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事件の終息

 城のあちこちと一部の者に被害は出たものの、奇跡的に一人の死者も出ずに戦いは終わった。


 だが巨大な化物と翼竜の群れが襲うという、正に国が崩壊する程の事件が起こったのだ。

 なので深夜だというのに城内は騒然としており、俺たちの戦いが終わると同時に城の兵士や使用人たちは忙しなく動き始め、被害の確認や翼竜の死骸の片付けに奔走していた。


 そんな中、俺たちはもはや瓦礫ばかりとなった試合場の片隅に集まっていた。


「……大体の事情はわかった。とにかくマクダットには触れない方がいいんだな?」

「そうだ。奴の正体がわからぬ以上、みだりに触れてはならん」


 獣王とキースが頭を悩ませながら見下ろしているのは、マクダットに取り憑いているベルフォードだ。

 彼は今『ストリング』によって縛られたまま地面に転がされ、集まった俺たちに囲まれている状態である。

 質問しようにもまだ気絶したままだし、下手に触るとマクダットのように意識が乗っ取られる可能性があるので近づかないように全員へ伝えていた。


「これからどうするんだ兄貴?」

「獣王様にマクダットさんを狙うなって指示を飛ばしていましたが、シリウス様には何か考えがあるようですね?」

「ああ。救えるかどうかはわからないが、このまま放っておいても後味が悪いからな」


 少し情報を纏めてみよう。

 戦闘前に行った会話から、マクダットは肉体を乗っ取られているだけでまだ生きていると思われる。

 周囲から怪しまれないよう、必要な時以外は本来のマクダットで行動させる為だと言っていたしな。

 おそらくベルフォードが表に出ている時はマクダットの意識は完全に眠っているか、違和感を感じさせないように細工か自己暗示のようなものをかけていたと思われる。


「とにかくベルフォードを体から追い出せば、マクダットさんは無事である可能性が高いわけだ」


 依然として名前以外は謎な存在であるが、体に触れて『スキャン』を行えば何かが判明する筈だ。

 それを皆に伝えてみれば、一番の反応を見せたのは獣王であった。


「すでに覚悟は決めていたが、助けられるのならば助けたい。何か策があるなら頼めないか?」

「このままだと奴にやられっぱなしですからね。出来る限りの事はしてみます」


 今は『ストリング』で縛っているのだが、これは魔力の糸を通して奴と触れている状態でもある。だが俺は何も感じないので、魔力による接触で取り憑かれる可能性はなさそうだ。

 奴が気絶しているせいかもしれないが、このままでは埒があかないのでここは危険を承知で触れるしかなさそうだな。

 そう決意したところで、気絶していたベルフォードが目を覚まして俺たちをぼんやりと見つめていた。


「う……獣王……様?」

「まさか……マクダットか?」

「はい……私です。肉体を乗っ取られていたとはいえ、どうやら私は取り返しのつかない事をしてしまったようですね」


 正体がばれてマクダットの意識を気にする必要はないと判断したのか、今日の出来事は全て覚えているそうだ。

 見舞いに向かうメアに付き添ってイザベラとキースに暗示をかけ、城の天辺で魔道具を使ってドラグロスに指示を出したりと、ベルフォードが裏で動いていた事を教えてくれた。


「悪いのはお前ではなく奴だ。それよりベルフォードはどうしたのだ? こうして話せるって事は、今はお前の中にはいないのか」

「……あの気持ち悪い感触を感じないので、おそらく私の中から消えているようです」

「何だと!? じゃあどこへ行ったんだ!」

「おぼろげながら覚えております。獣王様が最後に飛び降りてきた時ですが、奴は私を狙っていると思ったのでしょう。攻撃が当たる直前に足元の魔物へ逃げたようです」


 もしそうだとすれば、足元の魔物だったドラグロスはすでに肉片の欠片も存在しないので、すでにベルフォードは消滅したという事になる。

 妹を狙った大敵だというのに、あまりにも呆気ない幕切れにキースは戸惑いが隠せないようだ。

 そこでこちらに近づいてくる気配に視線を向けてみれば、娘を救う為に森へ飛び込んでいたイザベラがメアリーを抱えて戻ってきた。

 徒歩とはいえここに戻って来るのに結構時間が掛かっていたので、彼女は相当な距離を飛んでしまったのだろう。それだけ娘を救おうと必死だったんだな。


「……ただいま」

「うむ、戻ってきたか。メアリーも無事なようだな」

「当たり前。この子には傷一つ無い」


 相変わらず感情がほとんど感じられない声だが、表情は明らかに違っていた。

 イザベラは胸元に抱いているメアを引き寄せ、恍惚とした表情で頬を擦り寄せ続けているのだ。正直に言って相当怪しい人物である。心なしか眠っているメアがうなされている気がする。


「母上……何て羨ましい事を! 俺に変わってくれ!」

「駄目」


 キースが心底羨ましそうに駆け寄っているが、イザベラはさせないとばかりに距離を取っていた。かなり激しく動いているように見えるが、メアを起こさないよう無駄に高い技術が生かされていた。

 そしてメアが関わるなら獣王も反応すると思っていたが、彼は先程からマクダットの傍から離れようとしなかった。


「……マクダットよ。もうお前は大丈夫なのだな?」

「はい。罪を償う意味も含めて、これからも私は獣王様にお仕えしたいと心から思っています。ですが……どうしても許せぬと言うのならば、私はこの国を出ていく覚悟もあります」

「出て行く必要はない。先程言ったように、全ては奴が悪いのだからな」

「寛大な処置……ありがとうございます。ではすぐに今回の事後処理を手伝いたいと思いますので、私を解放していただけませんか?」

「それは出来ぬ」


 解放を望むマクダットだが、獣王は拒絶するようにはっきりと告げていた。

 ふむ……親馬鹿であろうとやはり彼は王だったな。


「おお、流石は獣王様です。まだ私の中にあれが残っている可能性も考えているのですね? 確かに本当に奴が消えたのか私自身も怪しんでおりますので、しばらく私は牢屋にでも入っていた方が良いかもしれません」

「貴様はいつまでふざけておるつもりだ?」

「ふ、ふざけてなどいません! だから私を牢屋に入れて経過をー……」」

「牢に入れる必要すら無い! 私とマクダットの付き合いがどれほどか貴様も多少は知っておるだろう? その顔と声で真似ようと、私が本物かどうかわからぬと思ったか!」

「親父!? 本気なのか?」

「キースよ。王を継ぐのなら、体を鍛えるだけでなく人を見る目も鍛えろ。我等の敵はまだマクダットの中に残っているぞ」


 俺は魔力の乱れでベルフォードはまだ残っているかもしれない……と考えていたが、獣王のように確信は持っていなかった。

 民の上に立って導き、そして友であったからこそ獣王は違うと言えるのだろう。

 

「やっぱりか! さっきから何か気になるかと思ったら……そういう事だったのか」


 そしてレウスもまた、よくわからない第六感で怪しいと思っていたようだ。

 そんな獣王と俺たちの鋭い視線に観念したのか、弱々しい表情だったマクダットの顔は一転してベルフォードの笑みが表に出てきた。


「……予想以上にやるじゃないか。流石は王だと言うべきかね?」

「貴様はもっと人を知るべきであったな。まあ、人を実験材料と思っている内は永久にわからぬだろうが」

「そんな言葉を聞いて改心すると思うのかい? 楽しんでいるのは否定しないけどね、私もそれ相応の覚悟を持ってやっているのさ。そっちこそ狂人の思想をもっと知るべきだね」

「おい、お前が呼んだ化物と翼竜はもう全て片付けているんだぞ。この状況を理解しているのか?」

「気付いているに決まっているさ。ほら、やるならやればいいじゃないか?」


 ベルフォードに現状を理解させるように言うが、逆に開き直られてキースの方が動揺していた。


「最高傑作だったドラグロスがやられ、私はこの通り捕まったんだ。正に完敗だよ」

「負けを認めたか。ならば早くその体から出て行くがよい。いや、その前にお前は何をやっていたのか全て吐いてもらおう」

「はぁ? 何故出て行く必要があるのさ? 確かに負けは認めるが、ドラグロスと私の実験を邪魔した恨みがあるんだ。どうせ消えるなら、それを少しでも晴らしてから消えてやろうじゃないか」

「貴様ぁ!」

「幾ら脅そうが、私の正体がわからないお前たちには無駄な事さ。そして私が自ら出て行かない以上、この男は死ぬまで私を宿したまま。つまり、私を消滅させるならこの男ごと始末するしかないんだよ!」


 どうせやらないだろう……と、強がっているわけじゃない。

 ベルフォードは本気で死んでも構わないと思っているのだ。最初に死を超越した存在だと口にしていたし、その辺りの感覚が違うのかもしれない。

 死ぬくらいなら盛大に巻き込んで消える……性質の悪い嫌がらせだ。


「獣王……様。わ、私に構わずやってください! このような存在をー……許すわけには……」

「マクダット!?」

「おっといけない。今のは本物の声かもねぇ? ほらほら。本人の許しも出ているんだから、一思いにやったらいいんじゃないかい?」

「くっ! マクダットよ……すまぬ」

「親父……」


 すでに一度は覚悟を決めていたのだ。獣王は大きく息を吐きながら拳を握りしめていた。

 ……のんびり眺めている場合じゃないな。覚悟を決めたところで悪いと思うが、それは最後の手段だ。まずは色々と試してからでも遅くはないだろう。

 俺は拳を振り上げようとしている獣王の前に立って強引に中断させる。


「お待ちください獣王様。先程俺に任せると口にしたではありませんか?」

「む……すまぬ。まんまと奴の挑発に乗せられてしまったようだ。私もまだ未熟だな……」

「友の命がかかっていますからね。では、万が一に備えて私から離れていてください」


 獣王だけでなく俺の傍に控える弟子たちとホクトも下がらせ、俺は拍子抜けだと言わんばかりに呆れるベルフォードの前に立った。

 順調だった計画を狂わせた張本人でもあるので、ベルフォードは俺に対しては忌々しそうに表情を歪ませていた。


「ちっ……お前さえいなければ全てが上手く進んでいたんだけどねぇ。それで、私をどうするつもりだい?」

「勿論お前を調べさせてもらうのさ。頭だと噛みつかれそうだから、背中にしておくか」

「私に触れるつもりかい? わざわざ肉体を提供してくれるとはねぇ」

「はったりだろう? 残念だがお前の取り憑く条件は、すでにある程度の見当がついているんだよ」


 そして死角である背中に回ってから手で触れようとしたが、その前に……。


「レウス、ちょっとこっちに来なさい」

「何だ兄貴?」

「もし俺が奴に体を奪われているとお前が判断したら……俺を躊躇なく斬れ」

「え……兄貴?」


 最悪の場合には備えておくべきだろう。

 レウスだけに耳打ちして指示を出したのは、レウスは言葉に出来ない何かの勘に鋭く、将来俺を越えられる可能性を持っているからでもある。

 出来るのならば自害するし、もっと勘が鋭そうなホクトに任せるべきかもしれない。

 正直にいって酷な指示であるが……これもまた経験である。


 しかしそれは最悪の想定であり、もしも……の話だ。別に一か八かではなく、俺もある程度の確証を持って動いているのだから。


「まあ、あくまで俺が取り憑かれたらの話だ。俺の隣に並び立つのならば、お前にはそれくらいの覚悟が必要だと知っていてほしかったんだよ」

「兄貴。俺は……」

「大丈夫だ、今すぐそれを決めろって話じゃない。それに俺の予想が正しければ、こいつは触れた程度で意識を移す事は出来ないと思う。心配はいらないさ」


 以前の肉体から移動したと思われる時の話によると、マクダットは胸元を噛み付かれたと聞いた。

 つまり移動する方法は粘膜による接触か……。


「何かを埋め込んだか……のどちらかってわけだ」


 そしてレウスが離れてからベルフォードの背中に触れてみたが、予想通り何も起こらない。

 こちらに何も流れてこないのを確認し、感覚を研ぎ澄ませながら『スキャン』を発動させれば……心臓から少し外れた箇所に覚えのある反応を捉えた。


「……見つけた。これがお前の核だな?」 


 状況は全く違うが、少し懐かしいな

 あの時は確か……リースに頼まれて姉の腕に埋め込まれたこれを摘出したっけな。


「理由まではわからないが、ベルフォード……お前の正体はこの胸に埋め込まれている魔石だな?」

「お前……本当に何者だい?」

「さてな? お前の敵なのは確かだ」


 以前の肉体で噛みついた時は前もって歯に魔石を仕込んでいたか、元からそこにあったと思われる。

 俺の指摘にベルフォードは一瞬だけ激しく動揺したものの、すぐに不敵な笑みを浮かべていた。


「……私の正体に気付いたのは立派だけど、それからどうする? まさか私を取り出す為に胸元を抉るつもりなのかい? そんな状態でこいつが生きていられる筈がー……」

「俺は体の構造には詳しくてね。この角度で真っ直ぐ撃ち抜けば、心臓には当たらず魔石であるお前を撃ち抜けるんだよ」


 銃で胸を撃たれても助かった例は多い。

 弾丸が急所を外れるだけでなく、更に奇跡的に重要な血管を傷つけずに体を貫通して助かったのだ。

 当然その後の処置をしっかりしなければ、出血死や感染症を引き起こしかねないが……。


「リース。治療の準備を頼む」

「うん、任せて!」


 俺たちには治療魔法に優れるリースがいる。

 リースは体を切ったり繋げたりする直接的な手術は不可能だが、直接的な傷の治療に関する能力はすでに俺を遥かに超えている。

 撃ち抜くと同時にリースの魔法で治療を始めれば、胸元に空く小さな穴くらいならすぐに治るだろう。


「……お前のような存在がいるとはねぇ」

「全てはお前の慢心による敗北だ」


 動かせたかどうかわからないが、魔石をもっと心臓近くに移動させていれば違っただろうに。

 触っても大丈夫と判断出来たので、ホクトとレウスにベルフォードの体を押さえつけてもらったが、意外にも奴は大人しくしていた。俺が放つ『マグナム』の貫通力を知っているから、もはや逃げられないと理解したのだろうか?

 そして放つ角度に気をつけながら指先に魔力を集中させたたところで、ベルフォードは観念したかのように溜息を吐いていた。


「その異質な能力。お前さんは私と同じだねぇ……」

「……常人から外れているという点では、確かに一緒だろうな」

「ああ。お前さんや私のように世界から外れた存在ってのは周囲を恐れさせ、いずれ危険だと見なされて世界中から狙われる運命なのさ。お前は世界の闇に屈し、絶望する未来しかないんだよ」

「絶望……ね」


 ベルフォードの言う事はある意味間違ってはいないとも言える。

 強大で、存在のわからぬ力を恐れるのは人の本能なのだから。


 だが……絶望?

 そんなものは前世で嫌って程味わってきた。

 伊達に師匠や戦争に敵陣での孤立等を乗り越えてきたわけじゃない。

 おまけに俺は前世で世界最強と呼ばれていたが、それは見方を変えれば敵が多い意味もあった。だから憎まれたり命を狙われる事に関しては慣れている。

 それに……。


「そんな見えもしない未来に怯えてどうする? あと、お前と俺を一緒にするなよ?」


 過去に何があったか知らないが、俺にはお前と明らかに違うものがある。


「それで? 独りよがりの妄想は終わりかしら?」

「絶望なんて私たちがさせない。シリウスさんは独りじゃないから!」

「シリウス様には私たちが付いています。孤独の道を歩む事なんて決してありえませんね」

「絶望だとか、そんなくだらねえものは俺が全部斬ってやるさ!」

「オン!」


 鍛え抜いた技術もあるが、前世の俺は信頼する相棒や仲間の支えによって生き抜けたのだ。

 それは異世界に転生しようと変わらない。

 今の俺には信頼し支えてくれる弟子が、仲間が、家族がいるからな。


「それに俺の前に立ちはだかるなら、全力で排除するだけの話だ。そんなくだらない言葉で俺たちを揺さぶる事が最後の言葉でいいのか?」

「はん! 最後まで生意気だね。お前さんの名前……もう一度聞いておこうか?」

「……シリウスだ」

「シリウス。せいぜい足掻いて生きるんだねぇ!」

「……最後までくだらんな」


 少し呆れてしまった。

 命がある以上、そんな事は当たり前なのだから。


 体内で魔石を砕いてしまうと危険なので、魔力の弾丸で押し出すように調整した『マグナム』を放てば、マクダットの背中から血と共に魔石が飛び出してきた。


「今だ!」

「皆お願い! 命を繋ぐ癒しの水よ……」

「はい!」

「おう!」


 同時にリースの魔法によってマクダットが癒しの水に包まれる中、空中を舞う魔石へエミリアが放った風の刃が横から一閃し、最後にレウスの大剣が振り下ろされて魔石は粉々となった。

 何とも呆気ない終わり方だが、最後は本当に悔しそうな表情をしていたのが印象的だったな。顔はマクダットであるが。


 しばらくしてリースの治療が終わり、マクダットは気絶しているだけで息はあると報告すれば、獣王は安心したように深く息を吐いていた。


「そうか。これで終わったのだな」

「はい。マクダットさんはおそらく明日には目覚めると思いますが、操られていた時の事を覚えているかどうかまではわかりません。そしてもし覚えていたら、精神的に相当きついと思われますので……」

「うむ、それは私の仕事だろう。それにしても今回の件はお前たちがいなければこの国が滅んでいたかもしれん。もはやどう返せば良いのかわからぬ程の恩が出来てしまったようだな」

「成り行きと言いますか、偶然が重なった結果ですよ。それに……俺にも少なからず因縁がありましたからね」

「ところで、事の発端であるお姫様の様子はどうかしら?」


 フィアの言葉に全員の視線がメアに向けられるが、お姫様は母親に抱かれて穏やかな表情で眠っていた。

 ベルフォードの言葉でメアの秘密が判明したが、本人が知るにはまだ早いと思うので、眠らされていて本当に良かったと思う。

 あの周囲を魅了する能力のせいで自分は愛されていると勘違いしてしまうと面倒だったからな。一部は能力のせいかもしれないが、少なくともメアの家族と周囲の者たちは純粋にメアを愛しているからだ。


 近い内に己の秘密を教えなければなるまいが……それももう少し落ち着いてからだな。

 今はとにかく、この穏やかな寝顔を守れて本当に良かったと思う。


「……可愛い」

「くそぅ、何て可愛さ……やはり俺の妹は最高だ!」

「マクダットだけでなく、我が娘を無事に救い出せた褒美も授けなければなるまい」

「褒美ですか。幾つか要望が浮かびましたが、詳しい話は明日にしませんか? 今は皆疲れていますし」

「確かにそうだな、私も少し落ち着く必要があるし、一旦休むとしようか」

「差し当たって必要なものでしたら、ゆっくりと眠れる広い部屋をお願いしたいです」

「うむ! 一番良い部屋を用意させよう」


 そして獣王は近くの使用人を呼び、要望通りの部屋を用意するように指示を出している。

 その後、すぐに処置が必要そうなものや用事を済ませている間に部屋の用意が出来たので、俺たちはようやく休む事が出来た。


 こうして……様々な傷痕を残しつつも、ベルフォードの野望は潰えるのだった。







「…………朝か」


 事が終わった頃には日を跨いでいたが、ぐっすりと眠った御蔭で体の疲労は消え、窓から外を見ればすでに朝となっていた。


 俺が現在いる場所は城で一番広い部屋で、他国の使者にも使わせるような特別な部屋でもある。

 部屋には二人は軽く寝られる大きなベッドが幾つも並んでいて、俺はその内の一つに寝転がっていた。


「……おかしいな」


 左右から感じる寝息に顔を向けてみれば、左側にはエミリアが、そして反対側にはリースとフィアの穏やかな寝顔が見える。

 先に言っておくが、一緒のベッドに寝ているだけで決して致したわけではない。

 ベッドのすぐ横ではホクトが寝転がっているし、隣のベッドにはレウスが眠っているからな。


「昨日は確かに一人で寝た筈なんだが……」


 自由に使えとこの部屋に案内された後、俺は体の手入れもそこそこにベッドに潜り込んでいた。そしてベッドの柔らかさと疲労も相まって眠気はすぐに訪れた。

 エミリアとフィアが添い寝を狙ってベッドに入ろうとしていたのを追い払ったまでは覚えているのだが、目覚めたらまさか三人揃って添い寝しているとはな。

 というか、十分な広さとはいえここまで密集して窮屈とはー……思っていないんだろうな。皆良い顔で眠っているし。

 男としては嬉しい状況なのだが、男だからこそ目覚めと同時にこの状況はきつい。

 俺が上半身を起こすと同時にホクトも起きたようだが、こちらの状況を見るなりゆっくりと立ち上がっていた。


「……オン」


 ホクトよ……空気を読んでレウスを部屋の外へ運ぼうとするんじゃない。

 朝食後には獣王と褒章についての話とベルフォードに関わる後始末等もあるので、流石に今からはちょっとな……。


「……ん? あら……起きたのねシリウス?」

「ああ、おはようフィア。ところでこれはどういう状況だ?」

「おはよう。先に言っておくけど、元は貴方が悪いのよ?」


 フィアの説明によると……昨夜ベルフォードに触れる前、レウスだけに伝えた内容を女性陣が問い詰めて知ったらしい。

 俺が先に眠った後に行われたそうだが、三人の姉に囲まれて尋問されたレウスはさぞかし口が軽かったであろう。


「甘えたかったのもあるかもしれないけど、一番は貴方の言葉を聞いて不安だったのよ。自分の命を軽んじている気がするってね」

「そういう事は今まで何度か言っているし、そろそろ慣れてほしいものだな。そう考えるとフィアも不安で一緒に寝たのか?」

「私は便乗しただけよ。ほら、こういう時じゃないと皆で一緒に添い寝なんて出来ないからね」


 悪戯が成功したように、軽く舌を出しながら笑う彼女は余裕たっぷりである。

 そして微笑ましい笑みを突然崩したかと思えば、フィアは少しだけ真剣な表情で俺を見つめていた。


「この先何が起こるかわからないし、貴方がいなくなった場合に備えさせるのは悪いとは言わないわ。だけど……あんな言い方をされたらこっちは不安で仕方がないじゃない」

「別に死ぬつもりはないんだが、どうも前世の影響でそう考えてしまう癖がな。それに例え俺がいなくなったとしても、皆ならきっと乗り越えてくれると思う」

「そうね……きっと私たちは貴方の意志や想いを継いで生きていけると思う。けどね、長い時を生きられる私はいつか割り切れるかもしれないけど、この二人は一生独り身で寂しく終わる可能性がありそうじゃない?」

「……否定出来ないな。そうなれば、あの世だろうとリーフェル姫や爺さんが俺を殴りに来そうだ」

「だから貴方は、子を残すまでは絶対に生きなさい。子供さえいれば、後に残された人たちの寂しさを埋めてくれるでしょう?」

「はは、今日は何だかお姉さんじゃないか」

「あら? 貴方が前世で生きていた分を足したとしても、私はそれ以上のお姉さんよ?」


 フィアは二百歳を軽く超えているので、一度生まれ変わった程度では届かない年上である。

 完全に一本取られた気分で頭を掻いていると、いつの間にかフィアが俺の目の前まで顔を寄せているのに気づいた。


「というわけで、そろそろ本気で子作りを考えないかしら? メアちゃんとイザベラさんを見ていたら私も欲しくなってきちゃった」

「……俺の感心した気分を返せ。まさかその前のやりとりは、この為の布石だったのか?」

「失礼ね、全て本音に決まっているじゃない。まだ朝食に呼ばれるまで時間がありそうだし、ちょっと朝の運動でもしてみない?」

「止めんか! 途中で二人も追加されそうだし、ちょっとで済まないのが目に浮かぶぞ。すぐそこにレウスもいるだろうが」

「ホクト。ご主人様の将来に関する大切な事だから、しばらく誰も入れないようにお願いね」

「オン」


 だからホクトよ、レウスを咥えて退室しようとするんじゃない!

 俺の為だというホクトの心理を利用するとは……実に恐ろしくも頼もしい女性である。

 全く。素直に好意をぶつけられるのは非常に嬉しいのだが……。


「ん……あれぇ? 何だか騒がしいー……って、二人とも何をしているの!?」

「なるほど……状況は理解しました。では私も早速……」

「ほら、貴方たちは両手を抑えて!」

「待てホクト、ハウスだ! お前たちもいい加減にしろ!」


 それはそれ、これはこれだ。

 場所もあれだし、もっと節度をもって行いたいものである。






 それから何とか女性陣から逃れた俺は、レウスとホクトを連れて城の浴場へとやってきていた。

 昨日は疲れで碌に体も拭けていなかったし、まだ朝食までには時間があるからだ。

 城に作られるだけあって浴場は広く、窓から外を見れば露天風呂も存在する豪華な浴場であった。

 朝早くなので誰もいないと思っていたが、浴場内には獣王とキースが風呂に浸かっていた。


「おお……お前たちも朝風呂か。ところで急いで用意させた部屋だがよく眠れただろうか?」

「はい、俺たちには勿体ないくらいに良い部屋でしたよ」


 色々あって落ち着いて起きられはしなかったが、ベッドの柔らかさは素晴らしかったので満足している。


「なに、お前たちにはこの程度では返せぬ程の恩がある。他にも必要なものがあれば遠慮せずに言うがよい」

「ありがとうございます。では早速ですが、私たちの部屋は個室か、男女別に分けていただけるようお願いします」

「む……そういう事か。こちらの配慮が足りなかったようですまなかったな。彼女たちが恋人とは聞いているが、仲間と一緒の部屋では誘い辛いであろう」


 獣王は一人納得しているが、誘うどころか逆に襲われています……とは言えない。


「レウスよ。俺に比べて小さく見えるのに、一体どこにあんな力を秘めているんだ?」

「兄貴の話だと筋肉は大き過ぎると動きが鈍るから、時には絞る事も必要らしいぜ」


 レウスとキースが仲良く談笑する横で、俺と獣王は風呂に浸かりながら昨夜の件について話し合っていた。


「城への被害は多いが、家臣たちが無事であるならすぐに直せるであろう。それと今朝、マクダットの部屋で怪しい通路を見つけたが、お前の言う通り勝手に入らないよう厳命しておいたぞ」

「やはりそうですか。それより余所者の俺が横から口出しして申し訳ありません」

「気にするな。お前の言う通り、奴ならば何か仕掛けている可能性は高いからな。どちらにしろお前にも協力を求めていただろう」


 奴がここで暗躍していたのなら研究施設があると思っていたが、どうやらそれっぽいものが見つかったようだ。

 そして勝手に調べないように口を挟んだのは、パラードでは地下を完全に埋めて証拠隠滅を図ったように、下手に調べようとすれば自爆なりして証拠隠滅を図る可能性もあると思ったからだ。

 とにかく入口から何か出てくる様子は見られないらしいので、朝食後に獣王と一緒に調査へ向かうとしよう。


「後は……マクダットさんですかね?」

「うむ、説得には骨が折れたわ。しばらく目が離せそうにないが、何とか持ち直したようだ」


 そしてマクダットだが、彼はベルフォードに意識を奪われていた事を覚えていたらしく、自己嫌悪で自害しようとしたり、牢屋に入れてほしいと自ら頼んでいたとか。

 獣王は肉体を奪われたせいだと説得を続け、周囲にもしっかりと説明を済ませてからメアの教育係から外したらしい。今は獣王の側近として仕事に没頭させ、悪い意識を逸らすようにしているそうだ。


「幸いな事にメアリーは肉体を奪われていたマクダットを覚えておらん。その御蔭で特に怖がっておらぬし、時々メアリーに声を掛けさせて元気づけてやればいずれ調子を取り戻すであろう」


 大変そうであるが、友である獣王に任せて問題はないだろう。


「さて、ここは風呂だ。小難しい話はこの辺で止めて、後は風呂から上がって話し合うとしよう」

「そうですね。俺たちは休憩しているのですから」


 せっかくの広い風呂だ。

 色々と苦労して入る事が出来たんだから、今はただゆっくりとさせてもらうとしよう。


「ぐっ……うおおおおっ!」

「はああああぁぁっ!」


 何故か腕相撲を始めているレウスとキースを眺めながら、俺はのんびりと風呂を堪能するのであった。



 おまけ



 浴場には露天風呂があり、高くそびえる壁の向こうには女湯があるそうだ。


 現在。俺と一緒に来た家の女性陣が入っているらしく、壁の向こうから姦しい声が聞こえていた。


 こういう場合、覗こうとする連中が現れそうであるが……。


「覗き? 俺がやったら殺されちゃうよ」

「私は妻一筋だ」

「俺は妹以外の異性に興味がない」


 獣王はともかく、王子の方は色んな意味でやばいと思う。

 可愛いと見ているだけで、劣情を感じていないのが救いか? いや……それでも無理か。


 そして俺だが……。


「ではシリウス様、背中を流させていただきます」

「……ああ」


 エミリアが男湯に侵入している始末なので、覗くどころの話ではなかったりする。

 もはや言い聞かせても無駄な気がするので、俺は諦めてエミリアに背中を流させてあげていた。普通は俺が頼む側だと思うのだが、これが俺とエミリアの日常でもある。

 エミリアはきちんと湯浴み用の服を着ているが、体のラインがはっきり見えるので色んな意味で不味い気がする。


「姉ちゃんずるいぞ! 兄貴の背中は俺が流すつもりだったんだぞ!」

「ふむ……やはり私は妻が良いな」

「メアリーがあそこまで成長すれば寄って来る虫が多そうだな。俺はもっと鍛えなければ……」


 いや……この面子なら大丈夫そうだ。

 むしろエミリアはそれを理解した上で侵入している気がする。


「ではシリウス様。次は私の体を使って洗わせていただきますね」

「ちょっと待て!? どこからそんな技を覚えてきた!」

「先日、師匠様から教えていただきました。これは男の夢であり、従者として必須な技術であると」

「師匠ーっ!?」


 結局……俺は落ち着いて風呂に入る事が出来なかった。

 後で師匠のナイフに不味く淹れた紅茶でもぶっかけてやろうと俺は誓うのだった。


 その頃ホクトは……。


「……オン」


 気持ち良さそうに露天風呂に浸かっていた






 おまけ その2


 NGシーン



「今だ!」

「皆お願い! 命を繋ぐ癒しの水よ……」

「はい!」

「おう!」


 同時にリースの魔法によってマクダットが癒しの水に包まれる中、空中を舞う魔石へエミリアが放った風の刃がー……


「……あ」


 外れた。 


「俺に任せろ姉ちゃん!」


 そしてレウスの振り下ろされた大剣がー……空振った。


「……魔石が小さいのがいけないと思うんだ」

「そうね。予想以上に小さいですし」


「……お前たち、ちょっと正座しようか?」







 次でようやくこの章が終われそうです。

 次回は獣国でのその後や、事後処理やらと説明回になりそうですが、一応重要な部分でもあるので何とか上手く纏められるように頑張らないと。


 次の更新も七日後ですが、リアルの予定次第で少しずれるかもしれません。

 あらかじめご了承くださいませ。


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