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後日談 子供たちへ……(中編)

更新2/3分



「そして、桃の助は王子様とお姫様を連れて国へ帰ったとさ……」

「「んん……」」

「「すぅ……」」」

「……おやすみ」


 夜……絵本を読み聞かせていた子供たちが寝入ったのを確認した俺は、近くで見守るホクトの頭を撫でてから静かに部屋を出る。

 今日は妙に元気が有り余っていたので手強かったが、絵本の御蔭で何とかなったな。

 増築して随分と大きくなった屋敷内を歩いて談話室へと向かえば、皆が思い思いに寛ぎながら談笑をしていた。


「シリウス様、お疲れ様でした」

「遅かったじゃない。今日は中々手強かったようね」

「そうだな。何か妙に元気が有り余っていたというか、寧ろ眠りたくないとばかりにはしゃいでいたよ」


 椅子に座れば、エミリアがいつものように紅茶を用意してくれる。

 それを口にしながら一息吐いていると、近くで就寝前のストレッチをしていたレウスが当然だろと言わんばかりに笑っていた。


「俺の子たちもだけど、やっぱ兄貴に構ってもらえないと寂しいんだよ」

「わかっちゃいるんだが、やる事が多くて忙しくてな」


 特に最近は、エリナ村に人の出入りが多いからな。

 新しい人の面談に始まり、入植の案内に加えて村人からの相談等と、村にいても家にはいない時間の方が長いのである。

 そのせいで子供たちに構う時間も減っており、痛し痒しの状態なのは理解していた。


「ですがシリウス様。少しお一人で仕事を抱え過ぎではありませんか? もっと休んでいただきたいのですが……」

「それはこちらの台詞だな」


 隣に座るエミリアのお腹は膨れており、そこに俺たちの第二子がいるのだ。

 紅茶を淹れてくれるのはありがたいが、今だけはさすがに控えてもらいたいものである。

 俺の言葉に同意するように、近くのソファーでだらけていたノエルが同意するようにこちらを見た。


「シリウス様の言う通りですよ。こういう時こそ、私やノワールちゃんに任せておきなさいって!」

「母さん、そんな恰好で言われても説得力ないよ。もう……無理して一緒にはしゃぐから腰を痛めちゃうのよ」

「うぅ……シリウス様のお子様たちは元気一杯過ぎです。でも、紅茶くらいなら淹れられるから!」

「気持ちはありがたいのですが、これは私にとって大切な事なのです。それに、こんな状態でも多少は運動はしないと駄目ですからね」


 忙しい俺たちに代わり、子供の相手をしてくれるノエルには頭が上がらないな。

 そしてエミリアの大きくなったお腹を眺めていると、食堂から盆を抱えたディーがやってきた。


「シリウス様。ミルクを温めてきましたが、如何ですか?」

「ありがとう。でも俺はこれがあるから大丈夫だ」

「私はちょうだい。リースもいるでしょ?」

「ディーさん、私もぉ……」

「ああ。ノエルとノワールの分もあるよ」


 子供たちと過ごす騒がしい時間もいいが、こうして大人たちとのんびり談笑する時間もいいものだ。

 日々成長していく子供たちを見守りながら、愛しい家族と過ごす忙しくも充実した毎日。

 気が休まらない時もあるが、今の俺は間違いなく幸せな日々を送っているだろう。

 だが……。


「……どうかされましたか、シリウス様?」

「ああ……二度目とはいえ、やはりそのお腹を見ていると大変そうだなと思ってな」

「否定はしませんが、それ以上の幸せを私は感じております」

「うんうん! 家族が沢山なのは楽しいもんね! 子供たちにおばちゃんって呼ばれるのはちょっと悲しいですけど」

「だから、あの子たちにノエルお姉ちゃんって何度も言っていたんだね」


 残念ながら、ノエルの健闘も虚しく子供たちはノエルおばちゃんと呼んでいるようだ。

 そんなノエルに笑いが零れる中、テーブルで書き物をしていたカレンが話し掛けてきた。


「あ、先生。あの本、子供たちの反応はどうだった?」

「悪くなかったよ。色々と助かったが……」


 以前、カレンに前世の桃の剣士が鬼を退治する物語を教えた事があり、それを参考に書いたそうだが……。


「最後は魔物を倒した主人公とお供が財宝を持って家へ帰る……という流れだった筈だが、何故お姫様と王子様も連れて一緒に帰っている?」

「その方が面白そうだったから」

「まあ、子供たちは面白そうにしていたな」


 お姫様と王子様がいるのはいいが、この二人は自国を放っておいて主人公の故郷へ帰ってどうするんだろうか?

 しかも、幸せに暮らしたと話の雑な畳み方が若干気になるし。


「んー……実は続きを書こうと思っててさ、お姫様と王子様は好きになった主人公を取り合う戦いとか考えているの。ちょっと大人になった子たちへ向けた内容にするつもり」


 普段はきちんとした物語を書いているのに、時折変な方向へ走るのがカレンである。

 何かもう突っ込むのも諦めて少し冷めた紅茶を口に運んでいると、一部からこちらに視線が向けられている事に気付く。


「「「…………」」」

「ん? どうした?」

「いえ、お代わりはどうなされますか?」

「なら、貰おうかな? でもエミリアは座っているんだぞ」

「……わかりました」

「エミリアさん、ここは私に任せてください!」


 ノワールが率先して立ち上がってくれた事に感謝しつつ、穏やかに夜も更けていくのだった。



 それから数日後……今日も子供たちを寝かせて後は眠るだけとなったのだが、俺はフィアからの言伝により家を出て暗くなった道を一人歩いていた。


「聖樹の下に……ね。そういえば、最近行ってなかったな」


 俺たちが開拓したエリナ村であるが、その村の中心には巨大な樹……聖樹が生えている。

 あれはかつて師匠から貰った聖樹製のナイフであり、地面に植えた事によって一気に成長し、今ではこの辺りで最も高く大きな樹となっていた。今ではこの村の名物となっていた。

 更に大きくなった事で隣の大陸にある聖樹と根を繋いだらしく、今は聖樹のネットワークの中継点というのか、とにかくあれも聖樹となったわけだ。向こうにいるエルフたちがこれを知ったら、どんな反応をするだろうか?


「うーむ……海を越えて根を繋ぐとか、本当にどういう存在なんだあの樹は?」


 最早凄いとかそういうレベルじゃなく、異次元の存在だな。

 この世界で生きて数十年は経ち、世界のあちこちを巡ったというのに、未だに驚かされる事ばかりだ。

 俺が元いた世界の化学が合わされば、とんでもない技術が生まれそうだと考えたところで、聖樹の下に何かがいる事に気付く。

 全身から淡い光を放っているので、誰かとか考えるまでもない。普段はあまり人型の姿を見せない師匠が、手製の椅子に座り不機嫌そうに腕を組んでいた。


「遅い! もっと早く来な!」

「悪いな。子供たちが元気過ぎてな」

「ふん……なら仕方がないね。ほれ、そこに座りな」


 いつの間にか用意されていた椅子に座れば、珍しく紅茶を用意する事もなく師匠は俺の体面に座った。


「それで? フィアから言われて来たが、何の用なんだ?」

「ちょっと話したい事があってね。ったく、タイミングが良いというか、そういう運命だったのかね……」


 表面上はいつも通りだが、どことなく疲れている気がするな。

 ここ数日姿を見なかったし、一体何をやっていたのかと逆に質問したいところだが、まずは師匠からの話を聞くべきか。


「で? お前は何を悩んでいるってんだい?」

「うん。否定はしないが、色々と説明を省き過ぎじゃないか?」

「ああもう、つまりあんたの奥さんたちがね、旦那が何か悩んでいるから相談に乗ってくれないかって言いに来たんだよ」

「彼女たちが?」

「ああ。何かあったらすぐ教えてくれるのに、自分たちに話してくれないって事は、相当深い問題なのか、前世の事じゃないかって……さ。ふん、常に見張られている奴隷みたいだねあんたは」


 そこは愛情深いとか、もっと良い言い方はなかったのかよ。

 だが、確かにほんの僅かながら悩みがあるのは事実だ。

 しかし皆へ相談しようにも、どうしようもないどころか困らせてしまう内容に加え、不意に思い出す程度なので誰にも語れずにいた。

 だが、その僅かな変化を彼女たちは気付き、内容の推測もして師匠に相談していたのか。

 本当……頼りになる奥さんたちだ。


「散々惚気られて面白くないが、そういうわけさ。というわけで、さっさと吐きな」

「わかったよ。今更どうしようもない話なんだけどな……」


 初めてその感覚を覚えたのは、懐妊したフィアの大きくなったお腹を見た時だった。

 その時は嬉しさのあまりすぐに忘れてしまったが、続いてエミリアとリースのお腹が大きくなる度にその感覚は強くなっていき、今では無意識に思考の隅に浮かんでしまうのである。


「前の世界に残した弟子たちと、俺の子はどうなったんだろうな……ってさ」


 前世では仕事上、子供がいれば狙われたりと、不幸になるのは目に見えていたので作るつもりはなかった。

 だが、長年俺に連れ添い裏で支え続けてくれた一人の女性が何かを察したのだろう。

 前世で命を落としたあの作戦の数か月前……俺との子供が欲しいと願い、最後かもしれないと思った俺はその願いに応えた。

 そして作戦開始日の前日……準備を整え出発する直前に彼女は懐妊したと教えてくれたのである。


『ここに貴方の子供がいます。ですから……必ず帰ってきて、私を探してくださいね』


 俺の帰還を願うだけでなく、お腹の子が俺の子だと周囲に知られないよう、しばらく姿を隠すとも言ったのだ。

 俺が生きていた証を残し、守りたい……そんな彼女の献身と覚悟を止められる筈もなく、俺は彼女と再会するまでその秘密を墓まで持っていくと決意した。

 結果……俺はそれを誰にも語らず命を落とし転生したわけだが、その子供の事を、妻たちのお腹を見て不意に思い出してしまうわけだ。

 転生したなら俺の子供と呼ぶのは違うとは思うが、それでも気になってしまい、その思いが完全に消えなくて今に至る。


「……というわけだ。きっと未練や、罪悪感なんだろうな。子供たちを置いて逝ってしまった事にさ」

「はん! 肉体どころか住む世界すら違うなら他人だというのに、ご苦労なことだねぇ。でだ、あんたはどうしたいんだい? その他人となった子供に会いたいのかい?」

「……ああ」


 不可能だと理解はしているが、師匠の前で本音を隠していても仕方ない。

 そうだ。こういう時こそ感情に蓋をせず、少しでも吐き出す事で気持ちを整理するべきー……。


「なら、行ってみようじゃないか」

「……は?」

「ちょっと待ってな」


 いや、行くって……まさか?

 まるで散歩にでも行くような声色で立ち上がった師匠は、考えがまとまっていない俺を無視して己の本体である聖樹へと近づく。

 そして樹へ手を突っ込み、ゆっくりと抜かれたその手には、淡い光を放つ宝石のような物が握られていたのである。


「こいつは聖樹の実だ。以前ちょっとだけ話した事があるが、見るのは初めてだろう?」

「あ、ああ。凄い魔力を感じるな」

「そりゃあそうさ。数百年に一度だけ生み出す、聖樹の力を濃縮……結晶化したような物だからね」

「なあ、その実が凄いのはわかったが、本当に大丈夫なのか? 何か危険な匂いがするんだが……」

「まあね。こいつを適当に扱えば、大陸の一つ二つくらい軽く吹っ飛ばせるだろうね。ほれ!」

「って、おい!?」


 大陸をも吹っ飛ばすという代物を、そんな軽々しく投げるんじゃない!

 何とか無事にキャッチしたが、聖樹の実に触れた瞬間、鳥肌が立って思わず落としそうになる。

 見た目は淡く光る木の実にしか見えないのに、まるで巨大な樹を持っているかのような錯覚を覚えるという、恐ろしい程の存在感を放っていた。


「まるで数億人分の魔力を圧縮したかのような代物だな。それで、こいつをどうするんだ?」

「私がそれを手にしたのは、今回で二度目だ。一度目は別の世界へ渡る為の触媒に使ったんだが、覚えているかい?」

「っ!?」


 以前、師匠が俺が元々いた向こうの世界へ渡る際に、聖樹の実を使ったと話していた。

 つまりこれがその実物というわけで、行ってみようという言葉の意味は……。


「つまり、俺も向こうの世界へ行ける……のか?」

「だからそう言っているのさ。で、どうするんだい?」


 いや、行けるからって簡単に決めていい問題じゃないだろう。

 それに師匠の言葉通り、向こうの世界の子供は最早他人に近いのだから、気にしないのが正しいとも思う。

 簡単に行き来出来る場所じゃないし、多くの家族がいる今、下手な冒険は避けるべきだとも言える。だが、父親になったからこそ俺は……。

 唐突に突き付けられた選択に迷う俺だが、師匠には珍しく安心させるような笑みを浮かべていた。


「向こうに行った私がここにいるんだ。戻って来られる保証はしようじゃないか」

「待て、時間差とかあるんじゃないのか? 向こうで数日過ごして帰ってきたら、数年経っていたとか洒落にならないぞ?」

「一度往復してきたんだ、その辺りの調整は完璧さ。まあ多少の誤差は出るだろうが、悪くて数日くらいだろうさ」


 調整は完璧?

 数日間姿を見せなかった点といい、どこか疲れているような様子といい……まさか今回の為に色々と作業をしていたのか?

 全く……仕方なくやったんだと言わんばかりな表情をしているが、こういう時くらいはもっと素直になればいいのに。


「そうだな、せっかくの師匠からの好意だ。百年に一度あるかどうかだし、今回は甘えさせてもらうとするか」

「舐めてんじゃないよ! あの子たちが煩いから仕方なくってやつさ」

「そういう事にしておくよ」


 冗談じゃ済まない事をよくやらかす師匠ではあるが、その能力は疑いようもない。

 妻たちを心配させているし、機会が出来たのならしっかりと憂いを晴らしておくべきだろう。

 聖樹の実を師匠へと返し、早速皆へ報告しに家へ戻ろうとする俺だが、その前に師匠に呼び止められた。


「どこへ行くんだい? さっさと始めるから、そこにいな」

「いや、皆への報告と必要な物を選別しようかなと……」

「荷物は持っていけないし、あの娘たちには事前にあんたが数日出掛ける可能性があるとは伝えているよ」

「俺がいない間、やらなければいけない事がー……」

「あんたがいなきゃ、この村は存続出来ないのかい? ほら、戻るだけ話が長くなるだけだからさっさと行きな!」


 すでに根回しは十分というわけか。

 師匠に言われずとも、この村はもう俺がいなくても十分回るのだから、これ以上の問答は無駄か。

 気付けば近くにホクトの姿があり、己の分身である子供たちと共におすわりの姿勢で待っていた。


「話は聞いていたようだな。ところでホクトは……さすがに無理か?」

「人一人の調整でも大変だってのに、こんなでかい犬なんか無理に決まっているだろうが」

「クゥーン……」

「悪いな。じゃあ、ちょっと行って来る。時間差はほとんどないとの事だが、後は頼む」

「オン!」


 頼もしく返事をするホクトたちの頭を撫でていると、師匠が以前俺にくれた聖樹製のナイフを持っている事に気付く。

 そして徐にそのナイフを聖樹の実へと突き立てれば、実がナイフへと融合するように溶けて、残ったのは光るナイフ一本のみであった。


「ほれ、すぐに転移が始まるからしっかりと握ってな」

「あ、ああ」


 投げ渡された聖樹製のナイフから光が溢れ、俺の体を包み込んでいく。

 色々と急過ぎて実感が湧かないが、とりあえず向こうへ行く前に自分の気持ちを師匠に伝えておこうと思う。


「手間をかけさせたな、師匠。ありがとう」

「ふん! 子供が出来てから、偶にしけた面をしていたからね。仕方なくってやつさ」

「そんなに顔に出ていたのか。上手く隠していたつもりだったんだが、情けない話だな」

「何を言ってんだ。それに気づいたあんたの奥さんたちと、私が凄いんだよ」

「はは、そうだな。その通りだ」


 光が全身を包み、視界も白く染まり始め師匠の姿が見えなくなっていく。

 それに合わせて意識も遠くなっていき、師匠の言葉を聞き終えると同時に俺の意識は途絶えた。


「しっかり気持ちに蹴りをつけてきな。帰ってきても同じ面をしていたら、ぶちのめしてやるからね」



 ※※※※※



「……ん? これは……」


 意識が戻り、最初に感じたのは空気の違いと懐かしさだった。

 別に不快とかそういうのではなく、不思議な感覚を覚えつつ目を開いてみれば、雲が流れる青空が広がっていた。

 どうやら硬い地面の上に仰向けで俺は寝ていたようだ。


「緑の匂い……山の上……ああ、どうりで……」


 体を起こして周囲を見渡してみれば、朽ちかけた丸太小屋がある。

 最早人が住めそうにない荒れ具合だが、懐かしさを覚えるのも当然だろう。

 この外観と残された家財……間違いない。


「まだ残っていたんだな。誰にも使われていないとか、どれだけ人が来ない場所に建てていたんだか」


 俺が師匠に拾われ、十年以上も住んでいた家だ。

 脳裏に過る思い出に浸りながら、本当に戻って……いや、今の俺にとっては異世界へ来たんだなと考えていると、握っていた聖樹のナイフが小さく震えた。


『ふ……懐かしいねぇ。あの頃は上手く建てられなくて、何回か壊してやり直したもんだよ』

「ああ……うん。そりゃそうだよな」


 以前使っていた聖樹のナイフは樹になったので、こうしてナイフと話すのも懐かしいものだ。


『何だい? 文句があるなら、帰る魔法陣を自力で描くかい?』

「そんな事はないって。というか、以前は地面に刺さなきゃ会話出来なかったのに、今は普通に話せるんだな」

『当り前さ! 私は常に進化してんだからねぇ』

「その姿勢は同意するが、あんたが言うと何か恐ろしいよ」


 ただでさえ化物みたいな存在だからな。

 とりあえず、世界を行き来する案内役がこの聖樹のナイフ……師匠の分体であり、帰る算段は師匠に任せておけばいいわけだな。

 現状を確認したところ、肉体に痛みや変化は見られず、体を動かす点については支障はない。

 そしてこの明るさから、時刻はまだ早朝といったところか。

 朽ちていても懐かしい家ではあるが、俺の目的は思い出に浸る事ではないので早々に移動するとしよう。


 ここは秘境とも呼べそうな山奥なので整備された道なんかある筈もなく、獣道を通って山を下っている俺だが、不安定な足場を駆けながら己の性能を検証していた。


「大分薄いが、この世界にも魔力はあったんだな」

『そりゃあそうさ。でも薄過ぎて、人が魔力に適応した進化が出来ないから、この世界で魔法が使える存在はまず生まれないだろうね』

「魔法は使えるが、魔力を使った全力戦闘は無理そうだな。でもまあ……」


 近くの岩へと『マグナム』を放てば、以前と同じく岩に綺麗な穴が空いた。多少貫通力は落ちているようだが、威力は十分だろう。

 更に本来ならば迂回する崖を躊躇なく飛び下り、『エアステップ』で落下速度を調整して着地も無事に成功する。


「向こうでは当たり前に出来るが、この世界だと映画とかに出そうなヒーローになったみたいだな」

『ヒーローだぁ? やるだけ面倒なだけさ』

「経験者は語るってか? もちろん、そんな事をするつもりはないさ」


 師匠がこんな辺鄙な場所に家を建てたのは、巨大な悪人をぶっ飛ばした事で実力を世間に知られ、面倒事から逃げる為だと聞いた事がある。

 だから、この世界に滞在する期間は短くとも、派手な動きは可能な限り避けないとな。


 身体能力による強引な移動により、数日は必要とする山道をあっさりと走破し、半日も経たない内に俺は人が住まう町へと到着した。

 町と言ってもかなり田舎であり、こうして町中を歩いていても人の姿がほぼ見えなかった。

 人がいないのは時間帯もあるだろうが、今はこれくらいがちょうどいい。

 その理由は、小さな服屋のガラスに映る己の姿を見れば一目瞭然だ。顔は大陸違いで誤魔化せても、この異世界の服だとさすがに周囲から浮きそうだからな。


「さて、金はないし、どうやって服を調達するか……」

『心配は無用さ。あんたが作った魔法陣を使えば簡単だよ』


 そう師匠が言うなり、俺の服が服屋にあった手頃な服に変わっていた。

 まあ変わっているように見えるだけで、実際の服は変わっていないのだが、これは以前エルフであるフィアを目立たせない為に使った魔道具の応用か。

 とにかく多少は目立たなくなったので、適当な店を見つけて新聞を確認してみたところ、どうやら俺が亡くなってから二十年近く経っている事が判明した。


「やはり時間の進みが違うんだな。師匠、本当に向こうへ帰った時は大丈夫なんだろうな?」

『心配するなって言っているだろう? それより、これからどこへ向かうのか決めているのかい?』

「ここから少し離れた都心に、俺の拠点があった店がある。今も残っていればだが……」


 かつての相棒や弟子たちと出会えれば一番手っ取り早いのだが、向こうからすれば俺は他人だからな。探して会うにしても、慎重な接触が必要となりそうだ。

 とにかく都心であれば情報も集めやすいので、すぐに向かうとしよう。




「馬鹿野郎がーっ!」


 路銀もないので、車に乗った男に相乗りさせてもらって数時間後。

 辺りが暗くなり夜の時間帯になったところで、俺たちは目的地である大都市へとやってきた。

 乗せてもらった男との説明によると、その都市は世界で有数の大都市と呼ばれる程の発展しているらしい。

 そんな大都市特有の煌びやかさと空気を感じながら、罵声と共に走り去るドライバーを見送っていると、師匠が呆れた様子で呟く。


『やれやれ……さっきまで借りて来た猫だってのに、捨て台詞だけは立派なこった』

「まあ、今回の件で少しは反省しただろうさ」

『甘いこったねぇ。私なら遠慮なくぶちのめして、車を奪っていたよ』


 山を下りた先の町で絡まれ、ナイフを出して金を請求してきたのだから、拳骨一発分と足になるくらいの罰なんて軽いものだろう。

 改めて都市の景観……高く聳えるビル群を眺めていると、懐かしさだけでなく、ある状況に俺は気付いた。


『で、目的の都市は本当にここなのかい?』

「ああ。随分と変わったようだな」

『そうなのかい? 私としては、もうちょっと技術発展していると思ったんだけどねぇ。こう、車が空を飛ぶとかさ』

「妄想のし過ぎだろ。というかあんた、この世界にいた時に映画とかアニメを見てたのか?」


 全体的に煌びやかになっているが、技術革命は起きなかったのか、師匠が呟いた車が空を飛ぶとか空想物語でありがちな未来っぽさは感じられない。

 だが一番の変化は空気というのか、とにかく裏の世界で生きていたからこそ感じていた都市全体の雰囲気だろう。


「そうか。お前は……やり遂げたんだな」


 不正や汚職、暗躍といった不穏さが、都市全体からほとんど感じなくなっているのだ。

 それは俺の相棒だった男の夢や目標であり、多くの者が不可能だと断言していた青臭い理想。

 もちろん完全に闇が消えているわけではないが、それでもあの時とは大きく違っていた。


『ふん、何というか随分と呑気な顔で歩いている者が多いねぇ。平和ボケと呼ばれても仕方ない光景だ』

「それがあいつの目標だったんだよ。この都市は本当に色んな存在が暗躍していたからな」


 人混みの中を歩き続けている内に、忘れかけていた記憶が蘇っていく。

 近年行われたという、大きな都市開発によって通っていた店はほぼなくなっており、寂しさを覚えつつもかつて何度も通った裏路地へと入る。

 観光者も自然と避けていた汚い路地裏も今ではきちんと整備されており、若干の不安を覚えつつ角を曲がれば……。


『ここがそうかい?』

「……ああ」


 ビルとビルの隙間……その奥に埋もれるように、とても繁盛しているとは思えない小さく寂れた店。

 ここが最も長く過ごした拠点であり、俺の子供を宿した彼女が店主……マスターをやっていた酒場である。

 都市開発で潰されていてもおかしくないのに、残っているという事は……。


『潰れちゃいないみたいだが、今日はもう閉まっているようだね。看板が下がっているよ』

「正面から入る必要はないさ」


 この酒場が残っているという事は、関係者の一部しか知らない裏口も使える筈だ。

 店内に誰かがいるような気配はするので、何らかの情報でも得られればいいのだが。

 近くのマンホールを下り、残っていた秘密の通路を通って店内へと入れば、内装はあの時と全く変わっていないようだ。

 そして俺がいつも着いていたテーブルの隣の席に、初老の男が一人酒を飲んでいたのである。


「……何者だ?」

「…………」

「見ての通り、今日は店仕舞いだ。だがそこから入ってきたという事は、ただの強盗ではあるまい?」


 席に着いている初老の男はすでに拳銃をこちらへ向けており、下手な動きをすれば即座に発砲するだろう。

 薄暗い店内なので相手の顔までは窺えないが、とりあえず両手を上げながら質問に答えた。


「俺は強盗ではありません。この店のマスターに会いに来たのですが、貴方がそうですか?」

「マスターは定休日でいない。だからさっさと帰るがいい」


 ようやく闇に目が慣れてきて、男の姿だけでなく顔まではっきりと見えた。

 髪も髭も色が抜けてかなりの高齢者なのだろうが、炎のような熱き目と隙が見えない姿勢から、相当な修羅場を潜り抜けた猛者だとわかる。

 そんな相手に先手を……すでに銃口を向けられている時点で詰みかもしれないが、ある事に気付いた俺は刺激しないように男へ更に語り掛けていた。


「では、マスターと会うのはどうすれば? 彼女にはとても世話になったので、直接お礼を言いたいのですが……」

「彼女? ここのマスターは男だ」


 マスターが男?

 いや、彼女は姿を隠すと言っていたのだから、その時に別の人に代わっていた可能性もある。

 あるいは彼が嘘を吐いているかだが、もう少し踏み込んで情報を得てみるか。


「二十年前くらい前は、ここのマスターをしていたのは女性だった筈ですが?」

「……貴様、ただで返すわけにはいかないようだな。どこでそれを知った?」

「過去に世話になったと言った筈です。彼女はどちらに?」

「知り合いかどうかの真偽はとにかく、そこまで言うなら教えてやる。彼女は亡くなったよ……十数年前にな」

「っ!?」


 男の目と僅かな声質の変化から、その言葉が真実だと理解出来た。

 そうか……予想はしていたが、直接聞かされると胸が痛くなる。


「では、こちらの質問に答えてもらおうか。お前は何者だ?」

「敵ではありません。とりあえず、その銃を下ろしてもらえるとありがたいですね」

「下ろすと思うか?」

「この店で下手に発砲をしたくないのでは? 後ろのグラスも気になりますし」


 男の背後のテーブルには、中身が入ったグラスが二つあった。

 それを指摘した瞬間、男の意識が僅かに逸れ、更に彼の親指に僅かな力が入ると同時に……踏み込む。


「むっ!?」

「まだその銃を使っていたんだな」


 踏み込みながら銃のスライド部分を握り、発砲を阻止しながらスライドのピンを外してパーツの一部を取り上げた。

 これですぐには撃てないだろう。銃に触るのは数十年ぶりだったが、体は覚えているものだな。

 そして奪ったパーツを返し、彼が座っている隣の席に座った俺は、改めて男の顔を正面から見据えた。


「その親指の癖、変わっていないな。それと、その銃は今のお前じゃ辛いだろ。もっと軽いのを使え」

「お前は……一体?」

「しかし、老けたものだな。まあそれだけ時が過ぎたわけか」

複製体クローン? それにしては……」

「複製とかじゃないぞ。まあ色々あって肉体が変わってしまったが、久しぶりだな……相棒」


 遠目からでは判断出来なかったが、こうして近くで見ればすぐに理解出来た。

 この熱さを秘めし目と雰囲気……この世界で生きていた頃に、お互いを相棒と呼び合った男なのだと。

 まさかこんなにも早く会えるとは思わなかったが、向こうは俺が相棒だと理解出来る筈もないか。

 俺が死んだ後、相棒は間違いなく俺の死を確認しに行っただろうし、年齢や見た目どころか、肉体すらも違う存在が相棒だと語っているのだ。普通に考えて、俺の情報を詰め込んだ偽物だと思うだろう。

 下手をすれば、部下や仲間を呼ばれて追われる身になるかもしれないが、それでも俺は会えて良かったと思う。

 随分と年を取ってしまったが、相棒が生きていてくれた事が何よりも嬉しかったのだ。


「相棒……か。懐かしい響きだ。相手が偽物だろうと、そう呼ばれる事が再び訪れるとはな」

「偽物に呼ばれて気を悪くしないのか?」

「本当ならば怒りを覚えるところだが、何故だろうな? お前に呼ばれても違和感がないのだ。姿も声も、全く違う者だというのにな」

「ああ、俺の事は夢か幻のような存在だと考えた方がいい。俺は帰って来たわけじゃなくて、ただ確認しに来ただけだからな」

「どういう事だ? 何でもいいから説明をして、私を納得させろ」


 それから相棒に俺について語った。

 死後、魔法が存在する異世界へと転生し、家族と呼べる人たちとの出会い、そして向こうでも弟子を作った等と……転生後の人生を大雑把に説明した。

 その内容を黙って聞いていた相棒であるが、あまりにも荒唐無稽な内容に相棒の表情は困惑一色となっていた。


「異世界……か。とても信じられない話ばかりだ」

「別に信じる必要はないさ。酔っぱらいの与太話とでも思って、適当に聞き流すといい」

「ふふ、そう言われる方が逆にお前だと信憑性が増してくるな。ああ……もうどちらでもいいか。今日はもっと気分良く飲ませてもらおう。壁に向かって話すより断然いい」


 己の中で気持ちの整理が付いたのか、相棒は残っていた酒を飲み干していた。

 すぐにグラスへとおかわりを注ぐと、俺の前に置かれている酒を飲めと目で訴えてくるのでいただく事にする。


「ふぅ……懐かしい味だ」

「お前が飲み損ねた、二十年以上の酒だ。ありがたく飲め」

「ああ。いただくよ」


 基本的に酒を嗜まない俺が稀に飲んでいた銘柄であり、ボトルが中々空にならないと彼女はよく笑っていたのを思い出す。


「…………」

「…………」


 互いに酒を飲んだのを機に、しばらく俺たちは何も語らない静かな時間を過ごしていた。

 もちろん聞きたい事や、話したい事は沢山ある。

 だが、相棒と酒を飲むという心地良さが懐かしく、ただグラスの氷が鳴る音だけが店内へと響く。

 そして互いのグラスが空になったところで、相棒のグラスへ酒を注ぎながら口を開いた。


「俺が死んだ後、弟子たちはどうなった?」

「ったく、気になっているならさっさと聞け。心配せずとも、お前の弟子たちは生きている。私の部下として世界中を飛び回り、多くの者から尊敬され、そして恐れられるエージェントとなっている。かつてのお前のようになりたいようだ」

「ふ……困ったものだ。俺になったところで面倒事ばかりだから、止めておけと言ったんだがな。誇らしいやら、呆れるやら……」

「誇っておけ。あの子たちの努力を見ていた私が断言しよう」


 下手な事を口にすれば、また銃を突き付けられそうなくらい本気の言葉だ。

 己の部下である筈なのに、身内のような目で接していたのかと思うと何だか嬉しいものである。


「なら、彼女は? 死んだと聞かされたが、誰かにやられたのか?」

「……病気だ。私たちが見つけた時には、すでに手遅れだった」


 ここの店主だった彼女だが、事前に聞いた通り俺が死んだ日から忽然と姿を消したらしい。

 あまりにも突然の消失に、相棒だけでなく弟子たちも必死に捜索したそうだが、彼女の足取りは一切掴めなかったそうだ。


「弟子たち程強くはないが、お前を陰から支えていた女性だ。世界中に目を持つ我々でさえ完全に見失い、痕跡すら掴めずにいた」


 まあ、彼女ならそれくらいは出来るだろうな。決して組織の力が劣っているのではなく、単純に彼女の能力が高いのだ。

 この裏から支える能力の高さと忠誠心。今にして思えば、彼女はどこかエミリアに似ているかもしれないな。


「名前も戸籍も顔も捨ててまで消えたのだ。お前が死んで絶望したか、ある者に至っては裏切りがばれて逃げたとも口にしていたな」

「裏切りね。それを聞いたあいつ等は怒っただろうな」

「ああ、大変だったよ。彼女はあの子たちにとって、姉や母親みたいな存在だったからな。何も知らずくだらん事をほざいた連中は、あの子らに不祥事をばらされて組織から消えて行ったよ」

「彼女はどこで見つかったんだ?」

「姿を消してから五年後、任務で他国にいた部下……お前の弟子が偶然見つけたのだ」


 機械に頼らない、遊牧民のような村の住民になっていたらしい。

 多くの男を魅了した美貌も、美しかった髪も色褪せており、完全に別人としか思えなかったそうだ。


「発見したものの、彼女は気付かぬ内に進行していた病で痩せこけていた。先が長くないのを知っていた彼女は、お前の弟子と会えたのを機に覚悟したらしい。理由は……わかるな?」

「子供……だな? 俺との……」

「そうだ。それで彼女と子供を保護したわけだが、その後彼女は数日も経たない内に息を引き取った。私に事情を話し、全てを託してな」

「彼女の墓は?」

「お前と同じ墓、都外の無人墓地の中だ。後で教えてやるから、顔だけでも見せてこい」


 俺の名が刻まれた墓がないのは、恨みを持つ者たちに荒らされる恐れと、場所によっては犯罪者のように見られていたからだ。あの頃の俺は世界中で暴れていたからな。

 後で必ず行こうと心に刻みつつ、今回ここへやってきた最大の理由を問う。


「それで、その子供はどこに?」

「無事に成長しているよ」

「……そうか」


 生きていると聞き、安堵の息が漏れる。

 そして娘の成長を喜ぶ父親のような顔の相棒に、子供が決して不幸ではないとも理解出来た。


「ありがとう。そして、すまなかった。後を任せきりにして」

「それは違う。お前が犠牲にならなければ、今の私たちはなかったのだ。私たちは当然の事をしたに過ぎない」


 相棒はそう言うが、一番辛いのは残された者たちだろう。

 だがあの時はそれ以外に方法はなかったので、これはもうお互い様だと思うしかないだろうな。


「初めてあの子と会った時の衝撃は今でも覚えている。母親から色々教えられていたのか、妙に大人びた女の子だった。しかし相手の本質を見抜く目と勘は私たちの誰よりも鋭く、ああ……お前の子なんだなと、当時は妙に納得したものだ」

「だが、どんなに大人びても子供だろう? 母親もいなくなって、お前たちも苦労しただろうな」

「そうでもない。お前の弟子たちが率先してあの子の面倒を見るだけでなく、外敵からも守ってくれた。私はただ、遠くから見守るだけだったよ」


 この男がただ見守っているとは思えないから、色々と世話を焼いていたのを想像出来るな。

 娘の事を思い出しているのか、語っている内に相棒の瞳に涙が滲んでいる事に気付いた。悲しんでいるわけじゃなく、感極まっているという感じだな。


「そんな私に対して、もう一人の父親だとあの子は言ってくれたのだ。本当、お前たちには何度泣かされる事やら」

「もう父親と名乗ってもいいんじゃないか? それで、その父親が何でここで一人飲んでいる? 娘と弟子たちは近くにいないのか?」

「少し、感傷に浸りたかったのさ。明日……あの子は結婚するのだからな」

「なっ!?」


 驚いてグラスを落としそうになったが、今の俺が何か言う資格はあるまい。

 しかし結婚……か。考えてみれば二十年近く経っているのだから、別段不思議でもないか。

 グラスを傾けて一旦冷静になってから、相棒に続きを促す。


「相手は誰なんだ?」

「ふ……驚いた事にお前の弟子さ。二十近くも離れている男だぞ? 爺さんに近かったお前との子供を求めた彼女と、お前の娘なんだなと呆れたものだ」

「う、うーむ……」


 弟子で男と言えば……あいつだろうか?

 誠実で立派な男に育てたつもりだが、まさかこんな繋がりが出来るとは思いもよらなかったな。


「新郎を殴りたいなら、明日の式が終わるまで待て。いや、やはり今すぐ会いに行け。姿が変わろうと、あの子たちならお前だと察して喜ぶだろうさ」

「……弟子たちと会うつもりはない」

「一応、理由を聞いておこうか」

「あの子たちはもう俺の手から離れて、自分の足で前に進んでいる。立ち止まっているならまだしも、俺と会って甘ったれるような弟子の姿は見たくない」

「……わかった。お前がそう言うなら、私は何も言わんよ」


 普通に考えて弟子たちに会うべきだろうが、今の俺はあいつ等の師ではなく、別の世界に生きるシリウスなのだ。無事である事が知れれば俺は十分である。

 本音を言うならば、会ってしまえば帰りを待つ家族たちへの想いが揺らぐかもしれないという恐怖もあった。

 相棒が何も言わず下がったのは、俺の気持ちを察したからだろう。


「けど、子供には一目会いたいと思う。結婚のお祝いを送りたいしな」

「それは良い考えだが、渡すのは至難の技だぞ。あの子の周囲には、常にお前の弟子たちがいるからな」

「そこはまあ、ちょっとお前の手を借してくれ。というわけで、少しの金と用意してもらいたい物があるんだが……」

「ふ……いいだろう」


 指揮官としてだけでなく、仕事に必要な道具を用意するのも相棒の仕事だった。

 こうして作戦の打ち合わせをしていると、まるであの頃に戻った気分だ。お互い、見た目も年齢も大きく変わったのにな。

 打ち合わせが済んでも話は尽きる筈もなく、その後も俺たちは夜が明けるまで語り合うのだった。




 次の日、俺は彼女と弟子たちが待つ結婚式会場へと潜入していた。

 相棒に用意してもらったのは式場スタッフの制服であり、建物内には簡単に入る事が出来たのだが、問題は今日の主役である新婦への接近である。


『ふん、中々範囲が広いね。この世界の者にしちゃやるじゃないか』

「ああ。この感じ……あの子だろうか? 少しでも不審な動きや気配を見せれば、即座に察知するだろうな」


 新婦がいるという建物を中心に、蜘蛛の巣のように張られた警戒の糸を感じる。

 その中に入っている俺が未だ見つかっていないのは、スタッフの服を着て完全に溶け込んでいるからである。

 それでも不用意に新婦の部屋に近づけば、この探知している主が即座に飛んできて部屋に近づいた理由を問い質されるだろうな。


「あ、お疲れ様でーす」


 他のスタッフに交じり飾っていた花の調整をしていると、新婦を護衛している弟子の一人が俺の横を通った。

 軽く会釈をしながら弟子の顔を一瞬だけ窺ったが、やはりあの子で間違いないようだ。


『あれが弟子の一人か。久しぶりに会ってどうだい?』

「ああ。大きくなったな……」


 齢と経験を重ね、外見だけでなく内面を大きく成長した弟子の姿に、思わず声を掛けてしまいそうだった。

 ただ、弟子たちの名前を呼ぶどころか、思い出せないのがもどかしく思う。

 相棒から何度も聞かされたというのに、まるで脳が拒むかのようにこの世界の人々の名前が記憶に残らないのだ。

 師匠によると、転生した際に生じた不具合との事だが、色々とままならないものである。


『やれやれ……そんなに悩むくらいなら、声くらい掛けりゃいいのに』

「黙ってろ」


 あそこまで立派に成長していたのだ。

 その姿を見れただけで十分だし、本来の目的は新婦であるあの子なのだから、早く目的を果たすとしよう。

 新婦の部屋からあの子が離れたという事は、おそらく部屋から追い出されたか、周囲の警戒に移ったと思われるので今が好機だろう。


『離れたのに、まだあの娘の気配……探知の網を感じるね。これ以上近づくと不味そうだが、どうするんだい?』

「どうするも何も、真っ直ぐ行くだけさ」


 弟子たちは大きく成長しているが、俺も異世界で鍛え直した上に魔法という反則に近い能力を手に入れたのだ。

 そこから長年の研究によって開発した歩行技術を使えば、あの子の探知を突破出来ると思う。

 気配を絶つのではなく敢えて残し、そこにいるのが当たり前だと錯覚させるという、達人クラスの相手だからこそ通じる技だ。

 予想通り、新婦の部屋の前に立ってもあの子が気付いている様子はなく、俺は少し緊張しつつ部屋の扉をノックする。


「ん? 義姉ねえさん……じゃないよね? どちらさまですか?」

「お忙しいところ、申し訳ありません。とある御方から、お祝いの品をお届けに参りました」


 扉越しに聞こえる、どこか覚えがある声に何だか懐かしさが込み上げてくる。

 声は……母親似のようだな。

 後はこの扉を開けてもらえるかどうかだが、相棒によるとこの子は勘が鋭いそうなので、最悪お祝いの品はここに置いて帰る事になるかもしれない。

 まあそれならそれでー……。


「……お祝いの品? 誰からですか?」

「…………」


 考えている間に、彼女はあっさりと扉を開けてくれた。

 意表を突かれて一瞬言葉に詰まってしまうが、すぐに気持ちを切り替えて小さく会釈をしてからお祝いの言葉を送る。


「申し訳ありません。まずこの度は、ご結婚おめでとうございます」


 ただお祝いを渡してすぐに去る予定だったというのに、この子の姿を見ていると静めていた心が乱れそうになる。

 年を重ねたせいか、転生の影響なのかはわからないが、今は母親である彼女の顔を正確に思い出せない。だがこの子を見ていると、母親にそっくりだと自然と納得してしまうのだ。


「こちら、御父上からのお祝いの品でございます」


 俺が子供の存在を知った時、この子はまだ彼女のお腹の中だった。

 だから顔を見るのも初めてだというのに、こんなにも心が喜びで満たされるとは思わなかった。立派に成長した上に、ウエディングドレス姿という特別感もあるのだろう。


「父さんから? でも、父さんからはもう……」


 それにしても、何故この子は躊躇なく俺に会ってくれたのか?

 父親の威光のせいで敵が多く、明朗快活ながらも警戒心の強い女性に育てたと聞いたのに、こちらを敵だと認識している様子は見られない。

 まさか……声だけで俺が敵ではないと察したのか?


「あの、御父上からって、もしかして……」

「はい。この時に備えて用意しておいたそうです」

「パパが? さすがにそれは……でも、ママが凄い人だって言っていたし……あ、それで貴方は? ここに来れたって事は、ただの配達員じゃありませんよね?」

「ええ。詳しい事は語れませんが、私は貴方の母上に大変お世話になった者でして、その恩返しも兼ねてこの役を引き受けました」

「ママの……そっかぁ」


 真実と嘘が半々だが、我ながら強引な言い訳だとは思う。

 しかし納得はしてくれたのか俺から花束を受け取り、少しくすぐったそうにしながらも笑みを向けてくれたので、もう一つ用意しておいた祝いの品を渡した。


「こちらもどうぞ。気に入っていただけると嬉しいのですが」

「ありがとうございます! あの、名前をお伺いしても……」

「それでは失礼します。幸せにな……」

「あ、ちょっと!」


 それ以上は聞かないでほしいと首を横に振り、俺は返事も聞かずその場から離れた。

 さすがにドレス姿で動き回るわけにはいかないのか、廊下の角を曲がっても追いかけてこないのを確認してから俺は小さく息を吐いた。

 あの子の晴れ姿を見た動揺も静まり、残ったのは一抹の寂しさと心を満たす幸福感だ。


『ふ……柄じゃないが、綺麗なもんだったね。あんたもそれくらい伝えてやりなよ」

「さすがにその言葉は……な。それにあまり言葉が過ぎると、全て見透かしそうな子だったしさ」

『かもしれないね。あの娘、中々とんでもないよ』


 確かにどこか不思議な子だったが、師匠がそこまで言うなんて珍しいものだ。


『天に愛されし者……という話があるだろう? 世界や時代が違えば、巫女や聖女となって崇められるような、かなり特殊な娘だよあの子は。私みたいなひねくれ者は一番苦手なタイプだね』

「それは良い事を聞いたな。師匠の弱点としてよく覚えておこう」

『あれは努力とかでなれるもんじゃなくて、自然にしか生まれないものさ。簡単に用意出来ると思うんじゃないよ』


 師匠の捨て台詞みたいなものを聞いたところで、俺もいつもの調子が戻ってきた。

 おそらくもう二度と会う事はないだろうが、あの子は弟子たちに任せておけばもう大丈夫だ。

 そろそろ護衛が戻って来ると思うので、ここを離れようと歩き出したところで、廊下の向こうから誰かが……一人の女性が近づいてきた。

 気配からして、護衛をしていた弟子じゃないな。

 何にしろ、新婦と会ったのがばれる前に移動しなければと、周囲に溶け込む隠蔽術で彼女へ声を掛けながら隣を通り過ぎー……。


「失礼します」

「あ、お疲れさー……っ!?」


 静まっていた心に再び動揺が走り、今度は隠蔽が僅かに乱れた。

 そのせいで彼女に気付かれてしまったようだが、向こうが振り返るよりも速く距離を取る。

 廊下の角を二つ曲がったところで物陰に隠れ、追跡されていないのを確認したところで、俺は再び姿を隠しながら建物の外へと逃れた。


『油断したね。それより、あの子も中々鍛えていそうだね。あれもあんたの弟子かい?』

「……ああ」


 彼女は、俺の一番最初の弟子となった子だ。

 付き合いは相棒と彼女に次いで長く、かつ幼い頃に保護をしたので一時期は親子のような関係にもなっていた。

 甘えん坊な面もあったが、弟子たちが増えた事で姉としての自覚が芽生え、仲間を引っ張る立派な子に育ったのである。

 だからきっとあの子も、他の弟子たち同様に成長していたと思っていたが……。


「師匠。もう少しだけ、付き合ってもらってもいいか?」

『ああ、好きにしな』


 後はあの酒場で相棒と合流し、最後の別れを告げてから元の世界へ戻るつもりだったのだが……予定が変わった。

 少し準備が必要となったので、俺は足早に会場を後にするのだった。



次回の更新は、3月9日の12時頃予定です。

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