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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

四章 学校を目指して

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エリュシオン入学試験

 メリフェスト首都、エリュシオン。

 そこはメリフェスト大陸の主要都市の一つであり、他所から来た旅人はまず広大な土地を囲む巨大な城壁が目に飛び込んでくる。

 だが一番のポイントは城壁でもなく、町の規模ではない。
 それは学校、『エリュシオン学園』が存在する点だ。
 メリフェスト大陸においてここ以外に存在せず、入学出来ただけでそれなりの箔が付くくらいだ。

 季節変わりでの気温の変化も緩やかで、凶暴な魔物は駆逐されており、人が住みやすい豊かな土地は自然と人が集まる上に、学校という名所もある。
 エリュシオンは間違いなく都会と言える都市であろう。

 防壁を見上げていると次に飛び込むのは、防壁以上の高さを持つ城だ。
 そこには国を治める王様が住んでおり、非常に優れた御方で町の平和が保たれているのは王様の手腕によるらしい。悪政もほぼ無く、人々は防壁の中で充実した毎日を過ごせるとか。
 肝心である獣人の扱いを聞いてみると、歩いていても問題は無いが一部の貴族が鬱陶しいくらいで、目に見える差別はそれほど無いらしい。それでも割合は人族が大半で、獣人は全体の三割ほどだとか。

 ――と、城壁の外で待機している間にザックが教えてくれた。

 町へ入るには防壁に取り付けられた二箇所の門からしか入れず、当然そこには門兵が詰めている。そこで身分やら怪しい者か調べ、厳しい審査を終えてようやく町に入れるわけだ。
 ガルガン商会の者だと自分を証明できる物があれば早いのだが、そういう物が無ければ詰問とかされるのでとにかく時間がかかる。少し前の連中がそうらしく、俺達は三十分近く待たされていた。真面目な証拠なのだが、お役所仕事ってどの世界でも長いのは変わらないんだな。
 レウスは馬車の横で素振りしているし、とにかく暇なので町の概要を聞いていたわけだ。

「学校の生徒にも獣人はいましたから、エミリアやレウスも問題ないっすよ」
「それはよかった。ここならお前達もローブを脱げるな」
「そうですね。それよりシリウス様、私に首輪を付けていただけませんか」
「は?」
「私はシリウス様の物と、周囲にはっきり公言しておかないといけませんからね。たとえ奴隷扱いでも、シリウス様の物ならばむしろ光栄ですし」
「待て待て待て! お前は良くても俺が嫌だ。却下だ、却下」
「わかりました……」

 本気で落ち込むの止めてくれるかなぁ? 
 忠誠値というメーターがあったら、上限振り切って天辺が見えなくなっているんじゃないかこれ?

「まあ、エミリアの発言はあれっすけど、考えておくべき事でもありますよ」
「お前まで何を言っているんだ」
「いえ、オイラの目から見てもエミリアは可愛いっすからね。獣人に限りませんが、どこぞの貴族が欲しがって攫うなんて話もありますから、誰の物ってわかりやすい目印があれば予防にもなるという事っすよ」

 やはり人が集まれば、それだけ闇が生まれるわけだな。
 鍛えた彼女が簡単に攫われるとは限らないが、数の暴力には勝てないし、学校の庇護に入っても油断しないようにせねば。

「ザックさんも言ってますし、いつか首輪を下さいね。その…………指輪でも構いませんから」
「ああうん……考えておく」
「兄貴! でっけー城だな! 門とか頑丈そうだけど、俺の剣で斬れるかな?」

 ナイスだレウス。話を変える口実になってくれたが、その発言は変な誤解を生むからどうかと思うんだ。

「斬るな。城攻めにきたと思われたくない」
「わかったぜ兄貴」
「ははは、レウスは元気いっぱいっすね」

 そこでようやく順番が来て、俺達はついにエリュシオンへと入った。

 俺達の審査はザックのガルガン商会の伝もあってあっさり終った。本来なら己を証明できない者は審査の後に多少のお金を支払わなければならないのだが、そこはザックが証人となりお金も払ってくれたのだ。

「入場料を払ってもらってすまないな」
「なーに、盗賊の件や新しい商品の礼に比べたら微々たるもんっす。ところで旦那達はこれからどうするんすか?」
「学校の入学試験は明日からだし、まずは宿だな」
「だったらオイラが泊まる宿へ行きましょう。ここへ来る度に利用している宿ですが、安全面もしっかりしてますし飯も美味いのでお勧めっす」
「そうだな、ここは初めてだし右も左もわからないからそこで頼むよ」

 そろそろ夕方になる時間帯だが、ザックは商品を届けに行く前に俺達を宿に送ってくれた。

「ここが宿である『春風の止まり木』っす。ちょっと女将と話をつけておきましょう」

 我が家の三倍ほどの大きさで、二階建ての木造建築の宿だった。
 玄関から入るとロビーがあり、横に目を向ければすぐ隣が食堂になっていて、宿泊客が食事をしている姿が見える。酒場も兼ねているらしく、酒を飲んで上機嫌に酔っ払っている者もいる。一階の半分が食堂と亭主の住居フロアで、二階が主な宿泊施設ってところかな。
 前世の影響か、自然と施設の把握や逃走経路の作成に努めていると、ザックはロビーの机にある呼び鈴を鳴らした。

「はいはーい。あら、ザックじゃないの」
「こんばんわっす女将。今回も世話になるっすよ」

 出てきたのは四十を超えた人族の女性だった。少しふくよかな体型で、人当たり良さそうな優しい笑みでザックを迎えてくれる。

「じゃあいつものように一人部屋を一つでいいかしら。あら、何だか見慣れない子もいるわね。貴方の子かしら?」
「オイラは結婚してねえって知ってるだろ? この人達はさっきオイラと一緒に来た御方で、この宿を紹介しに連れてきたんすよ」
「あら、売り上げ貢献ありがとう。いらっしゃいませ、私はここの女将をやってるローナです。部屋なら幾つか空いてるけど、お客様はどうするのかしら?」
「こちらこそよろしくお願いします。俺達は三人だから、男の二人部屋と、女の一人部屋を……」
「三人部屋か大部屋一つでお願いします!」

 俺が部屋割りを言う前に、エミリアが前へ出て要望を伝えていた。ちょっと待て、あまり言いたくないが主人を押しのけて言うか普通?

「あら、これは可愛らしい子だね。つまりお客様三人、同じ部屋になりたいって訳ね。お嬢ちゃんは女の子だけど良いのかい?」
「はい、こっちは弟ですし、主人であるシリウス様なら問題ありません」
「当然だぜ!」
「はいよ、それじゃあ奥の方にある大部屋にしておこうか」

 勝手に決まってしまった。いや、二人からあまり目を離したくないから別にいいんだけどさ、釈然としないこの気分はどうすればいいのか。

「ザックは一日だけど、お客様はどれくらい泊まるんだい?」
「そうだな。明日試験があるとして、俺達が寮に入るまでどれくらいかかるかな?」
「お姉ちゃんが聞いた話だと、短くても三日はかかるそうですよ」
「オイラもそのくらいだと聞いてます。女将、余裕を持って五日だと料金どれくらいっすかね?」
「そうさねぇ……三食付きで部屋が大きい分ちょっと高めだから、銀貨三枚かな?」

 銀貨三枚が高いのか安いのかわからないが、食事付きで大部屋は安い方なんだろうな。懐から銀貨を取り出そうとすると、ザックが前に出て銀貨を四枚渡していた。

「これオイラとこちらの旦那達の分っす。釣りもいらねえっすから」
「あら、金に細かいあんたにしては太っ腹ね。何かあったの?」
「こう見えてこちらの方々は凄い御方でしてね、今回こちらに来る時に色々と世話になったんすよ」
「もしかして貴族様? 申し訳ありません、すぐに態度を改めます!」

 女将は机から飛び出し、深々と頭を垂れようとしたので慌てて止めた。貴族パワーって凄いな、ここまでしないと失礼にあたるのかよ。

「あの、俺達は貴族じゃなくて普通の平民ですから、そんな畏まらずとも普通に接してください」
「そうっすよ女将。旦那は貴族じゃないすけど、それ以上の可能性を秘めた御方なんすよ。ガルガン商会でお得意様になる御方っすから、オイラが帰ってもよろしく見てほしいっす」
「ええわかったわ。元からだけど、お客様には誠心誠意おもてなしさせてもらうわね」

 元の位置に戻った女将は、宿帳を取り出してから俺達に御辞儀をした。母さんほどではないが、中々見事な御辞儀である。っと、女将よりザックだ。

「ザック、流石に宿代まで払ってもらうのは悪い。ほら銀貨三枚」
「見たかい女将、こういうしっかりした御方なんすよ。とにかく先ほどと一緒で、宿代もオイラに払わせてくださいっす」
「しかしだな……」
「申し訳ないけど、口を挟んでいいかしら?」

 銀貨を押し付け合う俺達に、女将は笑みを浮かべて仲裁に入ってきた。

「ここはザックの顔を立ててやってくださいな。彼も商人ですから、通すべき筋は通さないと納得できないんですよ」
「女将の言う通りっす。オイラは明日には帰りますし、これくらいはさせてくださいっす」

 二人揃って頭を下げる光景に、俺はもう何も言う気がなくなった。通すべき筋だとか言われたら仕方ない、ここはザックに甘えるとしよう。しかし女将は仲裁が上手いな。様々な人と関わる宿泊業を経営してるだけはある。

「わかった、ありがたく受けておこう」
「ありがとうっす。それじゃあ女将、後は頼んだっすよ。オイラは商品を届けてからまた来ますから」
「はいよ、いってらっしゃい。ではお客様はこちらに名前をお願いしますね」

 ザックを見送り、俺達は宿帳に名前を記入した。過去に書いた人の名前も見たが、似たような筆跡が多いのは何故だろうな。

「シリウス様、エミリア様、レウス様の三人だね。皆文字が書ける上にとても綺麗だね。文字が書けない人も結構いますから、私が代筆する事が多いんだよ」
「だから似たような筆跡が多いのか。貴族じゃなく平民向けの宿って訳だな」
「その通り。家は平民がのんびりと過ごす宿を目指しているのさ。でもお客様の礼儀正しさや身形を見ると、貴族と間違えてもおかしくないね」

 礼儀正しさはともかく、身形は冒険者のような格好なんだが、一体どこにそう見える部分があるのやら。

「あ、いけない。馬車に荷物を置いたままだったわ。レウス、ザックさんを追いましょう」
「わかったぜ姉ちゃん」

 そうか……髪か。平民はあまり髪の艶を気にしないからな。
 特にエミリアは俺に相応しい従者であるようにと、身形を整える術を母さんから直伝されたからな。輝く銀髪はいつ見てもさらさらで、とても泥臭い冒険者とは思えないもんな。

「それじゃあ二人が戻ったらお部屋に案内するわね。二時間後には食堂が閉まるけど、夕食はどうするんだい?」
「ザックと一緒に食事したいんだが、いつ帰ってくるかわからないしな」
「ガルガン商会の支店はすぐそこで、商品をチェックして渡すだけらしいから一時間もかからないよ。戻ったら部屋に呼びに行くように伝えようか?」
「じゃあそれでお願いします」

 その後すぐに二人が戻ってきたので、チェックインした大部屋へと案内された。
 大部屋は元々四人用らしく、ベットは四つあるのだがその分他のスペースが小さく、正に寝るだけの部屋である。トイレは共用で、水の魔法陣を使った水洗トイレが完備されており、しっかり掃除されているので衛生面も良好な宿だ。
 ただ残念ながらお風呂は無い。この世界のお風呂って維持費が高いので、個人宅には貴族の屋敷以外にまず無い。我が家に居た頃は、俺がドラム缶モドキを自作してドラム缶風呂に入っていた。
 普段はお湯とタオルで手入れするのが主だが、流石は大陸一の都会。少し料金が高めだが、近くに銭湯らしき店があるのでそこを使ってくれと言われた。

 俺達は荷物を置き、ベッドに座って一息ついた。
 何だかんだで旅の間はゆっくり休めないからな、やはりベッドがあると落ち着く。

「ザックが帰ってくるまでに、少し話をしておくか。明日学校へ入学試験を受けに行くのだが、内容は覚えているよな?」
「講師達による面接と、魔法の実技ですよね?」
「そうだ。実技において大事なのは無詠唱を知られないって事だ。何でもいいから魔法名の前に何か呟くようにしとけ」

 さすがにこの年齢で無詠唱を使えば色々探られそうだ。イメージが大事というのは説明しづらいし、下手に公表すれば頭の硬い研究者達から酷い抗議がきそうだ。急すぎる変化は時代が追いつかないし、そもそも有名になりたいわけじゃないし、自分達が使えればそれでいい。
 実技の際は詠唱らしき言葉を呟いていれば、詠唱短縮として捉えてもらえるだろう。

「俺、剣ばっか振っていたから、あまり魔法が得意じゃないんだよなぁ」
「大丈夫よレウス。魔法が使えるかどうか見るだけらしいから、初級でも問題ないらしいわ。どうせなら貴方のあれを見せてやりなさい」
「あれか……いいのかな?」
「問題ない。どのような状況でやるかわからないが、学校の人達に見せつけてやるといい」
「わかった。兄貴直伝の技を見せてやるぜ!」

 俺は概念を教えただけで、実際に使ったわけじゃないんだけどな。それを使えたのは純粋にレウスの実力であり、努力の結果だ。

「私としては面接の方が心配です。貴方の口調がどう影響してしまうか……」
「確かにそうだな。敬語とか大丈夫か?」
「大丈夫だぜ兄貴。エリナさんから教わった基礎で何とかするよ」

 毎年人数が多いらしいので、面接で一人に数時間もかける事はないと思うが、普段の行動からして不安である。
 特に最近は頑丈そうな物を斬れるかどうか調べたがるので、下手すれば危険な方向へ進み始めている。幸い人は斬れると判断しているので、人を斬りたがる様子が皆無なのが救いか。

「後はシリウス様ですが……問題ありませんね」
「だね。兄貴を心配するだけ無駄さ」

 実技の前に属性の判定を行うらしく、俺の無色が判明したらどう影響するかわからないが……まあ、何とかなるだろう。

「任せとけ、どうとでもしてみせるさ。最悪落ちたらガルガン商会にでも雇ってもらって、ディー達に食材を届ける輸送隊として活躍してやろうじゃないか」
「もちろん私達もです」
「盗賊とかきたら全部ぶっ飛ばすよ」

 姉弟は元々俺と一緒にいたいから学校を受けるのだから、俺だけ落ちたとしても平然と合格を蹴って付いてくるだろうな。頼もしい弟子達だ。

 そのまま明日に備えて準備していると、ベッドで休んでいた二人が耳を立てて警戒し始めた。安心なさい、敵じゃありませんよ。

「おーい、旦那達ー」

 ドアがノックされつつ聞こえたのはザックの声だ。すぐにエミリアがドアを開けようとしたが、レウスがそれを止めた。おお、わかっているね。いくら知り合いの声でも無用心にドアを開けるものじゃありませんよ。

「……兄貴は?」
「最高っす!」

 ずっこけた。
 何がって、いつの間に合言葉を決めてた事や合言葉の内容に突っ込みたい。
 俺が頭を抱えている間に扉は開けられ、満面の笑みを浮かべたザックが現れた。

「お待たせしましたっす。わざわざ食事を待っててくれたそうでオイラ感激っすよ」
「ああうん、とりあえず食事行こうか」
「ここの食事はとても美味しいと言ってましたね。とても楽しみです」
「そうっすよ、ここのジャオラスネーク焼きが最高なんすよ」
「兄貴には勝てねえと思うけど、それ美味しそうだな!」

 和気藹々と俺達は食堂へ向かい、ちょっとした打ち上げを兼ねた夕食となった。

「それじゃあ旦那達の学校の合格祝いに――」
「ちょっと待て。俺達はまだ学校にすら行ってないんだが」
「えー? オイラ、旦那達が落ちるなんて想像すら湧かないんすけど」
「それでもだ。ほら、ザックとの出会いとか色々あるだろうが」
「それいいっすね。じゃあオイラと旦那達の出会いに乾杯っす」

 のっけからグダグダであったが、とにかく打ち上げは始まった。
 ザックのお勧めであるジャオラスネークを食べたが、油が乗ってて少し濃い味であるが美味しい……というかこれ、まんまウナギだな。蒲焼のタレとかで食べたいが、醤油が無いから作れないのが悔しい。

「あまりたくさんは食べられないけど、とても美味しいですね。お勧めするだけはあります」
「俺は好きだな。こう、パンが進むというか、とにかく美味い!」
「うーん、これは米が一番合うと思うんだが」
「コメ? この肉に合う添え物ですか?」
「コメって何だ兄貴? 新しい料理か!」
「ほほう! 詳しい話を聞きたいっすね」

 三人が乗り出すように聞いてきたので、米の形や自生する条件等、あとついでに醤油を簡単に説明しておいた。姉弟はともかく、ザックは商人だからな。説明しておけばどこからか見つけてくれるかもしれない。実際、ディーがガッドに頼んでソースモドキを見つけてくれたようだし。

「了解っす。アルメストに帰ったら探してみるっす」
「頼んだ。それにしてもザックは大変だな。数日掛けてエリュシオンへ配達して、次の日には帰らないといけないんだから」
「ははは、本来は二日くらい滞在するんすけど、今回は特別っすよ。盗賊の証言を元に例の商会へ相応の返礼しなきゃいけないっすからね。舐められたら負けっすよ」
「そうだ、舐められたら負けだぜ!」
「散々苦渋を舐めさせられましたから、これを聞けば兄貴もやる気満々っす。オイラも帰ると同時に兄貴も帰るでしょうから、その後は我が商会一丸となってぶっ潰してやるっすよ!」

 ザック自身もやる気満々である。何だかんだで無事だったが実際に襲われたわけだし、あんなくだらん事をしでかす連中は潰れて当然だろう。

「今回はオイラの力不足を本気で感じたっす。憂いの種を潰せる機会も作ってくれたし、偶然とはいえ旦那達と出会えて本当に良かったっすよ」
「俺も狙ってやったわけじゃないがお膳立てした以上、後腐れなくやっちまいな」
「ういっす。今度ここへ来る時は兄貴と一緒にお礼を持ってきますよ」

 和やかな雰囲気のまま食事は進み、俺達は今日を終えた。



 次の日、朝早くからアルメストに帰るザックを見送り、俺達は目的地であるエリュシオン学園へとやってきた。

「はあ〜……大きいですねぇ」
「でけえな。ここが俺達の新たな住処になるんだな」

 二人の言うとおり、学校は城と見間違う程に大きい……いや、もはや城だった。町の外から見ると、王様の住む城に隠れて見えないが、裏手に全く同じレベルの城があるとは思わなかったな。

「それで試験会場はどこだ?」
「シリウス様、あちらの方に人が集まっています。若い人が多いので、おそらくそこかと」

 エミリアが目を向けた方角には確かに人だかりがあったので、近づいてみると入学試験会場と書かれた看板が立ててある。そのすぐ近くの建物に受付と書かれているので俺達はそこに向かった。
 途中で他の入学希望者に目を向けてみたが、貴族のような身形が多く、獣人はやはり少数であった。それでも猫耳や兎耳、姉弟とは違った狼耳を持つ様々な種族がいるが、貴族とは離れた位置に固まって雑談していた。すでに幾つかの派閥が出来つつあるようだ。
 受付には温和そうな青年が座っていて、俺達に気付いて声をかけてきた。

「やあ、入学試験を受けに来た子かい?」
「はい。俺を含めて三人が受けに来ました」
「そうか。ところで入学金はちゃんとあるかい? 悪いけどたまに冷やかしとかあるもんでさ」
「大丈夫ですよ。金貨十五枚ですよね?」
「そうだよ。それじゃあ三人だから四十五枚だね。金貨と引き換えにこれを渡す決まりなんだ」

 そう言って見せてきたのは翡翠の宝石が埋め込まれたペンダントで、下の方に番号が振られていた。

「これは試験を受ける証だから常に首から下げておいてね。学校の敷地から出たら装備者を攻撃する魔法陣が刻まれてるから、持ち逃げしちゃ駄目だよ」
「わかりました。ではこれが金貨です」

 色々あって稼いだ金がこうして一気に消えた。惜しいわけじゃないが、何だか感慨深いものだな。
 青年は数え終わると金貨を箱に仕舞い、人数分のペンダントと一枚の紙を渡してくれた。どうやら紙は学校の案内パンフレットのようで、俺達はペンダントを付けて少し離れた場所でパンフレットを読んだ。

 試験開始は数時間後で、学校の別館に集まり、まず自分のプロフィールを書く事から始まるらしい。文字の読み書きが出来ない者は受ける資格が無いらしく、会場では誰にも相談できないのでその時点で不合格だ。
 その後、五人ずつ呼ばれ面接と実技を同時に行うらしい。数人の先生が幾つかの部屋に分かれて審査するらしく、回転率は悪くなさそうだ。
 その後すぐに合否が発表され、数日後に入学式……というわけだ。ちなみに不合格者にはペンダントを返却した際に金貨が五枚くらい戻るそうだ。こんな世界にしてはアフターサービスがしっかりしているので、学校に余裕がある上に学校長が優秀な証拠だと思う。
 思ったことを姉弟に話すと、パンフレットに載っている学校長の言葉を指しながら言ってきた。

「学校長の名前は、ロードヴェルという男の方のようです。あ、種族はエルフだそうですよ」
「エルフって凄い長生きな種族だよね。すげえ、これによると四百歳は超えてるってさ」
「エルフは希少で狙われる種族なのに、ここまで有名になると逆に狙えなくなるわけか。どんな人なんだろうな」
「シリウス様はエルフに会われた事があるんですよね」
「そうだな。今頃どうしてるだろうな……」

 フィアは故郷の森から十年は出られない掟だ。あれから三年とちょっと、まだまだ会えるのは当分先だな。

「さて、情報も得たしそろそろ会場入りしようか。俺の番号は……百五十六だな」
「私は百五十五です」
「俺は百五十四」
「ああ、それなら俺だけ五人の枠から別になりそうだな。今更言うべき事でもないが、自分の実力を信じていつも通りやればいいからな。頑張るんだぞ」
「「はい!」」

 そして俺達は入学試験に臨んだ。






 ――― ロードヴェル ―――



 私はエリュシオン学園の校長であるロードヴェル。

 今年も元気そうで若々しい新入生が沢山集まったようでなによりだ。

 さて、本日から数日に掛けて行われる入学試験だが、受験者は初日が一番多い。
 受付からの話によると今日は百六十三人だとか。例年通りだと最終的に三百人は超えるわけだが、やはり初日が一番大変である。


 会場の受験者がプロフィールを書き終わると、次に五人ずつ別室に呼び出して面接開始だ。
 プロフィールと言っても、名前や属性と得意な魔法と簡単な物だ。そのプロフィールを見ながら我が学校の先生が直接審査し、魔法を見て合否の判断する。大体全体の一割が緊張や適性不足で不合格になるが、それは仕方あるまい。また挑戦してもらうか、向いてないと諦めてもらうしかあるまい。

 さて、そんな面接であるが……まさか先生に混じって校長である私がいるとは夢にも思うまい。勿論エルフだとばれない様に変装してだ。

 流石に全部は見れないが、こうやって若い者達の頑張りを見ていると面白く、毎年のちょっとした楽しみだ。惜しむらくは問題が多い、グレゴリ先生が一緒な点か。火と土の属性適性を持つ優れた人材なのだが、貴族以外を見下す傲慢な態度が目立つ。正直とっとと解雇したいが、貴族の位が高いので下手に手を出すと面倒な事になる。最近何か企んでいるようなので、見張りをつけるべきか悩むところだ。
 辛気臭い考えは置いておいて、未来の主役である新入生を拝見させてもらいましょう。


「属性は土です。攻撃魔法はまだ出来ませんが、人形を作るのが得意です」

「我が家名は火が主流であり、私も名に恥じぬほどに火が得意だ。代々引き継がれし『火槍フレイムランス』を見せてさしあげよう」

「風は全ての頂点であり、俺の風は最強だ。俺が入学した瞬間、学校には伝説が生まれる」

「この俺様がわざわざ入学するのだ。我が家名の者が入学すればここは栄誉ある学校となるであろう」

「えと……水が得意です。攻撃魔法は使えなくて……火の魔法が全く駄目なんです」


 ……うーむ、やはり大半は貴族か。
 貴族でも見所がある者はいるが、家名に驕って傲慢な者が多い。
 特に何人かは審査の先生に袖の下を通した勘違い馬鹿もいるようだ。残念な事にそれを受諾する先生もいるようで……後日調べて粛清だな。

 はぁ……昔は強さに驕れず、練磨を重ねる若人が多かったのだが……最近は質が落ち続けるばかりだ。この試験は毎年の楽しみであったのに、最近は低迷する現実を突きつけられて楽しみが薄れてきた。
 少し魔法が上手いだけでえばり散らす貴族に、仲間内で固まるばかりで外を知ろうとしない獣人達。特に貴族は酷いものだ。学校では身分の差など一切考慮しないと公表しているのに、家名を出し、平民や獣人を脅す事件が増えているのだ。


 そろそろ引退を考える時期なのかもしれない。そう思っていた時……私は出会ったのだ。


「百五十四番、レウス・シルバリオンです」
「百五十五番、エミリア・シルバリオンです」

 面接部屋がざわめく。この大陸では珍しい銀狼族の二人だった。プロフィールを見ると姉弟らしく、特にレウス君の方は入学年齢ギリギリの年だ。
 だがざわついたのは珍しい種族からではない。平民が着る冒険者のような服装だが、彼等の姿勢は素晴らしく、先ほど見せた御辞儀一つとっても王に仕える従者と思われてもおかしくない程に洗練されていた。
 更に彼等の身形だ。乱れのない艶やかな銀髪に、引き締まった筋肉は満足な食生活を送っている証拠だろう。平民と書かれているが、実は貴族じゃないかと見間違う程の気品があった。
 なにより彼らは全くと言っていいほどに緊張していない。まるでここにいるのが当然とばかりに、胸を張って堂々と座っているのだ。

「ふん……亜人が身形を気にしおって」
「グレゴリ先生、不謹慎ですぞ」

 全く、獣人だろうが何だろうがここまで整った者は人族でも滅多におらんよ。これは楽しみになってきたな。
 紹介の後は属性の判定だ。中央に置かれた魔法陣に触れ、水晶の色がプロフィールと不備が無いか調べる為でもある。
 レウス君は火のようで水晶が赤く輝いているのだが、何と美しい赤色か。火とはまさにこの色であると体現した赤い光は、先生たちを唸らせる程に惹きつけていた。
 次はエミリア君だが、彼女は風の適性で水晶は緑色に輝いていた。光が強い程魔力保有量が多いのだが、彼女の輝きは目を覆いたくなるほどに強く、この光量だとそこらの魔法士を軽く凌駕するであろう。いや、下手すればここにいる先生達より魔力保有量は多い。
 他の三人は普通であった。特筆すべき点は無いので割愛する。

「では、レウス・シルバリオン。貴方の魔法を見せてもらえますか」

 そしてついに待ち望んだ実技である。
 面接部屋は片面が外になっており、そこに土属性者が作った人型の的が置いてある。そこに魔法を当てればいいだけの話だが、彼等はどんな事をしてくれるのか楽しみである。

「えーと……実は私は遠距離魔法が苦手でして」
「何だ? まさか『フレイム』すら出来ないのか? やはり亜人はその程度なんだな」
「グレゴリ先生は黙っているように。して、レウス君はどうしたいのですか?」
「私の魔法は特殊でして、相手に接近しなければならないんです。ですから的が遠いと見えないのではないかと思いまして」
「そういうことですか。マグナ先生、お願いします」

 審査員の一人であるマグナ先生は土魔法の使い手で、彼の手にかかれば的を増やすことなぞ造作も無い。あっという間にレウス君の目の前に的である土人形が出来上がった。

「それではその的にお願いします」
「わかりました。我が鉄拳に炎を纏え……『炎拳フレイムナックル』」

 魔法名を唱えると、彼の右拳から大きな炎が巻き起こった。その炎は右腕を包むように燃え盛っているが、彼は全く熱さを気にした様子が無い。
 彼の姉を除いた受験者と先生達が呆然と眺める中、彼はその拳を的へと振るった。大きな破砕音と共に土人形は砕け、後には焦げた土塊が無残にも転がっているだけだった。
 もちろん彼の腕力もあるだろうが、僅か八歳で『火槍フレイムランス』に引けを取らないこの威力と詠唱の短さは素晴らしいの一言だ。
 私も四百年余り生きているが、彼のように炎を身に纏う使い方をする者は稀である。強力なのだが、炎に躊躇し制御をミスると自身を焼いてしまう諸刃の剣だからだ。
 なのに彼はそれを平然と行い、全くもって躊躇する素振りが無い。
 焼けてもいい馬鹿なのか、指導を行った者の腕が素晴らしいのか。いや、これだけの制御と力強さ、彼は間違いなく何者かの師事を受けているのだろう。

「ちっ……接近せねば使えぬ欠陥魔法ではないか」

 隣で一人呟くグレゴリ先生であるが、わかっておらんな。確かに接近せねば使えぬが、懐に入り込まれたら貴方でもやられる威力だぞ。獣人だからと言って馬鹿にしていては足を掬われるぞ、たわけが。

「つ、続いてエミリア・シルバリオン。魔法を見せてください」
「わかりました」

 優雅に立ち上がった彼女は、長い銀髪を煌かせながら的へと手を向けた。
 弟があれ程の魔法を見せてくれたのだ。姉だからと言って強いとは限らぬが、やはり期待してしまうものだ。

「風よ切り裂け……『風斬エアスラッシュ』」

 何だと!? 弟以上に魔力の収束が早い上に、中級レベルをこれ程までに詠唱を短縮しているだと?
 信じられん……が、風が巻き起こったので魔法は発動したようだ。

「……何も起きておらんではないか」

 グレゴリ先生の言うとおり、直撃したであろう的は微動だにしてなかった。
 おかしい、確かに魔法が発動した形跡はあったのだが……どういう事だ?
 『風斬エアスラッシュ』は、射程は短いが鋭利な風の刃を飛ばす中級魔法だ。本来であればあの程度の的など真っ二つにしている筈なのだが。

「驚かせおって、見栄を張って中級なぞ使うからそうなるのだ。さっさと初級でも何でも使って下がるがいい」
「いいえ、すでに終っております。風の衝撃を……『風玉エアショット』」

 『風斬エアスラッシュ』より一つ下の魔法だが、これもまた速い!
 軽く腕を振るように放ち、我が学校の先生と同レベル……いや、それ以上の速さだ。これ程のレベルに至るまでどれほどの研鑽を積んだのだろうか。
 彼女が放った『風玉エアショット』は的の頭に当たる部分に直撃したが、触れると同時に消えてしまった。この魔法も的を打ち砕くぐらいの威力はある筈なのだが……あれではただ的を揺らしただけではないか?

「なっ!?」

 それは誰の言葉だったか。的に無数の切れ込みが入ったかと思えば、幾つものパーツになって崩れ落ちたのだ。
 つまり風の刃は一つではなく、最低でも四つは同時に放ったという事になる。そして衝撃を受けるまで崩れない程、鋭利な風の刃を放つ魔法の制御力。これはまたとてつもない新入生が現れたものだ。

「以上でございます」

 そして優雅なお辞儀をし、彼女は席に戻った。
 さて、結果であるが……三人は標準を満たしていたし、あの姉弟についてはもはや何も言う必要もあるまい。獣人嫌いのグレゴリ先生でさえも何も言えぬのだからな。

「ではこの者達は、全員合格と言う事でよろしいかな?」
「も、問題ありません」
「異議はありません」
「くっ……異議なし」

 私の合格という言葉に、座っていた五人は表情を崩して喜んでいた。特に姉弟は当然と言わんばかりに、手の平を叩き合って静かに喜んでいた。
 その後彼等は退室していくのだが、私は気になったので二人だけ呼び止めていた。

「すまない、そこの二人だが少し待ってもらっていいだろうか?」
「はい……何でしょうか?」
「ああ、合格に変わりはないから安心していいよ。実は少し質問がしたくてね」

 二人は不思議そうな顔をして立ち止まり、私達の方へ顔を向けた。私の隣から舌打ちが聞こえたが無視しておこう。

「君達の魔法、実に見事だった。ところで君達の魔法はどなたかに師事して教えてもらったのかい? それとも己で鍛え上げたのかな?」
「私達が最も尊敬する御方に教えていただきました」
「ほう? よろしければその御方の名前を教えていただいてもよろしいかな?」
「シリウス様です。私達のご主人様であられる御方です」
「主人? 君達は従者なのかい?」
「その通りです。私達を救い、教育された素晴らしい御方です。あの御方の従者である事を誇りに思っております」

 彼女は一点の曇りなく堂々と答え、後ろにいた弟も同じように頷いていた。
 聞きたいことは聞いたので二人を退室させ、私達は息をつきながら先ほどの話を思い返した。

「話は聞いていたな。その名に聞き覚えはあるか?」
「ありませんね。あの風の鋭さ、暴風のドーラに師事していたと思っていたのですが」
「私も聞いた覚えはありません。これ程の魔法を教えられる魔法士なら有名になっている筈です」
「亜人を従者にする奴などどうでいいわ!」

 貴方には聞いていないよ。
 しかし、これ程の強さを持つ従者を鍛え上げ、心から尊敬されるシリウスとは何者だろうか?
 もう少し特徴を聞いておくべきだったか? まあ入学は決定したのだから後で聞けばいいだろう。

「あの……学校長。プロフィールをご覧ください」
「ん? プロフィールにはその者の名前は一切載っていないだろう?」
「いえ、彼女のプロフィールではなく、次の受験者の名前を……」
「ふむ……これは!?」

 百五十六番……シリウス・ティーチャー。

 これは偶然か? いや、連番で彼がいる以上、二人と繋がりがある可能性が高い。年は……八歳!? この年で二人のような強者を鍛え上げるなど信じられん。名前が似ているだけか?
 だが……名前にしろ偶然にしては出来すぎている気がする。確認すべきだな。

「彼は隣の第二面接会場室への待機ですが……どうされますか?」
「すぐにこちらで受け持つと伝えてくれ」
「わ、わかりました!」

 慌しく出て行く先生を見送り、私は背もたれに深く座り目を閉じた。
 レウス君の炎の拳に、エミリア君の洗練された風の魔法。久方ぶりに見る、飛びぬけた才能を持つ者が二人も同時に現れた。更に彼等を鍛えたという、主人に似た名前を持つ少年。
 さて……彼が二人の言う主人かどうかわからぬが、この者は一体何者なのか。
 私としてはその主人であってほしいと心から願う。
 どのように二人を鍛え上げ、また本人はどれほどの才能を持つのか?
 気付けば年甲斐もなく、子供のようにワクワクしている私がいた。



本当なら主人公の面接も終える予定だったのですが、文が多くなったので分割しました。
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