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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

一章 誕生

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エリナの奮闘

 俺ことシリウスは三歳になった。

 体は更に大きくなり、走り回っても問題ないくらいに成長している。
 というか、現時点で庭をマラソン中だ。
 体に負荷を与える一定のペースで走り続け、限界超えたら休み、また走るの繰り返し。

「ふぅ、本日の分は終わりっと」

 今日のノルマをこなし、仕上げの整理体操に入る。
 隣には、ダイエットと称してマラソンに付き合ったノエルがお寝んねしている。

「ひぃ……ひぃ……し、シリウス様―……どうして……平気なん……ですか」
「体力が低いのもあるけど、自分のペースでやらないからだよ」
「は、はいぃ――……」

 その言葉を最後にノエルは力尽きてしまった。
 君がやったのは俺の半分くらいなんですけど、そこまできつかったのかね?
体力キャラじゃないしそんなもんかと納得しつつ整理体操を終える。
 それと同時に、エリナさんがタオルと飲み物を差し出してくれた。

「お疲れ様です、シリウス様」
「ありがとうエリナ」

 ちなみにエリナさんは呼び捨てにしてほしいと頼まれたので、心の中だけさん付けしている。水分補給しつつ足元に目をやれば、ノエルをディーが介抱している。
 この二人、対照的な性格であるが相性は良いらしく、年も近いせいもあって結構仲が良い。

「無理するな」
「ありがとう……ふぅ、ございますー」

 エリナさんも優しげに微笑んで二人を見守っている。俺もにやけ顔で見ている。後は若い者に任せて体の手入れでもしますか。
 すでに汲まれた井戸水を前にすると、俺の新しい顔が映っている。三歳にもなれば顔の個性がよくわかり、自分的には悪くない顔だと思う。髪は黒色で、目付きも柔らかい印象を与える。ハンサムより可愛い方向の顔つきだ。三人の顔と見比べてみてもそこまで大きなずれもなく、あまり特徴の無い無難な顔だろう。少なくともハズレではなさそうなので、初めて確認した時は安心したものだ。ただ、眼力の迫力が足りないな。威圧とかは見た目も多少影響されるから、この優しげな顔じゃマイナスだろう。今後の課題である。
 体の手入れを済ませたので、次は魔法の練習に入りますか。
 ちなみに三歳を機に、三人には魔法が使えるのを見せてやった。揃って目を点にし、時が止まったかのように動かなくなったのは中々見物であった。

「シリウス様、そろそろお昼なので私とディーは戻ります」
「わかった。僕は魔法の練習してから戻るよ」

 体力もそうだが、魔力の方もしっかり鍛えている。
 『ライト』の持続時間も十秒ちょいだったのが、今では一分まで持続可能となっていた。単純計算で六倍である。本に書いてあった通りならこの成長力は異常だろう。考えられる理由は魔法のコツを掴んだ、一歳からの早期練習など色々ある。
 だが一番はサイクルの速さだと思う。限界まで魔力を絞り、回復したらまた絞るの繰り返し。どうやら俺は他の人より回復が早いようだ。だからその繰り返しが人より多く出来るわけ。

 魔法の種類も少しだけ増えた。
 そもそも無属性魔法は数が少ないので、本には『ライト』を含めて三つしか載ってなかった。どんだけ知名度低いのやら。
 新たに覚えた魔法は『インパクト』『ストリング』である。

 まず『インパクト』だが、簡単に説明するなら魔力の塊をぶつける魔法だ。
 魔力を一箇所に集めて飛ばしてぶつける。魔法と呼んでいいか微妙だが、残念ながら威力も微妙である。
 元々魔力とは質量のない物なのだ。それを無理矢理固めて質量を持たせるわけだから硬度も低い。例えるならゴムボールをぶつけるレベルだ。おまけに射程も短く、少し離れると魔力が霧散して消える始末。正直石を投げた方が強い。研究が全くされないわけだ。

 『ストリング』は魔力で糸を作る魔法だ。
 魔力糸を伸ばし、物に巻きつけて引き寄せたり出来る。人が蜘蛛の糸を飛ばしてると思えばいい。蜘蛛と言えば、前世で見た映画みたいに魔力糸を飛ばして木々の間を飛び回れるのでは? と期待したが無理でした。形状の維持が難しく強度も弱いのだ。せいぜい小枝や木の実を引っ張る程度が限界で、人なんか支えたら速攻切れる。
 『インパクト』に比べたら多少は使えそうだが、世間的にこれも実用度は低い。

 以上、残念な二つの魔法だが結局は使い方次第なのだ。属性を上手く使えないなら、これらを使いこなす必要がある。
 だから俺はひたすら使い、魔力の底上げを根気よくやり続けてきた。今は魔力より体力の底上げを中心にしているが、いずれは魔法の改良や研究もしたい。

 さて、昼飯が用意されるまで一気にやってしまうか。木に吊るした的に手を向け『インパクト』を放つ。

「深遠より眠る理よ、我に息づく魔よ、力の根源より放つは魔の衝撃『インパクト!』」

 無色透明で野球ボールサイズの魔力玉が的を揺らす。知らぬ人が見たら、ただ的が揺れてるようにしか見えないだろう。魔力玉のサイズは調整出来るが、当然大きくするほど消耗するし維持も難しい。今の俺はこれを十発くらい使えば限界を迎える。きっちり十回、的を揺らして終了。あー、何度やってもこのだるさはきつい。
 深呼吸をして体を落ち着かせていると、ノエルが何か言いたげにこちらを見ていた。

「どうしたのノエル?」
「いえ、『インパクト』をそこまで上手く使うなんてすごいなぁと思いまして」
「すごいのかな? ダメージ全然無いのに」
「こんな早く使える時点で凄すぎます。本当に三歳なんですか? 年齢誤魔化してません?」
「ノエルが何度も魔法を見せてくれたおかげさ。あれを見てコツを掴んだんだよ」
「え? じゃあ私のおかげですか! 未来の大魔法使い様の師匠ですか私!」

 ノエルさん、ちょろいっす。
 話を逸らす方便でもあるが、ノエルが居てこそこれたのは事実だ。
 疲れてるくせにバンザイするノエルを引き連れ、俺は家へと戻った。


 生まれてから三年。

 エリナさんに見守られ、ノエルとバカやって、ディーの料理を食べる。

 安全で幸せな日々。

 外界から隔絶されたこの閉ざされた楽園にも、いずれ終りがやってくる。

 その足音は確実に迫っていた。





 それから数日後。
 何時もならゆっくりとした朝なのだが、今日はどこか慌しかった。疑問に思いつつ目覚め、着替えを済ませて朝食を食べに食堂へ向かった。

「おはよう」
「「「おはようございます」」」

 俺の挨拶に、三人は綺麗に揃って返してくれる。そのまま椅子に座ろうとしたところで気付く。ノエルとディーの服装がいつもと違うのだ。メイド服や作業服ではなく、外出用というか動きやすい服装である。これは買出しに出る際の格好だな。

「あれ、今日は二人出かけるの? この間買出し行ったばかりじゃない」
「実は先ほど火の魔法陣が壊れてしまいまして。少し急ですが二人に行ってもらう事になりました」

 我が家はある程度自給自足しているのだが、魔道具等の作れない物はあるので数日毎に町へ買出しに行く。俺は一度も行ったことがないが、聞いた話だと一番近くの町でも徒歩半日分の距離があるらしい。移動に半日使い町で一泊して帰るので、買い物に行くだけでも二日は使う。
 何でこんなにも辺境な所に住んでるのか不思議であるが、俺自身が不便を感じていないのでスルーしている。

「火属性のノエルが一緒に行ったら火が点けられないんじゃ。エリナさんは水属性でしょ?」
「今日明日なら問題ありません。火石がありますから」

 火石とは、魔力を込めてハンマー等で割ると高熱を発する不思議な鉱石だ。拳ほどの大きさじゃないと使えないのが欠点だが、使用法は燃えやすい物の中に置いて上からハンマーで叩く方法である。

「おみやげのリクエストとかありますか? あんまり大きいのは無理ですけど」
「特にないよ。二人が無事に戻ってくればそれでいい」
「うう……シリウス様の優しさに感動です」
「……お任せください」

 ディーは元冒険者だったらしく、旅に関しての知識は豊富だ。買出しも何度もやっているし、実際そこまで心配していない。少し硬めの黒パンに、肉と野菜を煮込んだスープを食べ終わった二人は早々に出発した。
 俺も食事を済ませて日課のランニングと魔力枯渇を行う。黙々とノルマを終らせ、本を読んでいるうちに昼になった。

「シリウス様、本日は外で食べませんか?」
「そうだね。そうしよっか」

 エリナさんの提案で庭のテーブルで昼御飯を食べる。
 今日の昼はエリナさんお手製のサンドイッチ。ディーが作ったのも美味しいが、エリナさんのもまた格別だ。特に塩肉と数種類の野菜を挟んだやつがお気に入りで、肉と野菜の絶妙な配分が最高である。今度教えてもらおう。

「どうぞ、食後のお茶です」

 満腹になったところで、エリキと呼ばれる柑橘系のハーブティーが用意される。少し苦味があるが、俺はこのエリキ茶は結構好きだ。今日は快晴。暖かい日差しの中で優雅に食後の茶を楽し―…………ん?

「……エリナ、アプとかないかな? デザートが欲しい」

 アプはリンゴの形をしたフルーツだ。
 見た目はリンゴそのものだが、サイズがちょっと小さく味は苺に近い。

「わかりました。厨房にありましたから取ってきますね」

 エリナさんは笑みを浮かべて厨房へと消えていった。
 姿が完全に見えなくなったところで俺は一口だけ含んだ茶を吐き出し、カップの中身を全て地面に吸わせた。口に含んだ瞬間、前世で馴染みのある感覚を感じたからだ。新しい体だし、気のせいかもしれない。だが、俺の勘が正しければこれは睡眠薬だ。
 しかし解せぬ。一体何の思惑があって俺を眠らせようとしたんだ?売られる? いや、それは無いな。あれだけ愛情をぶつけてくる人がやるとは思えん。意図はさっぱりわかないが、ここは飲んだ振りをしておこう。僅かとはいえ舌が粘膜で吸収しただろうが、遅効性な為かまだ眠気はきていない。
 その後、エリナさんと一緒にアプを食べ、僅かな眠気を感じたと同時に行動を開始する。

「ふぁ……」
「お疲れですか? 寝床を用意しましょうか」
「うん、そうだね。ちょっと昼寝させてもらおうかな」
「わかりました。すぐ済ませますので居間でお待ちください」

 ただ欠伸をしただけで、寝床の準備をする……ね。睡眠薬を入れたのはエリナさんの線が濃厚か。気のせいならいい。だが、二人の唐突な買出しに、エリナさんの行動にどうも違和感を感じる。逃げるわけにもいかんし、とりあえず流れに身を任せるとしよう。

 自室のベットで寝転がり、目を閉じたまま魔力を高める。
 魔法発動前の状態を維持すると、体が活性化するので軽い眠気なら飛んでいくからだ。今の俺は表面上は寝ている姿だ。何が起こっても対応出来るよう、静かに時を待つ。
 それから数分後、ドアから軽いノックが聞こえた。返事をせず待つと、音を立てずドアが開かれる。現れたのは当然エリナさんで、俺が寝てるか確認しにきたのだろう。
 さて、何が起こるのやら。いきなりナイフでグサーとか無しですよ。

「……私が……ます」

 ナイフでも何でもバッチこいや! と、身構えていたが、杞憂に終った。小さすぎて聞き取れない声で呟きながら、俺の頭を撫でてくるだけだったのだ。それが気持ち良くて本気で眠りそうになったが、こちらが完全に寝入っていると確信したのか、再び音も立てず退室していった。

 謎が解けぬまま唸っていると、窓の外から聞き慣れない音が聞こえた。
 馬の足音と嘶き、そしてディーではない男の声。この三年間、人なんか一切訪れなかったというのにどうゆうこと? 何にしろ、エリナさんの怪しい行動はこれが理由か。
 窓の隙間から外を窺えば、四人乗りの幌付き馬車が玄関前に止まっている。やってきたのは二人だ。御者台に座っている御者の爺さんが体を伸ばして休んでいる。
 そして馬車から降りようとしている一人の男に自然と目が寄せられた。上品そうな服で、貫禄タップリな髭を生やしている、いかにも貴族という風貌のおっさん。貴族っぽいのだが、ちょっと肥えてるし頼りなさそう。顔もディーに比べたら可哀想なレベルだし。嫌な予感が脳裏に浮かび始める頃、男は玄関へと足を踏み入れていた。
 床に耳を当てて位置を探る。俺の部屋は二階だが、二人分の足音は一階の客間へ向かっていた。今まで曖昧だった部分が判明するチャンスかもしれない。音を立てぬ様に部屋を抜け出し、客間の扉前まで静かに忍び寄る。ドアの厚さは薄めなので、中の声がよく聞こえる。

「……本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「ふん、全くだ。何ゆえこのような辺鄙まで私が来ねばならぬのか」

 ちょうど話が始まったところだ。
 しかしなんだ? エリナさんの声が機械的で全く感情が込められていない。こんな冷たい声初めて聞いたよ。対する男は予想通りだった。前世で見た、傲慢で我侭盛りだくさんのダメ上司の見本台詞だ。
 もしかすると……いや、今は二人の会話に集中しよう。






 ――― エリナ ―――


 ついにこの日が来てしまった。
 本当なら二度と会いたくもないのだが、これも仕方がないことだ。

「……本日はお越しいただき、ありがとうございます」
「ふん、全くだ。何ゆえこのような辺鄙まで私が来ねばならぬのか」

 ここに押し込めた貴方がそれを言うとは、記憶に障害でもあるのでしょうか?

「ところで、あの無愛想な男と亜人はどこへ行った? 主人が来たのに挨拶もせぬとは何事か」
「彼らは買出しに出ております。明日まで戻られません」
「ならばいい。姿を見るだけでも嫌になるからな」

 姿を見たくもないのに挨拶はしろと言う。矛盾しているのに気付いているのでしょうか?おまけに獣人のノエルを侮辱発言である亜人と呼ぶ始末。相変わらず小さい男ですね。
 最近は無駄に妻を増やし、稚拙な手腕で落ち目だと噂されていると聞きます。

「アレはどうした? 父親が来たというのに何故顔をみせん?」
「シリウス様はお休み中です。少々熱が出ておられるので隔離しております」
「病気か。体が弱いのはいらんぞ。スペアが弱くては話にならんわ」

 何がスペアですか。シリウス様はお前の道具ではない。
 自らの欲望を満たすため、お嬢様を無理矢理手篭めにし、生まれたシリウス様を侮辱している。
 今すぐこの男の顔を張り飛ばしてしまいたい。だけど、シリウス様を育てる金と権力を握っているのもこの人だ。我慢だ。私が我慢すればシリウス様は安全でいられる。

「だが、もうスペアも必要無い」
「……どういう事ですか」
「私の正妻が先日遂に次男を産んだのだよ。これで余計な出費を省くことが出来るようになった」
「っ!? お、おめでとうございます」

 そんな……まずい、まずい。
 シリウス様は庶子とはいえ次男。だから長男が何かあった際の予備として、金を出して密かに育てられていたのだ。なのに、自分にとっての次男が生まれれば用済み? シリウス様は存在しない子ですか?
 こんな男の跡取りや相続に関わるのは嫌だが、シリウス様がご無事に育ってくださるならそれでいい。それがお嬢様との約束。私の願い。
 だから考えなさいエリナ。シリウス様はまだ三歳なのよ。私が……守らなければ。

「第二、第三の妻も娘であったからな。それも良いが、やはり男の跡取りは二人は欲しいものだ。そうそう、私の長男は五歳で文字を書けるようになったのだ。将来有望で楽しみだな、ははは」

 五歳ですか。早い方だと思いますが、シリウス様は二歳で文字を書きましたよ。
 あの御方の成長速度は、きっと他所から見れば異常に映るでしょう。けれど私は、一日ごとに大きく成長される姿を見る度に嬉しくなる。どこまでも、どこまでも果てしなく成長していくであろうあの御方を、ずっと見守っていたい。
 しかしこのような男がシリウス様の才能を知れば利用するに決まっています。
 そう、シリウス様はそこらの者とは二周りも違う。十二……いえ、十歳ならばきっと。私が出来る事は何でもやってみせましょう。

「それは、将来有望ですね。私も様々なお子様を見てきましたが、滅多に見ない成長ぶりと思いますわ」
「そうだろう。次男もきっと大きくなるに違いあるまい。我が家の先は明るいな」
「僭越ですが、お子様の体調はいかがでしょうか? 最近流行り病の噂を聞きまして」
「む? そうだな。長男は健康だが、次男は生まれて間もないからな」
「シリウス様は病ではなくただの疲労です。ですが、赤ん坊は流行り病に弱いでしょう」
「ふん、貴様の言いたい事はわかっておる。アレの援助を止めるなと、そう言いたいのであろう」
「……その通りです」

 この男の次男が健康に育つ保証は無いのです。
 その最悪の想定を備えて、シリウス様の援助を少しでも長く得る。あの御方なら十を過ぎれば世界を渡れる強さを持ってくださるでしょう。

「旦那様のお子様程ではありませんが、私の目から見てシリウス様は優秀です。必ず役に立つでしょう」
「あんな娘の子がか? あれは容姿以外は残念な小娘であったな」

 お前にお嬢様の何がわかるというのか!
 テーブル下の拳を痛いほど握り締める。
 やり場のない怒りを押し殺し、私は嘘の仮面を被り続けました。

「私が決して逆らわない様に教育致します。ですから十二歳まではお願いいたします」
「そこまで面倒を見れぬわ! 五年だ。それ以上の無駄金を出さんし、ここから出て行ってもらう」
「そんな! 五年ではまだ子供ではありませんか」
「知らん。ならば五年で教育しておけ。嫌ならすぐに出て行けばいい」
「……わかりました」

 私は……何て無力なのか。

「これが今回の金だ。追加は一切無いから覚えておけ」

 机に放られた金袋を受け取って中身を確認します。
 私がどんな状態だろうと、シリウス様に必要な物なのだ。恥など捨てています。思った通り、前回より明らかに少ないですね。

「ああそうだ、私も忙しい身でな、次は何時来れるかわからんぞ」
「でしたら、部下に使いをさせれば良いのでは?」
「部下が渡したと言ってここに来なかったらどうする? 私は責任の強い貴族だ」

 部下からの信頼が無いの間違いでは?
 それに私は知っていますよ。ここへ来るついでに町の娼婦と遊んでいると。

「そろそろ失礼しよう。アレの教育をしっかりとしておけ」
「畏まりました」

 玄関まで見送り、馬車が去るのを見届けてようやく一息つきました。予想以上に疲労が溜まってしまったのか、少し体が重いですね。そろそろシリウス様も目を覚ます頃でしょうし、様子を見にいかないと。ですが、望む結果を出せなかった私はシリウス様に合わす顔がありません。
 この楽園も……五年。
 真実を話すにはあまりにも短い。
 お目覚めになれば、薬を盛られた事も、父親の事も知らず笑いかけてくださるでしょう。それに癒される自分が嬉しくも悲しい。

 お嬢様、私は……。






 ――― シリウス ―――



 二人の会話が終り、見つからない内に俺は自室へと戻ってきていた。
 ベッドに寝転がったまま、先ほどのやり取りを思い返す。認めたくないが、あの下種が俺の父親か。エリナさんが睡眠薬を使ってまで会わせたくないのも頷ける。
 子が親を選べないように、親もまた子を選べない。あいつにとって俺はどうでもいいわけだ。お互い会いたいと思っていないんだし、それならそれでいい。
 あんな下種よりエリナさんだ。俺は本当にあの人に助けられているんだな。父親なんかより、そちらを知れたのがうれしい。いつか必ず恩を返そう。

 問題は俺の立場か。
 遊びで生まれた貴族の子供だが、父親の態度を考えるに貴族と思わない方がいいな。ついでに安全なこの場所も五年で終る。その頃俺は八歳だが、この世界で成人扱いされるのが十三歳と考えると時間が足りない。五年も訓練すれば実力は問題ないだろうが、若すぎる外見はトラブルが大量に舞い込んでくるだろう。
 エリナさんやノエルとディーの事もある。彼らは五年後どうするのだろう。
 駄目だな、憶測で考えてはきりがない。ここはシンプルに考えるとしよう。やる事は二つだ。

 一つ、己をひたすら鍛える。
 何があろうと対処可能な肉体を作り上げる。それ以上の説明は不要。

 二つ、三人と情報共有。
 三人は間違いなく味方だ。俺が追い出されたら彼らはどうするのか知っておきたい。来年にでも俺の秘密を少しだけ話し、全員で方策を練ろう。
 俺に知識がある設定も決めておいた方がいいな。いきなり、異世界の記憶を持ってます! なんて言うのも変だし。そのまま俺は設定を考え続けた。

「うん、これに決めた」

 多少無理はあるが、ある程度は理由になりそうな設定が出来た。
 ベッドから起き上がり、ストレッチをしながら気付く。
 エリナさん、遅いな。
 そろそろ夕飯の支度もあるだろうから、一度は顔を見せに来るはずだ。もしかして、自責の念に囚われて顔を見せたくないのか? だとしたらお門違いだ。エリナさんには感謝のみしかないぞ。
 俺は部屋を出てエリナさんを探した。
 落ち込んでいたら全力で慰めてやるぜと息巻いて一階へと降りる。


 エリナさんはすぐに見つかった。


 台所に倒れた姿で。
+注意+
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