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空を恐れぬ者たち

 この戦闘において最優先すべき事はメアの救出だ。

 そして次にベルフォードを逃さない事だな。こんな狂った奴を野に放しておくのは危険過ぎる。


 敵の戦力だが、強さが未知数であるベルフォードとドラグロスに、そして二十近くの翼竜たち。全員空を飛んでいるので厄介だな。

 更に暗示によって俺たちを敵だと思い込んでいるイザベラとキースもいる。

 まあこの二人は、先程の打ち合わせ通りレウスと獣王に任せるとしよう。

 グレーテはまだエミリアと戦った疲労が残っているので、メアの救出に専念させるか。


 というわけで、実質ベルフォードと戦うのは俺と女性陣とホクトだけになる。

 数の差は大きくても、俺たちなら油断さえしなければ負けないと思っているが、それは時間を気にしなければの話だ。

 相手は明らかに逃げるつもりなので、撤退を阻止しながらの戦いになると厳しい。

 それでも……やるしかない。


「逃げるのかよ!」

「お前たちみたいな戦闘狂に興味はないね」


 レウスと会話している間に作戦を纏め、弟子たちには『コール』で、獣王には小声でこっそりと指示を飛ばしてから戦闘準備を済ませる。

 そしてレウスとベルフォードの会話が終わるタイミングを見計らい……。


「それでは獣人の王よ、貴方の娘は私が有効活用させてー……」

「散開!」


 俺は『マグナム』を放ちながら駆け出した。

 だが、放った魔力弾はドラグロスの腕によってあっさりと防がれた。距離もあるせいだが、ベルフォードも『マグナム』を警戒していたようなので当然の結果ともいえる。

 本気の『アンチマテリアル』ならば腕を貫通してベルフォードを撃ち抜けるだろうが、強力過ぎてマクダットを殺す事になるし、何よりもメアが危険だ。それは最終手段に取っておくとしよう。

 まずは牽制しながら距離を詰めようとすると、予想通りイザベラとキースが立ち塞がってきた。


「こっちだキース! 歯を食いしばりやがれぇ!」

「動くなよイザベラ!」


 打ち合わせ通り、レウスが愛用の大剣を振り下ろしてキースを、獣王に至っては体を張ってイザベラを抑え込んでいた。

 二人を横目に俺は駆け抜け、破壊された壁から飛んで空を飛ぶベルフォードへ迫ろうとするが、周囲の翼竜たちが接近を阻むように襲いかかってくる。


「アオオオォォォ――ンッ!」


 だが、俺の横をあっさりと追い越したホクトが大きく吠えれば、迫る翼竜たちを咆哮による衝撃波で吹っ飛ばしてくれた。


「オン!」

「借りるぞ!」


 道が出来ればホクトが行けとばかりに尻尾を伸ばしてくれたので、俺はそれを足場にして更に飛んだ。

 ホクトが尻尾を振る勢いも合わせて飛んだので、俺は正に矢の如くベルフォードへと迫っていた。


「邪魔をするなレウス! 俺はメアの為にマクダットを援護しなければならんのだ!」

「させねえよ! あんな状態でメアリーの為だって本気で思ってんのか!」


 一方、レウスは少し苦戦しているようだ。

 昼の試合と違ってお互いに愛用の武器なので、武器が壊れる心配もせず打ち合えるからだ。実力の差がほとんどないので、目を覚まさせるような一撃の加減が難しいのだろう。

 今は鍔迫り合いをしながら、お互いの言葉をぶつけ合っている。


「あの子は私が守る。どいて!」

「どかぬ! 今お前を自由にすれば必ず後悔するからだ! 早く目を覚ませ!」


 獣王は任せろと言ったが、イザベラの速度を考えると本当に抑えられるか少し不安だった。

 だが、己の妻なだけあって癖を知っているのだろう。気付けばイザベラを抱き締めるようにして動きを封じていたのである。

 それでもイザベラは拳や蹴りを放っているが、獣王は全て受けながらも微動だにせず説得を続けていた。くっ付いているせいで力が上手く入らないせいもあるだろうが、あれは単純に獣王が頑丈なのだろう。

 つまり、イザベラは速さで獣王は守りか?

 時折獣王が頭突きを放ってはイザベラにあっさりと回避されているが、あの状態なら放っておいても問題はなさそうだな。

 俺はこっちに専念するとしよう。


「あんたは正気かい? 竜たちを相手に空中戦を挑むとはね」

「人とずれているのは理解しているが、お前程じゃないさ」


 途中で一匹の翼竜が横から迫ってきたが、遅れてやってきたエミリアが『風玉エアショット』を翼竜の顔面にぶつけて追い払ってくれた。

 エミリアはフィアみたいに空を飛べないが、風を受けてある程度は自由に動ける。その動きを利用して迫る翼竜を避け、それどころか足場にして空中を飛び交い確実に翼竜の数を減らしていた。


 俺に背中を向けるのは危険だと理解しているのだろう、ドラグロスは正面を向いたまま城から離れようとしているが、俺はそれ以上の速さで詰め寄る。

 接近したところでドラグロスの姿を改めて確認したが、予想以上に異様であった。

 赤と青と緑の首が三つに、腕が六本。そして各色の翼が六枚も生えて……いや無理矢理縫ったようにくっ付いている。黒い鱗である胴体部分だけは一際大きいので、あれだけは別の竜なのだろう。

 簡単に言えば、四色の竜を無理矢理繋ぎ合せたようなものだな。体のあちこちに魔石が埋め込まれていたり、複雑な魔法陣が描かれていて、おそらくあの魔法陣によってドラグロスは動き、更に周囲を飛んでいる翼竜を制御をしているのだろう。


「ちっ……予想以上の早さだ。ドラグロス!」


 武器が届かなくても『マグナム』が当たりそうな距離まで接近したところで、ドラグロスの三つの首から炎と風によるブレスが放たれた。

 ブレスの範囲は広く、俺は『エアステップ』を蹴って大きく下降しながら避けたが、ブレスは複数の翼竜を巻き込んでいた。やはり周囲への被害なんか全く気にしていないようだ。

 ブレスの射線上に入っていたエミリアは何とか回避したようだが、射程は予想以上に長くて城まで届きそうだった。


「させない! 皆お願いね!」


 しかしリースが精霊魔法を発動させれば、近くの噴水から水が激しく噴き出してブレスの盾となってくれている。

 凄まじい火力のブレスだが、リースは水を相当圧縮していたらしく、幾らか蒸発させながらも耐え切っていた。

 更にブレスを凌いだ後、空中に留まった水がまるで意志を持っているかのように動き出したかと思えば激しい水が噴き出し、城へ近づこうとする翼竜へ叩きつけて追い払っていた。


「本当は川があれば良かったんだけど、この数なら噴水で大丈夫かな?」


 翼竜たちは水で押し返されるだけでダメージは少ないようだが、援護には十分な威力だな。

 水が少なくなれば再び噴水の水が噴き出して補充されるので、向こうはリースの魔力が切れるまで大丈夫そうだ。


「あんなにも水を自在に扱える者は初めて見たね。あれを実験するのも面白そうだ」

「余所見している暇があるのか?」


 下降してドラグロスの下方から回り込んだ俺は一気に上昇し、ベルフォードの逃げ道を塞ぐように空中で立ち塞がっていた。

 足元に発動させた『エアステップ』を維持し続けている状態なのだが、俺が空中に立つ姿に流石のベルフォードも驚きを隠せないようだ。


「おお!? それはどうやっているんだい!?」

「さて……な。その女の子を返せば教えてやってもいいかもな」

「それは無理だね。ふーむ、あれも魔法の類かな? ああ……お前たちは腹ただしくもあるが実に面白い! 決めた、この実験体の次はお前たちだね!」

「……そんな余裕を見せていいのか? もっと周りをよく見てみろ」


 ドラグロスを振り返らせ、城を背にした状態で俺と向き合っているベルフォードだが、相変わらず慌てる様子が見られない。

 周囲を見渡せば、エミリアが飛び交う翼竜の喉を魔法やナイフで的確に切り裂いたり、ホクトに至っては空中だというのに翼竜の尻尾を咥えて振り回し、他の翼竜へぶつける豪快な戦いっぷりを見せていた。

 とにかく戦力が減っている事に気付いている筈なのだが、ベルフォードの余裕が崩れないのが気になる。

 人質がいるからなのか、あるいはまだ何か仕込んでいるのかもしれない。


「翼竜が減ったからどうした? 私の最高傑作であるこのドラグロスに死角はないんだよ」

「なら試してみるとしようか」


 まずは動きを止めようと『マグナム』で翼を狙うが、先程と同じくドラグロスは咄嗟に腕や尻尾を盾にして防いでいた。そして撃たれた傷はすぐに塞がって再生してしまう。

 その再生速度も脅威だが、この距離からでも防御が間に会う反応速度は中々に厄介だ。奴が自信満々なのも頷ける。

 しかしそれ以上に気になるのが……。


「……破裂しない?」


 今の『マグナム』には着弾後に『インパクト』を放つ弾丸なのだが、何故か衝撃が発生しないのだ。

 俺の疑問に気付いたのか、ベルフォードは楽しそうに笑いながらドラグロスを撫でていた。


「ありがとうねぇ。この子は魔力が大好物なんだよ」

「まさか……吸収か?」

「たかが魔力の圧縮とはいえ、お前さんの一撃は脅威だったからね。それで対策を施してみれば、予想以上の仕上がりになってくれたんだよ」


 ドラグロスは魔力を吸収する特性があり、おそらくさっきの弾丸は衝撃を発する前に体内で吸収されてしまったのだろう。

 ほぼ俺だけへの対策みたいだが、直に食らったからこそ無視できない存在だと認識されている様子。

 狂ってはいるが、暗示を使いこなしたりこんな化物を作れる実力を持ち、国をもひっくり返しかねない相手だ。そんな相手にここまで警戒されるとは……光栄と思うべきなのかね?

 とにかく正面から『マグナム』を放っても効果が薄い。

 しかし俺の優先目標はメアの救出なので、とにかくベルフォードに接近したいところだが……。


「防御に関しては念入りに手を加えているのさ。勿論、防御だけじゃないよ」

「ちっ……やはり竜種か」


 ドラグロスにある三つの首から、直撃すれば一瞬にして黒焦げになりそうな炎に、体の芯まで凍りつく吹雪、そして巻き込まれてしまえば遥か彼方まで飛ばされそうな突風……といった三種類のブレスが絶え間なく放たれるので接近が難しいのだ。

 どれも強引に突破するには厳しく、俺は時折攻めてくる翼竜を避けながらドラグロスの周囲を飛び回って隙を探し続ける。

 途中で何度か『マグナム』を放ったり、ベルフォードを狙ってもみたが、やはりドラグロスに防がれてしまって決定打とならない。

 俺が周囲にいる事で足止めは何とか成功しているし、ここはエミリアとホクトが翼竜を片付けるまで待つべきか?


「ほらほら、どうしたんだい? さっきから避けてばかりだけど、もしかして仲間が来ると思っているのかい?」


 しかしドラグロスが呼び寄せていたのか。上空から更に翼竜たちが現れたのである。

 エミリアとホクトの奮戦によって残り数匹だったのだが……再び翼竜の数は元に戻ってしまった。戦闘自体は問題なさそうだが、少し不味い状況か。

 風のブレスに巻き込まれないように大きく動いて避けていると、ベルフォードは余裕を見せつけるように溜息を吐いていた。


「お前さんもしつこいねぇ。言っておくが今の私はお前たちに用はないのさ。だからいい加減そこをどいてくれないかい?」

「断るよ。お前も逃がすつもりもないし、その子を返してもらわないとな」

「頑固だね。確かにお前を殺そうとしたのは悪いと思っているが、冒険者であるお前たちには実験体もこの国も関係ない筈だろう。何故そこまでするんだい?」

「関係ないのは確かだが、その子は俺の教え子の一人になりそうでな。何より、お前を逃したら寝覚めが悪い」

「仕方がないね。まあ、死んだら死んだで死体を回収すれば良い話か」


 そして逃げ道を塞ぐように放たれた炎のブレスを何とか避けたが、続けて放たれた氷のブレスを少し避け損なって掠ってしまい、左手の感覚が少し麻痺していた。

 軽い凍傷なので放っておけば治るだろうが、俺は仕切り直しの為に『マグナム』で牽制しながら一旦距離を取る。


「……少しがっかりだよ。対策を講じてしまえば、お前はその程度なのかい?」

「…………」

「いや、ドラグロスが優秀過ぎたのかな? 何せ竜を確保するのに苦労を重ねたからねぇ」

「……一つ言い忘れたが」

「んっ?」

「俺に構ってばかりでいいのか?」

「当たり前だろう? お前の遠距離攻撃は脅威だからー……おおっ!?」


 その時、突如ドラグロスの体が激しく揺れた。

 その衝撃に背から落ちそうになっていたベルフォードが周囲を確認してみれば、ドラグロスの体に木製の矢が複数刺さっている事に気付いたのである。


 お前が俺の遠距離攻撃に備えていたのは結構だが、あいにくと今の俺たちには……。


「狙撃者はもう一人いるからな」


 アービトレイの城に視線を向けてみれば、城の天辺に陣取って弓であるアルシェリオンから矢を放ち終わったフィアの姿が見える。

 そう……俺の役割は相手の逃げ道を塞ぐだけじゃなく、背後から狙撃させる為の囮でもあったのだ。


 今のフィアが放つ矢はアルシェリオンの性能に加え、風の精霊の力を借りて飛距離を大きく伸ばせる。更に放った矢の尖端にドリル状に回転させた風を纏わせているので、相当な衝撃と貫通力を持たせる事が出来るのだ。

 そんな矢がドラグロスの首に一本、体に二本も刺さったのだが……ドラグロスは空中から落ちない。


「ふぅ、危ないね。思わず実験体を落とすところだったよ。この距離まで矢を届かせるなんて驚いたが、たかが三本程度でドラグロスが落ちるー……」

「別に落とす必要はないだろう? 狙いはお前の足止めだからな」

「何を言って……ドラグロス!?」


 急にドラグロスが空中静止ホバリングを維持出来なくなり、背に乗ったベルフォードを激しく揺らしていた。

 見れば刺さった矢から無数の枝が伸び始め、ドラグロスの体に絡んで動きを阻害し始めていたのである。


「何だい!? この枝は一体どこから……」

「よく見るといい。枝は木で、そして刺さった矢は木製だ」


 フィアが放った矢は先端が尖っているただの棒に近く、鏃や羽が付いているような普通の矢ではない。

 あれはアルシェリオンから生まれた特殊な矢であり、刺さった相手から魔力を吸収して成長し、枝が広がって動きを封じる仕組みとなっている。

 動きを封じると同時に魔力を奪うので非常に便利なのだが、弓自体から生えるように生み出されるので、一本作るのに少し時間が掛かるのが欠点だ。ちなみに時間が経つと効力が落ちていくので作り溜めは出来ない。

 人ならば一本で十分動きを封じられるのだが、今回の相手は巨体なので複数本用意するのに少し時間を稼ぐ必要があった。

 『マグナム』への対策には驚かされたが、俺がドラグロスへ本気で攻めず回避に専念していたのはその為である。


 とにかくドラグロスの動きを封じ、ベルフォードの気が大きく逸れた今こそが好機であろう。

 攻めに転じようとしたが……どうやら間に合ったようだ。


「……メアリー様は返してもらう」


 一人だけ隠密に動いていたグレーテが、ドラグロスに飛び乗ってベルフォードにナイフを突きつけていたのである。

 グレーテが来なければ俺が向かう予定だったが、きちんと翼竜を足場にして来れたようだな。

 だが……。


「ほう……ここまで来るとはやるねぇ」

「これくらいなら私にも出来る。それより早くメアリー様を返して。さもないと……」

「さもないと……どうなるんだい? まさかそのナイフを私に突き立てるつもりじゃないだろうねぇ? お前の上司で、父親代わりでもあったこのマクダットをさぁ」

「違う。貴方は……マクダット様じゃない。メアリー様を攫おうとする奴は……私の敵!」

「た、助けてくれグレーテ! 私は……操られているだけで、これは本意じゃないのだ!」

「……本当のマクダット様ならそんな事は言わないし、きっとあの人なら自分ごとやれって……言う」

「あらら、そうかい? でも心の奥底に動揺が見られるねぇ。短くてもこの男を通してお前をずっと見てきたんだから……さぁ!」

「っ!?」

「ん……あれ? グレーテ……近くにいるの?」


 薬か何かで眠らされ、ベルフォードに抱えられていたメアが目覚めた瞬間、足場であるドラグロスの肉体から無数の触手が飛び出してグレーテへ襲いかかった。

 動揺から生まれたほんの僅かな隙が致命的となり、グレーテは脇目も振らず飛んで逃げ出すしかなかったようだ。

 その判断によって最悪の状況は避けられたようだが、触手に脇腹を少し抉られたのか、グレーテは鮮血を撒き散らしながら地上へと落下していく。

 少し遅れて、視力を強化したメアがその惨状を見てしまったその時……周囲に少女の叫びが響き渡った。


「ぁ……ああぁ!? グレーテェェェ――っ!?」


 メアは叫びながら暴れ始めるが、ベルフォードがメアの口元に粉を振り撒けば再び眠りにへと落ちていた。


「あ……うぅ……」

「ふぅ……騒がしいのは面倒だからねぇ。それで、あれは放っておいていいのかい?」


『シリウス様! グレーテさんは私にお任せ下さい!』


 エミリアの『コール』が聞こえたので、落下しているグレーテは任せて大丈夫だろう。

 その頃にはドラグロスも絡みつく枝を力技で引き千切り始めたので、攻めるなら今の内か。

 マクダットと関係の深そうなグレーテに任せてみたのだが……奴の狡猾さとグレーテの優しい部分が決断を鈍らせてしまったか。会話からマクダットは親代わりのようだったし納得は出来なくもないが……致命的だったか。


 そろそろメアへの危害を覚悟するべきかと思ったその時……俺は咄嗟にドラグロスの首に向かって『マグナム』を放っていた。


「やれやれ、無駄な足掻きだね」


 しかし首の動きによる回避だけじゃなく、伸ばした腕と尻尾によって防がれる。

 ベルフォードに言う通り無駄な攻撃に思えるが、やはり俺の役割は囮なのだ。

 そして今の攻撃はー……。


「うおわあああぁぁぁ――っ!?」

「メ、メアリィィ―――っ!」


 上空から降ってくる、レウスとキースから目を逸らす為である。全身ずぶ濡れなので、リースの水に吹っ飛ばされて飛んで来たようだな。

 そしてキースに殴られた痕は見られないが、ドラグロスへ向かって武器を振りかぶっている様子から正気に戻っているみたいである。

 どうやら妹の叫び声がなによりの気付けだったようだ。


「ちっ! 面倒な連中だねぇ!」


 ドラグロスがブレスで迎撃しようと首を上空へ向けているが、フィアの放った普通の矢が口元へ吸い込まれてそれを遮る。

 俺の『マグナム』は対策されて効果が薄いようだが、それなら当てなければ良いのだ。

 フィアに続いて放った『マグナム』は着弾する直前に衝撃波を放ち、首を大きく振らせているのでブレスを吹くどころではあるまい。

 それにしても……必死とはいえ二人揃って無茶をするものだ。俺たちの援護がなければ黒焦げだったぞ。


「どらっしゃあああぁぁぁ――っ!」

「させるかああぁぁぁ――っ!」


 そして落ちてきた二人が落下の勢いを乗せて武器を振り下ろせば、ドラグロスの首と翼を斬り裂いていた。

 首は一本だが、翼は根元を狙った御蔭で二枚も斬れたようで、ドラグロスは大きくバランスを崩して遂に空中から落下し始めていた。


「不味い! 急いで翼を再生ー……」

「そこだ!」


 ベルフォードが俺から完全に意識が逸れるその瞬間を待っていたのだ。

 イメージはゴム弾で、威力より速度を重視した『マグナム』を放てば、弾丸はメアを抱えているベルフォードの腕に直撃していた。

 その衝撃と落下している不安定な状況が重なり、遂にベルフォードはメアを手放す。

 再び捕まえようとするのを『マグナム』で邪魔しながら、俺は『ストリング』を伸ばしてメアを捕まえようとしたが……どうやら必要なさそうである。


「メアリー!」


 まるで一筋の流星の如く飛んできたイザベラが、落下していたメアを救出していたのである。キースが正気に戻れたのならイザベラが戻るのも当然か。

 とんでもない加速で飛んできたが……彼女の身体能力なら問題はあるまい。飛び過ぎて森に突撃しているが、己が枝で傷つきながらも木を蹴って勢いを殺し、メアへの負担も最低限に抑えているようだし。

 全く……母は強いものだ。まあ、それは俺もよく知っているけど。


 最後に落下していたドラグロスは翼を再生させ、空中静止ホバリングは地表に叩きつけられる直前で間に合ったようだ。

 その状況に安堵していたベルフォードだが、そこに一つの影が差す。


「マクダットォォ――っ!」


 影の正体は獣王で、彼は拳を振りかぶりながら上空から降ってきたのである。

 獣王はフィアの風によって飛ばされたようだが、それでも建物の三階建て以上の高さからの落下だ。揃いも揃って高度を気にしない連中ばかりである。

 ベルフォードはドラグロスの状況に気を取られ、計ったかのように降ってきた獣王への対処が完全に遅れていた。


「私を殺してもー……」

「ぬああああああぁぁぁ――っ!」


 苦し紛れにグレーテと同じく情に訴えようとしたようだが、王である獣王には通じない。

 しかし……獣王が狙ったのはドラグロスであった。

 落下の勢いと力を乗せた渾身の一撃はまるで隕石が落ちたかのような破壊力を生みだし、衝撃波によって周囲に多大な被害を及ぼしている。

 せめてもの救いは、落ちた場所が城の試合場だった点だな。

 御蔭で城への被害は少ないが、観客席の壁は全て破壊され、獣王が殴った箇所に至っては大きなクレーターが出現していた。正に怒りの一撃である。


「おお……ライオルの爺ちゃんみたいだな」

「親父め、やり過ぎだろ」


 そのクレーターの中心には獣王が静かに立ち、周囲にはドラグロスと思われる肉片が飛び散るだけだ。

 しばらくすると肉片は溶け始め、ドラグロスの姿は影も形も無くなっていた。

 『サーチ』で調べたところもう反応は感じられないので、どうやら獣王の一撃によってドラグロスは完全に倒されたようだな。

 イザベラも強かったが、獣王も負けず劣らずな実力を持っているわけで……何とも怖い夫婦である。


 視線を横に向けてみれば、レウスとキースは無事に地上へ着地していた。

 まあレウスは数回くらいなら『エアステップ』が使えるし、キースの方は落下の途中で運良く翼竜を捕まえて無事に地上へ降りたようだ。

 そして物悲しそうな表情をしているキースは、獣王へ近づきながら静かに呟いた。


「マクダット……状況はよくわからねえけどよ、親父に討たれたなら本望だろ。安らかにー……」

「何を勘違いしているのだキースよ。向こうを見るがいい」

「えっ?」


 気分に浸っているキースには悪いが、ベルフォードは獣王が殴る前に俺が『ストリング』で引っ張って回収している。


「ぶ、無事だったのか。良かったような……ううむ」

「何だよ、何を恥ずかしがっているんだよ?」

「う、煩い!」

「何だよ、やるのか!」


 喧嘩を始めた二人は置いておいて……だ、誤算や状況の変化が多かったものの、皆上手く動いてくれたものだ。

 特に獣王は俺より身分が上なのに、指示通り動いてくれて助かった。

 獣王がすかさずドラグロスを仕留めてくれなかったら、俺が『アンチマテリアル』を放つ羽目になってベルフォードを無事に確保出来たか怪しかったからな。


 獣王の一撃による衝撃波を回収時に少し受けたのか、『ストリング』で縛られたまま気絶しているベルフォードを俺は見下ろす。


「さて、残るはお前をどうするか……だな」


 色々と後始末は多そうだが、ようやく事件に終わりが見えた。

 後は最後の一仕事……だな。



 今日のホクト 無双編



 なんやかんやあって、ホクト君はご主人様たちと共にアービトレイの城で戦う事になりました。

 そんなホクト君の前に立ちはだかるは、二十はいるであろう翼竜の群れです。


「ホクト……雑魚は頼んだ」

「オン!」


 メアちゃんの救出はご主人様に任せ、雑魚である翼竜たちはホクト君に任せられました。

 不満なんて一切ありません。

 露払いこそ部下の仕事です。

 むしろご主人様に任せられたのでやる気満々です。この場合は殺る気でしょうか?

 難しい空中戦になりますけど、ホクト君は気にせずに飛び出しました。


 そして戦いは始まり、まずはご主人様の道を作る為にホクト君は吠えました。

 咆哮による衝撃波で正面を確保し、己の尻尾をご主人様の足場にし、ボスへと飛んでいくご主人様を見送りました。


 ここからホクト君の本格的な戦いが始まります。

 いえ、戦いと言うより蹂躙でした。

 翼竜にとって有利な空中とて、攻撃するからには接近しなければなりません。

 その攻撃を体を捻って回避し、反撃とばかりに爪や牙を叩き込んだり、時にはご主人様のように魔力で足場を作ってこちらから攻めもします。

 まるで蚊トンボの如く次々と落ちていく翼竜たち。

 本来の翼竜ならホクト君の気配と実力差を感じて逃げるのでしょうが、今はボスの放つ不思議な力によってそうする事も出来ないようです。

 でもホクト君に慈悲はありません。

 これも弱肉強食なのです。


 空中だけど、ホクト君は翼竜の尻尾に噛みついて振り回しもしていました。

 強烈なジャイアントスイングに翼竜は涙目です。竜が涙を流すか詳しくわかりませんが、そこは気分で。

 勿論、何度も回した後で放り投げて他の翼竜へぶつけたり、首を噛んでボディスラムのように地上へ叩き付ける事もしています。

 傍から見ればプロレスに見えなくもありません。

 イザベラさんが暇な状態であれば、大いに盛り上がっていたかもしれません。


 途中で翼竜の追加注文が入りましたが、ホクト君のやる事は変わりません。

 噛んで、引っ掻いて、回して叩き付けるだけです。


 空中に狼が飛び交う異様な光景ですが、ホクト君は頑張って露払いを続けるのでした。






 ふと浮かんだ、今回の話の別タイトル案

『落下なんか怖くないもん』

 ……ゴメンナサイ。



 作者的には間に合っていない感じがしますが、何とか今日中の更新に間に合いました。



 色々ご心配をかけてお騒がせしましたが、体調は無事に回復しました。

 ですが書籍化作業が切羽詰まり始めているので、しばらくは更新が不安定になりそうです。


 次の更新は七日後を予定にしていますが、前記したように伸びる可能性があるかも。


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