挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十章 新たなる旅立ち

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

67/179

墓参り

 馬車は俺達がノエルとディーが別れた街、アルメストを目指して走る。
 ホクトの能力もあって、通常より倍近い速さで走る馬車は激しく上下に揺れる。だがサスペンションの御蔭で馬車内の揺れは軽減され、俺達はそこそこ快適に過ごせた。

「凄いなぁ、こんなに速度を出しているのにお尻が全然痛くならないね」
「この部分も凄く柔らかいですし、何だか貴族が乗ってもおかしくない馬車です」

 馬車内はあまり広くないが、柔らかい素材で作ったマットも敷いてあるので、雑魚寝も可能である。
 エリュシオンからアルメストまで馬車で五日の距離だが、この速度なら半分の日程で到着しそうである。
 エミリアとリースは馬車内でのんびりとしているが、俺とレウスは馬車の天井に登って片足立ちや不安定な姿勢で立っていた。揺れは軽減されているが全く揺れないわけじゃないので、ここに立ってバランス感覚を鍛えているわけだ。

「バランス感覚は大切だからな。鍛えればこんな場所でも逆立ちが可能だし、片手でも出来る」
「よーし俺も……と、とと……うおわぁ!」

 レウスは俺を真似て逆立ちし、片手をゆっくりと馬車の天井から離した瞬間、石を踏んだのか馬車は大きく跳ね、その衝撃でレウスが落ちた。
 何か叫びながらゴロゴロ転がっているが、ちゃんと受身はとったようなので平気だろう。俺はホクトに命令して馬車を止めてもらった。
 こんな調子で馬車は走り続け、道中一度も魔物や盗賊に襲われることなく順調に進んでいった。たとえ会おうが、魔物はホクトを恐れて襲ってこないし、盗賊程度では馬車の速さに追いつけないから当然でもあるが。

 それから三日経ってようやくアルメストに到着する頃、俺達は一旦道を外れて生まれ育った屋敷へと向かっていた。食料の備蓄も十分だし、町に寄るより直接向かった方が早いからである。母さんが眠っている場所は馬車では行けないので、屋敷に馬車を置いて歩いて向かうべきだろう。
 俺がこの道を通ったのは、屋敷を出る時だけだったが道はしっかりと覚えている。そして俺は五年ぶりに産まれた屋敷へと帰ってきた。
 馬車から降りて屋敷を見上げていると、母さんや従者達と共に暮らした懐かしい日々が蘇る。たった五年だというのに、凄く懐かしく感じるのは何故だろう? だが、ここにあるのはすでに抜け殻であり、俺が必要とする人や物は一切存在しない。俺の帰るべき場所は……。

「私とレウスは二年もいなかったのに、まるで家に帰ってきた気分がしますね」
「だよなぁ。俺が兄貴と会ったのもここだよな」

 拾った時のレウスは気絶していたから、目覚めたこの家が初対面になるな。あの頃はやんちゃで生意気な子供だったのに、今や俺を兄貴と慕い、大剣を軽々と振り回す立派な剣士だ。俺達の中で一番成長しているかもしれない。

「そういえば、あの頃のレウスはシリウス様の手に噛み付いていましたね。今にして思えば、何と恐れ多い事をしたものです」
「そんな事があったの!? 今のレウスを見ていると信じられないわね」
「止めてくれぇ! あれは……あれは……俺の最大の汚点だよぉ!」
「そう言うな。あの時はエミリアを守ろうと必死だったんだろ?」
「そうでした。少し複雑だけど、あの頃はありがとうねレウス」

 エミリアは頭を抱えて崩れ落ちるレウスの頭をポンポンと叩き、リースは肩を叩いて慰めていた。
 そんな従者を尻目に屋敷を眺めている内に違和感に気付いた。俺達が出て五年も経っているのに、屋敷が全く寂れていないのだ。それだけ放置すれば、雑草や木々に多少埋め尽くされてもいいのに、まるで俺達が住んでいたように手入れがされているのだ。もしかして誰か住んでいるのだろうか?
 疑問を浮かべていると、玄関の扉が開かれて一人の老執事が姿を現した。六十は過ぎた貫禄たっぷりの執事で、母さんと同じ従者のプロたる雰囲気を感じた。

「このような所に何用でしょうか。ここは貴族のドリアヌス家所有の家と知った上での来訪ですかな?」
「あ……はい、それは知っています。ここは通りすがっただけです」
「このような場所を通りすがるとは思えませんね。盗賊とは思えませんが、早々に立ち去るのをお勧めします」

 柔和な笑みを浮かべているが、何かあれば本気で追い出しかねない迫力で威圧してきた。とはいえ戦いに来たわけではないので素直に説明をするとしよう。

「私達は裏手の山に用があるのですが、山道は馬車が入らないのでここに置かせてもらおうと思って来たのです」
「山……ですか。そこに何かあるとは聞いた覚えはありませんが?」
「ちょっとした用事があるだけですぐに帰ります。遅くても昼過ぎにはここを立ち去る予定ですが、よろしいでしょうか?」

 老執事は空をちらりと見上げてから、少し考える様子を見せてから頷いた。空の明るさからまだ朝方だし、墓参りから戻って馬車を飛ばせば夕方までにはアルメストに着くだろう。

「……馬車を置く位なら問題ありません。そこにスペースがあるので、好きに使用するといいでしょう。ただし、昼過ぎには絶対に去りなさい」

 そう冷たく言い放ち、老執事は玄関の扉を閉めた。家名を捨てた以上、俺はこの敷居を跨ぐ事はもう出来ないだろう。俺は苦笑していたが、姉弟の方は納得いかないとばかりに気落ちしていた。

「理由はわかりますけど、シリウス様がかつて住んでいた家なのに、入れないなんて悲しいです」
「俺達の大切な思い出がある家なのになぁ……」
「仕方ないさ。確かに家は大切だけど、母さん達に酷い事をしたあの男と縁を切りたかったしな」

 あのバルドミールと言う、血縁上の父がいなければ俺は生まれていなかったかもしれないが、その後の対応があまりにも酷すぎるので、絶対に父と呼ばないようにしている。その気持ちを理解したのか、姉弟はそれ以上何も言わず俺の左右に控えるのだった。
 その姉弟の頭を撫でてやりながらホクトに指示を飛ばして、老執事の言われた玄関前のスペースに馬車を置かせてもらった。必要な物を手に持ち、山へと入る準備をしているとエミリアが質問してきた。

「シリウス様、この馬車は置いたままで大丈夫でしょうか?」
「そうですね。私達が居ない間に、盗賊や悪い人に馬車を盗られる可能性もありそう」
「その辺はちゃんと考えてある。馬車内のここに魔力を流すと、盗難防止の機能が働くようになっているんだ」

 魔法陣による重量軽減を解除し、車輪が回らなくなるサイドブレーキを同時に作動させるスイッチである。更に馬車の全方向に付いているシャッターを下ろして鍵を掛けてしまえばいいのだ。シャッターはグラビライト製だから簡単に壊れはしないし、中に入るにはそれこそ馬車自体を破壊する力が必要だろうな。
 そして俺の『サーチ』で探せるように特殊な魔力波を出すようにしてあるので、万が一盗まれてもすぐに探し出せる。
 車輪が回らない上に数トンはあろう馬車を、重機やトラックもないこの世界で簡単に運べるとは思えない。その処置を終え、試しにレウスに引かせてみた。

「お……おおっ!? ビクともしないぞ兄貴!」
「専用の輪留めをすれば、持ち上げる方が移動しやすいだろうな。まあ数トンの馬車を運べる人や魔物がいればの話だが」

 そんな風に盗難防止をしてあるので、ここまでやって盗めたら逆に褒めてやろうと思う。まあ、褒めるだけでちゃんと追いかけて制裁するけどさ。
 最後にシャッターを下ろし、準備を終えた俺達は山へと入った。

 俺にとってこの周辺の山はもはや庭同然であり、方角だってはっきりとわかる。数年に亘り野山を駆け抜け、探索を続けていれば当然であろう。
 少し年季は少ないが姉弟にとっても庭同然で、母さんの墓へ向かう道中に思い出話に花を咲かせていた。

「懐かしいなぁ、よくこの辺りで採った物を食べてお腹を壊したっけ」
「リース、あの木の実は食べては駄目よ。毒が入っていて、私が食べた時は酷い目にあったの」

 拾った直後の二人は知識がほとんど無く、更に飢えていた時期が長かったので、碌に確かめもせず茸や木の実を食べて中毒になっていた。その度に吐き出させたり、薬を用意したりと大変だった。そんな経験があるからこそ、姉弟のサバイバル能力が大きく伸びたとも言えるけどな。
 当初の苦労を思い出して遠い目をしていると、それに気付いたリースが苦笑しつつ俺の肩に触れ、ホクトも慰めるように顔を摺り寄せてきた。

「……大変だったんですね」
「クゥーン……」
「ああ……大変だった」

 この姉弟はたまーに暴走するから、それにつき合わされているリースも苦労を理解してくれたらしい。仲間がいるのは嬉しいものだ。

「他にも、ゴブリンの集団を何度も全滅させたりもしたよね。色んな技の練習になったよ」
「シリウス様が放った魔法で、ゴブリンの群れが木の葉のように吹き飛ぶ光景は素晴らしいものでした」
「当時の俺は調子に乗っていたからなぁ」

 『サーチ』でゴブリンを探しながら森を駆けずり回り、発見したら姉弟の戦闘練習と、新しい魔法の実験として全滅させてばかりだった。
 あまりにも退治しまくったので、ディーから街のギルドで『山におけるゴブリン減少の原因調査』の依頼書が張り出されていたと聞いた。

「皆さんがどれだけ凄まじい子供だったか、聞いているだけでよくわかります」

 リースの突っ込みを流しながら、俺達は通い慣れた山道を進むのだった。


「うわぁ……凄い」

 そして母さんが眠っている花畑へ到着すると、リースが呆けた声を出しながら見惚れていた。
 五年も経てば何か変わっていてもおかしくはないと思ったが、一面に咲き誇る花畑は健在で、中央に聳え立つ巨大な樹もそのままだった。

「ここは相変わらずで何よりだ。ホクトと再会した場所程ではないけど、良い場所だろう?」
「はい。あそこが夜の楽園なら、ここは昼の楽園ですね。世界は本当に色んなものがあるんですね」
「あそこの大きい樹の下にエリナさんの墓があるんだ」
「リースを紹介しないといけませんね。早く行きましょう」

 姉弟はリースの手を掴んで走り出す。ここは初めてフリスビーをした場所のせいか、あの頃を思い出して無意識に走り出したくなるのかもしれない。リースはちょっと困っていたが、笑みを浮かべて二人に引っ張られて行った。

「じゃあ俺達も行くか。お前も紹介しないとな」
「オン!」

 ホクトを引き連れ、俺は三人の後を追った。

 五年経った墓石は蔓が巻きついたりと汚れが目立ったので、まずは掃除から始まった。掃除と言っても簡単で、絡まっていた蔓らしき物を払い、墓石を布で磨いて終わりだ。
 そして持ってきたワインを添えて、俺達は改めて墓の前に座って母さんに報告をした。

「久しぶり……母さん。あれから五年経ったけど、俺はこんなにも成長したよ。家とは絶縁しちゃったけど、新たな仲間も出来たし元気でやっているよ」

 俺は立ち上がり、自分の姿を見せるように手を広げた。
 今や俺も十四歳で、五年前と比べて背も高くなったし顔つきもだいぶ男らしくなってきた。冒険者にもなったし、母さん達の遺言通り自分の思うように生きている。

「それにほら、見てくれよ。エリュシオンの次期女王からこんなのを貰ったんだ。王族から直々に勧誘されたんだぞ、俺」

 今の俺はリーフェル姫から貰った、近衛の証でもあるマントを羽織っていた。普段は羽織っていないが、母さんに見せる為に馬車から持ってきたのだ。
 ちなみにマントの下には膝まである黒いロングコートを着用していて、その下には俺がいつも着ている戦闘服だ。鎧らしき物は装備していないが、このロングコートは魔法の糸製で丈夫だし、腰の部分に上からベルトで留めてあるので動きの束縛も少ない。
 それから俺は学校で暮らしていた日々を語った。心配させそうなので危険な目にあった事は伏せたが、姉弟やリースが口を挟みつつ報告を続けた。

「……色々な事があったけど、俺達は無事に学校を卒業したよ。今から世界を旅するから、またしばらく会えなくなるな」

 少なくとも数年は来れないだろうが、その頃の俺はどうなっているんだろうな。まあ、わからない未来を考えていても仕方ない。俺一人だけ話しているのも何なので、後ろに控えていた弟子達に場所を譲ると、三人は墓の前に立って一礼した。

「お久しぶりですエリナさん。細かい事はシリウス様が報告しちゃいましたけど、私から言いたい事は一つです。貴方に教わった事を胸に私は頑張っています。だから……見守っていてくださいね」

 エミリアにとって、従者としての在り方を教えてくれた母さんは師でもあり、俺とはまた違う頼れる存在だったのだろう。亡くなる前に見せていた二人の仲睦まじい光景は、まるで親子のように思えたのだ。
 俺と同じく自分の姿を見せる為に、彼女はその場で一回だけ回った。ちなみにエミリアは女性冒険者が着るような厚手の上下服に、軽い鉱石で作られた胸当てと軽装である。俺と同じくスピードと回避を主体にしているので、急所を守る程度の防具にしている。

「エリナさん。俺、言われた通り食事はよく噛んで食べているよ。敬語はちょっと怪しいけど、人前に出た時は気をつけているから」

 レウスにとって母さんは本当に大好きな人だった筈だ。一番最初に懐いたのも母さんだったし、何度も甘えて頭を撫でてもらっていた。前の母親を忘れる薄情な奴に見えるが、レウスは天然で野生的な思考を持つせいか、人の生死に関して切り替えるのが早いだけだ。奥底ではしっかり母親を想っているのはわかっている。
 似合ってるだろ? とか言いながら自分の姿をレウスは見せていた。仲間の中で一番前に出て戦う彼だが、敵の攻撃は避けるか剣で払うかのどちらかなので、防具は頑丈な手甲と急所を守る軽鎧ぐらいである。剛破一刀流の真髄でもある、斬られる前に斬る精神だからだな。

「初めましてエリナさん。シリウスさんの仲間で、弟子になったフェアリースと申します。いつも三人にはお世話になっています」

 リースの服は、髪色に合わせた淡い青色に染められたワンピースタイプのローブだ。これはリーフェル姫から送られた特殊な服で、学校長が俺との戦闘時に着ていた服と同レベルのローブだそうだ。セニアがリースには内緒で教えてくれたのだが、お金にするととんでもない額になるそうで、姉の愛の深さを垣間見れる。
 装飾もほとんど無く機能性を重視したローブだが、袖や襟元にさり気ないワンポイントが入っていて彼女にとても似合っている。ちなみに父親からは防御の魔法陣が描かれたペンダントを貰っており、服の中で光り輝いているだろう。
 三人はそれぞれの防具や服の上に卒業時に貰ったマントを羽織っており、母さんに見せるように広げていた。

「見てください。私達はシリウス様の教えを受けて、学校からこんな立派なマントを貰いました」
「数百人いる生徒の中から、選ばれた優秀な人にしか貰えないんだよ。兄貴の従者に恥じない結果だろ?」
「私もシリウスさんの御蔭で選ばれたんです。貴方の育てた御方は、沢山の人を幸せにしてくれていますよ」

 粗方終わったところで、最後にホクトの紹介だ。のっそりと墓の前へ顔を出したホクトは、頭を下げて一礼した。当たり前にやっているが、礼節を理解している狼って凄いな。

「母さん、こいつはホクトって言って、俺達の仲間だ」
「オン!」

 もし母さんが生きている頃にホクトと出会っていたら、どんな反応をしただろうな。案外、普通に対応していたかもしれない。俺に敵対する者には容赦なかったけど、味方であるとわかれば優しい人だったし。
 とにかくこれで母さんへの報告は終わった。最後に全員で黙祷してからワインの中身を墓にかけて、俺達は母さんの墓を後にした。

 また……来るからな。


「あそこでフリスビーしたかったなぁ……」

 帰る道中、耳と尻尾を垂らしたレウスが残念そうに呟いていた。それに反応したのはエミリアとホクトで、連鎖するように尻尾が垂れ下がっていた。

「そうね。でもあの執事さんが早く出て行けと言っていたし、仕方ありませんよ」
「クゥーン……」
「いつになるかわからないけど、今度はノエルとディーも連れて一緒に行こう。弁当を持ってフリスビーをしようじゃないか」

 俺の提案に姉弟と一匹は尻尾を振りながら喜んでいた。おっと、ノエル達の子供も忘れちゃいけないな。何にしろ、今度行くときは大所帯になりそうだ。
 そのまま少し急いで屋敷に戻ってきたが、太陽の位置からしてまだ昼前だった。
 理由はわからないが、屋敷にいた老執事は昼過ぎまでに出て行けと言っていたのでさっさと出て行くとしよう。
 近衛のマントを脱いで馬車に置き、安全装置を解除しようとしたその時……こちらに近づく複数の気配を感じた。
 すぐに『サーチ』を発動させて、接近する何者かの情報を探ったのだが……。

「人が四……いや、五人だな。馬車でこっちに向かって来ているようだ」
「どうする兄貴? 戦闘準備が必要かな?」
「いや、俺達じゃなくてこの屋敷に用があるんだろう。そうか……あの執事が追い出そうとしたのはこういうわけか」
「何かわかったのですか?」
「考えてみろ、この屋敷の持ち主は誰かって話だ」
「「あっ!?」」

 『サーチ』で過去に知っている魔力反応を感じたから間違いない。何ともタイミングの悪い時に来てしまったものだ。
 気付かれないように出て行こうとしても、馬車が通れる道は一つしかないし、隠れようにも馬車という大きい物を隠すスペースは無い。仕方あるまい、腹を括って顔を合わせるとしますか。
 これから来る馬車の邪魔にならないよう、ホクトに命じて俺達の馬車を移動させていると、背後で弟子達が小声で会話していた。

「ねえ、二人は誰が来るかわかっているの?」
「屋敷の持ち主だよ。兄貴やエリナさんを馬鹿にしている嫌な奴だ」
「シリウス様の……その……」

 どう言ったらいいかエミリアが迷っていると、道から馬車が現れ玄関前に停まった。それにしても大きな馬車だ。五人も乗っても余裕ありそうな馬車だが、天井が道に伸びた枝を蹴散らしまくっていたぞ。
 御者台に座る男が俺達に胡乱な視線を向けているが、会話よりまず馬車の扉を開けに走った。

「相変わらず狭い道ですね父上。そろそろ考えるべきではないですか?」
「そうだな。道を広くする必要があるな」

 予想通り馬車から出てきたのは、一応俺の父親であるバルドミール・ドリアヌスだった。五年前に見た時と比べて腹が更に出ているようだが、大きく外見の変化はしていないようだ。
 その背後から出てきたのは、少しハンサムで背の高い青年だった。どこかバルドミールと似た特徴が見え、父上と呼んでいた点から息子……俺の異母兄あにかもしれない。更に馬車から二人の男女が出てきたが、武器を持って冒険者の格好をしていたので護衛だろう。
 護衛達が俺達に気づいて武器を向けてきたが、バルドミールが手を伸ばして止めさせた。

「お前は……何故ここにいる?」
「父上、知っている者ですか?」
「うむ。金を払ってまで我が家名を捨てた愚かな男よ。一応、血筋ではお前の異母弟おとうとになる」
「愚かなのは貴方の方です……」

 エミリアがぼそっと呟いた声は聞こえなかったようだが、俺も同意見である。リースも状況を悟ったのか、少し悲しげな表情で俺の背中に手を触れてきた。

「こんな所で何をしている。今更家に戻りたくなったか?」
「ありえない話ですね。少し用があってここへ来ただけで、今出て行くところでした」
「ふん、何の用か知らんが、黙って帰させんぞ。お前には聞きたい事があるからな」
「こちらにはありませんので、失礼します」

 会話するだけで頭が痛くなるからな。こんなのでも一応は父親だから自分の手で始末するのも嫌なので、さっさと逃げようと馬車へ向かおうとしたが、冒険者達が武器を抜いたのを感じて俺は警戒レベルを上げた。弟子達も各々の武器に手をかけていて、今にも戦闘が始まりそうな一触即発の空気になった。

「……何のつもりですかね?」
「私の話を聞いていたのか? お前には聞きたい事があると言った筈だ。勝手に消えるのは許さんぞ」
「そうだ! 父上の命令を聞かずどこへ行くつもりだ!」

 やれやれ……下手に手を出してこなければ忘れていてやったのに。溜息を吐きつつ、俺は弟子達にハンドシグナルで警戒を解くように命令した。

「わかりました。それで、一体何の話ですかね?」
「何故私が外で話さなければならない? 特別に屋敷へ入る許可をくれてやるから、そこで話してやる」

 この偉そうな物言い……全く変わっていないなぁ。何だか笑いたくなる気分になりつつ、屋敷へ向かうバルドミールと息子の後をついて行ったが、護衛の冒険者と俺の弟子達は外で待っていろと言われた。

「私達はシリウス様の従者です! 一緒に入る権利はあります!」
「そうだ! 貴族のくせに心が狭いぞ!」
「黙れ亜人が! 平民如きが一々口を出すんじゃない!」
「亜人なぞ外で十分だ。お前達、そいつ等が逃げやしないか見張っておけ!」

 良い武器や防具を装備しているが、筋肉の付き方や足運びからしてエミリア達の方が強いだろう。襲われたら返り討ちにしろと小声で『コール』を飛ばし、弟子達に笑いかけてやった。

「ちょっと話をしてくるだけだから、大人しく待っていなさい」
「……わかりました」

 悔しく歯噛みする姉弟を背に屋敷の玄関に近づくと、中から扉が開かれて老執事が現れた。そして綺麗な動作で一礼し、主であるバルドミールを屋敷へと招いた。

「ようこそいらっしゃいました、バルドミール様、坊ちゃま。おや、そちらの御方は?」
「うむ、ちょっとした客だ。少し話があるので適当に持て成せ」
「馬車に乗ってて喉が渇いたんだ。すぐにお茶を頼むよバリオ」
「わかりました。すぐに用意を致しましょう。貴方も何か希望はありますかな?」

 二人が足早に奥へと進む中、バリオと呼ばれた老執事は俺にも要望を聞いてきたが、二人には聞こえない小さな声で俺に伝えてきた。

「予想以上に早く主が来てしまったようですな……」

 ここへ来た時に俺達を早く出て行かせようとしたのは、俺をバルドミールと再会させないため……か? 理由がわからず首を傾げていると、バリオは一瞬だけ口元を緩ませて呟いた。

「私はエリナの元同僚でして、貴方の事を多少ながら知っております。なので面倒を避ける為にああ言ったのですが、予想より早く来てしまいました。主人が気まぐれだと困るものです」
「起こってしまったのは仕方ありません。とにかく何とかやり過ごす努力をします」
「私は主の執事ですから手助けは出来ません。私はお茶の用意がありますからこれで……」
「おい、早く来んか!」

 バリオは敵では無さそうだが、味方ってわけじゃなさそうだな。背筋がピンとしている背中を見送りながら、怒鳴っているバルドミールの後を追った。

 場所はエリナの部屋……だった場所だ。エリナが調合に使っていた器具や、エミリア達の従者教育に使っていたテーブルは跡形も無く、無駄に煌びやかなテーブルとソファーが中央に置かれるだけだった。ああ……思い出の部屋が全て台無しだな。
 内心で落ち込んでいると二人がソファーに座ったので、俺が対面に座ったところでバルドミールは自慢顔で笑っていた。

「どうだ? 平民には縁のない見事なソファーと机だろう?」
「そうですね。ずいぶんと羽振りが良いようで」

 これくらいならダイア荘に用意したし、学校長の部屋にあるソファーの方が座り心地は良かったぞ。まあエリュシオンに比べたらここは田舎だろうから、何も言うまい。

「ああ、良いとも。この優秀な息子であるカリオスが新しい道具を発明してな、それを町の商会に売りつけて大金を得たのだよ」
「父上の息子であれば当然ですよ」

 俺と同じ事をしたってわけか。どれだけお金を得たかわからないが、調子に乗りまくっていると足元がすくわれるぞ?
 そう思っているとバリオがノックをして入ってきて、人数分のお茶がテーブルに用意された。匂いからして毒は入っていなさそうだ。

「うむ、やはりバリオの茶は美味いな。この静かな場所で飲むのもまた良い」
「ありがとうございます」
「屋敷の管理も完璧だし、僕達の屋敷に戻ってきなよバリオ」
「お言葉ですが、私は残り少ない余生を静かに送ろうと決めたのです。どうか情けを」
「仕方あるまい。妻達も明日来るが、今度は三日ほど滞在するから頼んだぞ」
「お任せください。最高の休日を用意させていただきます」

 バリオが管理していたり、五年経っても屋敷が健在だったのはそういうわけか。この親子にとってここは別荘みたいなものなんだな。
 俗世の騒ぎから解放されると楽しげに会話しているバルドミールを眺めていると、ふと思い出した事があるので聞いてみることにした。

「そういえば、私の渡したお金は何に使われたのでしょうか?」
「そうだ!? それが言いたくて貴様を呼んだのだ。一体あの金貨に何をしおったのだ!」

 そこでバルドミールも思い出したのか、彼の表情は一転して怒りに染まっていた。というか、呼びつけた本題がそれかよ。

「何を……とは? 私はただ金貨を渡しただけですが?」
「ふざけるな! あの金貨のせいで私はな……」

 怒りに身を任せて色々と言われたが、纏めるとこうだ。
 五年前、俺は家名を捨てる手切れ金として、金貨数十枚をこの男に渡した。実は嫌がらせも含めてその金貨に、時間差で『インパクト』が発動するように仕掛けておいたのだが、それが大当たりだったらしい。
 近くの町に寄って早速そのお金を使おうと店に入ったら、タイミングよく『インパクト』が発動し、辺り一面に金貨がとてつもない勢いで飛び散ったらしい。
 店の商品を幾つか壊し、本人の顔や体に無数の痣を作り、更に外へ飛んでいった数枚の金貨が盗られてしまったそうだ。結果、商品の弁償代を払ったり、治療代のせいで金貨が無くなったどころか自らも金を出す羽目になったそうだ。
 当時は逃げるようにエリュシオンへ向かってしまったが、予想以上の結果に俺は内心でガッツポーズを取っていた。

「それは大変な目に遭いましたね。ところで、そこにいなかった私に文句を言うのはおかしくありませんか?」
「ええい黙れ! あの金貨を渡したのは貴様だろう! あれのせいで私は要らぬ苦労をする事になったのだぞ!」
「お言葉ですが、貴方に差し上げた以上、その金貨がどうなろうと私の責任は一切ありませんよ」
「原因は貴様だ! 従って、貴様は私に金を払う必要があるのだ」

 結果を聞けて楽しかったが、内容はくだらない話だった。俺の視線が氷点下まで冷たくなっているのに気付かず、バルドミールは怒りを抑えてにやにやと笑いながら外へと視線を向けた。

「外の馬車とお前達の身形からして、どこかで成功したようだな。あんな娘の子だが、私の血が入ってるだけはある」
「成功したと言えば成功してますが、貴方の血は全くもって微塵も関係ありません。勘違いしないでください」
「実力だと言うのか? 何にしろ賠償金を求めるぞ。勘当したとはいえ血の繋がった父の命令だ、すぐに払うがよい」
「難しく考える必要はないぞ異母弟おとうとよ。真偽はどうあれ、父上に親孝行するだけの話だ」

 いかん、似たもの親子に家族面されて寒気がしてきた。もうどこから突っ込んだらいいかわからないが、どうしてこんなに自信満々な下種になったんだろうか? ああ、さっき新しい技術を作って売ったとか言っていたな。つまり親子揃って調子に乗っているわけだ。
 血縁上の親子だろうが、こいつらに払う金は一石貨もないな。

「お金はありませんよ。あの馬車でほとんど使い切っています」
「ならば外の馬車を貰おうか。普通の馬車だが、売れば多少の金になるだろう」
「でしたら父上、私は外にいたあの女と亜人を頂けばよいと思います」

 そろそろ暴れようかなぁ……と思っていると、聞き逃せない言葉が耳に響いた。

「カリオスよ、女はとにかく亜人まで欲しいのか?」
「はい父上。確かに亜人ですが、あの容姿なら連れ歩くだけでもステータスになるでしょうし、亜人好みの貴族に差し出せば良い交渉材料になりそうです。そして男の方は護衛として役立つでしょう」

 こいつは一体何をほざいているのだろう?

「ほほう、亜人を上手く利用するとは。流石はカリオスだ」
「あの青髪の女はまだ子供っぽいですが、顔は悪くありませんし、私好みに調教したいと思っています」
「お前達は……何を言っているかわかっているのか?」

 今の言葉は最終宣告のようなものだった。
 それに気付かない二人……下種は俺の放った言葉に苛立ち、テーブルに拳を叩きつけて怒りを表した。

「たとえ子であろうと、貴族の私達に向かってお前とは何だ!」
「お前が金を払わぬからそうなるのだ。そういえば妙に立派な魔物を連れていましたよ父上。あれは良い値段で売れそうです」
「…………」

 ……話にならない。
 元からまともに会話になるとは思っていなかったが、我慢するだけ無駄か。
 俺だけならとにかく、弟子達に手を出すと言うのなら……ちょーっとだけ後悔させてやらないとなぁ。
 ソファーの背もたれに体を預けて足を偉そうに組んでから、満面の笑みで言ってやった。

「口を閉じろ、下種が」

シリウス「また……来るからな」

エリナ『はい、いってらっしゃい』




というわけで、もう一つのイベントである父親との決着、前編です。
この話は『ティーチャー』の話で、バルドミールが金貨を渡された後はどうなったのか、という結果を伝えるために書いてみました。

相変わらずむかつく貴族ばかり出てますが、次回で父親を地獄にー……もとい、父親と完全な決着をつけます。

次の投稿は五日後になりそうです。
今日中にまた活動報告を挙げようと思います。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ