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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

八章 学校 革命編

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矮小で愚かな革命の終焉

 ――― シリウス ―――



「……強くなったな、お前達」

 遠くから望遠鏡モドキで弟子達の戦いを眺めていたが、よく戦ったものだと思う。
 ただ、レウスは最後の詰めが甘かった。傭兵……ドミニクを倒せたのは良い。だがドミニクを吹っ飛ばした後、敵の状態を詳しく確認せず他へと向かってしまったのは間違いなくあいつの失態だ。喜んでいたからすぐに褒めてやったのは失敗だったかもしれない。まあ……俺も嬉しくてついやってしまったから文句は言えないが。
 結果、ドミニクを逃すどころか首輪の権限を持つ重要な人物まで逃げられてしまった。ロードヴェルは別としてこれは致命的だろう。
 だが、あいつはまだ若いし様々な経験が足りないのも事実だ。今はただ存分にやって失敗し、そこから学び強くなっていけばいい。

 後始末は……俺の仕事だからな。



「どこへ行くつもりだ?」

 空を飛んで先回りした俺は殺気を放ちながらグレゴリとドミニクの前へ立った。
 少々強めの殺気を放てばドミニクはすぐさま背負っていた男を放り捨て、剣を抜いて戦闘態勢に移行していた。その切り替えの早さは生死を潜り抜けてきた傭兵だからこその手際だな。それに比べグレゴリは殺気に呑まれ、詠唱すら始めず呆然としているだけだった。

「てめぇ……何者だぁ?」
「大犬座……とでも名乗っておこうか」
「おーいぬざ? 聞いたことねえ名前だなぁ」

 人前で名乗ったのは初めてだし無名なのは当然だろう。ミスリルナイフを胸のベルトから取り出し構えると、ドミニクも会話どころじゃないと気づきグレゴリを叩き正気を取り戻させていた。

「おい旦那ぁ! いつまでぼーっとしてんだよぉ!」
「はっ!? い、一体何だこいつは!? 妙な格好をした餓鬼が何故これほどの威圧を!?」
「知らねぇ! だけどよ、俺の勘からしてこいつの中身は完全に化物だ! 油断してると殺されるぞぉ!」

 ようやくグレゴリが戦闘態勢を取ると同時に、ドミニクは大きな大剣を片手に俺へと襲い掛かってきた。柄が妙に大きい両手で持つような大剣だというのに、ドミニクは片手で小枝を振るような速度で剣を振り回してくる。
 レウスを追い込んだ剣だが、ライオルに比べたら児戯に等しい。俺は危なげなく回避していき、上段から振り下ろされた剣を大きく後ろに跳んで避けると、ドミニクは一度手を止めて考え込むような仕草で俺を眺めてきた。

「ちっ、こりゃあ骨が折れそうな相手だぜぇ。掠りもしねぇし、一体どうなってんだぁ? 」
「悪くないが、全体的に雑だな。フェイントやら小細工に力を入れ過ぎていて剣の筋が粗すぎる」
「ご解説ありがとよぉ。ついでに何だけどよぉ、このまま俺達を見逃してくれねえかなぁ? このまま戦っても互いの為にならねえしよぉ」

 相手との強さを見極めるのは生き残る秘訣であり、経験豊富なドミニクは俺の実力に気づいたのだろう。剣を仕舞い降参するように両手を上げていたが、グレゴリが目に見えて怒り始めた。

「何を考えている貴様! さっさと倒してしまえばよいではないか!」
「貴族様は黙ってなぁ! この化物の相手してたらどれだけ足止めされるかわかったもんじゃねぇぞぉ!」
「ぬぐっ……仕方あるまい。おい、そこのお前。私を見逃すつもりはないか? 金貨なら幾らでもやるぞ?」
「いらんよ。残念だがお前達を逃がすつもりはない」

 グレゴリは当然だが、傭兵団ギガンテスのリーダーであるこいつは裏に精通しているので、後々の面倒を考えると逃すわけにはいかない。それ以前にレウスを痛みつけた奴だから報いを受けてもらうつもりだ。

「なあ、そこを何とか頼むぜぇ。俺達はもう革命なんて興味ねえし、ここで起こった事は忘れるからよぉ。そうだ、金貨が駄目なら更に上の白金貨もあるぜぇ。そこに倒れている奴がそりゃあもうたっぷりと持ってんだよぉ。一生遊んで暮らせるぜぇ!」
「妙に饒舌だが、お前の魂胆はばれているぞ。俺の気を引いといて魔法で仕留める算段だろ?」

 詠唱しようとするグレゴリに目線を向けると、策が見抜かれているのに気づいたドミニクは舌打ちしながら剣を抜いて斬りかかって来た。

「ちっ! 本当に面倒な相手だなぁ!」
「そういうお前こそ、小細工ばかりだな」

 横薙ぎに振るわれた大剣を避けつつ懐に飛び込み、ドミニクの腕を取り足を払って転ばせた。後頭部を地面に強打させたのに、ドミニクはバネ仕掛けの様に立ち上がり剣を振るってきた。

「かなり手加減抜きでやったんだが、気絶すらしないとはな」
「当たり前だぜぇ! こいつは最高に気持ち良い状態を続けさせてくれるんだぁ! 気絶なんて勿体無い真似出来るかよぉ!」
「『命削丸薬ライフブースト』……か。嫌な物を使ってくれたもんだな」

 寿命が近かったとはいえ、母さんの命を奪った薬だ。
 体への負荷を最低にした物を調合したが、どれほど副作用を抑えようとも飲んだ時点で母さんは一日で亡くなっていただろう。
 だがそれの御蔭で満足な一日を送らせてあげられたのもあるので、今の内心は非常に複雑だったりする。

 ドミニクが気を引いている隙にグレゴリが魔法で仕留める。二対一の状況でとる手としては正しいのだが、相方に恵まれていないのが欠点だな。

「炎の槍よ、フレイムラン――……なっ!?」

 グレゴリが『火槍フレイムランス』を発動させ、炎が空中に収束する瞬間……俺の魔法が『火槍フレイムランス』を撃ち抜いた。エミリアが迎撃した時は爆発したが、俺の場合は炎の塊となる前に撃ち抜いているので空中で静かに霧散するだけだった。
 これはグレゴリの魔法は威力と同時に何本も生み出すことに執着していて、魔法を発動させる速度を疎かにしていた証拠だろう。ロードヴェルの速度なら発動前に潰せず、飛んでくる途中の迎撃で手一杯になるだろうな。

「援護はどうした旦那ぁ!」
「うるさい! 炎の槍よ、フレイムラ――っ!?」

 振り下ろされた剣を避けつつ『マグナム』でグレゴリの魔法を撃ち抜く。ドミニクが懐の小袋を口に咥えて放ってきたが、縛り口を指で摘まみ横へ放った。何が入ってるか知らないが中身が出なければ問題ない。

「けっ! こいつも予測済みかよぉ」
「我が命により土の眷属を生み出せ『ロック・ゴーレム』」

 一度距離を取ったドミニクは、剣を地に突き立て小型のナイフを三本投げてきた。同時に俺の後方へ周りこんだグレゴリがゴーレムを生み出しているが、『サーチ』でゴーレムの魔法陣を探し『マグナム』で撃ち抜いた。
 崩れるゴーレムを横目に飛んできたナイフを見れば、予想通り刃の部分に何か塗られているのがわかる。最小限の動きで回避しつつ、飛んできた一本の柄を空中で掴み投げ返してやった。

「はあっ!? どういう目してんだこいつぁ!」
「炎の槍よ、フレイム――……」

 複数生み出された『火槍フレイムランス』を俺は全て撃ち抜き、投げ返されたナイフを剣で弾いたドミニクは口から小さな魔石を発射しつつ剣を振りかぶる。魔石の魔法陣は火属性なのは確認できたが、少し放ってくるのが早過ぎたようだな。『ストリング』を鞭のように振るって魔石が発動する前に横へ弾き飛ばすと、魔石が少し離れた場所で爆発を起こした。それを横目に振られた剣をナイフで受け流し、ドミニクの腹に膝を叩き込んだ。
 しかし『命削丸薬ライフブースト』で痛覚が麻痺しているせいか痛みに悶える事が無い。気にせず剣を振ってくるので一度距離を取った。

「これも駄目かよぉ!」
「――生み出せ『ロック・ゴーレム』」

 今度は三体同時だが、手だけゴーレムに向け『マグナム』で魔法陣を撃ち抜いた。並列思考マルチタスクを使えば造作も無い事である。

「馬鹿な! 何故こうも簡単に!?」

 何故と言われても、破壊しやすい魔法ばかり使うお前が悪いんだよ。エミリアと戦った時点で学べば良かったのだが、やはり貴族ってのは立場に胡坐を掻いて色々と疎かになるんだな。
 そこから先はもはや作業のようなもので、俺はドミニクの攻撃を避けると同時にグレゴリの魔法を撃ち消し続けた。二人がかりで攻めているのに、傷一つ付けられない俺を見て段々と焦れてきたようである。

「やべえなぁ、これ以上時間かけてられねぇなぁ……」
「はぁ……はぁ……急がねば老いぼれが来るぞ。何とかしろ傭兵!」
「けっ、貴族様は簡単に言ってくれるなぁ、おい!」

 魔力枯渇で息も絶え絶えだというのに、グレゴリは相変わらず偉そうである。そんな貴族の相手に慣れているのかドミニクは悪態を吐きつつも笑い、剣を一度地に突き立てて俺を指差してきた。

「俺達もあまり時間かけていられねぇんだからよぉ、次で決めてやるぜぇ」
「妙な小細工してる場合があるならさっさと切り札を出せ。出し惜しみしてる場合じゃないだろう?」
「そうだなぁ、高価な道具を散々使ってよぉ、おまけに仲間は全滅で赤字どころじゃねえよなぁ。というわけで、逃げるのは止めて本気でてめえを殺す事にしたわぁ」
「何だと貴様! 今までふざけていたのか!」
「貴族様と違って俺は傭兵だぜぇ? 生き残ればそれで良いんだよぉ」

 実に傭兵らしい台詞だが、俺も前世で似たような生き方をしてきたのでわからなくもない。だが、いざという時に迷わず切り札を切れない時点でまだ未熟だな。

「ほら行くぜぇ! 俺のとっておきをくらいなぁ!」

 ドミニクはまず俺の左右に魔石を放り、その後突き立てていた剣をこちらに向かって投げてきた。魔石の意図はとにかく正面から飛んできた剣を体を捻り回避するが、通り過ぎた剣から黒い何かが伸びていてそれは傭兵の手に続いていた。これは……鎖か? 妙に柄がでかいと思っていたが、中にこいつが仕込まれていたわけか。

「避けれるもんなら避けてみなぁ!」

 叫びながら握っていた柄をドミニクが引っ張ると、後方へ飛んでいった剣が再び俺を襲おうと引き寄せられた。更にドミニクも俺へ向かって駆け出し、手元を見れば握られた柄の底に短いながらも刃が飛び出しているのである。詰まるところ、俺は前後から挟まれたわけだ。
 なら横に逃げればいいと思うが、攻撃前に投げられた魔石が先ほどと同じと考えると爆風に巻き込まれそうだ。片腕しか無いのに、四方を塞ぐとは中々の手際だ。
 しかしだ、前世でこれ以上にえげつない攻撃をしてきた相手と戦った事がある。
 それに比べたらこの攻撃は穴だらけにしか見えないのだ。もちろん相手も回避に対する対策はしているだろうが、残念ながら俺はお前らにとって規格外の戦い方をする男だ。魔石を『ストリング』で弾いて相手にぶつけたり、『エアステップ』で高く飛べば回避は容易だろう。だが俺はあえて正面から挑む事にした。どうせなら自信を粉々に砕いてやろうと思ったからである。
 まず両手を左右に向け、『マグナム』で魔石を破壊し、背後から迫る剣を背面飛びで回避すると同時に剣の腹を足で踏みつけるように蹴飛ばし地に叩きつけた。

「この化物がよぉ!」

 突き出される刃を相手の手首を払って受け流し、ミスリルナイフを下から上に振り上げて俺達は擦れ違う。
 そして……ドミニクの残った手が地面に落ち、振り返れば諦めた表情を浮かべた敗者と目が合った。

「そうかぁ、お前があの獣人が言ってた兄貴って奴かよぉ。獣人が言ってた通り、最強ってのも嘘じゃねえ気がするなぁ」
「お前こそ色々仕込んでいて見事だったと思うぞ」
「ああん? こんなのただの小細工だぜぇ?」
「手段はどうあれ、勝つ為に小細工するのは当然だ。お前はただ強者に対する想定が甘かっただけだよ」
「お前みたいな化物知らねえよぉ。あーあ……完全に負けたぜぇ。悪いんだけどよ、俺に止め刺してくれねえかぁ? 『命削丸薬ライフブースト』切れて苦しむ前に死んでおきたいんだよぉ」
「いいだろう。両手が無ければ自害も出来ないしな」

 地面に座り込んだドミニクに近づきナイフを喉に突きつけると、奴は笑いながら口を開いたその瞬間……。

「ありがとう……がっ!?」

 俺は掌でドミニクの顎を下から上に打ち上げていた。
 その勢いで顔が上に向いたドミニクの口と鼻から炎が噴出し、白目になったドミニクは力なく地面に崩れ落ちた。

「だから言っただろう。想定が甘いって」

 ドミニクの口から炎を噴出したのは、奴が口内に炎の魔石を仕込んでいたからである。おそらく初級の『フレイム』程度だと思うが、完全な不意打ちで使えば火傷程度では済むまい。使えば本人にもダメージがあると思うし、諸刃の剣であるこれが正真正銘の切り札だろうな。
 そんな切り札も俺の手によって口が閉じられ、炎が逃げ場を無くして口内と喉を焼いて自滅したけどな。前世では時限爆弾や手榴弾を吐き出した奴も居たし、それに比べればこいつのは優しいものだと思う。
 煙を吐き出すドミニクに背を向け、俺は本来の目的であるグレゴリの元へ歩み寄った。

「次はお前の番だな」
「あ……な、何故だ? 何故貴様は私を狙うのだ!」
「お前に恨みがあるからに決まっているだろう?」
「私はお前なぞ知らん!」
「そうか、ならこれでわかるよな?」

 ドミニクの結末を見たグレゴリが明らかに怯えていたので、俺は仮面を取ってグレゴリに正体を明かした。にっこりと笑う俺に対しグレゴリは困惑した表情を浮かべたが、すぐに怒り狂って叫びだした。

「き、貴様は無能!? たかが平民が貴族に対してこのような真似をしていいと思っているのか!」
「おいおい、お前は貴族じゃなくて犯罪者だろう? それも革命だとか言いながら大勢の人間を巻き込んだ大罪人だ」
「黙れぇ! 亜人の力が無ければ何も出来ぬ無能がぁ!」
「お前はアホか? 何も出来ないと言っているが、その無能に魔法を破壊されて追い込まれているのは一体誰なんだ?」
「黙れ黙れ! すぐに化けの皮を剥がしてくれる! 『フレイム』」

 流石に初級くらいは無詠唱で発動出来るようだ。飛んでくる火の玉に指を向けて『インパクト』を放てば火の玉は爆発し霧散する。逃げられても困るのでついでにグレゴリの足も撃ち抜くと片足が爆ぜ、グレゴリは痛みに悶え叫んでいた。

「ぐあぁっ!? な、何故だぁ! 何故私の魔法が消えるのだぁ!」
「少しは冷静になったらどうだ? 怒り狂って叫んでいるだけで何とかなる状況じゃないって理解しろ」
「ぐうぅ……おのれぇ! 無能が……無能がぁ!」

 俺の正体が無能だと知って強がっていたが、ここに来てようやく実力差を認めたようだ。憎しみを込めて睨まれる中、近くに落ちていたドミニクの剣を拾った。俺には大きい剣だが、振り回すわけじゃないので問題ない。

「さて……何か遺言があれば聞くが?」
「待て! 何故貴様は私を恨む!? 貴様個人に殺されるような事はしていないぞ!」
「確かにお前は俺に色々小細工をしたが、殺したいとまでは思わなかった。だがな、お前は許されない事をしたんだよ」
「か、革命は私以外にも望む者がいるのだ! 私はその代表にしか過ぎないのだぞ!」
「いや、それはどうだっていい。一つ聞くが、少し前にお前は鮮血のドラゴンをエリュシオンに呼んだな? 嘘をついてもすぐにわかるから正直に答えろ」
「ひっ!? あ、ああ。確かに私はそいつらを招いた。その後どうなったか知らんが……」
「俺の恨みはそれなんだよ」

 そう、俺からすれば革命なんてどうでもいい。思想ってのは人によって様々だし、気に食わないだけで対立する紛争を腐るほど体験してきた身として革命なんぞ大した話ではないのだ。
 俺がこいつを恨む理由はただ一つ……。

「お前が呼んだくだらん連中のせいで、俺の弟子は死ぬところだった。それがお前を始末する理由だ」
「なっ!? その程度で私を!?」
「お前にはその程度でも俺にとっては大事な事だ。弟子達の涙を見たとき、必ずお前を後悔させてやろうと誓ったんだよ」
「あ、あれは奴等が勝手にやっただけで、私は何もしていないぞ!」
「奴等が殺人鬼だと知らなかったわけじゃないだろう? たとえ知らなかったとしても、それでは済まされない問題だ」
「私は止めたのだ! だが奴等は私の話を聞かずへぶっ!?」

 言い訳が鬱陶しいので顔面を殴った。ちゃんと手加減はしているので、歯も折れてないしせいぜい鼻血が出る程度で済ませた。
 おそらくこいつは、ドミニクのように鮮血のドラゴン達も革命に利用しようとしたのだろう。だが殺人鬼である奴等は好き勝手に振る舞い、こいつはそれを止めずに放置してしまった。そのせいで少なくともエリュシオンの住民数人と貴族の従者が犠牲になっている。

「立場の問題があるからお前の始末は学校長に譲ったが、お前は逃げ延び今こうして目の前にいるのも何かの巡り合わせだろう。弟子を死なせかけた罪……償ってもらおうか」
「ふ、ふはは……断る! お前が死ねぇ!」

 グレゴリは懐からナイフを抜いて突き出してきたが、魔法で戦ってきた男のひ弱な突きなんて避けるまでもなかった。指と指の間に刃を通しグレゴリの拳ごと押さえ込み、握力で指の骨を砕いてやった。

「ぬぐあぁぁぁ――っ!? い、今だやってしまえ!」

 痛みに堪えながらも叫ぶ声に振り返れば、俺のすぐ後ろに迫ったドミニクの姿があった。口や鼻が火傷によって見るに耐えない状況だが目はしっかり俺を捉えていて、口に咥えたナイフを振り下ろそうと頭を振りかぶった。
 だが……振り下ろす途中でドミニクの動きは止まっていた。

「な、何をやっているのだ! 早くこいつを殺せ!」
「無駄だ」

 拾った剣でドミニクを軽く叩いてやると、彼はゆっくりと倒れて動かなくなった。そして首が鋭利な刃物で切れたように外れ、俺とグレゴリの間に転がってきたのである。

「ひいっ!? い、いつの間にっ!?」
「流石に『命削丸薬ライフブースト』を飲んでも首が無ければ無理だろう。良かったな、痛覚が無くなっていて」

 痛みを感じない相手は確かに厄介だが、血が無くなれば体は動かなくなるし、こいつは本で見たような自己再生する生き物でもない。脳がある頭を切り離してしまえば問答無用で終わるのだ。
 ドミニクの絶命を確認すると、俺は自分の背後に張っていた『ストリング』を消した。今回使った『ストリング』は極細で鋭利にしている上に超振動させていたので触れるだけで切れる代物だ。それを首の高さに張っていたので、奴は自ら切られに来たわけだ。

「安心しろ、お前はこの剣で終わらせてやる。五体満足で死ねるぞ」
「あ……うあ……やめろ……私は亜人を排除しなければ……」

 この状況でも自分を改めないのか。ここまで来ると哀れに思えるな。十分に絶望させたし、そろそろ終わらせるとしよう。

「親を無能や獣人に殺された者が無能に殺される。過去に囚われ因果を断ち切れなかった自分を恨め」
「この化物が! いや、悪魔め! 貴様は人の皮を被った悪魔だ!」
「そりゃあどうも。こう見えて昔は死神と呼ばれていた事もあるから悪魔なんて軽いもんだ。じゃあ、リクエストに応えて悪魔らしく行動させてもらおうか」
「あ……ああああっ! やめろ! やめろやめろやめろやめろやめろ――――っ!」
「さようなら」

 慈悲もなく、傭兵の剣はグレゴリの胸へ深々と突き立てられた。




「あっ! シリウス様ーっ!」

 グレゴリと現場の後始末を終わらせ、俺は着替えてからゴーリアを抱え闘技場に戻ってきた。今度は隠れずに正面から入ってきたので、俺を最初に見つけたエミリアが笑みを浮かべて俺の前へと走ってきた。

「お疲れ様エミリア。お前達の戦い、見させてもらったぞ」
「はい! それで……どうでしたか?」
「ああ、訓練の成果をしっかり出せていたし、生徒達を上手く先導していたな。この男を奪う作戦も悪くなかったし、よくやったと思うぞ」
「本当ですか!」

 エミリアは目を輝かせ、期待するように尻尾をパタパタ振るっているので頭を撫でてやった。目を細め蕩けそうな笑みを浮かべているが、やる事があるのでここまでにしておこう。手を離すと残念そうな表情をしたが、すぐに笑みを浮かべ俺の右隣に並んだ。

「続きはまた後でな。今はこの荷物を学校長に渡さないといけないからな」
「はい! あ、荷物お持ちします」

 荷物とはゴーリアの事だが、こんなくだらん奴をエミリアに持たせるのは気が引ける。俺はエミリアの助力を断り、あちこちに指示を出している学校長の前へやってきた。
 てっきりグレゴリを追いかけてくるかと思えば、闘技場から動かず一体何をやっているのやら。

「ああシリウス君。お待ちしていましたよ」
「どうも。学校長こそグレゴリを追わず、ここで何をされているのですか?」
「グレゴリ達がゴーリアを連れて逃げたせいで、首輪を付けられた生徒達がパニックを起こしそうでしたので少々落ち着かせてました。それで、シリウス君が持っているのはゴーリアですね?」
「その通りです。まだ麻痺が効いていますがとりあえず縛っておきました。あと、この男の懐からこれが出てきたので渡しておきます」

 渡したのは生徒達が欲している首輪の鍵だ。この首輪は量産品らしく鍵が全く同じだ。スペアを含めて幾つかある鍵の束を渡すと学校長は満足気に頷いた。

「ありがとうございます。マグナ、先生方と一緒にこれを」
「わかりました」

 鍵はマグナ先生と他の先生方に渡され、生徒達を一列に並べて順番に外し始めた。早く外してもらおうと前へ飛び出してくる生徒もいたが、マグナ先生のゴーレムに摘ままれて最後に回されていた。
 その様子を眺めていると、学校長は笑みを浮かべながら俺を労ってきた。

「お疲れ様でしたシリウス君。ゴーリアと鍵の奪還、見事に勤めを果たしてくれましたね」
「……ありがとうございます」
「学校長が慌てていなかったのは、シリウス様に前もって依頼していたのですね」

 先に言っておくが俺はそんな命令を受けた覚えは無い。おそらくこれは俺への手柄として言ってくれたのだろう。否定したいところだが周りの目もあるし、ここは話を合わせておくとしよう。ついでに頼みたい事もあるし。

「ですが学校長。グレゴリと傭兵の男は途中で同士討ちし死んでいました。なので私は労せずこの男の確保に成功したのです」
「そんな事はありません! シリウス様ならあんな男一人や十人――……むぐっ!」

 ややこしくなるのでエミリアの口を手で塞いだ。彼女は一瞬驚いたが、目で訴えてやると大人しくなった。というか、俺の手の匂いを嗅いで嬉しそうにしている。
 少し考えた結果、俺が始末したグレゴリとドミニクは同士討ちで共倒れになったように見せかける事にした。巨大な剣を突き刺したり首を切ったから、ばれたら確実に引かれそうだし。
 現場では同士討ちに見せかけるために、ドミニクの死体はグレゴリの魔法でやられたように首をくっ付けて火の魔法陣で燃やしたし、グレゴリはドミニクの剣で胸元を貫いている。貴族と傭兵という仲の悪そうな組み合わせだし、ぱっと見ではそう見えておかしくない筈だ。
 肝心のゴーリアだが、彼は明後日の方向を向いたまま動けなかったので俺の姿を見ていない。更に一度立ち去った振りをし、後を追ってきた俺が見つけました風な演技をしたので犯人はわからないだろう。

「同士討ち……ですか。わかりました、そのようにしておきましょうか」
「ええそうです。大した苦労もなく終わりましたよ」

 笑みを浮かべあいながら、俺と学校長は視線で会話する。たとえ何かあっても強引にでも同士討ちに持っていけと俺が訴えれば、仕方なさそうに学校長は頷いた。
 グレゴリの後を追わず俺に後始末を投げたんだ。それくらいしてもらわなきゃ割りに合わん。

「怪我人の治療もリース君の御蔭で心配無さそうです。優れた戦闘力は当然として、先輩を含め生徒達を先導し導き、傭兵のリーダーを倒し、優れた治療で生徒達を助ける。貴方の弟子は本当に素晴らしいですね」
「ありがとうございます。なにせ自慢の弟子ですから」

 隣のエミリアは尻尾を振って嬉しそうにしている。気づけば口を塞いでいた手が彼女の手によって動かされて頬ずりされているが、もう好きにさせておこう。

「あ……シリウスさん。戻ってこられたのですね」

 学校長がゴーリアを引き取り部下へ新たな指示を出すために離れると、闘技場の隅で怪我人を治療していたリースが俺に気づいたようだ。小走りでやってきて目前に立ったかと思えば、俺の頭から足までじっくりと眺めてから彼女は笑みを浮かべて頷いた。

「怪我は……ありませんね。無事でなによりです」
「リースこそ無事でなによりだ。皆の治療にエミリアとレウスのフォローに大変だっただろう?」
「大変でしたけど、私の力が皆の役に立てて凄く嬉しいんです。これもシリウスさんの御蔭ですね」
「そうです、全てシリウス様の御蔭なんです」
「お前達の努力が実っただけなんだがなぁ……」

 何にしろ今回の弟子達は本当によく頑張ったと思う。だから何かご褒美をやりたいのだが……何がいいだろうな?

「お前達、何か欲しい物とかやってほしい事はないか? 俺の叶えられることなら無理の無い範囲で叶えてやるぞ」
「えっ!? あの……本当に?」
「あの……嬉しいんですけど、シリウスさんだって凄く貢献されたのに私達だけなんて……」
「いいんだよ。お前達は無事にこの危機を乗り越えたんだ、褒美の一つや二つあってもいいだろう? 遠慮なんかするな」
「無理の無い範囲……迷います!」
「エミリア、ちょっと落ち着いて! でも……何がいいかなぁ? ケーキを丸ごと一個食べて見たいかも」
「この問題が片付いたらまた聞くから考えておきなさい。ところで……レウスはどこへ行ったんだ?」

 この手の話には、真っ先に諸手を挙げて喜ぶであろうレウスの姿が見当たらないのだ。さっきから探しているのだが一向に見つからない。

「えーと、レウスでしたら……」

 エミリアの視線を追っていくと、試合場の壁に寄りかかる見慣れた背中が映った。もしかして……あれがレウスか? 覇気が全く感じられず、あいつの周囲だけ真っ黒い雰囲気を醸し出していて非常に近寄りがたい。
 普段とのあまりの違いっぷりに、俺はレウスだと認識できなかったようだ。

「……あいつはどうしたんだ?」
「その……傭兵のリーダーを逃がしたどころか、そのせいでゴーリアを奪われたのがショックだったようです」
「シリウスさんに褒められて凄く喜んでいましたから、その分だけ落差が激しかったみたい」
「やれやれ……おーい、レウス!」

 俺が呼びかけるとレウスはゆっくりとだが振り向いた。ただその表情は明らかに落ち込んでいて、耳も尻尾も垂れ下がっている。全く、あいつがあんな状況だとこっちの調子も狂うな。

「早くこっちに来なさいレウス。ハウス!」
「…………うん」

 近くへ呼ぶ号令をかけてやるとレウスは動き出したが、その足取りは重く、愛用の剣をズルズルと引き摺りながら歩きようやく俺の前へやって来た。

「何をそんなに落ち込んでいるんだ?」
「だって……俺のせいで皆に迷惑かけちゃったし」
「はぁ……この馬鹿弟子が」

 おいこら、そんな見え見えの嘘をつくんじゃない。視線を逸らしこちらの顔を一切見ようとしないレウスの頭を俺は軽く小突いた。

「お前は皆に迷惑かけたとかじゃなくて、俺に怒られると思って落ち込んでいるんだろう? 正直に言いなさい」
「…………うん」
「だったらそれは間違いだ。俺はお前に怒る事なんて無いぞ。むしろあいつ相手によくやったと褒めてやる」
「えっ!?」

 その言葉にレウスは驚いてこちらを見たが、気にせず俺はレウスの頭を撫でてやった。戸惑いつつも撫でられて嬉しいのか、レウスの顔に笑みが戻ってくる。

「お前の失敗点はドミニクの生死を確認しなかった事だ。それは理解しているな?」
「うん。だからそのせいで皆に迷惑かけたんだ」
「それがわかればいい。そもそも今回は相手が悪かった。正直に言えば、お前にはまだ早い相手だったんだよ」

 単純に強い相手なら問題なかった。だが今回の奴は裏で生き、卑怯な手段を躊躇しない相手だった。あいつが状況の悪さから逃げる選択肢をとらず、本気でレウスを殺そうとしたら危なかったかもしれない。
 もう少しそういう相手との想定訓練をしてから戦わせたかったのだが、それでもレウスは勝ったのだ。お前の成長を喜びはしても、怒ることなど一切無い。

「おまけに『命削丸薬ライフブースト』まで使ってドーピングした相手にお前は勝ったんだ。もっと胸を張れ。そんなお前が俺は誇らしいぞ」
「兄貴……じゃあ俺は喜んでいいのか?」
「おう喜べ喜べ。ほら、もっと撫でてやるぞ」
「……やった―っ!」

 そうだ、存分に喜べ。レウスの頭を強めに撫でていると、エミリアとリースが少し羨ましそうな目でみていたが、レウスが元気になってほっとしたようだ。
 そしてレウスにも褒美の話をしていると、戻ってきた学校長がレウスの様子をみて笑っていた。

「ふふふ、流石シリウス君ですね。あれだけ落ち込んでいたレウス君があっという間に元気になっていますね」
「レウスはあの男を抑えていた功労者ですからね。落ち込む必要なんか無いんですよ」
「その通りです。私もグレゴリだけでなく、ゴーリアにもっと気を配っていればよかったのもあるんです。レウス君が気に病む必要はないのですよ」

 この人にも色んな思惑があってこうなったのは理解している。
 だけどなぁ、ここまで騒ぎを大きくしたりグレゴリに逃げられたりと詰めが甘すぎだろう。おまけにレウスをここまで落ち込ませたんだ、少し反撃くらいしてやろうと思う。

「流石は学校長です。何百年生きようと、自らを見直し続けるのですね」
「当然です。人は間違う生き物ですから、決して反省する心を忘れてはいけませんよ」
「その思想、大変素晴らしいです。でしたら形から入るためにしばらく甘味を抑える事から始めましょう」
「……えっ?」
「具体的に言うと、ケーキの差し入れをしばらくしません」
「あの……ちょっと、シリウス君?」

 自分で言った上に俺の言う事にも一理あるせいか、学校長も強く言い返せないようだ。先ほど圧倒的な魔法で相手を制圧していた者とは思えぬうろたえっぷりである。
 俺達の会話を聞いていたマグナ先生がそんな学校長を見かね、別の先生に鍵を預け俺達を取り成そうと介入してきた。

「シリウス君、学校長も様々な用事があって多忙ですからあまり休む暇がありません。そんな中でシリウス君の甘味は癒しの極みなのです。考え直してくれませんか?」
「マグナ先生。エミリアをゴーレムで守っていただきありがとうございます。今度お礼にケーキを一ホール持っていきますね」
「学校長、反省しましょう」
「マグナ!?」


 それから全員が首輪から解放され、教室で篭城していた生徒達に話が伝わった頃にはようやく全員が笑えるようになっていた。
 首輪を填められたりした生徒達にとっては苦い思い出だろうが、痛みがなければわからない者もいる。
 学校全体の反面教師となったグレゴリは死んだと報じられ、しばらくはこんな事をしでかそうとする奴は現れないだろう。

 こうして……多くの人を巻き込みつつも、個人の怨嗟から始まった革命は国全体を巻き込む事無く終わりを告げた。


補足
 ドミニクが妙に強気なのは、シリウスの強さを見誤ったせいです。
 シリウスの実力が自分より上だと理解したものの、裏を付けば勝てると思っていたのですが、その差が絶望的な高さだと見切れなかったのが敗因です。
 シリウスがあっさり殺してますが、もしドミニクが逃げようとせず本気でレウスを殺そうとした場合……口内の火の魔石により隙を突かれ、毒のナイフを刺されピンチになります。
 実力的にはレウスが上ですが、ドミニクはそれを経験の差で上回ります。


 次の話で革命編が終わらせる予定です。
 後は幕間を一つか二つ入れて、閑話も入れ……次で卒業ですね。
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