鬼の居ぬ間に
八章開始です。
城のごたごたが治まってから数日後。
リースは学校に登校出来るようになり、ダイア荘への引越しも終わった。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
今までと違い一つ屋根の下だから緊張するのはわからなくもないが、嫁入りするみたいな言葉でやってくるのもどうかと思う。リーフェル姫や王様と知己になったとはいえ、俺達は別に婚約だとか告白したわけじゃないんだし。
何となく呟いてしまった言葉に、エミリアは少し怒るように俺を咎めてきた。
「シリウス様! 女の子にとって一つ屋根の下というのはそれだけ重要なのです!」
まあ恋心をコントロールして楽しむような器用な真似が出来るわけがないし、リースは初めて芽生えた恋心に酔いつつも戸惑っているのだろう。色々と過敏な年齢だし、彼女にかける言葉は気を使わないとな。
「すまんすまん。とにかく着替え中だとか、見られたくない現場に入らないように気をつけるから、そっちも気をつけてくれ」
「シリウス様は気をつける必要はございません。どうぞ、こちらは私達の部屋の鍵になります」
「マスターキーを持つ俺に渡してどうする?」
俺はこのダイア荘の管理人みたいなものだからマスターキーを持っている。なのに部屋の鍵を貰っても意味が無いんだが。
「その……夜這いでしたらいつでも待ってますから」
頬を赤く染めて、何か嬉しい悲鳴をあげながら逃げ出した。エミリアに色々教えてくれた母さんには感謝してるけど、ちゃんと年齢を考えて教えたのだろうか? 耳年増過ぎるぞ。
とりあえず行くつもりは毛頭無いので、鍵は丁重に返却しておいた。
前と違い、弟子達が近くに住むようになったので朝の時間に余裕が出来るようになった。
特にエミリアの負担が減り、俺と一緒に住めるようになってからとても機嫌が良く、訓練にも益々身が入っているようだ。新たな風魔法も覚えて好調である。
レウスとの模擬戦も最近趣向を変えて、様々な手段による攻撃を捌けるかどうか試すようになった。敵は正面から挑んでくる相手ばかりじゃないから、フェイントや奇襲を想定した訓練である。
リースは父親と仲直りしてから正に絶好調であった。目が合うと赤くなって固まる事が多々あるが、俺のアドバイスを受けて新たな魔法を生み出そうと積極的に挑戦し続けている。充実した毎日でとても楽しいと、晩御飯時に嬉しそうに語っていた。
そんな弟子達と共に、今日も早朝から訓練の為にダイア荘の庭へ集っていた。
「それじゃあ今日も走るか。あの山頂まで一気に行くぞ」
「「「はい!」」」
等と訓練を続ける内に、俺達が学校に入学して三年が過ぎた。
学校では新たに入学する者達が集り、つい先日入学試験や面接が終わって新入生が入学してきたのである。真新しいローブを着込み、様々な種族の新入生が講堂前に集る光景を見ると、たかが三年前だというのに俺もああだったのかと懐かしくなる。
だが懐かしがると同時に、新入生が入学すれば面倒な事も起こるのだ。
「初めまして先輩。いきなりだけど私と勝負してくれないか?」
「お前無能なんだって? どんな卑怯な手を使ってそこにいるか知らないが、無能らしく下にいろよ」
「このような無能が最強だと? 最強こそ我が家名が相応しい」
……新入生の下克上である。
無色と知られている俺が何故下克上されるのか?
それは俺がこの学校に置いて最強な存在だと噂されているせいだ。リースの件で貴族相手に暴れた事はあるが、俺自身の強さはそれほど見せていないのに関わらずにである。
情報通のレウスの舎弟によれば、どうやら噂が一人歩きしているせいらしい。
俺の近くには常にエミリアとレウスが控えているのだが、この姉弟がとにかく目立つ。
エミリアは学校で一、二位を争う美人な上に、魔法に優れるどころか身体能力も高い。更に惚れ惚れする程の礼儀正しさから完璧な女性と言われており、獣人差別者以外からは男女問わず人気者なのだ。
レウスは挑んできた相手を倒していく内に、学校の実力者をほぼ倒してしまったらしく、剣術においては学校で一番だと言われるようになっていた。
そんな二人を引き連れ、無色だというのに堂々と学校に居る俺は一体何者だ? ……という話になるわけだ。
姉弟は俺の教育の御蔭だと言い回っているので、その話が噂となり、更に尾鰭が付いて変化を続け、俺は学校で最強的存在だという噂が定着してしまったらしい。
俺を倒せば学校のトップに立てるという妙な話もあり、去年は半月に渡って俺に挑んでくる新入生が後を絶たなかった。
そんなわけで、今年も噂に踊らされた新入生が俺に勝負を挑みにきているわけだが……。
「お前等、俺を差し置いて兄貴に手を出せると思うなよ」
俺が何か言うまでも無く、代わりに喧嘩を買うのがレウスだ。そのまま新入生を引き連れて訓練所に向かい、あっという間に叩きのめして終了である。
この光景を見て、正面から無理だと判断した奴らは遠距離から奇襲してくる。だが全てエミリアの魔法によって防がれ、反撃の『風玉』を食らい治療室送りになっていた。
「シリウス様に手を出す者はお仕置きです」
姉弟によって俺に敵対する者は皆やられていくので、噂の信憑性が益々濃くなっていくのである。
ちなみに俺が一人になった時に狙われる事もあるが、そういう輩は人目のつかない所に誘い込んで遠慮なく無力化させた。曲がり角で隠れ、姿を見失って動揺する相手の背後から忍び寄り首を絞めて落としたりしている。
貴方が入学してから学校が殺伐としてますね……等と学校長がぼやいていたが、生徒の質の低下を嘆いていたので、丁度良い刺激だと最終的には笑っていた。
ちなみにリースは何もしていない。介入する余地が無いとも言う。
「今日の晩御飯はカレーでしたよね? お手伝いします」
以前より自分の思った事を口にするようになり、彼女は料理の腕を上げたりとマイペースに過ごしていた。
とまあ新入生の反応はこんな感じだが、他の生徒からは好意的に見られている。
エミリアは丁寧な物腰で話し、同級生や後輩の面倒見が良いので好かれているし、レウスは強くても威張り散らす事をしない上に、裏表の無い性格なので基本的に付き合いやすい。倒した相手が次々と舎弟になっていき、変な徒党が出来ているのが玉に瑕だが。
俺はそんな二人の主人として恐れられつつも、酷い事は一切しないので嫌われてはいない。マークは変わらず友人として話しかけてくれるし、俺は学校生活を無難に過ごしていた。
しかし当然ながら俺を良く思わない連中も存在する。主に貴族連中で、グレゴリの元生徒達が多い。
廊下を移動している時に出会うと睨んでくるし、耳を澄ませば無能とか亜人だとか呟いている。亜人はともかく、俺が馬鹿にされるのを我慢ならない者が二人いるので止めてほしい。呟かれる度にエミリアとレウスの襟を掴まなければならない俺の苦労を知ってほしいものだ。俺が止めなければお前ら襲われているんだぞ?
ただ、貴族連中は睨んでくるだけで俺達に突っかかってこないのが気になった。そして俺達を見る目が嫌悪だけでなく、今に見ていろとばかりに何か企んでいるような気がしてならないのだ。
表面上は平常である学校だが、一部では不穏な空気が漂っているようである。
「……というわけで、最近何か学校の様子が変ではありませんか?」
今日は原点に戻ってプリンを差し入れしつつ学校長に学校の状況を聞いてみたが、当の本人はプリンを口にして満足気に頷いていた。
「うーん……ケーキも良いですが、偶にはプリンも良いですね。味に飽きないように配慮してくれて嬉しいものです」
「恐縮です。ところで私の質問の答えですが……」
「貴方の言う通りですよ。おかしいのは貴族連中……特にグレゴリの元生徒達ですね。最近になって妙に目立つようになりました」
「やはりそうですか。すれ違う度にこちらを睨んでくるので困っているのです。三年前の事を蒸し返すにしては遅い気がします」
三年前のリースを巡った入替戦で奴等には大分恥をかかせてやったが、俺と戦ったアルストロ以外はすぐに鳴りを潜めていたのだ。グレゴリが犯罪者になって消えたのも自業自得だし、俺が睨まれる理由があるのだろうか?
「三年前のは関係ありません。おそらく今回の件はエミリア君とレウス君でしょう。彼等は人族主義で獣人を認めていない連中ですから。そしてシリウス君はそんな二人を連れて来た無色として疎まれているわけですね」
過去に色々あり、人族と獣人の溝は深い。ここエリュシオンでは寛容だが、プライドの高い貴族連中には気にする輩が多いのも現実だ。
「先日レウス君が獣人を嫌う実力者を倒してしまったのが切っ掛けでしょう。獣人が上に立つのが納得できないが、下手に手を出すと返り討ちに遭うので睨むしか出来ないのですよ。全く、人族と獣人の違いなんて些細な事でしょうに」
酷い者は過去に、獣人を全て追い出しエリュシオンを人族で統一するべきだと王様へ進言する者もいた。見た目以外ほぼ変わらず、更に獣人の能力があってこそ国が回っているのに関わらずだ。
当然そんな要求を王様が許すわけが無い。不正を調べ尽くし、完膚なきまで叩きのめして遠くの領地へ追放したそうだ。初対面時は情けない姿を見せていたが、王様は伊達ではないという事だな。今はただの親バカにしか見えないが。
その様な事があり獣人差別者は減ったが、ゼロになったわけではない。そんな少ない差別者の中にグレゴリの名もあったそうだ。
「獣人差別者の中でグレゴリは非常にわかりやすい男でしたからね。そんな男が自分で選別した生徒達です。自然と獣人嫌いが集り、貴方達を睨む連中に元グレゴリ生徒が多いのは当然かと」
「なるほど。手を出してくるとは思いませんが、二人には気をつけるよう話しておきます」
「そうしてあげてください。実は彼等の問題行動はそれだけではなく他にもあるのです。グレゴリが居なくなり、他の先生に代わった当初は仕方なく授業を受けていましたが、最近になって獣人の居る学校の授業なんか受けたくないと言って真面目に受けないのですよ」
なんというか、本当に子供の我侭だな。真面目に受けないなら学校に入るなよと言いたいが、人によって様々な事情があるのだ。大半はくだらなそうだが今はあえて突っ込むまい。
「親に報告すれば良いのでは?」
「一部はそれで良いのですが、大半は親から獣人嫌いを受け継いでいる者ばかりなので、我が子に賛同しそうなのです。自分の価値観を子に押し付ける親が多くて呆れる話ですよ」
「……面倒な話ですね」
個人的に何かされて嫌うならとにかく、自分の価値観を押し付けるなって話だ。
一度根付いた意識を変えるのは難しい。とはいえすでに凝り固まった親はとにかく、子供である生徒達はまだ若いからやり方次第で意識を変えられるんじゃないかと思う。
俺の思考を読んだとは思わないが、ロードヴェルは困った顔から一転して自信が溢れるドヤ顔をしていた。
「実はそんな生徒達の意識を変えるイベントを準備中なのですよ。それはもう、根本的に意識を変える程の荒療治ですが……ね」
内容は語ってくれないが、どうやら自信があるようである。言動と見た目が優しそうな印象を与えるが、ロードヴェルは鮮血のドラゴンを正当防衛で処分しようとする冷徹さもある。荒療治だと言うからにはかなり大事になりそうな予感がする。
「そういえばグレゴリで思い出したのですが、彼はどうして獣人と私を……いえ、無色を目の敵にしていたのでしょうか?」
「個人の話なのであまり語りたくありませんが、貴方は被害に遭ってますし知る権利はありますね。グレゴリは元からの獣人嫌いもありますが、彼の父親が無色の男と獣人に殺されたのですよ。それ以来、無色と獣人を憎んでいるのです」
「怨恨……か。わからなくもないですが、それを同じ種族だという理由で他人にぶつけるのはどうかと思います」
「その通りです。ですがそれも終わりです。実は先日グレゴリの所在が遂に判明したのです。彼はここから少し離れた町へ潜伏しているとの情報を掴んだのですよ」
地図は無いが、町の名前を聞いて場所はわかった。馬車で行くなら一日くらいかかる距離だろう。
「ついにですか。殺人鬼を連れ込む程の男ですから、放っておくと碌な事しないでしょうね」
「わかっています。これは我が学校の不始末です。私の手で終止符を打つとしましょう」
笑みを浮かべ、魔力を研ぎ澄ましている点から相当ご立腹のようだ。学校長としての責任、そして散々煮え湯を飲まされた経緯から、ロードヴェル自ら潜伏先に赴いて手を下すらしい。
「色々と準備があり、明後日に現地へ赴きます。マグナ先生も連れて私は一日か二日程エリュシオンから居なくなりますが、実はシリウス君にお願いがあるのです」
「出来る範囲でよろしければ」
「難しい事ではありません。何か日持ちする甘味を作っていただけたらと。後は……」
結局甘味かよ。
とりあえず、冷蔵庫の様な魔道具にケーキを突っ込んで渡す事にした。
学校が終わり、ガルガン商会で幾つか依頼を済ませてからダイア荘に帰った俺達は、夕食後のまったりとした時間を居間で過ごしていた。
エミリアは編み物を、そしてレウスとリースはリバーシで勝負している中、俺は魔石に魔法陣を刻んでいた。
専用の道具で魔石に溝を彫っていくのだが、これがまた細かい上に調整が難しい。出来ても何かしら欠陥があり、すでに何度も挑戦しているが失敗ばかりが続く。そして今日も……。
「……駄目だな。失敗だ」
描いた魔法陣は俺のオリジナル魔法『コール』だが、やはり失敗した。使えない事は無いが、致命的な欠陥が出来てしまった。これで何個目の魔石だろうか? 別にお金に困っているわけではないが、相当な金額を使っているので若干へこむ。
俺が肩を落としていると、弟子達が各々の作業を中断して傍にやってきた。
「気を落とさないでくださいシリウス様。気分転換に飲み物は如何ですか?」
「ああ、頼むよ。にしても新しい魔法陣を作るってのは難しいもんだな」
「そんな難しいってレベルじゃありませんよ! 出来たら歴史に名を残せるくらいですよ」
「兄貴なら大丈夫だって! この間はすげえ強力な『インパクト』だったけど、今回は何を彫っているんだ?」
「『コール』だ。今までは俺の言葉しか届けられなかったが、これを使えばお前達の声が俺に届くようになるんだよ」
「本当ですか!?」
フルーツジュースを持ってきたエミリアが即行で反応していた。音もなくコップを置き、俺の持っている魔石を食い入るように見つめている。
「シリウス様! これがあればどこにいても私の言葉が届くのですね?」
「あ、ああ……そうだ。使えない事はないが、欠陥があってだな……」
「危険で無ければ貸していただけませんか!」
普段の彼女とは思えぬ迫力に思わず魔石を渡してしまった。彼女は嬉しそうに魔石を胸に抱き、使い方を聞いて自分の部屋に戻っていった。
ちなみに使い方だが、魔力を流し込みながら魔石に語りかけるだけだ。出来れば自分の魔力ではなく自然の魔力で使えるようにしたいのだが、まだ満足のいく実物すら出来ていないのだ。改良はとにかく完成してからだろう。
欠陥品だが実験してくれるのは正直ありがたい。部屋に戻った時間を見計らい『コール』を発動させた。
「聞こえるかエミリア?」
『―――うかな? あ、はい。聞こえますよシリウス様!』
「ん?」
「あれ?」
「早速何か言ってくれ」
『はい、シリウス様! 本日は貴方のベッドで添い寝ー……』
彼女の告白の途中で交信が途絶えた。
隣を見れば頭を傾げているレウスと、少し顔を赤くしているリースの姿があった。まあ、つまりそういう事である。
「兄貴、何か姉ちゃんの声が聞こえたんだけど?」
「私もです。それにしてもエミリアったら大胆ね。でも、それくらい必要……なのかな?」
「本当は俺や狙った相手のみに届けさせたいのだが、今回の欠陥は周囲に居る人全員に聞こえてしまうんだ」
もはや声を拡張するスピーカーみたいな物である。使い方次第では役に立つのだろうが、現時点では使い物にならない。
交信が途絶えたので俺達はエミリアの部屋に向かい、リースの許可を得て部屋の中に入ると……。
「……したいでしゅ〜……」
魔力切れでベッドに倒れているエミリアの姿があった。
先ほどのように無差別に声を響かせるので、魔力の消耗が半端無いのである。範囲はダイア荘の庭先くらいだろうが、その範囲でも鍛えてきたエミリアでさえ二言でダウンする消耗量だ。
以上の結果からわかるように、とても実用化出来る物じゃない。元からわかっていたが、ただの失敗作だ。
「大丈夫かエミリア。ほら、楽にしなさい」
「あうぅ……シリウスさまぁ……」
魔石を回収し、俺は目を覚ました彼女を膝枕してやった。実験に協力してくれた褒美ってやつだ。
寝ぼけ眼でも膝枕されているのが理解出来ているのか、尻尾がパタパタと振られている。しばらくこのままにしておいてやるかね。
「エミリアいいなぁ。シリウスさん、私も協力させてください」
「次は俺もやるぞ兄貴。気絶するのは慣れてるぜ!」
「気絶する為の道具じゃねえよ」
新たな魔法陣作成の調子はイマイチだが、今日もダイア荘はマイペースな日々が続くのであった。
それから二日経ち、早朝から学校長はマグナ先生を伴って学校を出発した。表向きは新たな訓練場の開拓と称しているが、実際は犯罪者の殲滅なので人知れずにである。
とはいえ生徒は学校長と滅多に会わないから、学校自体に何か変化があるわけではない。
俺達のクラスだってマグナ先生の代わりに別の先生が教壇に立っているだけで、それ以外は日常と変わりない。
「風属性の魔法は、上級になると戦局を変化させるレベルの風がー……」
先生が各属性の上級魔法について話しているのをぼんやりと眺めていると、僅かであるが複数の足音が聞こえてきたのである。隣に目を向けると、姉弟も何かを感じ取ったのか耳と鼻を動かして落ち着かない様子を見せた。
「兄貴……何かおかしいよ」
「私もそう思います。何か知らない匂いが……凄く嫌な匂いがするんです」
「その感覚を忘れるなよ。何が起きても、すぐに動かず機を待て」
俺は聴力を強化しつつ、『サーチ』で学校を調べてみたが……人の反応が明らかに増えていた。教室だけでなく廊下を走り回っていて、一部の教室では戦闘らしき反応も感知したのである。
反応は俺達が居る教室の扉前まで迫っていた。
「動くなっ!」
この学校の教室の扉は一つしかない。その扉をぶち破り、数人の男達が俺達の教室に雪崩れ込んできたのである。状況を察知した先生が詠唱するが。
「遅いんだよ!」
一人の男に素早く懐に入られ、ナイフを喉元に突きつけられて動けなくなっていた。いくら魔法が得意でも、詠唱を封じられたら何も出来ないからな。そう考えると、侵入者は魔法士を相手にするのを慣れている事になる。
奴等の服装は冒険者の格好で、ナイフやら剣を持って武装している。まず一番の実力者である先生を封じ、呆けている間に前の席に座っていた生徒を人質にとって俺達の動きを封じていた。
この手馴れた感、そこらの冒険者崩れじゃないな。格好や我流の動きから雇われた傭兵か何かだろうか?
誰もが動けない中、新たに一人の男が現れ教壇の前へ立った。冒険者の格好ではなく高級そうな服を着た身形の良い男なので、彼だけは傭兵ではなく貴族のようである。
「お前ら動くなよ。下手に動けばこいつと先生が死体になり、次はお前らの誰かが人質になるだけだぞ」
次はお前達の番だと言われ、魔法で反抗しようとした生徒は大人しく席に座りなおした。その間に侵入者は教室に散らばり、貴族を含めて六人の男達によって教室が占拠されてしまった。
「さて、一体何が起こっているのかわからないお前達に説明してやろう。この学校は私達の筆頭であるグレゴリ殿によって占拠された」
グレゴリの名と、学校を占拠したという話にクラスメイト達はざわついた。騒ぎの収まりがつかず、貴族がイラつき始める前にマークが立ち上がり周囲に聞こえる声で呼びかけていた。
「皆落ち着け。何も知らない僕達が騒いだところでどうしようもないのだ。まずは彼等の話を静かに聞こう」
「子供ばかりかと思ったら冷静な奴もいるようだな。だが、私はこういう澄ました子供が大嫌いでね」
「賊にそう言われるとは光栄だよ」
「ちっ。とにかくこの教室のように他の教室も同じように占拠されている。無駄な抵抗は止めて座っていろ」
貴族の男は心底嫌そうに吐き捨てマークに座るように言うが、彼は座る事無く貴族に食って掛かっていた。こんな状況でも全く臆さず自分の意見をぶつけられるとは、流石は誇りある貴族だと思う。
「ふざけるな! 学校を占拠なんて、こんな事が許されると思っているのか! 国家への反逆だぞ!」
「反逆ではなく革命だ! 学校の占拠が終われば次は城を占拠する予定である。そう、ここでやっている事は我々の崇高なる目的の為の足掛かりに過ぎないのだ」
駄目だこりゃ。
あの目は革命者の都合の良い言葉に踊らされ、自分は正しいと信じきっている目だ。己が神の為なら何でもやる宗教関係に多く、相手をするには面倒で性質の悪いタイプである。
自分に酔っている貴族は両手を掲げ、自慢するかのように演説を続ける。
「グレゴリ殿は愚かな獣人を排除し、エリュシオンを人族の楽園にする為に発起したのだ。お前達はそれを見届ける証人となれるのだぞ。光栄に思うがいい!」
今の演説を聞いて俺はどん引きしていた。
愚かな獣人? 人族の楽園? くだらないにも程がある。愚かなのはどう見てもそっちだし、人族とほとんど変わらない程存在する獣人を排除して楽園なんか出来る筈も無い。たとえ作ったとしても、すぐに破綻するだろう。
子供が嫌いだとか言っていたが、その本人が子供みたいだ。
「時間が来れば次の指示を出す。それまでは大人しくここに座っていろ、いいな!」
貴族は最後に教室全体を見渡し、椅子に座って袖で汗を拭っていた。人質となった先生と生徒は縛られ、床に転がされて傭兵の一人が見張っている。
下手に動けない状況の中、俺は『サーチ』で敵の位置を確認しながら思考していた。
以前、ガルガン商会のザックから聞いていた革命がこれの事だろうな。
革命というか、ただの我侭にしか思えないんだが、流石に学校を占拠しただけで城を落とせるとは思っていないだろう。
考えるとしたら、貴族の子を人質にするとか?
それにしては、生徒が大勢居る学校を狙うのはリスクが高すぎる。現状、傭兵を雇って上手く事が進んでいるようだが、子供とはいえ生徒は魔法を使う事が出来るのだ。どこかでミスれば数の暴力で逆に返り討ちにされる可能性もある。
なのに作戦に踏み切ったのは……学校長が不在だからか? そう考えると、グレゴリが隣町に潜んでいるという情報は嘘っぽいな。
強者である学校長がいなくなったタイミングを狙うといい、予想以上に計画的な犯行のようだ。今まで見た貴族のアホと違い、この革命には知恵の回るグレゴリが控えている。油断は禁物だな。
何にしろ情報が足りない。
目の前の貴族は末端ぽくて大した情報は持ってなさそうだし……そろそろ動くか?
「エミリア、レウス」
口元を隠し自分にしか聞こえない声量だが、二人は反応しこちらを向いた。
机の下でハンドシグナルを出して各々が狙う相手を指示すると、了解とばかりに姉弟の尻尾が俺の体に触れてくる。
さて……無駄な抵抗は止めておけって言われたが、無駄じゃなければいいわけだよな?
俺はゆっくりと立ち上がった。