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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

三章 従者

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本当に言いたい事

 ――― レウス ―――


 最近姉ちゃんが変だ。

 変だと言っても僕には優しいし見た目は全く変わっていないけど、気付けばあいつを見ている。

 あいつ……シリウスは僕と姉ちゃんを助けてくれた人族だ。

 人族は僕らをいじめるだけで、止めてと叫んでも笑いながら叩いて、お腹が空いても何もくれない嫌な奴らだ。だけど、あいつは違った。笑いながら叩いてこないし、美味しい御飯を沢山食べさせてくれるし、怪我をしたらすぐ何とかしてくれる。まるで父ちゃんみたい――じゃない!
 父ちゃんはもっと優しかったんだ。いつも見守ってくれて、何でも知ってて、悪いことをしたら叱ってくれる強くて誇り高い男だ。それに比べてあいつは気付いたら近くに居て、色んな事を知ってて、悪いことをしたら怒る酷い奴だ。あいつと父ちゃんがそっくりなわけあるか。

 そんなあいつをどうして姉ちゃんは見ているんだろう? あいつが何かすると姉ちゃんは顔を赤くして褒めているけど、その姿を見る度に何かもやもやとする。

 だけどあいつの従者であるエリナさんは、人族だけど大好きだ。
 いつも笑っていて僕の頭を優しく撫でてくれるし、抱きしめてくれると母ちゃんと同じ匂いがする。教育の時は厳しいけどちゃんとやれば褒めてくれる。

 ノエル姉も面白くて大好きだ。
 すごくうるさいけど見ていて楽しいし、よく一緒に遊んでくれる。姉ちゃんがもう一人出来たみたいで嬉しい。

 ディー兄も兄ちゃんみたいで大好きだ。
 人族でちょっと怖いけど、美味しい物を沢山作る凄い人だ。夜中にお腹が空いているとこっそりとパンをくれたりして優しい。

 大好きな人達に囲まれて、まるで家にいるみたいだ。
 なのに、僕が大好きな人達は皆あいつが凄いとばかり言う。確かにあいつは凄いと思う。僕とほとんど変わらないのに、村では誰にも負けなかったかけっこに一度も勝てないんだ。父ちゃんが銀狼族は強い相手に敬意を持つとか言ってたけど、僕はあいつが嫌いだ。何故かわからないけど嫌いだ。
 何だろう、姉ちゃんだけじゃなくて僕も変だ。


 あいつに助けられてこの家に住むようになって数日、僕の毎日は走ってばかりだ。
 朝起きて走らされて、朝御飯を食べて走らされて、昼寝して勉強したら走らされる。姉ちゃんは文句も言わずやってるけど、僕はいい加減飽きてきた。だから違うのやりたいと言ったら、走りで自分に勝てたら考えてやるとか言い出したんだ。それからあいつに負けないように走っているんだけど、今回も負けてしまった。くそう、次こそ負けないからな。あいつの走り方をマネしてびっくりさせてやる。
 美味しい昼御飯を食べたら勉強だ。それにしても今日のお昼御飯も美味しかった。作ったのがあいつなのが嫌だけど、御飯を作るのだけは認めてやってもいいかな、うん。

 勉強はエリナさんの従者教育からだ。
 普段はにこにこしてるのに、この時のエリナさんは凄くかっこいい。お皿を置いても音が出ないし、欲しいと声が出る前に用意してるなんてどうやればいいんだろう? 仕えたい主を見つければ自然と出来るようになるってエリナさんは言うけど、僕は男だしあいつに仕えたいなんて思わない。
 でも姉ちゃんは本気でやっているし、僕もエリナさんみたいに出来たらいいなと思うから一生懸命やっている。それに、上手に出来ればエリナさんが褒めてくれるから頑張れる。

 次の勉強は算術とか言うやつだ。
 色んな数字を足したり引いたりして答えを出す勉強って言ってるけど、凄く難しくて頭が痛くなる。だけどこれが出来るようになれば、あのバカな大人達に騙されないってあいつが言ってたからやる。
 しばらく本を眺めたり問題を解いたら、本物のお金を渡されてあいつからお菓子を買う練習をする。今日はノエル姉が大好きなプリンだ。正解したら貰えるから頑張らないと。

「今日は難しいぞ。プリンが一個、鉄貨一枚と石貨十枚として、銅貨一枚で四個買うとしたらお釣りは幾らだ?」
「はいはーい! 鉄貨五枚と石貨十枚でーす!」

 突然入ってきたノエル姉が、プリンを口に突っ込まれて追い出された。今日も元気だなー。

「あれは忘れてくれ。プリンが一個、鉄貨一枚と石貨二十枚で五個買うとしたら?」

 あれ、ちょっと変わってる? とにかくあいつがくれたお金の早見表を見ながら考える。鉄貨が十枚で銅貨一枚って書いてあるから……えーと?

「シリウス様、これでどうでしょうか?」
「よし、正解だ。プリンを進呈しよう」

 流石姉ちゃんだ、もうわかってあいつに答えを書いて正解している。もし僕がわからなくても姉ちゃんが分けてくれるけど、そんなの男らしくないしあいつに負けるみたいで嫌だ。

「プリンも嬉しいですけど、撫でてほしいです」
「やれやれ、ほら」
「えへへ」

 まただ、また何かもやもやする。何でこんな気持ちになるんだろう。

「レウス。落ち着きなさい」

 エリナさんが頭を撫でてくれると落ち着いてきた。そうだ、早く答えてプリンを貰わないと姉ちゃんと一緒に食べられない。えーと、石貨が五十枚で鉄貨一枚だから……。

「……お釣りは鉄貨三枚だ、です!」
「正解だ。よく石貨に惑わされず一人で出来たな」

 しばらく悩んでようやく正解できた。プリンは貰えたけど、あいつは僕の頭を撫でてきたので少し嫌な気分になった。だけど手を払う気にならないからわからない。

「美味しいねレウス」
「うん!」

 でもプリンが美味いからいいや。
 ノエル姉がよく言ってる、美味しければ全て良しだ。



 その日、何だか寝られなかった。
 何度目を閉じても眠れず、胸の奥がドクドク音を立てて全然眠くならないし喉も渇いてきた。同じベッドに寝ている姉ちゃんを起こさないように部屋を出て、台所で水を飲んだら少しドクドクが治まった。部屋に戻ろうとしてふと玄関に目を向けてみると何故か外に出たくなった。まだ落ち着かないし、こっそりと外に出てみることにする。

 外に出たら結構明るかった。何でかと思えば空に浮かんでいる月が光って明るいからだ。村に居た頃も何度か見たけど、今日は特に綺麗に見えた。

 月を見ているとドクドクが強くなっていくけど、目が離せない。

 体が熱くなってきて……力が沸いて……。

 あれ?

 何で……どうして?

 姉ちゃん……ぼくは……。

 ぼくは……。

 こんなの……いやだ……。








 ――― シリウス ―――




「レウスの様子がおかしいんです」

 夜、寝る前の読書をしている俺の元にエミリアが訪ねてきて言ったのだ。

「ふむ、確かに今日の訓練も様子がおかしかった」

 いつもなら俺に負けないよう闘争本能丸出しで走るのが、今日はただ力を出し切りたい感じだったな。

「昨日の夜から何かおかしくて、妙に興奮している感じなんです」
「夜に何かあったのか? 覚えていることを話してくれ」
「はい、昨夜レウスが眠れなくて部屋を出て行く姿を見たんです。しばらく経っても戻ってこないので探そうと思ったら帰ってきたんですが、凄く焦った様子で毛布を被って寝ちゃったんです」
「怪しいな。それで?」
「今朝になって凄く安心した顔をしていまして、何があったのか聞いても、何でもないとそればかりなんです」
「そうか、出来ればその今朝の内に報告してほしかった」
「ご、ごめんなさい。でもレウスが凄く必死なので……」

 身内だしどうしても甘くなっちゃうから仕方ないか。感情が不安定のようだし、とにかく面談してみよう。

「エリナとレウスを呼んできてくれ。エリナと一緒なら話してくれるかもしれない」
「わかりました」

 エミリアが二人を呼びに部屋を出ていくのを確認し、レウスの様子を改めて思い返す。
 食欲は旺盛でむしろいつも以上に食べていたが、負けず嫌いのあいつが急に勝負しなくなったり、何かに怯えている様子も見えた。レウスが起こしそうな行動を思い立ったので『サーチ』を発動させた瞬間。

「シリウス様っ!」

 エミリアが泣きそうな顔で部屋に飛び込んできたのだ。その手には一枚の紙切れが握られており。

「レウスが……レウスが……家から出て行ったんです!」




 俺達は居間に集まっていた。
 あの時エミリアが部屋に戻ると、拙い文字で書かれたこれがベッドに残されてたそうだ。


『僕はやることがあるので出て行きます。シリウス様、姉ちゃんをよろしくお願いします』


 ――という内容の書き置きを従者達に見せて意見を聞いてみる。

「しかし急にどういう事だと思う? 訓練から逃げ出すような奴じゃないと思うんだが」
「そうですね。あの子はそういう性格ではなかったです」
「私もそう思います」
「俺もです」

 逃げ出すような奴じゃないと全員わかっているようだ。
 続いてレウスを一番知っているエミリアに聞こうとするが、ノエルに肩を抱かれて必死に泣くのを堪えていた。

「エミリア、泣くのは後でも出来るから我慢して教えてくれ。レウスはここでの生活を嫌がっていたかい?」
「そんなの……ありえません。皆さんに優しくしてもらって……すごく嬉しくて……逃げ出すなんて……絶対ありえません!」
「そうか、ありがとう。じゃあ別な理由だろうが……やはり昨日の夜か?」
「昨日の夜に何かあったんですか?」
「ああ、実は……」

 先ほど話したレウスの行動を話すが、皆不思議がるだけで結局何もわからないままだ。ここはやはり。

「直接聞くしかないな」
「迎えに行かれるのですか?」
「いや、無理矢理連れ帰っても意味がないから、理由を聞きに行くだけだ。場所は判明してるから飛べば追いつける距離だしな」

 レウスの位置は『サーチ』ですでに捉えている。俺がさっさと迎えに行かないのは自主性を尊重したいからだ。俺は弟子を鍛えはするが、その弟子が別の目標やら夢を見つけたならば尊重する主義だ。過去にディーを育ててみたいと思ったが、彼は料理人になりたいと言ったからそれを応援しているし。
 だからレウスも自主的に出て行ったのならば止めるつもりはなかったのだが、姉であるエミリアに何も言わず出るのはあんまりだ。せめて理由くらい聞いてやろうかと思う。

「もう外は真っ暗で危険な時間だ。空を飛べる俺だけの方がいいな」
「シリウス様、武器を」

 すでにエリナは準備を整えてくれたようで、剣とナイフがついたベルトを装着してくれる。戦う予定がないとはいえ、準備はしっかりしておかないとな。武器がしっかり固定されているのを確認していると、エミリアが前に立って頭を下げてきた。

「お願いします! 私もつれていってください!」
「エリナ」
「はい。エミリア、これに着替えなさい」
「えっ?」

 断られると思ったのだろうが、上下の服を手渡されてエミリアは唖然としていた。

「どうした、早く着替えて追うぞ」
「え……あの、本当にいいんですか?」
「何を当たり前な事を。お前の弟だぞ? 知らない所で勝手に決められちゃ納得できないだろうが」
「……ありがとう、ございます!」

 涙目で頭を下げてくれるが、まだ何も終っていない。ノエルに目で合図し、エミリアを引っ張って着替えを済まさせるよう頼む。

「了解です。エミちゃん、泣くのは後にして早く着替えるよ」
「はい!」

 奥に引っ込み、彼女の着替えを待つ間にエリナとディーに確認しておく。

「魔物に襲われている可能性もあるかもしれないから、薬やその辺りの準備をしておいてほしい」
「お任せください。三人で帰宅されるのをお待ちしております」
「俺も、何か暖かい物を作っておきます」
「頼んだ、何かあれば連絡するから」
「「わかりました」」

 玄関を出るとすぐにエミリアが出てきた。渡された服を着ており、丈夫な厚手のズボンとハーフコートで冒険者が着るような動きやすい服装だ。

「お待たせしました」
「よし、早く行くとしよう。背中におぶされ」
「は、はい。失礼します」

 背中を向けてしゃがみ込むと、少し戸惑いつつもエミリアは背中に乗ってきた。安全の為に『ストリング』で俺と彼女をしっかり固定しておく。密着度が上がってエミリアが動揺しているがスルー。

「わわっ! し、シリウス様!?」
「魔法でしっかり固定したから落ちる心配は無いからな。じゃあ、皆行ってくる」
「い、行ってきます!」
「「「いってらっしゃいませ」」」

 従者達の声を背中に、俺とエミリアは空へと駆け出した。



「怖くないか?」
「だ、大丈夫です!」

 普段よりスピードも高度も抑え気味であるが、初めてでしかも夜の空を飛べば恐怖を感じるだろう。首に回された腕にそうとう力が入っているが、強化された俺には通じんな。

「こういう時は上を見るといい。ほら、月を見てごらん」
「は、はいぃ! ……うわぁ」

 少しだけ近づいた月を見上げ、エミリアの腕が緩む。しばらく無言で飛び続け、落ち着いてきたエミリアが不意に呟いた。

「レウスも……この月を見ているんでしょうか」
「そうだな。案外、月を見ながら寂しくて泣いているんじゃないか?」
「ふふ、ありえそうですね。本当に……バカな子なんだから」
「ああ、バカだな。下らん理由だったらぶん殴ってやるか」
「私も頬を叩いてやります」
「その意気だ。少しスピードを上げるぞ」
「はい!」

 『サーチ』で調べたが、レウスの反応が移動している様子はない。動けない状況かもしれないし、エミリアも慣れてきたので速度を上げて飛び続けた。


 反応を頼りに辿り着いたのは、以前俺が水魔草を採取した湖だった。
 今回はゴブリンが居座っておらず、周辺に危険な魔物も居ないようなので安心して降りた。エミリアを背中から降ろし、レウスの姿を探して歩き出す。

「レウスーっ! どこにいるのーっ!」
「声を出す必要はないぞ」

 魔物が潜む地域で大声出せば、魔物を集めてしまう可能性もある。幸いこの周辺に反応が無いが、余計な行動は慎むべきだ。それに。

「でも!」
「大丈夫だ、レウスはすぐそこに居るよ」

 俺が指した先に、湖のへりで蹲るように座るレウスの後姿が見えたからだ。エミリアは駆け出しレウスに近づこうとしたが。

「レウス!」
「来るなっ!」

 普段は姉に使わない威嚇気味の声で拒絶された。唐突の行動にエミリアは戸惑い、思わず立ち止まっていた。

「レウス? 何を言っているのよ。お姉ちゃんと帰ろう、ね?」
「来るなって言ってるんだ!」

 拒絶は止まらない。それでもエミリアは自分を奮い立たせ、弟に声をかける。

「一体どうしたの? 私達一緒に頑張ろうって言ったじゃない。一人で皆から離れて何かあったらどうするの!」
「僕はもう大丈夫だ。走って体力はついたし、勉強して知識も学んだ。もう一人でやっていけるんだ!」
「ふざけないで! たったあれだけで強くなるわけないでしょ!」
「強くなった! 僕は……強くなったんだ!」

 話は完全に平行線で、このまま言い合いしても時間の無駄なので介入する事にした。エミリアの肩を叩いて振り向かせると、彼女は涙を流しながらこちらを見上げていた。

「ごめんなさい、すぐに、すぐに説得しますから」
「対話なら帰ってやれ。お互い興奮して話にならないから俺がやろう」
「っ……はい」

 悔しげに下がるエミリアを背にレウスへと近づく。さてさて、一体どんな理由で家出したのやら。

「よう、レウス。こんな所で何をやってるんだ?」
「……あんたには関係ない」
「関係はあるさ。俺はお前らの保護者で師匠だ。弟子が暴走したら気にするのは当然だろ?」
「僕はそんなのになった覚えはない!」
「教わった時点でそうなるんだよ。おまけに食事や寝床も提供したんだ、聞く権利はあるだろう?」
「…………」
「だんまりか。とにかく答えろ。お前はどうして家を出た? あんな書き置きじゃ理由にならん」
「……僕は強くなったんだ」
「あの程度の訓練で強くなったと? 勘違いも甚だしい、自信過剰も大概にしてくれ」

 挑発した俺の物言いに、レウスは立ち上がり振り返って叫んだ。

「僕はお前以上に強くなったんだ。姉ちゃんつれて帰れ!」
「今日も走りで負けた癖にか? 口先だけで強くなったと言うならただの餓鬼だぞ」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい!」

 地面をじたばた踏んで子供の癇癪だ。元から感情が不安定だったとはいえ、エリナのお陰で多少は緩和してた筈で、僅か一日でここまで爆発するとは思えないんだが。

「言ってわからないなら……これを見てみろ!」
「っ!? レウス……嘘……でしょ?」

 物音に振り返ると、エミリアが信じられない顔でその場にへたり込んでいた。再びレウスに視線を戻せば、月の光を反射していた彼の銀髪が……金色に変わっていたのだ。

「何だあれは?」
「そんな……レウスが呪い子なんて……」

 一人絶望するエミリアだが、こちらは意味がさっぱりわからん。種族的な特徴にしてはエミリアの反応が過剰すぎるが。

「あれは何だ。知っているなら教えてくれ」
「あれは……私達、銀狼族に伝わる呪い子と呼ばれるものです」

 呪い子? アルベルト旅行記にも載ってない初めて聞く名だが、良い事じゃなさそうなのは確かだな。

「うっ、ぐおおおぉぉぉっ!」

 レウスの体に異変が起こり始める。短かった髪が伸び、筋肉が盛り上がり、全身に毛が生えて鼻が伸びたレウスは……二足歩行の狼に変身した。体に残された衣服がかろうじてレウスの面影を残しているが、これはワーウルフってやつか?

「呪い子は全身が狼に変わるんです。それは災いと不幸を呼ぶと言われ……銀狼族の掟で処分……されるんです」
「処分? 何とも物騒な話だな」
「二年前、私の村で一人の大人が突然呪い子と成りました。その人は混乱して暴れ始め、私達を襲おうとしたところでお父さんに……殺されました」
「殺されたのは、目の前でか?」
「……はい」

 何となく理由がわかった気がする。
 レウスは自身が呪い子だと知り、その結末を目の前で見ているから自分もそうなるんだと絶望しているんだ。でも死にたくはないし、姉とは居られないゆえに逃げ出した……そんなところか?

「見ろ、僕は呪い子なんだ! あの大人みたいに殺された呪い子だ! そんなの嫌だから逃げるんだ。だから姉ちゃんつれて帰れよ!」
「レウス……駄目だよ。行っちゃ……駄目」
「姉ちゃん……元気でね。この姿になった僕はすごく強いから大丈夫だよ。もう一人で生きていけるからさ」
「駄目……レウス。私を……一人にしないで」

 エミリアもまた銀狼族の掟を知っており、レウスの行動がわかるのだ。掟と言う鎖に縛られ、苦しむ彼女の声は力が無い。本当なら無理矢理でも捕まえて止めたいのだろうが、彼女の足は動かずただ静かに涙を流すのみ。
 互いにどうしようもない絶望感に包まれる中……。

「くだらんな」

 俺は鼻で笑った。

「えっ!? シリ……ウス様?」
「何だと! もう一度言ってみろっ!」
「何度でも言ってやる。くだらない、全くもって、くだらん」

 俺の言葉にエミリアはショックを受け、レウスは怒り狂っているが無視して指を一本立てた。

「レウス、俺と勝負しろ。俺に勝てたらどことでも好きに行くがいい。ただし、こちらが勝ったら言う事を一つ聞いてもらうぞ」
「何だよ、お前は何かあったら好きにしろって言ってたじゃないか。だから僕は好きにしてるのに、止めるなんて嘘つきだ!」
「嘘をついてる奴に嘘つきとか言われたくないな。それにこれが好きな事だ? 笑わしてくれる」

 俺は確かに本人の自主性を尊重するが、それは互いに納得出来たらの話だ。守りたい女性が出来ましたと言って離れたがっても、その女性が弟子を騙してる女だったら俺は殴ってでも止める。

「お前は強くなったんだろ? 勝つ自信があるなら、さっさとかかってこい」

 手で招きながら、剣とナイフを装着した武器ベルトを外す。狼の様な唸り声をあげ始めるレウスから目を離さず、エミリアに聞こえるように声を出した。

「聞こえるかエミリア!」
「っ! はい!」
「俺は今からこいつを教育する。いいな?」
「……お願い……します」

 彼女がいるであろう位置に武器ベルトを投げ、半身にして片手を突き出す徒手空拳の構えをとる。

「いつもいつも偉そうにしやがって。僕の強さを見せてやるっ!」

 目をぎらつかせながら、狼男と化したレウスが迫ってきた。



「くらえっ!」

 レウスから大振りの右ストレートが繰り出され、拳の側面を叩いて流そうとするが……急遽体を捻る回避に切り替えた。右頬を通り抜ける拳の風圧に気を取られていると、すぐさま左フックが襲ってきたので体を落として避ける。
目の前に無防備な腹が見えるので、躊躇せず拳を腹へ叩き込んだが……。

「……痛くない!」

 本当に効いてないらしく、獰猛な笑みを浮かべて蹴ってきたのでバックステップして一度距離を取った。これはまた予想以上に……。

「速い、そして堅いな」
「どうだ! 僕は強くなっただろ!」
「確かに強くなったな」
「謝ったって、許してやらないからな!」

 再び迫ってきたレウスは怒涛のラッシュを仕掛けてくる。右フックを避け、左アッパーを首を逸らして回避し、左前蹴りを両手で防御し後退を余儀なくされる。下がりすぎて背中が樹にぶつかり、チャンスとばかりに右ストレートを繰り出してきたので、大きく横へ跳んで避けた。拳が当たった瞬間、バキッと音を立てて樹はへし折れていた。僅か五歳で何て破壊力だ。受け流すように防御したのに手の痺れが取れない。

「どうしたんだ、避けてばっかりじゃないか!」
「言ってろ」

 ミドルレンジからジャンプし飛び蹴りを放ってきたので、半身ずらして避け、カウンターで右拳を腹にぶち込む。だが、堅い壁を殴ってるようで、手応えはあってもダメージは無いようだ。

「はは、全然痛くない! 僕はここまで強くなったんだ!」

 レウスは笑いながらこちらを捕まえようと手を伸ばしてくるが、その手を払いバランスを崩した瞬間を狙って右蹴りを脇腹に食らわした。蹴りの衝撃にレウスは数歩下がるが、何事もなかったように体勢を立て直していた。

「効かないよ! もう僕の勝ちなんだからいい加減諦めろよ!」

 拳を大きく引き、力と勢いを込めたテレフォンパンチが繰り出される。変身して跳ね上がった速度と力による拳は防御しても唯では済むまい。

 だが――。

「子供の喧嘩だな」

 テレフォンパンチとは、今からストレート打ちますよと教えるくらい見え見えのパンチを指す。
 そんな隙だらけのパンチを懐に入り込んで避けると、胸倉を掴んで引っ張ると同時にレウスの足を蹴っ飛ばす勢いで足払いをした。するとレウスはその場で空中縦回転を三週し、受け身も取れないまま地面に落下した。

「うぐっ!? ……な、んで!」

 相手を予期せぬ方向に回転させ、三半規管を狂わせる技だ。素人にやるのは非常に危険だが、加減はわかっているのでせいぜいバランス感覚を一時的に麻痺させる程度で済ませてある。その証拠にレウスは立ち上がれず、膝立ちで驚愕の表情を浮かべてこちらを見上げていた。

「いくら速くて力があろうが、技もへったくれもない児戯が通じると思うな」

 初手から避けやすい大振りの攻撃ばかりに、フェイントも何もない飛び蹴りだったり、仕舞いにはテレフォンパンチだと? 戦いというのを舐めているのか? 途中、何度本気で殴りたくなったことか。

「く……そおぉ!」

 まだ完全ではないとは言え、ふらつきながらも立ち上がって殴りかかってきた。その回復力の速さと根性は認めてやるが、格上の相手に的の小さい顔を狙うのは減点だな。首の動きだけで避け、レウスの鳩尾に拳を叩き込む。

「効かー……がふぅ!」

 予想外の一撃にレウスは二、三歩後ずさり、蹲って胃の中身を吐き出していた。
 大方耐えれると思ったのだろうが、さっきまでの攻撃は『ブースト』無しでの打撃だ。レウスの防御力を見極める為だったが、もう加減は理解したので、後は死なないラインで殴るだけである。

「ごほっ、はぁ……ま、まぐれ当たりだぁぁ!」

 戦場でまぐれ当たりがあると思うのか? 余波や弾いた弾が当たったならともかく、正面で明らかに通じた攻撃を受けたなら一度立て直すべきだろ。
 そう思うが通じるわけもなく、脇腹を狙った右足の蹴りを回転しつつ体を落として避け、その勢いを乗せて相手の軸足を払う。更に一瞬浮いたレウスの足を掴み、数回程回転させて地面に叩きつけた。

「どうだレウス。そんな強さで本当に一人でやっていけるのか?」
「まだ……だ。僕はまだ……負けて……ない」

 レウスの闘志はまだ衰えず、よろめきながらも立ち上がり拳を振るってきた。ほう、今度は大振りじゃなくて小さく手数で攻めてきたか、感心感心。
 細かい連続攻撃を避けていると時折大振りが混ざるので、その度に一発殴り返す。しかしレウスは怯むことなく攻撃を止めない。三十以上の応酬が続きふとレウスの顔を見れば、彼は泣きながら拳を振るい続けていた。

「なんで……だよ。なんで……当たらないんだよ。なんで……倒れてくれないんだよ」
「そんな児戯で倒れろってのが無理な話だ」
「倒れてよ……僕に勝たせてよ……行かせて……くれよぉ」
「本当に……行きたいのか?」
「行きたいんだよ……行かなきゃ……駄目なんだよぉ。呪い子は……居たら駄目なんだよぉ」

 もはや力が入ってないパンチを払い、右頬を殴り飛ばすと地面を抉りつつ倒れた。口内を歯で切って血を流しつつもレウスは立ち上がるが、それだけだった。動かないレウスに俺の方から近づき、目前に立って目を覗き込めば怯える子供そのものだ。

「もう一度言う。本当にお前は俺達から離れたいのか?」
「そう…だよぉ。じゃないと……姉ちゃんが……不幸に……なるんだよぉ!」

 最後の力を振り絞って放たれたパンチを、正面から片手で受け止めてレウスの胸倉を掴んだ。

「レウス、俺を見ろ」
「……何だよぉ」

 目前まで引き寄せると、狼顔で目つきが鋭くなった瞳に俺が映る。

「俺は何だ? お前から見て俺は銀狼族に見えるか?」
「違う……」
「そう、俺は人族だ。だからお前の呪い子なんて知らないし、どうでもいい。俺からすればお前は狼に変身できるただの子供だ。むしろ強くなってるからどう育てようか楽しみなくらいだな」
「え……あ?」
「銀狼族の掟? そんなもん知らん! お前は俺の弟子で掟なんか関係ない。それでも文句を言うくだらん奴が居るなら俺が殴ってやる」
「僕が……弟子?」
「エミリア、来い!」
「わ、わかりました!」

 呆然と見ていたエミリアを呼び、レウスを突き出して問う。

「お前はどうしたい? 銀狼族の掟で呪い子を殺すのか?」

 殺すという単語にレウスは震えているが、エミリアは戸惑いつつも首を横に振った。

「ではこのまま別れて忘れるのか? お前はどうしたいのか、心のままに言ってみろ!」
「私は……私は……嫌。レウスを殺すなんて、レウスと別れるなんて嫌! レウスと一緒に居れるなら、掟なんてどうだっていい!」

 掟という鎖を引き千切ったエミリアは、叫ぶように自分の思いを吐き出した。再びレウスの目を覗き込む。

「聞いての通り、呪い子なんて姉も俺も気にしない。さて、もう一度問うぞ。お前は行きたいのか?」
「……い……やだ」

 原理はわからんが、巻き戻るように体が変化して変身は解けた。元に戻ったレウスの顔は涙と鼻水塗れで、ぐしゃぐしゃになった顔は姉弟そっくりだと思う。そのぐしゃぐしゃの顔が更に歪み、涙を滂沱の如く流しながら叫んだ。

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ! 一人は嫌だ! 寂しいのは嫌だ! 姉ちゃんと離れるなんて嫌だ! エリナさんにもっと撫でて欲しい! ノエル姉ともっと遊びたい! ディー兄の御飯がもっと食べたい! 行きたくないよ! 家に……帰りたいよぉ……」

 泣き叫び、必死に蓋をしていた本音を吐き出すレウス。
 それでいいんだ。子供なんだから、言いたいことくらい存分に言ってやればいい。子供という時期だからこそ言えることは沢山あるんだからな。

 目前までやってきたエミリアにレウスを渡すと、汚れた体を気にせず抱きしめていた。

「レウス……よかったよぉ……レウス」
「姉ちゃん……ごめん。ごめんなさい」

 姉弟が涙を流しながら抱き合う姿を背に、置いていた武器ベルトを回収し装着していて思い出す。

「レウス、そういえば勝負に勝ったら俺の言う事一つ聞くって話だったな」

 誰がどう見ても俺の勝利は確実だ。俺の言葉にビクッと震えているが、勝負は勝負だ。情け容赦なく命令させてもらうとしよう。

「シリウス様、それは私が代わりに受けます。だからレウスの事は……」
「姉ちゃん、駄目だよ」
「そうだ。これは俺達の勝負だからエミリアが入るのは筋違いだ。レウス、よく聞けよ」

 レウスの顔を覗き込み、笑みを浮かべながら命令した。

「家に帰るぞ」

「…………うん」



 終わって思い返してみれば、恥ずかしいくらい暴れてしまったな。

 だけどレウスは帰るとしっかり言ってくれたし、終わり良ければ全て良し。

 若いから多少の暴走くらい問題ないでしょ。



 こうして、レウスの家出騒動は幕を閉じた。


プチ感想
ちょっとありきたりかなと思ったが、作者が色々考えた事を叩きつけてみました。
こいつら青春してるなーと言いたいが、彼らは六歳と五歳だから、若すぎて青春という文字が似合わない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
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