普段のイメージとの違い
七章開始です。
エリュシオン豊穣祭。
それはここエリュシオンで数年に一度行われる、豊穣を願って行われる祭だ。
エリュシオン全体を巻き込む規模の祭で、数日に渡って都市全体が盛り上がるのである。
学校も休みとなり、学校の施設も一部開放されるらしい。俺とレウスが入替戦で戦った闘技場もちょっとした武闘大会も行われるし、生徒が希望すれば店を出してお金を稼ぐ事も出来る。貴族ではない平民の生徒達にとって稼ぎ時になるわけだ。
その豊穣祭が一ヵ月後に迫ったある日の放課後、俺は学校長室で紅茶を飲んでいた。
「シリウス君のケーキの中では、私はチーズケーキが一番ですね」
「私は普通のショートケーキが一番と思っています」
理由は学校長にケーキを差し入れる為だ。
殺人鬼事件以来、学校長は自分の部屋に俺を招き入れるようになり色んな意味で気安くなった。こうして目の前にいてもヴィル先生に変装していないのが証拠だろう。俺と学校長は用件以外にも世間話をよくするので、内容は近くに迫った豊穣祭の話となっていた。
「豊穣祭では学校は施設を開放するぐらいしかしませんから、先生が持ち回りで確認するくらいですね」
「それでも人が凄い数になりそうですから大変でしょうね」
「その通りです。生徒が店を出す為の管理やら、お偉いさんの相手やらで忙しいですね。シリウス君は豊穣祭で何かやる予定はあるのですか?」
「特に予定はありません。普通に祭を楽しむ側になって、弟子達と街を練り歩こうと思っています」
「それも良いですが、このケーキを売り出してみてはどうですか? 繁盛間違いなしですよ」
「私がケーキが売り出すと、他に求める人が増えて学校長やマグナ先生に渡す回数が……」
「シリウス君が店を出すのは許しません。私の名を出してでも許可は絶対にさせませんよ」
切り替え早いな。許可は出さないと本気な顔しているが、そこまでしてケーキを食べたいのかね?
俺がこうして学校長やマグナ先生にケーキを差し入れるのは学校長や先生と仲良くなるのもあるが、一番は貸しを作る為だ。ケーキだけでは小さな貸しにしかならないだろうが、重なればそれなりに強い貸しになる。実際その貸しを使って色んな事を頼んでおり、今日はその一つを報告してくれるようだ。
「そうそう、君の欲しがっていた物が届きましたよ」
テーブルの上に置かれたのは緑色の宝石だ。大きさは俺の小指サイズくらいだが、こんな大きさでも希少なので高価だとか。
この宝石は魔力を含んだ鉱石が長い年月をかけて結晶化した物で、一般的に『魔石』と呼ばれている代物だ。普通の鉱石と違い、魔力を多量に含んでいるので魔法陣を描くのに相性が良い石であり、前々から欲しかった物である。
「この大きさで幾らぐらいでしょうか?」
「金貨八枚になりますね。ですが他ならぬシリウス君です。分割払いで結構ー……」
「金貨八枚ですね。どうぞ」
懐から取り出した金貨を机に置くと、学校長は少し固まりつつも回収した。そんな大金を持ってないと思っていただろうが、俺はガルガン商会の御蔭でかなり稼いでいるからな。
魔石はガルガン商会で頼もうと思ったが、どうやら買おうにもギルドから許可を受けた者しか買えないらしいのだ。というわけで学校長を頼ったのだが、ガルガン商会のザックは近々許可を得てみせると言っていたので、その内買えるようになるだろう。
「相変わらず君には驚かされます。それよりその魔石をどうするつもりですか?」
「自分のオリジナル魔法を、魔法陣で描けないか実験しようと思っています」
俺がやりたいのは『コール』の相互通話だ。俺からの一方通話は使い勝手が悪すぎるし、お互いに連絡出来れば弟子達と確認が取れて安心できる。風を操作して相手に言葉を届ける風魔法があるが、あまり遠くへ飛ばせない上に途中で人に聞かれる可能性が高い。だが俺の『コール』はほぼ確実に対象へ届き、まるで携帯電話の様に使う事が出来るのが売りだ。是非とも魔法陣を開発して活用したいので、魔石が高価でも躊躇無く買ったのはその為である。
学校長は俺の言葉を聞くと呆然とし、片手で頭を押さえて唸るように言った。
「……貴方のオリジナル魔法が何か知りませんが、新しい魔法陣を作る事が出来れば偉業を成し遂げた事になります。バカな魔法技師に狙われる可能性があるので、決して外で話さないようにしてください」
「心得ています」
あくまで使うのは俺と弟子だけさ。この辺りは平和だが、場所によっては領土拡大とかで戦争している国もあるから、『コール』がばれたら速攻で盗まれて戦争に利用されるだろう。争いは人間の性だ。戦争するなとは言わないが、激化させるのは御免である。
「シリウス君は学校を卒業したら旅をしたいとは聞きましたが、冒険者になるのでしょう?」
「はい、私は世界を色々見て回りたいのです」
「とても良い考えですね。貴方程の実力があれば問題は無いでしょうが、私にとっては実に惜しい話です。君が生徒でなければ私の家の料理人として雇ったのですが……」
「ご冗談を」
「いえ、本気です」
おい、さっき以上に本気顔じゃないか。料理は趣味で嫌いじゃないが、それを糧に生きるつもりはないぞ。
「シリウス君が居なくなると考えると、このケーキを食べられるのもあと二年くらいですか。はぁ……こんなに美味しいのに」
「それについて朗報があります」
実はそろそろケーキのレシピをガルガン商会に売ろうと考えている。とはいえ本当に必要なのは材料と作り方じゃなく、オーブンの代わりとなる魔道具の作り方だ。俺がケーキを作るのに使っているのは、俺独自の魔道具なのでその製作方法もガルガン商会に売ってしまおうと思っている。
だが、たかが魔道具とはいえ無闇に広めるのはよろしくない。そこで魔法関連に詳しい学校長に、オーブンモドキの魔道具がどうか聞いてみたのである。実物は結構大きいので、紙に書いて説明した。
俺が居なくなってもケーキが食べれる事と、初めて見る魔道具に学校長は目を輝かせながら聞いていた。
「ほう……なるほど。四方に熱の魔法陣を仕込み、全体を均一に焼く魔道具ですか。いやはや、何とも斬新で面白い魔道具ですね」
「どうでしょうか? これを広めて問題はありますか?」
「これをガルガン商会に売るんですね? それならば後はガルガン商会の責任ですし、シリウス君が気に病む必要はありませんよ。一応私も見張ってみますが、一度そのガルガン商会の代表と話をしておくべきですかね」
「危険かどうかをですか?」
「ケーキが量産出来たら私に優先するようにと」
「おい」
さっきからこの人はっちゃけ過ぎだろ。それだけ仲が良くなった証拠なんだろうが、学校長に憧れている人が見たら幻滅するんじゃないか? まあ、そんな楽観的な言葉が出るって事は大丈夫なんだろう。そうだと思いたい。
ケーキの食べ過ぎによって起こる病気の怖さを教え、俺は学校長室を後にした。
学校長室を退室した俺は、弟子達を待たせている訓練場に向かった。
学校にある訓練場は広く、魔法を当てる射撃場や剣を振る為の案山子が幾つも並んでいる。そして対戦する為に作られた簡易試合場でレウスは黙々と剣を振っていた。周囲に倒され屍となった連中が転がった状態でだ。
「あ、兄貴! 終ったのか?」
「ああ、というかお前も終ったようだな」
レウスは俺を見つけると尻尾を振りながら、試合場の柵と屍を飛び越えてこちらへと走ってきた。
「当然だろ? 俺はもう絶好調さ」
「どうやらもう怪我の後遺症はないようだな」
あの殺人鬼事件から半月が経過したが、エミリアとレウスは完治して元気に訓練を続けている。自分の舎弟と、挑んできた相手を一方的に叩きのめしている時点で絶好調だろう。よく見れば、倒れている連中に貴族のハルトも混じっていた。また変な事にならなきゃいいが。
「エミリアとリースは?」
「姉ちゃんは学校の外周を走っているからそろそろ戻ってくると思う。リース姉は実家から呼び出しがあったと言って帰っちゃったよ」
「実家から……ね。エミリアなら何か聞いているかもしれないな」
ランニングから帰ってくる方角を見れば、ちょうどエミリアが走っている姿を捉えた。後ろに十人程引き連れており、どうやらクラスメイトを引率しながら走っているようだ。
「シリウス様ーっ!」
――が、彼女は俺の姿を発見するなり引率を放棄し、クラスメイトをぶっちぎってこちらに向かってきた。満面の笑みでレウス以上に尻尾を振りながら俺の前で止まり、身形を整えて一礼する。
「お疲れ様です。用件はもう終わりですか?」
「ああ、俺は終りだが……お前はまだ引率の途中じゃないか?」
「そうでした! 少々お待ちください」
再び一礼し、エミリアは置いてきたクラスメイト達の元へ走り出した。合流してからはしっかり引率を勤め上げ、ゴールしてから全員の体調を確認した後に俺の元へ帰ってくる。
「お待たせしました」
「ご苦労さん。皆を引率してたのは頼まれたからか?」
「その通りです。私達の強さの秘密を知りたいと言われたので、少し軽めに走ったのですが……」
一緒に走ったクラスメイト達は息も絶え絶えで、全員倒れたまま動かない。反面、息を全く乱さずにこにこ笑っているエミリアと比べれば、差は一目瞭然だろう。
「まあ、いずれ現実を思い知るだろう。ところで、エミリアはリースについて何か聞いているか?」
「私も詳しくは聞いてません。少し前にリースの家から使いが来まして、話を聞いた彼女は家に帰らないといけない……と言いながら学校を出てきました」
「表情はどうだった?」
「とても難しそうな表情をしていました。何かあったのは確実ですね」
事件以来、姉弟の調子は絶好調だがリースの様子だけは変だったのだ。こちらを窺っているというか、とにかく挙動不審な事が多い。
「だろうな。とにかく帰ったら一度話をしてみるか。彼女の場合、少し背中を押してやらないと話しにくい事情かもしれない」
「私が匂いで追跡してみましょうか?」
「追いかけたくなるほど心配なのはわかるが、やめておきなさい。少なくとも命にかかわる状況じゃなさそうだしな」
誤魔化すようにエミリアの頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じた。この狼耳の付け根部分が彼女にとって気持ちの良いポイントだと最近理解したので、そこを重点に撫でてやるともっとしてほしいと強請るように頭を押し付けてくる。
「兄貴! 俺も俺も!」
「ああ、はいはい」
レウスは狼耳を軽くマッサージするように揉まれるのが好きらしい。おおー……とか言いながら気持ち良さそうに悶えているが、傍から見れば怪しい構図にしか見えない。
しかしこの二人は甘えん坊が抜けないな。
「はぁ……堪能しました。それでは皆さんにシリウス様の素晴らしさを語ってきますね」
「やめんか!」
恍惚とした表情でお前はクラスメイトに何を吹き込もうとしている? 放っておいたら俺を崇める変な宗教とか出来そうで本気で怖い。目的の為なら何をしても良い空気を作りかねないので、それだけは断固阻止せねば。
エミリアを何とか止め、クラスメイト達は体力の限界という事で解散させた。
学校での訓練を終え、リースを除いた俺達は学校から街に繰り出していた。
そろそろ調味料や足りない食材が出始めたのでその買出しである。商店街のような通りを歩き、馴染みの店から初めての店まで色々と見て回っていた。目的の物を買わず色んな店を梯子する俺に、レウスはちょっと呆れ気味であった。
「兄貴って色んな店を見るのが好きだよな」
「そうだな。だが、この繰り返しによって新しい料理が出来るんだから馬鹿には出来ない行動だぞ?」
「それは大事だな!」
納得してくれたようでなによりだ。俺達はそのまま店の梯子を続け、最後にガルガン商会へと顔を出した。ここでしか手に入らない物が多数あるし、何より先程のケーキの話をしておこうと思ったからだ。
「いらっしゃいっす旦那。今日はどの様なご用件で?」
「調味料やその他欲しい物を買いに来たのと、ケーキの話かな?」
「遂に教えてくれるんすか!? 流石旦那っす! こんな所じゃなくて社長室へ行きましょう」
「ザックさん、調理場借りますね」
「お好きにどうぞっすよ。ささ、奥へどうぞっす」
ザックの案内で社長室へ入ったが、何だか俺が社長みたいな扱いである。実際、このまま社長室の椅子に座っても何も言われないんじゃないかと思えてきた。
「ザックの兄ちゃんがここで一番偉いのに、兄貴が一番偉い人みたいだな。そこの椅子に座ったらどうだ兄貴?」
「はは、あながち間違いじゃないっすね。確かにオイラが偉いっすけどまだ成り立てだし、旦那の知識が無ければここまで来れなかったっすからね。そこの椅子に座ったって全然構いませんっすよ。むしろオイラの代わりに代表やってみるのはどうっすか?」
「いや……遠慮する」
何が恐ろしいって、レウスの勘の良さと代表の椅子をあっさり渡そうとするザックが恐ろしい。
似た者同士な二人に戦慄を覚えていると、調理場を借りて飲み物を用意してきたエミリアがお盆を抱えてやってきた。
「どうぞ。シリウス様はブラックですね?」
「すまないな」
エミリアが音も無く置いたカップには黒い液体が注がれており、嗅いでると落ち着く香りが部屋に広がった。これは正にコーヒーであり、先日ついにコーヒー豆モドキを見つける事に成功したのだ。
とある部族が露店を開いており、コーヒーの実らしきものを齧っていたのを見つけ調べたら正にその通りだったわけだ。その部族はコーヒーの実を食べるだけでなく、取り出した種を焼いて齧る事により戦闘意欲を高めるらしい。焼く、つまり焙煎まではやってたようだが、そこから粉々にして飲むまでは考えつかなかったわけだ。
質が良いとは思えないが、コーヒーが飲みたかった俺は速攻で金貨を渡しコーヒーの実を買い占めた。そしてガルガン商会へ持って行き、焙煎して試飲したのである。多少癖はあるが香りも味もコーヒーそのもので、久しぶりに感じた独特の苦味が心地良かった。ちなみに、俺を真似て砂糖無しで一気飲みしたレウスが、コーヒーを霧の様に噴出してエミリアに怒られていたのは蛇足である。
「ザックさんは砂糖とミルクが少しでしたよね?」
「ありがとう、オイラの好みまで覚えてくれて光栄っすよ。うん、良い香りっすね」
「レウスは砂糖とミルク大盛りね」
「ありがと姉ちゃん」
レウスのコーヒーはすでに色が変わっており、コーヒーというよりカフェオレである。何にしろコーヒーが嫌いにならなくて良かったと思う。
「カレースパイスの量産化も始まったし、このコーヒー豆も例の部族と取引して受注準備に入りましたっすよ。近々旦那に安定して供給できそうっすね」
「いつもすまないな。さて、本題であるケーキの話だが……」
ザックにもケーキを食べさせた時、彼はもちろんこのレシピを知りたがった。だがオーブンモドキの特殊性もあるし、学校長に媚を売る為にあえて断り続けてきたのである。今回は学校長からお墨付きももらったし、遠慮なくケーキのレシピとオーブンモドキの作り方を教えた。ついでに学校長が一度コンタクトを取りたいとも伝えておく。
「うひぃ……学校長自らオイラと話がしたいって、とんでもない状況っす!」
「ただのケーキ好きなエルフだぞ?」
「そう思ってるのは旦那だけっす! 本人の地位も高い上に王族とも仲が良い御方っすからね。粗相をしたらオイラの首が飛ぶかもしれないっすよ!」
確かに強くて偉い人なんだが、マグナ先生と並んでケーキを美味しそうに食べる姿を見続けてきたので、俺からすれば威厳なんかありゃしないのだ。兆候は一切見られないがケーキの食べ過ぎで糖尿病になっては困るので、最近に至っては体調を考慮して節制させてるくらいだぞ。何故に俺がそこまで気を使っているのやら?
「今度会ったらザックの事を話しておくよ。攻撃でもしない限り礼儀正しい人だから、俺みたいに普通に応対してれば十分だよ」
「り、了解っす。礼儀はまだまだ勉強中ですが頑張りますっす。それとオイラはいつでも空いていると伝えてほしいっす」
「伝えておくよ。あとはこれの注文頼むよ」
ザックに渡したのは、まだガルガン商会でしか取り扱ってない食材や調味料の購入数を書いた紙だ。ザックは流し読み、秘書らしき女性を呼びつけて紙を渡した。
「在庫を確認して、後日ダイア荘に届けさせますんでお待ちくださいっす」
「すまないが、この肉と少ないスパイス等は持ち帰るから包んでくれないか?」
「構いませんが、今日は食べにいかないんすか? オイラ新しい店見つけたんすけど?」
ガルガン商会に来たら、ザックとどこかの店に食べに行くのがいつもの流れだ。だが今日はリースが居ないし、もしかしたらダイア荘にやってくるかもしれないので、あまりダイア荘を空けておきたくなかったのである。
「リースを仲間外れにするのも何だしな。悪いけど今日は遠慮させてもらうよ」
「了解っす。準備に多少時間がかかるので、少々お待ちくださいっす」
秘書に持ち帰る品のリストを渡し、後は待つだけになった。用件を済ませた俺と弟子達はザックと世間話をしつつ待ち、内容は近くに迫った豊穣祭が主体であった。
「豊穣祭っすか? ガルガン商会は旦那から教えてもらったクレープを出そうと思っているっす。ケーキが間に合えばいいんすけど、ちょっと無理っぽいすね」
「ケーキに関しては学校長が煩いから、妥協しないように頑張ってくれ」
「頑張るっすよ。それより知ってましたか? 王様の一人娘であるリーフェル姫が近々結婚するらしいっすよ?」
それは学校でも噂になっているので知っている。
現王様であるカーディアス・バルドフェルドには数人の息子がいるが、娘はたった一人しかいない。その一人娘であるリーフェル姫はとても美しく知力が優れた御方らしく、そろそろ良い年なのだが結婚相手が見つからず王様が焦っていたそうだ。しかし最近になってようやく候補者が見つかったらしく、豊穣祭と同レベルの盛り上がりを見せているとか。
「それは知っているが、何故その話を?」
「いえいえ、旦那のケーキを結婚の祝いとして送れば、ガルガン商会の株がとんでもなく上がると思いませんすか?」
「商魂逞しいな。ケーキも結婚もいつになるかわからないけど、頑張りなよ」
「オイラ達は絶好調すから、ガンガン行かせてもらうっすよ。まずは料理担当の奴と話し合いっすね」
その後世間話は続き、頼んだ物を受け取って俺達はガルガン商会を後にした。
「美味しそうな肉を貰えましたね。今日は何にされますか?」
「そうだなぁ……またローストビーフでも作ろうかな?」
「いいな兄貴。切り分けた奴よりそのまんま齧りつきたい」
「ちゃんとリースの分も残しておきなさいよ。今日か明日帰ってきて無かったら、泣いちゃうかもしれないわよ」
「泣くまではいかないが、凄く悔しがりそうだな。リースはああ見えて食いしん坊キャラだからな」
「……リース姉か」
今日の晩御飯の献立を考えながらダイア荘へ続く道を歩いていると、レウスが難しい顔をして俺とエミリアに顔を向けてきた。
「どうしたのレウス?」
「うん。兄貴、姉ちゃん。リース姉は学校を卒業したらどうするのかな?」
「それは……私も聞いた事がないわね」
俺達は学校を卒業したら世界を巡る旅に出ると決めている。それは帰る家が無い俺達だからこそ、遠慮なく冒険者として旅に出れるのだ。
反面、リースは実家もあるし家族も居るのだが……彼女は卒業後どうしたいのか? その点は彼女の持つ秘密を含めて空白のままだった。
「リース姉……俺達と一緒に来てくれないかな?」
「……そうね。私も一緒に旅が出来たら嬉しいと思っているわ。だけど、無理強いは出来ないわね」
「兄貴はリース姉をどう思っているんだ?」
俺がリースをどう思っている……か。
最近の彼女は俺を父親の様な目で見ている状況が多く、俺も可愛い娘が出来た気分で相手をしている。
そんな彼女はエミリアの親友となってくれた心優しい女性で、正直に言えば弟子としても女の子としても好きだ。エミリアと一緒で彼女と共に旅へ出れたらいいが、彼女にも実家の都合がある。結局は彼女がどう思っているかによるな。
「俺も一緒に旅に出れたら良いなと思っている。まあ、本人が行きたいと言ってくれても、貴族だから実家の方から反対されそうだな」
「ですね。一度リースと話し合わないといけませんね」
「まずはそれからだな。本人が行きたくても実家から止められたら……リースを連れて町を飛び出そうか? 俺達はお尋ね者になりそうだけどな」
「それもありかもしれませんね。たとえお尋ね者になろうが、私はどこまでもお供します」
「俺も!」
「流石に好き好んでお尋ね者にはなりたくないけどな」
冗談っぽく言っているが、実家や親に問題があるならばリースを本気で攫ってやろうと思っている。俺だけじゃなく姉弟にも必要な子だし、何より俺の三番目の弟子だ。困っているなら助けてやるのが当然だ。
それから晩御飯を終え、就寝時間ギリギリまでエミリアは粘っていたらしいが結局彼女は帰ってこなかった。
結論から言えば、リースが帰ってきたのはその二日後だった。
その日は学校が休みで、俺達はダイア荘で昼食後の訓練を開始しようと思っていた矢先である。俺達は何かを感じて学校へ通じる道に目を向けた。
「……兄貴。何か凄い勢いでこっちに来る匂いを感じるよ」
「わかっている。この反応からして……馬車か?」
「ガルガン商会の方でしょうか? ですが品物は昨日届いた筈ですよね?」
こんな所へ馬車で来るなんてガルガン商会くらいなものだ。だが、『サーチ』で調べるに速度が異常だった。何かに追われるように馬を走らせていて、もう数分もしない内にこちらへ到着しそうである。念の為、俺達は戦闘出来る準備をしておいた。
しばらくすると貴族が乗るような高級感溢れる馬車が見え、俺達の少し前で止まった。御者の男が馬を宥めているのを眺めていると内装の見えない馬車の扉が開かれ、そこから飛び出してきたのがリースだったのである。これはまたインパクトある登場だな。
「シリウスさん! 良かった、ここにいらしたんですね!」
彼女は非常に焦っていたが、俺の姿を見るなり安心した表情を浮かべた。しかしすぐに真剣な表情へ変え、俺達の前に立って深々と頭を下げたのである。
「お願いがあります。この馬車に乗って私と一緒に来てくれませんか?」
「リース、貴方一体どうしたの? いきなり来て突然そんな事……」
「詳しい事は移動しながら話すわ。こんな突然で困るかもしれないけどお願いします。私と来てください!」
「……何か必要な物はあるのか?」
彼女が焦る理由はわからないが、俺は行くことにした。困ったら助けるって決めていたし、正に今がその時だろう。俺の言葉に彼女は喜び、俺の手を取って握り締めてきた。
「ありがとうございます。シリウスさんが来てくれるなら必要な物は何もありません」
「リース、私達がついて行くのは駄目なの?」
「俺も駄目かリース姉?」
「……うん。二人にもついて来てほしい。私の事を……知ってもらいたいから」
全員行くと決まり、俺達は着の身着のままで馬車に乗り込んだ。リースは御者の人に声をかけると、すぐさま馬車は走り出してダイア荘を後にする。乗せる人数が増えても馬車の速度は速く、あっという間に学校を通り過ぎて町へと飛び出した。
その間、俺達は滅多に乗れないであろう高級感溢れる馬車の内装を堪能していた。そこまで大きくない馬車だが四人は楽に座れる広さで、俺の隣にレウス、向かい側にエミリアとリースが座っている形となっていた。
「凄いな兄貴。椅子がふかふかだよ。寝たら気持ち良さそうだな」
「はしたないわよレウス。騒がしくてごめんね、リース」
「ううん、いいわよ。私だって最初は寝てみたいと思ったくらいだしね」
俺達が居るのに少し安心したのかリースの表情は大分柔らかくなり、レウスとエミリアに笑顔を見せていた。だがよく見れば表情に疲れを感じさせ、何かあったのが明白だった。だが、状況を説明してもらわなければ何も出来ない。俺は彼女に説明を求めた。
「それで……一体何があったんだ?」
「はい、説明させてもらいます。ですが、これから話す事を知れば、皆を変な事に巻き込んでしまうかもしれません。それでも私は……シリウスさんに頼るしかないんです」
「遠慮せず言ってみるといい。俺は君の師匠で仲間なんだ。力になろう」
「何が出来るかわからないけど、私も力になるわリース」
「俺に出来る事は何か無いかリース姉?」
「ありがとう……ございます」
少し涙ぐみながらも彼女は居住まいを正し、俺を正面から見据えながら口を開いた。
「私はとある貴族の庶子と思われていますが、それは違います。私の本当の名前はフェアリース。家名は……バルドフェルド。私の父様はこのエリュシオンの王様なんです!」
リースは自分を王族の娘だと打ち明けた。恐らく関係者しか、それこそロードヴェルのような学校長クラスじゃないと知りえない情報なのだろう。それを打ち明けたリースは目を閉じて何かに耐えるように祈っていた。
「……それで、私は貴方を何て呼べばいいのかしら?」
「えっ!? そ、それは……いつものようにリースと呼んでほしいよ」
「敬語を使った方が良いかリース姉?」
「それはやめて。皆には普通に接してほしい」
「なら俺達は今まで通りに付き合えばいいわけだ」
「……驚かないんだ。何だか複雑です」
俺はともかく、姉弟が驚かないのは全く王族と関わってこなかったせいだと思う。俺の生まれた家は閉じた世界だったし、世間の情報が皆無に近かった。おそらく二人は王様より俺の方が凄いと思い込んでいるので、凄い人の子供なんだなって感覚なんだろう。
リースは複雑と言いながら涙を流しているが、その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「本当……私一人で考え過ぎて……馬鹿みたい」
「そんな事を言われても、リースは王族の雰囲気が全く無いじゃない」
「だよね。リース姉は綺麗なドレスを着るより、兄貴の御飯を幸せそうに食べる姿が一番似合ってるよ」
「何よそれ。でも……嬉しい。ありがとう」
感極まったリースは姉弟の手を取り、大切な物を抱きしめるように両手で包み込んだ。二人は少し照れていたが、リースの手の温もりを感じて嬉しそうにしている。
「王族なんて関係ないさ。リースにはまだまだ教えたい事はあるし、俺の弟子も継続でいいんだな?」
「はい! これからもよろしくお願いします」
「任せておけ」
笑いかけてやるとリースも笑ってくれた。
俺が彼女に驚かなかったのは貴族や王族なんて関係無く、俺の弟子となったなら全て平等なのだ。たとえ王様が口を出そうが、俺の方針を変えるつもりは一切無い。
ふと馬車の窓から外を見れば、外の景色は煌びやかで大きな建物が立ち並ぶ景色になっていた。恐らくこの辺りは貴族のみが住める地区であり、俺のような平民は立ち入ることさえ出来ない場所の筈だ。こんな所まで慌てて俺を連れてきて……一体何があるのか?
「そろそろ俺が呼ばれた理由を教えてくれないか?」
「はい……」
リースは深く頭を下げて、俺に懇願するように言った。
「私の姉様を……リーフェル姫を……診てほしいんです」
というわけで、ほとんどの人は予想していたでしょうが、リースの正体は貴族ではなく王族でした。
おまけ
後日……エミリアとノエルの手紙を一部抜粋。
エミリア
「お姉ちゃん、シリウス様の素晴らしさが皆さんに伝えられません。シリウス様に止められてしまうんです」
ノエル
「安心してエミちゃん。すでに私達が布教活動中だから!」
……次の手紙で内容がバレて、シリウスに止められた。