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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十一章 居候

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気付いた二人

あけましておめでとうございます。
今年も『ワールド・ティーチャー』をよろしくお願いします。
 ――― レウス ―――


 三十近くいた魔物は、残り数匹になってようやく逃げだした。
 逃したらまた狙われる子供が出そうだから全滅させておきたかったけど、流石に今はノワールがいるから止めておくべきだ。
 息を整えつつ振り返れば、俺を呆然とした表情で見ているノワールの姿がある。
 目を閉じてろって言ったのに、一体どこから見ていたんだろう。

「ノワール、怪我していないか?」
「う、うん……平気だよ」

 ノワールはどこか余所余所しいが、見た範囲では怪我は見当たらない。
 無事な姿であるこの子を見て、俺は遂に守る事が出来たんだと実感できた。

 今までギルドの依頼で護衛を受けた事はあったけど、護衛対象はほとんど兄貴や姉ちゃんが守っていたので、俺は前に出て剣を振っているだけで良かった。
 たとえ俺一人でも、守る対象をほとんど意識せずに剣を振り、素早く魔物を倒す事だけに専念していた。
 だから……今回で俺は初めて人を守ったことになる。
 守るってこういう事なんだな。
 凄く大変だったけど、こうしてノワールが無事に守れて本当に嬉しい。
 これが兄貴がいつもやってきた事……そして兄貴の歩んできた道。
 兄貴の隣に並びたいと思った時から、俺はずっとその背中を追い続けていた。毎日訓練を続け、じっちゃんから剣を習ったけど、未だに兄貴の背中は遠く……何故か霞んで見えていた。
 だけど守る大変さを知り、守れた嬉しさを知った今、霞んでいた背中がはっきりと見えた気がした。難しさを知ったその分だけ背中は遠くなったけど、目指す先がはっきり見えたのは嬉しい。

 ノワールはこちらを見たまま動く気配がなかったので彼女に一歩近づいたが、ノワールは避けるように一歩下がってしまった。
 そうだよな、俺を避けるのも当然だよな。
 何せ俺の変身はまだ解けていないし、全身が狼の返り血で真っ赤だからだ。たとえ兄貴や姉ちゃんでも近づくのを嫌がるかもしれない。

「悪い。怖い……よな。これ以上近づかないから、俺から離れないでくれ。まだ魔物が残ってるかもしれないから」
「う、ううん! 違うの! こ、怖いわけじゃ……ないの」

 そうは言うがノワールの足は震えているし、何より耳が垂れていて怯えているのがわかる。
 呪い子なんて呼ばれるくらいだし、こんな狼みたいに変身する男なんて魔物みたいなものだよなぁ。ノワールの反応が普通だと思うし、改めて兄貴のでかさを思い知ったよ。

「他の魔物が来る前にここを離れよう。ほら、俺についてくるんだぞ」
「ま、待って!」

 ノワールは叫んで走ってきたかと思えば、返り血で濡れているのにも関わらず俺の手を握ってきたのだ。
 血で汚れるからすぐに離そうとしたが、ノワールは震えながらも俺の手を両手で握り締めているので、振り払う事ができなかった。

「こら、血がついちゃうから離れろ」

 だから離れるように頼んでみたが、ノワールは首を横に振るだけで俺の手を離そうとしなかった。
 仕方ないのでそのまま歩き出したが、ノワールはしっかり付いてきてくれるので移動に問題は無かった。

 お互いに何も話さず俺達は歩き続け、ようやく転がり落ちる前の地点まで戻ったところで俺の姿は元に戻った。普段ならすぐに戻れるけど、この状態で戦うと気分が落ち着くまで戻らないんだよな。
 魔物によってやられた傷は変身時の回復力で塞がっているけど、無理に体を動かしたせいか体のあちこちから痛みを感じる。
 なので早く兄貴とリース姉に見てもらおうと思っていると、俺の姿が戻ったのに気付いたノワールが手を引っ張ってきたので、振り向けばノワールは怯えながらも俺に笑いかけていた。

「あのね、狼のお兄ちゃんは怖かったけど……凄く、格好良かったよ!」

 あの姿になるのはあんまり好きじゃない。強くなれるけど興奮して敵しか見えなくなるし、何より仲良くなった人に怖い目で見られるのが嫌だ。
 ノワールは俺に怯えたけど……それでも向けてくれた笑顔に救われた気がした。
 この笑顔を見て、俺は本当にノワールを守れたんだって思えた。
 今の気持ちを早く兄貴や姉ちゃんに報告したい。




 ――― シリウス ―――



「……また成長したな、レウス」

 レウス達から離れた高台で、俺は満足気に頷いていた。

 俺がレウスとノワールの危険を察知し、遠距離から狙撃しようと姿を確認した時には、すでにレウス達はダイナウルフに囲まれていた。
 すぐに援護しようかと思ったが、曖昧になっているレウスの目標を確認する好機と思い、俺は魔法を準備状態アイドリングにして二人の様子を眺め続けた。
 レウスは俺の背中を追う為に強くなりたいのか、大切な者を守る為に強くなりたいのか……そろそろはっきりさせる時がきたのかもしれない。
 もちろんノワールの守りが疎かになったり、何かあれば援護しようと思っていたが、レウスは人前では滅多にしない変身をしたのだ。
 レウスは変身すると異常な程に興奮するので、ノワールの存在が見えなくなる可能性が十分にあったのだが、あいつは衝動に飲まれる事なく戦い続け、魔物からノワールを守りぬいた。
 過保護とは思うが、二人が無事で良かった。
 本当ならダイナウルフを事前に間引くつもりだったのだが、魔物の処理にちょっと時間がかかり過ぎてしまったのだ。
 俺とホクトが退治しに行った五十近くの魔物もダイナウルフだったのだが、この森は町に近く、増えすぎたこいつ等が町を襲う可能性もあったので、五十を退治したついでにちょっと巣も殲滅してきたのだ。
 際限なく群れるのが特徴という事で、見つけた巣には百近く控えていたが、きっちりと全滅させている間にレウス達はすでに遭遇してしまったわけだ。

 それにしても、本当にレウスは成長したものだ。
 俺に憧れ隣に並びたいと何度も言ってるが、元々強くなろうとした切っ掛けは姉であるエミリアを守りたいという想いだった。
 しかしそのエミリアが強くなり、彼にとって姉は守る対象ではなく俺の弟子として一緒に並び立つ存在に変わっていった。もちろん今でも守りたいという気持ちは変わっていないだろうが、守りたいと思う姉や俺は強くてほとんど守る必要がなくなってしまった。
 戦闘スタイル的に前へ出て敵を倒す事が多くなり、守るという気持ちを忘れていた頃に今回の件だ。
 そして誰の手も借りず、守りたいと思う人を初めて守りきったあいつがどう思ったのかは聞くまでわからない。だが、確実に何かが変わったと思う。
 後で何食わぬ顔であいつを迎えてやり、落ち着いてから素直な気持ちを聞いてやろうと思う。

 ……が、その前にやる事が残っている。

「逃げたのは五匹……だな。ホクト、背中を頼む」
「オン!」

 レウスから逃げたダイナウルフ達の気配は追い続けているので、どこへいるのか把握済みだ。
 ホクトが俺の後ろに立ったのを確認し、自作した望遠鏡を覗き込みながら逃げ続けているダイナウルフに指を向けた。
 森の中で障害物も多く、更に走り続けている狼を狙うのは至難の技であり、距離もすでに数キロ先だが……。

「残念だが、そこは射程内だ」

 前世なら不可能だろうが、今の俺なら射程内である。
 逃げるならば、狙いを付けられないようにもっとジグザグに逃げるべきだったな。
 尤も、超遠距離からによる狙撃なんてこの世界じゃありえないんだから、警戒しろってのも無茶な話だろうが。
 木々から見える一瞬の姿を確認し、そして相手の移動距離と弾丸の着弾位置を計算してから引き金を絞るように、遠距離狙撃魔法『スナイプ』を発動させた。
 瞬間……狙いを付けた魔物の頭が爆ぜ、残りの狼達は攻撃を警戒して足を止めてしまったので格好の的になった。
 何も知らず殺されるのは可哀想だが、俺の弟子と家族の子供を狙った報いだ。
 俺は淡々と残りの魔物全ての頭を撃ち抜いた。後の処置は他の魔物がするだろう。

「始末完了……と。戻ろうかホクト」
「オン!」

 そして俺はホクトに乗ってエミリア達の元へ戻った。

 こうして、この森で大量に生息していたダイナウルフ達は人知れず全滅したのだった。



 レウスはノワールの歩みに合わせているので、俺とホクトは見つからないように大きく迂回してエミリア達の所へ戻ってきた。
 戻って早々、エミリアとノエルがもの凄い勢いで駆け寄ってきたので、その剣幕に一瞬だけ驚いたのは秘密である。

「お帰りなさいませシリウス様! 怪我はございませんか?」
「シリウス様! ノワールちゃんとレウ君の反応はどうですか!?」

 何とか二人を宥め、反応では二人は無事でこちらに向かっていると説明したところで、レウスとノワールは戻ってきた。
 すぐさまノエルとディーは駆け出したが、ノワールは両親の姿を確認したらレウスの背中に隠れてしまった。あんな風に逃げて別れたら顔を合わせづらいだろう。
 だがそんな事なぞ関係ないノエルは、すぐにでもノワールを抱きしめようと走ってきたが……。

「ノワールちゃんっ! レウ君っ! 無事ー……って、一体どうしたの!?」
「あー……うん、こんなんだけど俺もノワールも無事だよノエル姉。それより……ほら」

 流石にレウスの血塗れ状態を見て足を止めていた。レウスは返り血だと説明してから、そっとノワールの頭に手を乗せてから前へ出るように促した。
 ノワールは羽織っていたマントを脱いでノエルの前に立ったが、顔は俯いたままだ。そしてゆっくりと顔を上げ、ノエルと視線が合うと……。

「……お母さん」
「ノワールちゃん!」

 その瞬間にはノワールは全力で抱きしめられていた。その必死な様子が伝わったのか、ノワールは涙を流しながらその抱擁を受け入れていた。

「……ごめん……なさい。お母さん」
「ううん、お母さんこそごめんね」
「うん……バカって言ってごめんなさい、お母さん」
「そんなこと気にしていないわ。だから、もう勝手にどこか行かないでね。ノワールちゃんがいないとお母さん……」

 お互いに涙を流しながら抱き合い続けるが……少し様子が変わってきた。具体的に言えば、ノワールが苦しそうにしているのだ。

「うん……あ、あの……お母さん? 痛いよ?」
「駄目! 私だけじゃなくてシリウス様まで困らせた罰よ!」
「ニャーッ! 助けてお父さーんっ!」

 ……感動の再会がおかしな方向へ進み始めているのは気のせいではあるまい。
 ノエルはお仕置きと称して抱き絞め続けているので、いい加減止めようかと思ったら、ディーが二人の間に入ってノエルの頭を撫でた。すると渋々とだがノエルは娘を解放し、ノワールは逃げるようにディーへ抱きついていた。
 ディーの慣れた手つきから見るに、日常茶飯事っぽいようだ。

「ノワール、怪我は無いんだな?」
「うん。お兄ちゃんが守ってくれたから」
「そうか。レウス、ありがとう」
「はっ!? そうでした! レウ君、ノワールちゃんを助けてくれてありがとう」
「へへ……無事に助けられて良かったよ。俺の方こそ、ありがとうな」

 レウスが礼を言っているので二人は不思議そうな顔をしたが、すぐに血塗れの体だというのを思い出してタオルを取り出そうとしたが、リースがそれを止めた。

「あ、タオルは少し待ってもらっていいですか? レウス、あれをやるわ」
「頼んだよリース姉」
「水よ……お願い。『水浄化アクアリング』」

 リースが魔法を発動させるとレウスを中心に水が集まり始め、体全体を覆う大きな球体になった。
 この魔法は俺の案をリースが再現したオリジナルで、治療促進の効果を含んだ水で対象を覆い、傷の治療と大まかな汚れを落とす事が出来る魔法だ。今回のように血で汚れた場合は最適であろう。
 欠点は全身がずぶ濡れになる点と、呼吸が出来なくなる点だ。相手に宣言なく使ったり、長時間使えば陸上で溺れる可能性もあるので注意しなければならない。実は治療作用を含めなければ攻撃にも使えたりするのだが、リースは滅多な事では使わないだろう。
 ちなみに真似をしようとしても膨大な魔力と繊細さが必要なので、精霊が見えるリースくらいしか使えない。

「……うん、そろそろ綺麗になったね。解除」

 そしてリースの魔法が解除され、レウスの体はずぶ濡れだが、血は綺麗さっぱりと落ちた。
 レウスも満足気に体を確認し、体を震わせて水気を周囲に撒き散らしてからタオルを受け取って体を拭いていた。

「ふう……さっぱりした。ありがとうリース姉」
「表面的な傷は治ったと思うけど、他に痛い箇所はあるかしら?」
「えーと、左手にちょっと違和感があって、体全体が少し痛いかな?」
「どれ、見せてみろ」

 世の中には強がって怪我を隠す者もいるが、それが後の後遺症となっては話になるまい。なので、痛みや違和感があれば報告しろと教育してきたので、レウスは素直に報告してきて俺の診断を受けた。
 レウスの頭に手を乗せ、『スキャン』を発動させて体全体の異常を確認したが……限界を超えた動きに筋を痛めただけらしく、致命的な怪我は無いようで安心した。

「……ふむ、これなら激しく動かなければ問題なさそうだ。再生活性をしておくから、明日には痛みは消えているだろう。今日はもう剣を振るのは禁止だぞ」
「わかったよ。なあ兄貴。俺、今日初めて守りたいと思った人を守ったんだ。兄貴に指示されたとかじゃなくて、俺の意思でさ」
「そうか。こんなになるまでよく頑張ったな」

 今度はもっと上手く立ち回って、血をなるべく浴びないように……と、一瞬思ったが、今はレウスの成長を喜び祝福するとしよう。
 頭に乗せたままの手でそのまま頭を撫でてやると、レウスは照れ臭そうに俯いた。

「へへ……でもさ、戦えない人を守るってのは本当に大変なんだな。兄貴の凄さを改めて知ったよ」
「そうだな、守るってのは本当に難しいものだ。それで、お前は何かを感じたのか?」
「はっきりじゃないけど、何か見えた気がするんだ。ノワールが笑ってくれて、ノエル姉やディー兄にありがとうって言われて……俺凄く嬉しかったんだ。でもそれは兄貴がいつもやってる事で、俺はその一部だけど味わって……思ったんだ」

 頭から手を離すと、レウスは少年らしい歯を見せて良い笑顔を向けてきた。

「兄貴に追いつく夢は変わらないけど、俺は大切な人を守る為にもっともっと強くなりたいって思ったんだ。だから、これからもよろしくお願いします」
「それは大変だぞ? 俺の背中を追うのはともかく、人を守るってのは今の何倍も強くならないと難しいぞ」
「望むところさ!」

 今回の件で得たレウスの答えはそれか。
 俺の背中を目指していた道に、寄り道のような感じで存在した守護の道が明確な道になっただけだ。大きな変化があったわけじゃないが、確かな変化があったのは事実だ。
 道が多ければ迷いが生まれる可能性もあるが、それだけ可能性は広がる。いや、むしろ欲張ればいい。俺の隣に並ぶ強さだけでなく、片手間でも人を救えるような強さを得ればいいのだ。お前の潜在能力ならそれくらい出来るだろうし、俺も追うに値する立派な目標となり続けよう。

「まず最初の目標は、ライオルのじっちゃんを倒す事だな!」
「ああ……うん。それは最後にしておきなさい」

 現在進行形で強くなり続けているだろうから、あれは最後に戦うべきだと思う。


 滾るレウスを落ち着かせてこれからの予定を話し合ったが、ノワールの心労やレウスの体調を考え、少し早いがエリナ食堂へと帰る事にした。

 帰りのノワールはホクトに乗らず、ノワールを真ん中にしてノエルとディーは手を繋いだまま歩いていた。
 手を繋ぎ合い、屈託無く笑い合う親子の光景は幸せの一場面を切り取ったようだ。そんな微笑ましい光景を、弟子達は笑みを浮かべながら眺めていた。

「ノワール、嬉しそうだな」
「レウスが頑張った御蔭ね。あの光景は貴方が守ったのよ」
「やはり親子は良いですね。ちょっと……羨ましいな」

 俺達にはもう両親がいないので、ノワールの様に両親と手を繋ぐのは不可能だ。リースには父親がいるが、母親がいないのであんな風に両親と一緒に手を繋ぐ事は出来ない。
 レウスは純粋に喜んでいるようだが、エミリアとリースの浮かべた笑みの中には羨ましい感情が混じっていた。
 気持ちはわからなくもないが、ここは考え方を少し変えればいい。

「ノワールの位置はもう無理かもしれないが、ノエルの様になる事は出来るだろう?」
「「えっ!?」」
「俺は男の子でも女の子でも構わないが、エミリアとリースの子供だったらどちらでも可愛い子に育ちそうだな」
「あの……シリウス様? それは……もしかして……」
「えっと……父親は……」
「まあ……いつか、な?」

 肩越しに振り返れば、エミリアとリースが立ち止まって顔を真っ赤に染めていたが、俺は見なかった事にして歩き続けた。
 すぐに二人は追いついてきたが、エミリアは感極まったのか俺の左腕にしがみ付き、リースは反対側の袖をそっと摘まみながら笑みを浮かべていた。
 今の俺達ではノエル一家のようになれないが、二人が楽しそうならばそれで良い。
 先を歩くレウスとホクトの背中を眺めながら、俺は両隣から感じる大切な存在の暖かさを噛み締めていた。



 夕方前に帰ってきた俺達を迎えたのは、修羅場と化していたエリナ食堂だった。
 何でも昼に出した丼の噂が町に広まったらしく、物珍しさにいつもと比べて二倍近くの客が押し寄せていたのだ。戦ったレウスは無理矢理休ませ、俺達は修羅場と化した食堂へ突撃した。ちなみにノエルはノワールの面倒を見る為に外してある。
 しかし今日はノエルの弟や妹達が働いているし、そこに俺達が加われば店の大きさに比べ人数が多過ぎるくらいだった。なので、俺達が帰ってきてからの食堂はスムーズに事が進んだ。

 特に問題も無く営業終了時間になり、ディーは帰ろうとする義弟や義妹に給料を出そうとしたが、家族だから当然と言って受け取らず帰って行った。良い家族である。
 手伝ってもらいながらも何も無いのはディーも嫌そうだったので、俺が仕事の合間に作った新作のお菓子を土産に渡せば満足してくれた。


 そして現在……俺とノワールは店内のテーブルで向かい合って座っていた。
 ノワールの隣にはレウスが座っているが、なるべく口は出さないと言っていたので口を一文字に結んだまま座っている。

 この状況を作り出したのはレウスで、森の奥でノワールを説得した際、俺に本音をぶつけてみろと提案したそうだ。レウスから聞いてある程度は理解しているが、やはり本音を言ってもらえた方が対応しやすいので、レウスのナイスアシストを褒めてやりたい。
 ノエルとディーがこっそりと覗き込んでいるが、今回は本気で隠れているのでノワールは気付いていないようだ。
 俺達が食堂に帰ってから、ノワールはノエルと二人きりになった時間があった。その間に色々と話し合ったらしく、ノワールが俺を見る目は以前と比べて敵意を感じられなかった。しかし、どう口火を切ったらいいか迷っているらしく、俺達の間にしばらく無言の時間が続いた。
 それでも俺とレウスは辛抱強く待ち続け、ようやくノワールが口にした言葉は……。

「あの……シリウス……様」
「何だ?」
「ご、ごめんなさい」

 俺への謝罪だった。
 俺からすれば謝罪を求めるような事をされたと思っていないが、きっちりと伝えておかなければわからないだろう。なので謝罪は受け取っておくべきだな。

「ああ、全然怒っていないから気にするな。それより、何で謝ってきたのか聞いていいのかな?」
「あのね……私、シリウス……様のご飯を食べても美味しくないって言っちゃったし、それに……お父さんとお母さんが取られたのが嫌で、お菓子貰っても、何も言わなかったから……」
「はは、取られたのが嫌で美味しくないと言っちゃったのか。でもな、ノワールの言う事も間違いじゃないんだぞ?」
「そんな事は無いよ! お、美味しかったのは……本当なの」
「ありがとう。だけど俺が言いたいのはな、いくら俺が美味しいご飯やお菓子を作っても、ディーには絶対に勝てないって事なんだ」
「えっ?」

 そう……俺はどう足掻こうがディーには勝てない。
 そんな事を言われるとは思わなかったのか、ノワールは呆然とした顔でこちらを見ているが、俺は用意していたお菓子をノワールの前に置いた。

「これ……お菓子ですか?」
「そうだ。俺が今日作ったモンブランってお菓子だ。ノエルやディーどころか、そこのレウスもまだ食べていない代物だぞ。ほら、食べてごらん」

 正確には栗の味に似た種子で無理矢理作ったお菓子であるが、味と見た目は本物そっくりなのでモンブランと命名した。
 レウスが思わず唾を飲み、いいなぁ……と、扉の向こうからリースの小さな声が聞こえる中でノワールはモンブランを一口食べた。その瞬間、ノワールは驚愕しつつも目を輝かせ、あっという間に食べ終わってしまった。

「どうだ?」
「うん! 凄く美味しかった!」
「そうか、初めて美味しいって言ってくれたな」

 俺が笑みを向けるとノワールは恥ずかしそうに俯いたが、すぐに顔を上げて俺に笑いかけてくれた。

「後でディーに作り方を教えるから、いつか作ってもらいなさい。そうしたら、一番美味しいモンブランはそれになるだろう」
「ん? これも美味しいよ?」
「いや、ディーが作ったモンブランが一番美味しいんだ。なにせ、お前の為を思って作るんだからな」
「あ……」
「いいかいノワール。俺はノエルとディーも、そしてノワールも大好きな家族だと思っている。だけどな、俺がどれだけノワールが好きでも、ノエルとディーの大好きな気持ちには勝てないんだ」

 レウスを俺の隣に座るように指示してから隠れているノエルとディーを呼べば、二人はノワールの両隣に座って俺に真剣な表情を向けていた。流石のノエルも空気を読んで真面目である。
 急な展開にノワールは戸惑っているが、ノエルが優しく頭を撫でると落ち着きを見せた。

「さて、ディーに聞こうか。お前はノワールの事で俺に勝てるのか?」
「はい! 申し訳ありませんが、それだけは絶対に譲れません。私の方がノワールの事を愛しておりますので」
「いいえ! 私の方が大好きですよ! ノワールちゃんに関してはシリウス様にもあなたにも絶……対に負けませんから!」

 テーブルに手を叩きつけそうな勢いで俺に食って掛かる親を見て、ノワールの目に涙が浮かび始めていた。
 こうして目の前で親の愛を見せられ、ようやくノワールは自分の勘違いだったと認めたようである。俺の隣にいたレウスは、歯を見せるように笑ってノワールに声をかけていた。

「どうだノワール。俺の言った通りだったろ?」
「うん! ありがとう、お兄ー……レウス様!」
「おう! ……ん?」

 ノワールが放った最後の言葉にレウスは首を傾げていたが、俺も全く同じ気持ちである。聞き間違いじゃなければ、さっきレウスの事を様って呼んでなかったか?
 不思議そうにしている俺達に気付いたノエルが、指を一本立てながら俺達に説明してくれた。

「あ、レウ君。さっきノワールちゃんと話して決めたんだけど、ノワールちゃんは将来レウ君の従者になるって決めたからよろしくね」
「え? 兄貴じゃなくて……俺?」
「そうよ。ノワールちゃんは立派な従者に育てるつもりだから、レウ君も負けないように強くなるんだよ」

 レウスの動きが完全に固まっていた。
 うん、気持ちはわからなくもないぞ。血塗れになってまで助けられたのだから、お嫁さんになるとかは考えていたが……これは予想外だった。従者の両親に育てられたせいなのだろうか?

「あ、あのさノエル姉。ノワールは兄貴の従者にする予定だったんじゃ?」
「うーん……確かにそう思っていたんだけどね、レウ君はシリウス様の従者だし、問題ないかなって。なにより、ノワールちゃんが凄くやる気を出しているからね」
「うん! 私絶対にレウス様の従者になる! そして美味しいご飯を作ってあげるの!」
「お、おう!?」

 ほほう、レウスの性格をよくわかっていらっしゃる。今のこいつは容姿なんかよりまず食い気だ。そこから攻めるのは非常に正しい選択であろう。
 頭を抱えて混乱しているレウスに、ノエルは優しく諭すように説明を続けた。

「あのねレウ君、今はあまり気にしなくていいの。将来お互いに大きくなって、レウ君がノワールちゃんを従者にしても良いと思ったらでいいんだから」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。何年後になるかわからないし、もしかしたら気持ちが変わるかもしれないじゃない。今は少しだけ覚えていてくれるだけでいいから……ね?」
「あ、兄貴……どうしよう?」

 レウスは俺に助けを求めてくるが、お前の事だから自分で決めろと目で訴えると、諦めたレウスはしばらく悩んでから頷いた。
 ……詰んだな。
 これでノワールの気が変わらない限りは従者で決定したようなものだ。恩人の子供で慕ってくる子を、レウスは無下に扱うとは思えないからだ。
 ご愁傷様……と言いたいが、レウスにとって異性に対する切っ掛けになるかもしれないので、俺は応援する事に決めた。
 幼いゆえにノワールの気持ちは憧れに過ぎないかもしれないが、その気持ちが恋心へと変わる可能性は十分にありえる。将来のレウスの状況によってはそのまま結婚させてしまう手もあるな。
 そんな風にレウスの将来設計を考えていると、ディーが睨んでー……いや、いつもの表情でレウスを見ており、ゆっくりと手を差し出して握手を求めてきた。

「……レウス」
「お、おう! 何だディー兄?」
「ノワールを……頼んだぞ」
「うん……それよりディー兄? 何か怖いんだけど。あと、凄く手が痛いんだけど……」

 相手が弟分で信頼のあるレウスでも、娘をやるのは抵抗があるようだ。ディーの中で凄い葛藤があるらしく、口元は笑っているが握手に必要以上の力が込められているのは仕方のない事かもしれない。
 ちなみにエリュシオンを旅立つ数日前、俺の所にリースの父親であるカーディアスと姉のリーフェル姫が押し掛けてきて握手を求め、リースを頼むと言ってきた事があった。その時のカーディアスは俺の手を握り潰しそうな勢いで握手してきたが、逆に握り返してギブアップさせ、リーフェル姫に良くやったと褒められた事件もあったな。
 何が言いたいかと言うと、男親は色々と面倒な生き物であるってわけだ。

「あなた、気持ちはわかるけどレウ君なら安心って言ったでしょう?」
「ああ、変な奴に渡すくらいならと思ったが、実際になると……」
「ねえお父さん、私に料理を教えてね。お父さんみたいに美味しく作って、レウス様に食べてもらうの」
「…………わかった」

 親の葛藤も愛娘の前では塵芥のようなものらしい。何か色んなものを飲み込んで、ディーは了承するのだった。

 こうして俺とノワールのすれ違いは解決を見せたが、視線が合うと逸らす場合があるので仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうであった。
 しかしここまで来ればお互いに歩み寄るだけだ。そう遠くない内にノワールと仲良く遊べるようになるだろう。

 ノエル達と同じように隠れて見ていたエミリアとリースを呼び、全員が集まったところでノエルがワクワクした顔で俺に視線を向けてきた。

「ところでシリウス様。さっきノワールちゃんに食べさせたモンブランは当然……」
「わかっている、ちゃんと全員の分を作ってあるから安心しろ。エミリア」
「はい! こちらに」

 すでにエミリアがトレイに乗せて持ってきていて、全員の分をテーブルに並べてくれた。
 一人一個だが、レウスの前には二つ用意するように指示し、先程食べたノワールにも一個用意させた。レウスは別として、ノワールは育ち盛りだし二つ食べても問題あるまい。

「兄貴、俺の前に二つあるけど……食べていいのか?」
「ああ、今回お前は一番頑張ったからな。ちょっとしたご褒美だから遠慮なく食べなさい」
「へへ……やった!」

 喜ぶレウスを羨ましそうに見るノエルとリースだが、モンブランを一口食べればそれも忘れて夢中になっていた。

「ショートやチーズケーキとはちょっと違う甘さですけど、凄く美味しいです」
「やっぱり兄貴が作るお菓子は最高だな!」
「はぁ……こんなお菓子もあるんだぁ。美味しいよう……」
「あの種子にこんな使い方が……他の料理にも使えるかもしれん」
「し、シリウス様! もう一個、もう一個ありませんか? 私はこれじゃ足りません!」
「作ったのこれだけなんだ。我慢しなさい」

 どうやらモンブランはノエルにとって最高だったらしい。過去に類のない勢いでお代わりを欲しがっていたので俺のを分けてあげようと思ったら、ノワールが自分の分からフォークで掬ってノエルの前に差し出していた。

「はいお母さん。私の少しあげる」
「の、ノワールちゃん。貴方の優しさに、お母さん涙が出そうよ」

 普通逆だろ……と思うが、これはこれで微笑ましい光景なので良しとしよう。愛娘から食べさせてもらい、ノエルの顔は最高と言っていいほどに緩んでいた。
 ノワールはそんな母親の顔を見ながら残りを食べ始め、ノエルに満面の笑みを向けていた。

「美味しいね、お母さん」
「ええ、美味しいわね。ねえノワールちゃん、これでもシリウス様って凄くないのかな?」
「ううん、お母さんの言う通りだったよ。シリウス様って……凄い人なんだね!」

 ノワールが発した心からの言葉を聞いて、俺はようやくこの子に認められたのだと満足感を得るのだった。

結論
 弟子は師に似る。


おまけその一
 書き上げた当初は含まれていたが、雰囲気を壊しそうなので消した部分を抜粋します。
 場所は、エミリアとリースがノエル一家を見て羨ましいと思い、シリウスの言葉に感極まった後です。


 エミリアとリースの暖かさを感じながら歩いていると、少し前を歩いていたレウスがノワールを見ながら俺に聞いてきた。

「なあ兄貴、俺の子供ってどうなると思う?」
「なにっ!? お前子供欲しかったのか?」
「別にそうじゃないけど、俺の子供だったら剣を持たせるか、魔法を覚えさせるかどっちがいいかなって思ってさ。あ、もちろん兄貴の従者は決定済みだけど」
「……それはお前の自由だろ。そもそも相手もいないくせに考えるんじゃない。子供が出来る方法は知っているだろう?」
「え? もちろん覚えているよ。こう、ベッドの上で必殺技をすればー……いたっ!?」

 良い雰囲気を天然に邪魔をされ、二人の姉に頭を叩かれていたのは当然の結果であろう。ますますレウスは姉に頭が上がらなくなった瞬間だった。
 異性にほとんど興味が無いので、ぼかしながら教えていたのだが……どうやら失敗だったようだ。
 何だかんだでいい年だし、そろそろ直球で教育するべきだと決意した。


おまけその二
勢いで書いている内に出てきた誤字脱字編。
リースがレウスに『水洗浄アクアリング』を使う場面にて。

現在
「あ、タオルは少し待ってもらっていいですか? レウス、あれをやるわ」


「あ、タオルは少し待ってもらっていいですか? レウス、息の根を止めておくのよ」
「リース姉!?」



 はい、というわけで新年一発目の投稿です。
 これからの予定ですが、残り一話でこの章を終え、閑話を一話挟んでから新しい章に移りたいと思っています。

 そして少し遅れた正月休みも含め、次の更新は二日遅れ……一週間後になります。申し訳ありませんがご了承ください。

 本日中に、活動報告を更新したいと思います。
+注意+
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