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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十章 新たなる旅立ち

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どこまでも供に

申し訳ありません。
風邪をひいてしまい、更新が一日遅れました。

※百狼の名前が『レオン』から『ホクト』に変わりました。
 ホクトの速度は凄まじいものだった。
 俺の場合は『エアステップ』で障害物を気にする事なく空を駆け続けられるが、ホクトはそれが出来ないので枝や岩を足場にしつつ進んでいる。
 だが、その速度は俺の倍以上に速く、百狼の持つ身体能力の凄まじさを見せ付けられた。
 この勢いなら、あと数分も経たない内に村へと着くだろう。

「怖くないかリース? もう少しだから我慢しろよ」
「だ、大丈夫です! むしろ嬉しいですから」

 俺達に来る衝撃はホクトが上手く流しているし、風圧は俺が盾になっているから問題はあるまい。
 白馬に乗った王子様ではなく白狼に乗った元エージェントだが、この雰囲気に酔っているらしく、彼女にしては珍しく力を込めて抱きしめてきていた。俺も背中に柔らかい感触を感じるので役得だろう。エミリア程ではないが、彼女も結構大きいのである。
 こっそりとその感触を楽しんでいると、ようやく森を抜けて村の全貌が見えてきたので、『サーチ』を発動させて魔物の位置を探る。

「東へ向かえ!」

 ホクトは軽く吼えると、村にある屋根を足場にして東へと向かった。東には馬を放牧する広い土地があり、そこに村人と魔物の反応を感じたのだ。
 そしてホクトが大きく飛び上がり反応の地点に目を向けると、そこには松明を持った村人が沢山並んでいた。その視線の先に、何かに群がる無数のハングリデヴィアがいた。

「ホクト!」
「アオオォォ――ンッ!」

 明確に指示しなくても、ホクトは理解して遠吠えを放った。威圧も含まれたその遠吠えに、村人や一心不乱に何かを貪っていた魔物がこちらを向いたので、すかさず俺達は魔法を放つ。さっきの場所と違い、ここなら血が流れても問題ないので遠慮する必要もない。

「『マグナム』」
「狙いは頭……お願いね『水弾アクアバレット』」

 二人同時に放たれた遠距離魔法は、それに群がっていた魔物の頭を全て撃ち抜いて絶命させた。そこで襲われていたのは馬だとわかったので少しだけ安堵した。
 まだ他にも魔物はいるようだが、まずは情報収集と思い地上に降り立ったホクトを村人の前まで走らせた。突然やってきた巨大な狼に、村人は恐怖して武器を向けてきたので、俺はホクトから降りて村人の前まで歩く。

「お前は……今日やってきた冒険者じゃないか!」
「その背後の狼は何だ!? もしかしてそいつも馬を襲いに来たのか!」
「落ち着いてください。この狼は味方ですし、馬を襲っていたのはそこの倒した魔物です」

 敵ではないとわからせる為にホクトを手招けば、俺に近づいて顔を摺り寄せてきたので頭を撫でてやった。しかし未だに武器は下ろされないので、ホクトに命令を下した。

「伏せ」
「オン!」

 敵意は無いとホクトを伏せさせたのだが、大した効果は無かったようだ。ホクトが伏せたのでリースが背中から降りて俺の隣に並び、村人達に向かって声を張り上げた。

「皆さんの中で怪我をした人はいませんか? 私は回復魔法が使えるので治療できます」
「……あ? ああ、怪我した人はいるぞ。おい、彼を連れて来てくれ!」

 村人達は一瞬呆けつつも連れてきたのは、皮製の防具で身を固めた男だった。他の人達と違ってちゃんとした武器と防具を持っているので、おそらく自警団かそういう人なんだろう。だが顔や体に無数の切り傷があり、血を流しながら呻いていた。

「酷い傷……すぐにここへ寝かせてください!」
「わ、わかった。おい、寝かせるのを手伝ってくれ」
「急いでください、治療は時間との戦いなんです」

 リースの剣幕に押され、村人達は慌てつつも従った。そして患者に手を添え、魔力を高めて回復魔法を発動させた。治療される中で男はゆっくりと目を開け、リースの顔を見て微笑んだ。

「……すまねえな娘さん。ちょっと油断しちまった」
「いいえ、すぐに治りますので少し待っててくださいね」
「怪我しているところ申し訳ないが、質問してもよいでしょうか?」
「冒険者の人か。構わないが……治療代なら後でいいかい?」
「治療代は別にいいので、状況の説明をお願いします。他の人達は怯えていて話にならないので」

 ホクトは伏せているのに、大半の村人がそちらから目を離そうとしないので状況の確認ができないのだ。
 さっさと魔物を倒してもいいのだが、俺達の依頼はあくまで調査で、自分が狙われているわけじゃないので倒す義理がない。村人達も勘違いしているようだし、勝手に活動して後で舐められると困るし。それに落ち着いて『サーチ』で調べてみれば、あちこちで襲われているのは全て馬だ。もはや助けても絶望的だし、食べ終わるまでは十分時間がある。
 状況を悟った男は、苦笑しつつ説明をしてくれた。

「説明と言っても見ての通りさ。ついさっき、あいつらが急に村を襲ってきたんだ。一、二体なら何とかなったんだが、油断して囲まれちまってな。村の人達に捨て身で助けてもらわなければ、今頃俺もあの馬のようになってたんだろうな」

 村人の中にも若干怪我をしている人がいるので、おそらく男を助けた時についたのだろう。追い払ったはいいが、魔物は近くの馬に襲い掛かって食事を始め、そこに俺達がやってきたってところか?
 それに気付いたリースは、怪我をしている人達に近くへ並ぶように指示していたので、まとめて治してしまうようだ。怪我や病気に関しては非常に頼もしい子である。

「ありがとうございます。後は俺達が引き継ぐので休んでいてください」
「だがあの数は……」
「問題ありません。それより、村長はいらっしゃいませんか?」

 村人達に呼びかけると、人垣が割れて村長が現れた。非常に焦った表情だが、ホクトに怯えているので一定の距離から近づいてこず、少し離れた位置で俺に声を掛けていた。

「ぼ、冒険者殿! あの白い狼は一体?」
「山で目撃されていた白い魔物です。ですが見ての通り馬を襲っていたのはあの魔物でして、こいつは倒すのを手伝いに来てくれたのです」
「だが、私達を襲わないとは限らないだろう!」
「こちらから危害を与えない限り決して襲いません。それよりあの魔物ですが……」
「畜生! 俺の馬が全部食われちまう。早くあの魔物を退治してくれ! その為にお前達は来たんだろ?」

 退治は依頼に入っていませんと言おうとしたら、村長を遮って現れた男が俺に詰め寄ってきた。言葉からして襲われている馬の持ち主だろうが、今から村長と話し合いをするから黙っていてほしいものだ。

「私達の依頼は調査であって退治ではありません。依頼していただければやっても構いませんが、すでにあの馬は手遅れです。そこを理解していてください」
「な!? そこの娘が治療すれば助かるだろうが!」
「彼女の魔力は無限ではありませんし、あそこまで群がられては助かる可能性は低いと思います。それより村長と話をしなければならないので、戦わないのならば下がっていてください」
「お前! そもそもお前達が村から離れなければー……ぐっ!?」

 責任転嫁する程に興奮している相手とまともに会話するつもりはないので、腹に一撃を与えて無理矢理黙らせた。村人は目に見えて騒ぎ出したが、村長が大きく声を張り上げると静まった。

「騒ぐなお前達! ……すまん、村の者が迷惑をかけた」
「いえ、自分の馬が襲われれば取り乱しても仕方ありません」
「それでもだ。私も先ほどまであやつと同じ考えだったが、今ので気付いたよ。お前達の依頼は調査だけだったと。安易に考えて軽い届けを出したのは間違いだった」
「ですがまだ間に合います。どうなされますか?」
「……私の出せる範囲で報酬を出そう。あの魔物の退治をお願いしたい」
「わかりました。リースはそのまま治療を続けていてくれ」
「はい、気をつけてくださいね」

 金の亡者め……とか一部の村人が呟いているが、別に金が欲しくて言ったわけじゃない。けじめくらいつけないと気が済まないからだ。
 リースと村人を背に前へ歩き出すと、大人しく伏せていたホクトが立ち上がり俺の隣にやってきて指示を待っていた。
 敵の数は残り二十くらいだが、放牧地のあちこちに散っているので手分けした方が良さそうだな。ホクトの遠吠えで気を引いたのも一時的らしく、馬から離れない様子から飢えを凌ぐのを優先している。

「ホクトは東の方から頼む」

 了解とばかりに吼えて駆け出すホクトを見送り、俺は反対側で集まっている魔物へ向かって走り出した。
 最初に群がっていたのは三体であったが、食事に夢中なので奇襲し放題である。一体を『マグナム』で撃ち抜くとこちらに気付いて走ってくるが、撃たずにわざと接近させてからナイフで喉を斬って終わらせた。『マグナム』で頭を撃てば楽だけど、爆ぜるから討伐素材である頭の毛が取れなくなるからだ。
 そんな感じで次々と倒していくが、ホクトの方は俺の倍以上倒していた。その巨体と身体能力ゆえだろうが、妙に張り切っているのもある。
 馬に夢中の魔物の前まで瞬時に近づき、前足や尻尾の一撃で纏めて薙ぎ払いあっさりと終わらせているのだ。薙ぎ払われた魔物は骨を砕かれて動かなくなっているが、稀に生き残っていた奴は前足による叩きつけで止めを刺されている。俺が三割を倒す頃にはホクトが全て終わらせていた。優秀な奴である。

「お疲れ様ホクト」

 少し遅れて戻ってきたホクトを労ってから待機するように指示をし、俺は村人達の所へ戻った。
 すでに暗い時間なので、遠目から俺達の動きが見える筈もなく、短時間で戻ってきた俺に村人達は不思議そうな顔で迎えてくれた。

「何かあったのか? もしかして倒せなかったと言うんじゃないだろうな?」
「いいえ、終わりました。この周辺にいた魔物は全て退治しましたよ」
「はあ!? いくら何でも早すぎだろ! 相手は何十匹もいた筈だ!」

 常識で考えればそうだが、今回はホクトがほとんど始末してくれたからな。どう証明しようかと考えていると、待機を命じたホクトが俺の後ろにやってきて咥えていた何かを村人達の前に放った。それは魔物の死体で、ホクトの迫力もあって村人も倒したのを認めざるをえなかった。本当に優秀な奴である。

「この白い狼、ホクトが手伝ってくれたので楽なものでした。これで馬が襲われる心配はないでしょう」
「そ、そうか。それよりその狼は一体何だ? 何故お前に従っているのだ?」
「この狼は小さい頃に俺が助けた狼でして、偶然山の中で再会したのです。そして助けられた恩を返す為に俺についてきてくれたのです」

 その言葉に反応するように、ホクトは俺に擦り寄って甘える鳴き声を上げる。心地よい感触を味わいながら撫でていると、村人の一人がホクトを指しながら叫んでいた。

「ちょっと待て! もしかしてそいつが山に現れたから、この魔物が馬を襲ったんじゃないのか?」
「そうか! その狼に山を追われてこいつらが村に流れてきたんだな」
「元を正せばその狼が悪いんだ! おい! その狼を連れているなら馬を襲った弁償をしろ!」

 何を言い出すかと思えば……呆れたもんだ。
 興奮して頭が回らないとはいえ、いきなり俺に弁償を求めるのは筋違いだろ。そもそも自分達がどれだけホクトに助けられていたか、少し考えればわかるだろうに。
 やり場の無い怒りを俺とホクトにぶつけ始めているので、俺は一度殺気を放って全員黙らせた。この村へ二度と来る予定もないし、こちらを理解しようとせず俺の仲間を貶す奴等に嫌われたって問題は無い。
 本気でやったら気絶するので、手加減して放てば一部の者は腰を抜かしたものの黙ったので、俺は村人に問い詰めた。

「好き勝手言っているが、お前達が言った通りこいつが魔物を追い払ったと言うなら、ここ数日馬が襲われなかったのは何故だ?」
「ま、魔物の考えなんか知るか! 腹が減ってなかったとかそんなところだろ?」
「この魔物は食に関しては非常に貪欲だ。そんな魔物がここまで痩せ細るまで食事を我慢すると思うか?」
「それが何だってんだよ! この狼に追われて食べれなかっただけだろうが!」」
「数日前に馬が襲われてから白い魔物……この狼を見るようになったんだろう? そして今日まで馬は襲われなかった。つまりこいつが山に現れたから、今日まで村は無事だったわけだ」

 一回の襲撃で馬を数十も食べてしまう魔物達だ。腹なんて一日経てば減るし、ホクトが来なければ毎日村は襲われていたに違いない。

「急いでギルドに要請しようが、手間と距離を考えると最低でも二日はかかるだろうし、受注者が現れなければどれだけ日数が経つかわからん。その間に馬は襲われ続け、馬がいなくなれば……何を襲うと思う?」
「……俺達……か?」

 その状況を想像したのか、村人達の顔は青褪め始めていた。更にこいつらは全体の半分にしか過ぎないと伝え、事の重大さを教え込んでやった。半分の数で何も出来なかったんだ、もし山で襲ってきた奴等もここに来ていたら人も襲われていただろう。

「別に感謝しろとは言わないが、それでも弁償を求めるのだとしたら、俺はこの事をギルドに報告して然るべき処置をとってもらう」

 冒険者ギルドは世界の各地に存在するギルドであり、この村が馬を売るのに関わる商人ギルドにも繋がりがある。この悪評が広まれば村の評価は相当落ちる筈だ。多少冷静になったのかそれは理解したらしく、俺達を弾劾しようとする者は現れなかった。

「ですがこのままでは私も寝覚めが悪いので、倒した魔物の素材は差し上げます。それを売れば多少のお金にはなるでしょう」
「……ありがとう。心遣い感謝する」

 納得できない者はいたが、ホクトを連れた俺達に逆らうのはまずいと思ったのだろう。村長が代表して場を締めた。
 それから村長と一緒に村長宅に戻り、魔物の特徴やホクトがいなければ起こったであろう点を更に詳しく説明し、落ち着いたら村人達に説明して納得させるように頼んだ。今の状況で俺達がいくら説明してもわかってくれないだろうし。
 その際に聞いたのだが、数日前に初めて馬が襲われた時、村長は緊急の退治依頼をギルドに要請しようとしたらしいが、村人の大半が怒り狂って犯人を自ら捕らえようと言ってギルドへの依頼を断ったらしい。それでも村長は説得を続け、緊急ではなく調査という形で落ち着き様子を見ることになったそうだ。
 ところが次の日からは全く襲われず、数日経って拍子抜けし始めた頃に俺達がやってきて……結果はこの有様だ。ほとんど村人達の自業自得に近く、俺達は観光していたが森の奥でちゃんと調査をしたし、魔物も退治したから文句を言われる筋合いはない。残りの報酬は明日貰う事にして、今日は依頼達成のサインだけ貰って村長の家を出た。
 その頃にはリースの治療も終わり、村人達によって魔物の処分と素材の剥ぎ取りが行われている間にエミリアとレウスは帰ってきた。全力で走って帰ってきた二人を労い、結果を報告してから宿で休もうとしたところで問題は起こった。

「あの、そのような大きな魔物を宿に入れるのはちょっと……」

 予想はしてたが、ホクトを宿に泊めるのは拒否された。とは言え、久しぶりに再会したホクトと今日くらいは一緒にいてやりたいので、空いた小屋が無いか宿の人に聞いてみた。
 宿の裏にある使っていない馬小屋の使用を許可されてホクトと一緒に向かったが、俺が来れば当然弟子達もついてくるので、結局全員揃って馬小屋で寝る事になった。
 まあ村や町に着いても確実に宿に泊まれるわけじゃないし、これもまた経験だ。きちんとした屋根がある分、野宿に比べたら遥かにましだろう。
 ところで、宿から貰った食事を見て気付いたが、百狼という種族は一体何を食べるのだろうか? ホクトに聞いてみれば、軽く首を振りつつ小さく吼えた。

「魔力を吸収するから食べなくても平気だって」

 どうやら百狼は魔力を原動力にして生きているらしく、精霊に近い存在らしい。一応食べて魔力に変換する事が出来るそうだが、食事は嗜好品のようなものであまりせず、毒以外なら何を食べても平気だそうだ。何とも家計に優しい狼である。
 存在が稀過ぎるので生態も知られておらず、どれだけ長生きするか本人もわからないそうだし、ただの犬が恐ろしい進化を遂げたものだと思う。まあ、何に生まれ変わろうと俺の相棒なのは変わらない。愛想を尽かされるか、命尽きるまでは共にいようと思う。

「おお……これは気持ちいいし暖かいな。寝袋要らずだ」
「はい。乗せてもらった時も思いましたけど、ホクトの毛皮って本当に気持ち良いです」

 そして食事と体の手入れが終わった俺とリースは、寝転がったホクトに寄りかかって毛皮を堪能していた。最初は宿から借りた毛布を敷こうとしたが、ホクトが自分を使ってくれというので遠慮なく寄りかからせて貰った。
 体が大きくなったホクトも負担を感じていないようだし、俺に撫でられて嬉しそうである。このまま寝入ってしまおうかと思ったが、姉弟が所在無さ気に立ち尽くしているし、明日の予定も話し合わないといけないから眠るには早い。

「どうしたお前達、そんなところで突っ立ってないでこっちに来たらどうだ? ホクトだって許可しているぞ」
「いえ……何と言いますか」
「やっぱりホクト様相手にちょっと……」

 未だに恐縮している姉弟にホクトが少しだけ強く吼えると、姉弟は慌てて手を振り出したので、俺は通訳を求めた。

「えーと、自分は兄貴に仕える者であり、俺達より少し先輩に過ぎないからもっと気軽にしろって」
「ホクト様がそう仰るなら……」
「オン!」
「はい! ではホクトさんで……」
「し、失礼します! ホクトさん」

 ようやく腹を括ったのか、姉弟もホクトに寄りかかってその気持ち良さに驚いていた。しばらく堪能して落ち着いた頃、俺達はホクトに寄りかかったまま明日の予定を話し合った。
 予定と言っても村長から魔物を退治した報酬を貰うだけだが、今はお金より馬車を引く馬が欲しい。説明して馬をぽんとくれたら良いのだが、馬の為に一致団結して怒る村人がこれだけ混乱している状況では難しそうだ。
 明日にはその混乱が収まっていればいいなと結論を出すと、ホクトが俺を見ながら吼えてきたのである。

「どうしたホクト。やっぱり馬鹿にした村人を殴りたくなったか?」
「違うって兄貴。ホクトさんが馬の代わりをやるって言ってる!」
「何だと、お前が馬車を引くつもりか?」

 ホクトを見れば、任せろと言わんばかりに笑みを浮かべて尻尾を振っていた。

「ありがたいが、それだとお前は周りから家畜にしか見えないぞ。それでもいいのか?」
「そうだよ! 馬車なら最悪俺が引くし、ホクトさんが引く必要がないよ」

 そっちの方が問題なので黙らせようとしたら、ホクトが間に入って姉弟に言い聞かせるように何度も唸っていた。そのやり取りが終わった頃、姉弟は真面目な顔で頷いていたので丸く収まったようだ。
 だが俺はまだ納得していない。家族みたいなホクトを家畜の様に扱うのは少し抵抗があった。悩む俺に、ホクトは甘えた鳴き声と共に鼻先を摺り寄せてきた。

「自分が引くなら馬はいらないし、食事もいらない。戦う以外に役立てるなら望むところだって。それと、欲しい物があるんだって」
「何が欲しいんだ?」
「首輪だって。兄貴に仕える者として、ちゃんとした証拠が欲しいってさ」
「……わかった。お前の言う事も一理あるし甘えさせてもらおう。そして、立派な首輪を作ってやるからな」
「よかったねホクト」
「ホクトさんのなら、私が付けている首輪より立派になりそうですね」

 お前に渡したのは首輪じゃなくてチョーカーだと訂正しようと思ったが、首輪だと思っている方が幸せそうなので放っておく事にした。
 何だかんだで動き回って疲れが溜まっていたのだろう。寝ると宣言したら弟子達はあっという間に寝息を立てていた。このホクト枕が安眠を誘うってのもあるだろう。

 さて……ようやく俺とホクトだけになったところでちょっと込み入った話をする事にした。弟子達に聞かれたって問題はないが、何かの拍子で前世の俺は人殺しをしまくってましたと説明するのが嫌だから極力知られたくない。

「ホクト、お前は前の記憶をどれだけ覚えている? 人の名前と顔は忘れている感じか?」

 イエスなら尻尾を振り、ノーなら振らず、わからなければ首を振れと言っておいたが、今の質問には尻尾が振られた。

「お前も赤ん坊から生まれたのか? そして俺以外に転生した人や生き物は見たことがあるか?」

 前の問いには尻尾を振り、後の問いには反応が無かった。ホクトの赤ん坊の頃はその内に聞くとして、こいつも俺と同じ状況でこの世界にやってきたようだ。
 無数に存在する生命の中で、俺とホクトだけが偶然この世界に生まれ変わるとも思えない。そう考えて俺達に共通する点と言えば……。

「お前……師匠を覚えているか?」

 一瞬だけホクトがビクッと震えたが、確実に尻尾は振られた。うむ、やはりお前もあの人は恐怖の象徴なんだな。なんせ、拾って元気になったお前を見た第一声が……。

『大きくなったら食べ応えがありそうだねぇ……』

 だからな。その後、俺がいない時はきちんと食事を貰ったりはしてたらしいが、根付いた恐怖は消える事はなかったか。
 少し話がずれたが、現時点で考えられる可能性は師匠としか思えない。というか、あの超人なら十分ありえると思うからだ。
 そうだと仮定して、何の為に俺とホクトをこの世界へ転生させたのか? 世界を救えとか、何かを成す為に?
 …………絶対に無いな。
 刹那主義で、核弾頭が直接撃ち込まれるような危機的状況じゃない限り、本能的に生きるあれが俺に転生させてまで何かを頼むとは思えない。むしろそんな状況なら自ら解決しに行くアグレッシブな人だし。
 大方、こんな事が出来るんだぜ……って、やってみたとかそんなところだろう。
 だから好きなように人生を生きていくし、今までそうやってきたんだから何も変える必要はあるまい。すっかり変わった相棒の顔を見ながら俺は笑った。

「まあ……理由はとにかく、これからよろしくなホクト」
「オン!」

 ホクトの同意する鳴き声を聞き、俺は目を閉じて眠りについたのだった。



 次の日、目覚めた俺達は軽く朝の運動をしてから村長宅へ向かった。そして報酬である銀貨が数枚入った袋を貰ったが、俺は全体の三割だけ抜き取り、窓からこちらを覗いているホクトの鼻先に乗せて渡した。

「ほら、お前が倒した取り分だ」

 理解はしているが、わからぬ振りをしたホクトは袋をテーブルに放ってそっぽを向いた。

「どうやら狼には必要無さそうです。というわけで、それは返しますのでご自由にどうぞ」
「その狼の飼い主は君だろう? だったら君が受け取ればいい」
「俺は理由が無ければ個人の意思を尊重するので。それにまだギルドに登録してませんから、正式な飼い主ではありませんし」

 くだらない茶番だが、俺はこいつと再会出来て満足しているし、村にとって本当に大変なのはこれからだから金はあった方がいい。
 さっさとエリュシオンに戻って依頼達成の報告と、ホクトを連れて魔物の従者版である『従魔』登録とやることが満載だからな。

「だが、これでは私達の気が晴れないのだが……」
「だったら今度ガルガン商会に馬を売る際には、良い馬を流してやってください」

 面倒なので会話もそこそこに俺達は村長宅を出て村を後にしようとすると、入口に数人ほど村人が並んでいた。
 もしかして納得できなかった奴等がいちゃもんをつけに来たかと思ったが、リースが治療した自警団の男が混じっている様子から違うようだ。
 笑みを浮かべながら俺達に近づいてくるので、俺達は立ち止まって迎えた。

「やはり早く出て行くつもりだったようだな。あれだけ罵声を浴びせられたら当然か」
「あんな目に遭えば仕方ないと思っているさ。それにホクトを連れていると、他の人が安心できないだろうし」
「まいったな、そこまで理解しているとは。碌に恩を返せず見送るしか出来ないのが悔しいよ」
「それもまた冒険者でしょう?」
「違いない。そして娘さん、本当に素晴らしい治療魔法だった。まさか一日で立って歩けるまで回復するとは思わなかったよ」
「無事に回復して良かったです。治療代金なら要りませんので、そのお金で新しい防具を買ってくださいね」
「ああくそ! 先に言われたら出せないじゃねえか。全く……エリュシオンには聖女って呼ばれる人がいるそうだが、娘さんのような人がそう呼ばれるんだろうな」

 懐から取り出した袋を悔しげに握って笑い出した男に、その聖女ですよと言えるわけもなく、リースは乾いた笑みを浮かべるだけだった。
 他の人達は馬と関係無い人達が大半で、純粋に助かったという礼を伝えてきた。怖いもの知らずの子供がホクトに体当たりして親が慌てる事もあったが、それなりに良い気分で俺達はゴート村を後にした。



 そしてエリュシオンへ帰ってからが大変だった。
 何せ滅多に見ない巨大な狼を俺が連れてきたのだから、街の防壁に勤める門兵から事情聴取を求められた。ホクトは俺の従魔でこれから従魔登録しに行くと伝えたが、危険じゃないかと疑われたので門の前で調教されているか披露する羽目になった。
 お手から始まって様々な芸を披露し、最後はホクトに口を開かせてからその中に俺とレウスが頭を突っ込んだりと、まるで見世物みたいな事までやってようやく信じてもらえた。途中、本気で見世物と勘違いされたのか、審査待ちの人達から銅貨や石貨を貰ってちょっと稼げたのは蛇足か。
 仮の従魔証明である赤い布切れを貰い、それをホクトの首へスカーフのように巻いてから俺達は街へとようやく入った。とはいえ見たことの無い大きな魔物が、街中を堂々と歩いていたらパニックになる可能性もある。
 するとエミリアが提案してきた。

「きっと普通に歩くからです。シリウス様が背中に乗っていれば、馬の様に乗り物として見られて混乱も少ないかもしれません」

 というわけで早速実践した結果、逃げる人はいなかったが……非常に目立った。馬より大きな狼に好奇の視線が集まるだけで、逃げようとする奴なんか一人もいやしない。エリュシオンの人々は好奇心が強い人が多かったようである。たまに見える犬耳の獣人なんかは頭を下げているので、ホクトは本当に狼族で偉い存在だと理解させられた。
 姉弟は目立つ俺とホクトに誇らしく胸を張り、リースは恥ずかしそうに後ろを歩くだけだ。そして冒険者ギルドに着くまで、俺は周囲から刺さる好奇の視線に晒され続けるのだった。
 建物内に無断でホクトを入れるわけにもいかないので、外にある従魔専用のスペースで待機を命じてから建物に入り、俺はゴート村の依頼達成を報告した。ちゃんと魔物とホクトの件も忘れずに報告しておく。

「……わかったわ。とりあえず、その村には注意文を送っておくわね」
「お願いします。とはいえ、被害が大きいですから程々にしてやってください」
「仕方ないわね。魔物を甘く見過ぎない点と、悪い事をしたならとにかく、臨機応変に対処してくれた冒険者への対応を考えなさいってところかしら?」

 これで村全体が反省すればいいんだけどな。わからなければ、あの村は長くないだけの話だ。これでようやく依頼を終えた実感が湧いてきた。

「それにしてもシリウス君を選んで正解だったわ。まさか相手がハングリデヴィアの群れとは思わなかったし、適当な新人に任せてたら全滅してたかもね」
「俺は紹介してくれて感謝しています。あいつと再会できましたし」
「さっき説明した狼ね。一体どんな子かしら? このまま従魔登録しちゃうから連れてきてくれる?」
「シリウス様、私が呼んできますね」
「呼ぶ必要はないさ」

 俺は口に指を当てて指笛を吹いた。少し長く吹くのが呼び出しの合図で、余程遠くでなければホクトは聞き分けるように前世で訓練してある。周囲から何をやっているのかと注目が集まる中、建物の外が少し騒がしくなると同時に扉が開かれてホクトが現れた。
 扉を壊さないようにゆっくりと入ってきたホクトは、人を警戒させないように慎重に歩いて俺達の前で伏せた。しかし、今のホクトには少し突っ込む点があった。

「よく来たホクト。だがそのロープとアクセサリーは何だ?」

 何故か首元にロープが引っかかっていて、その先に三人の男が絡まっているのだ。その状態でも引っ張り続ける男達をホクトは面倒臭そうに視線を向け、エミリアに通訳するように一つ吼えた。

「えーと……外で寝ていたらいきなりロープを掛けられたそうです。もしかしてホクトさんを盗もうとしたのでしょうか?」
「はぁ……はぁ……違う! こいつは俺達の魔物なんだよ! 言う事を聞かなくて困っているんだ」
「ふざけんなお前等! ホクトさんは兄貴のだろ!」
「うるせえ! おら、こっち来いよてめえ!」
「まだ従魔登録してないので自分のだと証明できないんですが、この場合はどうなるのですか?」

 流石にこの大きさは想像してなかったのか、呆然としている受付に聞いてみた。それで正気を取り戻した受付は従魔担当者を呼びながら、俺とホクトを見比べていた。

「えーとですね、従魔にするって事は主人に懐いていないと出来ませんから、それを見るだけですね」
「つまり見た目でわかればいいと。ところで正当防衛って有りですか?」
「えっ? それは襲われたらやり返すのは当然だと思いますが……」
「ホクト、許可する」

 俺の指示でホクトは前足を三度振り下ろし、それを食らった男達は床に潰れて伸びていた。床を砕かず、かつ相手を気絶させる程度に抑える見事な手加減だ。
 一方、俺には顔を摺り寄せて甘えているのだから、主人はどちらか見比べるまでもなかった。

「……はい。それでは担当が来るまでこの書類に記入をお願いします。あ、警備さん。そこの窃盗未遂を連れて行ってくださいね」

 ギルドの人達はホクトの攻撃に驚いていたが、すぐに業務を再開していた。荒くれが集まりやすい冒険者が集まる場所ゆえか、こういう荒れ事への対処は早い。
 常在しているギルドの警備員に運ばれる男達を背に、俺は書類の記入を済ませるのだった。

 結論から言えばホクトの登録はあっさりと終わった。
 担当教官によるテストがあったが、訓練場に連れて行かれてどれだけ忠実に命令を聞くか見るだけなので、こちらの言葉を完全に理解するホクトが間違う筈も無い。
 物を取って来させる試験では、枝を投げた瞬間にエミリアとレウスが走り出したりするアクシデントもあったが、教官からは全く問題無しと太鼓判を押された。
 従魔登録は体のどこかに証明である魔法陣を描くそうなので、右前足に小さく描いてもらった。全身が綺麗な白のホクトに余計な物を描きたくなかったが、ルールだから仕方あるまい。まあ、ホクト自身がその右前足の魔法陣を見て喜んでいるようだから良しとしよう。
 登録が終わり、すぐに俺達はガルガン商会へ向かった。馬車をホクトに合わせて調整しなければならないからだ。ザックや商会の人達はホクトを見て驚いたが、俺なら有り得るだろうと思ったのかすぐに対応してくれた。
 そして馬車が仕舞われている倉庫へ向かうと、初見であるレウスが驚きながら目を輝かせていた。

「おお、すげーっ! これが兄貴が設計した馬車か!」
「そうだぞ。色々な面白機能があるから、旅に出たら教えてやるよ」

 俺が設計した馬車は、見た目はそこら辺にある金属製の幌馬車だ。だが過酷な旅に耐えられるように、様々な機能を組み込んである。
 まず走る上で重要な車輪はとにかく頑丈なグラビライト製で、レウスが本気で殴っても欠けない強度を持っている。重要なパーツにもそれが使われており、要所要所に魔力を通しやすいミスリルも組み込んだ。これにより全体に魔力を通しやすくしてあり、防御系の魔法を発動すれば馬車を守る事だってできる。
 布で出来た部分もあるが、そこは学校で使われている魔法の糸製なので丈夫だ。『火槍フレイムランス』くらいなら余裕で耐えうる……筈である。
 馬車の前と後ろにもシャッター式の扉を取り付けてあるし、当然ながら車輪の振動を抑えるサスペンション付きだ。この世界の馬車は揺れが激しかったから、これで快適な乗り心地になる。
 他にも幾つか機能を搭載し、盗難防止もしてあるし、とりあえず考えうる想定をふんだんに組み込んだ最強の馬車であろう。馬車というよりキャンピングカーに近いかもしれないな。
 そのせいで希少な鉱石をふんだんに使ったので、掛かった費用はとんでもない額になった。一括では不可能な額だったが、ザックはガルガン商会の新商品の試作品として費用はほとんど持ってくれて、俺は自分の財産を半分渡しただけで済んだ。

「あればいいかなと思って言った機能まで全部入れちまったからな。妙に高価な馬車になってしまったけど、本当に俺が貰っていいのか?」
「旦那には様々なアイデアで稼がせてもらってますし、これでも返しきれてないっすから遠慮なくどうぞ。というか、このサスペンションって技術は馬車の革命っす! これが広まれば、貴族が大量に押し寄せて来る事間違いないっすね」
「部品を作るのが大変だから、職人を壊さない程度に頑張ってくれ。どうだホクト、ハーネスがきつくないか?」

 ハーネスとは馬車と馬を繋ぐ為の馬具であるが、これを調整してホクト専用の物を作ってみた。なるべく動きを束縛しないようにしたが、ホクトは問題ないとばかりに吼えた。
 このハーネスはホクト自身でも外せるようにしてあり、いざという時は瞬時に馬車と切り離して戦う事もできる。もちろん危ない状況になれば遠慮なく馬車を捨てろと言い聞かせておく。馬車よりホクトの方が大事だからな。

「並の馬だと潰れるんじゃないかと思ったすけど、このホクトなら大丈夫そうっすね」
「いざって時に引けなければ意味がないからな。少し走らせてみよう」

 この馬車の欠点は作成に手間とお金が掛かる点と、馬車自体の重さだった。
 グラビライトは硬くて丈夫だが、その分重量がある。そんなグラビライトを惜しげもなく使ったので、この馬車は普通の馬車より数倍重いのが欠点……だった。
 しかし馬車には俺が見つけた重力軽減の魔法陣を描いているので、平均的な馬車の重さに落ち着いている。重さが必要な時があるかもしれないので、魔力の供給を断てば元の重さに戻すことも可能だ。
 これは小さい頃にディーから貰った異常に軽い剣の秘密を解明して出来た魔法陣で、大気中から自然に魔力を取り込み、無機物限定で描いた物を軽くする魔法陣だ。学校長には報告してあるので、いずれ世界に広まるかもしれない。
 重量を軽くした状態で引かせてみるが、ホクトは問題なさそうに歩いている。ついでに魔法を消して本来の重さにしてみたのだが、馬なら五、六頭は揃えないと厳しい重さを涼しい顔で引いていた。想像以上に頼もしい相棒に大満足である。


 こうして準備は整い……二日後。
 初っ端から躓きはしたが、仲間が増えた俺達はようやく旅に出発する。

 早朝のガルガン商会の門前に俺達は集まり、沢山の人から見送りの言葉を貰っていた。大半の人がホクトを目にして驚いていたがな。
 エミリアとレウスは学校の知り合いや、町で知り合った人達に握手を求められている。エミリア命の生徒と、レウスの友達(舎弟)が滂沱の如く涙を流していてちょっと引かれている。
 リースには変装したリーフェル姫が見送りに来ていて、今はリースを抱きしめながら別れの言葉をかけていた。

「無理はしちゃ駄目だからね。そして貴方のやりたい事を見つけてらっしゃい」
「はい、私の出来る事を探してみようと思います」
「うん、良い返事ね。シリウス君、エミリア、レウス……一人の姉として妹をよろしくお願いします。あ、もちろんホクト君もよろしくね」

 リースから離れたリーフェル姫は、そのまま馬車前に待機するホクトに抱きつき頬ずりしていた。

「ああ……やっぱりこの感触最高だわぁ。リースも、この感触も、シリウス君もみーんな遠くへ行っちゃうから本当に悲しいわねぇ」

 この姫様、メイドのプロであるセニアでさえ警戒させたホクトを初見で無害だと見抜き、紹介と同時に頭を撫でていた。それがたった二日で全力で抱きつく有様である。

「お嬢様……その辺りでお止めになってください。リース様、セニアはいつでも貴方の幸せを祈っております」
「私もです。ひ……お嬢様は私が命を賭けて守りますから、貴方も気にせず旅を楽しんできてください」
「セニアもメルトもありがとう。姉様をお願いします」

 姫の従者である二人と別れを告げていると、俺の前にマークがやってきて握手を求めてきた。

「別れは寂しいが、君は世界でもやっていける器だと僕は思っている。だから遠慮なく行って来たまえ。君の友に相応しいと言われる程に、僕も精進を重ねておくよ」
「有名になりたいわけじゃないが、俺は適当に生きていくだけさ。今度会うときは当主になってるだろうから、様付けかな?」
「それでもマークでいいさ。では、また会おう友よ」
「ああ、また会おうマーク」

 手を握り返すと、マークは親友に向ける自然な笑みを向けて離れていった。
 最後にやってきたのは変装した学校長だ。偽名はヴィル先生だったと思うが、マークと同じように握手を求めてきたので握り返した。

「貴方は学校で最も生徒らしく鍛え続け、そして最も生徒らしくなかった人でした。こう言ってはなんですが、君との付き合いは先生と生徒ではなく、対等な大人同士みたいで楽しかったですよ」
「俺はただ生意気な生徒なですよ。けど、こちらも楽しかったです。色々と教えていただきありがとうございました」
「はい、縁があればまた……」

 別れを終えた俺達が馬車に乗り込むと、待機していたホクトは馬車とハーネスを自力で繋ぎ、出発準備は整った。
 後は俺の命令一つである。

「出発だホクト!」

 ホクトに鞭なぞ必要なく、俺が指示すれば彼は吼えて前へ歩き出した。
 ゆっくりと遠ざかっていくガルガン商会の門前に並ぶ人達に、俺達は見えなくなるまで手を振り続けるのだった。


 防壁を抜け、エリュシオンを出た俺達は整備された道を進んでいく。
 しばらくは見れないであろう防壁を眺めながら、俺たちは次の目的地を確認した。

「まずはエリナさんの墓参りをして、その後はお姉ちゃんの故郷……ですね」
「でも予想以上に出発に時間が掛かったし、急がないとノエル姉が怒りそうだな」
「だけどその分、ホクトに会えたからいいじゃない。こうして何の憂い無く馬車を引いてくれるんだから」
「その通りだ。とはいえノエルが怒るのは否定出来ないから、少し速度を上げようか。頼んだぞ、ホクト」
「オン!」

 今朝付けてやった赤い首輪が日の光りを反射させ、少し駆け足になったホクトに引っ張られ、馬車は通常の倍以上の速度で道を進んでいく。

 俺達の新たな旅はようやく始まりを告げたのだった。


 おまけ
 ホクトの台詞を翻訳したらこんな感じです。


「いえ……何と言いますか」
「やっぱりホクト様相手にちょっと……」
『私はお前達にとって偉い存在かもしれん。だが、今の私はご主人様に仕える者で、お前達の少し先輩に過ぎんのだ。それゆえ大して差は無いのだから、もっと普通に対応してほしい』
「ホクト様がそう仰るなら……」
『様と呼ぶのはご主人様のみにしておきなさい。そこのリースのように呼び捨てるなり、適当にさんとでも付けて呼ぶといい』
「はい! ではホクトさんで……」



「ありがたいが、それだとお前は周りから家畜にしか見えないぞ。それでもいいのか?」
『私が引くなら、馬は必要ありませんし食費もかかりません。何より戦う以外に貴方の役に立てるなら本望です。そしてエミリアとレウスよ。狼である私はこれくらいしか出来ないのだから任せてほしい。人であるお前達にしか出来ない事が沢山ある筈だ。よければご主人様に首輪が欲しいと伝えてもらないか? 貴方に仕える者であるという証が欲しいのだと』



「まあ……理由はとにかく、これからよろしくなホクト」
『はい。どこまでも供に』


新登場というわけで、ホクトが大活躍するお話でした。
完全に出番を奪われた従者姉弟ですが、次からはもう少し活躍していきます。
ようやく旅に出ましたが、ノエル達の前にもう一つイベントがあります。


体調不良により、ペースがかなり狂ってここ数日の感想返事を全くしていませんでした。
もうちょい落ち着いたらぼちぼち返事したいと思います。
それについても含め、夜にでも活動報告を挙げます。
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