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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

七章 学校 王家編

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私の王子様

色々暴走しました。
 ――― リース ―――


『母様、竜の王子様の話を聞かせて』
『この話が好きねリースは。むかしむかし、ある所にとても美しい姫と、伝説の剣に選ばれた王子がいました』

 子供の頃……母様から聞いたとある物語が私は大好きでした。

 タイトルは『竜の王子様』で、子供に読み聞かせる有り触れた物語です。

 とある王国の姫様が悪い竜の呪いを受け、その呪いを解く為に伝説の剣を手にした王子が竜を倒しに旅へ出ます。
 王子は辛く厳しい旅を続け、ついに竜を退治する事が出来ました。
 だけど竜を退治して姫の呪いが解けると、悪い隣国の王子が姫様と無理矢理結婚しようとするのです。
 姫様が悲しむ中でも結婚式が行われますが、途中で竜の背に乗った王子が結婚式に飛び込んでくるのです。
 竜は王子に倒された事により改心し、王子の仲間になっていたのです。
 会場の人達が竜に怯える中、王子は悪い王子から姫様を救い出し、竜の背に乗ってその場を後にしました。
 そして二人は遠く離れた地で末永く幸せに暮らしました……という内容です。

 そんな子供向けの内容ですが、今でも私は大好きです。
 物語を聞く度に、私にもいつか伝説の剣を手に、竜の背に乗った王子様が現れるんだと……ずっと夢見ていたからです。
 それは物語の中だけだと理解出来る年になっても私は……。



 私が生まれた時にはすでに父様はいませんでした。母様は遠くに行かれたと言いましたが、私はもう亡くなっているんだと勝手に思い諦めていました。
 ですが、私は母様がいれば十分でした。
 元冒険者で、女手一つで私を育てあげた母様。そんな母様から惜しみない愛情を注いでもらい、父様がいなくても寂しくありませんでした。

 そして私が八歳の時に母様は亡くなりました。
 悲しみに暮れる毎日を過ごし、それがようやく治まり始めた頃……一人の男性が私の元に訪れました。
 そして渡されたのは一通の手紙。
 差出人はカーディアスと名乗る王様で私の父様である事。母様が亡くなる前に送った手紙によって私の身柄を引き取りたいという内容でした。お金も少なく、母様が手紙を送ったという事は私を引き取らせるつもりだったと思い、私は父様の元へ向かう事を決めました。

 その男性の案内で私はエリュシオンへ到着し、城へ案内されて父様と初めて顔を合わせました。
 ですが初めて会った父様の目は冷たいものでした。淡々と私の状況を語り続け、私は庶子で王位継承権は無いに等しい事や、この城で過ごすなら目立つ行為はするなと、そこらの石を見ているように全く興味がない目で私を見続けていました。
 故郷の友達は、父様とは何でも知っていて頼りがいのある人だと聞いていましたが……その瞬間から頼り甲斐のある父様という幻想は砕け散りました。

 周りは知らない人だらけで、私を煩わしそうに見る目ばかり。
 もう嫌だった。たとえ貧しくても、私は故郷に帰りたくて仕方がなかった。貴族どころか王族になるなんて、私はこれから一体どうなるのだろう? 案内された部屋で絶望感に打ち拉がれていると、ノックと同時に一人の女性が入ってきたのです。

「貴方がフェアリースね。私の名前はリーフェル、貴方のお姉さんよ」

 それが私と姉様との出会いでした。
 人懐こそうな笑みを浮かべて私に話しかけてくださり、気づけば姉様に自分の不安や心情を全て話していました。ここに来て初めて頼れる人に出会い、抱きしめられて感じた温もりに私は大声で泣いていたなぁ。
 数時間もしない内に私達は仲良くなり、姉様は扉の外に待機させていた二人を呼びました。

「初めましてフェアリース様。私はリーフェル様の従者であるセニアと申します。遠慮なくセニアとお呼びください」
「姫様専属近衛であるメルトと言います」

 とても優しい兎獣人であるセニアに、ちょっと近寄りがたいけど姉様を守り続ける人族のメルトさん。そんな二人と姉様に守られながら、私は城で暮らすのに慣れていきました。
 だけどやっぱり私は元平民で、王族のテーブルマナーや礼儀等で苦労し続け、姉様とセニアに迷惑を掛け続けました。姉様とセニアが献身的に支えてくれますが、私の心は徐々に磨り減っていきます。そんな私を見かねた姉様はある決意をしました。
 幸い私は魔法、特に水魔法の適性が高く、国にある学校に入学させてはどうかと提案したのです。そこは城程では無いが貴族が沢山いて礼儀も学べるし、平民も含まれているから友達が出来る……と、姉様は父様に直談判して身分を隠すのを条件に許可を得たのです。
 この時初めて精霊が見えると姉様に話しましたが、姉様は聞かなかった事にするから今まで通りそれは隠し続けなさいと……優しく諭してくれました。

「精霊なんか関係ないわ。どうあろうと貴方は私の妹よ。話してくれて、ありがとうね」

 その言葉に感動して抱きついたのも良い思い出です。

「学校で色んな事を学んでらっしゃい。友達が出来たら立場上無理かもしれないけど、いつか紹介してね」

 姉様が背中を押してくれたので私は学校へ入学する事を決めました。


 入学が決まり、私のルームメイトはどんな人だろうと思いながら学校寮の自分の部屋に入りますが、部屋には誰もいません。それからしばらく経ち、晩御飯が終わっても一向に現れないルームメイトに一体どうしたんだろうと思っていると、扉が開いて綺麗な銀髪を持つ狼の獣人が入ってきました。

「貴方が私のルームメイトかな?」
「あ……そうだよ。私はフェ……リースというの。貴方は?」
「私の名前はエミリアよ。見ての通り、狼の獣人ね」

 慌てて本名を言いそうになったけど、私はあらかじめ決めておいた自分の設定を話した。とある貴族の娘で親に一切頼らない修行の為に入学させられたと、頼みもしないのにエミリアに語っていたのです。
 だって初めてエミリアを見た時、私はその美しい銀髪に心を奪われていた。だから彼女はとある有名な貴族の娘で、名前だけの王族なんかの私より立派な人物だと思っていたのだから。

「リースちゃんが学校にいるのは修行の為なのね。私はご主人様であるシリウス様についてきたの。だって私はシリウス様の従者だから」

 従者? ご主人様!? こんな綺麗な女の子が従者なの!?
 それから如何に自分のご主人様、シリウスという人が素晴らしいか語り始めました。目が輝いていてご主人様を心から信頼しているのがよくわかる。種族が獣人といい、姉様に仕えるセニアみたい。
 セニアに似ているせいか私も話しやすく、私達は夜遅くまで語り合うほどに仲良くなった。初日でこんな友達が出来て私の学校生活は順調……だと思っていたけど、入学式当日に私は城に呼び出された。

 呼ばれた理由はバルドフェルド家全員に私を紹介する為だった。
 色々忙しく家族全員が中々集まれなくて、ようやく全員集合したわけだけど……三人居る兄様達の目は哀れみだった。
 庶子の子で私の扱いに困っているせいかもしれないけど……哀れみは止めてほしい。敵意よりはましだけど、姉様がいなければ逃げ出してたかもしれない。
 兄様達は優しかったけど、やはり父様の目は冷たいままだった。
 母様……父様は立派な人で素晴らしい人かもしれないけど、私を見る目が嫌です。私は生まれてこない方が良かったのですか?
 モヤモヤとした気持ちが残ったまま学校寮へ帰ると、エミリアが出迎えてくれて癒された。そうだ、私の居場所は城じゃなくてここなんだ。友達も出来たし、これから学校で頑張って行こう。

 ……そう思っていたけど、簡単にはいかなかった。

 私が入ったクラス、アイオーン組は全属性が使えないと駄目なクラスだった。水が得意だけど、火だけは全然駄目な私はクラスメイトに馬鹿にされ続けた。私の事はいいけど、母様の事まで馬鹿にされるのは耐えられなかった。
 日に日に酷くなっていくクラスメイトの暴言に、どんなに頑張っても使えない火の魔法。入学して早くも壁にぶつかり、私は泣きそうだった。
 そんな私を見かねたエミリアが親身になって相談に乗ってくれた。私の現状を説明しどうすればいいかと悩んでいると、エミリアは大きく頷きながら私に提案した。

「ならシリウス様に相談してみない? あの御方ならきっとリースの力になってくれるわ」

 数日後……私は運命の人と出会ったのです。

 心折れそうな授業を終え、エミリアの案内で図書室に向かった私はシリウス君と出会いました。
 エミリアの話によると凄い人らしいですが、見た目は普通の男の子でした。
 だけど落ち着いた雰囲気から子供に見えず、一体何を真剣に読んでいるのかと思い本のタイトルを見れば『料理大全』。そこまで集中して読むものかと驚きました。
 同時にエミリアの弟であるレウス君も紹介されたけど、凄くやんちゃそうでエミリアに逆らえない姿を見ていると面白いです。故郷にもこんな子がいたので、レウス君とは早く馴染めそう。
 そうして互いの紹介を終え、私はダイア荘と名づけられた寮に招待されました。

 そこで出されたシリウス君が作ったというケーキを食べた時、私は一瞬自分を忘れました。こんな……こんな美味しい物があったなんて知りませんでした。何だかこれだけで満足した気になりましたが、私の本題はこれじゃない。
 そして問題である魔法を見てもらったのですが、シリウス君は私が精霊が見えるのをあっさりと見破りました。
 貴方の人生が終わる、または恐ろしい人に攫われるから精霊が見えるのは誰にも知られてはいけない……と、母様から言われずっと守ってきた秘密なのに、姉様しか知らないのに……知られてしまった。だけどシリウス君は怯える私を宥めるどころか、精霊の扱い方を助言してくれました。私以外の精霊使いにあった事があるからと聞いた時、仲間がいるんだと喜んだものです。
 更にクラスの問題も解決すると言い出したのです。王族でも無いのにそんな簡単に出来る事ではないですし、どうして会ったばかりの私にここまでしてくれるのだろう?

「精霊だとか貴族とかは関係ない。リースは俺達の知り合いで、エミリアの友達だから助けたい。それだけの話だ」

 姉様と同じ言葉。
 この人は城で見たお金や名誉に拘る人じゃない。エミリアとレウス君が心から信頼するほど優しい人なんだ。この人なら信頼しても良いと、私は心から思ったのです。
 不思議な事に普通は従者である二人がシリウス君を世話するべき筈なのに、彼は自分で料理を作って二人に食べさせているのです。私も食べさせてもらえましたが、故郷でも城でも見た事のない料理でした。ケーキの衝撃程ではありませんが、ナベと言う料理はとても美味しくて、何度お代わりしたかわからないくらい食べてしまいました。こんな料理を毎日食べられるなんて、二人がちょっと羨ましいな。

 それから交渉の末、私を巡って入替戦トレードが行われる事になりました。シリウス君とレウス君は不利な条件だというのに戦い、人数差もあるのに完勝していました。一緒に戦ったレウス君もシリウス君が鍛えたと聞いたし、エミリアが言っていたようにシリウス君は本当に凄い人だと思った。
 平民だろうと貴族相手に一歩も引かず、どんな状況でも正面から打ち砕くその強さに私は憧れた。私も……そうなりたい。
 体も心も強くなれば姉様のお手を煩わす事も無いし、皆が私を助けてくれたように私も誰かを助けられるよね?
 その日の夕方、二人と一緒に打ち上げの為の買出しに出かけた時に私は相談していた。

「ねえエミリア、レウス君。二人はどうしてシリウス君の弟子になったの?」
「そうね、私が強くなりたかった理由はレウスを守る為だったわ。だけど今はシリウス様と共にいる為になっているかも」
「俺も姉ちゃんを守りたかっただけなんだよ。今は兄貴の隣に立てるくらい強くなりたいと思ってる」
「そっか……やっぱり私なんかと違うよね」
「リース姉、兄貴の弟子になりたいのか?」
「うん。だけど無理だよね? 私はただ強くなりたいだけで、二人みたいにはっきりとした理由なんてないから」
「そんな事は無いわ」
「でも私の理由なんて漠然としていて、ただの自己満足だし……」
「理由なんて人それぞれじゃない。シリウス様は強い思いがあれば応えてくれる御方よ」
「強い思い……」

 私は強くなりたい。だけど本当にそれだけなのかな?
 短い付き合いだけど二人はいつも笑っていて、シリウス君が穏やかに見守っている光景が好きだった。それを思い出すと……本当の理由がわかった。
 私は仲間になりたいんだ。
 二人と一緒にシリウス君に鍛えてもらい、皆で笑い合いたい。それはきっと素敵な光景なんだと思う。
 それが理解できた私は弟子になる事を決意した。
 打ち上げの席で思い切って話しかけ、私はシリウス君……いえ、シリウスさんの弟子になった。


 シリウスさんの弟子になってから充実した日々が待っていた。その分大変だけど、私は全く後悔していない。
 とにかく走って、走り続け、ひたすらに走り続けた。何度も挫けそうになったけど、エミリアやレウス君が励ましてくれたし、弱音を吐いてもシリウスさんが根気強く私の背中を押し続けてくれた。
 転んで動けなくなっても起こしてはくれないけど、シリウスさんは立ち上がるのを手を差し伸べながらじっと見守ってくれる。
 私がシリウスさんを父様みたいだなと思い始めたのはこの頃だと思う。だって怪我をすればすぐに治してくれるし、美味しくて栄養バランスを考えた食事を用意してくれるし、豊富な知識で様々な事を教えてくれた。
 私の中にある父様の理想像が正にシリウスさんだった。そんな頼りがいのある背中をどこまでも追い続け、私は訓練に順応できるようになった。初めて訓練をやり遂げたとき、シリウスさんが頭を撫でて褒めてくれたのが本当に嬉しかった。

 私の充実した毎日はこれからもずっと……ずっと……。


 ……そこで私は目を覚ましました。

 椅子に座ってただけなのに少し眠ってしまったようです。ほんの少し寝ただけなのに、それだけ未練があるのかな?
 でもここが現実だ。私の前にある姿見には、長い髪を結わえた私が純白のウエディングドレスを着た姿で映っていた。

「お目覚めですか? 疲れているようだけど、そろそろ儀式の本番ですよ」
「問題ありません。少し緊張して眠れなかっただけですから」

 寝起きの私に話しかけてきたのはクーラ様で、今回の婚前儀式の主役であり、私の未来の結婚相手だった。
 私は今日……そのクーラ様と儀式をするんだ。

 話は昨日に遡る。
 姉様に呼ばれ、私とシリウスさんは姉様の家にお邪魔したのですが、二人で話したいことがあると言われ部屋を追い出されてしまいました。
 セニアとメルトと談笑しながら待っていると、メイドの一人が慌ててやってきて私を見たのです。

「フェアリース様! お城からの使いが貴方に……」
「そこからは私が引き継ごう」

 そしてやってきたのは、私を故郷から連れ出した男性でした。あの時と全く変わらず、まずは私に手紙を差し出してきたのです。

「その印は……王から!?」
「今頃何だろう? セニア、一緒に読んでくれるかな?」
「私でよければ喜んで」

 封を開き中を確認すると、すぐに城に帰ってくるようにと、そして私が婚前儀式の相手に選ばれた旨が書かれていました。
 現実に頭が追いつかず呆然としていると、セニアは激昂し使いの男性に詰め寄ってました。

「これはどういう事です! リース様だけでなくリーフェル様の許可無くこのような振る舞い、許されると思うのですか!」
「フェアリース様の親は王です。その王からの命令ですから」
「何が親です! 実の娘に碌に声も掛けず親を名乗らないでほしいものですね」
「私はただの使いだ。今の言葉は聞かなかった事にしておくから、それ以上の暴言は慎め」
「ならば直接問い詰めましょう。メルト、後は頼んだわ」

 いけない、セニアなら本当に父様に詰め寄りかねない。姉様と一度話させて落ち着かせないと。

「セニア落ち着いて。姉様にこの事を報告してきてほしいの」
「ですが、これは貴方の……」
「私は大丈夫だから。父様の命令だから逆らうわけにもいかないし、ちょっと城に行って来るね」
「……畏まりました。ですが決して早まらないでくださいね」

 歯をかみ締めながらセニアは姉様の元へ向かいました。私は使いの男性に連れられて外に止めてある馬車に向かいましたが、途中でメルトさんが声を掛けてきたのです。

「フェアリース様。私は姫様の近衛ですからあまり口を挟めませんが、一言だけ言わせてください。城に行く前に一度、姫様とお話をされた方がよろしいかと」

 普段は姉様の護衛で私に関してはあまり言わないけど、そう言ってくれたのは私を心配してなのかな? そう思うと何だか嬉しかった。

「ごめんなさい。姉様に迷惑をかけたくないし、私は行きますね」
「……わかりました」

 セニアと似た表情をしたメルトさんを背に、私は馬車に乗って城へと向かいました。

 そして城で父様から様々な説明を受けました。
 婚前儀式の内容、相手となる貴族の話、そして儀式後は学校を退学しろと言われてしまいました。
 それは嫌だった。学校に行けなくなったら、シリウスさんやエミリアに会えなくなっちゃう。だから私は拒絶したけど。

「ならば代わりにリーフェルを出すしかあるまい。幸い病気も治ったようだしな」

 数日前に姉様が言っていた。病気になって良かった事と言えば私の友達に会えた事と、前々から決められていた婚前儀式が無くなった事だ。せっかく病気になったせいで無くなったのに……私が出なければ姉様が犠牲になる?
 それも……嫌だ。だって姉様にはメルトさんがいるもの。姉様とメルトさんは幼馴染で、メルトさんは姉様を守りたい一心で近衛まで登り詰めた人で、そんなメルトさんを姉様は心から慕っている。表面上はあれだけど、メルトさんを見る目は姫じゃなくて一人の女性だった。そんなお似合いの二人を私の我侭で壊すなんて出来ない。
 選択肢は一つしかなかった。

「いいえ、姉様が出るくらいなら私が出ます!」

 私の決意を父様は「そうか」と呟き去っていきました。ほんの少しだけ、複雑な表情が見えたのは気のせい……かな?
 儀式が終るまで城を出るなと言われたので、今日は城に泊まることになりました。
 城の者から姉様が儀式を止めに来たと聞きましたが、父様の命令で城から少し離れた療養所に送られてしまったそうです。その事実を聞き、私は涙が零れました。

 姉様……ありがとうございます。私はその気持ちだけで十分ですから、姉様は好きな人と幸せになってください。

 城に私の部屋はないので客間に案内されましたが、そんな部屋でも広くて高級そうな調度品が並んだ贅沢な部屋です。
 贅沢な部屋だけど、私には何も魅力を感じない。狭くて、自分の生活用品が近くにあって、隣に目を向ければエミリアが居るあの寮の部屋の方がずっと良い。
 私は何もする気が起きず、大きなベッドに転がって丸くなっていました。この状態、初めて城に来た時と一緒だなぁ。あの時は姉様が来てくれたけど、今は誰もいないし誰も来ない。
 だけど私はあの頃と違う。二年経って成長したんだから……我慢出来る。
 そうだよ、私が我慢すれば全て丸く収まるんだ。学校は行けなくなるけど、相手の貴族と一緒に暮らすだけでエミリアとだって二度と会えなくなるわけじゃないんだ。
 無理矢理言い聞かせても眠れるわけがなく、私はぼんやりと月を眺め続けるのでした。

 そして今に至ります。
 姿身に映るウエディングドレスの私。女の子憧れの衣装だけど、私は全く嬉しくなかった。

「ではフェアリース様、会場に参りましょうか」
「わかりました」

 私の相手であるクーラ様は十八歳を過ぎた青年で、容姿が非常に良くとても女性にもてそうな御方です。更にエリュシオン有数の貴族の息子であり、クーラ様の父様はエリュシオンに多大な貢献をしているそうです。
 その貢献が買われ、王族に取り入れようと父様は結婚……私はまだ年齢的に早いので婚前儀式を決めたそうです。
 クーラ様とはほんの少しだけ会話しましたが、誠実で優しく結婚相手として悪くない人です。だけど目の奥に僅かに見える空虚感が嫌悪感を抱かせる。もちろん気のせいかもしれないけど、本当の強さを知っているシリウスさんやレウスの目を知ってる私にはわかる。何だか良い子であるのを強要された人形のように見えて仕方ないのだ。
 だけど今更断る事は出来ない。クーラ様に手を引かれ、手の感触に嫌悪感を抱きながらも私は城の四階にある会場へ連れて行かれました。

「今回の主役である、クーラ様とフェアリース様の入場です」

 煌びやかに飾られた会場に入った瞬間、沸き起こる拍手と無数に突き刺さる人々の視線に私は震えていた。
 知らない人ばかりの中で父様が目立つ位置に座っているけど、その視線は前と変わらない冷たい視線だった。
 五十人以上は詰めている会場に、私とクーラ様が壇上に設置された椅子に案内されて着席すると、すぐに身形の良いおじさんが前に出て会場全員に聞こえる声で演説を始めました。

「今宵は我が一族と王族が結ばれる儀式を行う為に、多くの人が集まり……」

 それから様々な人が前に出て演説を行いますが、私は一切内容が頭に入らず、ただ呆然と会場全体を眺めるだけでした。世界が色を失ったようで、まるで私だけ灰色の世界にいる気分だった。
 身形で恰幅の良い人達に、テーブルに並べられた色取り取りの料理。そしてそれを給仕するメイド達が会場内を忙しそうに動き回っています。
 そんな中で一人背の小さいメイドが目に留まりました。周りのメイドと比べて小さいのもありますが、黒い髪の子の動きがどこかで見た事がある気が……。

「……エミリア?」

 黒髪だけど、大きめのカチューシャで耳を上手く隠しているけど、あのメイドは私がいつも見ていたエミリアだった。私の視線に気づいたのか、彼女はこちらを見るなり小さく手を振って笑っていたので間違いないと思う。

「来て……くれたんだ」

 変装してまで来てくれるなんて、本当に嬉しかった。灰色に見えた世界が急に輝いて見えてきた。だって、エミリアがいるという事はきっとシリウスさんやレウスも近くにいるんだから。私は嬉しくなって会場を見回して二人を探した。
 レウスは程なく見つかりました。年齢にしては背が高い子だから、大人に混じっても多少背が低い童顔の大人に見えると思う。燕尾服に銀髪を黒く染めていて、ワイングラスを乗せた盆を片手に歩き回っていた。
 いつも自由に振舞っている彼が、あんなに執事らしい動きをすると不思議に見えて仕方がないなぁ。口元を緩ませていると、隣に座っていたクーラ様が立ち上がり、会場の人達に呼びかけていました。

「皆様、私が次期当主であるクーラです。私は隣に座るフェアリース様と結ばれ、そしてこのエリュシオンをー……」

 大きな声で演説するクーラ様を見上げる内に、私は現実を思い出してしまいました。
 シリウスさんはまだ見つけて無いけど、きっとあの三人は私を助けに来たに違いありません。だけど私がここで助けられても姉様が代わりになるだけなんです。そうならない為に私はここに居るのに、目の前に現れた救いの手に決意が鈍りそうになります。
 それに私を助けだしてしまったら、きっとシリウスさん達は父様や貴族に追われてしまいます。シリウスさんは私の為なら王族に追われたって構わないと言っていた。そんな風に言われて本当に嬉しかったけど、私のせいでそうなるなんて嫌だ。
 だからお願い、これ以上決意を鈍らせないで。これが……最善なんだから。

「会場の皆様、こちらをご覧ください」

 クーラ様の演説が終わると、司会の人が布に覆われた大きな物に注目を集めさせました。何事かと思った瞬間には布が取り払われ、そこには私の身長はある巨大なショートケーキが現れたのです。

「こちらはかのガルガン商会からのお祝い品です。味もさる事ながら、この見事な装飾は今日に相応しい物でしょう」

 凄い、いつも見ているケーキの何倍も大きく、全体を覆うクリームが綺麗にケーキを彩っています。こんな物を作れる人なんてシリウスさんしか居ません。私の為に作ってくれたのかな?
 こんな巨大なケーキ、二日前の私なら飛び跳ねて喜んでいたでしょうが、今はただ空しいだけでした。

 それに私は、こんなに大きくなくてもいいの。
 小さいケーキを四人で切り分けて、誰のが大きいか言い合って喧嘩して、それを見かねたシリウスさんが自分の分を私達に分けてくれる。それがダイア荘で起こる日常の光景。
 我慢したのに……表情に出してはいけないのに、私の目から知らず涙が零れていました。慌てて俯き誤魔化すけど、一度溢れ出した涙は止まらない。

 だって……だって……。

 この儀式が終わったら、あの楽しかった日常はもう……来ないのだから。

「…………嫌ぁ……」


『わかった』


 突如頭に響いた声に私の心音は大きく跳ね上がり、涙を拭うのを忘れて顔を上げると会場は一変していました。

「何だ!?」
「おい、どうなっているんだ!」
「衛兵を呼べ! 非常事態だ!」

 会場がいつの間にか濃霧に覆われて視界が閉ざされたのです。これは『水霧アクアミスト』のようですが、私は魔法を使った覚えはありません。人々の戸惑いの声が響く中で私は水の精霊に頼んで視界を確保してもらうと、会場の四隅に設置された魔法陣が見えました。あれがきっとこの霧を発動させているのでしょう。

「フェアリース様! 私から離れないでください!」

 魔法陣に目を向けていると、背後からクーラ様に引き寄せられていました。近くに居たから私を見つけられたのでしょうが、引き寄せられても嫌悪感しか沸きません。私は思わず彼を突き放していました。

「どうしたのです? 私です、貴方の婚約者になるクーラです」
「ごめんなさい! だけど私……」
「よく考えてください。私と結ばれればエリュシオンは安泰なのです。これは私と貴方の父上の総意なのですよ?」
「止めて! そんな空虚な目で私を見ないで!」

 もう我慢も限界だった。会場の騒ぎに感化されたのか、自分の本音を隠す事が出来なくなっていた。今はただ、人形のような彼の目が怖い。

「何故です! 私はエリュシオンを豊かにしたいだけで……」
「見苦しいな。振られたのを自覚しろ」

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには顔全体を覆う白い仮面を付け、白い全身ローブを纏う白一色の人が立っていた。

「何者です!」
「この子を攫いにきた者だ」

 誰かなんて声を聞いた時点でわかる。私をいつも見守ってくれる、優しい人の声を聞き間違えるなんてありえない。

「攫う? これは王の命令によって行われている儀式です! それを滅茶苦茶にしてただで済むと思っているのですか!」
「減点だ。男なら王よりまず花嫁を心配しろ」
「なっ!?」
「それと個人的に調べてみたが、お前は見事なくらい親の傀儡だな。他に愛している者がいるくせに、お前はこんな所で何をやっている?」
「う、うるさい! 私がどんな思いであの子を諦めたか知らないくせに、上から語るな!」
「ほら、ちゃんと自分の意見が言えるじゃないか。それを親に堂々と言って来い。お前は一人の人間であり、親の人形じゃないんだからな」
「私は人形ー……がふっ!」

 驚いた一瞬の隙を突き、一息で詰め寄った彼はクーラ様の腹に一撃を食らわせて気絶させていました。私がそれらを呆然と眺めていると、白一色で染めている彼は私の前へ来て手を差し伸べてくれた。

「フェアリース姫、君を攫いに来た」
「シリー……むぐっ」
「その名前は後でな」

 名前を呼ぼうとしたら手で口を塞がれてしまいました。何でだろう、こんな事をされているの凄くに嬉しい。嬉しいけど……駄目なの。

「……攫いに来たのは凄く嬉しいです。ですが、私はここに残って儀式を続けなければいけないんです」
「もう君が儀式を続ける必要はない。俺達とここから逃げよう」
「私が儀式をしなければ姉様が代わりになるだけなんです。だから私が我慢すれば全部……」
「困ったな。君を攫うのは俺の意思もあるけど、君の姉さんからの依頼でもあるんだ」

 姉様からの依頼? ですが姉様は療養所に送られてしまってるのに、どうやって依頼したのでしょう?

「昨日の夜遅く、とある兎の獣人さんが俺の所にやってきて依頼したのさ。リースを婚前儀式から攫ってほしいってね」
「姉様……セニア……」
「それと君の姉さんから伝言がある。もっとわがままを言いなさい……だそうだ」

 その言葉は、遠慮して自分の意見を言わない私に姉様が何度も掛けてくれた言葉です。
 こんな時にそんな言葉をもらったら私……。

「わがまま……言っていいのでしょうか?」
「ああいいよ。それに君の姉さんはとても賢いから、結婚くらい何とでもするさ。自分が我慢だとか言わず、もっと姉さんや俺達を頼りなさい」
「そう……ですね」
「早く帰ってきなさい。あのウエディングケーキサイズは無理だけど、今度大きいケーキを焼いてやるから、お姉さんと一緒に食べよう」
「……はい!」

 私のわがままは皆の居る所に帰る事。御飯やケーキを皆と一緒に食べる事。そしてシリウスさん達とずっと……。
 私は手を差し出し、彼……シリウスさんの手を握った。

「私を……攫ってください」

 仮面を付けているけど、きっと笑っているシリウスさんは私の手を引っ張って歩き出しました。


「ええい、何も見えん! 誰か風の魔法でこれを吹き飛ばすんだ!」
「やってます! ですが何度吹き飛ばしても霧が湧いてくるのです!」

 会場に居た人達が『水霧アクアミスト』を何とかしようとしていますが、仕込まれた魔法陣を何とかしないと霧を生み出し続けます。この魔法陣もシリウスさんが用意したに違いありません。
 ただでさえ見えにくい状況なのに、魔法陣は四つも設置してあるので逃げる時間は稼げそうです。父様は……最初の位置から動いていませんね。周囲の近衛と一緒に、近くに居る人達に落ち着くよう指示を飛ばしています。
 エミリアとレウスの姿が見えませんが、シリウスさんが何も言わないのなら大丈夫なのでしょう。

「さてと、後は逃げるだけだが……」
「全員会場から出すな! 賊が入り込んでいるぞ!」
「何だお前ら! 私を誰だと、うっ!?」
「王の命令だ、たとえ何者だろうと外に出すんじゃないぞ!」

 会場の扉前にはすでに城の兵士が立ちふさがっていて、霧から逃げようとした貴族を一人も逃さず捕らえられています。私達はどうやってここから脱出するんでしょうか?

「城の兵士だけあって対応が早いな。仕方ない、プランBを発動だ二人とも」

 シリウスさんが何事か呟くと、突然会場の窓が壊れて大きな音が響き渡りました。それは他の窓にも起こり、次々と破壊されていく窓に会場の混乱は更に加速していきます。
 霧の影響を受けない私が見たのは、窓に向けて魔法を放つエミリアとレウスの姿でした。的確に窓を破壊しているので、二人は『水霧アクアミスト』の影響を受けないようにシリウスさんが魔法陣の設定をしているのでしょう。
 その混乱に乗じて私達は歩き、壊れた窓からバルコニーへと抜け出ました。今日は満月ですから夜でも明るく、少し遠くの物まで見える明るさです。

「準備するからちょっと待っててくれ」

 そう言ってシリウスさんはバルコニーの手すり前に立ち、手を外に向けていました。ここは城の四階で、下を覗いてみれば遠くに石畳の地面が見えます。落ちれば確実に命は無いのに、何故ここに来たのでしょうか?
 私が疑問に思っていると、霧の中からエミリアとレウスが抜け出てきました。黒髪で少しだけ違和感がありますが、二人にまた会えて嬉しい。

「エミー……怪我は無い?」
「ええ、無事よ」
「このくらい軽い軽い」

 思わず名前を呼びそうになりましたが、二人は変装しているので呼んだら台無しです。お互いに色々話したい事があるでしょうが、エミリアとレウスは私の衣装を見て微笑んでくれました。

「そのドレス、とっても似合っているわよ」
「うん、綺麗だよ」
「……ありがとう」

 クーラ様やメイド達に綺麗と言われましたが、やっぱり二人に言われた方が何倍も嬉しい。まだ何も終わっていないのに、嬉しくてまた涙が零れそうです。
 二人の手には霧の原因であった魔法陣を描いた布を持っており、会場内の霧が徐々に薄まってきていました。そう思った瞬間、霧から人影が見えました。

「バルコニーに誰か居るぞ!」

 気づかれた!?
 霧の中から数人の足音が聞こえる中、シリウスさんは懐から大きなフックのような物を取り出して空中へと引っ掛けていました。
 あれ? どうして空中に留まって……ああ、シリウスさんの『ストリング』ですね。シリウスさんの『ストリング』は凄く丈夫で、私達三人が力いっぱい引っ張っても千切れないのです。するとエミリアとレウスも同じ物を取り出し、シリウスさんの後ろに並んでいました。
 もしかしてこれは……。

「さあ行こうか」
「えっと……ここからですか?」
「当然だ。ほら、しっかり捕まっているんだよ」

 この高さから飛ぶなんて怖いと思っていましたが、シリウスさんに抱き抱えられてどうでもよくなりました。クーラ様に引き寄せられた時には嫌悪感しかなかったのに、シリウスさんだと安心する。何でだろう? シリウスさんの匂いとか雰囲気からなのかな。
 私の体にも『ストリング』が巻きつき、シリウスさんと密着度が更に増した瞬間……私達は空へと飛び出しました。

「ひっ!?」

 伸ばされた『ストリング』に沿って私達は空中を滑っていきます。顔にあたる風圧に思わず悲鳴が漏れそうになりますが、密着した体から感じる温もりが私を安定させてくれました。
 そのまま空中を滑り続けますが、当然終点はあります。どれくらいの速度が出ているかわかりませんが、私達は『ストリング』を結んでいるであろう樹にぶつかりそうでした。

「シリウスさん、樹が!」
「わかってるさ。舌を噛むなよ」

 何を思ったのかシリウスさんはフックから手を離し、まだ結構な高さから落下したのです。体中に感じる浮遊感に思わず目を閉じると、二回ほど軽い衝撃を感じたと思ったら私達は地面に降り立っていました。
 わけがわからない中、すぐにエミリアが上空から落ちてきたので私は水魔法でクッションを作ろうとしましたが、シリウスさんに止められました。すると強風が巻き起こってエミリアの落下速度が遅くなり、最後にはふわりと地面に着地しました。そうでした、エミリアは風魔法が得意だったよね。
 続いてレウスが落ちてきましたが、彼は途中の枝を掴んでくるくると回ったり、枝を蹴ったりして落下速度を殺し、最後には華麗に地面へと着地しました。相変わらず凄い身体能力です。
 名残惜しいですがシリウスさんから離れて城に目を向ければ、先ほどまで立っていたバルコニーがとても小さく見えます。完全に囲まれていたのにこんなすぐに脱出できるなんて。

「リース、悪いけど大きな『アクア』を二つ出してくれる?」
「え? うん、わかった」

 私が空中に大きな水の玉を二つ作ると、二人は頭を突っ込んで頭を洗い出したのです。すると二人の黒髪が銀髪へと戻り、いきなり脱いだ服で髪を拭いていました。一瞬驚きましたが、メイド服や燕尾服の下にいつもの私服を着ていて、シリウスさんが魔法陣で開けた地面の穴に脱いだ服を放り込んでいます。

「あの……これは一体?」
「証拠隠滅だよ。後は穴を塞いで終わりだ」

 再び魔法陣を起動させて穴を塞げば、そこは何も無かったような地面に戻りました。魔法陣の跡を枝で消し、シリウスさんは並んで立つ私達を見ました。

「まだ作戦は継続中だから油断するなよ。合流場所は把握しているな?」
「大丈夫です。東回りで向かおうかと思います」
「俺は後方確認しながら行くよ」
「よし、それじゃあ行こうか」

 私を置いて三人は話を進めていきます。困惑している私にエミリアがそっと近づいてきて、私の耳元で一言呟いて離れました。

「エミリア……今のはどういう意味?」
「そのままの意味よ。それじゃあ、後でまた会いましょ」
「またなリース姉」

 エミリアとレウスが笑いながら手を振り、森の奥へ向かって走り出すとあっという間に姿が見えなくなりました。
 残された私がシリウスさんに視線を向けると、突然背中と膝裏に腕を回されて私は抱き上げられていました。これって、本に載ってたお姫様が王子様に抱き上げられた格好で、通称お姫様抱っこと言われているポーズだ。
 物語で姫様を攫った王子さまがしていたポーズで、実は密かに憧れていた。恥ずかしいけど……凄く嬉しい。

「お姫様を攫うならこう抱くのがマナーかと思うんだが、どう思う?」
「その……悪くないです」
「それは良かった。今から飛ぶから、怖かったら目を瞑っているんだよ」

 シリウスさんは私を抱えたままジャンプします。すぐに落下する筈なのに彼は空中を蹴って更に飛び上がり、私達はあっという間に木々より高い位置まで来て空を飛び続けました。

「し、シリウスさん!? わ、私達、空を飛んで!?」
「これも俺の魔法だよ。空中に足場を作り、それを蹴って飛んでいるだけさ」

 蹴っているだけって……こんなの信じられない。さっきの空を滑った時はよくわからなかったけど、今ははっきりとわかる。私は空を飛んでいるんだ。
 いつもの私なら恐怖で目を閉じてたかもしれない。だけど今はシリウスさんに抱かれているせいかちっとも怖くなかった。

「私達はどこへ向かっているんですか?」
「この先に湖があるだろう? このまま真っ直ぐ飛んで湖を横断するんだ」

 シリウスさんの説明通り、少し経つと湖が見えてきました。そのまま湖の上を飛び続けると、私達の前に幻想的な光景が目に飛び込んできたのです。
 今日は風が弱いせいか湖の水面は鏡のように夜空を反射していて、上空と湖に月が二つあるように見えたのです。

「わあ……凄い」
「ああ、これも自然が起こす神秘だな」

 そんな幻想的な光景の中、ふとシリウスさんの仮面が目に映りました。変装の為に付けているみたいだけど、外さないのかな? 前とか見え辛いだろうし、何より私自身がシリウスさんの顔が見たかった。

「シリウスさん、仮面を外していいですか?」
「ん? ああ。ここまで来れば大丈夫だろう。ちょっと手が離せないから頼むよ」

 私が邪魔しないように仮面を外すと、いつも見ているシリウスさんの顔が現れます。そして私に視線を向け、にこりと笑いました。

「ありがとうな」

 その瞬間……私の心臓が大きく跳ねました。

 体中が熱くなり、心臓が壊れそうなほどに激しく動き出したのです。
 今まで似た事が何回かあったけど、今度のは全く違う。
 シリウスさんの顔を見ていると苦しいのに、目を逸らす事が出来ない。

 これって私がシリウスさんの事を?
 でも駄目だ。シリウスさんにはエミリアがいるし、それに私はシリウスさんを頼り甲斐のある父様みたいだと思っているだけだ。
 ウエディングドレスを着て、お姫様抱っこで運ばれて、物語で見た憧れの状況に舞い上がっているだけなんです。
 きっとこの気持ちも、尊敬する父様のような人と触れ合えて嬉しいだけ。

 そう思い込もうとした時、先ほど耳元で呟かれたエミリアの言葉を思い出しました。



『自分の気持ちは素直にね』



 ……エミリアは……それで良いの? 

 良い……んだよね?

 じゃなきゃ……そんな事言わないよね?

 私の素直な気持ち……。

 父様としてじゃなく、一人の男の子として……。

 シリウスさんの事が……好きなんだ。




 物語にあった伝説の剣も無いし、竜の背に乗っているわけじゃない。

 衣装だって白いローブに仮面で、身分も平民。

 だけどシリウスさんは……。

 私を攫い、助け出してくれたこの人は間違いなく……。




 私の王子様だった。




というわけで、乙女回路と妄想が全開の話でした。
リースはやはり普通の少女で、妄想、夢見がちが女の子であるというわけですね。
前々から書いてみたかった話でして、正直この章はこれをやりたいが為に作られたものです。
次の話でこの話の裏と真相に突入し、この章が終わる……予定です。

前話で色々やらかしてしまい、ちょっとドキドキしながらの投稿でした。

次の更新は三日……または四日で頑張ります。
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