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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二十一章 サンドール

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手を差し伸べる理由



「だから貴方たちはこのまま町へ入らず、すぐにこの国から離れなさい」

 純粋に俺たちを心配するリーフェル姫の言葉だというのに、俺はすぐに返事を返せなかった。
 サンドールの城では後継者問題によって揉めているので、巻き込まれる可能性が高いから近づくなと警告するのはわかるのだが、俺はリーフェル姫の態度に違和感を覚えていた。
 同時に、先程聞いた情報屋の話を思い出す。



『……というわけで、町は平和そうに見えても、城の方では次の王が誰になるかで揉めているのさ』
『普通なら嫡男が継ぐものだが、この国ではあまり関係ないようだな』
『そりゃあそうだろ。仮にも魔物がうじゃうじゃいる大陸が近くにあるんだ。どれだけ先に生まれようが、優れた奴が統治しないとあっさり滅んじまうぜ』
『候補者は三人だったか?』
『ああ。でも次の王は、おそらく長男のサンジェル様で決まりだろうな。何せ以前の氾濫で英雄となった三人を見出し、そのまま家臣にしている王子だからな』

 確か実績と優れた家臣の数が次の王を決める要因だとも聞いたが、話を聞いている限りその長男が次の王で決まりとしか思えない。
 だというのに何故揉めるかと聞いてみれば、青年は周囲を見渡しながら俺たちだけに聞こえる声で教えてくれた。

『これは噂なんだが、城ではサンジェル様を認められない連中が多いんだよ』
『実績だけでなく三人の英雄を家臣に加えているのにか?』
『ああ。長く王に仕えている家臣……つまりサンジェル様を子供の頃から知っている連中からしたら怪しいんだとさ。本当に国を支える王としてやっていけるのか……ってな』

 王としては凡才にしか思えないらしく、また嫡男という事で大事に育てられたせいもあって傲慢な部分が結構見られるらしい。
 そんな子が王になるのを不安に思う家臣たちが、別の後継者を押し上げようと必死になっているわけだ。

『なあ、他の二人ってどんな奴なんだ?』
『周りが騒ぐって事は、長男より王となる器があるのよね?』
『確か長女がジュリア王女で、次男がアシュレイ王子……だったか?』
『そうだな……ジュリア様は十分資格があると思うぜ? 武力と知力に優れるだけでなく、男なら見惚れちまう程の美貌を持った御方だからな』

 長男のサンジェルより少し年下のジュリアは剣技に優れているらしく、その実力は国で一、二位を争う程の腕前だそうだ。
 以前の氾濫で天王剣が現れず、そして彼女が王女でなかったら、ジュリア様は英雄として二つ名を貰っていた筈だと青年は悔しそうに呟いていた。この様子からして、青年はジュリア王女のファンなのかもしれない。
 そこまで口にしたところで、青年は苦笑しながらコップに注いだ酒を飲み干した。

『とまあ、巷では剣姫と呼ばれているジュリア様だが、今は玉座なんかより剣の方に夢中みたいなんだ。あれだけの美人が剣だけにかまけているってのも勿体ない話だよな』
『へぇ、ちょっと会ってみたいな』
『おいおい、ジュリア様に簡単に会えると思っているのか? それに綺麗な人なら、そこのエルフの姉ちゃんがいるだろうが』
『気にしないで。この子は強い剣士って事に興味があるだけだから』
『それで、最後の一人はどんな人なんだ?』
『アシュレイ様は……無理だろうな。あの御方が王になるのはちょっと想像がつかないぜ』

 他の二人と違って軽いと言うのか、とにかくアシュレイという男に関しては若干呆れた様子で青年は語り始めた。

『あの御方は三人の中で特にやる気がないのさ。身分を隠して、毎日のように町へ出て遊び回っている放蕩王子様なんだよ。最近はとある娼婦に熱を上げているとか聞いたな』
『つまりだらしない奴なんだな。でも、そんな男を王にしようとする奴がいるのも変じゃないか?』
『自分の都合よく王を操る為だろう。王はただの飾り物で、実際は家臣が国を牛耳る……なんて話もあるからな』
『やはり兄さんは鋭いな。そうさ、アシュレイ様はそんな連中と関わりたくないから遊びに出ているって噂もあるんだ。まあ俺から見れば、ただ楽しいから遊んでいるだけだと思うけどな』

 アシュレイが遊び回るのは王族の柵から逃げ出したいだけなのかわからないが、この青年が色々詳しい理由だけはわかった気がする。
 俺が心の中で納得していると、何かに気付いたレウスが青年に視線を向けながら声を上げていた。

『わかった! あんたが妙に詳しいのは、そのアシュレイって王子から聞いたんだな?』
『……まあ、そんなところだ。ばれると面倒な事になるから、黙っていてくれると助かる』

 元からばらすつもりも、これ以上関わる予定もないので素直に頷いておいた。
 必要な情報も得られたので、俺は青年の分も含めた飲食代を置いて去ろうとしたのだが、青年は最後に気になる言葉を残したのである。

『こいつは俺の勘だが、今の城は本当にキナ臭い状況だ。後継者問題だけじゃない……もっと別の何かにな』
『別の何か?』
『正直なところ、俺もよく説明出来ねえ。だが……いや、とにかく兄さんたちは気を付けた方がいいぜ。あの狼を従えている実力者なら、連中は間違いなく絡んでくるだろうからな』

 ホクトは実力で従えているわけではないが、やはり他所からするとそう見えるらしい。
 そして酒を飲み干し、話は終わりだと背中を向ける青年に俺に少しだけお節介をしていた。少々お調子者な気もするが、青年が個人的に少し気に入ったからだ。

『気付いているかわからないが、相手と話す時は目線だけじゃなく瞬きに注意した方がいいぞ。嘘を突いている時は瞬きの回数が増えるものだからな』
『本当かよ!? くそ……あいつはそうやって俺の嘘を見破ってたのか? とにかく、ありがとな』

 俺の忠告に覚えがあるのか、素直に受け入れた青年は爽やかな笑みを浮かべながら去って行った。



 情報屋の青年が警告してきたのは、俺たちが強引に勧誘される可能性だけじゃなく、得体の知れない何かがあるからだ。
 そして城にいるリーフェル姫が俺たちへ警告を促すどころか町にすら入るなと言う点からして、城で面倒な事に巻き込まれている可能性が高い。
 ここを訪れた時にセニアがいたのは情報収集の為で、俺たちが出会ったような情報屋に会おうと通い続けていたのだろう。宿の手配に関して手際が良かったのはその為だと思われる。
 本来ならば弟子たちの安全を考えて町を去るべきだろうが、俺は真剣な表情で語るリーフェル姫の顔を見ながら告げた。

「リーフェル様。城で何が起こっているのでしょうか?」
「何がって、後継者争いで揉めてるって言ったじゃない?」
「では質問を変えます。リーフェル様の安全は? 後継者問題だけじゃなく、他の面倒事に巻き込まれているのでは?」
「まあ…………面倒な状況なのは確かね。実はサンドールの王子と婚約を結ばれそうな可能性が出てきたのよ」
「け、結婚!? 姉様が!?」

 要するに政略結婚ってやつらしい。
 その言葉にメルトが僅かに反応を示したが、すでに知っているのか何も言わずに外を警戒し続けていた。
 姉の口から聞かされた結婚話にリースが詰め寄るが、リーフェル姫は落ち着かせるように妹の頭を撫でている。

「そんなに焦らなくても、まだ決まったわけじゃないわ。エリュシオンと縁故を結ぼうと、サンドール家の次男と私を結婚させようと企んでいる連中が城にいるって話だから」
「次男って、さっきあの兄ちゃんが言ってたアシュレイって奴の事か?」
「だろうな。だがカーディアス様がいる限り、その政略結婚が上手く行くとは思えないが」
「そうだよ! 父様は何も言わないのですか!?」
「父さんは今サンドールの城にいないのよ。他国の王たちと一緒に前線基地へ行っているから」

 前線基地とは、サンドールから魔大陸の方角にある防壁の一つだそうだ。
 ここから馬で半日程の場所にあるそうで、そこはサンドールに存在する防壁の中で一番大きく、強固に築かれているとか。
 氾濫において魔大陸から押し寄せる魔物たちを食い止める防壁は幾つもあるが、そこは防衛の要という事で『前線基地』と呼ばれている。
 その前線基地にカーディアスだけでなく、以前俺たちが行った獣国アービトレイの獣王も一緒らしい。ちなみにリーフェル姫たちは、リースがそろそろ訪れる可能性を考えて残っていたとか。

大陸間会合レジェンディアで集まった王たちの中にはサンドールが初めての人もいるから、国の象徴である防壁や兵たちの練度を見せる為の視察が行われたのよ。父さんたちが帰ってくるまで数日かかりそうだから、その隙を突いて一気に婚約まで進めようとしているみたいね」
「姉様、もちろん婚約はー……」
「しないに決まっているじゃない。私はこの国に嫁ぐつもりなんかこれっぽちもないわ」
「だよな。リーフェ姉はエリュシオンの女王が一番似合っているぜ」
「レウスはよくわかっているわね。いい子いい子してあげるから、ちょっとこっちへ来なさい」
「リーフェ姉、俺はもう子供じゃねえからさ、兄貴以外に頭を撫でられてもあんまり嬉しくないぜ?」
「私が貴方の耳を触りたいのよ。セニアやエミリアの耳も柔らかくて好きだけど、貴方の微妙に堅い耳も結構好きなのよね」
「仕方ねえなぁ」

 何だかんだで二人は姉と弟の立場なので気が合うようだ。
 近づいてきたレウスの耳を触って少し落ち着いたのか、俺たちを安心させるようにリーフェル姫は笑みを浮かべながら続きを語り始めた。

「とにかく、私は向こうの思い通りになるつもりはないし、向こうの王子も乗り気じゃないから安心しなさい。実は今日の夕食は王子と二人きりで食事なんかさせられたけど、この婚約が面倒臭いって点だけは面白いぐらいに気が合ったから」

 家臣の策略によるお膳立てにより、互いの縁を深める為の食事会が行われたそうだが、逆に縁談を破棄する為の作戦会議になったわけだ。
 その結果、協力して婚約を破棄する方向へと持っていく事に決めたらしい。
 実はリーフェル姫に協力しているのは演技で、いざとなったら裏切る……なんて可能性も考えたが、実際に会話をした彼女から見て次男の王子は信頼出来るらしい。
 女の勘も含め、信じるに足る証拠もあるそうなので、政略結婚についての心配は本当に必要なさそうだ。
 それを聞いてリースが安堵の息を吐いていると、隣のベッドに座っていたフィアが質問をしていた。

「そういえば、今のサンドール王は体調を崩しているって聞いたけど、よく前線基地まで行けたわね。あの情報は嘘だったのかしら?」
「それは本当よ。歩くのでさえ辛い状態らしいから、サンドールの王だけは城の自室で療養中なのよ。政務の方はほとんど家臣がやっているそうだけど、どうも都合の悪い事は王に伝えられていないみたいね」

 リーフェル姫の話によると、今回の政略結婚に王は一切関与しておらず、家臣たちが勝手に暴走した結果だそうだ。
 距離的にかなり離れているエリュシオンと縁故を結ぼうとするのは妙だと思うが、どうやら連中の狙いは学校の長をしているロードヴェルらしい。

「私たち王族とロードヴェルのおじ様は家族ぐるみでの付き合いだからね。私がサンドールに嫁げば、おじ様と縁が出来ると踏んでいるんでしょう」
「つまり魔法を極めし者(マジックマスター)と縁を結ぶ為の手段……か」
「国を維持する為に綺麗事だけで済まないのはわからなくもないけど、本人の意思を無視して政略に使うどころか、そもそも女性を物のように考えるなんて許せないわね」
「おう! リーフェ姉に何かあったら、俺が全員ぶっとばしてやるぜ!」
「落ち着きなさい、レウス。城に乗り込むのならばしっかりと計画を立てて、シリウス様の許可を得てからですよ」
「メルトさん、このままでいいんですか! 姉様の近衛だけじゃなく、男として黙っているなんて許せませんよ!」
「いや、俺がいようと連中の行動は変わらないだろうし、それに今はー……」
「くー……」
「ふふ、寝顔も可愛いわね。この子、欲しいわ!」
「オン」
「……一旦落ち着かないか?」

 城に乗り込む計画を立て始めたり、メルトに詰め寄ったり、気付けば眠っているカレンの寝顔に癒されていたりと場が混沌と化していた。
 このままでは話が進まないので、一旦皆を落ち着かせて話の軌道を戻す。

「ごほん……とまあ、それが私の現状なの。王が動けないのをいい事に家臣が暴走し、他国の王女である私を利用しようとする連中がいるわけ。この町に貴方たちがいるのを城の連中が知ったら間違いなく絡んでくるから、なるべく早くサンドールを離れてほしいのよ」
「何でしょうか? 私たちを心配してくれるのは嬉しいのですが、話を聞いて逆に不安にもなってきました」
「姉様は本当に大丈夫なの? 婚約の方は何とかなりそうな感じだけど、それよりもっと酷い事に巻き込まれたりはしないよね?」
「エリュシオンと違って、リーフェ姉たちは味方が少ないもんな」
「少ないけど、優秀で頼りになる護衛を連れてきたから平気よ。特に私を守る近衛たちは、あの剛剣に鍛えてもらったんだから」

 エリュシオンから連れてきた兵は千も満たないが、その内のメルトを含めた五十人程がリーフェル姫の近衛らしい。
 リーフェル姫が直々に勧誘した者たちで、忠実で実力に優れているとは聞いた事があるが、それより気になったのは剛剣という単語が出てきた事だ。

「剛剣って……爺ちゃんが来たのか!?」
「貴方たちが旅に出てしばらく経ってから現れたのよ。自分の剣を鍛冶師へ見せる為に訪れたみたい」

 そして偶然ライオルの爺さんと出会えたリーフェル姫は、交渉して城に努める兵たちの剣術指南として爺さんを雇う事に成功したそうだ。
 あれだけ立派な剣を打ち直すのは時間が掛かると思うので、おそらく暇潰しに近い感覚で受けたに違いあるまい。どうりでメルトが色々と強くなっているわけだな。

「それにしても、貴族や王族が嫌いなあの爺さんをよく説得出来ましたね?」
「あの人を爺さんなんて口にするのは貴方くらいね。食事で釣ったのもあるけど、エミリアの名前を出せば難しくはなかったわ。あ、勝手に名前を使ってごめんね」
「それは構いませんが、思い切った事を考えたのですね。あのお爺ちゃんに鍛えてもらうなんて……」
「ああ。メルトの兄ちゃん、よく無事だったな」
「……自分でも未だに生きているのが不思議に思う。何度も死を覚悟した半年間だったが……御蔭で俺は間違いなく強くなれた。時折夢でうなされてしまうのが難点だが」
「無事とは言い辛い状況だな」

 あの爺さんは手加減が致命的に苦手だし。
 レウスに剣を教え始めた頃は常に俺が隣で見張り、危険だと感じて間に入らなければ真っ二つにされそうになった事が何度もあったからな。
 つまりレウスの御蔭である程度……いや、最低限の手加減を爺さんは覚えたようなものだ。年下だけど、メルトと近衛たちはレウスに感謝しておいた方がいいかもしれない。

「まあ、頼んだのを後悔した事もあったけど、その御蔭で私の近衛たちは強くなったわ。多少なら敵に囲まれても切り抜けられるだろうし、そもそも私たちに直接的な危害を加えたら不味いって事は、流石に連中も理解している筈よ」

 世界で一番大きい国と言われようが、国力にそこまで差がない国は幾つか存在する。
 もし国同士の戦争となって兵を差し向けられる状況となれば、サンドールは他国の兵だけじゃなく魔大陸の魔物も同時に相手をしなければならない。魔物の氾濫は数年おきでも、魔大陸から海に落ちて流されて来た魔物が襲ってくる事が偶にあるからだ。
 防壁に常駐させている兵を無暗に削れないだろし、戦争になれば国が維持出来るか怪しいだろう。

「つまり私たちに手を出そうとする奴は、世界征服なんてものを本気で考えているアホか、狂っているかのどちらかね。小細工ばかりするけど、そこまでアホな事を考える連中とは思えなかったわ」

 だから安心してエリュシオンで待っていなさいと口にしながら、リーフェル姫は俺たちに微笑みかけてくれた。
 周りを安心させるような笑みであるが、リースは不安気な表情のままである。

「……シリウスさん」
「ああ、俺も同じ気持ちだ」

 そしてこちらへ向けられるリースの視線に気付いた俺は、目を合わせてから好きにしろとばかりに頷いた。

「姉様。私たちは姉様や父様と一緒にエリュシオンへ戻りたいです」
「困った子ね。王族のしがらみや、身勝手な大人たちに振り回されてほしくない姉の気持ちがわからないのかしら?」
「……やっぱり違います。いつもの姉様なら、仕方がないって苦笑しながらも受け入れて、私たちを守りながら目的を果たすように考える筈です。それをしないって事は、かなり厳しい状況なんですよね?」
「厳しいって、他国だから必要以上に警戒しているだけよ。ちょっとした切っ掛けが大問題になるのが王族だって、貴方も少しは理解している筈でしょ?」
「リーフェル様。俺からも一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」

 険悪な雰囲気になりそうなので強引に割り込めば、リーフェル姫は不機嫌な表情で俺に鋭い視線を向けてきた。
 親しい間柄とは違う王族としての威圧感を放っているが、話しなさいと言わんばかりに黙っているので俺は続きを口にした。

「リーフェル様は何を警戒しているのですか?」
「さっき教えた通りよ。同じ質問なら止めてちょうだい」
「違います、それとはもっと別の何かです。それがあるから俺たちを遠ざけようとしているんですよね?」

 実は酒場から宿へと戻る間に、町の状況を調べようと『サーチ』を発動させてサンドールを広範囲に亘って調べていたのである。
 城まで結構な距離があるので個人の特定までは無理だったが、調べた結果……城から明らかに膨大な魔力反応を幾つも感じたのだ。
 おそらく例の英雄たちの可能性が高いが、何故か俺はその反応が妙に気になった。
 勘みたいなものなので確証はないのだが、リーフェル姫の態度に違和感を覚えている現状からして無視は出来ない。
 俺とリースが引きそうにないと理解したのか、リーフェル姫は頭を抱えながら深い溜息を吐いていた。

「ああ……もう! ここにいたら面倒事になるのは理解している筈でしょ? 何でそんなに関わろうとするのよ」
「姉様が心配だからです。姉様と父様には私たちのー……その、結婚式を見届けてもらわないといけないんですから、一緒に戻らないと駄目なんです!」
「私もリースと同じ気持ちです。何か力になれるのなら、手助けさせてください」
「リーフェ姉を助けたいと思ったら駄目なのかよ?」
「ほら、私たちってどうしても目立つし、面倒な事には慣れているから平気よ」

 話し合いをするまでもなく、皆の意見は見事に一致していた。
 正直に言わせてもらうなら王族の騒動に巻き込まれるのは困るが、知り合いが関わっているとなれば別である。
 リースと幸せになるには俺たちだけじゃなく、リーフェル姫とカーディアスの存在が必要不可欠だ。このままリーフェル姫の言う通りにして、もし彼女たちに何かあれば俺たちは一生後悔するだろう。
 何より、俺とリースが結ばれれば……。

「巻き込むなんて考えずに、もっと俺たちを頼ってください。だってリーフェル様はー……いえ、リーフェルさんは俺の義姉ねえさんになるんですから」
「うっ!?」

 リースとの結婚を認めてくれたのだから、これからリーフェル姫は俺にとって義理の姉となるわけだ。
 つまり、家族を助けるのに理由なんているまい。
 雰囲気を和らげようと放った俺の言葉が不意打ちだったのか、呆然とするリーフェル姫にメルトが諭すように告げていた。

「姫様。今はセニアがいませんから、俺が代わりに言いましょう。ここは彼等の力を借りるべきだと思います」
「メルト……」
「リース様や皆が心配で巻き込みたくない気持ちはわかりますが、皆も同じようにリーフェル様を心配しているのですよ」
「でも……」
「俺は全力で貴方を守りますが、どうしても限界はあります。しかし彼等がいれば、俺だけじゃなく姫様にも余裕が出てくると思うのです。サンドールに来てから姫様はゆっくりと休めていませんよね?」

 慣れない場所なのもあるが、サンドールを訪れてから緊張した状態が続いているので精神的な疲労が溜まっているらしい。
 そんな様子は微塵も感じさせないのだが、心から心配する妹と長く想い続けてきた幼馴染の目は誤魔化せないようだ。どうりで癒しとなった三種の神器を離そうとしないわけだ。
 いつもはリーフェル姫に振り回されてばかりのメルトが、ここまではっきりと物申しているのは珍しい光景だな。

「それにエリュシオンへ戻れば会えるとしても、このままリース様を帰らせたらカーディアス様が不機嫌になるかと」
「言うじゃない。主の意向に逆らうなんて、とんだ近衛だわ」
「俺は姫様を守る為に最も適した方法を選んだだけですよ。彼等がその気ならば尚更です」

 自分だけでは無理だと理解し、状況に合わせて手を借りる。やはり死線(剛剣道場)を潜り抜け、己の弱さを心底叩き込まれた事だけはあるようだ。
 メルトにまで説得されるとは思わなかったのか、リーフェル姫は諦めたかのように表情を崩し、隣に座るリースの肩を抱き寄せていた。

「全くもう、貴方が私にそこまで言うなんて成長したものね。本当なら成長を喜びたいところなんだけど、今は何だか複雑だわ」
「もう、いつまでも子供扱いしていないで、少しは私を頼ってほしいな」
「そうね、私が悪かったわ。考えてみれば貴方はもう奥さんなんだから、もう身も心も立派な大人だったわよね」
「姉様!?」

 リーフェル姫にとってリースは守るべき存在だったが、成長した妹の姿に己の想いだけを押し付けるべきではないと悟ったようだ。
 こうしていつもの調子に戻ったリーフェル姫は、俺たち全員の顔を見渡してからゆっくりと頭を下げていた。

「改めて言わせてもらうわ。皆の力を貸してちょうだい」
「どこまで力になれるかわかりませんが、出来る限り手を貸しますよ。ところで先程の質問ですが……」
「私が何を警戒しているのかって話ね。その前に聞きたいんだけど、シリウスがその質問をしてきたのは何故かしら? 貴方たちはまだ城どころか町にすら入っていない筈よね?」
「リーフェル姫の反応に違和感を覚えたのもありますが、ほとんどは勘ですね」
「そう……そこに至った理由はあえて聞かないけど、どうも私たちは城で監視されているみたいなの」
「敵対はしていなくても他国だし、監視されてもおかしくないと思うわよ?」
「確かにそうだけど、見張っている相手が見つからない場合が多くて気味が悪いのよ」

 城の兵士が見張っていた事もあったが、大半は相手が見つからないまま終わるらしい。気配に鋭いセニアでも見失うらしく、結局正体はわからないままである。
 後継者争いと婚約騒ぎも気になるが、常に監視されているような感覚が一番堪えるとリーフェル姫は愚痴っていた。
 勿論城の連中に訴えたが、知らないと言って取り付く島もないらしい。まあ監視されている証拠が見つからなければ、ただ神経質になっているだけだと思われてもおかしくはない。

「見られたりする事には慣れているつもりだけど、あの城の雰囲気が合わなくて落ち着けないのよね。ただでさえ城は後継者問題でピリピリしているのに、これ以上の精神的な負担は勘弁してほしいわ」
「メルトの兄ちゃんはどうなんだ?」
「姫様程ではないが、長居はしたくはない城だな」

 王族として生きてきただけでなく聡明で天性の勘を持つ彼女だからこそ、より不快に感じられるのかもしれない。
 どうやら俺たちの仕事は、その謎の気配から皆を守るのが主になりそうだ。

「姉様、セニアは何でこの集落にいたの?」
「情報収集の為よ。サンドール全体だけでなく、裏にも精通している情報屋がここにいるからよ。集落を纏めている人物なだけあって、セニアも信頼を得るのに時間がかかったみたい」

 直接手は出されていないものの、やられっぱなしも癪なので城の事について色々調べさせていたらしい。
 集落へ何度も通い、ようやくサンドールで一番の情報屋と会える約束を取ったところで、俺たちと出会ったわけだ。

 それから色々と話し合った結果、リーフェル姫が俺たちを城へ招待するという形に決まった。形式上、俺はリーフェル姫の近衛なので偶然合流した風を装うらしい。
 危険かもしれないが、城に入れば違和感の原因も判明する可能性も高いし、油断せずに行動をしなければな。
 そして話し合いが終わり、城へ戻ろうと部屋の扉に手をかけたリーフェル姫とメルトを俺は呼び止めていた。

「リーフェル様、少しお待ちください」
「何かしら? 迎えなら昼過ぎになると思うけど、しっかり送るから心配しないでいいわよ。あ、それと私たちだけなら義姉さんって呼んでも構わないからね」
「そうではなく、カレンは置いて行ってください」
「……ちょっと借りるだけよ」
「駄目です」
「……ケチ」
「姫様、さすがに子供を連れて戻るのは不味いかと」

 ジト目で頬を膨らませている主に、メルトはそっと指摘していた。
 前々から遠慮がない感じではあったが、俺が義姉と口にしてから更に遠慮がなくなったようである。

「貴方と私の子供だって説明すれば平気よ。もしかしたら婚約破棄がスムーズにいくかもしれないわ」
「混乱するだけです!」
「姉様、後でまた会えますから、今日のところは……」

 リースの説得により諦めたリーフェル姫は、名残惜しそうにカレンをベッドに寝かせから部屋をー……。

「リースも置いて行ってください」
「ケチ!」




 そして必ずまた抱かせてと念を押すリーフェル姫とメルトが去った後、リースが全員の顔を見て満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。

「皆、本当にありがとう」
「気にする必要はありませんよ。シリウス様が口にしたように、リーフェル様は私にとっても義理の姉になるのですから」
「そうそう。リース姉の家族だったら放っておけるわけないだろ?」
「一緒に飲む約束はしたし、まだ妹についての勝負がついていないからね」
「オン」
「ふふ……じゃあこれが終わってエリュシオンに戻ったら、姉様に美味しいものを沢山ご馳走してもらおうね」

 昔のリースなら巻き込んでしまった事を謝っていただろうが、皆を心から信頼し、頼りにしているリースはお茶目に笑っていた。
 損得抜きで家族の為に動いてくれる妻と仲間たちを、俺は誇りに思う。カレンは眠っているが、城に入れるのならば喜んで賛成するだろう。
 この心地良い雰囲気と絆は必ず守り抜かなければな。

 こうして俺たちは大陸間会合レジェンディアが行われている城へ乗り込む事になったわけだが、リーフェル姫の話からして不安は確かにある。
 だが気を張り過ぎるのも失敗の元なので、俺はいつも通り守るだけだ。
 なので俺たちはすぐに休まず、敵となる連中が仕掛けてきそうな事や、その対処法の打ち合わせを始めるのだった。





 次の日……宿を出て集落を出発した俺たちは、朝早くから防壁にある門へとやってきた。
 ホクトが危険じゃないかと門番から詰問されたりはしたものの、早めに来た御蔭で順番待ちの列は短かったので、俺たちはあっさりとサンドールの城下町へと入る事が出来た。

「わぁ……町なのに道が凄く広いね! アス爺も歩けそう」
「町中でこれだけ広い道があるのも珍しいよな」
「見栄えもあるだろうが、スムーズな交通を考えて作られたのかもしれないな」

 カレンの言葉通り、綺麗に並べられた石畳の道は馬車が五台くらい並んでも余裕で通れそうな広さだ。
 その舗装された道……大通りは正面に見える城へ向かって真っ直ぐ伸びており、道の左右に視線を向けてみれば様々な店が見られ、冒険者や町に住む人々を相手に商売をしている。
 大小様々な建物が見られる街並みは聞いていた通り平和そのもので、とても城で揉め事が起こっているとは思えない光景だった。

「話には聞いていましたが、実際に見ると本当に大きい国ですね」
「歩き回るだけでも日が暮れそうね。今は無理だけど、後でじっくりと見て回りたいわ」
「あの店の料理、美味しそう。後で買いに行こうよ」
「ねえねえ、あれは何? それにあそこの店で本が沢山売っているよ!」

 村や集落とは桁が違う町へ来るのは初めてなので、ローブで翼を隠したカレンが目を輝かせながら忙しなく首を動かしている。
 念の為に町にフィアもフードで耳を隠してはいるが、やはりホクトが目立ってしまうので、俺たちは大通りから外れて建物の影へと入っていた。

「さて……迎えが来るまで大人しくしていないとな」
「けどずっとここで隠れているのはちょっとね。速くても昼過ぎか夕方になりそうとか言っていたし、どこか落ち着ける場所を探さない?」
「どこか良い宿がないか調べてきましょうか?」
「いや、この町ではなるべく固まって移動した方がいい。まずは近くの人に話を聞いてみるか」
「……オン!」

 そう決めて建物の影から出ようとしたところで、突然ホクトが警戒を促すように小さく吠えたのである。
 姿はまだ見えないが、俺たちへ真っ直ぐ近づいてくる気配を感じたらしい。

「通りすがりにしては妙だが、殺気は感じない……か」
「……シリウス様。匂いでは一人です」
「精霊は何も言ってこないわね」
「私も同じだよ」
「兄貴、一応警戒しておくか?」
「ホクトを見に来ただけかもしれないし、まだそこまで警戒はしなくてもいいだろう。とりあえずフィアとカレンは馬車に入っていなさい」
「カレン、本を買いたい!」
「はいはい、後で見に行こうね」

 仲間にエルフと百狼がいる俺たちは自然と注目を集めてしまうが、近づいてくる者はそう多くはない。何故ならホクトが怖くて近づけないからだ。
 なので俺たちへ話しかけてくるのは、昨日の青年みたいな好奇心の塊みたいな奴か、欲望に塗れた連中が大半である。
 しかし今回近づいてくる奴はたった一人で、周囲に仲間らしき反応は感じられないが、念の為にフィアとカレンを隠して欲にかられないようにしておく。

 そしてフィアがカレンを抱えて馬車内に隠れると同時に一人の男が現れたのだが、俺たちの姿を確認するなり深々と頭を下げてきたのである。

「百狼を連れた一団……貴方がシリウス様ですね? お待ちしておりました」
「誰だお前?」
「オン!」

 俺の名前を知っている事に怪しんだレウスとホクトが睨みつけるが、目の前の男は動じる事もなく柔和な笑みを浮かべたままだ。

「なるほど……ではそちらがレウス様ですね? サンドールへようこそいらっしゃいました」
「俺たちの事を知っているのか?」
「勿論です。お二人は去年行われた闘武祭の優勝者と準優勝者なのですから。直接見たわけではありませんが、誰もが認める見事な戦いだったと聞いております」
「偽物だとは思わないのか?」
「伝説である百狼を連れた方がそういる筈もありませんし、貴方たちから感じる強者の気配からして間違いないと思っていますよ」

 戦いもせず俺たちの強さに気付いている点からして、この男も相当な実力者だろう。戦闘用ではないとはいえ、並の相手なら竦み上がるホクトとレウスの威圧に全く動じていないからな。
 闘武祭だけでなく各地で色々やってきたし、俺たちの事が知られていてもおかしくはない……か。
 しかし物腰は丁寧でも、名乗りもせず話を進めている奴に気を許したくはない。
 そんな俺の考えに気付いたのか、男は再び頭を下げながら自己紹介を始めた。

「これは申し遅れました。私の名前はジラードと言いまして、王から神眼の二つ名を授かった者です。サンジェル様の命により、皆様をお迎えに上がりました」

 まさか国の英雄である神眼が迎えに来るとはな。
 更に町へ入ったばかりの俺たちを即座に見つけ、干渉してくるこの行動の早さ……神眼という名は伊達ではないようだ。
 別に油断しているわけではないが、俺はこの国へ対する警戒度を更に上げた。



 おまけその一  完璧な変装



「でもさ、リーフェ姉はよく城から出てこられたな。フードで顔を隠していても見た目が怪しいから、城の兵士に呼び止められそうだぜ」
「変装が完璧だったから平気だったわよ」

 髪色と髪型の変化に加え、王族が着ているとは思えないみすぼらしい恰好だからな。
 さっき聞いた設定通り、メルトが買ったリーフェル姫似の娼婦と説明されればそうとしか思えないだろう。

「セニアが頑張ってくれたからね。誰も私がリーフェルだって気付かなかったわ」

 よく見れば、リーフェル姫の胸がかなり大きくなっていることに気付いた。
 前世風に言えば、カップが三段階ぐらい大きくなった感じだが、あれ……かなり詰めているよな? さすがに一年でここまで成長するとは思えないからな。
 女性は視線に敏感なので、俺はすぐにリーフェル姫の胸から視線を逸らしたが……。

「確かにいつもの姉様とは違うね」
「リーフェ姉の胸、不自然に大きいもんな」
「貴方たち、そこで正座ね」
「「あ……はい」」

 リースは視線を逸らす反応が遅れたせいでバレて、レウスは的確に地雷を踏み抜いていた。
 その後……リーフェル姫が落ち着くまで、しばらく時間が必要だったとさ。







 おまけその二  その時、姉は……



『巻き込むなんて考えずに、もっと俺たちを頼ってください。だってリーフェル様はー……いえ、リーフェルさんは俺の義姉ねえさんになるんですから』



「シリウス様のお姉ちゃんは私なんです!」
「ど、どうしたんだ、ノエル?」
「いえ……何故か急に叫ばなきゃと思って……」
「ねえ、お姉ちゃんがシリウス様のお姉ちゃんってあり得ないと思うけど?」
「失敬な! 私はシリウス様から姉のように頼られてー…………………………………………………………………………あんまりない!?」
「素直に認められるのが、ノエルの良いところだな」
「あなた……」
「ノエル……」
「このバカップルがぁ!」







 お待たせしました。ようやく更新となります。

 三話目にしてようやくサンドールの町へ入ったのに、いきなり城へと突入する展開に。
 実はリーフェルと英雄の迎えを遅らせて、シリウスたちが町を散策する展開もありましたが、色々あって没となりました。

 リアルの忙しさもあり、次回の更新も未定となります。
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