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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

三章 従者

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銀月の誓い

 レウスの家出騒動から次の朝、俺は一人山頂で訓練していた。

 ここ最近の早朝は弟子二人と庭を走っていたのだが、流石に昨日の今日で早朝訓練するのは酷であろう。というか、俺がやり過ぎてしまったせいもあり、歩くことさえ出来ないくらいボコボコにしたからな。昨日の出来事を思い出すと苦笑が漏れる。


 昨夜、レウスを連れ帰った俺達は、家の前で帰りを待つ従者達に迎えられた。

「お帰りなさいませシリウス様。エミリアも、そしてレウスもね」
「ああ、ただいま皆。早速だけどレウスの介抱を頼む」
「お任せください」
「うひゃー、ボコボコですね。傷薬足りるかな?」

 疲れきって気絶したレウスをディーに渡し、ノエルと共に家へと入った。背中に乗っていたエミリアを降ろしてようやく一段落だ。

「しかし、我ながらやり過ぎたな」
「ですが必要な事でした。それだけ真剣に向き合った結果ですから、気に病むことではありません」
「いや、気には病んでないんだが、ただもうちょっと手加減してやれば良かったと思ってさ。感情に任せてブレーキが甘かった」
「良いのです、これもまた愛のムチですから。今後この様な勝手な行動も控えるでしょう」
「辛辣だねぇ。まあそれも言えてるが」

 俺の言動は全てプラス思考のエリナに戦慄を覚えつつ、ふと背後に立つエミリアが静かな事に気付いた。帰ってくるまで一言も発してないんだが、冷静になったらレウスをボコボコにした事を怒ってたりするのか?

「どうしたんだ。レウスの所に行かないのか?」
「あ……はい。す、すぐに向かいます!」

 声を掛けると慌てて俺の横を走り抜けていくが、途中で止まり引き返して俺の目前で頭を下げた。

「シリウス様、本当に……ありがとうございました。私達姉弟が一緒に居られるのは、シリウス様のおかげです」
「ああ、ありがたく受け取っておくよ。何はともあれ、無事で良かったよ」
「はい! 私はどこまでも貴方についていきます」

 エミリアは熱に浮かされたように俺を見上げている。あれ……これはもしかして?

「し、失礼します!」

 唐突に謝るなり、いきなり俺に抱きついてきたのだ。彼女らしかぬ行動に困惑していると。

「いてっ!」

 肩を噛まれた。思わず声が出てしまったが、驚きが大半で痛みはほとんどないし、血も滲んですらない。突然の行動を問い質す前に、彼女は何事か呟いて俺から離れ、顔を真っ赤にして逃げるように家へと入っていった。
 残されたのは呆然とする俺と、怒りのオーラを発するエリナだ。

「主人に牙を立てるとは……教育という名のお仕置きが必要ですね」
「待て待て、あれは銀狼族の習性だから、攻撃されたわけじゃないから」

 今にも襲い掛からんとするエリナを諭すため、エミリアから聞いた銀狼族を説明した。
 銀狼族にとって肩に噛み付くのは愛情の証。そして離れ際に呟いた俺への言葉はだ。

『大好き……です』

 確実に前回よりパワーアップしている。これはもう……あれですな。

「ノエルが居ればこう言うでしょう。完全に落ちた……と」
「言わないでください」

 はい、誰から見てもアウトです。あれ完璧に恋する乙女ですよねー。
 弟を呪い子の絶望から救った俺は、憧れを通り越して恋へと進化しました。やべぇ、ノエルの言った通りの状況になりつつある。別に彼女が嫌いじゃないし悪くはないんだが、まだ互いに若いし、変に拗れる前にしっかり話し合っておかないと不味いよな。
 悩む俺に、万能のエリナは任せろとばかりに胸を叩いた。

「シリウス様、エミリアの事は私にお任せください」
「大丈夫か? 変に我慢とかさせたりして鬱屈させても困るんだが」
「大丈夫です。互いに納得できる良い考えがありますので」
「なんか不安だが、女性の事は女性に任せるよ」

 エリナは信頼している……信頼しているのだが、この時だけは言い知れぬ不安が拭いきれなかった。

 それからレウスの処置も終わったが、あれから一向に目覚めないまま朝を迎えてしまったわけだ。


 山頂の訓練で汗を流し、家へと飛んで帰る。
 出迎えてくれたのはエリナで、タオルと飲み物を受け取り体の手入れをしつつ聞いた。

「二人は起きてきたかい?」
「それがまだ。出て行った形跡はないので、そろそろ呼ぼうと思っております」
「昨日はそうとうやらかしたし、顔を合わせづらい気持ちはわからんでもないがな」

 それでも家に居る以上顔合わせはしなければならないのだ。エミリアも来ないのは、レウスを一人にさせたくないからだと思う。

「最悪、部屋の前に御飯を置いて誘い出すか?」
「それはちょっと。とにかく朝食の用意は出来てますので行きましょう。本日はディーも張り切ったようです」

 祭を催し天照を誘い出した天岩戸ではないが、食べ物で釣るのは動物扱いで可哀想か。でもあいつ、狼で犬だしなぁ……案外やっても違和感を覚えないのは俺が意地悪いせいかね。

「「おはようございます、シリウス様」」

 朝食が並べられたテーブル前にノエルとディーは座っているが、二人の姿はまだ無い。全員の視線が空いた席に集まり、ノエルが立ち上がって居間を出て行こうとすると。

「あれ? 二人とも起きてるじゃない」
「「っ!?」」

 扉からこちらを覗き込んでいる二人を発見したのだ。慌てふためく二人だが、ノエルは問答無用で扉を開け放ち中へ引き込んだ。

「おはよう……ございます」
「……むぅ」

 ばつが悪そうなエミリアに、泣き腫らして目を真っ赤にしているレウスは俯いて視線を合わせようとすらしない。

「レウス、朝の挨拶はどうしたのかしら?」
「う……お、おはよう……ござい……ます」
「はいよろしい。では早くお座りなさい。朝食が冷めてしまうわ」
「ほらほら、二人とも座って座って」

 ノエルに背中を押され、二人は渋々席に座る。テーブルに朝食であるパンやベーコンが並んでいるが、レウスの前だけは何も用意されていなかった。その現実にレウスは明らかに落胆していた。

「お前はこれだ」

 だが、少し遅れてディーが暖かいスープを用意したのだ。ディーを見るといつも通りの無表情だが、口元は少しだけ釣りあがっている。

「お前は口の中も怪我してるからな。これを食べて大丈夫だったら、他のを食え」

 淡々と説明し、ディーも食卓に着く。呆然とその行動を見やる二人を置いて、俺達は手を合わせた。

「それでは皆、神に感謝を。いただきます」
「「「いただきます」」」
「い、いただきます」

 エリナの合図で朝食が始まる。ちなみに食事前に神に祈るのは常識だが、いただきますは無かったので俺が広めた。戸惑いつつも食事に手を付ける二人だが、レウスはスープを啜って苦い顔をしていた。口内の傷に染みたのだろう。

「うーん、やっぱり少し冷めたのを出した方が良かったんじゃないですか? 熱くて痛そうですよ」
「だが、暖かい方が美味しい」
「ですよねぇ。それ貴方達が最初に飲んだスープなんだけど、味わかるかなレウ君?」
「美味く……出来てるか?」

 俺が教えたスープの出来が気になるのか、ディーはドキドキ(無表情)しながらレウスの反応を待つ。注目されたレウスは涙を浮かべ。

「う……ん。美味い……美味いよ……」

 涙が零れ、スープに落ちようがレウスのスプーンは止まらない。瞬く間に食べ終え、レウスは勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい! 勝手な事をしてごめんなさい。僕、もうこんな事しないから、だから……姉ちゃんと一緒に居させてください!」

 突然の懺悔に皆の手は止まっていたが、エリナは口元を拭いつつ食器を置いた。

「レウス、シリウス様は貴方に何と仰って帰られたか覚えてるかしら?」
「……家に帰るぞって」
「ならばそれで良いのです。改めておかえりなさい、レウス」
「「「おかえり」」」
「うぁ……うぅ……」

 拭っても溢れ出る涙。レウスは今日初めて、心の底からこの家の者になったと自覚しただろう。

「お腹空いてるでしょ。痛いけどパン食べられる?」 
「肉も食え。元気出るぞ」
「レウス、私の卵分けてあげる」
「うん……全部……食べる」

 姉やノエル達に甘やかされ、騒がしい朝食はしばらく続くのだった。


 朝食後、食後のお茶を飲んでいるとレウスが目の前にやってきた。以前まであった俺への嫉妬は完全に消えており、今はただどう話し掛けたらいいか迷っている子供だ。仕方ないのでこっちから振ってやる。

「どうした? 俺に何か用か」
「あの……シリウス様、ごめんなさい。そして、ありがとうございました」
「ああ、受け取っておこう。ただ、俺が殴ったとはいえ、その怪我は自力で治すんだぞ。自分の失敗をしっかりと刻んでおくためにな」
「うん!」

 ようやく俺に笑ってくれるようになったか。試しに頭を撫でてみるが、嫌がる素振りは見せず尻尾を振って照れ臭そうにしていた。どうだこの変わり様は……と、ドヤ顔したくなる瞬間だ。

「そういえば呪い子だったか。あれはどうなんだ? 今は戻っているが、夜になったら勝手に変身するのか?」
「僕がなりたいと思わない限りならないです。月を見てると少しドキドキするけど我慢はできます」

 変身はコントロールが可能のようだ。月を見たり、夜になったら強制的に変身する仕様じゃなくてよかったな。でも大人になったらわからないし、色々実験しながら調べておくとしよう。とにかく無闇に変身せず、何かあればすぐに報告することを約束させた。元の性格が素直なので、懐かれれば反論は一切なくすんなり終る。

「シリウス様、僕は強くなりたいです。姉ちゃんを守れて、呪い子なんかに負けないくらいに、そしてシリウス様みたいに強くなりたいです」
「俺みたいに……か。大変だぞ、しっかりついてこいよ」
「はい!」

 エミリアとレウスは様々な物を振り切り、ようやくスタートラインに立った。ここから俺の本当の腕が試されるわけだ。二人を鍛えつつ、俺自身も師匠として鍛錬を怠るわけにはいかない。先は長く大変だが、遣り甲斐があって充実している。



 本日は二人の訓練は完全にオフだ。レウスには無理しないよう言い聞かせ休ませているし、エミリアはエリナに連れられて部屋へと戻っていった。というか彼女は朝から一度も俺と目を合わせていない。それらと昨日の問題も含め、エリナの手腕で解決するといいんだが。
 というわけでライオルの所へ向かおうと思ったのだが、弁当を作るとディーが言い出したのだ。一時間程かかると言うので、俺は時間潰しも兼ねて庭で木剣を振っていた。

 剛破一刀流、剛天から剛翔。何度も戦い観察した動きをトレースし、イメージ通りに体を動かす。一太刀全てが必殺となるこの流派は、確実に放ち当てる技量が必要不可欠な為、反復訓練が非常に重要だ。一息に八つの斬撃を放つ『散破』を真似てみたが、『ブースト』状態でも六つが限界であった。力も技量も足りないせいだろうが、あの爺さんはこれを重量のある鉄剣で放てるのだ。改めて化物だと理解した。

 一通り振り回し軽く汗をかいたところで止めると、こちらを覗いていた影が姿を隠した。言うまでもなくレウスだが、休んでろって言ったのに元気な奴だ。隠れている藪から引きずり出し話を聞いてみることにする。

「何をやっているんだお前は。休んでなくて平気なのか」
「シリウス様が何をやっているのかと思って。それにもう体はあまり痛くないから」

 回復速いな。これも呪い子の影響なのかね。そういえばレウスに剣を振っている姿を見せたのは初めてだったか? ふむ……色々体験させるのもいいな。

「見様見真似の剣だが、どう思った?」
「凄かった。あんなビュンビュン振り回して、かっこよかったです」
「そうか、じゃあ振ってみるか?」

 木剣を差し出し握らせると、新しい玩具を貰ったみたいに顔を輝かせていた。

「……いいの?」
「無理しない程度に振ってみな。体が痛くなったら止めるんだぞ」

 何事も経験ってやつだ。レウスの戦闘スタイルがどうなるかわからないが、剣を振って損することはあるまい。
 レウスは嬉々として剣を振るが、何も知らない彼の素振り音は非常に情けないものだ。音の違いに首を傾げて疑問符を浮かべている姿が面白い。

「何で?」
「握り方が甘いし、腕だけで振っていれば当然だ」

 木剣を返してもらい、正しい……かどうかわからないがライオルの素振りを実演してみせる。剣は専門外だが、指摘できる点は軽くしておこう。

「レウスは右利きだが、両手で剣を握る際は左手が重要になる。あと、握る時は指全部で握るんじゃなくて、小指と薬指で締めて人差し指は浮かす方がいい」

 目の前で形を見せて再度レウスに木剣を渡す。教えた内容は刀の持ち方だが、こちらの剣でも問題は無いと思う。一応ライオルに聞いて確認してみよう。
 再び剣を振ると、ほんの少しだが素振り音が良くなった。意外に飲み込みが速い。

「シリウス様、お待たせしました。おや、レウスに剣を?」
「ちょっと試しにね。結構筋がいいぞ」

 ディーが弁当の入った大きな袋を持ってやって来たが、剣を振ってるレウスを見て立ち止まった。状況を軽く説明し、弁当を受け取って背負い袋に仕舞う。

「ディーも余裕があったら見てやっててほしい。それじゃあ俺は行って来るよ」
「「行ってらっしゃいませ」」

 二人に見送られライオルの元へ向かう為に魔法を発動した。途中、少しだけ振り返って見れば、ディーが何か助言しているようだった。頑張れ若人よ。




「ぬぐぁっ!」

 意表を突いた攻撃を避けきれず、ライオルの直撃を受けて吹っ飛ばされた。地面に体が数回バウンドするが、空中で体勢を立て直して着地には成功した。だが、今の攻撃で右手が完全に逝ってしまった。続けられなくはないが、これが木剣ではなく本物であれば終っていただろうし、ここまでか。

「……まいった」
「ふぅ……ふぅ……どうじゃ」

 ライオルも限界だったらしく、満足気に笑って座り込んでいた。くそ、久々に負けてしまったな。
 しかし最後の攻撃は完全にやられた。ライオルは剛剣と言われるだけあって一撃必殺が基本で、手数を増やす技はあっても意表を突く技はなかった。完全に俺の思い込みが原因だ。スイッチ切り替えてなかったのもあるが、緩んでいた精神に活が入ったよ。

「まさかあんな技があったとは。完全に負けだ」
「うむ、名前がまだ無い技じゃが、お主に通じて良かったわい」
「は? 名前が無い?」
「今のはお主用に作った新たな技じゃ。素早い相手に対し虚を突く技でな、流派とは方向性が違うから開発に苦労したわい」

 まさかたった一人、俺を倒すだけの為に新たな技を開発するとは。しかも流派に背く技ときているし、強くなるにはとことんやるとんでもねえ爺さんだ。

「まあ次は通じぬじゃろうな。お主の適応の速さは異常じゃし、この技を昇華させるかどうかは後で考えておこうかの」

 爺さんの言う通り、今度放てば確実に回避できる自信はある。だから向こうも状況によってはこの技をすっぱり諦める可能性もある。俺とライオルの戦いは日々進化し続け、どちらかが戦えなくなるまで続くだろう。それを楽しんでいるから問題はないけどね。

「腕は大丈夫か? 防御は間に合ったようじゃが、本気で振ったからのう」
「痛いが大丈夫だ。だけど今日はこれ以上無理っぽいな」

 おそらく骨にひびが入っただろうが、魔力で再生力を活性させれば数時間で完治するだろう。

「仕方あるまい。昼も過ぎた頃じゃし、遅くなったが昼飯にしようかのう」
「だったら従者が持たせてくれた弁当がある。量が多かったから、爺さんの分もある筈だ」
「ほほう! それは楽しみじゃ」

 何度も弁当をつまみ食いして、気付けば爺さんはディーの料理ファンだ。子供のように笑いながら家へ戻る爺さんを眺めつつ、俺はその後に続いた。


「剣の握り方じゃと?」

 弁当を食べながら今朝の疑問をぶつけてみた。ちなみに弁当は色とりどりのおかずに、ディー初挑戦であるカツサンドだった。食べてみたが、俺のよりちょっとアレンジしてあって美味い。さすが料理人である。

「ふむ……そこはあまり考えた事はなかったのう。わしは力で振り回すから、とにかく固定する為に全力で握ってるだけじゃからのう」

 本当に、どうしてこんな爺さんが強いのだろうか? とりあえず刀の握り方を教えてみる。

「ほう? なるほど……これは悪くはないのう。技によっては有効かもしれんな」

 今のように、強くなるなら他人の意見を取り入れて試す貪欲さが強さの秘訣だろう。普通に考えたら長年培った技術を変えようと思わないものだろうに。

「そういえば、弟子のレウスが剣に興味を持っていたな」
「それは良き事じゃ。わしもお主くらいの頃に剣を握ったものじゃ」
「そうなると爺さんの剣歴は大体五十年か。よくここまで剣一筋で来たもんだ」
「五十年やっても六歳の子供に負けておるんじゃがな。どうじゃお主、わしの剣を継いでみぬか? お主なら確実にわしを超えるじゃろう」

 何度か手合わせしているが、剣を継いでほしいと言われたのは初めてだな。だけど。

「気持ちは嬉しいが、俺の戦い方とあまり合わないからな。技を見て幾つか取り入れているけど、完全に取り入れたら逆に流派を殺してしまいそうだ。悪い」
「そうか、無理強いはすまい。どうしても跡継ぎが欲しいってわけでもないが、技が勿体無いと思ってのう」
「なら俺の弟子に引き継いで見るか?」
「ほう、前にも話したようじゃが冗談ではなかったのか?」
「本人の意思にもよるがな」

 そもそも俺の技や戦い方の大半は前世の科学技術ありきで、更に師匠独特の技であり、この世界の人間に教えるのは不可能に近いのだ。
 だから弟子二人の育成方針は、基礎体力を中心に鍛え上げ、状況判断力等を培い、個人に合った武器と流派で育てていこうと思っていたところなのだ。だからライオルの話は渡りに船である。

「少なくとも半年は基礎訓練と学力勉強で下地作りだ。それで本人がやってみたいと言うなら紹介しようと思う」
「お主の事じゃからとんでもない弟子がきそうじゃのう。今から楽しみじゃ」
「期待しとけ。技を幾つか見せてやっても問題ないか?」
「無い。鉄の剣で岩を切るか、『散破』の斬る回数が四回出来るくらいの弟子を頼む」
「無茶言うな。特に後者は俺でも六回が限度なんだぞ?」
「習ってもいないのにそこまで出来るお主が異常なんじゃ! わしの五十年は何だったのか」
「知らねえよ!」

 こうして怪我が完治するまで、俺は爺さんと不毛な言い争いを続けていたのだった。


 しかし帰ってみれば予想外の結末が待っていた。

「あ、シリウス様。おかりなさーい」

 家に辿り着くと、レウスはまだ剣を振っていたのだ。流石にぶっ通しでは無いようだが、怪我もすでに完治しているようで楽しそうに振っている。しかし隣で見ているディーは難しい顔(無表情)していた。

「シリウス様、貴方は凄まじい才能をお持ちですが、この子も負けておりません」
「シリウス様ー、僕ね、あの剣を一気に六回振る技をやったんだけど、三回しか出来なかったんだ。コツとか教えて欲しいです」

 なん……だと? 一回しかやってない技をただ見ただけで覚え、半分とはいえ成功しただと? おまけに瞬きに近い斬撃の回数を正確に捉える動体視力も持っている。

 この子、とんでもない逸材じゃね?



 おまけでもう一つ予想外の結末もあった。

「あ、その……おかえりなさいませ」

 エミリアが顔を赤くしているが、俺と目を合わせて会話してくれたのだ。流石はエリナ、しっかり教育してくれたようだ。

「あの……昨日の事なんですけど、私感極まっちゃって……その、やり過ぎちゃったと言いますか……」
「やり過ぎなんかじゃないさ。エミリアの好意、嬉しく思うよ」

 突然の告白に戸惑いはしたが、覚悟を決めたからにはドンと受け止めてやるつもりだ。俺の返答にエミリアは顔を輝かせて喜んでいた。

「嬉しいです。私、これからもシリウス様の為に頑張ります。大人になったらベッドでも頑張りますから! 待っててくださいね」

 ……ん? ちょっと待とうか。何かおかしな単語が混ざってなかったかい?
 俺の疑惑を他所に、エミリアは台所へ向かいエリナから牛乳を貰っていた。

「男の人は大きい胸が好き……ですよね。頑張らないと……」
「その意気ですよ。将来、シリウス様を満足させるよう努力を怠らないようにね」

 あの、エリナ……さん? 貴方は一体、彼女に何を吹き込んだのでしょうか?





 その日の夜、俺と従者三人は月が照らす庭に佇んでいた。
 この世界の月は日によって満ち欠けするのではなく、薄く影が差していくだけで常に丸く見える月だ。今日は満月で明るく、月光浴するなら悪くない日だ。だけどそんな洒落た事をしに庭に立っている訳ではない。ここに集まっているのはエミリアに呼ばれたからだ。

『皆さんにお願いがあります。今日の夜、月が最も輝く時間に庭へ集まってほしいんです』

 そう晩飯後に言われ俺達はここにいるのだが、肝心の二人は家の方で何かしているらしく姿が見当たらない。

「今日は満月。そして月が最も輝く時間……つまり今ですね。一体何をするんでしょうか?」
「ここへ来る前にワインが欲しいと聞いてきたぞ」
「ワイン、じゃあここで飲むのかな? 月が綺麗だし、皆で月見酒も悪くないですね」
「未成年のシリウス様と二人には飲ますわけにいけませんよ。二人の意図はわかりませんが、真剣な様子でしたから何か大切な事なのでしょう」
「そうだな、のんびり待つとしよう――と、噂をすればきたようだ」

 家の玄関から出てきた二人は、それぞれ小さな木箱と机を持っており、駆け足でこちらへ向かってきた。

「お待たせして申し訳ありません」

 息を乱しながら二人は頭を下げるが、こちらは特に待たされた覚えはない。全員笑みを浮かべて迎えた。

「大して待ってないから気にするな。それで、俺達が集められた理由は何だい?」
「はい。実は見てもらいたい物がありまして。レウス」
「うん、ここでいいよね?」

 レウスが運んできた机を地面に設置し、エミリアが持っていた木箱からジュースとワインが取り出され机の上に置かれた。まるで月にお供えしてるみたいだ。

「皆さん、まずは集まっていただきありがとうございます」
「ありがとうございます」

 俺達の正面に立ち、二人揃って礼をする。何だかはじめてのスピーチって感じがして微笑ましい。

「説明させていただきますと、私達銀狼族には祭や結婚の際にしか行われない、銀月の誓い(シルヴァンス)と呼ばれる儀式があるんです。これは月に自分の誓いを宣誓する大切な儀式でして、一度誓えば決して破る事を許されないのです」

 説明している横で、レウスはアプを絞ったジュースをカップに注ぎ机に置いていた。

「決して破れないって、銀狼族って凄いんだね」
「お父さんの話によると方便らしいと言ってました。ですが、誓いを破った人を私は見たことがありません」
「結婚にも行われる儀式だろう? 銀狼族は家族想いと言われる種族だから破る奴はいないからだろうな」
「なるほど。流石シリウス様、博識ですね」
「本の受け売りだ。実際に見れるとは思わなかったよ」
「皆さんには、私達の誓いを見届けてもらいたくて集まっていただいたんです。シリウス様、こちらへ立ってもらえますか?」

 エミリアに誘導され、俺は設置された机の前に立たされた。あれ、見る方じゃなくて俺も関係しているのか?

「準備はいい?」
「いいよ姉ちゃん」

 二人は俺の前に片膝を突き、神に祈るように両手を胸の前で組んだ。

 儀式が始まる。



「我らの母たる銀月よ、ここに今新たな誓いを唱えることを見届けてください」

 誰もが口を閉じる厳かな雰囲気の中、エミリアは月へ問いかけるように言葉を発した。

「私、エミリア・シルバリオンは」
「僕、レウス・シルバリオンは」

「「生涯、命尽きるまで貴方を主とし、付き従うことを月に誓います」」

 その誓いにどこからか息を呑む音が聞こえた。

 正直に言わせてもらうなら、俺はお前達に慕われるだけで十分だ。二人はまだ子供で、将来俺より好きな異性と巡り合い、結婚し子供を成すだろう。その時に今の誓いは必ず足枷となってしまう。だからここまでする必要は無い、気持ちだけで十分だ……と、言ってやろうとした。

 だが……言葉は出なかった。

 二人の表情は真剣で、俺から目を一切逸らすことなく、ただ真っ直ぐに見つめている。
 子供とはいえ、二人は神聖な儀式で宣誓する程の覚悟を持って誓ってきたのだ。だから俺も二人の覚悟に答えなければなるまい。弟子や師匠は抜きで、一人の男としてだ。

「今日二人で話し合って決めたんです。私達二人はずっとシリウス様と居たいと」
「僕はまだ子供で役に立たないけど、いつか強くなってシリウス様を助けたいんです」
「私達はこの選択を決して後悔しません。誓いを受けてもらえますか?」


「……お前達の誓い、受けよう」


 その言葉に二人は抱き合って喜び、従者三人は惜しみない拍手を送ってくれた。
 恥ずかしくなって頭を掻いていると、エミリアが机に置いたカップを渡してきた。

「儀式はまだ続きますので、そのままお持ちください」

 本当はお酒なんですけどねと呟きながら、エミリアは自分の指を噛み、流れ出た血を一滴コップに垂らす。レウスもそれに続き、二人の血がジュースと混ざる。

「お飲みください。私達の血を貴方に捧げる……という意味だそうです。ですが、気持ち悪ければ無理に飲もうとしなくても……」
「いや……飲むさ。そして俺も誓おう。お前達を強くし、俺に付いてきたのを決して後悔させないと月に誓う」

 元から決めていた事だが改めて二人に伝えた。今ここで言うからこそ、何よりも信用できる重みを持つのだから。

「シリウス様、これは私達の一方的な誓いですから、貴方まで誓わなくても」
「そうだよ。僕達が勝手にやっているんだから」

 二人の言動を無視し一気に飲み干した。一滴ずつとは言え、血が混ざったジュースは体全体に染み渡った。

「普通のアプジュースだが、二人の思いが伝わった気がするよ。さて、これで終わりかな?」

 呆気にとられていた二人だが、すぐに満面の笑みを浮かべ揃って抱きついてきた。

「はい。これからもよろしくお願いします」
「僕もシリウス様の為に頑張る!」

 笑いあう俺達に従者三人は近寄り、それぞれから祝辞を述べてくれた。

「おめでとう二人とも。神聖な儀式の証人になれてとても光栄でしたよ」
「つまりエミちゃんとレウ君も今日から私達と同じ従者なんだよね。これからも一緒に頑張っていこう」
「困ったら何でも聞きにこい」
「「ありがとうございます」」

 正式にエリナ達の仲間入りをし、二人は上機嫌に笑っていた。これで益々絆が深まって結構なことだ。
 そういえばジュースはともかくワインも用意してあったな。

「なあエミリア。このワインは皆に振る舞う用なのか?」
「そうです。本来は沢山の食事も添えて宴会になるんですけど、私達二人では無理なのでせめてお酒くらいはと」
「言ってくれれば私達も用意したのに、水臭いなぁ」
「料理なら幾らでも用意してやるぞ」
「ごめんなさい、これは私達の儀式ですから私達だけでやりたかったんです」
「うーん、それもそうか。無理強いもよくないもんね」
「ほら、いつまでも話してないで受け取りなさい」

 ノエルエミリアが言い合ってる間に、エリナがテキパキ動いて人数分のカップにワインを注いで各人に手渡していた。勿論、俺達子供組はちゃんとジュースだ。

「では祝杯といきましょうか。乾杯の音頭は……ノエル、貴方にお任せするわ」
「私ですか? よーし、なんて言おうかなぁ」
「変に拘らずシンプルに頼むぞ」
「ええー! 仕方ありません、普通にやりましょう。えーと……」

 俺達は机を中心に集まり、ノエルの声に合わせてカップを少し持ち上げた。


「シリウス様の従者が増えた記念と、エミちゃんとレウ君の誓いに……乾杯っ!」

「「「「「乾杯!」」」」」



 月明かりの下、カップのぶつかり合う音が周囲に響き渡った。


次回予告(嘘)

 ついに現れた第二の愛人候補。黙っていられない第一愛人候補と勃発する戦いの火は世界を巻き込んでいく。
 それに引き寄せられるように現れる第三、第四の愛人候補にシリウスは『俺は狙ったわけじゃない』と叫ぶが虚しく木霊するだけであった。
 次回……普通の正妻はいないのか!?
+注意+
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