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身代金は万馬券  作者: 大福


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第11話 自白

山崎と連絡が取れなくなった。


 藤井から報告を受けた木村は、静かに飛ばしの携帯を取り出した。


「……最終段階か。」


 電話帳には、


 一番。


 二番。


 そして、名前のない番号が一つ。


 迷いなく発信する。


 数回の呼び出し音。


『……はい。』


「例の件、お願いします。」


『承知しております。』


「それと二人に変更で。」


 一瞬だけ、電話の向こうが静まる。


『少々お待ちください。先生にお繋ぎします。』


 保留音。


 やがて低い声が響いた。


『……しぶとい奴だ。』


 大河原だった。


 木村は小さく笑う。


「先生も、お変わりないようで。」


『二人分か。』


『狭山に捕まったな。』


 木村は答えない。


「先生は予定どおり渡航の準備を。」


「後はこちらで処理します。」


 沈黙。


『……資料は。』


「あります。」


「約束が守られる限り、誰の目にも触れません。」


 再び沈黙が流れる。


『……分かった。』


「では。」


 通話が切れた。


 木村は携帯を閉じ、窓の外へ目を向ける。


「……予定どおりだ。」

山崎を乗せたワンボックスカーは、WINSを離れて数分。


 人気のない路肩へ静かに停車した。


 スライドドアが開く。


 黒田が無言で乗り込んできた。


 車内の空気が一変する。


 黒田は山崎の前へしゃがみ込むと、何も言わずスマートフォンを差し出した。


「PINコード。」


 山崎は睨み返す。


 沈黙。


「PINコードだ。」


 それでも答えない。


 次の瞬間。


 バキッ――。


「ぐああぁぁっ!」


 山崎の人差し指があり得ない方向へ曲がった。


 黒田の表情は変わらない。


「もう一度だけ聞く。」


「PINコード。」


 山崎は荒い息を吐きながら数字を告げた。


 黒田は解除する。


 中身を確認する。


 写真はない。


 メッセージもない。


 SNSもない。


 連絡先は二件だけ。


 『一番』


 『三番』


 通話履歴も、その二人だけだった。


 黒田は鼻で笑う。


「飛ばしか……。」


「徹底してやがる。」


 スマートフォンを閉じ、無線を取る。


『全員聞け。』


 各地区へ緊張が走る。


『今からコイツに仲間へ電話を掛けさせる。』


『通話中、不審な動きをした奴が仲間だ。』


『気を抜くな。』


『見つけたら確保しろ。』


 黒田は『一番』へ発信した。


 そのままスピーカーへ切り替える。


 呼び出し音。


 一回。


 二回。


 三回。


 一方その頃。


 藤井はWINS前の人混みの中で立ち尽くしていた。


 木村の最後の言葉が頭から離れない。


 ――逃げろ。


 逃げろと言われても、どこへ。


 山崎はどうなった。


 その時だった。


 ポケットのスマートフォンが震えた。


 画面には『山崎』。


 藤井は反射的に通話ボタンを押す。


「おい! 何で電話に出なかったんだよ!」


 受話器の向こうで山崎が叫ぶ。


「なんで出ちゃうのよぉぉ!!」


 一瞬の間。


「罠だ!! 逃げろぉぉ!!」


 怒号。


 鈍い音。


 そして通話は途切れた。


 藤井の顔色が変わる。


 思わず周囲を見回した。


 その一瞬を、人混みに紛れていた組員たちは見逃さない。


「あいつだ。」


 一人が呟く。


 次の瞬間。


 各方向から組員たちが一斉に藤井へ向かって歩き出した。


 その異変を、別の男も見ていた。


 大迫だった。


 昨日、捜査本部は縮小された。


 事件は動かない。


 犯人からの要求もない。


 警戒は各地で解かれ、捜査員も通常業務へ戻されていった。


 だが、大迫だけは引かなかった。


 今日は、万馬券の換金最終日。


 犯人が金を手にする最後の一日だった。


 今日を逃せば、紙切れになる。


 犯人にとっても、絶対に外せない日だ。


 全国すべてのWINSを張る人員は、もうない。


 だから大迫は一か所だけ選んだ。


 ここなら来る。


 確信ではない。


 だが、経験がそう告げていた。


 缶コーヒーを一口飲む。


 視線は、人の流れから一度も外さなかった。

 目に入ったのは藤井ではない。


 十数人の男たちが、示し合わせたように同じ一点へ動き始めたことだった。


 普通ではない。


 獲物を囲む動き。


 その先には、一人だけ狼狽え、周囲を見回している男。


 さっきまで電話をしていた男だった。


 大迫の中で点と点が繋がる。


 ――あいつだ。


 次の瞬間、大迫も藤井へ向かって走り出した。


 その頃。


 黒田は通話の切れたスマートフォンを見つめていた。


 すぐに『三番』へ発信する。


『おかけになった電話は、電源が入っていないため――』


 黒田は通話を切った。


「……チッ。」


 小さく舌打ちする。


「こいつが頭か。」



 数十人の男が藤井に歩み寄る。


 1人の男の手が藤井に伸びる――その時だった。


 「おい!!」


 怒鳴り声が響いた。


 先頭を歩いていた男の襟首を掴み、後ろへ引き戻す。


 そのまま藤井の前へ割って入った。


「こんな昼間から、大勢で何やってんだ?」


 男たちが一斉に大迫を見る。


「なんだ、オメェ。」


 大迫は胸ポケットから警察手帳を開いた。


「警察だ。」


 男たちの空気が変わる。


 前に出てきた男が愛想笑いを浮かべる。


「いやぁ、刑事さん。仲間内の揉め事ですよ。」


「そうか。」


 大迫は藤井を見る。


 顔面蒼白。


 額には汗。


 視線は男たちから離れない。


 大迫は再び男へ向き直る。


「この人、仲間には見えないが。」


「金を借りて飛んだんですよ。」


「いくらだ。」


「……二百万ほど。」


「二百万で十人近く動くのか?」


 男は黙る。


「随分と景気がいい組だな。」


 周囲に笑いはない。


 大迫は一歩踏み込む。


「どこの組だ?」


「……。」


「答えられねぇか。」


 男は観念したように息を吐く。


「双葉会です。」


「やっぱりな。」


 大迫の表情は変わらない。


「狭山のところが、たかが二百万の貸しでこんな人数を動かすとは思えんな。」


 男は苦笑した。


「刑事さん、今日は見逃してもらえませんか。」


「絶対に連れて帰らなきゃならねぇ相手なんです。」


「理由は?」


「……。」


「言えないか。」


 大迫は藤井を横目で見る。


 怯えている。


 借金取りを見た人間の顔ではない。


 命を諦めかけた人間の顔だった。


「八百長か?」


 一瞬だった。


 男たちの目が揺れる。


 藤井も息を呑んだ。


 大迫は、その一瞬を見逃さなかった。


「図星か。」


 男は肩をすくめ、小さく笑う。


「今日は刑事さんの顔を立てますよ。」


 男たちは踵を返し、人混みへ消えていった。


 静寂が戻る。


 大迫は藤井へ向き直る。


 青ざめた顔。


 震える指先。


 額を伝う汗。


 ――何かを知っている。


 そう確信した。


 だが、確信だけでは人は守れない。


 大迫はゆっくりと藤井の全身を見た。


 外傷はない。


 拘束された形跡もない。


 静かに口を開く。


「怪我はないようですね。」


 藤井は息を呑む。


「……はい。」


 大迫は小さく頷く。


「では、お気を付けて。」


 藤井は思わず顔を上げた。


「……え?」


「また何かあれば、警察へ。」


 そう言い残し、大迫は背を向ける。


 藤井は立ち尽くした。


 震える手でスマートフォンを握る。


 その時だった。


 ――ブッ。


 画面が震える。


 送り主不明。


 添付された写真を開いた瞬間、藤井の血の気が引いた。


 山崎だった。


 血だまりの中に倒れている。


 本文は一行だけ。


『次はお前だ。』


 喉が鳴る。


 息が吸えない。


 スマートフォンが手から滑り落ちた。


 遠ざかる大迫の背中が見える。


 藤井は我に返ったように叫ぶ。


「刑事さん!!」


 大迫が振り返る。


 藤井は転ぶように駆け寄った。


「助けてください!!」


「全部話します!」


「全部……話しますから!!」


 大迫は藤井を見つめる。


「分かりました。」


「詳しい話を聞かせてください。」


 藤井は何度も頷いた。


 張り詰めていた糸が切れたように、その場へ崩れ落ちた。







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