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浸透する影

申し訳ありません。

見直し中に幾つか変更点が出てきてしまい、投稿が一日遅れてしましました。

 ――― エミリア ―――






 建物に囲まれた五歩も歩けば壁にぶつかる路地で、私とグレーテさんはナイフを構えて対峙していました。

 風を受けて素早く動き回りながら戦う私にとって、ここは少々狭くて戦い辛いですし、強く魔法を放てば周囲の建物に被害が出るので下手に使えません。

 ですがどのような場所だろうと状況だろうと、己の力を引き出せなければ生き残れないでしょう。

 シリウス様の教えを思い出しながら『ブースト』を発動させ、私は加減した『風玉エアショット』を放ちながら駆け出しました。


「魔法は鋭いけど、見え見え」


 家屋や壁を壊さないように放った風の玉は四つですが、グレーテさんは横に移動して避けながら胸元に手を入れて何か取り出していました。

 思った通り……向こうからは接近してきませんね。グレーテさんのような戦いをする人は、力ではなく相手の隙を突いて殺す能力と技術があれば十分ですから、正面からぶつかるのを嫌う傾向があると聞いています。

 それがグレーテさんにも当てはまるとは断定出来ませんが、迫る私に対して背後へ下がって距離を取ろうとしている様子からして接近戦を望んでいないようです。

 そして胸元から取り出し放ってきたのは小石くらいの大きさをした丸い塊のようでしたが……。


「……あれ?」


 如何にも叩き落としやすそうなそれを、私は首の動きだけで避けながら加速します。

 そしてグレーテさんの目の前まで迫った頃には背後から小さな破裂音が聞こえ、私の横を白い煙が流れていくのが見えました。

 やはりあれは罠だったようですね。もし叩き落としていたら、目の前で破裂して私の目をしばらく塞がれたでしょう。


 間の抜けた声を出しつつもグレーテさんは私の振るったナイフを己のナイフで弾き、その勢いで私の腕を狙ってきました。

 強引な動きによる攻撃なので、当たったとしても軽傷。この一撃を敢えて受けて相手に致命的な一撃を与えるのも良いのですが……。


「ふっ!」

「あ……」


 体を捻って回避を選択し、今度は私も反対に持ち替えたナイフで相手の腕を狙います。

 まずは攻撃能力を奪う為に腕を狙ったのですが、グレーテさんの手の甲から突然刃が飛び出して私のナイフが止められてしまいました。


「やはり仕込んでいましたか」

「……知っていたの?」

「腕に不自然な盛り上がりが見えましたので、何かはあると睨んでいました」


 最近の模擬戦は技術の向上だけでなく、様々な戦闘経験をさせるのが主ですからね。シリウス様は不規則に戦法を変えて攻めてくるので、今では変則的な動きや想定外の攻撃に対してある程度耐性が付きました。

 ちなみにシリウス様はこういう意表を突いたり隠したりする武器を暗器と呼ぶそうですね。

 少し驚く様子を見せたグレーテさんは私から再び距離をとりながら、腰に仕込んでいた投げナイフを数本同時に放ってきました。

 数は……四本。

 一本はナイフで弾き、他のは確実に回避してから私も投げナイフを投げましたが、やはり距離があるせいか避けられます。


「大袈裟に避けるね? 貴方ならギリギリで避けられるでしょ」

「挑発しても無駄ですよ。そのナイフ……何か塗っていますよね?」


 教えの一つ……暗殺者の攻撃は決して受けない事。

 暗殺者は目標を倒す事が出来れば良いので、奇襲や相手の動きを封じる攻撃が多くなるものですから。

 実際グレーテさんの持つナイフと、放ってきた投げナイフから嫌な匂いを感じます。おそらく毒か何か塗られているのでしょう。


「なるべく殺したくなかったけど……駄目ね」

「私を気遣おうとする優しさを持つ貴方が、どうしてシリウス様を狙うのでしょう?」

「だって仕方ないもの。メアリー様に悪影響を与える相手に容赦は出来ない」

「……やはり、考えは変わりませんか」


 先程まで私を行動不能にして逃げるつもりだったのでしょうが、グレーテさんの雰囲気が明らかに変わりましたので、今度は本気で仕留めにくるつもりでしょう。

 私が両手にナイフを握れば、グレーテさんは四つん這いになってから薄い笑みを浮かべていました。


「恨んでも……いいからね?」


 その瞬間……グレーテさんの姿が消えたかと思えば、右側から何か蹴る音が聞こえたので、咄嗟に右側にナイフを振るえば真横から攻めてきたグレーテさんのナイフとぶつかりました。

 そして私に一撃を放つと同時に離れて今度は違う壁を蹴って移動していますが、どうやら狭い場所の戦闘に慣れているようですね。

 シリウス様やイザベラ様程ではありませんが、グレーテさんも相当な速さなので防御が間に合っても反撃は無理そうです。


「……厄介ですね」

「私の一撃を防御し続けている貴方が言うのはおかしい。じゃあ……次はこれ」


 そして先程投げてきた丸い道具が私の足元で破裂し、私の周囲が白い煙で覆われてしまいました。ですがそれは想定済みでしたので、すぐに足元から『ウインド』を発動させて煙を散らしました。

 その一瞬の隙にグレーテさんの姿を見失ってしまいましたが、私は勘の赴くままに左手のナイフを投擲しました。


「……残念」


 判断が一瞬遅く、ナイフはグレーテさんを掠めて壁に深く突き刺さるだけでした。

 その隙を逃さずグレーテさんは迫ってきたので、私は左手を大きく振りながら横へ飛んで距離をとろうとしましたが、避ける方向へ投げナイフを放たれて足を止められてしまいました。


「逃さない」


 そして動きを止めた隙に接近され、突き出された暗器の刃を右手のナイフで弾きましたが、グレーテさんの本命は反対の手に握られたナイフ。

 対して私の左手は無手。お互いの力量差から回避は難しく、グレーテさんも確信したような口元を緩めていましたが……。


「あれっ!?」


 間の抜けた声を挙げ、初めて動揺した表情に変わりました。

 なにせ明らかに何もない空間なのに、振るおうとした腕が引っ掛かるように動きを止めたので、驚くのも無理はないかもしれません。

 おそらく冷静な状態であれば見えたでしょう。壁に刺さったナイフに、繋がれた細い糸がグレーテさんの腕に巻き付いている事にです。

 これはシリウス様から教わった糸を使った戦法です。ちなみに糸はフィアさんが持っていた予備の弦を分けてもらいました。


「何でー……っ!?」

「もう遅いです……『風衝撃エアインパクト』」


 そして生まれた致命的な隙に私は左手を伸ばし、グレーテさんの腹へ目掛けて魔法を放ちました。

 以前なら放った風の玉が、周囲へ圧縮した風を放つ魔法でしたが、今はシリウス様の『インパクト』のように指向性を持たせて放てるようになっています。

 零距離からによる激しい風の衝撃はグレーテさんをふっ飛ばし、その背後にある壁に背中から激突させました。

 ですがまだ意識があるようで、壁を背に立ったままのグレーテさんは己の胸元に右手を差し込もうとしています。


「させません!」


 すでに駆け出して目の前まで迫っていた私はナイフを振るい、グレーテさんの右腕を切り飛ばします。

 咄嗟だったせいもありますが、何故かグレーテさんの右手に違和感を覚えていたので、私は大した抵抗もなく行えました。いざとなればシリウス様に繋げてもらえるなんて甘い考えもあったかもしれません。


「あ……」

「治してもらえるよう、お願いしてみますからね」


 そして顎の下から掌を打ち込み、今度こそグレーテさんの意識を刈り取りました。

 それと同時に魔石が足元に落ちたので、強引に阻止したのは正解だったようです。おそらくこの魔石は、先程見た爆発の魔法陣が刻まれたものでしょう。


「……っと、いけません。考えるのは後ですね」


 人目に付きたくないのもありますが、切り飛ばした手首をくっ付けるには素早い対応が必要ですからね。

 グレーテさんの止血を手早く済ませてから右腕を探していると、水で保護した右腕を空中に浮かばせているリースがいつの間にか立っていました。見ればその背後にホクトさんとフィアさんもいますので、どうやら途中で見られていたようですね。


「お疲れ様エミリア。手の保護は任せて」

「糸を使った戦闘が上手くなったものね。それとシリウスから大体の事情は聞いたけど、今は早く戻った方が良さそうね」

「はい。リースの御蔭でしばらく大丈夫かもしれませんが、やはり時間との勝負ですから」

「だけど……本当にグレーテさんなんだ。すぐに治してあげたいけど、まずはこっちだよね?」

「甘いわね。でもまあ、それが貴方たちか」

「オン!」


 大切な主の命を狙った人なのに、生かすどころか切った腕を治してもらおうとする私たちは本当に甘いのでしょう。

 ですがグレーテさんの様子がおかしかったですし、結果がどうなるにしろ腕を失っているよりある方が良い筈ですから。

 シリウス様曰く、やらないよりやって後悔しろ……ですね。

 そして気絶したグレーテさんをホクトさんの背に乗せて、私たちはシリウス様が待つ王狼館へと戻るのでした。






 ――― シリウス ―――






 帰ってきたエミリア達と合流して情報を共有した俺たちは。本日二度目となるアービトレイの城へとやってきていた。

 すでに夜も遅いので通してもらえるか不安であったが、普通に正門を突破出来た。


「百狼様だけでなく、貴方たちはあのイザベラ様に認められた人たちですからね」


 ほとんど喋らないが、あれ程の強さを持っている人物になると影響が大きいらしい。とにかく俺たちはもう顔パスで通れるようだ。

 対応しにきた兵士へ獣王に火急の用事だと伝えてもらうように頼み、俺たちは城の使用人に案内された客間で待っていた。

 城の三階にある客間の大きな窓からは、俺たちが戦った試合場と城の裏手にある広大な森と山が見えていた。外は暗いので細かく見えないが、あの森と山は相当広いようだな。


 部屋に備え付けられたテーブル前の椅子に座って待っていると、マクダットを連れた獣王が現れた。

 来なかったら呼ぶように頼むつもりだったが、とにかくこれで役者は揃ったようだな。

 最初は首を傾げていたが、俺たちの放つ雰囲気から非常事態だと理解したのだろう。獣王とマクダットは真剣な表情で俺たちの対面に座ってきた。


「随分と急な来訪のようだが……何かあったようだな?」

「はい。ですが説明する前に人払いをお願いしたいのです。内密で済ませるべき事だと思いますので」

「……いいだろう」


 俺の要望に疑問は湧いたようだが、負い目のある俺たちの話を簡単に断れないのもあったのか、部屋にいた使用人へ退室するように指示を飛ばしていた。

 そして客間に俺たちと獣王とマクダットしかいなくなったところで、ようやく本題に入る事にする。


「これで良いだろう。改めて聞くが、このような時間に一体何の用だ?」

「先程ですが、無視出来ない問題が発生したのです。簡単に説明しますと……俺の命が狙われました」

「何だと!?」

「すでに犯人は確保しています。レウス」

「おう!」


 そしてレウスが宿から抱えていた大きな袋を床に降ろして中身を出せば、獣王とマクダットは目を見開いていた。


「グ、グレーテ!?」

「これは……一体? 何故私の部下がー……まさか!?」

「ご想像の通りですよ。彼女が私の命を狙ってきたので、やむを得ず撃退して捕縛させていただきました」


 力なく下がっている両手が縛られたグレーテは目覚めているが、口に猿轡をはめて喋れないようにしてある。

 ホクトとレウスに見張られて完全に逃げ道を失った彼女は、獣王の鋭い視線から逃れるように目線を逸らしていた。


「それは真なのだな?」

「私が嘘をついたところで利点がありませんからね。それに、やるならもっと確実な手段を取りますよ」


 明日からメアの教育をするので、何か欲しいならその時にメアを人質にすればいいのだから。

 一人の護衛を矢面に出して騙すには少し弱いだろうし、獣王ならそれに気付いている筈だ。

 俺たちに目立った外傷がないと確認した獣王は一先ず安堵していたが、彼女の上司であるマクダットは慌てて獣王に詰め寄っていた。


「お待ちください獣王様! 私の部下がこのような愚かな真似をする筈がありません!」

「彼女はメア様の為だと頻りと口にしていましたね。理由はわかりませんが、私がメア様の教育係になるのに不満があったのでしょうか?」

「き、君がグレーテに無理矢理迫ったせいでは? 彼女はとても男好きな体をしていますから、色香に惑わされてもおかしくはー……」

「もう止めるのだマクダットよ。私はお前とグレーテを信じたいところだが、彼等ならこのような手段を取る必要はないと納得も出来るのだ。とにかくグレーテからも事情を聞いてみるべきだろう」


 しかしそのグレーテは何もかも諦めたように俯いたままである。

 そんな彼女の言い分を聞こうと近づく獣王だが、マクダットが頭を下げながら割り込んできた。


「申し訳ありません獣王様。まずは……私からグレーテと話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……いいだろう」


 そしてマクダットはグレーテの前に屈み、猿轡を外してから優しく語りかけていた。


「グレーテ・リコエル……私の質問に答えなさい」

「……はい」

「お前は本当に……シリウス君の命を狙ったんだな?」


 マクダットの問い掛けを受け顔を上げたグレーテは、虚ろな目をしたまま静かに頷いていた。


「……はい。シリウス君の命を……狙いました」

「それはメアリー様の為にやったのだな? お前の独断行動であると認めるのだな?」

「はい……メアリー様の為に、私の独断でやりました」


 打てば響くようにあっさりと自供するグレーテに、マクダットは首を横に振りながら頭を抱え始めていた。


「お聞きの通り、彼女の独断行動で間違いないようです。何て愚かな事を……」

「部下の暴走を阻止出来なかったお前には後で罰を与える。だがグレーテ……お前は冤罪で迷惑をかけた彼等にこのような事を仕出かしてしまった。一体どう詫びるつもりなのだ?」

「獣王様……もはや死んで詫びるしかありません。グレーテ・リコエルよ。己の罪が許せぬのなら、舌を噛むなりして今すぐ果てよ!」

「待て! そこまでする必要はないー……」


 獣王が止めようとするより速く、グレーテは少しだけ口を開けて舌を噛み切るような動きを見せていた。

 今にも自害しかねないグレーテを、俺たちは何も出来ず見つめるだけで……。



「……それは出来ない」



 いや……動く必要がなかったと言うべきだな。

 たった一言であるが、グレーテは明確な拒絶を見せたのだから。

 罪に苛まれようと、死ぬのを嫌がるのは普通だと思うのだが、グレーテの拒絶に一番反応を見せていたのがマクダットだった。


「そ、そんな子供のような言い分が通ると思うか! グレーテ・リコエル……お前は罪を冒したのだ! 死して償うのが当然であろう!」

「嫌です。死ぬならメアリー様の為に死にたいし、罪は生きて償う」

「グレーテ・リコエル! お前はー……」

「……無駄ですよ、マクダットさん」


 何度も彼女の名を呼ぶマクダットだが、俺は途中でそれを遮るようにグレーテの拘束を解いたのである。

 その行動に獣王も驚いているが、グレーテは逃げるどころか跪いたまま大人しくしていた。


「もう彼女は貴方の命令には従いませんよ。罪を全てグレーテに押し付けて自害させる……予想通り証拠隠滅を図ろうとしましたね」

「証拠隠滅? 何を言っているのですか、グレーテが自らの罪を認めたでしょう?」

「あれはただ貴方の言葉を復唱していただけです。そうしろと私が指示したのですけど……」


 マクダットの動きを見る為に、グレーテには演技させていたのだ。

 そして本性を知る事が出来たわけだが、それも答えを知る事が出来た俺たちだからこその行動であろう。

 何か言い返そうとするマクダットを無視し、俺はグレーテの肩を叩きながら獣王に視線を向けた。


「獣王様。今から語るのがグレーテの本音になります。それを聞いてから判断してもらえませんか?」

「ふむ……理解出来ぬ事は多いが、皆の意見も聞く事は変わらぬ。話すがよいグレーテ」

「ありがとうございます。私は……確かにシリウスの命を狙いました。それは真実だから、きちんと償います。けど……私はシリウスを殺したかったわけじゃない。彼が敵だとマクダットに無理矢理思い込まされ、殺すように誘導されたのです」

「リコエル! 口を閉じるのだ!」

「殺したくなかったのに、思い込まされただけで殺そうとする。よくわからん状況だな?」

「ただ言い聞かせていたわけではないのですよ。もっと深く……明らかにおかしいのに、それが当たり前だと思い込ませる技術があるのです」


 複雑な状況に獣王が首を傾げているので、俺は殺されかけた時の状況と、グレーテに何が起きているか説明するのだった。






 話は数時間前に遡る……。


 グレーテが俺の暗殺に失敗して逃げた後だ。

 空中の爆発で慌ててやってきた王狼館の従業員を何とか誤魔化して帰らせ、割れた窓の片付けが終わった頃……エミリアたちはグレーテを確保して帰ってきた。

 そして体の手入れを済ませたエミリアと仲間たちに見守られながら、俺はベッドに寝かせたグレーテの腕をくっ付ける為に『ストリング』で血管を一本一本繋いでいた。

 女性陣に頼んで所持品検査と暴れないように拘束も頼んだので、突然起き上がって襲われる心配はないだろう。枕元にはホクトを待機させているので、何かしようにも瞬時に取り押さえられるだろうが。


「申し訳ありません。私のせいで余計な手間を……」

「気にするな。お前の判断が誤っていたわけじゃない」 


 正直に言わせてもらうなら、肉体的にも精神的にもかなりきつい状態だ。

 それでも現在やっている事は手術なので、疲労を誤魔化しながら集中して作業を続ける。

 大体一時間くらいだろうか? 切れた重要な血管と骨を全て繋ぎ合わせたところでリースに代わってもらう。


「お疲れ様。後は全体的に治すだけだよね?」

「ああ、糸を外すのは俺が合わせるから、リースは治療に専念してくれ」


 最後にリースの治療に合わせて血管や骨を繋いでいる『ストリング』を消していくだけだ。

 リースの治療魔法が浸透する間、エミリアに淹れてもらった紅茶を飲みながら一息吐いていると、レウスがグレーテの寝顔を眺めながら呟いていた。


「……グレーテさんのやった事は絶対に許せねえけど、何で兄貴の命を狙ったんだろ?」

「質問してもメアちゃんの為だって一点張りなんでしょ? あの城の人たちと獣王一家の反応からして、やっぱりメアちゃんの事による暴走かしら?」

「メアちゃんに悪影響を与える……言いがかりにしてはちょっと酷過ぎると思う。これは許しちゃいけないよね」

「城へ突き出すのは決定しているし、償いもしっかりとな。だが、城へ向かう前にちょっと調べたい事がある」


 そして治療が終わって『ストリング』を消し、後はグレーテが目覚めるだけになったところで、俺は近くのテーブルに置いていた腕輪を手に取った。


「それは……グレーテさんが身に着けていた腕輪ですよね?」

「ああ、切断された腕に着いていたやつだ。さっきからどうも気になってな」

「では、それが原因でグレーテさんがこのような行動を起こしたのでしょうか?」

「可能性は高いが、確実とは言えないな。ただ……何か引っ掛かる。少なくともこいつから魔力は放たれていないし、外部から何か受信しているわけじゃなさそうだが……」


 腕輪を調べてみれば、裏面には複雑で細かい魔法陣が刻まれていた。

 初めて見る魔法陣だが……この腕輪で一番気になったのは魔法陣よりもっと別の存在であった。


「やれやれ。次から次へと……飽きないものだ」


 今日は……長い夜になりそうだ。

 この事件が終わったら、感知の鋭いホクトに添い寝してもらって朝までぐっすり寝てやろうと思う。


「兄貴、やっぱり腕輪が悪いのか?」

「それはわからないが、こいつは師匠が作った魔道具って事は判明したよ」


 グレーテの腕輪に刻まれていたのは、魔法陣と師匠の刻印だった。


 師匠がまだエルフで世界を巡っていた頃、遊び半分で様々な魔道具を作ったと言っていたので、これもその一つなのだろう。

 しかし師匠の魔法陣は独特過ぎて効果がわからないので、これで操られていたと確証出来ない。今まで様々な師匠の魔道具を見つけてきたが、本当にどうでもいい物が数多くあったからな。

 というわけで……。




『ああ……確かにそれは私が作ったやつだねぇ』


 屋敷の外に出た俺たちは、師匠に直接聞いてみる事にした。ちなみにホクトはグレーテの見張りで屋敷内である。


『でもそいつの効果が思い出せないさね。腕輪タイプなんて腐るほど作ってきたからねぇ……』

「毎度思うんだが、忘れるくらいなら作るなよ。せめてメモでもいいから資料を残しとけ」


 傍から見て、今の俺たちは地面に突き刺した木製ナイフに話しかける怪しい集団にしか見えないだろう。

 だが他の人には聞こえないだろうが、俺たちには確かに師匠の声が聞こえて会話をしているのである。


『うーん……思い出せないねぇ。喉が渇いたねぇ……』

「……エミリア」

「はい、熱いので気を付けてくださいね」

『いやいや、この熱いのがいいのさね。うーん……紅茶に少し乱れが見えるけど、やっぱり美味しいねぇ……』


 そしてエミリアが淹れた紅茶をナイフに注げば、気持ち良さそうな師匠の声が脳内に響き渡っていた。


 さて……この状況を詳しく説明すると、師匠から貰った木製ナイフには師匠の意志があった……と言うべきだろうか?

 正確に言えば師匠の分体と言うべきかもしれないが、とにかくこのナイフには師匠の意志と知識が込められていて、条件さえ整えれば俺の『コール』みたいに語る事が出来るので会話が可能なのだ。

 このナイフを貰ってから数ヶ月経った後に判明したのだが、当然ながら簡単に会話が出来るわけじゃない。


 材質が木のせいなのか、何故か地面に刺していないと駄目だし、更に膨大な魔力が必要なので近くに魔石を埋めていないと出来ないのである。

 一個で金貨が十枚近く必要な魔石を使って会話が数十分程度……金が幾らあっても足りない。一回使う度に魔石は砕け散るので、俺たちが金欠になりかけた原因の一つがこれだったりする。

 そんなわけであまり頼りたくないのだが、今回は急ぎもあるので相談する事に決めていた。


『おかわりさね!』

「欲しかったら早く思い出せ」

『仕方ないねぇ……ちょっと腕輪を乗せてごらん』


 このナイフ……度々へし折りたくなる衝動に駆られるが、今まで折れるどころか欠けた事すらない。

 燃えはしないが、火を浴びせたくなるのを我慢して腕輪をナイフに乗せてやった。


『ふむ…………この魔道具は、発動すれば装着者を催眠状態……暗示をかけやすい状態にさせる魔道具のようだねぇ』

「子供の頃に、兄貴が俺を眠らせる為にかけたあれか?」

「それと似たようなものだ。そうなると、やはりグレーテは暗示を掛けられていたようだな」

「シリウスを殺すのがメアちゃんの為になる……暗示内容はこんなところかしらね?」

『ああ、思い出してきたさね。確かこれを作った理由は、旅の途中で紅茶が飲めないっていう愚か者がいたから、暗示をかけて無理矢理飲ませる為に作ったさね。いやぁ、まさかこんな事に使われるとはねぇ……はっはっは!』


 いや、理由も含めて笑い事じゃないだろ。

 だけど師匠もこんなあくどい使い方をする為に作ったわけじゃないからな。魔道具にしろ武器にしろ、結局は使う人次第というわけだ。


「グレーテさんは許せない事をしましたけど、もっと許せないのは暗示をかけた人です!」

「私もだよ! 暗示をかけて殺人を仕向けるなんて……人として許せない!」

「誰だか知らねえけど、そいつを探し出してぶった斬ってやる!」

「ほらほら、怒りはわかるけど落ち着きなさい。特にレウス、犯人なんて冷静に考えてみれば大体予想が付くでしょ?」


 俺がメアの教育係になって面白くない奴なんて一人しかいない。

 何より……いや、まだあまり会話をしていないから確定するには早い。

 とにかく直接会って、そいつを見極めなければなるまい。


 師匠との会話を終えて屋敷に戻った俺たちはグレーテに腕輪を着け、目覚めると同時に師匠から聞いた起動キーを使って魔道具を発動させてから、グレーテにかかっていた暗示を解いたのである。

 暗示が解けた事によって己の仕出かした事の重大さに気付いたグレーテは、床に頭突きする勢いの土下座を見せるだけでなく、服を脱ぎ出して体で償おうとした。

 女性陣の手腕によってその場は何とか収まり、落ち着いたところで俺は改めてグレーテへと向き直った。


「君を城へ連れていく事は決定しているし、今回の処罰は後で決めようと思う。だが、少しでも罪を償いたいと思うなら、俺たちに協力をしてほしい」

「……私に出来る事なら何でもする。それはきっとメアリー様の為になると思うし、たとえ死刑を宣告されたとしても、私はメアリー様の為になって死にたいから……」


 それから犯人の本性を上手く引き出せるように、打ち合わせと幾つかの細工を仕込んでから俺たちは城へやってきたわけだ。






「……というわけで、グレーテは魔道具によって意識が混濁させられ、マクダットに嘘偽りを刷り込ませられたわけですね。暗示と呼ばれる手段の一つです」


 要するにグレーテは蜥蜴の尻尾切りに使われたわけだ。

 グレーテが暗殺に成功すれば目障りな俺が消えるし、もし失敗して現時点のような状況になったとしても、彼女に自害を命じて証拠隠滅を図ろうとしたわけだ。


 師匠についてはぼかしたが、俺の掻い摘んだ説明に獣王は納得するように頷いていた。


「なるほど……な。あの者がグレーテの家名をしつこく口にしていたのは……」

「はい、それが起動キーだったのですよ」


 犯人がグレーテの事をフルネームで呼んでいた理由は、彼女の家名である『リコエル』という言葉が腕輪の起動キーだったからだ。

 ちなみに腕輪の魔法陣は城へ来る前に発動しないよう細工済みである。


 そんな俺の説明によって完全に沈黙した犯人……マクダットに全員の注目が集まるが、彼は無表情のまま立ち尽くすだけだった。


「マクダットよ、彼等の説明は非常に納得出来るのだが、お前から何か説明はあるか?」

「……いいえ、何もありませんよ。ここまで見事に私の策を見破るなんて思わなかったので、むしろ彼等を褒めたいところです。実に興味深いねぇ……」


 獣王に問い詰められて観念する素振りを見せたかと思えば、マクダットは楽しそうな笑みを浮かべていたのである。

 ふむ……どうやら予想通りのようだな。


「申し訳ありません獣王様。全て彼等の説明通りで、私はメアリー様の教育係を奪われるのがー……」

「茶番はよせ」


 そしてマクダットは罪を認めていたが、俺はそれを遮るように割り込んだ。

 突然そんな事を言い出した俺に仲間たちと獣王が首を傾げているが、俺はマクダットに鋭い視線を向けながら続きを口にする。


「……シリウス様?」

「どうしたんだよ兄貴?」

「肉体だけじゃなく魔力を変えられる方法は知らんが、その獲物を見る独特の気配は変える事が出来なかったようだな」

「……一体何の事ですかな?」

「マクダットもどうせ偽名なんだろう? 一年前に見た時は……女だったしな」


 彼はどこにでもいるような人族の男にしか見えないのだが、俺はあの笑みで確信した。

 一年前……パラードの戦いで逃がした唯一の獲物なのだから、忘れる筈もあるまい。


「俺に撃たれた傷は完治しているようだな?」


 その言葉にマクダット……いや、謎の存在は醜悪な笑みを浮かべていた。




※補足説明

最後のシリウスが口にしている人物は『駆ける銀牙(裏)』にて登場しています。



 おまけ

 一部シーンから抜粋。


 暗示が解けた事によって己の仕出かした事に気付いたグレーテは、床に頭突きする勢いの土下座を見せるだけでなく、服を脱ぎ出して体で償おうとした。


「貴方たちの気が少しでも済むなら、私を好きにしても構わない。見た目はその子たちに比べたら見劣りするけど、体には自信があるからー……」

「はあぁ!」

「甘いぜ姉ちゃん!」


 グレーテが下着姿になった瞬間、エミリアは弟に目潰しを仕掛けていたが……レウスは見事に防御していた。

 以前にもやられた事もあるので、レウスの危機回避能力はかなり高い。

 目を塞ぐのに失敗したが、レウスは姉と攻防を続けているのでグレーテを見る余裕は全くなさそうだ。状況はどうあれ、見せないという意味では成功している。

 そして俺だが、背後に立ったリースの掌によって優しく視界が塞がれていた。


「だ、だーれだ?」

「別に無理せず普通に塞げばいいだろうに。だけどまあ、その初々しさが実に可愛らしいな」

「はいはい、脱いじゃうと話にならないから、貴方は服を着ましょうね」


「……自信が無くなってきた」


 我が家の女性陣は色んな意味で強かった。








 ホクトと師匠

 ※少し設定無視な感じなので、寛大な心でお読みください。




 それは師匠から貰ったナイフが師匠の分体と判明し、二度目の会話の事である。

 ある程度慣れたとはいえ相変わらず師匠が苦手なのか、ホクトはナイフに近寄りもしなかったのだが、二度目の会話時には近づいていた。


『おや、ワンちゃんかい? 元気そうじゃないか』

「…………オン」


 地面に刺さったナイフと大型の狼が見つめ合う光景……実にシュールだ。


『ところで今更なんだけど、あんたの主は女の扱いが上手になったもんだねぇ』

「オン?」

『山奥で私とあんただけの生活だったから、実はちょっと心配していたのさね』

「オン!」

『夜も満足させているようで何よりさね。だけどね、女ってのは偶に強引なのも望んでいるもんさ。特にエミリアは縛りプレイも有りかとー……』

「よーしホクト、取ってこーい! そして存分にマーキングしてやれ!」

『ちょ、何をするんだい!』

「オン!」

『こら! 噛むのはいいけど、爪はー……あーっ!?』





 結果……ナイフは傷一つ付きませんでした。

 ホクトは爪でマーキングしようとしたようだが、爪もナイフも無傷だったのでホクトが少し凹んでいた。


「……無傷だった癖に何で叫んだ?」

『木だから……としか言えないねぇ。あんたも木になってみればわかるさね!』

「わかるか!」


 つまり人間止めろって事か。

 理解は一生出来そうにない。








 遂にワールド・ティーチャーの書籍2巻が発売されました。

 これもこの作品を読んでくださる読者様の応援の御蔭です。

 1巻の時と同じく発売日が過ぎても中々実感が湧かず、本屋で並んでいるのを見て、一人にやけて実感する怪しいおっさんと化しています。



 次回の更新は今度こそ七日後……です。


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