挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二章 出会い

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

15/179

信頼獲得への道

三章開始です
 銀狼族の集落はアドロード大陸の各地に点々と存在する。

 その内の一つである西の集落、そこがエミリアとレウスが住んでいた集落だ。周囲を森に囲まれており、狩猟や農作で生計を立てる平和な集落……だった。
 だったとは、その集落はすでに崩壊し跡形も無く残っていないからだそうだ。

 一年と少し前、平和に暮らしていたエミリアとレウスだが、突如集落が魔物の群れに襲われた。
 当然彼らは抵抗したが、住民を遥かに上回る魔物に押され始める。長で実力者であったエミリアの父親が奮戦するも、数の暴力には勝てずエミリアの目の前で食われる。
 レウスは母親と居たのでその現場は見ずに済んだ。泣きじゃくるエミリアに迫る魔物だが、飛び込んだ母親に間一髪救われる。三人で逃げ続けるがついに魔物に囲まれてしまい、母親はエミリアに弟を託し、一人魔物の群れに飛び込んだ。
 母親の命を懸けた突撃により、二人は魔物の群れから逃げ出せた。

 集落を離れ、方向もわからぬまま走り続ける二人。やがて力尽き、通りがかった人族に拾われたのだが、運の悪い事にそいつらは奴隷商人だった。商品として扱うのならばそれなりな対応をするべきだが、ここは異世界だ。二人の扱いは酷いものだったらしい。満足に与えられない食事に、少しでも反抗するなら殴る蹴るは当たり前。
 エミリアが喋れなかったのは、毒と知らされず出された物を食べて喉をやられたせいらしい。人間不信になって食べないレウスの為に、毒見として先に食べたのが仇になったようだ。

 それでも両親の犠牲を無駄にしない為に生き続けた。二人同時にじゃないと売られないと抵抗を繰り返し、気付けば一年近く奴隷生活が続いた。

 そして遂に、逃げ出すチャンスが訪れる。
 奴隷商人の輸送隊が魔物の群れに襲われたのだ。魔物の群れに集落を追われたのに、逆に助けられるとは悲しいものだ。
 そのどさくさに紛れて二人は逃げ出し、魔物に怯えながら森を彷徨い続けた。首輪から魔力を奪われ続け、足も覚束ない中で魔物に遭遇してしまった。必死に逃げ続けるがどうにも出来ず、遂に力尽きて倒れてしまう。
 そこに俺が乱入した。


「……とまあ、二人があそこに居たのはそういう訳だ」

 二人を拾って数日後、現在俺はライオルの家でまったりとしていた。今日は手合わせする日で、先ほど激闘を終えて今は茶を飲みながら休憩中である。そこで例の二人を聞かれたので説明していた。

「ふーむ、魔物の群れに集落が襲われたか。その後の奴隷生活といい、何とも運が悪い奴らじゃのう」
「全くだ。そろそろ怪我も完治するのにクスリとも笑いやしない」
「両親が目の前でじゃからな、心の傷は深いじゃろう。それでどうするんじゃ?」
「まずは仲良くなるところからだな」

 二人は強くなりたい意思をしっかり持っている。それは強くなるには大事な要素だ。
 だが、それぞれにちょいと問題がある。

 まずエミリアは俺を命の恩人だと理解しているので従順だが、内面は非常に不安定だ。
 弟の前では気丈な姉でいるようだが、一人になると静かに泣いている現場を何度も目撃した。捨てられたら後が無い恐怖と不安に、両親を目の前で失った悲しみがまだ癒えていないのだろう。誰にも頼れず、胸の奥に仕舞った悲しみに一人で耐え続けているのだ。このままでは爆発しかねないから、何とかガス抜きをしてやらないと。

 レウスは生意気な子供であるが、あれはただ強がっているだけだ。
 本当は怖く逃げ出したいのだが、姉を守る為に必死に自分を奮い立たせた結果があれだ。それを察したエリナは、レウス一人になった時に甘やかしたらあっさり落ちたそうだ。エリナの包容力がハンパないってのもあるが、レウスはまだ子供で母親に飢えるのは当たり前でもある。
 そんなエリナと姉から評価されているのが気に食わないのか、俺に対してとにかく反発する。もう少し大人になれば解決しそうだが、放っておくわけにもいくまい。

 結局は二人からの信頼が足りないのが原因だ。
 これから始まる訓練に手を抜くわけにもいかないし、日常生活でしっかりコミュニケーション取らないとな。

「訓練しながら笑えとは言わないが、せめて食事とか落ち着いている時くらいは笑ってほしい。子供なんだからさ」
「わしは剣を振ってれば笑えるのじゃが」
「そら爺さんだけだ。変態なんだよ」
「はっはっは! ちゃんと自覚しとるわい。そんな訳有りを拾ったお主が悪いんじゃ」
「言ってろ。爺さんが羨むような弟子に育ててやるからな」
「うむ、楽しみに待っていよう。そうじゃ、剣を教えたければわしが手伝ってもいいぞ」
「うーむ、それも有りか? 考えておく。それじゃそろそろお暇しますか」
「弟子が気になるか。もう一戦くらいと思ったのじゃが仕方がないのう」

 ちなみにライオルとは五十戦中、三十勝、十二敗、八引き分けである。
 この爺さん、勝負に勝つより負けた方が喜ぶ変態だ。強者に挑むのが何より楽しいのでワザと負けることは絶対しない、難儀な爺さんである。
 今日は辛うじて勝ったが、最近のライオルは異常な速度で力を取り戻しつつある。うかうかしてればあっさりと逆転されるだろう。常に緊張感を持てるので、ライバルとは本当にありがたいものだ。


 ライオルと別れ、所用を済ませて家に戻るとすでに夕方であった。
 空から降りて門前に着地すると、玄関の掃除をしているノエルとエミリアの姿があった。ノエルはいつも通りだが、エミリアは目を見開いて唖然としていた。

「お帰りなさーい。ほら、エミちゃんも挨拶」
「あ……は、はい! お帰りなさいませ、シリウス様」
「ただいま。妙に挙動不審だが、何かあったのか?」
「特には……ああ、そういえばシリウス様の空飛ぶ魔法を見たのは初めてですね」
「そういえばそうだな。保護した時は気絶してたし」
「あれは、魔法……なんですか?」
「そうらしいよ。シリウス様の行動に一々驚いてたらきりがないから、そういう人だと思って諦めるのをお勧めするね」
「わかりましたノエルさん」
「む、減点!」

 ノエルが指を一本立てて怒り出した。減点って、何も不備は無かった気がするのだが。もしやメイドからしか見えないミスがあるのか? どうやらノエルは立派な先輩となったようだ。

「そうでした。えーと、お姉ちゃん?」
「グッド! そう、私を呼ぶときはお姉ちゃんー……あいたたたたっ!」

 アイアンクローの刑に処す。最近のマイブームだ。

「いつつ……私の顔がますます小顔になっちゃう。もっと手加減してください」
「悪い、だがお姉ちゃん呼ばわりはないだろうが。せめて先輩だろ?」

 後輩の前で先輩を咎めるのは良くないのだが、あまりの下らなさに思わず手が出てしまったよ。

「ちゃーんと本人も納得済みです。ねえエミちゃん?」
「は、はい。私はお姉ちゃんと呼んでも構わないと思ってます」

 戸惑っている雰囲気が隠しきれてないぞ。とはいえ仲良くやってるようだから放っておくか。

「本日は少し遅かったですね。何か探していたんですか?」
「新たな料理の為に食材を確保してた」
「ほほう! それは甘いですか? 辛いですか?」
「辛い方かな。合挽き肉と豆腐を使ったハンバーグを作ろうかと思う」
「なるほど! よくわかりませんが楽しみにしてます」
「お前はぶれないな」

 苦笑しつつ二人の間を通り抜けると、エミリアから視線を感じて振り返った。

「どうした?」
「あ……いえ、何でも……」
「豆腐ハンバーグなら健康に良いし沢山食べなさい」
「は、はい」

 ふむ、命令には従うが世間話みたいな普通の会話だと唐突に固くなるな。
 まだ警戒が解けてないのかね。仕事を手伝えるくらいには回復したようだし、そろそろ行動を起こすとするかな。



「はふぅ……新しい扉をまた開いちゃいました」

 夕食後、豆腐ハンバーグを食べ終わった従者達は満足そうに頷いていた。

「肉だけ焼いた物と違い、これはとても食べやすかったです。流石はシリウス様」
「まさかあの豆腐がこんな風な味と食感になるなんて。料理って奥が深いですねー」
「全くだ。今度は俺も挑戦だ」
「うむ、おそまつさまだ」

 賛美する三人とは打って変わり、新人の二人は何か納得いかない顔つきであった。その態度にすかさずエリナは切り込む。

「どうでしたか二人とも。お代わりもしたようですし、口に合ったようですね」
「えと……はい」
「た、多分……」
「でしたらしっかりとお伝えなさい。料理を作る者にとって、賛美や感謝は主や従者とは関係なく嬉しいものですから」
「はい。シリウス様、美味しかったです」
「うぐ……う、美味かった……です」
「ああ。無理に言わずとも、美味しいと思ったら素直に言ってくれたらそれでいい」

 エリナは情操教育もしっかり行ってくれて助かる。
 しかし解せぬ。レウスはどう見ても反発してるだけなのだが、エミリアはどうにも読みづらい。日が経つにつれて元気がなくなっているようだし、急いだ方が良さそうか?

「エミリア、後で俺の部屋にきてくれ」
「っ! は、はい!」
「姉ちゃんに何する気だ!」
「何っていつものだ。悪いがエリナ」
「お任せください。レウス、少し勉強をしましょうね」
「でも姉ちゃんが、姉ちゃんが……あ―――っ!」

 エリナに引っ張られて強制退去させられるレウスであった。
 反応が怪しいが、俺がやろうとするのは決して如何わしい行為ではない。

「二人も、しばらく近づかないように」
「「わかりました」」

 声がハモるディーとノエルの二人。こいつら相性バッチリだな。先に部屋に戻ろうとすると、ノエルが呼び止めて親指を立てながら笑みを浮かべていた。

「シリウス様、女性は優しくー……あいたたたたっ! 顔面だめぇぇぇ!」




 部屋に戻って数分後、遠慮がちなノックが響いた。

「入れ」
「……失礼します」

 ドアが開けられ、緊張した面持ちでエミリアが入ってくる。
 寝巻き代わりに貰ったブカブカなローブを着ており、俺が言う前に彼女はそれを脱いだ。下着姿になったエミリアは恥ずかしそうに目を逸らした。

「それじゃあベッドに仰向けで寝てくれ」
「……はい」

 重ねて言うが、如何わしい行為をするわけではない。
 七歳の女の子は可愛いと思う程度だし、そもそも六歳の俺はまだ性欲が未発達だ。こうして呼びつけたのは彼女の傷痕を消すためである。

 彼女の場合は切り傷や打ち身による痕ばかりで、これなら手術やら薬等の複雑な行為でなくても、俺の魔力代謝で何とかなる。

 そもそもどうして傷痕が残るのか?
 人が自然治癒で傷を治す際、様々な細胞が協力して傷を修復していくが、表面の皮膚を完璧に治してもその内部では瘢痕組織と呼ばれる組織が残り続ける。それが違って見えるから痕となって見える。つまり傷痕は表面の皮膚ではなく、内部分が他と違って見えるから目立つのだ。
 火傷や抉られた傷の場合はまた別なので、今回は割愛しとく。

 そこにピンポイントで魔力を当て、代謝で瘢痕組織を消滅させて傷痕を消すという強引なやり方だ。魔力があり、医術を知る俺だからこそ出来る芸当だと思う。
 水属性の回復魔法が出来ればもっと簡単なんだろうが、俺の無属性って本気で他属性と相性悪いからな。『フレイム』使おうとして限界ギリギリまで絞って出来たのがマッチレベルだし。
 とまあ俺の属性はどうでもいい、さっさと治療を始めてしまおう。

「今日はお腹周りからな。触るぞ」
「お願いします」

 腕や足等はすでに済ませてあり、残りは服で隠れる腹や背中であろう。レウスは男だから細かい傷は残してほとんど終っているが、女性の場合は肌に気を使ってあげないとな。『サーチ』を使いながら慎重に魔力を流していく。彼女は真っ赤になりながらも目を瞑って耐えており、手が動く度にくすぐったいのか悶える。
 俺は無心で治療を続け、痕が消えたお腹周りに満足を覚えた。

「うん、綺麗な肌になった。やっぱり女の子はこうでなくちゃな」
「ありがとう……ございます」
「次は背中な。そのままひっくり返ってくれ」

 背中を向けてもらうが、こちらもまた傷痕が多い。
 暴力に対して本能的に背中を向けてしまうからだろうが、痛々しい傷痕にげんなりする。気を紛らわすついでに、治療を続けながら彼女に話しかけた。

「ここの生活には慣れたか? ノエルは感情に任せて動くから相手するの疲れるだろう」
「は、はい! とても良くして貰ってます。ノエ……姉さんは優しい……ですよ」

 何故に優しいで詰まるか? 俺の経験上、優しいんだけど鬱陶し過ぎるからだと思う。

「まあ何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「じ、十分です。これ以上はもう不相応です」

 困った、会話が弾まない。彼女もただ言われたことを返してるだけだ。本音を晒して貰いたいが、これじゃあいつもと変わらん。何か取っ掛かりがあればいいんだが。
 無言で作業を進め背中の傷痕がほぼ消えた頃、一つだけ異質な傷痕があった。それは肩に存在し、切り傷やムチ跡と違い噛まれて出来た傷だ。

「レウスにでも噛まれたのか? これも治すかね」
「駄目っ!」

 肩に手を触れた瞬間、弾けるように起き上がり距離を取られた。その顔は恐怖に歪んでおり、傷痕を手で押さえながら呼吸を荒くしている。今にも逃げ出しそうなので両手を上げてゆっくりと話しかけた。

「ほら、俺は何もしないぞ。怒らないから言ってごらん」
「これは……これは駄目……」
「駄目ってのは傷痕を消す事かい?」

 その言葉に何度も頷く。逃げるのはやめてくれたが、今はベッドの端に座って懇願するように俺を見ている。大人ぶっていた口調も子供に戻り、下手な刺激を与えれば何をしでかすかわからん。エリナを呼ぶなりして落ち着かせるべきだろうが、これは取っ掛かりかもしれん。
 今こそ彼女の奥底に踏み込むべきだ。

「理由を教えてくれるかな? その傷は誰から?」
「…………お母さん」

 え、DVすか? なわけないか。しかし肩に噛みつく母親ってどういう事?

「私達、銀狼の一族は親愛の表現として……相手を噛むの」

 子犬同士で噛み合ったり、飼い犬が主人に甘えて甘噛みするようなものか。そういえば子供の頃に飼った犬がよく俺にしていたな。

「肩を噛むのは愛情の証なの。私を噛んでお母さんは……魔物の群れに飛び込んで!」

 彼女は思い出したのだろう。二人を逃がす為に、死地へ飛び込む母の背中を。エミリアの目から涙が溢れ出した。

「何で……何でなの! お母さんどうして私を置いていくの! お父さんもどうして! 私を愛してるって言ったじゃない! 愛してるなら帰ってきてよ! レウスを頼まれても私無理だよ! お姉ちゃんでも嬉しくない。お母さんとお父さんが居ないと駄目なんだよっ! 奴隷って何なの? 何で私はぶたれるの? 痛いのやだ! 何で、何でこんな目に遭うのっ!? 嫌……もう嫌……」

 泣き叫び、全てから逃げるように彼女は顔を膝に埋めて丸くなっていた。
 両親が目前で死ぬのを受け止めるには、七歳の子供には重過ぎる。弟の手前もあって必死に強がっていただろうが、よくここまで我慢してたものだ。

「エミリア」
「……嫌ぁ」
「聞きなさいエミリア」
「っ!?」

 拒絶する彼女に近づき、初めて出会った時のように頭に手を置いて撫でてやる。

「君のお母さんは戦う事は得意だったのかな?」

 問いかけに彼女は首を振る。

「そう、お母さんは強くなかった。だけど、魔物の群れに自ら飛び込んだ。何故だと思う?」
「……わかんない」
「君達を守る為だ。そして思い出してごらん、お母さんの顔はどうだった?」
「……笑ってた」
「それはね、君達を守る為なら命も惜しくないって事さ。そして肩の噛み傷だ。これ程の痕が残るのはそれだけ強く噛んだ証拠だ。つまり君をそれだけ愛している、そういう事なんだろうね」
「……お母さん」
「お母さんの最後の言葉、覚えているかい?」
「強く生きなさい、愛してる……って」
「じゃあ強く生きなくちゃな。お母さんの愛に応えて強くなってみせろ。それに弟を守らないといけないんだろう?」
「うん……レウス、守らないと」
「そうだ。悲しいけど受け止めて前を向きなさい。俺が見守っててやるからな」
「う……あ……ああああっ!」

 タックルと見紛うくらいの勢いで胸に飛び込んできた。とんでもない勢いにふらついたが何とか踏み止まり、優しく抱きしめてやった。拾った当初はボサボサだった髪だが、今では艶のある綺麗な銀髪をゆっくりと撫でる。

「辛かったな。だけどもう大丈夫、ここには君を叩く人は居ないから、思いっきり泣きなさい」
「うん……うん……」
「これからもお腹いっぱい食べて安心して眠りなさい。その分、強くなるんだ。お母さんみたいに心も強くなるんだぞ」
「うん……強くなる」
「自分の意思ははっきりと言いなさい。困ったら俺達にも相談するんだよ」
「うん……言う……」
「いつか自分のやりたい事を見つけるんだよ。俺はそれを応援するからな」
「……うん!」

 それを最後に抱きしめる力が強くなり、彼女は全力で泣き続けた。

 しゃくり続ける彼女が大人しくなった頃には穏やかな寝息が聞こえてきた。
 あれだけ泣き続ければ疲れるのも当然か。でもまあ、これで彼女のガス抜きも十分だろう。


 涙と鼻水塗れになった顔を拭い、俺のベッドに寝かせて毛布を掛けてあげる。今日だけは弟に顔を見られたくないだろうし、ここを譲ってあげよう。
 穏やかな顔つきで寝ている彼女を起こさぬように部屋を出ると、廊下にはレウスを除いた従者達が待機していた。あれだけ泣き騒げば気になってくるよな。

「お疲れ様です。彼女の溜まっていた鬱憤がこれで解消されたでしょう。素晴らしい手腕でした」
「ああ、下手すりゃ壊れてたかもしれないが何とかなった」

 結果的に上手くいったが、彼女の治っていない古傷を抉ってしまったのだ。発狂して精神が耐え切れず壊れる可能性だってあった。それに耐え切った彼女の心の強さ……いや、親の愛もあるな。
 明日どんな顔で現れるだろうか。笑ってくれるといいんだが。

「それにしてもシリウス様、完全に女殺しですね。エミちゃん、もうメロメロになっちゃってますよ」
「あのなぁ、俺は親のように接しただけだ。自分の女にしたくてしたわけじゃねえよ」
「いえいえ、あんな風に受け止めてもらえて惚れない女はいませんって」
「それこそすぐ消えるだろう。数日後には俺の用意した特訓を行うつもりだし、それどころじゃなくなるさ」
「うっ! あれをやるんですか。もうちょっと優しくしてあげようという気は……無いですよね?」

 俺が普段から行っている訓練を思い出したのだろう、ノエルは顔を青くして二人に同情していた。

「レウスの方はどうだ?」
「あの子もエミリア程ではありませんが、色々溜まっていたのを吐き出して眠っております」
「そっか。悪いな、本当なら拾った俺がやるべきだと思うんだが」
「親に飢えておりましたから私が適任でしょう。それに可愛かったですし」
「エリナならお母さんにピッタリだもんな。俺もお母さんだと思ってるし」
「っ!? あ、ありがとうございます!」

 エリナは嬉しそうに深々と頭を垂れた。今の礼を言われる事か? まあいいか。

「俺のベッドはエミリアが使うから、今日はどこで寝るかな?」
「でしたら私の部屋で」

 エリナ早っ! 俺が言い終わる前に挙手してなかったか?

「いや、居間のソファーでいいよ。毛布用意しておいて」
「いけません。主をその様な場所で寝かせるわけにはいきません。ソファーには私が寝ます」
「最近疲れてるエリナをそこで寝かせたくないな。二人の部屋は……」

 おい、従者二人。何故に目を逸らす。そこの猫耳、吹けない口笛を吹こうとするな。

「俺の部屋は……粗末ですから」
「私はエミちゃんの隣で寝ようかなと思いまして。ほら、起きた時に一人って寂しいですし」
「じゃあ部屋空くだろ。ノエルのベッド借りるよ」
「いやそのー……最近尻尾の抜け毛が多くて布団が毛だらけでしてー」

 お前ら咄嗟の言い訳が下手だな。だが魂胆はわかった。そういう事か、そういう事なのかよ。

「はぁ……エリナ、一緒に寝ようか」
「はい! では早速ベッドメイキングを」

 満面の笑顔である。歩いてる筈なのに、通常の三倍速度で部屋に戻るエリナであった。

「ちょっと早いですが私も寝る準備します。シリウス様、ベッドをお借りしますね」
「ああはい、もう好きにしろ」

 何かもう疲れたよ。よく考えたら今日はライオルと戦ってるから疲れて当然か。あの様子だとエリナの準備も速攻で終りそうだし、俺も寝よう。

「シリウス様」
「何だい?」
「俺が口を出すのも失礼かと思いますが、あの二人に対し、シリウス様は間違った事はされてません」
「そうかな?」
「そうです。少なくとも、二人は貴方の元で充実した人生を歩めます。不幸には絶対なりません」
「……ありがとう」

 一礼し、最後に締めたディーも自分の部屋へと戻った。
 そうだよな、二人が将来どうなるかわからないが、俺の育て方で変わっていく。自分の道を見つけてくれるのが一番なんだが、後悔する人生だけは選ばないよう導かなければ。




「あのさ……そんなにじっと見られると気になるんだけど」
「申し訳ありません。ですが私は横を向いてないと寝られないので」
「嘘つくな」

 その夜、エリナは幸せそうな顔で俺を眺め続けるのだった。

 





 まだ薄明るい空模様の早朝。
 隣で寝ているエリナを起こさぬよう起床し、居間に置いてある運動着に着替える。水分を多めに摂り、外に出てストレッチを行い、体が解れたところで今日も元気良くジョギングを開始。
 庭を走っているので、寝ている人を考慮して忍び足で行っている。これもまた訓練の一つ。軽くから徐々にスピードを上げていき、十分温まったところで『ブースト』を発動し森へ突撃する。
 空は飛ばず、木々を障害物と仮定しスピードを緩めず駆け抜ける。枝を蹴り、川を飛び越え、ゴブリンを踏み、崖を飛ぶように登り、周辺で一番高い山頂がゴールだ。
 そこで『ブースト』を切り、腕立てと腹筋と走りこみを重点に筋トレを始める。高地による低酸素トレーニングというやつだ。おおよそだがここの高度は三千くらいで、高地では低酸素、低圧なので体に掛かる負担が大きく、その中でトレーニングする事により効果は飛躍的に上がるのだ。持久力も目に見えて上がるのでお勧めである。
 ちなみに師匠の場合、高度五千を超える雪山でやらされた。本気で死ぬかと思った、複数ある事件の一つだな。
 朝食の時間が迫っているので、ここでの訓練は一時間くらいで止める。
 帰りは空を駆けて徐々に高度を落とすように下山する。一気に下ると気圧差によって体が変調起こす可能性があるからだ。
 家に着いたら整理体操して終わり。

 以上が朝の訓練メニューである。
 魔法の補助もあり移動が楽で本当に助かる。魔法が無かったら山に登って下山するで終わりそうだしな。

 浮かんだ汗を拭いつつ、玄関へと向かうが違和感を感じた。いつもなら体操後にエリナが飲み物とタオルを差し出してくるのだ。珍しいなと首を捻っていると背後から足音が聞こえたので振り向いた。

「寝坊か? エリナにしては珍しい――ん?」
「お、おはようございます。シリウス様」

 立っていたのはエリナではなくエミリアだった。手には水筒とタオルを持っているが、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いている。あー、そりゃ昨日の醜態見られたらそうなるよな。スルーしてあげるのが情けか。

「おはようエミリア。タオルくれるかい?」
「は、はい! どうぞ!」

 勢いよく差し出されたタオルを受け取り、汗を拭いているのだが……視線を感じる。顔が真っ赤なのに俺をじっと見ている彼女もだが、その背後の樹から四つの顔が飛び出ているのだ。
 何をしているんだあいつらは。

「頑張ってエミちゃん!」
「くそう、姉ちゃんがあいつなんかにー……むぐぐ!」
「静かに……な」
「青春ですねぇ」

 聴力を強化して聞いてみれば……頭痛いわぁ。
 軽い『インパクト』を樹に当てて脅してやれば散るように逃げていった。鳩かあいつらは。

「あの、飲み物もどうぞ」
「ああ、もらうよ」

 運動後は冷たいのより温めの方が体に良いのだが、この子はちゃんとわかっているようだ。ゆっくりと飲み干し、コップを返すとエミリアも大分落ち着いたようだ。数回程深呼吸し、一回頷いてから思い切り頭を下げた。

「昨日は……ありがとうございました!」
「もう大丈夫なのか」
「はい! 恥ずかしかったですけど、今はすっきりしてます」

 言葉通り、エミリアからは昨日のような陰険な雰囲気は一切感じられない。まだ顔は赤いが、すっきりとした穏やかな顔をしていた。

「まだ少しだけ悲しいですけど、もう大丈夫です。私、強くなります。お母さんやお父さんみたいに強くなりたいです。だから改めてお願いします。私を強くしてください!」
「俺についてくるんだな? 奴隷だった頃より辛い訓練もあるぞ。それでもいいのか?」
「はい! シリウス様について行きます!」
「そうか、両親の死をよく乗り越えたな」
「あ……」

 思わず頭を撫でてやった。一瞬だけ動きが止まるが、彼女は目を細めて。

「……えへ」

 初めて笑ってくれた。
 年頃の少女が出す可愛らしく花のような笑顔だ。うん、やっぱり子供が笑ってるのが一番だな。
 ところで彼女は銀狼族だからフサフサな尻尾があるんだが、撫でる度に凄い勢いで振られている。喜んでいるんだろうか、試しに撫でるのを止めてみる。

「あ……」

 尻尾止まる。おまけに悲しそうな顔だ。再び撫でる。

「えへへ」

 尻尾再起動。やべ、スイッチみたいで面白いわ。実験で更に強く、髪が乱れる勢いで撫でてみる。

「キャーッ!」

 可愛らしい悲鳴をあげ、尻尾が残像しそうな勢いで振って喜んでいらっしゃる。普通こんなに強かったら嫌がらないかな。髪だって乱れてるのにどういうこと?

 可愛くて嵌りそうだからここらで止めておいた。手を放したらがっかりしてたが、我慢だ我慢。気持ちを切り替え、朝食に向かおうと彼女に話しかけようとして気付いた。

「シリウス様……」

 ……ちょっと待て。
 彼女の目が何だか……そう、恋する少女の目をしている。

 昨夜のノエルの台詞が蘇る。


『それにしてもシリウス様、完全に女殺しですね。エミちゃん、もうメロメロになっちゃってますよ』


 いやいや、ちょっと待とうか。
 確かにそうなるっぽい慰め方だったが、こんな風になる予定はではなかった。俺の予想では両親の代わり、保護者をイメージしてたのだ。

 実際、前世で二人と似たような女の子を拾い、エミリアに言ったような言葉で慰めた。次の日には俺をお父さんと呼び、本当の父親のように懐いてくれたのだ。
 だからエミリアもそうなる予定ー……ちちおや?


 前世の俺……年齢五十過ぎ。相手、七歳くらい。
 今の俺………年齢六歳。相手、七歳。


 ……完璧にボーイミーツガールだわ。
 そりゃそれくらいの年齢差なら父親じゃなくて男の子じゃん! 弱ったところに優しく抱きしめてやったら惚れるよね!

 い、いや、とにかく信頼を得ることには成功したんだ。過去を乗り越え、彼女はこれから強くなっていくだろう。俺も憂いなく特訓できるからいいじゃないか。
 師匠として、弟子が懐いてくれて問題ない。うん、問題ないんだ。


「シリウス様、好きです」





 やっぱやり過ぎたわ。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ