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ピクニックに行こう(金稼ぎ編)

 ジュエルタートルは岩と特殊な鉱石によって構成されており、わかりやすく言えば生々しく動くゴーレムだろう。


 とにかく全身が硬い魔物であるが、資料によると弱点はお腹の下にある心臓だ。そこはほぼ剥き出しであり、防御も薄いので上手くやればナイフでも倒せるそうだが、腹の下ということはその巨体を引っくり返さなければならず、おまけに含まれている特殊な鉱石が非常に重く、軽く見積もっても四トン……トラック二台分はあるそうだ。

 よしんば引っくり返せたとしても、弱点である心臓は小さく見づらい上に、甲羅から伸びる触手が巨体を起こしつつ弱点を守る。体の中で唯一柔らかい触手だが、切ってもすぐに再生するのでキリがないとのこと。

 他の冒険者はどう戦っているのかは知らないが、俺の作戦で引っくり返すことは出来ると思う。


「レウス、お前は攻めず防御に専念しろ。隙を作ったら見逃すなよ」

「わかったよ兄貴」


 ライオルくらいになれば剣で真っ二つに出来そうだが、レウスにはまだ無理だ。それに持っているのは数打ちの鉄剣だし、あんな硬い魔物を叩いたら確実に折れる。だから弱点への一撃に専念してもらう。


「エミリアは魔法を当てつつ誘導だ。まずは俺達に目を向けさせるぞ」

「わかりました」


 接近戦は極力避け、まずは触手が届かない距離を取りつつ遠距離攻撃だ。従者達に目標が向かないようにこちらへ視線を釘付けにし、とある位置まで誘い出す。


「顔面ショット! 中」

「はい! 『風玉エアショット』」


 エミリアが使ったのは風を圧縮したバレーボールサイズの玉を発射する魔法で、本気を出せば岩を砕く威力を持っているが、今回は抑え気味で放ってもらった。こいつは岩以上の硬度を持つだろうし、わざわざ放ったのはこちらの気を引かせる為に過ぎない。

 風の玉が魔物の顔に直撃し、パンと音を立てると無機質な目がこちらへ向いた。


「続いて一本だけ触手切断!」

「『風斬エアスラッシュ』」


 放たれた風の刃は触手を斬り飛ばし、切断面から体液を振りまきながら地面に落ちた。最悪俺の銃魔法で撃ち抜くつもりであったが、エミリアの魔法でも斬れるのはわかった。痛覚があるのかわからないが言葉にならない唸り声をあげ、完全にこちらを敵と認識したらしい。何をするかと身構えていると、唐突に首を伸ばして目前の地面に噛り付き、口を動かして土を噛み砕き始めたのだ。


「遠距離攻撃か!? 全員、エリナ達から射線を遠ざけろ!」


 エリナ達から反対方向へ走り、対角位置を陣取ったところで魔物の口が大きく開かれ、巨大な塊と化した土が発射された。土なんてものじゃない、強靭な顎で固められた土はもはや砲弾である。とりあえず土砲弾と名づけておこうか。


「飛べ!」


 俺の合図に全員が『ブースト』を発動させ飛び上がる。足元を轟音と共に土砲弾が通り抜け、着地と同時に後ろを見れば一直線上に木々が薙ぎ倒された無残な光景が広がっていた。これは防御できないタイプだな。


「す、すげー! いつかあれを斬ってみたい」

「何を言っているのよ貴方は。それよりシリウス様、どうしますか?」

「作戦に変更はない。俺は今から離れるが、二人はこいつを誘導しながら俺の所につれてこい。離れすぎると今の攻撃がくるから、触手が届くギリギリの位置を維持するんだ。出来るな?」

「お任せください!」

「出来ます! 触手は姉ちゃんの風で斬れるなら俺でも斬れるんだ。やってみせるよ」


 二人の心強い言葉に、俺は魔物から離れ登り坂になっている場所までやってきた。傾斜はおおよそ二十度と物足りないが、あまり斜めすぎたらあいつが上ってこない可能性もあるので十分だろう。地面に『ストリング』を使って円を描き、取り出した液体を使って魔法陣に使われる紋様を刻んだ。


 魔法陣はただ書いたり、削ったりして描けば良い物ではない。魔力を含んだ特殊な鉱石を粉々に砕き、『月光花』と呼ばれる花から抽出した液体と混ぜてろ過した『魔光水』によって描くことにより効果を発揮するのだ。おまけに紋様も繊細に描かなければならなく、一つ作るのにとてつもない労力と時間が必要になる。しかし小さな火を出したり、そよ風を起こすような初級魔法程度なら紋様も簡単で、俺が刻んでいるのは初級の土魔法である。


 一分経たないうちに刻み終わり魔力を流し込んで発動すれば、地面に俺の両手を広げたくらいの穴が出現していた。

 そこへ更に細工を施し準備完了だ。


 二人の様子を見れば徐々にこちらへ迫っていた。僅か数分で触手は再生し襲ってくるが、避けるか斬り飛ばして捌き続け、一歩一歩確実に歩かせ誘導に成功している。


「その調子だぞ! もう少し誘ったら俺の所までこい!」

「はい!」

「えっ!? 待って姉ちゃん!」

「ばっ、何をやっている!」


 エミリアは焦ったのか少しどころかすぐこちらへやってきて、レウスも釣られて持ち場を離れてしまった。まずい、この距離だと土砲弾がくる。


「来るのが早い! くそっ、間に合わん!」

「えっ……あっ!」


 エミリアが気付いて振り返った頃には、すでに魔物は地面に噛り付いて準備に入っていた。射線上であるこの辺を荒らされては作戦が台無しになるし、一か八か迎撃してみるか。


「も、申し訳ありません! 私が……」

「俺だってすぐに離れたんだよ、姉ちゃんだけのせいじゃないよ!」

「謝るのは後にしろ! 迎撃してみるが、失敗した可能性も考えて回避する準備をしておけ!」

「「は、はい!」」


 申し訳なさそうにする二人を一喝し、手の平を魔物の口に向けて集中する。狙うは一瞬……魔物が口を開き土砲弾が覗いたと同時に魔法を放つ。


「『ランチャー』」


 魔力の弾丸を放つ『マグナム』と同じだが、違いは弾のサイズと着弾後にある。野球ボールサイズの弾丸が着弾と同時に強力な衝撃波を発生させて広範囲を吹っ飛ばすのだ。手榴弾を飛ばすグレネードランチャーと思っていただければよい。

 そして『ランチャー』は発射直前の土砲弾に着弾し爆発する。いくら強く噛んで固めようが元はバラバラだった土なので、強い衝撃によって土は爆散し、魔物の口の中には僅かな土が残るだけであった。


「流石です、シリウス様!」

「兄貴すげー!」

「まだ終ってないぞ。次に備えろ!」


 口の中での衝撃波は堪えたのか、先ほど以上の唸り声を上げて歩を進めてきた。いいぞ、もう一度接近する手間が省けた。

 そして遂に魔物の体が穴へと到達した瞬間……俺達は動いた。


「今だ! 触手を全部斬れ!」


 俺の合図に、エミリアは『風斬エアスラッシュ』を連続で放ち、六本あった触手を全て断った。俺はそれと同時に飛び出し『ストリング』を首に巻きつけて魔物の反対側へ飛び抜ける。そして掘った穴に仕掛けた罠を作動させる。


「発動っ!」


 穴には俺の魔力を濃縮した『インパクト』を待機状態で設置しておいたのだ。放っておけばいずれ衝撃を発して爆発するが『ストリング』で繋いでおいたので、糸を通じて念じる事により任意で起爆させることができるのだ。そのベストタイミングこそ今である。

 上り坂によって体が斜めになった状態で、前世において鋼鉄の塊である戦車をバラバラにした『対戦車地雷』をイメージした『インパクト』を首の真下で爆発させると同時に、『ストリング』で俺が全力で後方に引っ張る合わせ技によって、その巨体は大きく揺らいで後方へ引っくり返す事に成功した。

 地震が起きたかのような地響きが発生し、魔物の無防備な腹が白日の下に現れた瞬間、レウスは飛んでいた。


「そこだぁぁぁっ!」


 まっ平らに広がる腹の僅かに歪んだ箇所が赤く染まっており、レウスは体重を乗せた剣を突き立てた。だが魔物が起き上がろうと暴れるせいで不安定な足場が枷となり、力が入りきらなかった剣は刀身半ばで止まってしまった。更に押し込もうとするが、激しく揺れる魔物から剣にしがみ付いて離れないようにするのが限界らしい。レウスは歯を食いしばって耐えているが、このままでは剣の方が耐え切れそうにないし、あまり時間を空けると触手が再生して体を起こされてしまう。手柄を奪うようで悪いが、一気に決めてしまおう。


「レウス! 剣から離れろ!」

「でも! もうちょっと頑張れば倒せる!」

「驕るな! いいからどけっ!」

「っ!?」


 魔物の真上へ飛び上がり、レウスが離脱したのを確認すると『ランチャー』を魔物の顔面に撃ちこむ。顔面を襲う衝撃に一瞬だけ硬直したが、その一瞬で十分だ。動きが止まった剣の柄を狙い『マグナム』を撃ちこむ。威力が強すぎたせいで柄が砕け散ったが、刀身は完全に体内へと埋め込まれており、魔物の体が大きく揺らいだ。最後に大きく首を伸ばし、唸り声と共に力尽きて動きが止まった。


「……やった……の?」

「わかんない」


 魔力切れで倦怠感に耐えているエミリアと、肩で息をしているレウスは呆然と魔物を見上げていた。その隣に俺が着地すると、二人は群がるようにやってきた。


「魔物は倒したのですか?」

「兄貴、やったんだな!」

「ああ、倒したぞ。だがお前らこんな所でぼんやり突っ立って油断し過ぎだ。もし俺の攻撃で倒せなくて動き出してたらやられるぞ?」


 俺は『サーチ』を使って確実に死んでいるとわかるが、動きを止めて死んだふりをする生き物だっているのだ。魔物にもそれくらい居るだろうし、巨体ゆえに生命力が強く遅れて再起動したっておかしくない。二人には確実に止めを刺したのか、警戒を解いて大丈夫なのかという判断が出来るようになってほしいのだ。


「それにエミリアは言いたい事があるんじゃないか?」

「はい……私はシリウス様の命令を守れませんでした」

「それを言うなら俺だって悪いよ。姉ちゃんに付いて行っちゃったし、最後に俺も兄貴の命令を聞けず怒鳴られちゃったし……」


 姉弟は揃って耳と尻尾が垂れ、泣きそうな顔でしょぼくれている。残念だが俺が言いたいのはそれじゃないんだよ。


「まず言っておくが、俺は命令を聞かなかったから怒っているわけじゃない。そこを勘違いするなよ」

「え? でも私達……」

「うん……命令を守れなかった」

「確かに命令を聞かないのは悪い。だがな、命令を聞かないと動けないのも困るんだ。今回反省してほしい点を整理してやろう。まずエミリアだが、俺の命令をどう聞いたんだ?」

「シリウス様の所へ来いと、それだけ聞こえました」


 あの時、少し誘ったら俺の所へ来い……と、台詞の後半部分だけを聞き取ってしまったのだろう。俺の言い方も少し悪かったな、反省しとこう。


「離れたら魔物が土を発射してくるとわかっていたのだろう? なのに離れろと言われて疑問に思わなかったのか?」

「それは……シリウス様なら何か策があるのかと思いまして」

「だったら俺はちゃんと言うさ。それに俺だって完璧じゃないんだ。命令に疑問を覚えても俺だから大丈夫、と考えるのを止めてほしい」


 完全に俺へ依存している弊害だな。下手したら荒れ狂う竜が飛び交う死地でも、俺が行けと命令したら喜んで突撃しそうで怖い。俺は命令を聞くだけの戦闘兵士を作りたいわけじゃないのだ。

 自分で考えて判断し、そして生き残れるように自立してもらいたい。その上で俺と共に来るか……それは本人の自主性に任せる。俺を踏み台にして強く高く昇っていけばそれでいいのだ。

 まあ、俺は簡単には踏ませないけどな。


「難しい事を言っているのはわかる。だが、今はわからなくても頭の片隅にでも置いて覚えていて欲しい。というわけでエミリアの反省点は判断ミスだな。お仕置きするから目を閉じなさい」

「はいっ!」


 ぎゅっと目を瞑って震えているが、そこまで怖がらなくてもいいんじゃね? とりあえずペシと軽く頭を叩いておく程度で済ませた。


「次はレウスだな。エミリアに釣られた点はいいが、剣を刺した後でお前は何をしていた?」

「えっと……剣をもっと差し込もうかと」

「そうだな、あの時のお前はそうしようとしてたが、どう見ても剣にしがみつくしかできなかったようだぞ? 出来ないことを何故やろうとする?」

「出来ると思ったんです」

「それは思い上がりだ。確かにお前は強くなったが、世の中にはお前より強い奴は沢山いる。それはよくわかってるだろ?」


 俺やライオルにボコボコにやられているから、その辺りは嫌でもわかってる筈だ。その証拠に激しく何度も頷いている。


「出来る事と出来ない事は素早く判断しろ。わかりやすく言うならば、お前が斬れる相手とまだ斬れない相手を見極めろって事だ」

「よくわかった!」


 やばい、ライオルの変態がうつってないかこれ? 通う頻度減らそうかな。


「それで斬れない……倒せないと判断したら諦めて他の人に手を借りるんだ。お前は今一人で戦っているわけじゃないんだろう?」

「兄貴や姉ちゃんが居ます」

「そうだ、何でもかんでも一人でやれると思うな。協力して戦って、生き残り続ければお前はもっと強くなるんだ。そしていつか一人で倒せるようになってみろ」

「はい!」

「失敗したら反省して次に生かせ。失敗できるなんて今の内だからな、恐れず挑戦していくんだぞ」


 レウスも姉と同じく頭を軽く叩いて終らせた。

 説教なんてやる方もやられる側も嫌だけど、こういうのは必要な事だからな。今回はこの辺にしておくか。


「とまあ、怒るのはここまでにして、よくやったな二人とも。あれほどでかい魔物でも臆する事無く戦い、実に勇敢だったぞ」

「本当ですか!」

「ああ。触手を全て斬ったエミリアの魔法は見事だったし、レウスも引っくり返してから飛び出すタイミングもピッタリだった。お前達は確実に強くなっているぞ」

「やった! 撫でて、撫でて!」


 要望に撫でてやれば先ほどまでの鬱屈した雰囲気は飛び去り、尻尾を振って喜んでいた。まあ、こんなところだな。


「シリウス様ーっ!」


 呼ぶ声に振り返れば、エリナを背負ったディーとノエルがこちらへ向かって走ってきた。手を振って無事をアピールし、俺達も従者達の元へ向かった。


「ご、ご無事ですか!」


 エリナはディーの背中から降りると、すぐさま俺の肩を抱いて怪我の有無を確認していた。とても体調不良な人の力と思えない強さだ。


「俺は無傷だよ。どちらかというと二人の方が――……」

「っ!? 貴方達、怪我してるなら見せなさい!」

「だ、大丈夫です。少し疲れただけですから」

「俺も」

「……そうですか。はぁ……良かったわ」


 安心してその場にへたり込んでしまった。ノエルとディーにも調子を尋ねられ、心配かけてばっかりで本当に申し訳ない。


「にしても……改めてみると本当に大きいですねぇ」

「だよね。あ、そういえば俺の剣!」


 物言わぬ亡骸となったジュエルタートルを触りながらノエルが感慨深く呟いていると、レウスが思い出したかのように腹に刺さった剣の元へ向かった。あ……やべ。


「あああぁぁぁぁ! お、俺の剣が……」


 魔法で柄の部分を砕いたの忘れてた。しかも刀身は体の奥深くだし、回収は完全に無理だな。気落ちしたレウスは溜息をつきながら戻ってきた。


「ごめん、ディー兄。貰った剣が駄目になっちゃった」


 ディーが町へ出掛けた際に買ってきてもらった物で、貰った時は本当に嬉しそうにしてたからな。しょんぼりするレウスの頭をディーは撫でた。


「お前達が無事ならそれでいい。また買ってきてやる」

「本当!」

「ああ……もっと良い物を探してこよう。お金なら……」

「そっか! さっきの宝石が手に入るもんね」


 二人の視線がジュエルタートルに向けられ……固まった。うん、わかるよ。俺も今更になって気付いたし。

 先ほどの大きな宝石は甲羅の天辺に付いていて、現在のジュエルタートルはひっくり返って絶命している。さて……甲羅の天辺はどうなってるでしょうか?


「シリウス様ーっ! 宝石が、宝石が潰れちゃってるよ!」

「わかったから落ち着け。今戻すから見ていろ」


 クレーンの様な重機なんてないが、俺には爆弾のように衝撃を放つ『インパクト』がある。さっきは動く相手だから色々面倒な処置をしたが、もはやこいつは動かない物体だからな、落ち着いて処置すればどうとでもなる。

 とりあえずジュエルタートルの体に『インパクト』を数箇所設置し、同時起爆による衝撃でひっくり返してみようか。

 その作業しつつ、ディーに他の冒険者によるジュエルタートルの倒し方を聞いてみた。相手の防御力を上回る攻撃でひたすら削る……それだけらしい。あまりに熱中して宝石を砕いてしまったオチもあるとか。当然俺のような倒し方は見た事はないそうだが、いたら是非会ってみたいものだ。

 作業を終え、全員を下がらせてから『インパクト』を起動した。花火のような破裂音が連続で起き、爆発の運動エネルギーによってジュエルタートルの体は大きく揺れ、地響きと共にようやく元の形に戻った。


「ほえ〜……さっきもそうですけどこんな巨大な物がどうやって? 相変わらずシリウス様は規格外です」

「やっぱ兄貴すげー!」

「ふわぁ……」


 エミリアに至っては言葉もないようで、目をキラキラさせて尊敬の眼差しで見つめている。惚れるなよ……って、とっくに惚れてるか。

 でこぼこの岩肌を登り、天辺に残った土を払えば金色の宝石が姿を現した。衝撃によって欠けたりはしておらず最初に見たそのままだ。ちょっと手間取ったが、これでようやくゲットだな。体を強化し、周りの岩ごと強引に毟り取って体から降りた。


「頼む」

「お任せください」


 すぐさまディーに手渡し鑑定を頼んだ。彼は専門ではないが、旅をして宝の目利きが多少あるからだ。軽く叩いたり、太陽に透かして見たりと数分後、ディーは軽い汗を浮かべながら宝石を返した。


「素人目ですが、これはかなりの値打ち物です。金貨数十枚は確実かと……」

「「「金貨数十枚!?」」」


 獣人達が大声でハモっていた。まあ無理もあるまい、たとえ最低の金貨十枚だとしても百万円だ。僅か一時間も満たない戦いでこれだけ稼げるのは美味しい。それなりの実力があればの話だが。


「凄い凄い! もっと大きくて重い剣が買えるよね?」

「こらレウス。使い道はシリウス様が決めるのだから我侭言っちゃ駄目よ」

「あう、俺の剣……」


 エミリアに窘められて意気消沈していた。悪いなレウス、剣はまた今度な。


「使い道はもう決まっているんだ。エミリア、レウス……これを売ったお金はお前達の入学金に充てる」

「え……入学金?」

「て事は、俺達も学校に行けるの?」


 二人には俺が家を追い出されてから学校に行く事も説明している。

 なので家を出た後の二人は従者達に任せようと思ったのだが、俺について行くと言って聞かないのだ。学校のある町で働きながら住み込んで、少しでも近くに居たいと涙目で語っていた。獣人は差別が多いから不安に思っていたので、だったらこの二人も入学させちゃえば良いんじゃないかと思ったわけだ。最大の問題である入学金もこいつで解消だ。

 自分達も学校へ行けると信じられず、オロオロする二人にエリナは優しく微笑みかけた。そうだな、エリナが言えば一番信用できるだろう。


「ええ、本当ですよ。前々からシリウス様と話していた事です」

「シリウス様と一緒に……学校」

「本当だよね? 俺も行けるんだよね?」

「貴方達はシリウス様と協力して魔物を倒しお金を得たのよ。そしてシリウス様が許可してるなら何も問題はないのです。胸を張って学校へお行きなさい」

「「やった―――っ!」」


 ようやく実感が沸いたのか、二人は抱き合いながら飛び跳ねて喜んでいた。


「やったね二人とも! 私も嬉しいよ!」


 そこへノエルも乱入し、三人で揉みくちゃになりながら地面を転がり回る姿はペットのじゃれあいみたいで和んだ。

 しばらく眺めてから、ジュエルタートルを調べようと近づいたらディーが俺の隣に立って耳打ちしてきた。獣人の三人は離れた所で騒いでいるし、あまり聞かせたくない話なのだろう。


「期待に水を差すようで申し訳ありませんが、これほどの物は小さな町では換金できないでしょう。それに……騒動の種にもなりかねません」


 この世界においてお金のやり取りは現金を直接渡す方法で、口座だったり振込み等による確証の取れないやり方はまず無い。

 なのでこれを売れば金貨数十枚がその場で手に入るのだが、店によっては買い取ってくれないだろう。なにせ確実に一財産となる物であり、買い取ったとなれば盗賊や裏の世界の者共がどこからともなく嗅ぎつけてくるだろうし、それらから盗られないようしっかり管理しなければならない。大きい店なら警備も万全だろうが、小さい店にそんな余裕はまず無いので買取が難しいわけだ。

 もう一つの問題は俺達が襲われることだ。金貨を数十枚も持っていればまず間違いなくバカな奴等に狙われる。知らない町で知らない人なら金を見られない限り大丈夫だろうが、これを買い取った町ではいつか確実にばれる。凄い宝石が出た! どこの店が出した? 誰が持ち込んだ……と、芋づる式に売った相手がわかり、そいつは大金を持っていると知られ狙われるわけだ。下手すれば尾行されて家まで押し掛けてくる可能性もある。

 手に入れて何だが、対処を間違えたら本気で騒動の種になりそうだ。


「その辺りは追々考えよう。最悪、これをお金代わりに学校へ出してやればいいかもしれない」

「成る程。ではそれの管理はシリウス様がよろしいですね」

「そうだな、俺が持ってる方がいいな。それよりディー、ジュエルタートルの宝石はこれ一つなのか?」

「気付かれましたか。こちらをご覧ください」


 土が付いた表面を手で浚うと、ジュエルタートルの皮膚であろう岩盤が姿を現した。その岩盤を近くで見れば無数の光を反射しており、場所によっては赤や青く光る部分もあった。もしかしてこれ全部……。


「この色の付く石は全て宝石か?」

「その通りです」


 マジかよ。そりゃあ一攫千金だとか言われるわけだな。色から推測するにルビーやサファイア、それにエメラルドと多種多様で何でもござれだ。だが、小さい粒ばかりな上に加工もされていない原石で、お金へ換金するにはちょっと心許無い。


「どうやら、若い個体だったようですね。岩盤の年期が足りてません」

「そりゃ残念だ。でも探せばちょっと大きいのもあるな。これとかどうだ?」


 少し高い箇所から小指サイズのサファイアが見つかった。これなら装飾品として使えそうだし、売れば多少のお金になりそうだ。


「これなら良さげですね。売りに行ってみます」

「そうだ! ディー、これをノエルの結婚指輪に加工してもらったらどうだ?」

「…………は?」


 稀に見ない間抜け面を晒すディー。


「まだ幾つかありそうだから、それらを売った金を加工代金としよう。ディーは面倒な事ばかりやらせているし、それくらいの恩恵は受けてもいい筈だ」

「あの……」

「ノエルは純粋だから青が似合いそうだ。赤髪に青い指輪と相反する色が良い感じと思わないか?」

「ですね……ではなく、冗談は止めて下さい!」

「冗談……なのか?」


 珍しく怒るディーだが、俺の真面目な表情に口を噤む。しばらく見つめ合い、タイミングを見計らい持っていたサファイアの原石を渡した。


「後の処置は任せるよ」

「…………ありがとうございます」


 迷っていたが最終的に懐へ忍ばす姿を見て、仕込みは順調だと内心ほくそ笑んだ。


 それから従者達を集めジュエルタートルを隅々まで調べつくし、小さいがお金になりそうな原石を幾つか回収できた。これくらいなら探せば見つかりそうな物だし、小さな町でも十分売れるだろう。


 思い出作りのピクニックがまさかこんな結果になるとは思わなかったが、弟子二人の入学金が手に入って有意義なピクニックになったな。

 エリナを背負い、俺達は満足気に家へ帰るために歩き出した。



 残り一年だが俺達は順調だった。



 しかし世界は甘くない。



 俺達にとって最後の試練はすぐそこに迫ってきていた。










 それから半年後、遂に恐れていた事態が起きた。









 エリナが再び倒れたのだ。




プチ感想

実は『マグナム』で剣を押し込まなくても、元の形に戻った際に剣が地面に押され自滅してたんじゃないかと思った。


次はなるべく早く頑張ってみます。

読んでいただきありがとうございました。

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