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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十七章 獣国

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主に仕える者たち

 イザベラとの戦いが終わり、メアの家族だけじゃなく城に勤める獣人たちにも認められた後、俺たちは色々と話し合ってから町の宿である王狼館に戻っていた。
 昨日と同じく城に泊まるのを勧められたが、今日も宿で休む事にしたのである。
 理由は様々だが、一番の理由は俺が宿から動けなくなっていたのだ。
 何故なら……。

「紅茶を飲まれますか? 他にも何か必要な事があればすぐにお申しつけください」
「傷は少なかったけど、今日はもう無理したら駄目だからね」
「安眠できる子守唄でも歌ってあげましょうか?」
「警備は俺がやるから、兄貴は安心して休んでいてくれ」
「オン!」

 俺の消耗した姿を訓練以外で初めて見たせいか、仲間たちが安静にしてほしいと俺をベッドに縛り付けているからだ。
 別にロープ等で縛られているわけじゃないが、常に誰かが周囲にいて俺が動かないように見張っているのである。
 まあ、魔力はすぐに回復出来ても、久しぶりに限界近くまで酷使した肉体の疲労によって辛いのは確かだ。元からしっかり休むつもりだったので現状に不満はない。

 そんな弟子たちの中で一番冷静にしているフィアは、ベッドに寝ている俺に視線を向けながら不思議そうに首を傾げていた。

「それにしても、よく教育係の話を受けたわね。周りからあんなに心酔されている子だから断るかと思っていたわ」
「ふむ……心酔されているから受けたのさ」

 イザベラと戦った後、俺はイザベラからメアの教育をしてみないかと誘われた。
 フィアの言葉通りメアの教育係をやれば面倒な事になるだろうが、色々と気になる事があったので俺はそれを受けたのだ。
 そしてあの場では何も言わなかったが、やはり気になっていたのだろう。フィアの質問を皮切りに、姉弟も俺に疑問をぶつけ始めたのである

「何で兄貴がそこまで気にするんだよ?」
「レウスの言う通りです。確かにメア様は純粋で放っておけない子でしたけど、シリウス様がそこまで苦労を背負う必要はないと思います」
「確かに初っ端の扱いは最悪だったけど、放っておいたらこの国自体がやばそうな気がしてなぁ……」

 家族だけならまだわからなくもないが、周囲が見せるメアへの執着っぷりは明らかに異質だ。
 それこそ、もしメアが隣国と戦争したいと言い出せば普通に開戦してしまいそうなくらいにである。
 今はメアが純粋な子供だから良いだろうが、彼女が成長して欲に塗れた貴族みたいな女性になってしまったら……この町が将来どうなるかわかったものではない。
 とにかく面倒事は多そうだし、他人である俺が関わる必要はないだろうが、もっとイザベラと戦わせてレウスの経験にさせたいし、城で振る舞われた初めて見る食材を教えてもらったりしたいので、俺としてはもう少し付き合っていたいのである。

「あと、個人的な話だが、メアには魔力の扱い方をしっかり教えておきたいんだよ。目だけじゃなくて全身の『ブースト』を覚えさせれば、メアはもっと母親と触れ合えそうな気がしてな」
「私も同じ意見だね。母親がいるのに、あんな寂しい目をした子はあまり見たくないもの」
「それに今回の件で大きな貸しを作ったからな。メアに嫌われない限り、多少の我儘は許されるだろうさ」
「そうね。あの様子ならメアちゃんに嫌われる事はなさそうだし、気を付ければ大丈夫そうね」
「もう一つ言わせてもらうなら、ここでガツンと稼いでおこうと思ってな。上手く指導出来れば、報酬とか期待出来そうだろう?」

 冤罪によって慰謝料を貰える事になったが、消費の多い俺たちになるとまだ潤沢とは言えないのである。
 そんな風に俺の考えや、弟子たちの意見を聞きながら方針を纏めたところでエミリアが紅茶を淹れてくれたので、それをいただきながら一息吐いていた。
 話が終わるのを待っていたのだろう。ベッドの傍に寝ていたホクトが俺の胸元へ顔を寄せてきたので撫でていると、不意にレウスが窓の外へ鋭い視線を向けていた。

「兄貴。この屋敷に誰か近づいてきてるぜ?」
「ふむ……どうやら客のようだな。上がってもらいなさい」
「わかりました。迎えに行ってきますね」

 俺に撫でられて甘えているホクトが警戒していないから、こちらに迫っているのは敵じゃないのは確かだろう。
 念の為『サーチ』で相手を確認したところで、だらしなく俺の胸に擦り寄っているホクトを見て思う……。

「クゥーン……」
「……甘えて警戒が疎かになっているわけじゃないよな?」
「オン!?」

 心外だと言わんばかりに吠えられた。
 謝罪しながらホクトを撫で続けていると、客を迎えに行くと口にしたエミリアがその場から動いていない事に気付いた。

「……羨ましいです」
「はぁ……おいで」
「はい! うふふ……」

 満面の笑みで近づいてきたエミリアの頭を撫でてやれば、彼女は尻尾を振りながら喜んでいた。
 そして十分に堪能してから、客を迎えに玄関へと向かうのだった。

「いつまで経っても甘えたがりは変わらないな。嬉しいような、悲しいような……」
「あら、ちゃんとエミリアも成長しているじゃない。以前ならもっと強引に頭を近づけてきたでしょ?」
「それもそうだが……ところで、何故フィアも近づいてくる?」
「あら、私だって甘えていいじゃない? 大人でも恋人に撫でられたら嬉しいもの」
「……わ、私もいいかな?」
「じゃあ最後に俺だな!」
「オン!」
「お前はさっきやっただろうが」

 そんなわけで順番に撫でる羽目になったが、流石に俺より一回り大きくなった男のレウスを撫でるのは違和感がある。
 まあ……本人は気にしていないようだし、俺も気にせずレウスのツボを突くように撫でてやれば、レウスは悶えながらも喜んでいた。

「おおぉ……やっぱり兄貴はわかってるなぁ……」
「……どういう状況?」
「いや、いつも通りだから気にしないでくれ」

 俺たちとは違う声に振り返れば、エミリアに案内されて部屋にやってきたグレーテがだらしない表情を浮かべているレウスを見て首を傾げていた。
 とりあえず腑抜けたレウスを横へやってベッドから起きようとしたが、グレーテは構わないとばかりに首を横に振っていた。

「相当疲れているみたい。私の事は気にせず休んでて」
「じゃあお言葉に甘えるよ。それで俺たちに何か用かい? 明日改めて城へ向かうつもりだが……」
「うん。ちょっと急ぎの用があって来たの」

 相変わらず眠たそうな目だが、少し焦りの感情が含まれているようだ。
 詳しく聞いてみれば……俺がメアの教育係に選ばれたせいで嫉妬し始めた獣人が現れたらしい。

「だから、そういう連中が嫌がらせに来るかもしれないから、私が見張りにきた」
「何だよそりゃ? あのマク……マクダー……何だっけ?」
「マクダットさんだよ。でも、本来の教育係が認めたのにそれはちょっと大人気ないよね」

 教育係を頼まれて俺が了承した時、メアの現教育係であるマクダットは面白くない筈なのに快く許可してくれた。
 ここに長居する予定はないときちんと伝えているのだが、レウスとリースの言う通りその連中は大人気なさすぎる。これもメアの魅力ゆえなのだろうか?
 纏めると、そういう連中に備えて今日はここに泊まらせてほしいというわけだが……。

「心遣いは嬉しいけど、俺たちの仲間は優秀だから見張りは必要ないと思うぞ?」
「でも私はメアリー様から頼まれた。皆にこれ以上迷惑を掛けたくないからって、一番信頼されている私が選ばれたのに……」

 ふむ……メアから直々に頼まれたとなれば断り辛いな。メアの信頼に応えたいが為に、縋りついてでも懇願してきそうだ。
 考えてみれば自分たちの不始末に対応しにきたのだから、無理に断る必要もない……か。

「なら頼んだよ。俺も久しぶりに気を抜いて休みたいし」
「そうですよ、シリウス様はもっと休んだ方が良いのです。後は全て私たちにお任せ下さい」

 エミリアだけじゃなく、他の仲間たちも任せろとばかりに頷いてくれた。
 そして同室にあるテーブルに座り、警備の配置やグレーテの寝る場所について話し合っている途中でフィアが徐に質問をしていた。

「ねえ、貴方はマクダットの部下なのよね? あの人はシリウスが教育係をする事に関して本当に納得したの?」
「……そう言った筈」
「でもあの時は獣王様がいたから本音が言いにくいでしょ? ほら、あの人もメアちゃんが可愛くて仕方なさそうだったし、不本意だとシリウスもやり辛いでしょう?」
「大丈夫。メアリー様も望んでいるから、文句は無いって」

 そのまま雑談を続けている内に外は暗くなり、冒険者や住民が酒場で騒ぎ始める夜の時間帯となった頃、俺たちに再び客が訪れたのである。

「遅くに申し訳ありません。実は、ホクト様にお頼みしたい事がありまして……」

 俺たちの前に現れたのは王狼館の支配人だった。
 支配人曰く、ホクトが町を堂々と歩ける情報統制の為の最終会合がこれから行われるそうだが、その会合にホクトも出席してほしいそうだ。

「ホクト様の御姿を直接見れば、まだ話でしか聞いた事のない連中も奮起するでしょう。他にも今後の打ち合わせもしたいので、なるべく参加していただきたいのですが……」
「クゥーン……」

 どうしようと言わんばかりにホクトが俺に顔を向けてくるが、お前の自由にしろと言って頷いた。
 その言葉にしばらく考えていたホクトが軽く吠えると支配人が喜んでいたので、どうやら出席するのを決めたようである。支配人は俺たちを格安で泊めてくれただけでなく、特別な部屋まで用意してくれたので義理を果たそうとしているのだろう。
 会合はほんの一、二時間程度だが、宿から少し離れた場所で行うらしく、支配人は宿の入口で待っていると伝えてから出ていった。

「ふむ……ホクトに何かするとは思えないが、一応誰か付いて行った方が良さそうだな」
「それなら私が行くわ。だからシリウスはゆっくり休んでいなさい」
「フィアさんはエルフだから、人族の私もいた方が良いよね?」

 エミリアは俺から離れたがらないだろうし、レウスも今日の戦いによる疲労があるので残る事になった。
 アホな連中に狙われやすそうだが、ホクトの戦闘力に精霊魔法が使える二人となれば危険なんて皆無に等しいので安心して見送れる。そもそもホクトに手を出せば周囲の獣人が許すまい。
 それから準備を整えて部屋を出ていく二人と一匹を見送っていると、最後にホクトが姉弟へ向かって吠えていた。

「オン!」
「はい、こちらはお任せ下さい」
「グレーテさんもいるし、こっちは大丈夫だよ」

 おそらくホクトは俺の事を頼んだぞ……と言っているのだろう。
 自信満々に答える姉弟に、ホクトは満足気に頷いてから会合へと向かうのだった。

「シリウス様。申し訳ありませんが、食器を洗ってきますので少し席を外します。何かあればいつでも呼んでください」
「ここにいると兄貴が落ち着けないから、俺も居間にいるよ」
「じゃあ私は、屋敷の周辺を一度見回ってくる」

 こうして騒がしかった部屋が急に静かになったので、俺は起こしていた上半身をベッドに預けてから深く息を吐いた。
 壁を一枚挟んだ向こう側に姉弟はいるが、部屋に俺だけって状態も久しぶりだと思う。
 明日からメアの教育で忙しくなるだろうし、少し早いけど今日はもう休んだ方が良さそうだな。
 俺は毛布に包まりながら目を閉じた。





 ――― ???? ―――





 闇夜に紛れ、なるべく目立たないように気配を殺しながら屋敷を歩く。

 彼等の戦力を削る為に、わざわざ手を回した甲斐はあった。
 気配に鋭い百狼様だけ切り離す為だったけど、予想以上に戦力を削れて運が良かったと思う。
 屈強な銀狼族の男は残ってしまったけど、彼は今日の戦いで疲れが溜まっているせいか動きが鈍い。万が一戦う事になっても、やりようは幾らでもある。
 つまりこの屋敷で実質的な戦力は……エミリア一人だけ。

 時間は有限だけど、焦る必要はない。
 事前に伝えたように、私が外にいる不自然さはない筈だ。
 屋敷の周囲を見張る振りをしながら、手筈通り胸元から睡眠薬をー……。

「……あれ? こんな道具持ってー……違う。私のだった」

 取り出した睡眠薬に疑問が湧いたけど、気のせいかもしれない。
 これは……そうだ。この丸薬に火を点ければ僅かに白い煙が出て、それを吸った相手を深い眠りに誘う特殊な睡眠薬だ。煙は匂いがしなくてわかり辛いから、自分が吸わないように気をつけないと。
 指先から小さな『フレイム』を発動させて丸薬を近づけ、解けるような音が聞こえたところで空き部屋の窓からそれを放り込んでいく。
 おそらく四つも放り込めば、煙は屋敷内に充満する筈だ。
 見張る振りをしながら屋敷の周囲を歩き、最後の丸薬を放り込んだ後で少し離れた岩陰に隠れた。

「それで、三百数えるまで……待機」

 この煙は即効性だけどしばらくすれば無害になると聞いてー……なるから、屋敷に戻るのは時間を置いてからだ。

 ゆっくりと数えながら、煙が無害になるのを静かに待つ。
 その間もずっと胸の奥がもやもやするけど……やっぱり気のせいだ。
 これは……正しい事なのだから。



 煙が無害になったところで屋敷に戻れば、レウス君は居間の椅子に座ったまま寝息を立てていた。近づいてみたけど全く起きる様子がないので、煙の効果は十分のようだ。
 その横を通り抜けて部屋に入れば、目標がベッドで静かに寝入っているのを確認出来た。
 明かりが消され、窓から注ぐ月明かりだけの部屋で耳を澄ませてみれば、規則正しい寝息が……二つ。
 見れば唯一の戦力であるエミリアが、目標の胸元に顔を乗せたまま眠っていた。きっと異常を感じて主の下に戻ったけど、ここで力尽きて眠ってしまったのだろう。

「……穏やかね」

 寝ていても主の匂いを感じているのか、彼女の寝顔はとても安らかだ。
 まだ短い付き合いだけど、エミリアは彼の事が本当に好きだと言うのはよくわかっている。
 彼女は従者として主に仕え……そして支える喜びを知っているのだ。
 それは私も同じ。
 だからこそ私は……やらなければならない。

 自分でも性急過ぎると理解はしている。
 けれど、あのイザベラ様と対等に戦える相手となれば疲弊している今しかないのだから。

「安心して……苦しくないから」

 後は、寝ている目標の首に特殊な針を刺すだけ。
 このくらいの痛みなら目覚める事はないから、眠りながら逝ける筈。

 その針を取り出そうと胸元に手を伸ばそうとしたところで……私の指が止まった。
 準備は全て整ったのに、何で私は未だに戸惑っているの?
 これも全てメアリー様の……――様の為に……あれ?
 また……何か霞んで……。

「う、うう……間違って……ない」

 そうだ。私は……何も間違っていない。
 だから速く終わらせよう。
 速く帰ってメアリー様の笑顔を見れば……きっと大丈夫だから。

 そして胸元に手を入れた瞬間、突然私の周囲に一陣の風が吹いた。
 室内なのに風が……と思った時、私は動きを止めざるを得なかった。
 何故なら……。

「……動かないでください」

 月明かりに反射して輝く銀髪を靡かせながら、彼女が……エミリアが私の背後に回り込んで喉元にナイフを突きつけていたのだから。
 煙を吸った筈なのに、何で貴方は目覚めているの?
 突然の状況に混乱している私に、エミリアは鋭い目を向けながら口を開いた。

「何をしようとしたのか答えてください……グレーテさん」





 ――― エミリア ―――





「何をしようとしたのか答えてください……グレーテさん」

 仕掛けてくるなら今日中だろう……と、シリウス様は口にしましたが、見事に予想通りでした。
 流石に相手がグレーテさんなのは少し予想外でしたが、シリウス様を狙っているのならば私の敵です。
 胸元に手を入れて気が逸れた隙に素早く背後へ回り込み、ナイフを首元に突きつけた私にグレーテさんは驚きを隠せないようでした。

「……あの煙を吸ったのに、何で眠っていないの?」
「簡単な事です、私たちは煙を吸っていませんから。それより、シリウス様を狙ったのを否定しないのですね」

 シリウス様は常にグレーテさんの動きを『サーチ』で追い続けていたそうで、外で不自然な動きと僅かな魔法の発動を感じたシリウス様は私を『コール』で呼びました。
 そしてシリウス様の指示通り、このベッドを中心に魔法で風の流れを作って煙から守っていたのです。
 寝た振りをしていたシリウス様はベッドから起き上がり、同じく居間で眠った振りをさせていたレウスに『コール』で起きるように伝えています。

「どうして、そんなにも的確な対応が? 暗い部屋で煙なんてよく見えないのに……」
「まあ、最初は爆発や放火の可能性も考えていたけど、エミリアの御蔭である程度は特定出来たからだよ。人族はわからないかもしれないが、鼻が鋭い狼族だからこそだな」

 あの時、私が微かに感じた匂いを報告すれば、シリウス様は報告と同時に相手の手口を察していました。
 状況にもよりますが、ガスによる無力化はシリウス様の仰る前世で何度も行ったり、されたりした事があるからみたいです。

「シリウス様は最初からグレーテさんが怪しいと睨んでいたんですね」
「ああ、彼女からは昔の俺と同じ雰囲気を感じたからな。暗殺を生業とした独特の空気ってやつだ」
「なら、何で私を放置していたの?」
「わざわざ俺たちの前に姿を見せた様子から、狙いは俺だけのようだからな。本性を見てやろうと網を張ってみたわけだ」

 そして危険を承知で寝た振りをして、グレーテさんをおびき寄せたわけですね。
 万が一の可能性もあって若干不本意でしたが、寝た振りでシリウス様の匂いを存分に嗅げて嬉しかったのは秘密です。

「はぁ……もう少しで思いっきり吸うところだったぜ」
「限られた酸素を消費し過ぎだな。これを機に意識して鍛えてみたらどうだ?」

 そして煙が消えるまでの間、ずっと呼吸を止めていたレウスも部屋にやってきました。
 ですが風で守っていた私たちと違い、煙に触れて影響を受けたのか少し眠そうな顔をしていますね。

「さて……俺を狙った理由と、依頼した人がいるなら吐いてもらおうか?」
「グレーテさん。胸元に入れた手を出して両手を挙げてください」
「…………わかった」

 私の声にグレーテさんはゆっくりと手を胸元から出しましたが、その手で小さな魔石を指に挟んでいたので、私は咄嗟に魔石を払って空中へ弾き飛ばしていました。

「爆裂の魔法陣か! レウス!」
「おう!」

 魔石はシリウス様の放った『インパクト』によって更に弾かれた後、レウスが振りかぶっていた剣に当たって窓を突き破り、屋敷の上空で大きな爆発を起こしました。
 窓が割れてしまいましたが、室内が滅茶苦茶になるよりかはマシでしょうね。

「自決用か陽動用か……とにかく良い反射神経だったぞエミリア」
「いえ、私もまだまだです」

 今の騒ぎに気を取られた隙に、グレーテさんを逃がしてしまいましたから。
 首を浅く切りながら強引に離れたせいでしょう、私のナイフにグレーテさんの血が付着していました。
 逃げたグレーテさんはすでに割れた窓から外へ飛び出していましたが、まだ……。

「申し訳ありません、シリウス様。ここは私に任せていただけないでしょうか?」
「……今のお前なら何とかなる相手だろうが、油断はするなよ」
「はい! レウス、シリウス様を頼みますよ」
「任せとけ! 姉ちゃんも気をつけろよ」

 遅れて窓から飛び出しましたが、すでにグレーテさんは王狼館を囲う塀を飛び越えるところでした。
 予想以上の速さですが、まだ追いつけます。たとえ姿を見失っていても、血の匂いは覚えましたから決して逃しません。

 すぐさま『ブースト』を限界まで高め、風を受けて高く飛び上がった私は『エアステップ』で生み出した足場を蹴り、グレーテさんが逃げた方向へ一気に加速しました
 私はシリウス様と違って空を飛び続けていられませんし、フィアさんみたいに安定した飛び方は出来ません。

「ですが……瞬間的な加速なら! 『風疾駆ウインドダッシュ』」

 更に風を操作して抵抗を減らし、私は矢の如く空中を切り裂きながら飛んで行きました。この飛び方を披露した時、シリウス様はグライダーというものに似ていると仰っていましたね。

 人通りの少ない裏道や、死角の多い路地を選んで私の追跡を振り切ろうとしているようですが、その選択は間違いです。匂いで位置は判明していますし、道に沿って走るグレーテさんと違い、空から真っ直ぐ迫る私の方が速いのですから。
 狭い路地を走っていた相手をあっさり追い越した私は風で速度を殺しながら降り立ち、私に驚いて足を止めたグレーテさんの前に立ちはだかりました。

「っ!? 何……で?」
「私の大切な主を狙った貴方を逃すわけにはいきません」
「……そう……だよね」

 メア様を敬愛している貴方ならわかる筈ですよね?
 もし逆の立場でしたら、グレーテさんは決して相手を逃さないでしょうから。

 もはや逃げ切れないと判断したのでしょう。
 私と同じくグレーテさんもナイフを抜いて戦闘準備に入っていますが、その前に聞かなければいけない事があります。

「貴方に質問があります。何故……シリウス様を狙うのですか?」
「……メアリー様の為だから」
「それはおかしいですね。知らなかったとはいえメア様に魔力の扱いを教えましたが、暗殺される程の事をしたとは思えませんが?」
「メアリー様にあの男は相応しくない。だって…………の邪魔になるもの」
「ですからー……」
「私は間違っていないから」

 やはり駄目ですね。
 確かに城の人たちの嫉妬は凄かったですが、シリウス様が狙われるには弱い気がします。
 グレーテさんの言葉から予測するならば、シリウス様がメア様を教育する事によって困る人たちがいる……という事でしょうか?

 ただの憶測ですが、念の為報告しておきましょう。
 チョーカーの魔石に触れて『コール』を発動させ、私の感じた事をシリウス様へ伝えました。

「……というわけです。そしてグレーテさんの様子が予想以上に変です。どこか上の空と言いますか、一部の会話が成り立っていない気がします」
『ああ、俺もそう感じたよ。何か操られているように見えるけど、本人の意志はあるようだから……特定の事に関して思い込まされている気がする。そうだな、暗示……みたいなものだろうか?』
「暗示……シリウス様、お願いがあるのですがー……」
『生きたまま確保したいんだろう? 俺も詳しく調べたいから止める理由はないよ。好きなようにやりなさい』
「ありがとうございます」
『一応リースとフィアにも連絡しておくが、無理はしないようにな。無事に帰って来るんだぞ』

 シリウス様は私たちを子供のように見守ってくださりますが、今では任せられる事はしっかりと任せていただけるようになりました。
 その信頼に応えられると思うだけで力が湧いてきます。

「さっきから何を言っているの? もしかして……報告?」
「それを気にしている余裕があるのですか? それよりグレーテさん。危害は加えませんから、私たちに投降してもらえませんか?」
「それは出来ない。さっきは三人だから無理だったけど、貴方一人相手なら何とかなるから」

 その言葉は強がり……ではないでしょう。
 シリウス様も油断するなと言ったように、私から見てもグレーテさんは油断出来る相手ではありません。
 空を飛んできた事に関して驚いていましたが、あくまでそれは珍しいからだけの事……実力には対して影響はないでしょう。

「邪魔するなら貴方も始末する。だから……どいて」
「わかりました。では……」

 シリウス様を狙った事は決して許せません。
 ですが理由はどうあれ、グレーテさんが死んでしまえばメア様が深く悲しむでしょう。
 そしてシリウス様は一度師事した相手を気に掛けますので、メア様が悲しめばシリウス様も悲しませる事にもなります。

「全力をもって、貴方を確保させていただきます」

 だから私は……今出来る最善を尽くすだけです。


 今日のホクト


 グレーテさんが眠り薬を撒いていた頃……。
 ホクト君はリースちゃんとフィアさんと共に、アービトレイの住民たちを纏める者たちが集う会合に出席していました。

「おお……これが百狼様か!」
「何と神々しい……」
「まさか生きている内に見られるとは……」

 軽いジャブのように、ホクト君は参加者たちから拝まれます。
 そしてホクト君の言葉がわかる王狼館の支配人が場を仕切る中、参加者たちへホクト君について紹介がされました。

「百狼様の名前はホクト様である。今後はそう呼んでほしいそうだ」
「おお、それは失礼しましたホクト様。いや、素晴らしい名前ですな」
「ところで……隣のエルフと人族の女の子は一体? ああ、もしかしてホクト様の従者ですかな?」
「いや、彼女たちはホクト様の仲間で従者ではない。皆の者よ、落ち着いて聞いてほしいのだが、ホクト様はとある人族の従魔なのだ」
「「「何だとっ!?」」」

 参加者たちのハモりに、リースちゃんとフィアさんはまたかと言わんばかりに苦笑しています。

「人族如きが百狼様を従魔だと!?」
「神の御使いに命令をするとは、何と罰あたりな!」
「その人族を連れてこい! どのような卑怯な手段を使ったか知らぬがー……」

「ガルルルルルッ!」

「「「申し訳ありませんでしたっ!?」」」

 そしてこの流れもすでに見慣れたものです。
 ホクト君はご主人様が侮辱されるのが大嫌いですので。
 とにかくホクト君の呼びかけ(殺気)によって静かになったところで、ようやく本題である会合が始まりました。


「ふむ……不本意だが、先程の我々のように、主であるその人族を睨む者が多いのも事実だ」
「では、ホクト様が仕方なく付き合っている風に噂を流しますか? 器の大きさも知れるでしょうし」
「だがそれだとホクト様が納得しないのだろう? 何とか折衷案を見つけなければなるまい」


「では、百狼様とお会い出来る時間を一日に数回ー……」
「馬鹿者が! 百狼様をそこまで拘束してどうする!」
「だが、そうでもしないと町の者たちが納得するかどうか……」


「エルフの方に聞きたいのですが、ホクト様の抜け毛は存在するのでしょうか? よろしければ売るのもありだと思うのですが……」
「抜けるし、シリウスが集めていたけど……本当に売れるの?」
「何を仰いますか! きっと銀貨や金貨を払ってでも買おうとする者が現れるでしょうぞ!」
「あー……何か生活が成り立たなくなりそうな人が出そうだから止めた方がよさそうね」


「ホクト様の好物は何ですかな? すぐに用意させましょう」
「うーん……ホクトは食事が必要ありませんから、好物は特にないですね。刺激の強いものを食べていた事はありますけど」
「では、何か趣味はございますかな?」
「ブラッシングとフリスビーで遊ぶ事ですね」
「ほほう、ふりすびーはわかりませんが、ブラッシングで良ければ私にお任せ下さい。こう見えて町で有名なブラッシングのー……がふっ!?」
「だけどシリウスさん限定でして、他の人が不用意に近づけば殴られますよー……って、遅かったですね」


「ホクト様、どうか私に祝福を授けてー……へぶっ!?」
「ずるいぞ! 俺もホクト様の祝福をー……ぐはっ!?」
「お願いしまー……ぬはっ!?」


 ……何だか話がずれ始めている気がしてきました。
 特に後半……それは本当に必要な事なのか、ホクト君は思わず問いかけます。

「オン?」
「「「必要です!」」」
「クゥーン……」

 ホクト君は帰りたくなりました。




※ ホクトの祝福……肉球パンチ

※ ホクトに肉球パンチを食らう光景ですが、とある闘魂ビンタで気合いを注入されているような感じだと思ってください。






 すぐに誰かわかるので、グレーテの視点変更名称を謎にする必要がない気もしましたが、様式美みたいなものだと思って謎のままにしました。

 ダラダラと遠回りになりましたが、ようやく獣国編の核心へと迫り始めます。
 そして……今日のホクトとの空気の差に、書き終わった後でちょっと呆れてみたり。

 色々と展開が急ですが、何とか上手く着地出来るように頑張りたいと思います。


 何か一部で獣人たちの処置が生温い、アホ過ぎるとありましたが、そういう一本気で馬鹿な連中が多いのが獣人だと作者は思っております。
 ちょうど悪い部分にシリウスが当たってしまっただけなので、生温かい目で見てやってください。アホなのは間違いありませんけど……。


 次回の更新は七日後です。
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