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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

四章 学校を目指して

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これが新しい城です

 ――― ロードヴェル ―――



「百五十六番、シリウス・ティーチャーです」

 そして私と彼は邂逅した。

 見た目は普通の少年で、黒髪に特徴らしき点のない顔は探せばどこにでもいそうな少年である。
 だが彼の視線は普通ではない。まるで探るように部屋を見回し、私と視線が合うと逸らす事無く見続けていた。私の正体に気づいている? いや、耳はしっかり隠したし、人間に見える魔道具はしっかり機能している。気のせいだと思うが……彼はただの子供ではないというのだけはわかった。
 傍から見れば緊張してキョロキョロしている子供に見えるが、彼は我々の情報を得る為に観察しているのだと思う。

「百五十七番、アルストロ・エルメロイだ! そこの平民と違い、栄誉あるエルメロイ家の次男である!」

 ああ……はいはい。アルストロ君の事はよく知っていますよ。エリュシオンに存在する有数の貴族の一つで、かなり位が高い貴族だろう? パーティーで何度か見たし、それこそ子供の頃から知っている。何とも傲慢に育ってしまったものだな。
 その後、我はアルストロ様の一番従者ー……と、三番従者まで続いた。シリウス君以外アルストロ君の身内なので外すべきだったかなと後悔している。
 さて、問題のシリウス君であるが、一つだけ懸念すべき事があった。プロフィールに書かれていた彼の適性属性である。

 属性――無色。

 まさかの無色である。極端に少ない上に、軽蔑される対象なので学校へ入学しようとする者など一人もいなかった。おそらく過去に調べた時に、魔道具が誤動作したのではないかと睨んでいる。

「それでは、属性を調べますので百五十六番からどうぞ」

 さて、彼の属性は一体何だろうかと、手が触れようとした瞬間に馬鹿が騒ぎ出したのだ。

「下がれ平民が。貴族である私より先に触れるでない。おい、新しい魔法陣は無いのか? 私の手が穢れてしまうでないか」
「申し訳ありませんが、この敷地に入れば貴族など関係ありません。あまりに横暴ですと不合格になりますよ?」
「ふん、仕方あるまい。見るがいい、この私の属性をな!」

 アルストロ君が触れると、水晶は赤と緑と交互に輝いた。それは火と風の二つの得意属性を持つ者で、一般的に二重属性ダブルと呼ばれる珍しい存在だ。従者三人は素晴らしいとか言って拍手しているが、私から見ればもう見飽きたものだ。
 そもそも数年前に判明し、アルストロ君の親が大いに宣伝してはしゃいだからな。そのせいもあってちやほやされ、気付けばこんな傲慢な性格の出来上がりだ。
 そんな事よりシリウス君だ。ドヤ顔なんかしていないで、さっさと下がって彼に触らせなさい。

「どけぃ! 次は一番従者である私の番だ。平民は最後で十分だろう」

 はぁ……本当に馬鹿ばかりだ。
 隣のグレゴリ先生もニヤニヤしながら眺めているし、本当に腐っている。
 しかし当の本人はどうでも良さげに彼等を眺めており、それを見ているうちに私も落ち着いてきた。そうだな、彼は逃げはしないんだ。のんびり待つとしよう。

「では百五十六番、魔法陣に触れてください」

 そして彼は魔法陣に触れた。
 水晶の色は……無色であった。

「は、はははははっ! どうなっているんだ、こんなところに無能がいるぞ!」
「全くですな。身分違いどころか、四属性にすら愛されない下郎です」
「いやはや、正に無能ですな」
「無能なんてアルストロ様の近くにいらぬ」

 侮辱する笑いが面接部屋に響き渡る。私以外の先生は可哀想な目でシリウス君を見るが、グレゴリ先生は立ち上がり彼を指差して怒鳴りつけた。

「無能なぞ我が学校に必要ないわ! 魔法を見るまでもない、即刻帰るがいい」
「そうだ、先生も仰っておられる。さっさと帰れ!」
「無能と一緒にいるだけで穢れるわ!」
「無能は帰れ!」


「黙りなさい」


 あまりにも不愉快な笑い声に、止めようとした言葉に思わず殺気を含んでしまった。その余波をくらった彼等は笑いから一転し、恐怖に歪んだ表情で体を震わせていた。
 しまった、思わず本気で切れそうになった。見れば隣のグレゴリ先生も含め、他の先生方も体を震わせながらこちらを見ていた。
 だがシリウス君だけは違った。私の殺気を受けても平然としており、興味深そうにこちらを眺めていた。やはり彼は只者ではない。

「ここはアルストロ君の家ではありません。そもそも、場所も弁えず他人をあざ笑うのが貴族なのですか? だとしたら何とも器の小さい貴族ですね。貴族たる者、他人を笑って見下す暇があるならば自己研鑽を重ねるべきです。ここはそういう場所ですよ?」

 アルストロ君は気丈にも私を睨んできますが、膝が笑っていますよ。おそらく彼は私を解雇しようと考えるでしょうが、私の正体に気づいた時点で諦めるでしょうね。

「貴方達四人の実力はよく知っていますので、魔法を使わなくても合格にしましょう。彼だけを見るので、貴方達は出て行くとよろしい」
「ふんっ! 無能と一緒にいるだけで不愉快だ。行くぞお前ら!」
「は、はい」

 従者三人を引き連れ、アルストロ君が部屋を出て行くと同時に、隣に座っていたグレゴリ先生も立ち上がっていた。

「私も失礼する。無能の魔法なぞ見ても無駄だからな。公正な判断を期待していますぞ先生方」

 そう言って彼は肩で風を切りながら、アルストロ君の後を追うように部屋を出て行った。
 おそらく彼はアルストロ君を自分の組にスカウトしに行ったに違いあるまい。上級貴族で二重属性ダブル、正に彼好みの生徒であろう。

「申し訳ないなシリウス君。入学前だと言うのに、我が学校の醜い部分を見せてしまった」
「いいえ、どこにでもああいう人はいらっしゃいます。それに貴方達先生がまだ残っておられますから問題ありませんよ」

 全く、どっちが大人かわかったもんじゃない。聞いていますかグレゴリ先生? 彼の方が貴方より何倍も大人ですよ。

「色々ありましたが、改めて君の魔法を見せてもらえるかな?」
「無属性魔法でもよろしいのですか?」
「かまいません。私は貴方をただの無属性とは思っていませんから」

 彼の属性の色は確かに無色だった。だが、過去に見た無色の色はどこか濁り気味の光だったが、彼が輝かせた水晶の光は澄んだ無色であった。

「では一つ。光よ……『ライト』」

 ……彼はいつ魔力を集中したのだろうか? まるで呼吸するかのように魔法を使い、彼の手には小さな光の玉が生まれていた。短縮の研究がされていない『ライト』を、もはや無詠唱に近いレベルで使いこなしている。
 間違いない、彼はあの二人の主人だ。

「よし……いけ」

 彼が作った『ライト』は特に目立った様子は見られず、至極普通の光の玉であったが、彼の掛け声と共に動き出し私達の方へ飛んできた。
 驚くことにそれは空中で分裂し、数個の小さな光の玉となって私達全員の前で止まったのである。
 指先で触れてみて確認するが、間違いなく誰もが使える『ライト』そのものである。

「以上です」

 彼が腕を下ろすと光の玉は消えた。『ライト』の魔力消耗量はかなり高く、彼は変則的に扱ったのに全く堪える様子が見られない。やせ我慢ではない、これくらいの消費は彼にとって日常ですらないという事か。
 この子の底が全く見えない。面白い。

「ううむ、素晴らしい無属性ですが、やはり四属性魔法が使えないと厳しいですね」
「ええ、授業で必要な場合が多いですから。初級でもいいので、他の属性は使えませんかい?」

 私としてはもう合格でもいいのだが、他の先生方の言う事も一理ある。適性が無くても初級くらいなら他属性も使える筈なのだが、彼は残念そうに首を横に振っていた。

「私は四属性魔法と相性が最悪でして、実は初級すら満足に使えません」

 無色に関する情報は少なく、大抵の学者は見るだけ無駄と言って研究が進められていない。無色とはそこまで酷いものなのか? 惜しいものだ、彼が他の属性に適性があればきっと魔法界で革命を起こしていたに違いあるまい。

「やろうと思えば使えなくもないのですが」

 満足に使えないと言いながら使えると? 興味深いですね。

「よくわかりませんが、差し支えないなら使ってもらえますか?」
「わかりました。少し時間をいただきます」

 彼が懐から取り出したのは小さな容器で、中には僅かに発光する薄い青色の液体が入っているが、あれは魔光水か? それなりに値段の張る貴重な物で、常に持ち歩いている者など珍しい。
 彼はその魔光水を人差し指に付け、左手の甲に何かを描き始めたのだ。まさか……。

「魔法陣を描いているのか?」
「そうですよ。初級でしたら簡単ですので」

 そうは言うが、少しでも歪めば発動しない繊細な模様だぞ? いくら初級で簡単とはいえ、私でも座って丁寧に作業せねば失敗するというのに。

「お待たせしました。『フレイム』」

 ものの一分足らずで書き上げた彼は、基本通りの初級魔法を使っていた。手の平に小さな火の玉が浮かぶと、手の甲に描いた魔法陣が薄く光って発動しているので、実は元から使えたという線は無くなった。
 まさか本当に描くとは、彼は本当に八歳なのだろうか?

「即興なので威力は控えめですが、こんな感じでよろしいでしょうか?」
「……私は問題ありません。お二人はどうですかな?」
「がー……貴方がそう言われるなら私も問題ありません」
「私もです。将来が楽しみな若者ですなぁ」

 うむ、反対しようものなら後で面談であったが、満場一致でなによりだ。
 シリウス君は手の甲に付いた魔光水を拭い、液が残ってないか確認していた。魔光水は肌に付けたままだと体に悪いのだが、その辺りの処置も完璧だ。

「最後に私的な質問ですが、君はエミリア君とレウス君を教育したと聞いたのだが……本当かね?」
「どこでそれを?」
「あの二人はとても優秀でね、どこで魔法を習ったのかと聞いたら、誇り高そうに己の主人であるシリウス君と答えてくれたのさ」
「同名の間違いでは?」
「あまり私を見くびらないでほしいね。君の魔法制御力に魔法陣を描く技術の高さ、君ならあの二人を鍛え上げる実力を持っていると思っての判断だが、どうかね?」

 私とシリウス君の視線がぶつかり合い、しばし無言の応酬は続いたが、彼は諦めたかのように目を閉じて口元を緩ませていた。

「そうです、私があの二人を鍛え上げました。ですが、ここまで来れたのは二人の才能と努力の結果です。私は少し手助けしただけですよ」
「ええ、彼等は才能に驕る事なく努力を続けてきたのだとよくわかります。それも貴方がいたからこそなのでしょう。誇っても良い筈です」
「ありがとうございます。本場の教育者に言われると嬉しいですね」
「ですが君はどうなのでしょうか? その年齢で大人顔負けの技術の高さ、とても独学でそこまで行けるとは思えません。話せるなら教えて欲しいのですよ」
「……私を育ててくれた母親によると、師匠と呼べる人がいたそうです」
「いた……とは?」
「私が物心を付く前に、師匠と呼ばれる人が様々な知識を私に無理矢理教え込んだらしいのです。その時に教えられた知識以外に何も思い出せず、母親もすでに亡くなったので、師匠については不明なままです」
「それは……悪い事を聞いてしまったようだ」
「すでに整理はついていますのでご心配なく。とまあ、その教え込まれた知識を断片的に思い出しながら鍛え続け、今に至るわけです」

 突拍子の無い話だが、彼自身がすでに常識に当てはまっていないのだ。
 師匠がわからぬならそれでいい。大事なのは面白い彼がここにいる事だ。

「俄かに信じがたいが、君がそう言うなら信じよう。ではシリウス・ティーチャー、貴方を我がエリュシオン学園へ入学を許可します」

 確かに彼は謎が多いが、我が学校へ入学するのだ。いずれわかる時がくるさ。

 そして彼は学校に吹き荒れる、新たな開拓の風になるであろう。








 ――― シリウス ―――




 ふう……何とか合格できたようだ。
 色々アホな奴らはいたが、話がわかる先生がいてくれて良かった。もしあの人がいなければ、俺は無色という理由だけで不合格にされていたであろう。
 だが、あの人は本当に先生だったのだろうか?
 見た目は若い先生なのだが、あれほどの殺気を放ち、一人を除いた周囲の大人達は彼に対して目上の人を相手にするような態度だった。そして何より、師匠に似た年季の入った佇まいを感じさせた。
とても二十、三十の若者に出せるものではなく、軽く見積もっても百は超える……百は超える?
 そうか、あの人はパンフレットに載っていた学校長であるロードヴェルか。エルフの長寿ならあの貫禄もわかる。
 部屋に入って妙な違和感を感じる人だとは思ったが、変装の影響だったんだな。うむ、色々納得できたな。

 気になるのは目を付けられてしまった点か。咄嗟に強さの秘訣を聞かれ適当な嘘をでっちあげたが、どこまで通じたものか。貴族達の侮辱に怒れる方なので悪い人では無さそうだが……学校のトップに知られて、何か変な事に巻き込まれなきゃいいんだけどね。
 まあ、いずれエミリアとレウスが有名になったら自然とばれる事なんだろうけど。

「シリウス様!」
「兄貴!」

 面接部屋を出てすぐ姉弟が俺の元へ駆け寄ってきた。尻尾を立ててどこか緊張した面持ちであるが、俺が笑顔で親指を立ててやれば満面の笑みへと変わった。

「私達も合格です!」
「やった、これで兄貴と一緒だ!」

 レウスは俺の周りを走り回って喜んでいるが、その行動は正に犬だ。周りの人が冷めた目で見てるからやめなさい。

「とりあえずペンダントを返して宿に戻るか。次に集まるのは三日後だっけ?」
「そのようですね。パンフレットには三日後にまたここへ集まって、生徒の寮分けをするみたいです」
「学生寮かぁ。確か二人か三人部屋だってザックの兄ちゃんが言っていたな」
「何であいつはそんな事まで知っているんだ?」
「商人は色々情報を仕入れるのが基本だって言ってたよ」

 確かに物を売り買いする商人には必要な事だな。こんな些細な情報まで仕入れなきゃならんとは、あいつも大変なんだな。

 俺達はペンダントを返却し、宿に戻って女将であるローラさんに報告すると我が事のように喜んでくれた。

「やるじゃないかあんた達。今日は御馳走にしてあげるからね」

 最近、お腹が空く事が多いレウスが最も喜んだのであった。



 それから俺達は町を散策し続けた。
 市場で新たなスパイスを見つけて料理のレパートリーが増えたり、エミリアが宿の仕事を手伝って女将さんに本気でスカウトされたり、レウスの新しくて丈夫な剣を探したりした。

 広い街なのでとにかく歩き回り街の構造を脳内に叩き込んでいる内に、三日という期間はあっという間に過ぎていった。


 そして学生寮へ入る当日、俺達は女将さんに頭を下げていた。

「短い間でしたが、お世話になりました」
「いいよいいよ。むしろこっちの方が助かっちゃったわ。ねえエミリアちゃん、学校卒業したらここで働かない?」
「申し訳ありません、私はシリウス様のお傍を離れられませんので」
「はぁ……残念だねぇ。まあ学生寮へ入ってもこの町にいるんだ。御飯だけでもいいからまた来ておくれよ」
「そうですね、またジャオラスネークを食べにきますよ」

 春風の止まり木をチェックアウトし、次なる住処となる学生寮を目指す。はてさて、寮では相部屋との事だが、一体どんな奴がルームメイトになるだろうね。アホな貴族じゃないのを祈るよ。


 学校は前回来た時より人数が増えていた。入学試験は数日に渡って行われるので、俺達が受けた次の日も試験は行われていたのだ。今はその分も加算されているので、増えているのは当然であろう。

「すっげえ人だな。見てよ兄貴。何かキラキラした服着てる大人が多いんだけど、あれも新入生なのか?」
「なわけあるか。入学する子供の親だよ。絡まれると面倒だから近寄らないようにな」

 ざっと見積もって二百は軽く超えている。保護者連れの貴族も多数見受けられ、貴族の身形にも色々あるのだとよくわかる光景だ。持論であるが、無駄に装飾が多い貴族ほど面倒な相手だと思うので、二人にそういう輩には近寄らないよう厳命しておいた。

「さて、学生寮の部屋割りはどこにあるのかね?」
「シリウス様、あちらで紙を配られていたので貰ってきました」

 仕事が速いねエミリアさん。一応大きい看板にも張ってあるようだが、看板前は混雑しているし落ち着いて探すにはやはり手元の紙が一番だ。
 あれ? よく見たらこういう紙を持っているのは貴族だけっぽいんだけど。つまり平民は看板前で……。

「エミリア、この紙って貴族専用じゃないか?」
「そのようですね。ですが私は受付前に立って御辞儀をしただけで、くださいとは一言も申しておりません。あちらが勝手に渡してくださっただけです」

 エミリアの気品勝ちか。まあいい、彼女の苦労を(したかどうかわからないが)無駄にするのもあれだし、返却する物じゃないから遠慮なく貰っておくとしよう。

「俺はどこかな〜っと……」
「私は……ありました」

 三人で俺が持つ部屋割りを覗き込んで自分の名前を探す。
 寮はまず大まかに男子寮と女子寮に分かれ、そこから四属性の名前に対応した建物になる。全部合わせれば八つも寮があるわけで、それだけ広大な敷地があるわけだ。ちなみに本人の得意属性と寮の属性名は関係ない。

 レウスは男子寮、火の三十八番の部屋。
 エミリアは女子寮、水の二十五番の部屋。

 そして俺は……。

「……ありませんね」
「兄貴が無いぞ!」

 そう、俺の名前が見当たらないのだ。三人で何度も確認したし、端っこに書かれていないかどうか調べたが、俺の名前は一文字も書かれていない。

「記入ミスでしょうか? こう見ると空き部屋も少しあるようですが」
「空いてる部屋ならどこでもいいんじゃないのか? 同じ部屋の人を追い出すから俺の部屋に来てくれよ」
「冗談でもそういう事を言うな。とにかく確認の為に受付へ行ってみよう」

 二人を引き連れ、俺はエミリアが部屋割りを貰った受付へと足を運んだ。
 受付には先生ではなく用務員らしき男が疲れ顔で座っていた。覇気が足りない人だと思っているとエミリアが口を寄せ、先ほどの人と違うと教えてくれた。とにかく彼に聞いてみるか。

「すいません、部屋割りで聞きたい事があるのですが」
「はいはい……って、貴族じゃないんだな。んで、何だっけ?」
「ですから部屋割りの話です。私の名前が載っていないのですが、何か知りませんか?」
「ちゃんと見たの? 仕方ねえなぁ、君は何番だい?」
「百五十六番です」

 男は俺の番号を呟きながら、机の下に仕舞ってあった紙を覗き込んだ。俺が持つ地図のような部屋割りと違い、男のはリスト化された物らしい。目線が一番上から下に行ったところで止まり紙を仕舞った。

「君はシリウスって子かい?」
「そうです。シリウス・ティーチャーです」
「だったら君はここじゃないな。案内してあげるからついてきな」

 疑問符を浮かべる俺達を他所に、用務員の男は他の人に声をかけてから案内し始めた。
 学生寮が立ち並ぶ中を突っ切り、山間の様な道に入って雑草が生い茂った道を進んでいく。歩き続けて五分。おそらく学生寮から一キロ近くあるだろうと思われるその場所に建物はあった。

「ここが君の寮だよ」
「え? まさかこれが?」
「何だよ……これが兄貴の住処だって? 冗談じゃない!」

 幾つかの穴が空いており、他の部分もすぐに腐って落ちそうな屋根。
 穴は開いていないが、蔓が絡みまくって汚れが目立つ外壁に、レールから外れて下に落ちている窓枠。
 農作物を育ててたであろう庭の畑はもはや見る影もなく、ただの雑草畑と化しており、井戸の周囲も同じように雑草パーティーだ。
 どう見てもこれは寮と言うか……。

「こんなの……ただの廃墟じゃないか!」

 レウスは廃墟と化している家を指差して激怒していた。だが、男は持って来た紙を確認しながら平然と言い返してくる。

「だって紙には『無能者には伝統ある寮に入る資格無し。よって過去に宿直が利用していた住居を貸与する』と、書いてあるんだ。グレゴリ先生の命令だからどうしようもないんだよ」
「そんな……こんなの横暴です!」
「まあ俺には関係ないことだし、仕方が無いと思って諦めたらどうだい? それに……無能にはお似合いじゃないかな?」

「「ああっ!?」」
「ひぃ!?」

 俺は慌てて二人の襟首を掴んでいた。そうしなければ確実に二人はこの男を襲っていたからだ。子供とはいえ本気で怒った二人の殺気は本物で、それにあてられた男は逃げるように走り去った。

「兄貴! 何で止めるんだ。あいつは兄貴を……兄貴を!」
「あれはただ命令を遂行しているだけだ。殴ったって何も変わらんよ」
「だけど……それでも……こんな扱い酷いです」
「よしよし。ありがとうな、俺の代わりに怒ってくれて」

 二人は怒りを堪えるように歯を食い縛って涙を流していた。自分の事でもないのにそんなに怒ってまあ、可愛い奴らだな全く。
 しばらく撫でてやると、緩やかに尻尾を振り始めてきたので落ち着いてきたようだ。

「シリウス様は無能ではありません。シリウス様の魅力に気付かない奴こそ無能なのです」
「うんうん、いつか見返してやろうな。さて、切り替えて家の掃除を始めようか」
「わかったよ。だけど兄貴、本当にここに住むのか?」
「まあ中を見てからだけどね。それにここへ住むのは俺一人なんだ。誰も気にせず気楽に過ごせるのは大きいぞ」

 俺はこの世界に無い知識を使い、料理や魔法の研究等の様々な実験を繰り返した。俺が生まれたあの家は人里から離れた位置にあったのでやりたい放題であったが、町の中では無理がある。
 だが、ここは前回の家ほどではないが多少は人里から離れている。ルームメイトも居らず、俺は気兼ねなくやりたい事が出来るわけだ。
 いいね、正に俺の城って感じだな。

「物は考えようだ。さて、中はどうなっているのかね」

 少し建て付けは悪くなっているが、玄関の扉は十分に使用可能のようだ。扉を開けて中に入れば、とにかく埃っぽくて呼吸も満足に出来ないくらいだった。一体何年ここに放置されてたんだろうか。姉弟を外に残し、無事な窓だけ開け放って早々に脱出した。

「すげぇ埃だな! 兄貴大丈夫か?」
「問題ない。まずは埃を吹っ飛ばしてしまうに限る。エミリア『ウインド』を家が壊れない程度で玄関から放ってくれ」
「わかりました」

 『ウインド』は風を起こすだけの初級魔法だが、強めに放てば埃を飛ばすにはもってこいの魔法だ。玄関から入った風は家中を駆け巡り、開いた窓や隙間から埃を連れて外へ飛び出していく。最初は埃の多さに飛び出す風の色が変わるぐらいだったが、しばらく続ければ消えるので止めてもらう。
 埃以外に軽い物が外に飛び出したが知ったことか。こんな所に置いとく方が悪い。

「それじゃあ役割分担と行きますか。エミリアは俺と一緒に中の探索と掃除。レウスは外で雑草を斬ったりして見栄えを良くしておいてくれ」
「お任せください。これ程掃除のやり甲斐がある家は初めてですね」
「大体で良いんだね? 壁の蔓もやっておくよ」
「頼んだ。何か怪しい物があったら避けるなり後で呼んでくれ」

 二人は母さんから従者の教育を受けただけあって、掃除くらいお手の物だ。レウスはディーから庭師のやり方を習っているし、外に放置しておいても問題あるまい。
 エミリアを連れて中に入ると、埃っぽさは大分無くなったが、まだまだ長年積もった塵や埃は残っている。布をマスク代わりにし、とりあえず家の中を探索してみた。

「部屋は全部で五つか。ダイニングキッチンに寝室二つに空き部屋二つ。結構広いんだな」
「二階はありませんが、私達が住んでいた家と同じくらいありますね」

 ここへ連れてきた青年は宿直で使ってたと言っていたな。おそらく何人かがここに住んで交代で宿直をやっていたが、立地条件の不便さ、又は学校施設の移動で廃れていったのだろうか?
 家具やテーブル類は残っているが、汚れを拭き取ればまだまだ使えそうだ。台所はエミリアに任せ、俺は必要な物といらない物を分ける作業に専念する。鍛えた体に『ブースト』を併用すればどんな重い物だろうが朝飯前で、半壊した戸棚を抱え外に出ると、剣を振り回して雑草を刈るレウスの姿があった。

「ふんっ! 一撃一撃に気合を込める……ふんっ!」

 レウスの仕事は速く、すでに家周辺の草はほぼ刈りつくされていた。これは予想以上に早く終わりそうだ、次の仕事を頼んでおこう。

「レウス、大体その辺で大丈夫だぞ。後は広いスペースを作って、そこに大き目の木を丸太状にして幾つか積んでおいてくれ」
「前に倉庫を作った時のあれだね? 任せといて!」

 二年前に作業用の倉庫を増築した経験が生かされてなによりだ。俺は再び中に入りエミリアの様子を見に行った。

「シリウス様、こちらはほとんど終わりました。後は竈の魔法陣を描いたり、小道具を揃えれば十分ですね」

 彼女もまた仕事が速かった。あれだけ汚れていた台所は見違える程に綺麗になり、道具さえあれば料理が十分に出来るくらいである。凄いもんだな、エリナ式従者教育ってのは。

「物も少ないですし、これくらい従者として当然です。ただ……」

 この家は放置されていただけで、物がそんなにあるわけじゃない。壊れた物を外に出して汚れを拭き取れば住むには問題ないのだが、それはあくまで内部だけの話である。

「屋根か。ここが一番酷い状態だな」

 外から見てわかっていたが、屋根が朽ちて色んな箇所が穴空き状態なのだ。やはり屋根は全て取り替えだな。

 そのまま作業を続けていると、昼を告げる鐘の音が聞こえた。実家に居た頃は町から離れていたせいで聞こえなかったが、早朝と正午、そして夕方になると鳴り響いて時間を知らせる鐘の音である。

「シリウス様、お昼御飯はどうされますか?」
「悪いけど頼むよ。俺は屋根の材料を作らないといけないからさ」
「はい。頑張って作ります!」

 いつも俺が作っているイメージはあるが、ちゃんと弟子二人も料理は出来る。特にエミリアは俺に美味いと言わせたがるので、料理をする時はとてつもなくやる気を出して張り切ってくれる。

「ああ……材料と道具が足りません! こうなったら町へ買いに……」
「いいから、いつものでいいから!」

 張り切り過ぎなのが玉に瑕です。
 料理の支度を始めた彼女を置いてレウスを見れば、すでに六本目の丸太を並べているところだった。『ブースト』を使ってるとはいえ、八歳の子供が自身より数倍大きい丸太を軽々と運んでくる姿は実にシュールである。

「調子はどうだレウス? 魔力はまだ残っているか?」
「まだ全然大丈夫だぜ兄貴」
「そうか、あと四本程頼む。その頃には昼飯が出来ているはずだ」
「これも訓練ってやつだな。うおおっ!」

 やってる事はとんでもないが、ああも楽しそうに森へ向かう姿は子供らしいなと思う。
 さて、続きまして屋根用の板を作る作業に入りますか。
 切ったばかりの木は水分を多く含んでいるので、建築資材としては使えない。なのでまず水分を抜かなければならないのだが、自然乾燥では早くても半年はかかるので間に合うわけがない。
 そこで魔法の登場だ。
 木に威力を調整した火の魔法陣を描き、木自体の温度を上げて強制的に水分を蒸発させるのだ。早くて一時間もあれば抜けるのだが、その分とんでもない量の水蒸気が吹き出るので、火事と疑われそうだがそれは風の魔法陣で散らせば大丈夫。
 積んだ丸太全てに処置を施し、乾燥できた物から剣で斬って板状にしていく。完全に真っ直ぐは無理だが、そこは剛破一刀流で培った技術でほぼ真っ直ぐに斬った。その間にエミリアには釘を買ってきてもらう。
 後は古い屋根板を外し、新しい板を載せて釘を打ち付けていくだけだ。屋根以外はまだまだ丈夫だし、俺が学校を卒業するまでは持ってくれるだろう。


 夕方になってようやく屋根が完成した。
 簡単な作りだが、魔法の力で重機も梯子等の道具いらずで僅か半日足らずで終らせた。本来なら数日か数週間はかかってもおかしくない作業なのだが、魔法様々である。

「やったな兄貴! これで見た目は十分に住める家だよ」
「ですがシリウス様、屋根は出来ましたが、内装が住める状態ではありません」

 埃や汚れは大方片付いたが、家具類は揃っておらず、特にベッドに至っては枠組みはあっても布団部分が無いのである。現状は雨風が凌げるだけだな。

「そこら辺は明日だな。顔を出しづらいけど、今日はローナさんの所へ泊まるとしよう。ついでに布団とか分けてもらえるか聞いてみたいな」
「そうですね。私もそうなされた方がよろしいかと」
「じゃあ早速行こうよ。俺腹減ったよ」
「私もよ。布団以外に何かー……シリウス様?」

 二人は付いてくる気満々であるが、ここは言っておかねばなるまい。

「ローナさんの宿へ行くのは俺だけだ。お前達には学生寮があるだろう?」
「それはそうですけど、私達はシリウス様の隣が居場所ですから」
「そうだよ、俺も兄貴の隣が一番だ」
「じゃあ聞くが、この家が住めるようになったらお前達はどうするんだ?」
「当然住むよ」
「私はシリウス様の世話をする為にいるんです。隣にいなければならないんです」

 近くに居過ぎた弊害だな。今までは閉じた世界だったからそれが当たり前だったのもあるが、ここはもう外の世界なのだ。守るべきルールは守らなければならない。それが理不尽でなければ尚更だ。
 突き放さなければならない時期がきたのだ。

「いいかい、二人は学校に入学して学生寮が与えられたんだ。だからそこに住まなければならないんだよ」
「だって……兄貴がいないじゃないか」
「ここにいるだろう? 見えないだけで、俺はちゃんと近くにいるんだ。ほら、俺がライオルの所へ行ってたようなものだよ」
「ですが……私はお世話したいんです」
「それは凄く嬉しい。だけどな、俺だけに固執するんじゃなくて色んな人と知り合って話をしてみてほしいんだ。ほら、ちょうどよくルームメイトという話相手ができるんだ、その相手と仲良くなってみな」
「その相手が悪い奴だったらどうするの?」
「その時は遠慮なくぶっ飛ばしてやれ。今のお前達なら人の良し悪しを見分けられるし、悪い奴なんかに負けないくらい強くなった。俺が後ろにいなくても十分なくらいにな」

 姉弟は涙目になっていたが、やがてエミリアはゆっくりとだが頷いた。そうだ、姉として弟の見本になってあげないとな。

「勝手にどこかに行かれませんよね?」
「遠出する時はちゃんと言うよ」
「学校の行事に支障がなければ近くに居てもいいんですよね?」
「勿論さ。というかそういう場合は訓練するかもしれないから近くに居てもらわないとな」
「わかりました。私達は学生寮に行きます」
「姉ちゃん、いいの?」
「これ以上我侭言っても困らせるだけよ。それに、シリウス様が居なくても大丈夫なくらい強くならないとね」

 エミリアは俺の意図を理解してくれたようだ。いつも俺の後ろに付いて歩き、何よりも俺を優先するだけだった子が、ほんの少しとはいえ前へ歩き出したのだ。祝福してやらねばな。

「……わかった。俺も兄貴がいなくても大丈夫なくらい強くなる」
「そうか、偉いぞ二人とも」

 俺は強くなる為に我が子は旅をさせるべきだと、師匠に笑いながら戦場のど真ん中に放り投げられた経験が多いから、訓練は厳しくてもこういう面では過保護になっちゃうんだよな。
 最後に二人の頭を撫で、俺達は学生寮へ向かって歩き出した。

「まあ……宿までは無理だが、どこかで食事くらいはいいか」
「「本当!?」」

 やれやれ……やっぱ俺って甘いなぁ。





 入学式まであと二日。

 学校に来て初っ端から躓いているが、こんなので転ぶほど俺達は柔じゃない。

 俺の無色がどれほどの障害になるかわからないが、まあ何とかなるだろう。

 学校にそこまで固執しているわけでもないし、最悪辞めたって問題は無い。

 生き方なんて探せば幾らでもあるんだから、何も恐れる事無く学校生活を送って行けばいいさ。




ちなみに知ってる人はいるでしょうが、水分を含んだ木が使えないのは、途中で水分が抜けると木が変形したり曲がったりするからだそうです。
後は、乾燥させると割れたりするそうですが……そこは魔法パワーで何とかなったと思ってください。

これで四章の終わりですが、一つ幕間が入る予定です。
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