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かつての自分と、今の自分

「ここは任せてくれないか? ノワールは必ず連れて帰ってくるから、お前達は帰ってきたあの子にかける言葉を考えておくんだ」


 走り去ったノワールを真っ先に追いかけたかったのは、親であるノエルとディーだろう。

 しかし、今追いかけても先程の質問をまたぶつけられる可能性があり、それにはっきりと答える事が出来ない二人は足を動かせないようだ。


『お父さんもお母さんも、どうしてこの人を褒めてばっかりなの! こんな人よりお父さんとお母さんの方が凄いのに……どうして!?』


 従者である二人からすれば、俺かノワールのどちらかを選ぶようなものだろう。俺としては遠慮なくノワールを選ぶような返答をしてくれても良かったのだが、嘘だろうと恩義を感じている俺を下に見る事が出来なかったらしい。慕われ過ぎた弊害かね。

 だが、これもある意味現実を知る良い機会かもしれない。

 両親が凄いと思うのは構わないが、絶対的な存在ではないとノワールは知らなければならないのだ。


 何にしろ、もう一度面と向かい合って話し合わなければならないので、ノワールを無事に確保しなければなるまい。

 とはいえ四人でぞろぞろと迎えに行けば警戒されるだろうし、一人か二人で行くべきだろう。

 適任は仲の良いエミリアかリースなので、二人にノワールを追うように指示を飛ばし、レウスにはノエルとディーの護衛を頼んだのだが……。


「待ってくれ兄貴!」


 彼はノワールを追いかけようとしたエミリアとリースの前へ立ち塞がったのである。

 基本的にレウスは姉に逆らわず、俺の指示は二つ返事で引き受ける忠実な男だ。そんなレウスが指示に従わず立ち塞がるとは……何と珍しい光景か。


「一体どうしたのレウス? 早くそこをどきなさい」

「そうよ。ノワールちゃんは戦えないんだから急がないと」

「悪い姉ちゃん、ちょっと待ってほしいんだ。あのさ兄貴、ノワールは……俺に任せてくれないかな?」

「……説明してみろ」


 指示を聞かなかったと心の狭い事を言うつもりは無い。むしろレウスの自主性を見れて嬉しく思うが、とにかく理由を聞くことにした。


「あの……さ。ノワールは昔の俺に似ている気がするんだ。だから気持ちがわかるって言うか……」

「つまり説得したいってわけか。相手は不安定な子供だが、お前に説得できる自信があるのか?」

「……わからねえ。だけどさ、気持ちがわかるから放っておけないっていうか……何か言ってやりたいんだよ」


 そういえば小さい頃のレウスは俺を嫌っていたな。理由は姉を取られた嫉妬が原因だったが、今のノワールは確かに過去のレウスと似ている部分が多い。

 似た者同士……何か切っ掛けになるかもしれないな。


「わかった。お前に任せよう」

「よろしいのですか?」

「ああ、お前の思うようにやってこい」

「兄貴……ありがとう」


 レウスは深々と頭を垂れてきたが、親である二人にも聞いておかねばなるまい。

 話は聞いていたらしく、振り返って視線が合うと二人は静かに頷き、気持ちを落ち着かせながらレウスに託した。


「レウ君、ノワールちゃんを……お願い」

「……頼む」

「任せとけ! ノエル姉とディー兄の宝物だろ? 絶対連れて帰ってくるよ!」


 あの頃のレウスを知っている二人は、レウスならノワールの気持ちを理解できると思ったのだろう。レウスの絶対に連れて帰ってくるという言葉に笑みを浮かべて任せてくれた。

 その信頼が嬉しいのか、レウスはやる気と若干の緊張を見せつつ俺の指示を待った。


「よし、レウスはノワールを迎えに行って来い。エミリアとリースはここで二人の護衛だ。そして俺はホクトを連れて、周囲を警戒してくる」

「はい。レウス、ノワールちゃんをしっかりエスコートしてあげなさい」

「頑張ってねレウス」

「ああ! じゃあ行ってくる!」


 レウスが駆け出すのを見送り、俺は近くに寄ってきたホクトの頭を撫でつつ、レウスが向かった先とは違う方角に目を向けた。その行動に何か察したのか、エミリアは俺の傍まで近づき小声で話しかけてきた。


「シリウス様、何かあったのですか?」

「……向こうに魔物の反応があってな、ちょっと退治してくる」

「でしたら私も……」

「いや、これ以上二人に余計な心配をかけたくない。大した数じゃないし、二人の傍に居てやってくれ」

「……わかりました。何かあれば連絡をしますので、存分に」


 エミリアがチョーカーに付いた魔石を撫でつつ、俺を送り出してくれる。

 そんな彼女の頭を撫でてからすでに伏せているホクトの背に乗り、俺は周囲の警戒と称した魔物退治へと向かった。

 なに、相手の数は軽く五十程度だ。ホクトと俺なら軽く片付けられるだろう。

 問題は俺よりレウスだ。

 本当なら同じ女性ということもあってエミリアとリースを向かわせたかったが、レウスが俺の指示に逆らってまで自己主張してきたのだ。

 恋愛感情はともかく、勘の鋭いあいつがはっきりとノワールの気持ちがわかると言った。レウスの成長を見守り続け、性格を知っているからこそ俺はあいつを信頼し、賭けてみることにした。

 何より、お前が世話になったノエルとディーに恩返しできるチャンスなんだ。

 二人の信頼に応えてやるんだぞ、レウス。





 ――― レウス ―――



 兄貴達と別れ俺は森の中を走っているが、目的であるノワールはまだ森の奥のようだ。

 兄貴みたいに相手を感知する事が出来ないけど、俺は鼻が利くからどっちへ行ったかはすぐにわかった。ノワールの匂いはノエル姉と似ているから、こんな薄暗い森でも感じられる。ちなみに姉ちゃんは、兄貴の匂いだけなら山一つ向こうでも嗅ぎ分けられるって言っていた。嘘っぽいけど、本当みたいだから恐ろしいよ。

 途中で何度も立ち止まり、匂いを確認しながらノワールを追い続けていると、匂いが濃くなってきたので近いのがわかった。

 それにしても、森の中では足場が悪いから心配だな。

 俺は慣れているから大丈夫だけど、ノワールは俺達みたいに森を走り回って訓練しているわけじゃないし。何個か土が抉れている場所があるから、ノワールが躓いて転んでいる可能性が高い。

 ノエル姉とディー兄にあんな事を言って逃げちゃったし、一人になってあいつは絶対に心細い筈だ。

 危険は迫っていないと兄貴は言っていたけど、早く見つけてやらないとな。



 それから少し走った所でノワールを見つけたが、俺は声をかける前に地を蹴って飛んでいた。

 なにせ俺が見つけた時には、樹の根に躓いて坂道に転がり落ちそうになっていたからだ。考えるより先に『ブースト』を発動させてからノワール目掛けて飛び、空中でのキャッチに成功した。

 落ち着いて対処していれば、ノワールを抱えても踏み止まれただろうけど、焦っていた俺は勢いそのままで飛び出したので、坂を転がり落ちてしまった。

 とにかくノワールを守ろうと体の内側に抱き込み、俺は転がり続けた。途中で樹にぶつかりそうになったけど、足や片手で殴って強引に避けたり、へし折ったりして直撃を避けた。

 何回転したかわからないけど、ようやく平らな場所になったので勢いは止まり、俺はすぐさまノワールの状態を確認した。


「大丈夫かノワール?」

「お兄……ちゃん?」

「ああ、俺だぞ。痛いところとか無いか?」

「痛いところは無いけど……目の前がぐるぐるするよぅ……」


 何度も転がって目を回したらしく、ノワールはぼんやりとした表情で俺を見上げていた。俺は兄貴の訓練でサンハン何とかを鍛えているから平気だけどな。

 俺をお兄ちゃんって呼んでいるから意識は確かなようだし、目立った怪我は見当たらないので、無事で良かったと思わず息を吐いていた。


「少し経てば治るから安心しな。ほら、座ってていいから体を起こすー……っ!?」

「……どうしたの?」

「何でもない。ほら、俺の膝の上に座って休んでな」

「……うん」


 とりあえず胡坐をかいて、俺の膝の上に乗せてノワールを休ませた。

 その間に確認したが、左手が痛いというか痺れて動きが鈍い。おそらく無理な体勢で樹を殴ったりしたせいだと思うが、ノワールが気にしそうなので黙っておく事にした。

 リース姉か兄貴がいれば治してくれるんだけど今はいないし、幸い兄貴の訓練とじっちゃんのしごきで痛みには慣れている。

 変身すれば怪我の治りが早いから時々やるけど、あの状態になると興奮して敵しか見えなくなるし、ノワールを怖がらせてしまうから駄目だ。とにかくノワールと帰るまで我慢するとしよう。

 しばらくそのままでいるとようやくノワールも落ち着いたのか、俺を見上げて不安気に話しかけてきた。


「お兄ちゃん。お父さんと……お母さんは?」

「ん? えーと……」

「やっぱり。私よりあの人の方が大事なんだ……」

「そんなわけあるか! ノエル姉とディー兄がそんな事を考えるわけ絶対ねえよ!」


 少し声が大きくなったからノワールを驚かせちゃったけど、頭を撫でてやれば落ち着いた。兄貴みたいに上手くできなかったけど、出来るだけ優しく撫でてやったのが良かったみたいだ。


「俺が先にノワールを見つけただけだよ。ノエル姉とディー兄はノワールを凄く心配していたぞ」

「でも私、お父さんとお母さんにバカって言っちゃったし……絶対怒ってるよぅ。そうしたら、あの人しか見なくなっちゃうんだ。あの人がお父さんとお母さんを取っちゃったんだよ……」

「ノワール……」


 参ったなぁ……本当に昔の俺と一緒だ。

 姉ちゃんと俺は兄貴に拾われて救われた。

 けど、当時の俺は救われた意味がよくわかっていなくて、姉ちゃんが取られたのが嫌で兄貴を本気で嫌っていた。

 家出した時も、呪い子は殺される存在だから駄目だって言ったけど、半分は姉ちゃんが兄貴に取られて拗ねていたんだと、大きくなってから気付いた。

 だから俺はこの子に教えてあげたい。確かにノエル姉とディー兄は兄貴を見ているけど、そこには必ずノワールがいるってことを。俺の姉ちゃんだって兄貴に夢中だったけど、俺がいなくなると本気で心配して泣いてくれたんだから。

 それを知ってほしいのは、恩人であるノエル姉とディー兄の子供だし、なにより……今は俺の尊敬する兄貴を勘違いしたままってのが嫌だったから。


「なあノワール。俺がノワールと同じ年の頃さ、兄貴が大っ嫌いだったんだ」

「えっ!? あれで?」

「本当だぞ。あの時は本当に兄貴が嫌いでさ、手に噛み付いた事もあるんだぜ?」


 ノワールの目が細められ、信じられないと小さく呟いていた。ノワールと出会って数日だけど、兄貴を慕っている姿を何度も見せているから仕方ないかな。


「あ、信じてねえな。まあ見てて当然かもしれないけどさ、昔の俺ってノワールとそっくりなんだよ。あの頃の姉ちゃんは兄貴に夢中でさ、俺はそれを見て兄貴に姉ちゃんが取られたと思っていたんだ。そしてノワールはノエル姉とディー兄を取られたと思っている。ほら、そっくりだろ?」

「嘘だよ! 嫌いだったら何であんなに凄い凄いって言うの!」

「へへ、普通はそう思うよな。だけど兄貴が凄いのはここからなんだよ」


 そこから俺のしでかした過去を話した。

 俺にとっては恥ずかしくて情けない過去だけど、今のノワールならわかってくれると思ったからだ。

 姉ちゃんが取られたと思って家出して、兄貴に殴られて引き止められて、そして姉ちゃんにバカと言われて泣きながら抱きつかれた事を語った。


「そうやって俺は兄貴に救われて大好きになったんだ。そして姉ちゃんはちゃんと俺を見てるって気付けた。だからノエル姉とディー兄は取られたわけじゃなくて、ただ凄い兄貴を見ているだけなんだ。ノワールを見なくなったわけじゃないんだよ」

「……本当?」

「本当だって。もし間違っていたら、俺のプリンやケーキをあげてもいいぞ」

「……じゃあ信じる」


 そんな事は絶対ないからデザートを賭けるなんて無駄さ。にしてもやっぱりノエル姉の娘だよな。デザートの重さをよく知っているよ。


「それを聞く為に帰ろうぜ? ノエル姉とディー兄だけじゃなくて、兄貴や姉ちゃんも心配しているからさ」

「でも、私バカとか言っちゃったし……絶対怒ってるよ」

「バカとか言ったくらいでノエル姉とディー兄は怒らないし気にしないさ。怒ってるとしたら、勝手にここまで来ちゃった事にだと思うぞ」

「それ怒ってるよね?」

「怒るのはそれだけノワールが大切って事だよ。謝ればきっと許してくれるし、早く帰って安心させよう……な?」

「……うん」


 一時はどうなるかと思ったけど、ノワールが頷いてくれて良かった。

 俺は大剣を背負っているので背中に乗せられないから、右腕に座らせるようにしてノワールを抱え、俺は転がってきた坂を見上げた。

 どうやらかなり転げ落ちてきたみたいで、ここから直接戻るには骨が折れそうだ。ここは木々の開けた場所なので、どこかに登りやすい道がないか探して歩いていると、ノワールが俺をじっと眺めているのに気付いた。


「どうした、俺の顔に何か付いているのか?」

「えーとね、お兄ちゃんは凄いなって思って。私をひょいと持ち上げているし、あんな所から落ちても私を守って怪我していないから」

「兄貴に鍛えられたからな。でも、助けたのが兄貴だったらノワールを助けるどころか落ちもしなかったと思うぞ」

「むぅ……」


 あ……しまった。思わず兄貴の凄さを語ってしまった。気付いた時には遅く、ノワールは頬を膨らませて機嫌悪そうに俺を見ていた。


「ねえお兄ちゃん。どうして皆はあの人、シリウス……様を凄いって言うの? お父さんとお母さんの方が凄いのに」

「……そうだなぁ、ノワールの言う通り、ノエル姉とディー兄は凄いよな」

「だよね! お父さんの作るご飯って凄く美味しいし、お母さんも凄い魔法を使うんだよ! 絶対、ぜーったい! お父さんとお母さんの方が凄いんだから!」


 ノワールがノエル姉とディー兄の事を語ると凄く楽しそうにしているけど、本当に親子そっくりなんだな。だって、ノエル姉やディー兄も兄貴の事を語る時はそんな感じだし。


「ノワールにとってノエル姉とディー兄は一番凄いんだな。でもな、それはノエル姉とディー兄も一緒なんだぞ?」

「一緒? 何が一緒なの?」

「お前がノエル姉とディー兄が凄いって言っているように、ノエル姉とディー兄は兄貴……シリウス様が一番凄いって思っているんだ。だからノワールが言ってほしかった言葉が言えなかったんだよ」

「でも……お父さんとお母さんが一番凄いんだもん」

「なあノワール。確かにノエル姉とディー兄は凄いよ。でもな、凄い人って二人や兄貴以外にも沢山いるんだぞ? さっき俺の事を凄いって言ったじゃないか」

「あ……」

「俺は今まで色んな人と出会って、沢山の凄い人を見てきた。でもな、どれだけ沢山の人を見ようと、どれだけ沢山の体験をしようと、俺の中で一番は兄貴なんだ」


 母さんみたいに俺を優しく抱きしめてくれたエリナさんに、剣を教えてくれたじっちゃん。だけど……全てにおいて一番なのが兄貴だ。これだけは一生変わらないと思う。


「誰が一番凄いなんて人によって違うんだ。だからノワールにとってノエル姉とディー兄が一番、それでいいじゃないか。他の誰が凄かろうと、お前にとっての一番は変わらないんだからさ」

「私の一番……」

「そうさ。ノワールの一番は変わらないんだ。だから兄貴に今のノワールの気持ちをぶつけてみろよ。お父さんを取るなとか、言いたい事をぶつけてみればいいんだ」

「そんな事したら怒られるよ!」

「兄貴はそんな小さい男じゃねえよ。バカって言っても絶対に怒らないさ」

「……本当?」

「何なら俺も隣にいてやるし、ノワールの言いたい事を言ってやれよ。ノエル姉ならはっきり言うぜ」

「……うん、わかった」

「よっしゃ! それじゃあさっさと帰ってー……」


 気が変わらない内に『ブースト』で一気に坂を駆け上ろうと思った瞬間、俺は周囲から感じる魔物の反応に気付いた。

 くそ……迂闊だった。

 会話に夢中だったとはいえ、敵の接近に気づくのがここまで遅れるなんて。こんなの兄貴にはとても見せられない失敗だ。

 だけどくよくよしてる場合じゃない。気持ちを切り替えて深く気配を感じとってみると、数は三十くらいだと判明した。

 気配の反応からしてそこまで大きい相手じゃなさそうだし、倒すだけなら問題ないと思う。囲まれた時の対処法も兄貴からちゃんと教わっている。

 だけど……。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 ノワールをどう守るのか……だ。

 過去にゴブリンに攫われた女の人を助けた事があるけど、あの時の相手は頭の悪いゴブリンで、脅せば逃げるか俺に向かってくるから守る必要は無かった。

 だが今回の相手はそうはいかないようだ。


「くそ……こんな時にこいつかよ」

「ひっ!?」


 周囲の木々からゆっくりと姿を現したのは、俺の半分ほどしかない黒毛の狼で、群れで狩りをするのが特徴のダイナウルフと呼ばれる魔物だ。一匹はそれほど強くないが、群れを組み連携で襲い掛かってくるのが厄介だそうだ。

 おまけに動きも素早くて面倒な魔物だけど、今の俺なら勝つのが難しい相手じゃない。問題はダイナウルフの特徴にある。

 兄貴に読めと言われて読んだ本によると、ダイナウルフは本能的に弱い相手から狙うそうだ。そしてこの場で一番弱いのはノワールであり、俺がいくら立ち塞がって脅そうと、こいつ達はノワールを狙い続ける可能性が高い。

 おまけに木々の開けた場所だから背中を預けられる物が近くに無いし、左手の痺れも未だに取れていないので状況も悪い。

 だけど……やらなければならない。

 覚悟を決めてノワールを腕から降ろすと、彼女は震えながら俺の服を握ってこちらを見上げていた。


「お兄ちゃん……」


 そうだ……この子は俺の恩人である二人の宝物なんだ。

 絶対に守るんだ!

 俺は羽織っていたマントを外し、ノワールに羽織らせてから笑いかけてやった。


「大丈夫だぞノワール。俺が絶対に守ってやるから、このマントを被って大人しくしていろ」

「で、でも! こんなに沢山……」

「こんな奴等が幾ら集まったって問題ないさ。それより剣を振るから手を離してくれ。だけど、俺の近くから離れるんじゃないぞ」

「う、うん!」


 怖い筈なのにノワールはゆっくりと俺から手を離し、目に涙を浮かべながらも俺をじっと見つめている。

 綺麗な赤髪と顔が返り血で汚れないようにマントのフードを被せてあげてから、俺は背中の剣を握った。


「そのまま目と耳を閉じて数を数えていろ。俺が肩を叩いたら終わっているからな」

「うん、わかった。えーと……いーち、にーい……」

「……良い子だぜ」


 俺は気持ちを切り替えて、俺の周囲で唸っている魔物達に目を向ける。そろそろ俺の殺気で押し止めておくのも限界だな。

 こいつらは遠距離攻撃を持っていないそうだし、少しでも数を減らす為に先制攻撃させてもらうぜ。俺は剣を抜いて地に突きたて、右手に炎を生み出した。


「『炎拳フレイムナックル』……ショット!」


 このまま殴ればいつもの『炎拳フレイムナックル』だが、『火槍フレイムランス』をイメージすれば遠距離攻撃だって出来るんだ。俺は大きく振りかぶって炎を投げつけると、炎は着弾と同時に爆発を起こした。今ので二、三匹は倒せたと思う。

 だけどそれが始まりとなったのか、爆発と同時に周囲の狼が一斉に襲い掛かってきた。へ……上等だよ。


「かかってこいよっ!」



 左手が使えないので、相棒である大剣……銀牙は片腕で振り回す他に無い。

 無事な方が利き腕なのは良かったが、それでも片手で振るうには多少重たい。だが、いざという時に片腕を使えるようにと兄貴に教わって訓練しているので、短時間なら片手で振り回しても問題は無い。

 突き立てていた剣を抜くと同時に、正面から迫る魔物を袈裟斬りで真っ二つにし、そのまま勢いを殺さず横へ剣を振り回せば、横から迫っていた魔物も斬り捨てた。


「じゅういーち……じゅうにー……」

「っ! おりゃあぁぁっ!」


 だが俺を狙っている魔物はおとりだってのもわかっている。背後に座っているノワールを狙う狼が五匹もいて、襲いかかろうと一斉に飛びかかったその隙を見逃さなかった。


「やらせるかよ!」


 一息に八つの斬撃を放つ、剛破一刀流、乱ノ剣『散破』。

 俺はまだ六つしか放てないけど、五匹ぐらいなら一つ余るくらいなので十分だ。空中で身動きが取れない狼達が俺の剣で細切れにされ、周囲に血が飛び散る。俺は盛大に血を浴びてしまったが、ノワールはマントが弾いてくれるから問題ない。

 やはり片手だと負担が大きく、剣を握る手がミシミシと音をたてているような気がするが、相手はまだ二十近く残っている。

 痛みに顔をしかめたその隙に、地を這うように一匹の狼が飛び込んできた。


「ノワールに触るんじゃねえ!」


 剣は振り切った後で返しが間に合わないし、左手は……動かない。なら体ごとだ!

 ノワールに噛み付こうと狼は大きく口を開けたが、俺が体ごと突っ込んで右腕を割り込ませたので、反射的に狼はその腕に噛み付いた。狼は腕を噛み砕かんと顎に力を込めるが、その前に俺は狼ごと腕を振り回し、他に迫る狼を薙ぎ払った。ありったけの力で振り回したので牙が抜けてくれたが、俺の腕から血が流れ始める。

 痛いけど、狼はまだ迫ってくるので泣き言を言っている間もない。

 畜生、左手さえ使えればこんな奴等なんかに苦戦しないのに。


 こうなったら兄貴から貰ったチョーカーの魔石で助けを呼ぶか? いや、今から助けを呼んで間に合うかな?

 そもそも兄貴なら気付いてもおかしくないが、未だに来ないのは俺を試しているのか、他に来れない理由があるのかもしれない。

 俺の状況とノワールの安全を考えると試している可能性は低いと思うから、兄貴は来れない可能性が高い。


「っと、させるか!」


 考えている間にノワールが再び襲われそうだったので、俺は剣を振って斬り捨てた。その隙に左肩を噛み付かれたが、すぐさま引き剥がして地面に叩きつけた。

 くそ、慣れてるけどやっぱり痛い。痛みで剣を握る手が少し緩くなってきた気がする。

 不味い……このままじゃ本当にノワールが危険だ。

 俺と違ってこの子は一撃でも喰らったら致命傷なんだ。一度でも噛み付かれたり、引っかかれたりしたら……ノワールどころかノエル姉とディー兄を裏切っちまう。そんな事になったら兄貴の弟子を名乗る資格すらないし、俺は絶対に自分を許せない。

 もう……迷っている場合じゃない。


「お兄ちゃん!」


 突如聞こえた声に気付けば、狼が七匹同時に飛びかかってきていた。

 くそ! 『散破』じゃ足りないし、それ以前に今の俺だと五回振れれば良い方だ。

 だからあれを使おうと思っていたのに、何でお前は目を閉じていないんだよ! 


 怒りを覚えつつ振り返れば、ノワールが涙を流しながら頑張れと叫んでいた。

 向けられるその視線から感じたのは、俺を信じている純粋な目だった。


 その瞬間……覚悟は決まった。


 たとえその目が恐怖に染まろうとも、俺はお前を守ってみせる!

 兄貴のように……守りたいと思う人を守るんだ!


「う……おおおおぉぉぉっ!」


 変身は一瞬で終わる。

 体中から何か音が響き渡ると同時に俺の体は少し大きくなり、銀色の体毛に覆われて流れていた血が止まった。

 痛みはあるが左手が動かせたので、剣を両手で握って『散破』を放てば、七つの斬撃が七匹の狼を全て斬り落とした。

 狼が二匹迫るが、一匹は剣で斬り、もう一匹は左手で顔面を掴んで骨を砕いてやった。鈍い音と共に絶命した狼を放り捨て、剣を地面に叩き付けて『衝破』を放てば、広範囲の衝撃波が数匹の狼を巻き込んで吹っ飛ばす。


 ああ……さっきまでの苦戦は何だったんだよ。

 これなら相手を待つより前へ出て倒した方が早いんじゃないか?

 そうだ、前へ……。


「って、違うだろ!」


 前へ出たらノワールが危ないだろうが!

 俺は守る為に変身したんだ。敵を倒す為じゃないんだ!


 敵は倒すべきという衝動を抑えつつ、懲りずに襲ってくる狼を俺は斬り続けた。

 斬るだけじゃなく、時に殴り飛ばしたり、体を掴んで叩き付けて踏み砕いたりしていると、魔物を倒したい衝動がどんどん強くなってくる。



 そうだ……倒すんだ。



 違う! 守るんだ!



 倒せば助けられるだろ?



 そうじゃない! 後ろにいるのは戦える子じゃないんだ!


 俺が……守らないと駄目なんだ!


 そうだ……俺は……俺は……。


「俺は……守る為に強くなったんだああぁぁ――っ!」



 背後に感じる小さな存在を守る為に。

 憧れたあの背中に近づく為に……俺は剣を振り続けた。



 そして冷静になった俺の目に映ったのは、僅かに残った魔物が逃げる姿と、呆然とこちらを見ているノワールだった。




 今回の投稿で今年最後の投稿になりますが、続きは何事もなければ五日後にしたいと思っています。

 とりあえず現在の内容がすっきりするまでは休みを取らずやっていこうと思ってますので(おそらく一、二話くらい)、それが終わったら数日ほど休みをいただこうと思っています。


 それでは皆様、よいお年を。


 あと……書籍化します。

 詳しい内容を活動報告にあげますので、ご覧ください。

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[気になる点] 6つ斬撃を放てるなら7匹以上では?と思いました。
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