員室へ来てくれ。」


「承知しました。」


 設楽は静かに受話器を置いた。


 その声に、いつもの余裕はなかった。


     *


 議員室。


 大河原は窓の外を眺めていた。


 国会議事堂の灯りが静かに揺れている。


 扉がノックされた。


「失礼します。」


「入りたまえ。」


 設楽は静かに一礼した。


「先生、お呼びでしょうか。」


 大河原は椅子へ腰を下ろしたまま口を開く。


「世間は騒がしいな。」


「はい。」


「違法献金。」


「政治資金。」


「好き勝手書いてくれる。」


 設楽は黙って聞いていた。


「党からも問い合わせが来ている。」


「このままでは、私一人の問題では済まん。」


「……。」


「設楽君。」


「君は私に何年仕えた。」


「二十五年になります。」


「長いな。」


 大河原は設楽を見据えた。


「君になら分かるだろう。」


「政治家は、一度倒れれば終わりだ。」


 設楽の胸に嫌な予感が走る。


「先生……。」


「私には守るものがある。」


「支持者。」


「後援会。」


「党。」


「この国を動かす責任もある。」


 一拍置く。


「設楽君。」


「君は優秀だ。」


「だから、私が何を言いたいか分かるな。」


 設楽は大河原を見つめたまま動かなかった。


 数秒の沈黙。


 やがて、小さく笑う。


「……先生の身代わりになれ、と。」


 大河原は何も答えない。


 それが答えだった。


 設楽はゆっくり息を吐く。


「私が自首する。」


「そういうことですね。」


「設楽君。」


「警察は細かく聞いてくる。」


「資金の流れ。」


「献金の経緯。」


「関係者の名前。」


「その中で、一つでも話が食い違えば。」


 大河原は静かに設楽を見据えた。


「党にも迷惑がかかる。」


「支えてくださった先生方にも。」


「後援会の皆さんにも。」


「……。」


「君なら、その意味は理解できるはずだ。」


 設楽は俯いた。


 二十五年。


 家族よりも優先してきた男は、最後まで命令ではなく"理解"を求めてきた。


 設楽はゆっくり顔を上げる。


「承知しました。」


 その声は静かだった。


 もう秘書として返事をしたのか、一人の人間として諦めたのか。


 大河原にも分からなかった。


 設楽は深く一礼する。


「失礼いたします。」


 その背中を、大河原は最後まで見送ることはなかった。


「長い間、お世話になりました。」


 設楽は振り返ることなく議員室を後にした。


 閉まる扉の音だけが、静かな部屋に響いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ