時には都合良く
前回のあらすじ
皆さんお久しぶりです。
ディーさんの奥さんで、町のアイドルであるノエルですよ!
さて……前回までのあらすじですが、有翼人の子供であるカレンちゃんを助けたシリウス様たちは、有翼人の里へやってきました。
そこで竜族と呼ばれるとっても強い種族と出会ったんだけど、そこで過去にシリウス様が倒した竜族の弟がいたの。
その弟であるメジアさんは別にシリウス様を恨んでいないんだけど、自分の中にあるモヤモヤを解消する為にシリウス様と戦う事になったから大変!
そしてメジアさんって最初は人の姿で戦っていたんだけど、シリウス様の実力を認めて遂に竜の姿になったの。
果たして、巨大な竜を相手にシリウス様は勝てるのか?
……その後、シリウス様たちは竜族の皆さんを懲らしめ、彼等の王となって世界を手にする力を手にしたそうです。
めでたし、めでたー……え?
最後だけ違う?
まだ戦いは終わっていない?
いやー……多分そうなると思いますから、これで良いと思いますよ?
ディーさんと話し合ってみましたけど、私たち夫婦はそうなると予想していますから。
ホクト「ガルルルルッ!」
ひゃーっ!?
勝手にあらすじ役をしちゃってごめんなさい!
で、でも……シリウス様にブラッシングされてて気持ち良さそうにしていたから、ホクトさんはやらないのかと思ってー……にゃーっ!?
シリウス様助けて! シリケテ!
シリウス「いや……何故ノエル?」
――― ―――
竜の姿に変身させ、本気のメジアと戦う事になった私は、スイッチを切り替えると同時に『ブースト』を発動させて地を蹴っていた。
『来るがいい、シリウスよ!』
初めて私の名前を呼んだ点から、真なる強者として認めてくれたのだろう。
その期待に応えようと、私は本気で『マグナム』を連射していた。
『ぬっ!? その程度で!』
鉄板すら撃ち抜く魔力の弾丸を三発同時に撃ち込んだのに、メジアの体を僅かに揺らすだけだった。
ある程度予想はしていたが、まさか鱗を貫くどころか欠けさえもしないとはな。
「これが本物の竜族か……だが!」
だが私は歩みを止めるつもりはない。
身体中の魔力は常に全開を維持しつつ正面から迫ると、メジアは巨体に似合わぬ速度で腕を振り下ろしてくるが、私は再び『蜃気楼』を発動させながら側面へと回り込んだ。
『……二度も同じ手を食らうか!』
メジアは尻尾を振り回して薙ぎ払おうとするが、私はそれを飛び上がって避けながら再び『マグナム』を放っていた。
今度は鱗がない部分を狙ってみたが、小さな穴が空くだけで、僅かな出血と共に穴はすぐに塞がってしまう。
鱗だけではなく皮膚も筋肉も頑丈なわけか。
柔らかくても無限に再生の出来るゴラオンと違い、こっちは純粋に厄介な相手だ。
『もらったぞ!』
飛び上がった私を翼を振るって叩き落とそうとするが、『エアステップ』で更に飛び上がって避けた。
『なにっ!?』
「驚いている場合か?」
さすがに宙を蹴るとは思っていなかったのか、驚きながら見上げるメジアに目掛けて無数の弾丸を放っていた。
『マグナム』だけでなく『ランチャー』や『スナイプ』を雨の如く放つが、メジアの体には傷一つ見られなかった。
『見事なものだが、私の鱗を貫くには足りぬ!』
目を守りながら魔法を凌いだメジアは、見上げると同時にブレスを放ってきた。
それは広範囲を焼き払うような炎のブレスではなく細い熱線だったので、私は『エアステップ』で大きく横に飛んで避ける。
一旦距離を取った私は、魔力の消耗量を確認しながら、メジアを間近で感じた情報を整理しながら戦力差を予測していた。
「ぎりぎり……だな」
足を止めた時点で私は負けだろう。
メジアの攻撃が一つでも直撃すれば、確実に戦闘不能にー……いや、死ぬ可能性が高いからだ。
つまり私が勝利……又は生き残る為には、メジアの攻撃を全て回避し続け、あの鱗でさえ貫けるであろう一撃……『アンチマテリアル』を叩き込むしかない。
だがあれは魔力の圧縮に少し時間が必要な魔法でもある。
更に弾丸の飛ぶ速度は『マグナム』より遅く、普通に放ったところで避けられるだろう。
先程の目を守る行動を取ったように、メジアは致命傷と思われる攻撃はきちんと見極めているようだからな。体が大きくても竜族の反射神経は非常に高いのだ。
体格差によって私への攻撃は当て辛いだろうが、純粋な身体能力はどう足掻いてもメジアの方が上だ。
そして私が上回っているものといえば、戦闘経験と瞬発力……といったところか。
とにかく勝負の分かれ目は、メジアが私の動きに慣れるより先に『アンチマテリアル』を確実に叩きこめるか否か……といったところか。
勝利への道筋はあまりにも小さく遠いが、今は全力で駆け抜けるしかあるまい。
『……まさか私の攻撃がここまで当たらぬとはな』
それからメジアの攻撃を、『エアステップ』や近くの石柱に引っかけた『ストリング』を駆使して回避し続ける状況が続いた。
想像以上に厳しい状況だが、それでも私はメジアを中心に周辺を駆け回り、その合間を縫うように『マグナム』を放っている。
更に『土工』の魔法陣を描いた魔石を地面に投げ、周囲の石柱と同じような柱を幾つも作ってもいた。
頑丈な石柱は私を隠す遮蔽物にもなるので次々と作っているが、メジアの一撃で破壊されもする。
作っては破壊を繰り返すが、それでも私は魔石を使い切る勢いで投げ続けていたので、周辺が石柱だらけになっていた。
そして『マグナム』もただ撃つだけじゃなく、周囲の瓦礫を利用した跳弾にもしているので、魔力の弾丸はメジアの四方八方から撃ち込まれていたが……。
『小賢しい攻撃だ。だがそろそろ……』
だが体のどこへ撃ち込んでもメジアは煩わしそうにするだけで、痛みを感じている様子は見られない。
弱点と思われる目は腕を使って確実に防御しているので、メジアはまだ無傷と言った方が近い。
他に脆い部分が見つかれば……と思ったが、そう上手くいく筈もないか。
こちらが苦戦を余所に、メジアは私の動きに慣れてきたのだろう。徐々に攻撃の精度が上がり始めて回避が厳しくなっていた。
『いつまでそんな攻撃を繰り返すつもりだ? 追い込まれているのがわからないわけではあるまい?』
「さて……な。そっちこそ、どうして空を飛ばないんだ?」
『お前の能力を考えた上だ。翼を狙われては安易に飛べないからな』
鱗は貫けなくても、衝撃までは防ぐ事は出来ないからな。
空を飛んだら翼を撃って叩き落としてやろうと思っていたのだが、メジアもこちらを冷静に観察しているようだ。
そして広範囲を薙ぎ払う炎のブレスを大きく横へ飛んで避けると、そこへ狙い澄ましたかのようにメジアの尻尾が振り下ろされてきた。
回避先を予想して攻めてくるようになったが、まだ想定内でもある。
そこで空中を蹴って避けた私は、尻尾が砕いた石柱の破片に『インパクト』をぶつけ、岩を弾丸の如く撃ち出してメジアの顔面に直撃させていた。
『ぐっ!? そのような使い方だと!?』
質量のある岩の直撃でメジアの首は大きく揺れたが、どうやら軽く鼻を打った程度に過ぎないらしい。これでも動きを僅かに止めるくらいが限界のようだ。
こうなると『アンチマテリアル』で仕留め切れるかどうか……その迷いが油断を生んだのか、炎のブレスを切り裂きながら振るわれた爪に気付くのが僅かに遅れたのである。
飛び上がりながら強引に体を捻って何とか避けたが、その隙が致命的だった。
空中での姿勢が不安定で、更にある魔法の準備をしている今の私では、追撃で振るわれた尻尾の一撃を避ける事が厳しいからだ。
厳しい状況だが、まだ挽回は可能な筈……。
「『ランチャー』」
反射的に右手から『ランチャー』を放ち、衝撃によって尻尾の軌道を逸らそうと試みる。
そして岩さえも砕く衝撃弾は着弾し、メジアの尻尾は大きく弾かれるが……。
『はああぁぁ――っ!』
これまで見てきたメジアの力から『ランチャー』は加減せずに放っていた。
しかしメジアは私の予想を上回り、弾かれた尻尾を力技で強引に立て直し、私へ目掛けて振るってきたのである。
己の油断に加え、メジアの底力を測り損ねた結果か。
もはや尻尾の一撃を完全に避けるのは不可能だろう。
いや……ある事を諦めれば回避可能だが、それを行えばメジアに勝てる可能性も潰す事になる。
しかしもう迷う暇はなく、私は本能の赴くままに威力を抑えた『ランチャー』を放っていた。
「ぐっ!?」
右腕から放たれた『ランチャー』は発動と同時に破裂し、その衝撃波を受けて尻尾の軌道から紙一重で逃れる事が出来た。
だが伸ばしていた右腕だけは完全に逃れられず、鞭のようにしなる尻尾が右腕を掠めると、引き千切れるような痛みと共に私は弾き飛ばされていた。
その衝撃によって体が独楽のように回転するが、何とか受け身を取りながら地面に着地する。
『遂に捉えた。貴様の動き……見えたぞ』
即座に確認した右腕は、きちんと繋がってはいるが、鱗によって肉が抉られて酷い有様であった。
掠っただけでこれ程とは……腕だけを魔力で集中的に強化し、咄嗟に衝撃を流していなければ千切れていただろう。
そして右腕の痛みに堪えながらメジアの追撃を警戒していたのだが、何故かメジアは私を見下ろすだけであった。
『シリウス……お前はよく戦った。だがここまでだ』
「……もう勝利宣言か?」
『その腕では碌に戦えまい。お前を殺す為に戦っているわけでもないし、大人しく負けを認めるがいい』
「そうか……」
今のは本当に紙一重だった。
激痛によって魔力の維持が途切れそうになったし、右腕は完全に骨が折れているので碌に動かせない状態だ。
メジアは私の動きを掴み、敗北の色が濃くなってきたが……どうやら私の方が先だったようだな。
手筈は……整った。
「ならこれが最後の攻撃だ。耐えられたら……お前の勝ちだ」
『まだ何かあるというのか? いいだろう、受けてやろうではないか!』
メジアの周辺を何度も駆け回り、魔石を使ってまで石柱を幾つも生み出し、そして『マグナム』が通じていないのに放ち続けたのも、全てこの時の為だ。
私の左手には無数の『ストリング』が生み出されていて、それ等はメジアだけでなく周囲の石柱や様々な岩に絡み付いて固定されている。
そして魔力を回復させた私は最後の一個となった魔石を取り出し、魔力を込めてから地面に落とした。
「発動!」
魔石に描かれた『土工』の魔法陣が起動すれば、大きな地震と共に周囲に残っていた全ての石柱が根元から崩れた。
地震に驚きつつもメジアは冷静に周囲を見渡していたが、次に起こった出来事に目を見開く事になる。
『なっ!? 柱が何故!?』
折れた石柱や周囲に転がる瓦礫が、突然メジアに向かって一斉に飛んできたのである。
それは大量かつ全方位から迫っているので、叩き落とすのを諦めたメジアは上空へ逃げようとするが……。
『何だ……翼が? いや、体にもだと! いつの間に!?』
網状となった『ストリング』が翼だけでなく身体中に巻き付いていたので、翼が上手く広げられず飛ぶ事が出来なかったのだ。
動揺している間も石柱と瓦礫は周囲を飛び交い、メジアの体に当たっては動きが鈍くなっていく。
最終的に歩行でさえ困難な状況となり、バランスを崩したメジアは前のめりに倒れていた。
『どうなっている!? このような真似、一体どうすれば……』
「時間をかけて仕込んだんだ。引っ掛かってもらわないと困る」
石柱や瓦礫が飛んでいくのは、周囲を駆け回りながら仕掛けていた『ストリング』によるものだ。
魔石を使って石柱を生み出していたのは遮蔽物としてではなく、強力なゴムのように伸縮する『ストリング』を引っ掛けて留める為だった。上空から見下ろせば、無数の石柱と『ストリング』がまるで蜘蛛の巣のように張り巡らされているだろう。
最後に杭となっていた石柱を崩せば、網の様に張り巡らした『ストリング』が一斉にメジアへ襲いかかる仕掛けである。
要するに重りを付けた投網を無数に仕掛け、一斉に放ってメジアを雁字搦めにしたわけだ。
何とも手間のかかる罠だが、一つずつ引っ掛けてもすぐに引き千切られそうなので、しっかりと準備させてもらった。
その準備が終わる前に、メジアの猛攻を捌き切れるかどうかが賭けだったわけだ。
そして効かないと理解している『マグナム』を身体中に浴びせ続けていたのは、メジアの体に引っかけた『ストリング』の違和感を誤魔化す為であった。
引っかけた『ストリング』を目印に投網が飛ぶようにしていたので、これを怪しまれずに維持させるのが一番苦労したかもしれない。途中で何度も千切れたので、再び巻き付けるのも大変だった。
気付かないのも変だろうが、竜の姿は体が大きく力もあるので、多少引っ張られる程度ではあまり気にならないらしい。
私が『マグナム』で気を逸らしたり、正面から堂々と攻撃を受け止める竜族だからこそ可能だった罠でもある。
『くっ……この程度の拘束で!』
頑丈な『ストリング』でも、さすがに竜族の爪では分が悪いだろう。
だが無数の網に囚われた状態では満足に爪を振るえないので、脱出するには爪を細かく動かして一本ずつ切っていくしかない筈だ。
放っておけばすぐに脱出するだろうが、大きな隙は出来た。
すでに最後の魔石を砕いた時から圧縮を始めていた魔力の塊……『アンチマテリアル』の発射準備はすでに整っている。
「兄と同じ状態だな……」
方法は違えど、ゴラオンもまた無数の『ストリング』で動きを封じたからな。
左手は『ストリング』の維持に使っているので、傷ついた右腕をメジアに向けると同時に私は『アンチマテリアル』を放っていた。
空気を切り裂き、遠く離れた山に大きな穴を穿った魔力の砲弾は……メジアの頭部を掠め、二本ある角の内の一本を消失させるだけだった。
『……何故だ? この状態で外すような男ではあるまい?』
「あんたと一緒さ。これは殺し合いじゃないからな。それで、今の一撃を受けて生き残れる自信はあったか?」
『今のは……無理だろうな』
「なら俺の言いたい事はわかるだろう?」
『ああ、認めるしかあるまい』
その言葉と共に『ストリング』を消せば、ゆっくりと体を起こしたメジアが諦めるように息を吐きながら宣言した。
『私の……負けだ』
――― シリウス ―――
メジアが負けを認めたのを確認して、戦闘体勢を解いた俺はその場に座りこんでいた。
魔力の回復と消耗を何度も繰り返し、すでに心身共に限界が近いので立っているだけでも億劫なのだ。
やはり竜族が相手だと厳しかった。そもそも一人で挑んでいる時点でおかしいのだが。
これが仲間たちと一緒なら苦戦すらしなかっただろう。
レウスやホクトに足止めを頼み、俺は掩護をしながら『アンチマテリアル』を叩きこんで終わりだからな。
『む、やはり腕が痛むか?』
「当たり前だろう」
メジアが心配するように声をかけてくるが、すでに疲労困憊なので返事もおざなりだ。
戦闘が終わって気が抜けたせいか、右腕の痛みが激しく感じるようになってきたので、魔力を流して麻酔をかけようとしたのだが、予想以上に魔力を消耗していたせいか意識が飛びそうになっていた。
体中の力が一気に抜け、不味いと思いながらも背中から倒れそうになったその時……。
「オン!」
「シリウス様!」
聞き慣れた声に振り返れば、倒れようとする俺をホクトが前足で支えてくれていた。
同時にホクトの背中に乗っていたエミリアとリースが俺の左右に座り、心配そうに覗き込んでくる。
「すぐに治すから待ってて!」
「リース。ついでにこちらの布も濡らしておいてください」
真剣な表情をしたリースが魔法を発動させると、重症だった右腕が水に包まれて痛みが引いて行く。
後は単純な魔力枯渇と疲労なので、腕の傷を塞いで安静にしていれば大丈夫だろう。
治療の間、ホクトは俺の背中で伏せて背もたれに、エミリアは濡らしてもらったタオルで俺の顔や体の汚れを拭いたり、水を飲ませてくれたりと甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
少し遅れて他の面子も竜の姿になったゼノドラとアスラードに乗ってやってきたが、俺の近くに来るなり大いに騒ぎ始めた。
『見事だったぞ、シリウス。人族でありながらも果敢に攻めるどころか、竜族さえも仕留めそうな魔法を使えるとはな』
『そうだな。良くて引き分けかと思っていたが、まさか本当に勝つとは思わなかったぞ。長年生きているが、中々面白い戦いであった』
「さすが兄貴だぜ! 俺もいつか一人で竜族に勝てるようになるぞ!」
「怪我人の前です。もう少しお静かに願えますか?」
『『「はい……」』』
笑ってはいるが、エミリアの静かな怒りを感じた三人は同時に口を噤んでいた。
レウスは当然として、まさかあの竜族まで素直に頷かせるとは。我が従者ながら恐ろしいものだ。
形勢が悪いと竜族の二人がメジアの下へ向かえば、続いて呆れた表情を浮かべたフィアがやってきた。
「全くもう。大丈夫とは思っていたけど、あまり心配させないでほしいわ。片腕が無くなったのかと、皆が悲鳴を上げそうになっていたのよ」
「うーむ……すまないとしか言い返せないな」
「戦う以上は仕方がないけど、本当に気をつけなさい。私たちはきちんと貴方の両手で抱きしめてほしいもの」
その言葉に同意するように、エミリアとリースが何度も頷いていた。
それからフィアは幼子を叱るように俺の額を軽く小突いたが、すぐに笑みを向けながら愛おしそうに頬を撫でてくれた。
「とにかく無事で良かったわ。だけどしばらく激しい訓練は禁止よ」
「わかっているさ。骨が折れているし、しばらくは運動を控えるよ」
「今こそ私の出番ですね! シリウス様の従者として食事からお風呂、そしてあれも含めたお世話はお任せ下さい!」
「相変わらずだね……」
リースの治療魔法は骨に対して効果が少し薄い。更に今回は罅どころか完全に折れているようなので、己の治癒力を高めてじっくり治す方が良いだろうな。
本来なら完治に数ヶ月近くは必要とする怪我だが、魔力で治癒力を高めていれば二、三日である程度は動かせるようになるだろう。
とにかく女性陣の様子からして、しばらくは大人しくしていた方が良さそうだ。
そして腕の治療が終わり、最後に包帯と枝で右腕を固定していると、処置が終わるのを待っていたカレンと母親のフレンダが近づいてきた。
「……もう平気なの?」
「ああ、腕は少し時間がかかりそうだけどもう平気だぞ。それよりカレン、俺が使った魔法をしっかりと見ていたか?」
「うん! 凄かった!」
初めは俺の傷を見て痛々しそうな表情をしていたが、大丈夫だと理解するなり目を輝かせながら翼を羽ばたかせていた。
しかし思い出している内に疑問が生まれたのか、翼の動きが止まると同時に可愛らしく首を傾げていたのである。
「でも、カレンに出来るのかな? 最後の魔法はちょっとだけ怖かった……」
「別に全部覚えようとしなくてもいいんだ。俺が魔法を見せたのはな、無属性だろうと頑張れば竜族を相手に戦えるって事をカレンに教えてあげたかっただけなんだよ」
世間では適性属性が無属性では不遇だと言われ、それは有翼人も例外ではない。
この里へ来る途中に見せた『インパクト』で無属性の良さをある程度理解していたが、今回の戦闘でしっかりと刻み込まれた筈だ。
「さっきの見せた魔法の中で、カレンが使いたいと思った魔法はあったかい?」
「えーとね……カレンは空を飛ぶ魔法を使ってみたい!」
おそらくカレンが言いたいのは『エアステップ』の事だろう。
だがあれは魔力の消耗が激しい上に、中途半端な足場を作っていると落下する可能性が高い。更に足腰も鍛えなければならないので、今のカレンにはまだ早いだろう。
そう説明しても興奮が冷めないのか、カレンは両手や翼を動かしながらはしゃぎ続けていた。
「カレン。シリウス君は疲れているんだから、その辺にしておきなさい」
「う……ごめんなさい。でも……」
「わかっているわ。カレンが空を飛べるようになるのを、母さんも楽しみにしているからね」
「うん!」
やはり母親だけあってカレンの気持ちを理解しているようだな。
頭を撫でて娘を落ち着かせたフレンダだが、そのまま俺の前に座るなり少し咎めるような視線を向けてきた。
「シリウス君が無事で良かったわ。でもね、恩人が怪我する姿はあまり見たくなかったかも」
「心配おかけしました。ですが貴方の娘さんを教育する許可を貰った以上、実力をしっかりと見せてもおきたかったので」
「ええ、無理を言ってついてきて良かったわ。シリウス君の強さもだけど、この子が懐いた理由もね」
しかしすぐに優しい笑みを向けてきたので、彼女は別に責めているわけではなく単純に俺の心配をしていただけだろう。
親愛の情を向けられて少しだけ気分が楽になった俺は、ゆっくりと立ち上がってメジアの下へ向かっていた。余談だが、エミリアとホクトが心配してピッタリとくっ付いているので歩き辛い。
『もう腕は大丈夫のようだな』
「皆の御蔭でなんとかな。それより、俺と戦って少しは気が晴れたのか?」
『そうだな。少なくとも、兄がお前に負けたのも当然だという事はわかったよ』
現在のメジアは竜の姿なので表情の変化がわかり辛い。
だが言葉の節々からどこか迷いが残っているようにも感じられた。
「……まだ何かありそうだな?」
『いや、そういうわけでは……』
『メジアよ。この際だから全部吐いてしまえ』
『ああ、お前は負けたのだから彼の質問に答えるべきだ』
ゼノドラとアスラードの後押しもあって観念したのか、メジアは俺が穴を開けた山を見上げながら呟いていた。
『確かに気になる事があるが、これは私的な話だ。聞いたところでお前を不快にさせるだけかもしれん』
「それでもいいさ。話す事によって気持ちが楽になる事もあるだろう?」
『……いいだろう。今更考えても仕方がないと理解はしているのだが、兄は何故……父を殺してまで禁忌を破ったのかと思ってな』
その疑問はゴラオンがいなくなった時から心に残っているらしく、一時的に忘れても不意に思い出しては悩むそうだ。
今回はその手の関係で俺と戦う事になったから、深く思い出してしまったわけだな。
『兄は強さを求めるあまり、家族すら犠牲にした大罪人だ。そんな相手を一度遊んでくれただけで兄と呼んでいる俺は何なのかと思ってな……』
「……俺が言えた義理じゃないが、メジアの考えは少し違うと思う」
『何だと?』
「お前たちから聞いたゴラオンと、実際に会って感じたゴラオンから推測するに、メジアの事は弟として見ていたような気がするんだよ」
ゴラオンは強者と戦う悦びより、ただ殺しを楽しむ殺人鬼だった。
だからこそ当時は子供だったメジアを狙わず、大人である父親を狙った事が気にもなっていたのだ。
「強くなる為に結晶を欲しがったのに、最初に父親を狙っている時点で変なんだよ」
『それは父の力を得る為だろう。不意を突かれてやられたとはいえ、父は里で五指に入る実力を持っていたからな』
「それだよ。奇襲や不意を突くような奴が、一番仕留め易いメジアを狙わない時点でおかしい』
同族食らいを禁忌と知っていながらもやる奴なのだから、結晶も一つだけで満足するとは思えない。
普通に考えて強者である父親より、仕留め易いメジアから奪う方が遥かに楽だろう。
家族ならば子供のメジアを遊びに誘った時に、誰もいない場所へ誘って密かに始末するくらい容易い筈だ。目を離した隙に魔物に襲われたとか、竜族でも子供なら十分あり得る話だからな。
だが……メジアは生きている。
そこで俺の言いたい事に弟子たちも気付いたのか、エミリアが代表するように呟いていた。
「もしかして……弟だから狙わなかったと言う事でしょうか?」
「あくまで可能性の一つだけどな。一度しか遊ばなかったのも、情が移るのを避けようとしたのかもしれない」
単純に思慮が浅い奴だったという可能性もある。
しかし本人が存在しない以上、真相は闇のままだ。
とはいえ……。
『……随分と都合の良い考え方だな』
「自覚はしているよ。けど、都合が良くて何が悪いんだ?」
俺から聞かされなくても、ゴラオンの事は死んでいると思っていたのだ。
その出来事が何十年前なのか知らないが、今まで……そしてこれからも悩み続けるくらいなら割り切った方が遥かにマシだろう。
前世で学んだ一つの考え方でもある。
「時には気持ちを切り替えて前を向く事も必要だと思う。それに、俺の考えも間違っているとも言いきれないだろう?」
『……そういう考え方もあるのだな』
「すぐには無理とは思うが、これからじっくりと考えればいい。今のメジアは心に余裕を持つ事が必要なんだ」
精神的に余裕がなければ物事が上手く行かないものだからな。
それにどんな大罪人だとしても、一人くらい味方や兄と呼ぶ相手くらいいても良いと思うし、いっそ反面教師として捉えてしまうのもいいかもしれない。
奴の所業を許すつもりはないが、弟子たちの精神を大きく成長させてくれた点だけは感謝しているからな。
俺の言葉に耳を傾けていたメジアは途中で竜から人の姿へと戻ったが、その表情は試合前より穏やかに見えた。
『……兄を倒した相手に諭されるのも不思議なものだな』
『だが、悪くはないのだろう? お前の表情を見ればわかるぞ』
『ああ……悪くない』
ゼノドラの言葉に頷くメジアは、暗闇の迷路に一筋の光を見つけたように晴れやかであった。
今日のホクト 『カレンと秘密特訓』
ご主人様がメジア君と戦ったその日の夜、一人外に出ていたカレンちゃんはホクト君と向かい合っていました。
カレンちゃんは少し前までホクト君を怖がっていましたが、今では全く怖くないようで、少し困惑気味なホクト君の前で仁王立ちしています。
「今からカレンは秘密の特訓をしようと思うの!」
「……オン」
その宣言を聞いてホクト君が真っ先に浮かんだのは、何故カレンちゃんが秘密の特訓という言葉を知っているのか……という疑問でした。
どうやらレウス君が夜中に剣を振っている姿を目撃し、質問したら秘密の特訓だと答えたからのようです。
ホクト君は余計な知恵を植え込んだレウス君を後で叩いておこうと決めました。
女性だけに限りませんが、子供に寝不足は大敵ですので。
ちなみに家の窓からご主人様やフレンダさんが見守っていますが、これは秘密の特訓なのです。
「空を飛ぶのはまだ駄目って言われたから、まずアスじいでも千切れないような糸を作るね」
「……オン」
「そうすればお兄さんとおかーさんに褒めてもらえるよね」
「オン!」
ご主人様に褒められたいという気持ちは非常によくわかります。
更にご主人様と母親も止める様子がないので、しばらく真面目に付き合う事に決めました。
「……出来た! 引っ張ってホクト」
「オン!」
そしてカレンちゃんが一生懸命作った魔力の糸は、まるで手錠のようにホクト君の両前足に結ばれましたが、ホクト君が少し力を込めれば容易く千切れてしまいました。
下手すれば竜族より力の強いホクト君なので当然の結果でしょうが、今のカレンちゃんにわかる筈がありません。
「もう一度!」
「オン!」
今度は三重にしてみましたが、糸はあっさりと千切れました。
「じゃあ太くして捻る!」
「……オン!」
……千切れました。
「むー……もっともっと増やすの!」
「オン!」
すでに人では不可能な強度かもしれませんが、ホクト君は容赦なく千切ります。
相手は子供なので、わざと千切れない演技をするべきかもしれませんが、ホクト君は甘くありません。
何故ならば、甘く見たせいで現状で満足し、いざという時に力が足りない……という失敗をさせない為です。
更にカレンちゃんはご主人様の弟子でもありますので、先輩として厳しくー……。
「うぅ……何でぇ……」
「……オン」
「え……千切れないの? やった!」
……泣く子には勝てないホクト君でした。
長々とお待たせしました。
まずは一ヶ月も空けてしまい、申し訳ありません。
そして久しぶりなのに、あらすじからボケてすいません。
今まで何をやっていたのかと問われれば、リアル仕事に書籍作業やらと色々ありますが、一番の問題はメジアとの戦いが上手く書けませんでした。
色々と考えましたが、結局メジアとは殺し合いではないので、トラップ地獄で動きを抑える、ゴラオンと同じ結果にする方向にする事に。
次回から、この章の終わりに向ける流れになります。
そして次の更新ですが……まだ書籍作業が終わらず、締め切りが結構不味いので未定となります。