後日談 子供たちへ……(後編)
投稿3/3分
数日後……俺は郊外にある建設中のビルにいた。
建設中に資本者が逃げて、途中で放置されたままの曰くつきのビルだが、都市から離れたここなら多少騒いでも問題はあるまい。
ビルの床は三階までしか出来ておらず、壁もなく鉄骨が剥き出しとなった三階のフロアにて、俺は一本の鉄骨に背中を預けながら月を眺めていた。
『……来たようだね』
「ああ。伝えた通り、しっかりと準備しているようだ」
俺がここにいる理由は、弟子たちと戦う為である。
数日前、結婚式から戻ってきた相棒に俺はこう告げた。
『弟子たちと会いたいんだ』
『急にどうした? 俺も会うべきだとは思うが、何かあったのか?』
『少し稽古をつけたくなってな。それもかなり厳しめの……な』
『……いいだろう。何が必要だ?』
式の余韻に浸っていたところを悪かったとは思うが、細かい事は聞かず引き受けてくれた相棒には感謝している。
結果、相棒に偽の依頼を出して弟子たちを呼び出し、周囲に被害が及ばないこの場所を用意してもらったわけだ。
警戒しながら階下から近づいてくる弟子たちの気配を感じながら、俺は胸元に仕舞っておいた装備を取り出す。
「まさか、こいつをまた握るとはな……」
俺が『マグナム』を放つ時にイメージしていたのは、こちらの世界で使っていた愛用の銃だった。
それと同じ型の銃を相棒は用意し、好きに使えと俺へ貸してくれたのである。使用された形跡はほとんど見られないが手入れは行き届いており、大切に扱われていたのがわかる。
グリップを握る感触、スライドの動作、撃鉄が落ちる音。
そんな一連の動作チェックに懐かしさを覚えつつ、弾丸がゴム弾だと確認してからマガジンを挿入したところで、弟子たちが三階に到着したようだ。
「……来たな」
「「「っ!?」」」
今日は隠れる必要はないので、弟子たちの姿が見えたところで俺も姿を現していた。
フロアの中心へと歩みを進めて弟子たちの前に立てば、戦闘態勢に入った弟子の一人が語り掛けて来る。
「貴方は……何者だ? ビルの関係者とは思えないが?」
まさかお前があの子に選ばれるとはな。
今更になって、式場でお前の晴れ姿を見ておけばと若干後悔はしているが、ずいぶんと男前になったじゃないか。
「もちろん、君たちが来るのを待っていたんだよ。上司である彼から聞いているだろう?」
「つまり貴方が例の護衛……というわけね。ところで、ボスが個人的な知り合いでもあるとは言っていたけど、どういう関係かしら?」
「共通の知り合いがいるだけさ。実際、彼と直接話したのはここ最近でね」
会話をしている間も、緊張の糸が更に張り詰めていく。
互いに何時でも始められる状態の中、一番の弟子である彼女が不意に口を開いた。
「ところで、始める前に一つ聞いてもいいかしら?」
「……何だい?」
「名前くらい聞かせてほしいわ」
「ああ、そうだな。失礼した。俺の名前は……シリウスだ」
聞いた事がないとばかりに首を傾げる弟子たちだが、これ以上の問答は必要あるまい。
そちらが来ないのであればこちらからと考えた瞬間、弟子たちが弾かれたように飛び出し、俺を囲うように三方へと散る。
「しっ!」
「やぁ!」
左右からの同時攻撃に対し、左側の手刀を体捌きで避け、右側から突き出されるナイフを師匠で受け止める。
その隙を突き背後へ回り込んだ最後の一人が、銃を連射しながら追撃のナイフを振るってきた。
「嘘っ!? この!」
反対の手に握っていた銃を連射して弾丸を撃ち落とし、続いて迫る彼女のナイフをマガジンの底で刃の側面を叩いて逸らす。
この世界の基準で考えたらふざけた動きに動揺はしているが、全員怯みはせず三方向からの追撃は続いた。
「このナイフ……どうなって! くっ!」
「凄いね! これを避けるんだ!」
「まだ! 何で……次!」
手を変え品を変え、一度たりとも同じ攻撃はない連携攻撃が続く。
だがそれを全て避け、受け流し、僅かな隙を突いて弟子の一人の手首を掴み、合気の要領で投げて床へ叩きつけー……。
「っ!? こ……の!」
だがわざと投げられたのか、力の流れを返されて逆に俺の方が投げられそうになっていた。
おお、この状態から返すか?
しかも投げるだけでなく、俺の動きを封じるように腕を掴んだままで、その隙を逃さず左右から攻撃が放たれる。
さすがにこいつは避けられないと思っただろうが、俺は体を捻りながら上着を脱ぎ捨てて床を蹴り、距離を取って逃れた事で一旦仕切り直しとなった。
「ふぅ……予想を遥かに超える強さだわ。でも私たちは負けるわけには……」
「ああ。というか、何だあのナイフ? 木製にしか見えないのに、俺の刃が欠けているぞ?」
「凄いなぁ。こんな強い人、先生以来だよ!」
銃口を向け合ったまま、弟子たちは息を整えながら今の攻防の感想を漏らしている。
苦い表情や、恍惚な表情と様々だが、俺もまた驚かされている。
俺の亡き後、弟子たちが鍛錬を怠っているとは思えなかったので相当強くなっていると考えてはいたが、予想を遥かに超える成長ぶりだ。
連携もさる事ながら、単体の動きや力量も十分。
見た目の変化も感動したが、やはり俺はこちらの方が心に響く。弟子たちと会わずに帰ろうとした、過去の自分を殴りたいと思うくらいに。
そして……この状況の切っ掛けとなった違和感も、間違いではないと気付いた。
その後も俺と弟子たちの攻防は続き、十を越える連携攻撃を捌いたところで、弟子たちの息が上がってきていた。
先に向こうの体力が尽きてきたのは、弟子たちが劣っているからではなく、俺が防御を中心にして消耗を最小限にしていたからだ。
つまり弟子たちの技がそれだけ体力を消耗する……つまり全て必殺の一撃だったわけだ。本来であれば何度も使うものではないので、向こうが先に疲れるのは当然かもしれない。
「ふぅ……見事なものだ。今のは危なかった」
「はぁ……はぁ……ふざけているわね。あれを避けるなんて……」
「世界は……広いんだな。でも、負けられるか!」
「そうだよ! ここまできたら、一撃でも絶対に当ててやるから!」
息を乱してはいるが、気持ちはまだ負けていない。その調子だと褒めてやりたいところだが、それは心の中だけで止めておく。
一方、俺は実に楽しい一時を過ごさせてもらった。
弟子たちの成長を直に感じるだけでなく、俺の知らない、そして考えつかなかった技術を味わったからだ。
実際のところ、俺から教わった技術を大きく昇華させた技の数々に不意を突かれ、何度か致命傷を受けそうになっていたからな。
当たり所によっては死んでもおかしくなかったのに、弟子の成長が嬉しくてこんなにも心が躍っている自分も大概だなと思う。
『ふ……中々面白かったじゃないか。特殊な能力がないからこそ、創意工夫しているようだね』
「ああ、俺も見習わないとな」
もっと続けたいところだが、さすがに向こうも限界が近いので、そろそろ終わらせるとしよう。
俺が攻めに転じようとするのを察したのか、弟子たちは互いに視線を合わせて合図を送り、三方に散って先手を打ってきた。
「今よ!」
誤射しない角度から放たれる、三方からの一斉射撃をナイフと銃で捌く。
各人が時間差で銃を撃っているので、常に無数の弾丸を捌き続ける必要がある中、弟子の内二人が銃撃しながら接近してきた。
そして攪乱を何重も重ねながら近づいてきた二人は急に一列となり、背後にいる者の動きを隠すという時間差攻撃……つまり波状攻撃か。
波状攻撃の厄介さもさる事ながら、一人を背後に隠して動きを見せないのは脅威となるだろう。
だが……。
「がっ!?」
「うっ!」
「すまんな。だから……忘れるなよ?」
後方にいる人物が動き出すよりも先に俺は前へ踏み込み、真正面からの拳で二人まとめて吹き飛ばしていた。
「嘘!? 同時に……」
放ったのは、レウスの技である『シルバーファング』の劣化版だ。
あの技は銀狼族特有の頑丈な肉体があるから使える技でもあり、俺のような人族では拳を砕きかねないのだが、力の入れ方と関節の捻りによる調整を重ねて俺でも使えるようにしたものだ。
威力は本家より何倍も劣るが、この技の優れている点は、例え壁があろうと拳から放つ衝撃を後方へ伝えるという、貫通に特化している点にある。
その証拠に、弟子は咄嗟に腕を交差させて俺の拳を防いでいたが、衝撃はその防御を貫き、本人だけでなくその後方にいたもう一人をも巻き込んで吹っ飛ばしていた。
一撃で二人の意識を確実に刈り取り、後は一人……最初の弟子だけとなった。
「本当に何者なの? もうわけがわからないわ」
「まだやるんだろう?」
「当然よ!」
弾を使い切ったのか、彼女は銃を仕舞ってナイフを構え直す。その構えは俺と同じであるが、細部の違いから自分なりにアレンジしてあるようだ。
そちらがその気であれば、こちらも答えるしかあるまい。俺も銃を仕舞い、ナイフを構えて相対する。
「認めたくないけど、貴方が上なのは確かなようね。でもこっちも、ただで負けるつもりはない!」
三人の連携も見事だったが、一人でも十分過ぎる実力を秘めている。
幾度となく実戦を重ねて磨き抜かれた技と、経験による勘と反射行動。その変幻自在の攻撃を俺は何とか捌けてはいるが……間違いない。
この子は……彼女の実力は、この世界にいた頃の俺を越えていると。
転生した後も鍛え直していなければ、俺はこの戦いで負けていたかもな。
「その笑み……何なのよ!」
そしてこの鍛えた技を披露する場というか、力のぶつけどころがなかった鬱憤を、彼女の放つ拳や蹴りから感じた。
その全てを受け止めながら喜んでいる俺であるが、逆に相手の表情は歪んでいく。
「何で……」
感情が乱れて動きが雑になってきたが、体に刻み込まれた技術が攻撃の手を緩めない。
しかし隙も出来ていたので、彼女のナイフを弾き飛ばしー……いや、わざと離した?
「何で私は!」
ナイフを囮に、懐に飛び込んできた彼女の掌が俺の腹部に添えられていた。
ほぼ密着状態で踏み込む隙もなく、ただ触れただけの掌に痛みがある筈もないが……。
「嬉しいのよっ!」
「ぐっ!?」
凄まじい衝撃波が俺の腹部を貫き、口から空気が漏れる。
一瞬意識が遠くなるが、辛うじて堪えた俺は彼女へ告げた。
「……俺もさ」
「え?」
「だから、お互いに……」
俺は掌を彼女の腹部へ添え……。
「子離れしような」
「せー……」
衝撃を放ち、彼女の意識を刈り取った。
「……終わったようだな」
弟子たちが全員気絶したところで、隠れて様子を見ていた相棒が姿を現した。
その表情はどこか呆れ顔であり、床に転がっている弟子たちを見て深い息を吐く。
「この子たちがこうも簡単に……とはな。私からすれば、とても信じられぬ結果だ」
「そんな事はないさ。最後に重い一撃を貰ったし、状況次第では逆の結果になっただろう」
あの時、俺たちはほぼ密着状態だったので、踏み込みによる勢いを乗せる事も出来ず、腕も振りかぶれないので掌を添えても強く押す事しか出来なかった。
だが彼女は関節や骨格を熟知した体全体の捻りにより、その場から一切動かず必殺に近い一撃を放ったのだ。
ぎりぎりでその技の本質に気付き、似た方法で衝撃を逸らしていなければ、倒れていたのは俺の方だった。
「ふ、相変わらずお前は別次元……いや、今は本当に違うんだったな。一度死んだというのに、どこまでもふざけた存在になりおって」
「我ながら、不思議な人生を送っていると思うよ」
「それで? お前の目的はこれで済んだのか?」
「ああ。十分だ」
俺が弟子たちと戦った理由……それは最初の弟子である彼女だけが、俺の死に納得が出来ていなかったというか、つまり子離れが出来ていなかったからだ。
表面上はそう見えなくとも、長年一緒に過ごしていたからこそ彼女の目を見て理解出来てしまったのである。
そして俺もまた、子離れが出来ていなかったのだ。
顔も名前も知らなかったあの子を理由にここまできたが、やはり弟子たちの事も気になって仕方がなかったのだ。
だからこれで……。
「今度こそ、きちんと別れられた。もう大丈夫だ」
「あれでか? そもそも、この子たちからすればお前を別人としか思っていないんだが……」
「言葉よりも、ぶつかり合う方が俺たちには合っているんだよ」
万が一これでも子離れ出来なかったら、もう世界を超えて会いに来いとしか言えないな。まあそんな事は不可能に近いだろうが。
「そうだ。こいつを返すよ。助かった」
借りていた銃を相棒へ返そうとするが、必要ないとばかりに首を横に振っていた。
「元々、お前が帰ってくるかもしれないと思って用意していた物だ。持って行け」
「そいつはありがたいが、向こうには物を持っていけないみたいなんだ。気持ちだけ貰っておくよ」
「……わかった」
「その銃、随分と大切にされていたみたいだが、俺の形見のように扱っていたのか? お前も弟子たちと同じく、俺の事を引きずるなよ」
「この子たちはまだ若いが、私はもう先が短いんだ。好きにさせろ」
そこまで言うのであれば、俺はこれ以上何も言う事はない。
銃を相棒へと返した後、俺は倒れた弟子たちへと視線を向ける。
「あの子たちは、今後更に強くなるだろう。少々強引だが、色々と体に叩き込んだからな」
「あれで少々……か。しかし、これは後始末が大変そうだな。この子たちに何と説明するか……」
「好きにしてくれ。もう子供じゃないんだから、自分で考えて答えを出すだろうさ」
「……そうだな、その通りだ」
「じゃあな。今度こそ、本当のお別れだ。後は……頼んだ」
「ああ。任せておけ」
相棒との別れを告げ、俺は倒れている弟子たちに近づく。
意識はまだ戻っていないが、いつ目覚めるかわからないし急がないとな。
「立派な男になったな。あの子を頼んだぞ」
そして妻だけでなく、お前自身も生き残るんだぞ。
皆が元気でいるからこそ、幸せは続いて行くんだからな。
「お前もいい女になったな。大変だろうが、これからも皆を支えてやってくれ」
いつもふわふわしていて、のんびり屋過ぎて周りを心配させる時もあるが、皆を陰で支えているのは間違いなくお前だ。そんなお前を誇りに思う。
「元気でな。今度こそ……前を向くんだぞ」
伝えるべき事は伝えた。
いくら迷ったっていいが、もう幻影ではなくお前の道に向けて進め。
最後に弟子たち一人一人の頭に手を置いてから、俺は師匠のナイフを取り出す。
そして来た時と同じ光が体を包み視界が白に染まり始め、相棒に見送られながら俺の意識は途絶えた。
――― アリサ ―――
私たちが目覚めた時、もうあの男の姿はなかった。
それにしても、ここまで完敗したのは何時以来だろう? 本当に圧倒的な相手だった。
なのに、私たちは悔しいどころか充実感を覚えている。あれは夢だったのかと思ってしまう程に不思議な体験だった。
もちろん男の正体についてボスに問い質したが、曖昧な内容ばかりだ。
「お前の疑問は尤もだが、もう彼とは二度と会えぬのだ。忘れるのが一番だろう」
「ですが……」
「私が説明せずとも、お前たちは理解している筈だ」
様々なやり取りの後でボスから差し出されたのは、先生が愛用していた同じ型の銃だ。
先生のを真似して同じのを使っている私だが、その銃に付いた傷を見て何かが引っかかり、思わず手に取っていた。
「使いたければ使うといい。私にはもう必要ないものだ」
この傷……確か私のナイフを弾いたのは、この銃と同じだったような気がする。
必要に迫らない限り、使い慣れた武器を安易に変えるべきではないとは思うのだが、私は……。
「……貰ってもいいですか?」
「ああ。大切にするといい」
少し手触りが違うけど、同型だからすぐに慣れるだろう。
銃を貰ってボスの部屋から出た私は、二人が待つ訓練場へとやってきていた。
「アリ姉、遅いよ!」
「ごめんごめん。中々ボスが手強くてさ」
「あの男の情報を得られたか?」
「駄目ね。自分で気付けって感じで、そもそも二度と会えないとか言われたわ」
「……そうか。もう一度勝負を挑んでみたかったんだけどな」
「もう、二人とも。そんな事よりあの技だよ! こんな感じだった?」
技って……ああ、二人を一撃で吹っ飛ばしたあの技ね。
何かもう漫画やアニメで見るような技だったけど、あの人が使えたのなら私たちにも出来る筈だ。
外から見ていた私と、実際に受けた二人の情報を合わせつつ、拳を放つ際の腕や腰の動きを模倣していると、何かを思い出したシンが申し訳なさそうに告げた。
「そういえば、本当に俺はしばらく休みなのか? 休みなんて一日、二日あれば全然ー……」
「あんたはしばらく任務よりエリちゃんが優先よ。私は残っている任務に行って来るわ」
「アリ姉も休みだったのに任務に行くの?」
「そうよ。今は少しでも多く任務をこなして行きたいから」
疲労が完全に抜けたわけじゃないけれど、気力が充実しているせいか大人しくなんかしていられない。
少しでもこの熱を発散したくて、私はボスに頼んで新たな依頼を受けていた。
「アリ姉……変わったね」
「そう? 何ていうかさ、しっかりとした目標が出来たからかな?」
私は先生の跡を継ごうと夢中で走り続けていたが、それはただ先生の幻影を追っていただけなのだ。
でも……今は違う。
あの人との戦いで目が覚めたというか、叱られたというのか、とにかく私の精神に喝を入れられた。
そして生まれた私の目標……。
「最強って言われた先生を超えると決めたんだ。私も……いい加減吹っ切らないとね」
「やっと? 長かったねぇ……」
「う、うるさい! ほら、明日は任務だから、技の練習はここまで」
「なら私も行くね。二人でさっさと終らせよう」
「はいはい。さあ……忙しくなるわよ!」
あの男は何者だったのか?
ボスははぐらかしていたが、あの男はきっと……先生だと思う。
もちろん姿、声、そもそも私たちと変わらない年齢から完全に別人としか思えないのだが、少なくとも私たちはそう判断していた。
疑問は山程あるが、正体を明かさず姿を消してしまったという事は、ボスが言った通り二度と会えないんだろう。
でも……私はもう大丈夫だ。
先生の幻影を追うのではなく、自分で見つけた新たな目標へと走り出したのだから。
前を向いて……歩き続ける。
――― シリウス ―――
目覚めた時、俺はエリナ村の聖樹の前で倒れていた。
この薄暗さからして時刻はそろそろ夜の時間帯だと思うが、こっちの世界ではどれだけ時間が経ったのだろうか?
握っていた聖樹のナイフは消えており、体を起こしてみると近くのテーブルに、聖樹のナイフを手にした師匠がいる事に気付く。
「帰って来たんだな?」
「ああ。どうやら悩みは解決したようだね」
いつの間にか回収していたナイフから情報を得たと思うので、師匠に結果を報告する必要はなさそうだ。
立ち上がり周囲を確認したところ、村の様子に変化は見られなかった。
少なくとも、出発前に懸念していた数年経っていた……とかはなさそうだ。
「色々ありがとうな、師匠。すっきりしたよ」
「ふん、ならさっさと家に帰りな。あの子たちが毎日様子を見に来るから、鬱陶しいたらありゃしない」
「毎日? おい、あれから何日経ってー……」
照れ臭かったのか、それともばつが悪いのか、師匠は逃げるように姿を消してしまった。どこかで嗅いだような香りを残して……だ。
深刻な状況ではなさそうだが、何か不穏な言葉を残していたので、急いで家に帰るとしよう。
「お、旦那じゃないですか! 戻ってきたんですね」
「あ、ああ……ついさっきな」
その道中、家に帰ろうとしている村人たちがいたので、少し話して情報を得てみた。
どうもあれから十日も経っているらしく、周りには俺が何らかの仕事で村を空けていたという事になっているらしい。
「皆さんはいつも通りに振る舞っていましたが、やっぱりシリウスの旦那がいないと寂しそうでしたよ」
「早く帰って、家族たちに顔を見せてやってくださいな。俺たちも、皆に帰ってきたと言って安心させてきますよ」
朝になったら改めて顔を見せてくれと言い残し、村人たちを去って行った。
しかし十日……か。
異世界へ渡ったのだから誤差の範囲だとは思うが、あれだけ自信満々に語っておきながら結構ずれていないか?
いや、待てよ? そういえば師匠が消える前に嗅いだ匂い、あれは確か相棒が……。
『そうだ、実は最近紅茶に嵌っていてな、希少な茶葉を手に入れたのだが……』
まさかと思い聖樹へと顔を向けてみれば、何やら満足そうな表情で紅茶を楽しんでいる師匠の姿が遠目に見えた。
どうやって持ってきたとかはこの際どうでもいいのだが……全く、まさかあれを運んだのが原因で十日もずれたとかじゃないだろうな?
今度問い詰めてやろうと決めつつ、ようやく家族が待つ家へと戻ってきた俺だが、玄関の扉を開けようとしたところで無意識に手が止まっていた。
「……参ったな」
今更ながら、罪悪感を覚えているのかもしれない。
妻たちが理解してくれていたとはいえ皆に相談もせず、すでに他人に近い子供たちへ会いに異世界まで行ってしまったのだ。
そんな風に迷っていると、いつの間にか背後に立っていたホクトがそっと俺の背中に肉球を乗せてきたのである。
「オン!」
「あ、ああ……そうだな。早く顔を見せてやらないとな」
いいからさっさと行けとばかりに背中をポンポンと叩くので、意を決して玄関を開ければ……。
「「「おかえりなさいませ」」」
「「「「おかえりなさい」」」
「「「おかえり」」」
「オン!」
まるでお祭りのように皆が集まってきて、次々と言葉を掛けてくれた。
何度も聞いてきた言葉なのに感慨深いのは、俺がこんなにも皆と離れた事が初めてだったからだろうな。
「……ただいま」
無事に戻ってきた事を喜ぶ家族の顔に心が満たされる中、奥の部屋にいた子供たちが現れた。
「「パパーーっ!」」
エミリアとの子供である双子が左右から駆け寄って来たので、二人の頭を撫でてから抱き抱えてやれば嬉しそうにはしゃいでいた。
他の子供たちも腰に抱き着いてきたり服を掴んだりと、俺は完全に身動きが取れなくなっていた。
「はは、皆もただいま。寂しくさせたな」
興奮しているのか、子供たちが一斉に話し掛けて来るので何を言っているのか聞き取れない。
しばし好きにさせて宥めていたのだが、子供に負けじと興奮して話し掛けてくる者がいた。
「なあなあ兄貴、聞いてくれよ。この間ライオルの爺ちゃんがさ、間違って東の倉庫を斬っちまったんだぜ?」
「あれは小僧が避けたからじゃろうが!」
「シリウス様! 遠くに出掛けていらっしゃったと聞きましたが、そこの名物は何だったんですか? 何か新しい料理とかありません?」
「ノエル……」
「母さんったら……もう」
揃いも揃って随分と騒がしいが、この賑やかさが心地いいものだ。
途中から俺とは関係ない話に皆が騒ぎ始める中、こちらに暖かな目を向けている妻たちの姿に気付く。
「悩みは解決したのね?」
「ああ、心配かけてすまなかった」
「いいえ、シリウス様の憂いがなくなったのであれば十分です」
「ねえ、向こうで私たちみたいな子と会って来たんでしょ? 後で色々話してほしいな」
師匠から、俺が何をしに行ったのかある程度聞いたのだろう。
しかし……過去の女というか、隠し子がいましたって感じで凄く言い辛いのだが、隠し事をしていた負い目もあるので全部打ち明けるとしよう。
「まあ、皆が気にしないなら……」
「決まりね。さあ、貴方たち。ここで騒いでも仕方ないんだから、奥へ行くわよ」
「貴方たちも、そろそろお休みの時間ですよ。お風呂と歯磨きもしましようね」
「「「ええーっ!?」」」
まだ遊び足りないと言わんばかりに、子供たち全員が不満そうである。
俺は構わないがさすがに子供たちと遊ぶのには遅すぎるし、何と言い聞かせるか悩んでいるとエミリアが優しく子供たちへ語り掛けていた。
「そんな我儘を言う子は、明日シリウス様が作ったシチューが食べられませんよ? ですよね、シリウス様?」
「ああ、そうだな。ちゃーんとお休みが出来ない子には、作るのを止めたくなるなぁ」
「ほら皆、明日はお父さんが遊んでくれるから、今日はもう寝る準備をしようね?」
「「「「はーい!」」」」
リースの誘導で何故ノエルも一緒に返事をしているのかは置いておくとして、俺から離れた子供たちはノエルを先頭にお風呂へと向かって行った。
ようやく解放されたのでいつものソファーに座れば、エミリアがすぐに紅茶を淹れてくれた。
彼女の膨らんだお腹が気にはなるが、まあ今日だけは目を瞑るとしよう。調子は良さそうだし、やりたくて仕方がなかったみたいだしな。
「エミリア」
「はい、どうかされましたか?」
「そろそろ……だよな?」
「はい。おそらく数日以内だと思われます」
許可を得て、新しい命を宿したエミリアのお腹へと触れる。
向こうでは風呂に向かった多くの子供たちと、周りを見渡せば笑顔で俺の帰還を喜ぶ家族たち。
そして異世界で、俺の手から離れて前へ進むかつての弟子たちを見て、改めて思う。
「長生き……しなきゃな」
今度はお祝いを届けるだけじゃなく、この子たちの晴れ舞台を目の前で見届けられるように。
「シリウス様、何か仰られましたか?」
「いや、明日からもう少し仕事を減らそうと思ってな」
「はい、それがいいと思います」
「そうね。でも、明日は忙しいと思うわよ。子供たちの相手だけじゃなく、村の皆への挨拶に、ホクトたちの毛繕いもありそうだしね」
「シチューも作らないといけないよね? 材料と、大きめの鍋を用意しないと」
「ははは! 兄貴が忙しいのは変わらないんだな」
「そうだな。けど……」
こういう忙しさなら一向に構わないものだ。
自然と笑い合う皆を眺めながら、俺は改めてこの幸せを嚙み締めるのだった。
おまけ
※あくまでぱっと思いついたネタであり、もし続きを書く場合でもこれが正史となる予定はありません。
※※※※※
それから数日後……エミリアが出産し、産まれたのは女の子だった。
赤ん坊は皆に見守られながらすくすくと成長していき、首が座った頃……。
「う……ぇ……」
「ん? 今、喋ったか?」
「もう喋れるのかよ? さすがは兄貴の子供だな!」
「本当ですね。あの頃のシリウス様に似て、成長が早いようですね」
「早いって、そんなにか?」
「いえいえ、そっくりですって! あの時のシリウス様のように、何か妙に周りをキョロキョロとしていたり、明らかに私たちの言葉を理解しているかのような動きをしていましたから」
「ふふ、シリウス様が近くにいると、本当に嬉しそうですね」
まあ、確かに俺が抱き上げると本当に嬉しそうにしているからな。
離れたくないとばかりにしがみ付き、中々の甘えん坊かもー……。
「んせ……せん……せぇ……」
「んん!?」
何だ……何か……覚えがあるような気が。
「まさか!?」
窓から見える聖樹へと視線を向ければ、意味深な笑みを浮かべる師匠の姿があるのだった。
※※※※※
とりあえず、後日談の更新はここまでとなります。
本来なら、前世に絡んだ話ではなくシリウスの村の話を書くべきかもしれませんが、このネタは結構前から思いついていたものなので、まずこちらから作ってみました。
もう一つ後日談のネタはあるのですが、いずれ機会があれば。
それと宣伝となりますが、活動報告でも書いたように、現在新作を書いています。
新作のタイトルは『神域超越の継承者』と、予定しております。ワールドティーチャーの続編とかではなく、別の世界の話となっております。
こちらは数日分は書き溜めており、11日か12日の17時くらいに投稿開始予定ですので、興味があれば是非見てやってください。
それと……新天地への開拓と読者が増えればいいなと思い、新作は『カクヨム』の方でも投稿予定です。どちらも内容は変わらないので、お好きな方で楽しんでいただけたらと。
あまり変化球な内容(なろう方式みたいなものしか)が書けない私ですが、新作も楽しんでもらえるかなぁ……と、不安一杯です。




