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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

三章 従者

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緩やかな教育(一方視点による)

 エミリアの告白には正直に返した。

 具体的には、俺はまだ子供で君達の師匠だから応えられん……と、何ともヘタレた返事である。
 彼女は落ち込むかと思いきや。

「私が勝手に慕ってるだけですから気にしないでください。その、時折でいいのでまた撫でてくださいね」

 そう満面の笑みで答えて家の中に戻っていった。恐らくだが俺への好意は恩人で頼れる人、つまり憧れの部分が強いと思うのだ。偉業を成し遂げた人みたいになりたい、そんな感じだと思う。つまりまだ完全な恋愛感情じゃない、セーフ。
 一人残された俺が安堵の息を吐いていると、ノエルがこれでもかという程のにやけ面で現れた。むかついたのでアイアンクロー。

「にゃああぁっ! ぐ、グッジョブですよエミちゃーんっ!」

 何と、痛みに耐えつつもエミリアを褒めておる。耐性つくの早いな。そしてエミリアを焚きつけたのはやはり貴様か、今日は念入りにやっておこう。

 倒れてぐったりしているノエルを放置し朝食の時間となった。今日の朝食はディーが作ったフレンチトーストだ。優雅に食べるエリナ、満足気に頷くディー、そして美味しそうに食べるエミリアとレウスと……ノエル。さっきまで倒れてたのに、回復早いな君は。
 姉弟二人の食いっぷりを見て、ディーは嬉しそうに話しかけた。

「二人共、どうだ?」
「美味しいです。こんな美味しいの初めて食べました」
「甘くて最高だよディー兄。こんなのを作れるなんて凄いよ」
「これはシリウス様から教わった料理だ」
「「えっ?」」

 ここで俺を見る二人の顔は二種類に分かれた。凄いと目を輝かせている顔と、片や露骨に嫌そうな顔だ。どちらがとか説明はいるまい。

「驚く事はありませんよ。ディーが作る料理はほとんどシリウス様が教えたものです」
「ですね。新しい世界が広がりました」
「ふわぁ……凄いですシリウス様」
「ふ、ふん。こんなの美味しくないやい!」

 レウスは俺にとことん反発したいらしく、さっきまで美味しいと言ってたくせにこれだ。いくら子供でも作った人に対しそれは失礼だろう。一言叱ろうと思ったら、ノエルが先に動いていた。

「こら! レウ君、そういう事は言っちゃ駄目だよ」
「う……」
「美味しい物に罪は無いんだよ。ほら、蜂蜜つけるともっと美味しいんだから食べてみなさい」
「……美味い」
「でしょ? シリウス様とディーさんがいなければそれを食べれなかったんだから、ちゃんと謝ろうね」
「……ごめんなさい」
「よく出来ました。ご褒美に私の分を泣く泣く分けてあげましょう」

 ……誰だこいつ? ノエルの皮を被ったエリナか?
 ふて腐れていた子供を謝らす手際に驚いていると、エリナがそっと耳打ちしてきた。

「普段はああですが、子供の扱いはとても上手なんですよ。特にあの子らは似た境遇があったので親身に接してますから」

 子供の世話はとても上手か。そういえば今までノエルの年下って俺しか居なかった。そんな俺は年下らしからぬ行動ばかりだし、二人が来て初めて得意分野を見せてもらったわけだ。
 少しだけノエルの評価を上げておこう。

「あのさ、ノエル姉。そんなに泣きそうならくれなくても」
「いいえ! 私はお姉ちゃんですから、これくらい!」
「……もう一枚、焼くか?」
「「欲しいっ!」」

 ……やっぱいいか。





 朝食を食べ終え、俺と姉弟は庭へとやってきた。
 ついに今日から訓練を開始するのだ。全員動きやすい服に着替え、まずは準備体操から入る。

「いいか、戦いとなると別だが、訓練の前には必ず体操をするんだぞ」
「何でだよ」
「いきなり激しく動けば怪我の可能性があるからだ。体を解し、運動する体に切り替えておかないと咄嗟の判断が鈍る。戦いならともかく、訓練で怪我したら情けないだろ」
「わかりました。ほら、レウスもシリウス様の言ったとおりにね」
「わかったよ……」

 俺の動きを真似てストレッチを繰り返し、体が熱を持ち始めた頃で止めさせる。

「さて、まずは二人の能力を聞きたい。戦闘経験はあるのか?」
「私はちょっとだけあります。お父さんが弱らせた獲物ですけど」
「僕は無い。だけど運動なら自信ある!」
「なるほどな。じゃあ持久力を見るから、今からこの庭を走ってもらおうか」

 今朝も走った庭に目を向ける。この庭を大きく外回りに走れば、小学校の運動場一周くらいの距離はある。

「楽勝だよ」
「何周すればいいんですか?」
「倒れるまで」
「「へっ?」」
「何を呆けた顔をしている、倒れるまで走るんだ。限界を超えるにはまず限界を知らないと駄目だからな。倒れても介抱者がいるから安心しろ」

 介抱者はノエルで、庭の端っこに座らせタオルと飲み物を用意して待機させてある。
 何はともあれ持久力だ。行動を起こすには必ず必要になる持久力は鍛えて損は無い。呆けて動かない二人の前で手を叩き正気に戻す。

「途中何度か全力ダッシュも入るからな。俺も追従するからサボらせないからな」
「ふざけんな! いきなり倒れるまでってどういう事だよ!」
「行くよレウス」
「姉ちゃん!?」

 姉の思い切りに弟は驚きを隠せない。対してエミリアの表情は本気だ。

「私はシリウス様について行くと決めたの。レウスが行かなくても私は走るから」
「くっ……わかったよ、僕も行く。でも、僕はあいつを認めないからな!」
「シリウス様でしょ、ちゃんと呼びなさい」
「くそっ、シリウス様めーっ!」

 怒りを力に変えてレウスは全力で庭を走り始め、そのやんちゃぶりにエミリアは苦笑しつつ追い掛ける。揃って後先考えないペースだが、好きにやらせておこう。どうせ倒れて介抱するのは一緒だし。


「ほれほれ、追いつくぞ。もっと足に力を込めろ」
「く、くそおおぉぉっ!」
「レウス、無駄な声上げないで走るの」

「足と呼吸はリズムよく一定で。今は難しくても覚えれば後々楽になるからな」
「はい!」
「で、出来るかぁっ!」

「ここらで一回全力ダッシュ行こうか」
「はぁ……はい!」
「ひぃ……ひぃ……う、うそだろぉ」

「ペース落ちてるぞ。そろそろ限界か?」
「はぁ……はぁ……まだ……行けます!」
「はひぃ……はひぃ……」

「今ので何周目だっけな?」
「はぁ……はぁ……はふぅ」
「…………う……」


 そうして、庭に二つの屍が誕生した。
 二人は息も絶え絶えに倒れ、隣ではノエルが扇ぎながら介抱していた。

「うんうん、私も通った道だからわかるよ。これは貴方達の問題じゃなくてシリウス様が異常過ぎるんだって」

 過去に三日ほど体験訓練を受けた事のあるノエルがしみじみと語る中、俺はまだ走っていた。二人は返事をする余裕も無いだろうし、呼吸が整って喋れるようになるまで続ける予定である。
 それから十分後、ノエルが手を振って俺を呼んだ。

「シリウス様ー、エミちゃん達そろそろ大丈夫です」
「わかった。もう一周したら向かう」

 最後に全力で一周し、重たそうに上半身を起こすエミリアと倒れて動かないレウスの前に立った。

「どうだお前達、自分の限界がわかったか? ああ、無理に喋らなくていいぞ」

 エミリアは呼吸を乱しながら顔を真っ赤にし、汗で張り付く髪を気にせずこちらをぼんやりと見ている。反面、レウスは青白い顔で倒れピクリとも動かない。死んでるんじゃないかと思ったが、ちゃんとお腹は上下しているので大丈夫と。

「今の内にしっかり休んどけ。回復したら昼飯までまた走るからな」

 その言葉に二人はびくっと震えて反応した。反論したくてもそれが限界なのであろう。

「あの、シリウス様。ちょっとばかり飛ばしすぎじゃないかと私は思っちゃったり……」
「そうかな? 休憩はしっかり取るから大丈夫だし、人は意思さえ持てば案外丈夫なんだよ」
「ちっとも大丈夫に聞こえません!」

 そうは言うが、前世の俺の時は休憩時すら油断はできなかった。気を抜けば師匠がゴム弾で狙ってくるからだ。だから体は休めつつ、気配だけは最低限研ぎ澄ませるという荒業を無理矢理覚えさせたものである。
 それはいずれやるとして、当面はとにかく限界まで絞って体に負荷を与え続けるのみ。今の持久走で二人の限界も把握したし、後はひたすら反復あるのみだ。問題は体が壊れない調整とそれに耐えうる二人の意思の強さだな。厳しくするだけじゃ長く続かないし、結局のところ教育の基本は飴とムチだ。
 飴か、二人には何が良いだろうか。美味い飯を食べさせるのは当然として。

「昼御飯は何にしようか。何が食べたいのあるか?」
「この間食べたカツサンドがいいです!」
「私も……です!」
「ぼ、僕も……」

 お前ら……特にそこの死んだ二人。さっきまで返事すら出来なかったのに飯には反応するのな。何かもう飯だけで十分な気がしてきたわ。獣人族ってこんなに食い意地張ってる種族なんでしょうか?

 それから休憩が終り二人を再び走らせる。今度は倒れるまでやるのではなく昼まで走り続けるのが課題だ。ペース配分を指摘し、たとえ歩く速度になろうが足は止めさせない。動きつつも一定の体力を回復させる、それを体で教え込む訓練である。こんな訓練間違いなく嫌になるだろうが、二人は根気よく続けたので正直見くびっていた。特にレウスは俺に反発してるから一悶着起きると思ったが、黙々と続ける姉を見て大人しく続けていた。何だかんだでバランス取れてる二人である。

 そして遂に二人はやり遂げ、俺は満足気に倒れる二人を労った。





「「ご馳走様でした!」」

 あれだけ走り続ければ食欲無くなるだろうに、二人はカツサンドを三回もお代わりした。一個のボリュームはかなりあり、油濃いのにペロリである。中々丈夫な鋼鉄ストマックを持ってるようでなによりだ。どんな状況だろうと食事がしっかり摂れるのは非常に有能である。
 食後の後片付けを任せ、食後の余韻に浸る二人の前に飲み物を差し出す。

「あの、何か色んな物が浮いてて凄い色してますけど……」

 それは緑色で白い物やら赤い物がぽつぽつ浮いている摩訶不思議な飲み物だ。彼女が突っ込みたくなるのはわかる。

「栄養剤だ。味はイマイチだが、食事では足りない栄養素がたっぷり入っている」
「えいようそ? 何を言ってるんだ?」
「理由はわからんでもいいから飲め」

 ちなみに様々な野菜と果物を搾り、栄養をたっぷり含んだ部位を刻んで混ぜたものだ。蜂蜜も混ぜてるし、ギリギリ飲める……かもしれない味だ。飲み干した二人の顔は何とも微妙だった。大丈夫だって、俺も飲んでるから平気平気。

「口直しにプリン食うか?」
「「「食べる!」」」

 一人猫耳獣人が交ざったが、まあ気にすまい。デザートを食べ、満足気にしている二人に次なる指示をする。

「次は昼寝だ」
「「昼寝?」」

 姉弟はお互いの顔を見やる。さっきまで死ぬほど走らせた相手がいきなりそんな温い事を言い出せば怪しんで当然だろう。

「昼寝とは言うが仮眠だな。その後はエリナから教育を受けてもらう」

 体力を鍛えるのも重要だが、知識や教養を疎かにするわけにはいかない。いくら強くても計算や交渉が出来ないのは駄目だ。前にエリナが従者教育をしたいと言っていたので、それと教養講座を一緒にしてしまおうと思ったのだ。仮眠させるのは回復と居眠り防止を兼ねている。

「一時間程度だがそこのソファーで寝るといい」

 食後すぐに眠れば太ると言うが、痩せている二人には丁度いい。まずは脂肪を付けてそれから筋肉に変えてゆかねば。

「寝ろって、いきなりだな」
「いいから寝ましょう。休んでいいと言われているんだから休んだ方がいいわ」
「そうだ、休めるうちに休んでおけ。そのソファーの中央に俺が座るから、二人は俺の横に頭が来るように寝てほしい」

 俺の指示に頭を傾げていたが、二人は言うとおりにする。中央に座り、両側に寝ている姉弟の頭があるがこちらを見上げるだけで寝ようとしない。

「どうしたレウス、寝ないのか?」
「気になって寝れねえよ」
「そうか、じゃあ眠れるおまじないをしてやろう。目を閉じていなさい」

 レウスの胸元に手を置き、胸を指でトントンと一定のリズムで叩く。心音に近いリズムだと尚良し。

「な、何だよ。何で僕の胸を叩くんだ」
「いいから指に集中していろ」 

 そのまま指リズムを続け、五分後。

「すぅー……」

 ちょろいな。散々走って疲労困憊の上、食後の満腹感もあるから当然であるが。
 隣も静かなので寝たのかと思いきや、姉の方は嬉しそうにこちらを見上げていた。聞き分けのいい子だから言われずとも寝てると思ったんだが。

「喜んでないで早く寝ろよ。疲れが取れないぞ」
「はい。あの……撫でてくれませんか?」
「……仕方ないな」
「えへへ……」

 リクエスト通り頭を撫でてやると、満足気に笑い目を閉じた。驚くことにその数秒後には寝息を立て始める始末である。俺の手すげー……なわけない。

「おお……まるで魔法の手ですね。その手際、私も見習いたいです」
「眠る条件は整いすぎていたし、ちょっとリラックスさせれば良かっただけの話だ。さて、ここからが本番だな」

 二人の頭に手を添え、眠りを妨げないように魔力を流し込む。染みるようにゆっくりと体全体に浸透させるのがコツで、傷を治す再生活性を体全体に弱く施す事により、睡眠の回復力を大幅に上げているのだ。

 三十分程続けて手を離し、ソファーから離れてテーブルに座るとすかさず日本茶が用意される。それを飲みつつ視線をあげればエリナが笑みを浮かべて待機していた。

「お疲れ様です。二人が起きてから私の出番ですね」
「頼むよ。さっきまで厳しくしてたからお手柔らかにね」
「お任せください。どこに出しても恥ずかしくない、立派な従者にしてみせましょう」
「ちょっと待て、あいつらは従者になるとは言ってないぞ。そこまで力を入れなくても」
「従者教育も立派な教養です。それに時間の問題と思われますが?」

 エリナは寝ている二人に視線を向け、一緒に見ていたノエルもうんうんと頷いていた。

「特にエミちゃんは遅かれ早かれ確実ですよね。昔の私と一緒で、それ以外に道が見えない感じですし」
「言いたい事はわかるが、彼女は俺に憧れてるだけで恋心はまだ芽生えてないと思うぞ。これから受ける訓練を続ければ恋してる暇も無くなるだろうさ」

 体力がついたら実戦訓練、魔法訓練、野外訓練……と、やることは目白押しだ。少女の恋心くらい簡単に冷めてしまうだろう。

「甘いですね、女の子の恋心は無限大! たとえどんな状況だろうと落ちてしまうのが恋なのです」
「創作物語の読みすぎだ。とにかくエミリアは安定したが、問題はレウスの方か」
「そうですね。私の方で悩みは聞きましたが、あの子も不安定です」
「ふえ? 不安定って、レウ君は元気そうですけど?」

 エリナも俺と同じように考えてたらしく、自分の見解を含めつつノエルに説明する。

「いいですか、姉弟は唯一の肉親であるお互いを守ろうとしています。確かに素晴らしいですが、見方を変えればそれしか無いのです」
「それは当然では? 互いに大事な証でしょう?」
「ですが片方に何かあったら? レウスに当てはめれば、彼が生きる意味は全て姉が居てこそです。もしもエミリアが何かあって死んでしまえばレウスも死ぬでしょう。あの二人は互いに支え合いつつも、
片方のずれで全てが崩壊する非常に不安定な存在なのですよ」
「エミリアは俺に鬱憤をぶつけて以来、新たな目標を見つけようとしているが、レウスは未だ姉しかいない」

 レウスが俺に反発するのはどうみても嫉妬だ。大切で大好きな姉が俺を見ているから悔しくて堪らないのだろう。

「あの子はまだ若すぎます。強がっていますが親を失った傷は深く、知らず姉に縋っています。何か別の目標を見つけてあげなければいけませんね」
「そうだな、まあ幸いな事に今は安全だ。訓練も姉を守る為に真面目だし、現状維持で行くしかないな」

 ここを追い出されるのもあと二年。俺は学校に行くが、あの二人はどうなるかわからないから、それまでにはどうにかしてやりたいところだ。
 俺とエリナが顔を突きつけて悩んでいると、ノエルが声を押し殺して笑っていた。

「何だか二人のお父さんとお母さんみたいですね」
「おいおい、年齢的に無理だろ。せめて兄にしてくれよ」
「つまり私はシリウス様の母親ですか。素晴らしいです」

 突如感極まったエリナを放置し、俺達は二人を起こす時間までまったりと過ごすのであった。



 きっちり一時間寝かせて二人を起こした。
 若干眠気はあったようだが、体力が回復しているのでしきりに首を傾げていた。眠気覚ましも兼ねて軽く走らせ、ついにエリナの従者教育が始まる。

「それでは従者について勉強しましょうか。難しいですが、しっかりついてくるのですよ」
「わかりました」
「うん」

 彼等は居間の机に向かい合わせで座り、俺はソファーに座ってその光景を眺めていた。ちなみにノエルとディーは掃除や用事で席を外している。
 エリナはメイドの達人だから人に教える姿がとても板についている。レウスも彼女には従順だから特に問題も無く進みそうだ。

「レウス、今の私は貴方達の先生です。うん、ではなく、はいと言いなさい」
「う……は、はい!」

 早速言葉遣いの教育が始まってますな。普段は柔和で優しいエリナの変わりぶりに驚きつつもされた事は改める素直さはあるようだ。

「従者は主人の共をし、表も当然ながら影からも支える者です。大切なのは献身の心。仕えたいと思う主と出会えればきっとわかるでしょう」
「……はい!」
「え〜?」

 二人はこちらを一瞥し其々な反応をする。エミリアはともかくレウスは露骨に嫌そうな顔だ。すかさずエリナからチョーク、ではなくレウスに鋭い眼光が向けられた。

「レウス、その様な言い方ではなく、わかりませんと答えなさい」
「でも、僕は従者になるとは言ってないー……えと、言ってません。これの意味あるのー……あるんですか?」
「そうですね、確かに貴方の言うとおり従者になる必要はありませんし学ぶ意味も薄れます。ですが主人はシリウス様に限った話ではないですし、学んで損はありませんよ。例えば言葉遣いですね」

 レウスの尤もな発言にエリナはしっかりと返すが、彼はイマイチよくわかってない様子で首を傾げている。

「言葉遣いは大切です。目上の人や尊敬する相手に丁寧に喋れれば良い印象を与えますし、何より優雅で賢く見えます。レウス、貴方を馬鹿にしていた大人達はどんな感じで話してたか覚えてますか?」
「……よくわからなかったけど、何か凄く汚かった……です」
「教養を学び、丁寧な言葉遣いを知らなければそうなるのです。貴方はそうなりたいのかしら?」

 そんなのと一緒にされたくないのか、レウスは本気で嫌そうな顔をして首を横に振る。

「だから学びましょう。私やお姉さんを見習って、ゆっくりと覚えていきなさい」
「はい! わかりました」
「そうよ、いい子ね」

 早速実践するレウスの頭を撫でて褒めていた。わかりやすい飴とムチだが、レウスのような子供には非常に効果的と思う。実際満面の笑みだし、やるなエリナ。

「言葉遣いは追々直すとして、まずは従者の動きを幾つか見せましょうか」

 音もなく立ち上がり、二人の目の前で従者の動きを披露する。俺は毎日見ているが、改めてじっくり見ると本当に見事だと思う。
 歩行一つですら優雅で足音はほぼ聞こえず、御辞儀の角度に盆に載せた水を揺らさず運ぶ技術は正に理想たる従者の動きだ。普段は優しく母親のような人が見せる仕事の顔に、二人は感嘆して見入っていた。他にも様々な動きをし、一通り終えると二人は自然と拍手していた。言われずとも拍手を送りたくなる、それだけ素晴らしいという事だろう。

「ありがとう。簡単だけど今のが基本動作だから、まずは一通りやってみましょうか」
「「はい!」」

 こうして従者の動きを真似る二人だが、もちろん上手くいく筈がない。足音は響き、御辞儀の角度が浅い、指摘は挙げればキリがないがエリナは大きく間違った点以外は指摘せず何度か反復させた。彼女の方針は一気に直すのではなく、徐々に修正していく方向性なのだろう。
 歩行ぐらいなら俺にも教えられるので交ざってみた。足音を一切立てない歩行で驚かれたが、これって従者じゃなくて暗殺の技なんだよね。他でも役立つから一応コツを教えておいた。

「今日はこれくらいにしておきましょう。毎日の積み重ねが大事です、寝る前でもいいのでしっかりと思い返しておくのですよ」
「「ありがとうございました」」

 時間的には従者教育に二時間と少しだろう。他にもやる事はあるからそれくらいで終らせてもらい、次の教育の準備をする。
 だがその前に。

「お疲れ様エリナ。おやつでも食べながら休憩しよう」

 空いた時間にラスクを作り、紅茶を淹れてテーブルに並べておいた。二人は目を輝かせて座りエリナの着席を待っていた。勝手に食べようとしないのは教育の賜物だな。エリナは礼を言いつつ座りちょっとしたお茶会が始まる。気付けば猫耳獣人が混ざっているが、気にしないったら気にしない。

「サクサクして美味しい。ノエル姉、これって何なの?」
「私が作ったわけじゃないからわからないなぁ。シリウス様、これってパンですよね?」
「ああ、パンから作ったラスクというお菓子だ」

 パンを細長く一口サイズに切り、油で揚げて砂糖を塗したお菓子だ。作り方を説明すると、普段食べている物が簡単な調理でここまで変わるのかと感心していた。

「こんな風に何気ない物でもやり方次第で色々変わるんだ。それは全てにおいて共通しているから、思考を止めない事。つまり歩みを止めないのが大事だ」
「足を動かすだけだろ。歩くのを止めるわけねー……止めるわけありません、です」
「意味が違う。大きくなれば判るようになるし、今はとにかく考えることだ。それがいずれ糧となる」
「……よくわかりません」

 相変わらず俺には渋い顔だが、少しだけマシにはなったか。そんな俺達のやりとりを女性陣は笑いながら眺めていた。

「お茶の淹れ方もいずれ教えなければいけませんね」
「教えるのは当然シリウス様の淹れ方ですね」
「本来の淹れ方にちょっと足しただけで、俺独特の淹れ方じゃないだろ」
「そんな事はありません。私も極めたつもりでしたが、まだまだ上はあると思い知らされたものです」
「このお茶はシリウス様が?」
「そうだよー。シリウス様は私以上の技術持っていらっしゃるんだよ。特に礼儀作法とか教えてもいないのに何で出来るんですか?」
「見て覚えた」
「「「ええーっ!?」」」

 何だその顔は、信じてないのか?

「じゃあさっきエリナが見せたのをやってみようか。エリナ、主人役としてお願い」
「光栄です」

 そしてエリナを主としてもてなす。
 優雅な御辞儀に、音を立てない食器の扱い、主人の行動を妨げない自然な介入。これらは全てエリナの動きを見て覚えたものだ。相手を観察するのは戦いにおいて重要な点であり必要不可欠だ。それを鍛え上げれば、従者の動きをそのまま行うのも難しくはない。しかしこれはあくまで真似ているだけなので、時間が経てばいずれボロが出る。体に染み込ませ自然に出来るエリナと比べるのはおこがましい。
 最後に紅茶を淹れ、御辞儀をしてもてなし終了っと。

「完璧です。私は身も心も満足しました」
「くっ、何ですかこの敗北感は。ですが、シリウス様は私の主であってライバルではありません。だから大丈夫、ね、エミちゃん」
「……角度がー……それで足は……かな?」

 エミリアは目を瞑ってぶつぶつと呟いているが、もしかしてイメージトレーニングしているのだろうか?

「あれ、エミ……ちゃん?」
「どうやら真剣のようですね。ノエル、貴方もうかうかしてたら追い抜かれそうよ」
「ならば特訓ですね。お姉ちゃんは上に立つ者として負けられないんだから!」

 どこに行くのか知らないが、やる気満々で居間から飛び出していったノエルであった。おかしいな、妙に騒がしくなってあまり休憩になってない気がするぞ。まあ騒ぎの元凶も居なくなったし、これで静かになるだろう。

「……姉ちゃん」

 寂しそうに呟くレウスは見ない事にした。



 休憩を終え次なる教育を始める。
 文字の読み書き、簡単な計算、生きていくうえで必要な基本知識を叩き込む時間だ。これは俺とエリナで協力して教えていく。

「さて、文字と算術は非常に重要だ。何故だと思う?」
「うーん……姉ちゃんわかる?」
「レウス、それを知らなかった私達はどうなったかしら?」
「……騙された?」
「正解だ。つまりその二つを知れば騙される可能性も減るわけだな」

 不正の横領、書類の不備など、世の中には至る所に罠がある。
 例えば文字も算術も出来ない者が銀貨十枚の仕事を請けて書類にサインし、終ってみたら銀貨六枚しか貰えなかったとする。当然訴えるが、サインした書類には紹介料として三割頂くと書かれてあり渋々諦めるしかなく、更に三割の意味がわからず銀貨一枚が余分に横領されてる事に気づけないのだ。
 それらは基本知識を知っていれば回避可能だ。不正を見破るため、騙されるのを防ぐために必要な知識を知るのだ。

「でも、僕が強くなれば問題ないじゃー……問題ないと思います」
「魔物のように正面からぶつかるだけか? そんな相手は奪う者からすれば格好の獲物に過ぎない。いいか、いくら強くても気付かぬ内に隷属の首輪を付ける契約させられていたなんて事もありえるんだ。本気で学び、騙してくる大人から自分を守り、守りたいと思う相手を守っていけ。そう、知識もまた力なのさ」

 異世界でも子供は勉強嫌いなのかね。
 だがここは前世と違い余裕の少ない世界だし、必要であると教え込めば真面目に受けざるをえない。奴隷という底辺を身を持って味わっているから当然でもあるが。

「エリナさん! 今のシリウス様の言葉を文字で教えてください」
「どうやら貴方も感銘を受けた様子ですね」
「はい、先ほどの言葉はとても凄いと思ったんです。それを残したいから早く文字を覚えたいです」
「よろしい。後で私の記録を見せてあげましょう。過去の名言がたっぷり書き溜めてありますよ」
「お願いします!」

 ちょっと待てや、文字を覚えたい理由が俺の名言集を作るってどういうこと? というかエリナもいつの間にそんな事してたのさ。覚える意欲が高いのは構わないが、本気で恥ずかしいから止めてほしいんだが。


 文字の早見表を作っていたので、それを見せながら様々な物の名前を早見表で照らし合わせながら教えていく。文字なんて日常で使うものだから、根気と時間があれば必ず覚えられるものだ。
 一通り終らせたら算術である。百までの数字を教え、一桁の足し算や引き算を繰り返させて数字を理解させていく。
 お金である銅貨を一枚渡し、擬似的な買い物も体験させてもみた。買わせるのは昼の残りのカツサンドで、ちゃんと計算できて買えれば食べてもいいと言ってある。育ち盛りなのか、小腹が空いて本気で食べたがっているので必死だ。

「このカツサンドが一個、鉄貨三枚としようか。さて、これを二個買ったらお釣りはどうなる?」
「えーと……銅貨一枚が鉄貨……」

 この世界のお金は全てコイン状で、材質によって値段が決まっている。種類と大体の値段を日本円に変換(あくまで目安)すると以下のようになる。

 石貨は一円
 鉄貨は五十円
 銅貨は五百円
 銀貨は五千円
 金貨は十万円

 更に上位の白金貨、竜金貨とかあるそうだが、現時点で手に入れる事は不可能なので割愛する。
 目安として銀貨数枚で家族四人が、およそ一月過ごせるといったところだろうか。場所によって物々交換だったり物の値段は変わるので、一概にそうとも言えないが大体そんな感じである。

 エミリアが真剣に金額を計算する中、レウスは銅貨を俺に渡しながらこう言った。

「あるだけ欲しい。僕ならもっと食べられるから」

 銅貨を受け取り、お釣りとしてアイアンクロー(弱)をあげることにした。

「あれっ!? 何で僕はノエル姉と同じの受けてるの? ちょ、ちょっと痛いから止めろ、止めて下さい!」
「計算すら放棄するとはいい度胸だ。今度からアホな事をしたらこれやるから」
「わかりました! あれ、レウスどうしたの?」
「気にするな。それで、銅貨一枚でお釣りは幾らだ?」
「鉄貨四枚です」
「正解だ、ほらカツサンドを受け取りなさい」

 レウスから手を放しカツサンド二個を渡すと、エミリアはカツサンドの片方を弟に手渡した。

「姉ちゃん、僕正解してない……」
「いいの、私は二つもいらないから、ね」

 レウスはこちらを見たが、エリナと一緒に他所を向いて知らんぷりだ。二人はカツサンドに齧り付いて笑みを浮かべた。

「冷めてても美味しいね。今度はちゃんと計算して手に入れるんだよ」
「……うん!」

 姉弟の仲は良好だな。
 ほっこりする光景を俺とエリナは穏やかに眺め続けていた。


 ――が。

「よし、それ食べ終わったら外で走るぞ」
「「えっ!?」」

 俺の訓練はまだ終ってません。

 その後、晩飯まで二人と一緒に走り続けました。

お金の種類と日本円換算はその場で浮かべた目安です。
状況によって変わるかもしれませぬ。
+注意+
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