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俺のこだわり

 前回のあらすじ


 ※注意

 あらすじじゃないだろ……と、思う方もいると思いますが、小ネタと思って寛容な心でご覧ください。




ホクト・ノエル・ディー『【審議中】 ( ´・ω) (・ω・`) (ω・` ) 』


シリウス「……いきなり何を審議している?」


ノエル「それはもう、誰があらすじを語るかですよ!」

ディー「いや、俺はただ呼ばれただけなんだが……」

ホクト「オン!」


シリウス「誰がも何も、すでに始まっているんだが?」


ノエル「はっ!? こ、これは不味いですよ! さあ、あなたも一緒に!」

ディー「だから俺は別に……」

ホクト「オン!」


ノワール「えーと……竜族のメジアさんに戦いを挑まれたシリウス様は、苦戦しながらも勝利して、メジアさんの抱えていた悩みも解決させた……そうです」


ノエル「ノ、ノワールちゃん!? いつの間に……」

ディー「だから俺は……」

ホクト「オン!」

ノワール「お母さんがいつまでもやらないからだよ」

ノエル「むむ……正論です。ですがいくら可愛い愛娘が相手でも譲れないものがあるのです。母を越えるにはまだまだ早いと教えてさしあげましょう!」

ディー「俺はー……」

ホクト「クゥーン……」


シリウス「誰か……ホクトの通訳をしてやってくれ」


 メジアとの戦いから次の日の朝、俺はいつもより少し遅い時間に目覚めていた。

 外の明るさからすでに朝の訓練を始めている時間だろうが、今の俺は負傷した右腕が完治するまで激しい訓練を禁止しているので、決して寝坊をしたわけではない。

 昨日の疲れもあるので、今回はカレンの家で寝させてもらっていた俺がゆっくりと目を開けば……。


「おはようございます、シリウス様」


 俺の枕元に座り、満面の笑みを浮かべたエミリアの姿があった。

 いつからそこにいたのかわからないが、相変わらず俺の寝顔を覗き込んでいたようだ。


「……おはよう。今日も見事なものだな」

「そんな事はありません。シリウス様は昨日の戦いで疲れていましたから、起きないのも当然かと」

「それでも勝ちは勝ちだ。おいで」

「はい!」


 現在、俺がエミリアの気配で目覚めなければ、褒美として頭だけでなく頬まで撫でる事にしている。

 なので顔を近づけてきたエミリアの頭と頬を撫でた後、俺は体を起こしてからすぐに体の調子を確かめた。

 右腕は包帯と棒で固定したままだが、昨夜は何もせずにゆっくりと休んだ御蔭もあって疲労はほとんど残っていないようだ。


「シリウス様。腕は大丈夫でしょうか?」

「ああ、もう痛みはほとんどないな。だから……」

「お断りします。ここでお世話が出来なければ何の為の従者でしょうか! それにシリウス様がこのような状態になる事は滅多にありませんし、今こそ存分にお世話を……」

「せめてその荒い鼻息を抑える努力をしてくれないか?」


 着替えくらいなら普通に出来るのだが、エミリアは手伝うと言って離れようとしないのである。

 そんな一悶着がありながらも、着替えを済ませた俺が外の井戸で顔を洗っていると、朝の訓練で外を走っているリースとフィア、そしてレウスと人の姿になった三竜の姿が見られた。

 よく見ればホクトも走ってー……いや、レウスと三竜を狩りに行くような動きで追いかけていたが、俺が起きているのに気付いて立ち止まっていた。

 そして尻尾を振りながら俺の下に駆け寄ってくるのだが、目の前に立ったホクトの姿に目を疑った。


「オン!」

「お前……ホクトか?」


 驚く事に、ホクトの背中に翼が生えていたのである。

 不揃いであるが純白に輝く翼が見られ、百狼とは将来飛べるようになるのかと思ったが……。


「くー……」

「……器用に眠っていますね」


 ホクトの背中にカレンがうつ伏せで寝ているだけだった。

 朝の訓練をしている筈のカレンが何故そこで寝ているとか、ホクトもそんな状態でレウスと三竜を追いかけているとか……朝から突っ込みどころ満載である。

 俺の困惑も知らず尻尾を振るホクトの頭を撫でていると、走り終わったリースとフィアが汗を拭いながら説明してくれた。


「途中までは普通に走っていたんだけど、昨日のシリウスさんを見たせいか、ちょっと張り切り過ぎちゃったみたいなの」

「それでホクトに家まで運んでもらおうと思ったんだけど、ちょうどいいハンデだからってそのまま……」


 ちなみにカレンへの本格的な訓練を始めて判明した事だが、カレンは疲労がある程度に達するとスイッチが切れるように眠ってしまうのである。

 それはもう突然落ちるので、初めて見た時は驚かされたものだ。

 そんなカレンをエミリアが抱き上げて回収していると、ようやく追跡劇から解放されたレウスと三竜が俺の近くに戻ってくるなり崩れ落ちていた。


「はぁ……はぁ……た、助かりました、シリウス殿」

「先程からずっと……追われ続けていましたので……息が……」

「貴方が来なければ……我々はまた地面に叩き付けられて……」

「オン!」

「ふぅ……いくら竜族の頑丈な肉体と体力があろうと、体を上手く使いこなせなければ無駄に疲れるだけだ。その疲労が何よりの証拠……って、ホクトさんが怒ってるぜ」

「「「は、はい……」」」


 俺はただやって来ただけなんだが、三竜からやけに感謝されていた。

 一方、息を乱してはいるがレウスは冷静に翻訳している。まあ、一年近くホクトにしごかれれば慣れもするだろう。


「それにしても、背中に乗ったカレンを落とさないように走り続けるなんて見事なものだ」

「カレンちゃんを起こさなかった事に驚かないのですか?」

「この子が揺らした程度で起きると思うか?」

「……ですね」


 その気になればどこでも寝られ、蜂蜜を使わなければ中々目覚めない事はよく知っているからな。

 とにかくホクトは皆を鍛えながらも、しっかりと己を鍛えているようだな。

 理解はしているのだが、皆が努力を続けている姿を見せられるとなんだかもどかしくなってくる。

 腕は使わずに足腰を鍛えるだけなら……。


「……駄目です」

「駄目だからね」

「駄目よ」

「……わかった」


 女性陣の咎めるような目に断念せざるを得なかった。表情に出したつもりはないのだが、よくわかったものだ。

 そう伝えればエミリアは自信満々に、リースは苦笑しながら、そしてフィアは片目を閉じながら頷いていた。


「主の考えを察するのも従者です」

「私は……何となくかな。でも外れてはいなかったんだし、今日くらい訓練は……ね?」

「そういう事。貴方なら自分の体調管理くらい出来ていると思うけど、上が休む姿を見せるのも必要でしょ?」


 俺が弟子たちを見るように、彼女たちもまた俺を見ているわけか。

 言葉の端々から感じる気遣いに、俺は降参とばかりに両腕を上げるしかなかった。


「あんたたち、ご飯出来たよー!」


 負けを認めたところでデボラが大きな声で呼んできたので、俺たちはカレンの家へと戻るのだった。




 朝食後、俺たちは目覚めたカレンを連れてある場所へとやってきた。

 そこは集落から少し離れた場所なのでゼノドラに運んでもらったのだが、目的地に到着するなり人の姿になったゼノドラは俺に質問してきたのである。


「お前も不思議な男だな。こんな森に何の用があるのだ?」

「俺の予想が確かなら、あれは食材になるんだよ」


 ここはメジアと戦う為に移動していた時に見つけた場所で、俺が指差した先には前世に存在した竹林が広がっていた。

 俺からすれば新たな食材の発見だが、この周辺に住んでいる竜族と有翼人からすれば当たり前にある森なので、ゼノドラとカレンは揃って首を傾げるばかりである。


「食べるって……凄く硬そうだよ?」

「人の身で食べるには硬い木だぞ? 有翼人どころか、我々竜族にも好き好んで食べる奴は少ないだろう」


 余談だが……竜族は雑食で、基本的に何でも食べられる種族らしい。

 肉や野菜といった大雑把な好き嫌いはあるようだが、基本的に料理をする事はない。

 更に雑食ではない有翼人もそこまで食に拘りを持たないらしく、この里では料理のバリエーションが少ないのだ。味は悪くないのだが、外の俺たちから見ればいずれ飽きそうである。

 そんなわけもあり、俺たちが昨日作ったコロッケはゼノドラやアスラードにとってかなり衝撃的だったようだ。


 そんな俺が新たな食材と口にした竹を、ゼノドラは一本だけ切り取って食べ始めるが、噛む度に鈍い音を立てる様子に弟子たちも疑問を浮かべはじめていた。


「むう……やはり私は好きになれん味だ。それに細かいのが口の中に残るから気に食わんし、本当にこれが食材なのか?」

「さすがにあれは俺も食べたいと思わないな」

「もしかして、焼いたり煮込んだりすると大きく変わるのかな?」

「焼いたり煮込んだりするのは合っているが、食べるのはそっちじゃないんだよ」


 質問に答えながら視線を下げれば、俺以外に竹を理解しているホクトがすでに地面を掘り始めていた。

 そしてある程度穴を掘ったところでホクトは戻ってきたので、俺はそこに向かって目的の物をナイフで切り取って持ち帰り、皆に見せるように足元へ置いた。

 もはや説明の必要もないだろうが、それは前世にあったタケノコである。


「食べるのはこの生えかけの方だ。こっちは柔らかいから、適切な処置をすれば食べられる筈だ」

「へぇ……本当だわ。これなら私たちの歯でも大丈夫そうね」

「良い感じで歯応えがありそうです」

「結構な大きさだが、さすがに一個だけじゃ足りないよな。皆で手分けして集めるとしよう」

「よっしゃ! 掘るぞ!」

「うむ、傷つけないように掘ればいいんだな?」


 そして全員で手分けしてタケノコを掘り続け、ある程度集まったところで皆に声をかけた。


「これだけあれば十分か。それじゃあ、早く家に戻って準備しないとな」

「準備って、まだ朝食を食べたばかりですよ?」

「こいつは色々と処置が必要な食材なんだ。それに、もしかしたら食べられない可能性もある」


 形は前世のタケノコとそっくりなのだが、異世界産なのでどこか違うかもしれないからな。

 ホクトの反応からして毒はなさそうだし、まずは普段通りの処置をしようかと思っていると……。


「お? 皮を剥いたら食べられそうなのが出て来たぜ」

「ふむ、これは中々良さそうではないか。どれ、味見を……」

「あ、ちょっと待てー……」


 色々と考えていたせいか、俺はレウスとゼノドラの行動に気付くのが遅れてしまった。

 二人は俺の制止を聞く前に、タケノコの皮を剥いて齧りついてしまったのである。

 その瞬間……。


「「ぐはっ!?」」


 激しく吹き出していた。

 レウスはとにかく、雑食の竜族ですら吐き出させるとは……ある意味凄まじいな。

 ちなみにタケノコは、切られると苦い成分を生み出し始めるので、この二人が吐き出したのはそのせいだろう。

 なのでその苦い成分やえぐみを抜く為、水に入れて煮込む灰汁抜きが必要なのである。

 しかし……収穫直後なら大丈夫な場合が多いのだが、このタケノコは最初から苦みやえぐみが含まれているのかもしれない。


「灰汁を抜いても大丈夫かどうか心配になってきたな」

「ああ、処置とはそういう事だったのですね」

「そうしないと食べられないもの……か。手間がかかりそうだけど、味が気になるところね」


 食べた二人の反応を見る限り不安になるが、とにかく試すだけ試してみるとしよう。

 そしてタケノコの苦さに悶える二人はリースに助けを求めていたが……。


「リ、リースねぇ……み、水……くれ」

「ごふ! ぐぬぅ……私にも頼む」

「うーん……これは確かに凄い味だね。でもこの苦みと渋いのがなければ美味しい料理になりそう」

「「えっ!?」」


 タケノコを齧っても平然としているリースを見て絶句する元気があるなら大丈夫そうだな。




 それからカレンの家へと戻った俺は、家の外に簡易的な竈を作ってタケノコの灰汁抜きを行っていた。

 大きな鍋に入れたタケノコは水で煮るだけなので、火力の調整だけに気をつけていればいいのだが、他の作業も行っている俺は先程から竈の前に張り付いたままだった。

 火に掛けた鍋は幾つもあり、その内の一つに魔物の骨と水だけ入ったものを煮込み続けているものもある。ちなみにこの骨は、帰り際に狩った豚のような魔物をエミリアに捌いてもらった骨だ。

 そんな俺の少し離れた場所では……。


「ん! えい! や!」

「その調子だ。少しずつだけど、足の裏に魔力が集まっている気がするぜ」

「もうちょっとよ、カレン! 今のは惜しい気がしたわ」


 レウスとフレンダに見守られながら、『エアステップ』の練習をするカレンの姿があった。

 しかしいくらやり方を教えてもらおうと、魔力を蹴るという事が簡単に出来る筈もなく、カレンはその場で何度も飛び跳ねるだけである。

 だが一生懸命に跳ねる姿が微笑ましく、何だか癒される光景でもあった。


「こう……ぴょんと飛んだ時に、足の裏でぐっとする感じをだな……」

「ぴょんと飛んでから、ぐっ! なのよカレン!」

「ぴょん? ぐっ?」

「……まずは魔力を踏んでいるという感覚を体で覚える必要があるんだ。空中で何か踏んだと思ったら近づいている証拠だから、その感覚をよく覚えておきなさい」

「わかった!」


 レウスの感覚的な説明があまり通じていないようなので、カレンには詳しい説明の方が合っているようだ。

 俺はそんなカレンへの助言とレウスのフォローをしながら、竈全体の火力調整や鍋の中身をかき混ぜているわけである。


 妙にほのぼのとする訓練はしばらく続き、カレンに疲れが見えたところで休憩になった。

 息を乱しながらエミリアから貰った水を飲むカレンだが、それでも俺の作業に興味があるのか近づいてきた。


「ねえ、何で骨を煮込んでいるの? 食べられるの?」

「これか? やり方次第では食べられなくもないが、こいつをずっと煮込み続けると濃厚なスープが出来るんだよ」

「スープ……美味しいの?」

「人によっては濃厚過ぎるかもしれないが、美味いぞ。そっちはどうだ?」


 タケノコはしばらく放置しても大丈夫なので、俺は骨から出る灰汁を掬いながら、隣で作業をしていたエミリアとフィアに声をかけた。

 二人の前には、処置を済ませた後で細く切られた無数のタケノコが網の上に並べられている。


「はい。こちらの作業は終わりました」

「言われた通り間を空けて干したけど、このタケノコは干して大丈夫なの?」

「そうする事で旨味が濃縮するんだ。ついでに精霊に頼んで、その周辺の空気を循環させて乾燥を早めてほしいところだな」

「まさか風の精霊に乾燥を手伝わせるとはね。そんな使い方するのって貴方くらいよ、きっと」

「戦いに使うよりマシだと思うんだが、さすがに不味いか?」

「うーん……別にいいんじゃないかしら? この子たちも文句は言ってこないし、むしろ構ってほしいみたいよ」

「それでいいのか、精霊」


 まあそんな事を頼んでいる俺も大概だけどな。一応言っておくが、俺は別に精霊を馬鹿にしているわけではない。

 すると近くで肉を捌いていたリースが、俺たちのやりとりを聞いて苦笑していた。


「精霊は自分と反発する環境だと嫌がるけど、普段は力を使わせてくれた方が喜ぶみたい。結構寂しがり屋さんなんだよ」

「そうね。気まぐれな時も多いし、場合によっては子供をあやしているような気分になるわね」

「精霊を信仰している人には聞かせられない台詞だな」


 気にする必要がないなら、フィアに任せておくとしよう。

 そしてタケノコが十分煮えたところで鍋を火から外していると、近づいてきたカレンが箸を手にしている事に気付いた。

 そういえば、タケノコについて説明するのを忘れていたな。


「もう食べられるの?」

「いや、こいつはこのまま冷めるまで置いておかないと駄目なんだ」


 タケノコは茹でる事ではなく、お湯が冷める過程でえぐみの成分が抜けるからだ。

 楽しみにしているカレンには悪いが、食べられるとしたら夕食だろう。


「じゃあスープは?」

「すまない、こっちの方はもっと時間がかかりそうなんだ。訓練と同じで、長く続ける事が大切だからもうしばらく待っていなさい」

「うん……わかった」

「残念ねぇ……」


 するとカレンだけでなく、いつの間にか隣にいたフレンダも残念がっていた。

 並んで落ち込んでいる様子は実に親子らしいのだが、とある猫耳の妻を彷彿させる姿でもある。

 俺たちに気を許し始めているのか、色々と素が出始めているようだ。




 そして、その日の夕食はタケノコを使った料理が並んだ。

 タケノコをそのまま焼いたものや、俺たちが持っていた調味料を使った煮付け等と種類は少なめだが、タケノコ自体は好評のようである。

 特に有翼人の舌には合っているらしく、次々とタケノコに手が伸びていた。


「これがあの細長かった木なのかい? 中々美味しいじゃないか」

「この微妙な歯応えがいいわね。早速皆にも教えてあげなきゃ」

「美味しい!」


 農業はしているが、いざとなれば竜族が周辺の森から食材を調達してくれるので、竹の事を妙な木としか思っていなかったそうだ。

 一方、処置前のタケノコを齧ったせいで食べるのを戸惑っていたゼノドラだが、皆の様子を見て一口食べるなり顔色を変えていた。


「ほう……あんなにも苦かったのがこれ程変わるのか。爺さんも早く食べてみるがいい」

「……断る!」


 ゼノドラの横には新たな食材を手に入れたと聞いてやってきたアスラードもいるのだが、使われている食材がタケノコ……竹林から取って来た物だと知るなり拒絶し始めたのである。


「私はいらん! 作ってくれたお前たちに悪いが、私はそれが嫌いなのだ」

「何を子供みたいな事を言っておるのだ。我慢して食べるくらいー……」

「断る!」

「アス爺、これ美味しいよ?」

「くっ……それでも無理なのだ。私はコロッケがあれば十分だよ」

「アスラードさん、何があったんだ?」


 付け合わせ程度に作っておいたコロッケを口にしながら、アスラードは遠い目をしながら過去を語り始めた。

 その昔、まだ幼かった頃のアスラードはタケノコを偶然見つけてしまったそうだ。更に興味本位でそれを丸ごと食べてしまい、あまりの苦味とえぐみによってしばらく食事が怖くなる程の苦しみを味わったそうだ。

 大袈裟かもしれないが、現にたった一口だけでレウスとゼノドラがあれだけ苦しんだのだ。そんな物を一口で食べてしまえば苦手になるのも当然かもしれない。


「それよりコロッケはもう残ってないのか? 私はもっと食べたいのだが」

「我儘な爺さんめ。ご馳走になっておきながら、その態度はどうなんだ?」

「カレンもコロッケが食べたい!」

「ほら、カレンもこう言っているぞ? 後で報酬を用意してもいいから、もっと作ってくれないか?」

「長としての誇りはどうした?」

「まあまあ。コロッケならまだ残っていますから、落ち着いてください。エミリア」

「はい。すぐに用意しますね」


 明日の朝にでも使おうと思っていたものだが、催促されたのなら仕方あるまい。

 それに……アスラードにはちょっとでも貸しを作っておかないとな。





 そんな風に新たな料理の開発に勤しんだり、カレンに魔法を教えたりする内に数日が経過した。

 その頃には他の有翼人も俺たちに慣れ始め、多少であるが自然と話しかけてくれるようになっていた。カレンを救ってアスラードに認められただけでなく、フレンダとデボラの伝手で新たな食材を広めたりした事が功を奏したらしい。


 すでに右腕も完治したので、リハビリも兼ねた午前中の訓練を終えた俺は、カレンの家に隣接するように建てられた小さな小屋にやってきた。


「……よし。これだけ煮込めば十分かな?」


 骨だけでなく、様々な食材を一日かけて煮込み続けた鍋の蓋を開ければ、濃厚な匂いが周囲に広がった。するとその匂いに惹かれ、一緒に来た弟子たちが興味津々に鍋を覗き込んでいた。


「おお……何だか凄い匂いだな」

「シリウス様。これで完成なのですか?」

「スープはこれで完成だ。後は外の状況次第だな」


 そして小屋の外に敷いてある網の上も確認したが、こちらも良い具合に乾燥していた。

 切ったタケノコを発酵させるのを忘れたりはしたが、色々と試行錯誤を繰り返した御蔭でようやく成功したようだ。

 これでようやく全ての準備が整ったので、俺は弟子たちに宣言していた。


「皆、待たせてすまなかったな」

「遂に……だね!」

「新しい料理だな、兄貴!」

「ああ。これで念願のトンコツラーメンが出来るぞ!」


 豚に似た魔物の骨なのでトンコツと呼ぶには少し苦しいが……味はそれに近いので良しとする。

 俺は今まで様々な麺料理を作ってきたが、ここまで本格的なトンコツラーメンを作ろうとしたのは初めてなのだ。

 それは欠けていた食材があったせいなのだが、それもこの集落に来て揃ったのである。


「乾いてカチカチになっているわね。それで、この干からびたタケノコをどうするの?」

「お湯で戻してラーメンに入れるのさ。今日の昼食にするから、早速準備に取り掛からないとな」

「戻す? 何だかよくわからないけど、乾燥させただけでそこまで変わるものなのかしら?」

「それは食べてからのお楽しみだな。ちなみにこの状態だとメンマって名前になるんだぞ」


 俺はメンマがないとラーメンとあまり認めたくない。

 個人的な拘りだが、前世の料理を再現する時は味をなるべく似せるだけでなく、具材も揃えたいと考えてしまうのである。

 このタケノコがメンマに適していない可能性もあったが、それも杞憂に済んだようだ。

 チャーシューといった他の具材はすでに用意してあるので、今から作りはじめれば昼食の時間に間に合いそうだ。


「よし、ここから一気に仕上げるとするか。エミリア!」

「はい!」


 カレンの家の調理室を埋めてしまわないように、わざわざ隣に小屋を建ててまで頑張った甲斐があったものだ。

 エミリアが用意してくれた小麦粉で麺を打っていると、フレンダと共にやってきたカレンが俺を見て首を傾げていた。


「お兄さん、何か嬉しそう」

「ん? そりゃあ嬉しいさ。自分が作りたいと思ったものが出来そうだったら、誰だって嬉しいものだろう?」

「……うん」


 しかしカレンの表情は少し暗い。

 数日に亘って訓練を続けているのに、未だに『エアステップ』が成功していないからだ。

 足場を作って僅かに空中に留まる事までは出来たのだが、前方に飛ぶ事が出来ず落ちてしまうのである。足りないものは魔法ではなく体力に関する技術なので、今まで激しい運動をしてこなかったカレンが簡単に出来る筈もない。

 要するに、カレンはちょっとした壁にぶつかっているのだ。

 先に教えた『インパクト』や『ストリング』の魔法がすぐに使えるようになった分、悩み出すのも早いわけだ。

 俺は麺を打つのを一旦止めて、どこか焦りの表情が見えているカレンの目を覗き込んだ。


「カレン。さっきも言ったが、俺が作ろうと思っていた料理がもう少しで完成なんだ」

「だから嬉しいんだよね?」

「ああ。ところでカレンは、この料理を完成させるまでに俺が何回失敗したか覚えているか?」

「えーと……三回。味が変だとか、臭いとか……お兄さん、凄く悔しがってた」


 そう……このスープが完成するまでに、俺はすでに三回も失敗している。

 味の癖が強過ぎたり、無視出来ない生臭さが残ったりと、実に苦い思いを繰り返してきた。なまじ料理に自信があるだけに尚更だ。

 そんな光景を隣で眺め、内容もしっかりと覚えているカレンに俺は告げた。


「つまり俺も失敗はするってわけだ。それでも諦めずに繰り返し、コツを掴んできた結果がこれなんだ。これは魔法にも言える事じゃないか?」

「……うん」

「そこにいるレウスも、『エアステップ』が使えるようになるまで相当時間がかかったんだ。だからカレンが焦る必要はないんだ。ほら、嫌な事ばかり考えていないで、こいつを食べて元気を出しなさい」


 お湯で戻して味付けをしていたメンマを一切れ食べさせてやれば、カレンは目を輝かせながらもっと欲しいとせがんできた。

 昼食まで我慢だと言い聞かせて何とか下がらせたが、そんな事をすれば当然うちの子たちが黙っている筈がない。

 リースを先頭に俺の前に並んでいたので、結局全員に一切れずつメンマを食べさせる羽目となった。


「タケノコに近いようで違う……何とも不思議な食感です」

「ラーメンも美味そうだけど、これも美味いな!」

「お米にも合いそうな味だよね。これならもっと掘っておくべきだったかも……」

「うん、名前が変わるだけはあるわね。結構美味しいじゃない」

「少し減ったけど、これくらいなら許容範囲か。あ、フレンダさんも一つどうですか?」

「え、ええ。じゃあ、もらおうかしら」


 どこかぼんやりとしていたフレンダだが、メンマを食べるなりカレンと同じように目を輝かせていた。

 そして俺の言葉を聞いて少しだけ表情が柔らかくなったカレンを見ながら、俺は再び麺打ちを再開するのだった。




 皆と協力して麺と具材を大量に用意したところで、ゼノドラとアスラードだけでなく、メジアと三竜も呼んでトンコツラーメンのお披露目となった。

 メジアとはあれからほどんど会っていなかったが、出会った当初の険はほとんど消えており、どこか穏やかな顔つきになっていた。

 突然呼ばれ、目の前に出されたラーメンを竜族たちは不思議そうに眺めていたが、スープを一口飲めば目を閉じて深い溜息を吐いていた。


「これは……良いな!」

「ああ。まるで大きな肉を食べているような気分だ」

「「「美味しいです」」」

「うーむ……見事だ。コロッケも美味かったが、これはそれ以上だぞ!」


 竜族ゆえか、舌が火傷しそうなスープでも平然と飲んでしまう点はさすがだと思う。

 だが……。


「なるべくスープは麺を絡めて食べてほしいですね」

「この細いのをか? ちと難しいが仕方あるまい」

「おかわりお願いします」

「兄貴、おかわり!」

「お兄さん、おかわり!」

「はいはい。次が茹で上がるまで待ちなさい」


 試験的なものなので、スープの量に限界があるのだ。なので今回は替え玉を中心に食べてもらいたいのである。

 弟子たち以外はフォークで食べ辛そうだが、皆が次々と替え玉を頼むので麺を茹でるだけでも大変だ。

 そんな中、竜族の中で一番トンコツラーメンが気に入ったと思われるアスラードがおかわりを要求してきた。


「麺とやらも良いが、この少し固いやつも美味いな。だからもっと入れてくれないか?」

「それはいいですけど、本当にいいんですか?」

「何がだ?」

「それはメンマと言いまして、以前アスラード殿が嫌いだと言っていたタケノコですから」

「…………」


 その時のアスラードは何とも形容しがたい表情をしていたが、結局スープどころかメンマも綺麗に完食していたので大丈夫そうである。

 こうして新たな料理は皆に受け入れられ、満足のいく結果となった。






 ……だが、この話には続きがあった。


『というわけでシリウスよ。この竜たちにトンコツラーメンの作り方を教えてやってほしいのだ』

「…………」


 次の日、朝からアスラードに呼び出されたかと思えば、俺の前には竜の姿になったゼノドラとメジアだけでなく、初対面と思われる若い竜族が何人も並んでいたのである。


『うむ……お主がそんな微妙な表情をしたくなる気持ちはよくわかるぞ。だが、今朝になって長がお主にトンコツラーメンの作り方を教わってこいと言い出したのだから仕方があるまい。さすがに私も呆れたが、長の気持ちもわからなくもないのでな』

『悪いが俺も同意見だ。あれはまた食べたい』

『『『『よろしくお願いします!』』』』


 昨日は複雑な気分で帰ったアスラードだが、これは相当ラーメンが癖になってしまったようだな。

 この集落の滞在期間は長くなりそうである。




 今朝のホクト



「「「ひ、ひいいぃぃ――っ!?」」」

「叫ぶ暇があれば走れ! ホクトさんの機嫌を損ねる走りをすれば、速攻で仕留められるぞ!」


 その日、朝の訓練でホクト君はレウス君と三竜たちを追いかけていました。

 いえ……追いかけているのではなく、それは完全に狩りでした。追いつかれてしまえば、ホクト君の放つ肉球プレッシャーの餌食になるのですから。


「ちょ、ちょっとカレンちゃん! こんな所で寝ちゃ駄目だよ!」

「うーん……駄目だわ。これは当分起きそうにないわね。ねえホクト、ちょっとこっちへ来てくれる?」

「オン?」


 そこで突然呼ばれたホクト君は狩り(レウスと三竜から見て)を中断して、フィアさんの下へ駆け寄りました。

 ちなみにホクト君は、フィアさんの事をご主人様を支える人として認め、戦友のように信頼しているようです。


「カレンがダウンしちゃったから、家に運んであげてくれないかしら? 少し家から離れているし、私たちは訓練の途中だから」

「オン!」


 任せろとばかりに吠えたホクト君がカレンちゃんを背中に乗せたところで、レウス君と三竜が休んでいる姿を見てしまったのです。

 どうやらカレンを運ぶ為に訓練が一時中止だと思っているようです。

 まだ休憩だと言った記憶はありませんし、軟弱な精神だなと思ったホクト君は……。


「オン!」

「え!? いや……でもそれだと……」

「な、何だ!?」

「何か怒っているように見えるが……」

「ホクト様は何を言っておられるのだ!?」

「ちょ、ちょうどいいハンデ……だってよ! カレンを落とさない分、全力で俺たちをー……」

「「「きたーっ!?」」」


 不敵な笑みを浮かべながら突撃するのでした。


「ぬああぁぁ――っ!?」

「な、何故カレンを背負っていながらーっ!」

「速くなっているのだああぁぁ――っ!」

「いいから逃げろって! あの状態でも遠慮なく潰してくるんだぞ!」


 こうして狩り(他人から見ても断言出来る程)は、ご主人様がやってくるまで続くのでした。







 おまけ



 おや……ホクトの様子が?


 ………………


 …………


 ……


 おめでとう、ホクトはホクト(ウイング付き)に進化しました。


 攻撃力、機動性がダウンしました。


 見た目と男のロマンがアップしました。


 ウイング(カレン)が付いた事により、食費がかかるようになりました。





※やばそうだったら、削除予定。






 前回は戦いがメインでしたので、今回はほのぼのとした日常パートとなりました。

 

 ちなみに料理に詳しい人からすれば、タケノコの処理や表現が少し間違っているかもしれませんが、その辺りは異世界産なので特殊……という事でご了承ください。








 皆様、お久しぶりでございます。

 更新の間が空き過ぎて、本当に申し訳ありませんでした。


 作者の近況ですが……何とか一番の山場を抜けましたので、次回から更新頻度はある程度戻りそうです。

 少なくとも一ヶ月みたいに空く事はしばらくはないかと……。



 そして気付けばあっという間に今年の終わりが近づいていますね。

 こういう作業をやっていると、本当にあっという間です。



 ちなみに現在、オーバーラップ様のホームページにて、『ワールド・ティーチャー』のコミカライズ4話が更新されています。

 更に『コミックガルド』なるページが出来た記念という事で、今なら期間限定で1話から4話まで全部読めるようです。(この更新をした時には見れました)

 興味がある方は是非ご覧ください。


 活動報告にて、クリスマスSSを挙げました。

 そちらも興味があればどうぞ。


 次の更新ですが……やはり未定となります。

 ですが先に書いたように、一番大変だった作業は終わったので、そんなに長くはならないと思います。

 出来れば今年中にもう一回くらい更新したいものです。


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