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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十一章 居候

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子供の本音

十一章開始です。
 ノエルとディーに再会してから数日が経過した。

 あれから俺達はエリナ食堂に居候し、経営を手伝いながらのんびりと過ごしていた。
 エミリアとレウスは給仕として活躍し、俺とリースは厨房で料理を手伝う毎日である。
 そして本日の営業時間が終了し、俺は久しぶりにディーに新しい料理を教えていた。もちろんアラドも一緒で、興味津々でこちらの手際を眺めている。

「ここで溶いた卵を入れてから蓋をして、卵が固まれば完成だな」
「なるほど」
「うーん、確かにこれは手早く提供できそうですね。勉強になります」

 俺が今回教えているのは、カツ丼や親子丼といった食堂での定番である丼ものだ。
 早く、安く、美味いの三拍子を兼ね備えるこの料理を教えてなかったのは、米の流通が確実と言えなかったからだ。
 なので個人の範疇で作っていたりはしたが、ようやくガルガン商会が安定した量を確保できるようになったと聞いたので早速教えているわけだ。教わっている二人はメモを片手に真剣な様子だ。
 出来上がった親子丼を二人に試食させてみたが、反応からして悪くはないようだ。

「カツ丼はちょっと面倒だが、この汁と材料は事前に用意できるから、ある程度はシチューと同じように作り置きも可能だ」
「この料理なら手早く提供できそうだ」
「この早さと簡単さでこんなにも美味いなんて。流石はディーさんの師匠です」
「それじゃあ二人も一品ずつ作ってみるといい。それを今日の夕食にして、全員に食べてもらって意見を聞いてみようじゃないか」
「わかりました」

 二人に場所を譲ってカツを揚げるところから始まり、次々と丼シリーズを完成させていく。
 俺が細かいアドバイスをしていると視線を感じて振り返れば、匂いに惹かれてノエルを筆頭に全員が厨房を覗き込んでいた。

「……美味しそうな匂いがします」
「期待していいぜノエル姉。あれは兄貴必殺の丼料理だ。ついにディー兄も教わったんだな」
「あれは癖になる味ですよノエルさん」

 食いしん坊な三人のテンションが上がり始めているが、鬱陶しいので追い払えば蜘蛛の子を散らすように逃げていった。お前達は本当に楽しそうだな。
 それからしばらくして人数分が完成したが、ノエル達が箸と皿を準備して待機していたのですぐに夕食になった。テーブルにカツ丼、親子丼、牛丼が入った三つの鍋を並べ、各人の前にはご飯だけ盛られた器が用意された。

「そのご飯の上に、この鍋の具と汁をかけて食べるんだ。ご飯のお代わりはあるから、三種類を食べて感想を聞かせてほしい」
「これをですか? どれどれ……って、美味っ!? これ美味しいですよ! 他のも堪りませんね!」
「兄貴とちょっと味付け違うけど、やっぱりカツ丼は最高だな!」
「私は親子丼ですね。この微妙な甘みが良いです」
「やっぱりどれも美味しい。私は甲乙つけ難いな」
「私はこの牛丼かな?」

 全員絶賛する中でノワールに視線を向ければ、彼女は美味しそうに食べていた。器用に箸を使っているが、ノエルかディーが教えたのだろう。
 そんなノワールにエミリアとリースが話しかけると……。

「ノワールちゃんはどれが好きかな?」
「オヤコドン! 凄く美味しいよ!」
「この良さを理解しているとは、流石お姉ちゃんのお子さんです」
「当たり前だよ」

 彼女は素直に答えて笑っているのだ。
 この数日間、エミリアとリースはノエルとノワールの部屋で一緒に寝ているから、就寝前に色々と会話しているからだろう。
 更に二人はよく遊び相手になっているし、色んな事を教えているので、ノワールからすれば優しくて頼りになる姉が出来たようなものだ。懐くのも当然かもしれない。
 二人程ではないがレウスともよく会話していて、ある程度の気を許しているようだ。レウスの空気がノエルに似ているからかもしれないな。
 そして肝心の俺だが……。

「どうだノワール。お前の場合はもうちょっと甘めの方が好みかな?」
「……うん」

 話しかけても視線を逸らされた。困った事に俺への態度は変わっていない。
 しかし数日も見ていれば、原因はなんとなくわかる。ノワールは俺に嫉妬しているのだ。
 ノエルから話を聞いてみると、物心ついた頃から俺の凄さを教え込んでいたそうだが、ノワールからすれば自分より優先しているように見えるので、嫉妬する可能性も十分にありえる。
 そんな人物がついに目の前に現れ、両親はそれを喜んで受け入れるし、何かある度に褒め称えるのは面白くない筈だ。
 他にも、俺がいるから自分に構ってくれる時間が減っていると思っているかもしれないな。他人の目から見たらノエル達が注ぐ愛情は変わってないように見えるが、ノワール自身は減っていると感じているかもしれない。

 何にしろ、嫌われている俺がどうこう言って変わるものじゃないと思う。
 なのでケーキを作ったりして彼女のご機嫌を伺ってみたのだが……結果は惨敗であった。
 作って出したケーキを喜んで食べてくれたが、俺が話しかけるとそっぽを向くのは変わらないのだ。百戦錬磨のケーキであるが、ノワールの場合はディーが作るので耐性があるのかもしれないな。むしろ微妙な味の差があって逆効果かもしれない。子にとってお袋……父親の味が一番だと思うし。
 結局、ノワールの為に作ったケーキは弟子達とノエルが喜ぶだけで終わった。ノエルの娘だけあって一筋縄じゃいかない。

 それから何度も話しかけたり色々と世話を焼いてみたりしたが、ノワールの態度は変わらず現在に至る。
 ここに永住するわけじゃないし、俺達が旅立っていなくなれば元に戻るだろうが、ノエルとディーの娘なら仲良くなっておきたいものである。どうせなら後腐れなく旅立ちたい。
 現状を何とかしたいと思った俺は、その日の夜に全員集めて相談する事にした。

 ノワールを寝かしつけ、食堂の中央に集まった俺達はノエルの宣言によって作戦会議を開くのだった。

「というわけで……第一回、ノワールちゃんと仲良くなろうの会議を開催します。皆さん拍手!」

 俺の家名を決めた時と全く同じテンションであった。
 二回目があるのかとか突っ込むのも面倒なので、スルーして真剣に悩む中、ノエルは真っ先に手を挙げて自分の案を出していた。別に挙手制じゃないから手を挙げる必要はないぞ。

「エミちゃんを落としたその神の手で撫でるのはどうですか? ノワールちゃんのお気に入り撫でポイントは、頭頂部の右斜め後方ですよ」
「あのねお姉ちゃん、今のノワールが素直に撫でさせてくれると思う?」
「うーん、それじゃあ私が動きを止めますから、その隙にやっちゃいましょう!」
「だーかーら! そこまで仲良くなっていないのに、強引にやったら逆効果でしょ! シリウスさんを慕っているのはわかるけど、母親なんだからノワールの気持ちを考えなさい!」
「そこまで言わなくてもいいじゃない! 私はノワールちゃんもシリウス様もどちらも大切なんだから。エミちゃーん、ノキアちゃんが苛めてくるー」
「はいはい、大きな子供さんです」

 今のような姉妹のやり取りはここでは日常茶飯事で、ノエルは嘘泣きしながらエミリアの胸の中に飛び込んでいた。だが嘘泣きだった顔はすぐに難しい顔へと変貌し、彼女は悔しげに震えだした。

「うぐっ……やっぱり私より大きい。柔らかくて気持ちいいのが悔しい!」
「それはもう、シリウス様の為に頑張りましたから。私はいつでも準備完了です」
「あの、ノエルさんがそこまで落ち込む必要はありませんよ。女性は胸が全てじゃありませんから」
「そうよね! 私だってあんな魅力的な旦那さんと結婚できたんだから、私より小さいノキアちゃんだっていつか絶対ー……」
「よしわかった。表に出なさい!」

 あちらは放っておくとして、まずはノワールの本音が聞きたいところだな。そう提案してみると、ディーが少し考えてから口を開いた。

「あの子はノエルに似て頑固な部分があります。今回の件を考えますと、私とノエルが聞いて素直に話してくれるかどうか……」
「そうなるとエミリアかリースが適任か? まあ、誰が聞くかは後で決めるとして、別のアプローチも考えておいた方がいいかもな」

 ノワールは料理が出来て頼りになる父親を尊敬しているようだが、その父親が俺を褒め称えている光景が面白くないのだろう。
 しかし、どれだけ俺を称えようがディーの凄さは変わらない点に気付くべきだ。むしろ俺の方がディーに尊敬の念を抱いている。
 彼は俺が教えたものを生かし、今では夢を叶えたどころか立派な父親になっているのだ。俺は前世からの記憶持ちで反則みたいなものだし、何も無かった男が俺のアドバイスでここまで成り上がったのである。
 つまりディーは立派で誇っても良い存在なのだ。だからどちらが優れているとか気にせず、ただ自分の父親は凄いと思っていれば良いのだが、四歳くらいの子にそう言って納得させるのは至難の業だ。
 彼女自身が気付いて納得し、俺を受け入れてくれるのがベストなのだが、何か良い案はないだろうか。

 そうだな……俺がそこまで凄くない点を見せてやるのはどうだろうか? そういう現場を見せ付ければ何か反応があるかもしれない。

「ディー、今度俺と模擬戦をしないか? 俺の負ける現場をノワールに見せてみよう」
「申し訳ありませんが出来ません。わざととはいえ、主人を倒す真似なんてしたくありません」
「あなたの言う通りですね。私達にとってシリウス様は仕えるべき御方であって倒す存在ではありません。ノワールちゃんも是非そう思ってほしいですし、わざと負ける姿を見せたくありません」
「兄貴は最強なんだ! 負けるなんて言わないでくれよ」

 隣に座っていたエミリア達も何度も頷いていて心から同意しているようだった。
 そうは言うがな、俺は大抵の相手に勝てる自信はあるが、絶対に負けない存在じゃないぞ。世界は広いし、俺より強い人や魔物は沢山いるはずだ。俺が負けた瞬間、弟子達の心が折れるなんて事がないように気をつけておかねばなるまい。
 他に何かないか考えていると、ノエルが再び挙手して案を出した。

「それでは私とお掃除勝負をしましょう! これなら従者の技術というわけで勝っても問題ありませんし、ノワールちゃんに母親の凄さを見せてあげられます」
「いや、ノエルには負けたくないから却下」
「何でですか!?」

 理由を言うなら何となくとしか言えない。何故かノエルに負けるのが嫌なのだ。
 騒ぐノエルを手で押さえつけていると、エミリアが名案とばかりに手を叩いた。

「でしたら皆でピクニックに行きませんか? 仲良く遊んでスッキリさせれば、本音を話してくれそうですし、そのままシリウス様と仲良くなれるかもしれません」

 ふむ……悪くはないが少し問題はあるな。その証拠にディーが難しい顔をしていた。

「良い案だと思うが、店を休みにするのはちょっとな。食べに来てくれる人に申し訳ない」
「……いえ、店はともかくディーさんは休むべきです。この店を開いてから休みなんてほとんどとっていませんし、その日の食堂は俺とノキ姉に任せて思いっきり羽を伸ばしてください」
「気持ちは嬉しいが、二人で店を回せる筈がないだろう?」
「他の弟や妹に援護を頼みます。そして料理を作り置きメインにして、手間を限界まで省いてみれば何とか……」

 アラドなりにディーを心配しているのだろう。聞けばこの店の休日はディーが軽い病気にかかった時くらいしか無かったそうだし、ノエルとノキアも同意するように頷いていた。
 ディーを休ませてやりたいと思う気持ちは俺も同じなので、後押しをしてやるべきだな。

「その日はキャンペーンにするとかどうだ? 今日は新作料理のお披露目だとか言って、注文メニューを提供しやすい料理に絞らせるとか、それしか頼めないとかな。今日明日の話じゃないし、事前に張り紙をするとかお客さんに説明しておけばいいだろう」
「だったら私がそれをやります。ずっと店内で働いてますから、常連さんは知っていますし」

 さっき教えた丼料理を披露する丁度良い機会とも言える。
 この店のメニューは豊富な分、様々な料理を作らなければいけないから手間取るわけだ。それをある程度絞らせれば、一人で回せるかもしれないだろうと伝えてみた。

「おお! それなら俺一人でも何とかなるかもしれません。ディーさん、これでも駄目でしょうか?」
「私達家族はディーさんにお世話になりっぱなしですから、弟や妹達も喜んで手を貸してくれますよ」

 アラドとノキアに詰め寄られ、ディーは溜息を吐きつつも口元をほころばせた。弟子や家族に心から慕われているようで俺も嬉しく思う。
 後一押しと言ったところで、ノエルがディーの腕を取って笑いかけた。

「私からもお願いするわあなた。毎日働くどころかノワールちゃんの相手もしているんですから、もっと休んでください。あなたが倒れたら私達の家族皆が悲しいわ」
「……ありがとう。お前達の言葉に甘えさせてもらう」
「はい! 俺一人でも出来るってところを見せます」
「あーあ、やっぱり最後はお姉ちゃんだね。美味しいところだけ持っていくんだから」
「ふふん、旦那さんにかけては誰にも譲れないわよ。ねえ、あ、な、た」
「ああ……俺もノエルに関しては誰にも譲れない。今はノワールもだがな」
「あなた……」
「ノエル……」

 ……このピンク空間は全く変わっていないんだな。
 もはや慣れたものなのだろう。アラドとノキアはやれやれとばかりに首を振って、見詰め合う二人から視線を外して新しいお茶を淹れていた。
 ちなみにエミリアとリースはその光景を羨ましそうに眺めていて、レウスに至っては店の隅で寝ているホクトの尻尾相手にシャドーを始めていた。それ面白そうだな、俺も後でやろう。

 それから正気に戻った二人を交え、ピクニックの日取りを決めた。
 ある程度大丈夫そうな日を幾つか選定し、他所で働いている家族に確認を取ってみたところ、二つ返事で要請を承諾してくれたそうだ。
 その間にアラドは何度も牛丼や丼料理を作り、調理の際における無駄な手間を省いていった。

 余談だが、レウスはホクトの尻尾に顔面を打たれて負けた。尻尾だけだろうとホクトに勝てると思ったら大間違いである。


 そして数日後、ついにピクニックの日がやってきた。
 天気は見事な快晴で、絶好のピクニック日和だろう
 行くのは俺達に、ノエルとディーとノワールの三人だ。いつもより早く起きてから仕込みを始め、作り置きを大量に残しておいたから、料理が提供できないという最悪な状況は回避できるだろう。
 その仕込みの合間に作った大量の弁当と、レジャー道具一式をレウスに背負わせて準備完了だ。

「今日はよろしく頼む。だが無理はするんじゃないぞ」
「任せてください。ここまで準備をしていて失敗なんてありませんよ」
「私も見てますから安心してください。お姉ちゃんとディーさんはゆっくりしてきてね」

 他の弟や妹達は昼前に来るらしく、以前はここで働いていたようだから問題はあるまい。アラドとノキアの二人に見送られ、俺達は町の外へと向かった。
 目指す場所は近くの森らしいが、そこにノエル曰くとても良い場所があるそうだ。大した距離ではないが、子供で体力に不安があるノワールはホクトの背中に乗せているので安心だ。
 その肝心のノワールは今朝からご機嫌そのもので、ホクトの背中で楽しそうにはしゃいでいた。その隣に追従しながらノエルも鼻歌を歌っており、非常にのどかな光景である。

「お姉ちゃんもノワールちゃんもとても楽しそうですよシリウス様。これなら仲良くなれるかもしれませんね」
「上手くいけばいいけどな。楽しむのはいいけど、守るのを忘れるなよ」
「任せろ兄貴!」
「ノワールちゃんは絶対に守ってみせます」

 ノエル達の服装は動きやすくて楽な服装だが、俺達は武器を携帯し学校で貰ったマントを羽織った状態……つまり旅に出ている時の装備だった。
 町から近いので危険な魔物はいないとノエルは言っていたが、外に出る以上は武装しておかねばなるまい。一緒に遊びにきているが、俺達はどちらかと言えば護衛に近いものだ。
 もちろん護衛と言われて遠慮されたが、これからも旅をする俺達は、ギルドで護衛依頼を受ける事だってあるので練習みたいなものだと言って納得させた。もちろん建前なので、俺達も適度に楽しむ予定である。
 最初はノワールと仲良くなる話だったが、今日はディー達を休ませるのを第一にしているので、気を使い過ぎないように気をつけるとしよう。


 ノエルの案内によって近くの森に入り、しばらく歩くと木々が開けた場所に辿り着いた。
 そこは小さな川が流れており、近くには花が咲き誇っている場所もあって中々居心地が良さそうな場所だった。川は綺麗な清流で水底が浅いので魔物が潜んでいる様子も無く、木々が開けた場所なので魔物が現れてもすぐにわかる。ノエルが良い場所と言うだけはあった。
 ホクトの背中からディーに肩車されていたノワールは、目を輝かせて目前に広がる光景を眺めていた。

「うわぁ……凄い。こんな所があったんだ」
「父さんも初めて来たが、良い場所だな」
「のんびりするにはもってこいだな。近くにこんな穴場があったのか」
「実は町の人達ならある程度知られている場所なんですよ。ですが、やはり町の外なので、魔物が出る可能性があるからあまり近寄れないんですよね」

 つまり、町の人達が近寄りにくいのは戦闘能力が無いからだ。それに比べ俺達はそれなりに鍛えていて感知能力も高いし、なにより鋭いホクトだっている。俺達にはお誂え向きの場所だな。

「ほらほら、感動するのは後にして休みましょうよ。まずは座れる敷物をー……」
「シリウス様、敷物の用意ができました」

 ノエルがレウスに持たせていた敷物を取り出す前に、すでにエミリアが敷物の準備を終えていた。

「ちょっとお昼には早いですから、まずはお茶を淹れて一息ー……」
「どうぞシリウス様。皆さんの分も用意してありますので」

 更にノエルが動く前にエミリアが人数分のコップを用意し、ガルガン商会に作らせた魔法瓶モドキに入れていた紅茶を注いで各人に配っていた。

「やっぱりこういう場所だとフリスビーがー……」
「本日は手加減しますのでお願いします!」

 そしてノエルが動く前にエミリアがフリスビーを差し出しながら尻尾を振っていた。もちろん隣にレウスとホクトが並んでいるのは言うまでもない。

「うわーん! エミちゃん少しは手加減してよぉ! 私だってシリウス様のお世話したいんだよぉ!」
「シリウス様のお世話は誰にも譲れません。それに今日のお姉ちゃんは休みなんですから、気にせずのんびりしていてほしいんです」
「それはわかるけど、少しくらい譲ってくれてもいいじゃない。ああ……柔らかい」

 エミリアの胸の中で安らいでいる人妻は放っておいて、俺達は敷物に座って一息入れた。フリスビーをやるにはちょっと場所が狭いので、姉弟とホクトに諦めるように言い聞かせていると、肩車されたままのノワールが川を指差して騒いでいた。

「お父さん、川! 川に行きたい!」
「元気だなノワールは。よし、行くか」
「せっかくの休みなのに大丈夫か?」
「俺は十分休めているので問題ありませんよ」

 娘の催促を笑いながら受け取ったディーは、紅茶を飲み干してから立ち上がった。ノワールは川に夢中で俺を嫌がる素振りを見せなかったので、少しでも慣れてもらう為にディーの近くにいる事にした。
 そのままディーとノワールは靴を脱ぎ、足首までしか浸からない川に入って遊ぶのだった。

 しばらくしてやってきたリースとディーは交代し、川の近くに座っていた俺の隣にやってきた。視線の先にはリースとノワールが楽しそうに水を掛け合う光景が広がっており、それを眺めながらディーは目を細めて呟いた。

「俺はいつも仕事ばかりでしたから、あまりノワールと遊べていません。ですが、あの子はこんな俺でも懐いてくれる。不思議なものです」
「親子だからってのもあるが、ノワールはお前の優しさをしっかりと理解しているからだよ。賢くて良い子じゃないか」
「はい、俺達の宝物で自慢の娘です。ですが、あの子がシリウス様を良く思っていないのが悔しいです。シリウス様がいなければ、俺達はこうしてのんびりと出来なかったというのに……」
「俺はちょっと手助けしただけなんだがな。まあその辺は置いといてだ、お前達が俺を慕うのは何年も俺と関わってきたからだろう? 何も知らず、会って間もないノワールに押し付けては駄目だろう」
「それはわかるのですが、やはり……と考えてしまうのです。従者として、親として……子育てとは難しいものですね」

 俺は弟子を育てた事はあるが、子供はいなかったので子育てはしたことは無い。最年少でノワールくらいの子を拾って育てたくらいだが、生まれた時から育てるのとは勝手が違うのであまり良い助言は与えられそうもない。だが……。

「一つ言えるとしたら、お前とノエルの育て方は間違っていないって事だな。見ろ、あんな風に楽しげに笑っているのはお前達が立派に育てた証拠だ。あの子だけじゃなく、子育てを通してお前達も一緒に成長していけばいい話さ。それより今日は休みだろう? 精神だけでなく、もう少し体を休めろ」
「そう……ですね。ありがとうございます」

 苦笑しながら悩んでいたディーだが、笑っている娘を見て落ち着いたのだろう。満足気な表情を浮かべて、その場に寝転がって休むのだった。


 それから一頻り遊び、昼食の時間になったので俺達は敷物の上に集まっていた。
 全員が輪になって座り、エミリアが弁当箱を広げ終わるのを食いしん坊の三人が目を輝かせながら待っている。いや、今日はノワールも加わっているから四人だな。あれだけはしゃぎ回ればお腹も空くだろう。

「シリウス様、準備が終わりました」
「ご苦労さん。それじゃあいただきますか」

 俺の言葉を合図に、全員が一斉に弁当箱に手を伸ばした。色とりどりのサンドイッチとおにぎりに、から揚げや卵焼き等と様々なおかずが入ったピクニックらしいお弁当だ。
 少し出遅れつつ何を取ろうか悩んでいると、エミリアが皿に乗せたサンドイッチを差し出してきたのでそれを受け取った。早速食べてみると、懐かしい味に思わず過去の記憶が蘇った。このサンドイッチの具材、母さんとピクニックに行った時と同じ物だな。

「……懐かしいな。あの時もエミリアがこうして差し出してくれたものだ」
「覚えていてくださったのですか!?」
「当然だろ。お前が初めて作ってくれた料理だしな」
「ああ……幸せです」

 あの頃はちょっと濃い味だったが、今は俺の舌に合った完璧な味付けになっている。子供ができたノエル達もそうだが、エミリアも成長したものだな。
 尻尾を振り回し、恍惚とした表情を浮かべたエミリアの世話を受けながらふと視線を横に向けると、ノワールが美味しそうにサンドイッチを頬張っていた。
 その隣ではノエルが甲斐甲斐しく世話をしていて、口元に付いたパンくずやソースをハンカチで拭っていた。

「美味しい? ノワールちゃん」
「うん! 凄く美味しいよ!」
「そうか。これも食べてみなさい。お父さんの自信作だぞ」

 ディーが弁当箱からサンドイッチを取ってノワールに手渡した。あのサンドイッチは今度店に出す予定の新作だな。
 味見はしてあるし、ノワールもきっと気に入ると思うのだが……渡されたサンドイッチに少しだけ違和感を覚えた。

「これも美味しい! やっぱりお父さんのご飯が一番だよ」
「そうよね、あなたの料理が一番ー……って、ちょっと待ってノワールちゃん。もしかしてそれはシリウス様が作った物じゃないかしら?」
「え……」
「む……いかん。俺が作ったのはこっちだったな」

 そうか、何か違和感があると思ったら、ディーがノワールに渡したのは俺が作ったやつだった。
 完全なディーの新作なので、俺も教わって今朝作ってみたのだが……ノワールを騙せるほどに味付けが似せられたようだ。
 そのせいで少し満足感を得ていたせいか、目の前の爆弾に火が点いた事に気づくのが遅れてしまった。

「ふふ、ノワールちゃんったら。お父さんのご飯と間違うくらい、シリウス様のご飯が美味しかったのね」
「な……んで……」
「いつもそっぽ向いて食べているけど、本当はシリウスさんのご飯も美味しいんでしょ? もっと素直になったらどうかな?」

 止めようとした時には手遅れだった。ノエルは泣きそうな顔で震えているノワールを見て、自分の言葉が拙いと気付いて口を押さえたが……すでに遅い。

「こ……この人のご飯なんか美味しくないよ!」
「の、ノワールちゃん!?」
「この人のご飯なんかより、お父さんの方がずっと……ずーっと美味しいんだから! そんな事言わないでお母さん!」
「こらノワール。そんな事を言ったら駄目だ。シリウス様は俺達をだな……」
「お父さんもお母さんも、どうしてこの人を褒めてばっかりなの! こんな人よりお父さんとお母さんの方が凄いのに……どうして!?」
「「…………」」

 ノワールの叫びにノエルとディーは何も言い返せなかった。ここではっきりと自分が凄いと言い返していればまだ良かったのだろうが、従者である二人はそう返す事が出来なかった。
 二人の反応にノワールはショックを受けたのか、涙を流しながら立ち上がっていた。

「何で何も言ってくれないの! お父さんの方が凄いって、お母さんの方が凄いって言ってよ!」
「……すまん」
「……ごめんね」
「っ!? お、お父さんとお母さんの……ばかああぁぁぁ――っ!」

 ノワールは心の奥底に溜まっていた本音をぶちまけるなり、泣きながら走り去ってしまった。

「ノワールちゃん! 待って、そっちへ行っちゃ駄目よ!」
「待ちなさい、ノワール!」


 ここは森の浅い地点だから魔物が少ないが、森の奥になれば危険な魔物が潜んでいる可能性が高い。
 それゆえに放たれた両親の叫びだが、ノワールは森の奥へ向かって走るのを止めなかった。
 正直に言えば……今のノワールを止めるのは簡単だ。ホクトや俺が走って強引に捕まえてくればいいのだから。
 だが、今のノワールの状態では何を言ったところで無駄だろう。
 一度落ち着く時間と、誰かを通したクッションが必要だと思う。
 先程から『サーチ』を発動させているが彼女に迫る気配は感じられないので、俺は走るノワールをただ見送るのだった。

「兄貴!」
「シリウス様! すぐに追いかけましょう!」
「そうですよ! 子供一人では危険です!」
「落ち着け。あの子に迫る魔物の反応は無いからしばらくは大丈夫だ。それより……二人の方だな」

 慌てているエミリアとリースを宥め、俺は娘に拒絶された両親の肩に手を置いた。
 二人はすぐにでも追いかけたいようだが、先程のように言われてはどうしようもないので追いかけるのを戸惑っているようだ。
 揃って絶望した表情を浮かべている二人に、俺は落ち着かせるように優しく話しかけた。

「ここは任せてくれないか? ノワールは必ず連れて帰ってくるから、お前達は帰ってきたあの子にかける言葉を考えておくんだ」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべる二人が静かに頷いたのを見て、俺達は行動を開始した。


 子供というのは感情が不安定なので、何がきっかけで爆発するかわからないものだと思っています。ノワールの暴走はそういう感じです。

おまけ

 その頃……エリナ食堂では。

「牛丼五人前! 親子丼四人前! カツ丼十人前入りましたーっ!」
「ちょっと待ってろ! ご飯が足りん!」
「兄さん、カツ丼のカツが切れそうだ! じゃんじゃん揚げるよ!」
「ノキア姉さん! ご飯炊き上がったよーっ!」
「親子丼五人前追加ーっ!」
「足りねえ! もっと炊いてくれ!」

 ……ほどよく修羅場っていた。



おまけその二

 ふと浮かんだ小ネタ。

 もし走って逃げたのがノエルだとしたら?

「あなたとノワールちゃんのバカーっ!」
「ノエルっ!?」
「お母さん!」

 シリウスがそっとプリンを用意する。
 立ち止まり……引き返して……プリンを食べる。
 そして……。

「あなたとノワールちゃんのバカーっ!」
「駄目なのかよ!」




 おそらく、次で今年最後の投稿になるかもしれません。
 次回の更新は五日後です。

 近々、前回の投稿でのキャラ紹介に追加キャラを加えるので、数日くらい経ってから覗いてやってください。
+注意+
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