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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

三章 従者

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無垢なる愛

少し重たい話なので、苦手な方は飛ばされるのをお勧めします。
 学校へ行くまであと半年となった。

 季節は雪花の月と呼ばれる時期で、前世風に言うなら冬だ。肌寒い日々が続き、暖房用の魔法陣がフル稼働する日々が続く。

 未だにジュエルタートルの宝石は手元にあるが、そろそろ売りに行こうかとディーとエリナと相談中だ。これに五年に渡って貯め続けたお金もあるので資金面に問題はない。
 訓練も順調で、弟子二人は学校へ一緒に行けるとわかり益々張り切りを見せている。拾った当初は学校へ行く頃に別れると思っていたから短期間のスケジュールを組んでいたが、もはや必要ないので長い目で見た調整にしてある。
それでも辛いが二人は頑張り成長していく。

 従者達の行き先も決まっていた。

 まずノエルだが、彼女は故郷である村に帰るそうだ。
 村が貧しく兄弟が多かった実家から、出稼ぎという口実で食い扶持を減らす為に村を出たのだが、何度か手紙のやりとりをして今の領主はやり手らしく貧しさが大分改善しているとわかったそうだ。多少ながら発展もしており、獣人に寛容な村なので今のノエルなら仕事の一つくらいは見つかると思い帰郷を決めたらしい。

 ディーもノエルの村へ向かうそうだ。
 彼には冒険者としての経験と料理が得意な点がある。口下手な部分もノエルが間に入れば何とかなるだろうし、一度料理を食べさせれば誰も文句を言えまい。料理人として十分にやっていける。
 というか、半年経ったのに未だ彼はノエルに告白出来ていない。いい加減苛々してきたので、夜這いするように誘導してやろうかと計画中だ。


 そしてエリナは……。




 その日、俺はレウスと庭で模擬戦をしていた。
 ノエルとディーは家事、エミリアはエリナの教育を受けていて、俺達は木剣でひたすら打ち合っているが、今はレウスの癖を修正中である。

「あにきぃぃぃ――っ! ギブギブ!」
「お前は何度言ったらわかるんだ? そこで剣を引かないからこうやって捕まるんだぞ」

 あまりにも隙だらけなのでアイアンクローを食らわせ体で教え込んでいるわけだ。

「さて、もう一度やってみようか。次は――」
「シリウス様っ! すぐに……すぐに来てください!」

 窓から顔を出して叫ぶエミリアの声はもはや悲鳴に近かった。体の手入れもそこそこに家へと戻り、エリナの部屋へと突撃した時に全てを悟った。

「エリナさんが……エリナさんが倒れて……動かなくて……」

 荒く息を吐きながら、血の気を失い顔面を蒼白にしたエリナがエミリアの腕の中で抱かれていた。今にも泣き出しそうなエミリアは、ただ彼女の名を呼び続けている。

「エリナさん! エリナさん!」
「だ……大丈夫です……よ。少し……休め……ば」
「喋るな! すぐにエリナをベッドに移すんだ」
「しっかりしてください! エリナさん!」
「エミリア!」
「っ!?」

 一喝しエミリアの意識をこちらへ向かせ、落ち着かせるようにゆっくりと話し掛ける。そうだ、ここで俺が焦ってはいけないんだ。まずはエリナをベッドに運ぶのが最優先だ。

「いいかい、まずはエリナをベッドに運びなさい。でないと俺がエリナを診ることが出来ないんだ。わかるな?」
「は……い……」

 目的を持たせた事により落ち着いたのか、エリナを抱えたエミリアは壊れ物を扱うよう慎重にベッドへと移された。動揺してるとはいえ、負担を与えないようにベッドへ移動させる技術は従者教育の賜物だろう。
 彼女の枕元に立ち魔力を高めていると、背後にはいつの間にかノエルとディーが控えていた。二人は心配そうにしているが、静かに立って俺の診断を待っているようだ。姉弟はエリナの手を握って泣き続けている。

 『スキャン』を使い、エリナの体を調査する。頭から腹へ、腰から足先まで、じっくりと時間をかけて彼女の体を調べつくした。

 そして……判明した。

「ついに……きたか」

 病気でも怪我でもない、これはただの寿命だ。

 前に聞いたが、彼女の若い頃は碌に食べれない時期が多々あったらしい。おまけに過酷な労働に栄養を満足に得られない環境は、成長期に彼女を成長させるには不十分だった。
 そのツケが今まさにこれなのだ。前世では人は百近くまで生きていたが、医学が発達していないこの世界ではエリナは長生きした方かもしれない。回復魔法は寿命まで伸ばす万能性はないのだ。

 確実に言えるのは一つ。彼女はもう……長くない。

 元から彼女の体はもう限界だったのだ。半年前から座る時間が増えていたが、徐々に動かない時間は増えていき、最近ではベッドで寝たきりが多くなった。
 それでもエミリアの教育時には立ち上がり、自ら手本を見せてはエミリアの駄目な点を指摘してきた。体に走る痛みに堪え、残った力を振り絞り、少しでも自らの技術を彼女に伝える為に。

「シリウス様! エリナさんは大丈夫ですよね?」
「兄貴、兄貴なら治せるでしょ?」

 ノエルとディーは俺の反応で悟ったようだが、姉弟は俺という希望に縋っていた。だがあいにく俺は自分で起こさない奇跡を信じる性質じゃないし、そもそも奇跡と言う幻想に逃げたくない。二人には悪いが俺は神じゃない。寿命を何とかするなんて不可能だ。

「……無理を……言ってはいけませんよ」
「エリナさん!」

 意識を取り戻したエリナだが、依然と顔は白いままで症状に改善は見られない。泣きながら縋っている二人の頭を撫でると、こちらに顔を向けてきた。

「シリウス様、私の診断はされたのですね?」
「ああ、診せてもらった」
「では結果を。皆にも教えてあげてほしいのです」
「……いいのか?」
「自分の事ですから覚悟はしております。それに、皆には知る権利がありますから」

 辛い状況だというのに、彼女は柔らかく笑っていた。そうか……決意しているんだな。

「エリナ、君は持って二ヶ月……いや、一ヶ月だろう」

 俺の判決に姉弟は崩れ落ち、ディーとノエルは悲しげに目を伏せていた。

「聞いたかしら貴方達? 私はもう長くないわ。だから……」

 エリナは全員を一度見やり、真剣な眼差しで述べた。


「覚悟を決めておきなさい」




 それから数日経ったが、彼女の症状は重くなるばかりだ。
 もはやベッドから立ち上がれず、ノエルとエミリアの介護を受けながら何とか生活している。全員、暇さえあればエリナの傍に付いているが、彼女は寝たまま頷いたり軽く喋るのが限界であり、その姿が死を予感させて見るに耐えなかった。だけどそれはエリナの気遣いであり、わざわざ見せ付けてこう言いたいのだ。

『私はいなくなるのだから、それを受け止める準備をしておきなさい』

 数日前に言った、覚悟を決めろとはそういう意味だ。ようやく両親の死から立ち直った姉弟に再び辛い現実を見せてしまうが、もはや回避不可能なのだ。だから少しだけでも受け止めやすいように、心を鬼にして自分の死にそうな姿を見せているのだろう。

 こんな状況だが訓練は続けていた。二人の集中力が散漫になる事が多いが、体を動かすことによって少しは発散できるだろう。怪我をしないよう気をつけつつ、日々は過ぎていく。



 半月が経過した。

 エリナはもはや固形物を食べれず、特別に調合した栄養剤を飲ませる食事ばかりだ。
 一度絶望に落ちた慣れからか、その頃には姉弟の覚悟は決まっていた。笑いながら話しかけ、自分達は大丈夫とアピールしてエリナを安心させようとする気遣いも見せている。
 そろそろ頃合かもしれない。

 俺は何が出来るだろう?
 そう思って様々な文献や本を読み漁り、とある物を見つけて提案したのだが、彼女はそれを承諾した。
 俺がやろうとする事は褒められた物ではないし、見方によっては残酷な手段だ。それでも、何もせずにいられなかったし、彼女には満足してもらいたい。

 承諾を得た俺は材料を集める為に空を駆け回り、数日掛けてようやく物は完成した。
 その物をエリナに手渡し、後は彼女の判断を待つばかりだ。


 そして……その日は訪れる。




 エリナが倒れてから一ヶ月。

 その日の朝は非常に騒がしく始まった。

「おはよう、皆」
「「「「エリナさん!?」」」」

 俺を除いた全員が叫んでいた。何せ寝たきりだったエリナが厨房に立って料理をしているのだ。わけのわからないまま呆然とする彼等を尻目に、エリナは鼻歌を歌いながら料理を作り上げる。

「エリナさん……もしかして治ったんですか?」
「それの説明は後でしてあげます。まずは朝御飯にしましょうか」

 テーブルに並べられた朝食は、エリナが用意する定番のメニューばかりであった。サンドイッチにベーコンや卵のスープ、エリナが作った料理に胸が躍る。
 だが、彼女の前にだけ料理は無く、水が入ったコップがあるだけだった。

「エリナさんは食べないのですか?」
「ちょっとね。私の事は気にせずに食べなさい」

 疑問は浮かぶが、全員は久々に並んだ彼女の手料理を優先する事にした。

「どうかしら? 久々だから変になってなければいいけど」
「変わってませんよ」
「ああ良かった。久しぶりでしたから不安だったのですよ」
「そうだな。昔から変わらない、俺の大好きなサンドイッチさ」
「俺も好きだよ!」

 和やかな朝食は終り、食後のお茶をエリナが用意したところで彼女は衝撃の事実を口にした。


「私は今日死ぬわ」


 全員の動きが止まった。事情を知っている俺は淡々と話す彼女を見つめていただけだが、ようやく再起動したノエルが手を上げて質問した。

「あの……ご説明をお願いします。いきなり過ぎて何が何やら……」
「もちろんです。私は普通に立って料理をしましたが、これはとある薬の御蔭なのです」
「薬……治療薬じゃないんですかそれは?」
「違います。これは対象の命を削り、身体能力を高める禁断の薬なのです。薬の効果は今日の夜までですから、それまで私は普通に動けるのよ」

 命削丸薬(ライフブースト)
 それがエリナの飲んだ薬だ。
 効果は彼女が説明した通りで、戦争時には多用された物らしい。本来は数時間で切れてその後は数日寝込むのだが、俺は薬を調整して、効果を抑えて持続性を伸ばしたのだ。だがその分だけ切れた後の負荷は酷く、その時が来たらもう彼女は終わりだろう。

「何でそんな薬を。エリナさん……どうして?」
「飲まなくても私は持って数日ですし、寝たまま過ごすなんて嫌じゃない。だから今日だけ普通に生活させてもらいます」
「「「「ええ〜……」」」」

 あんまりな発言に全員は呆れていた。俺だってそう思うが、彼女にしては珍しい我侭だし好き勝手にやらせてやりたいのが本音だ。全員の視線を受けてもエリナは全く動揺しないので、どうするんですかと言わんばかりに俺に視線が集中した。

「言葉通りだ。俺も今日は訓練を止めて家でのんびりさせてもらう。だからエリナも好きにしていてくれ」
「ありがとうございます。さあノエル、エミリア。家の掃除をするわよ、手伝いなさい」
「「は、はい!」」

 それからエリナは以前と全く同じように家事をこなしていた。
 家の掃除に始まり、洗濯、昼食の用意と心から楽しそうに家事を続けた。全員最初は戸惑っていたが、あまりの普通ぶりに諦めたのか一緒になって家事を手伝った。
 レウスとエミリアを必要以上に撫で回したり、ノエルとディーと一緒にお茶したり、俺を膝枕したりと終始笑顔で彼女は過ごした。


 そして夕食を食べ終え、彼女は全員を自室へ招いた。
 誰にも言われずともベットに寝転がり、周囲に並ぶ俺達を見渡しながら口を開く。

「今日は本当に楽しかったわ。そろそろ時間でしょうから、最後に貴方達へ伝えたい事があります」

 柔和な笑みを浮かべたまま、彼女は一人一人の名前を呼びながら伝えた。
 ノエルには基礎を忘れず自分を出せば大丈夫と伝え、ディーには口下手を直しなさいと諭し、レウスには敬語を心掛けるようにと優しく叱り、そしてエミリアは教えた技術を生かして俺を支えろと伝えていた。
 全員は涙を流しながら聞いているが、俺はその話を聞き続ける内に……怒りを覚え始めていた。
 何に対して怒っているのかと問われれば、それはエリナの態度だ。

「何でだよ……」
「どうなされましたか、シリウス様?」

 エリナは笑みを浮かべたまま返してきたが、今はその笑顔が嫌になる。何だその笑みは。それに皆にはこんな淡々と伝えて、これじゃあ仕事の引継ぎをするただの作業じゃないか。
 貴方の本音はそれなのか? わざわざ薬を用意したのに、こんなのでエリナは本当に満足できるのか?

「エリナは……それでいいのか?」
「申し訳ありません、何か気に障ったのでしょうか?」

 俺の雰囲気の変化に周囲がざわめきだした。従者として主人の変貌にエリナは必死に宥めようとするが、俺の怒りは治まらない。
 気に障った?
 ああ、障っているよ。
 お前は……いつまで従者でいるんだ。主人と従者の関係だけど、死ぬ間際くらい家族として話してくれよ。俺の頭を撫でた母親みたいに――。



『エリナならお母さんにピッタリだもんな。俺もお母さんだと思ってるし』
『っ!? あ、ありがとうございます』


『何だか二人のお父さんとお母さんみたいですね』
『おいおい、年齢的に無理だろ。せめて兄にしてくれよ』
『つまり私はシリウス様の母親ですか。素晴らしいです』



 ――ああ、そうだったのか。

 エリナが従者であろうとするのは、彼女だけではなく俺のせいでもあるんだ。
 俺は大人ぶらず、ただ彼女からの愛情を受けて素直に甘えていればそれで良かったのだ。

「シリウス様、機嫌を悪くされたのなら謝ります。ですから私の言葉を……」
「聞くさ。だけど、もっと本音を出して話してほしいんだ……母さん(・・・)

 俺の言葉にエリナは大きく目を見開いて驚いていたが、すぐに首を振って苦笑していた。

「お戯れは止めてください。貴方の母上はアリア様ただ一人で、私は貴方に仕える従者に過ぎません」
「それこそ違う。俺には生んでくれた母親と、育ててくれた母親がいるんだ。そして育ててくれた母親がエリナ……君なんだよ」
「私が……母親……」
「俺はすごく贅沢だと思う。なんせ二人も母親がいるんだから。だから従者じゃなくて母親として、家族として皆に言葉を伝えてほしいんだ。頼むよ母さん」
「……よろしいのでしょうか?」
「もう俺はエリナを母さんとしか見ないからな。だから頼む、じゃないと母さんの事が嫌いになっちゃうじゃないか」

 エリナの目から涙が零れた。それは完全に嬉し涙であり、彼女は涙を拭わずまっすぐに俺を見つめていた。

「シリウス様……いえ、シリウス(・・・・)に嫌われたくないわ。だから貴方の言うとおりにするわね」

 俺に対して口調が砕けたエリナにノエル達は動揺しているが、俺は非常に満足感を覚えていた。そうだよ、もっと早く母さんと呼んでこんな風に付き合っていけばよかったんだ。気付くのが遅すぎなんだよ……くそ。

「皆もごめんね。だからもう一度、貴方達に伝えたいと思うのだけど良いかしら?」


 今度こそ本当のエリナの心が伝えられた。


「レウス、貴方は御飯をよく噛んで食べなさい。前から何度も言ってるけど、味わって食べないと作ってくれた人に失礼よ」
「そ、そんな事……今言わなくても……」
「いいえ、今だからこそ言うのよ。それに敬語をそろそろ覚えなさい。品性が疑われると周りにも迷惑がかかるから気をつけるのよ、いいわね?」
「う、うん……はい!」

「次はディーね。貴方は一番年上だけど、一言だけ言わせてもらおうかしら?」
「……はい」
「慎重なのも良いけど、貴方のはただ臆病なだけ。もっと勇気を持ちなさい。貴方の言葉を待ち続けているのだから、手遅れになる前に行動なさい」
「こ、心得ておきます」

「ノエル……可愛くてドジな私の妹。貴方には本当に苦労させられたわ」
「それ……褒めているんですか」
「ええそうよ、バカな妹程可愛いって言うじゃない」
「酷いですよぅ」
「いいじゃない、バカで純粋な貴方が一番好きよ。だから貴方はそのままでいてね」
「うん……頑張るよ」

「エミリア、私が教えたことをしっかりと役立てなさい。何度も聞いたけど、貴方の決意は変わらないのね?」
「変わりません。私のいるべき場所はシリウス様の隣、ただそれだけです」
「そう、無理はしちゃ駄目よ。貴方が怪我したら悲しむのはシリウスなんだから、自己犠牲も程々にね」
「よく言われます」
「手遅れかしら。でもね、本当に自分を大切になさい。これからは貴方がシリウスを支えるんだから」
「うん……わたしが……支えるからぁ……」

「シリウス、貴方には何も言う事はないわ」
「何だよそれ」
「だって貴方は一人で何でも出来ちゃうでしょ?」
「ああ……って、何でもは無理だろ」
「完全に否定はしないのね。でも、貴方なら本当に何でも出来るわ。母さんが保証しちゃうから」
「そりゃ頼もしいな」
「アリア様が言われたように、貴方は何でもやって、誰にも縛られず真っ直ぐ生きてほしいわ」
「任せておけ、そういうのは得意だ」
「心強いわね。それよりお願いがあるのだけど……いいかしら?」
「何かな?」
「もう一度、母さんと呼んでくれる?」
「何度でもいいよ、母さん」

「もう一回」
「母さん」

「もっと大きく」
「母さん!」

「ママって呼んでほしいわ」
「はいはい、ママ」

「やっぱり母さんの方が良いわ」
「わかったよ、母さん」

「ふふ、貴方の泣き顔なんて初めて見たわ。私の為に泣いてくれるのね」
「当たり前……だろ」
「ねえシリウス、私は今とっても幸せだわ」
「それは良かった」
「でも、貴方の成長をこれ以上見られないのが唯一の心残りね」
「じゃあ幸せじゃないだろ」
「そうね。だけど私は幸せなのよ。辛いことが多かったけど、私の人生は満足だわ。最後にこんなにも愛する家族に見送ってもらえて本当に……幸せよ」
「俺も……母さんといられて……幸せだったよ」
「私のシリウス……愛しているわ」
「俺も愛しているよ母さん」
「ああ……その言葉で十分よ。シリウス……」













「ありがとう」















 ――― エリナ ―――




 気付けば果てのない白い空間に私は立っていました。

 おかしいですね、私はシリウスに見守られベッドにいたのですが……どういう事でしょうか?

『もう、来るのが早いわよ!』

 あれは……アリア様!?

『そうよ。久しぶりねエリナ』

 お久しぶりでございます。貴方のお子様はご立派に育っておりますよ。

『うんうん。ずっと見てたから知っているわ。それと間違っているわね。私のじゃなくて、私達の息子でしょ?』

 そうでございましたね。

『おまけに話し方が硬いわよ。もう私達は主人と従者じゃなくて、ただの母親なんだから』

 お言葉は嬉しいのですが癖もありますので。それよりここは一体どこでしょうか?

『うーん……何て言えばいいかな。夢……って思えばいいかな?』

 夢ですか。アリア様のお言葉から察するに、ここからシリウスの様子が見られるわけですね?

『あれ、順応早すぎない? もうちょっと驚くと思ったんだけど……』

 あの子の傍にいれば慣れますよ。それに、シリウスの様子が見れるなら些細な事です。

『そっか。隣空いてるから座る?』

 座れと言われても椅子も何もありませんが。

『その辺りは気にしないの。ほら、シリウスが見えるわよ』

 本当ですね。ああ……何度見ても可愛いですね。

『いやぁ……我が息子はとんでもない女殺しね。エリナをここまで落としちゃうなんて、罪な男よねぇ』

 私は生まれて抱き上げた頃から落ちてましたよ。

『それを言ったら私なんて生まれる前からよ。愛の深さなら誰にも負けないわ』

 何を仰いますやら。私の方が愛しています。

『私の方が愛しているわよ!』

 いいえ、私の方です。

『キリが無いわね。お互いに底が見えないくらい愛してるでいいかしら?』

 そうですね、その辺りで手を打ちましょうか。でも私の方が底が見えませんからね。

『ぐぬっ、変な所で頑固なのは変わらないんだから』

 アリア様こそ変わりませんね。

『そりゃあね。ねえエリナ、もう私達は見ることしか出来ないけど、貴方に言っておきたい事があるの』

 お聞きしましょう。

『ありがとう。そして……お疲れ様』

 ……はい。

 私は幸せな人生でしたよ。








 ――― シリウス ―――



 次の日、俺達は以前ピクニックへ来た時の花畑にやってきていた。
 わざわざここへきたのは、花畑の中心にある樹の根本に墓を作ろうと思っているからだ。

 この世界に葬儀とは貴族を除いて家族間でひっそりと終らせるものだ。遺体も完全に骨になるまで火葬し、残った骨も粉々に砕く。これは遺体が魔力を取り込んで、ゾンビとなった例があるからこその処置だ。俺達もそれに倣い、エリナの粉骨が入った木箱を片手に墓穴を掘りはじめた。
 誰もが一言も発さず、ただ黙々と穴を掘り続けエリナは埋め終わった。

「兄貴、これ」

 レウスに持たせていた墓石を設置し、ミスリルナイフで名前を刻んでいく。名前だけじゃ寂しいな、何か書き足してみようか。

「皆、何か他に刻みたいんだが、何か案はあるかい?」
「うーん、浮かびませんね」
「だな」
「俺の名前とか刻みたい。俺の大好きなエリナさん……とか」
「人の墓に自分の名前を書くのは不謹慎よ。でも、大好きだったとかそういう想いは刻みたいです」
「ふむ……ならばこれはどうだ?」

 俺の刻んだ言葉に、全員が納得して頷いていた。そして最後に全員で黙祷する。

 こうしてエリナの葬儀は終った。


 前世で母親を知らず、拾って育ててくれた師匠は親というよりただの保護者であった。

 生まれ変わっても俺は母親の顔を見れなかったが、俺に母親の愛情を教えてくれたのは間違いなくエリナだ。

 前世で何度も悲しみを味わい、涙なんか枯れ果てたと思っていたが……彼女を思って泣けた。

 懐かしい感覚だった。それを呼び起こした母親の愛は本当に偉大だと心から思う。

 純粋で、無垢なる愛を惜しみなく注いでくれたエリナ。

 家族の為に、俺の為に後ろから支え続けてくれたエリナ。

 さようなら。初めて母親の温もりを教えてくれた愛しき人よ。

 安らかに……お眠りください。











 ――― 墓石に刻まれた言葉 ―――



『家族より愛されし忠臣のエリナ……ここに眠る』




これで三章の終わりです。

この話について活動報告に少し書くつもりですので、よろしければ見てやってください。
次の章はいよいよ学園へ。
重い話もこの辺にしてスカッとした話を目指します。
お読みいただきありがとうございました。
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