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順序が逆

すいません、遅れました。



「クゥーン……」

「……何を拾ってきたんだお前は?」


 ホクトが咥えて運んできた、虎の耳と尻尾を生やした獣人の子だが、見た目から八歳くらいの子だろうか?

 肩まで伸びた金髪を頭の後ろで束ねた可愛らしい女の子だが、動きやすそうな上質の服には葉っぱや土の汚れが目立つので中々やんちゃそうである。


 それにしても……ホクトに襟首を咥えられているというのに大人しい子だな。

 まるで親猫が子猫を咥えて運んでいるような状態で実に微笑ましい光景なのだが、いつまでも眺めているわけにはいくまい。


「君は誰だい?」

「…………」


 俺の質問に女の子はばつが悪そうに視線を逸らすだけだった。悪戯がばれて必死に誤魔化そうとしている感じで、レウスとノエルによく見られる行動だ。

 武器らしきものは何も持っていないので危険はなさそうだが、ホクトが捕まえたって事は怪しい動きをしていたのだろう。

 せめて何をしていたのかだけでも聞こうと考えていると……突然周囲に腹の虫が鳴る音が響いたのである。


「……シチュー、食べるか?」

「っ!?」


 その言葉に耳と尻尾をピンと立てているけど、すぐに首を横に振りながら耳を手で覆って聞こえないようにしていた。

 一生懸命我慢している姿は年相応で可愛らしいが、このまま何も喋らないってのも困る。

 とりあえず様子を見ようとホクトに女の子を放すように指示してみると、解放された女の子は逃げるどころか近くの椅子に座る剛胆さを見せた。

 俺はその対面に座って再び話し掛けてみたが、ふと女の子に違和感を覚えてもいた。


「……それで、君は何をしに来たのかな?」

「…………百狼様」

「オン?」

「私は百狼様へ会いにきただけで、お兄さんは関係ないの」

「ようやく口を開いてくれたようだな」


 女の子は口をへの字に曲げて、俺と話す事はないと言わんばかりである。


「確かに説明する義理はないだろうが、あいにくホクトは俺の相棒で従魔だからな」

「嘘だよ! 百狼様は神様の御使いなんだから、人族の従魔なんて絶対ありえないよ!」

「そう言われても……なぁ?」

「クゥーン?」

「……あれ!?」


 俺とホクトが向かい合って首を傾げている光景に、女の子は衝撃を受けたかのように大口を開けて固まっていた。

 夢を壊したようで悪い気もするが、ホクトが撫でてとばかりに頭を寄せて甘えてきているので、すでに修復不可能だな。

 更に女の子の反応からして、ホクトの言葉を上手く理解出来ないようだ。やはり狼や犬の獣人じゃないとわからないのだろう。


「それで百狼様……ホクトへ会ったわけだが、これからどうするんだ?」

「……百狼様に触りたいの!」


 考えるのを止めたのかどうかわからないが、目的を思い出した女の子はホクトへ手を伸ばしたが、ホクトは体を捻って避けた。


「……あれ?」

「……オン」

「えい! この! 何で……避けるの!」

「挨拶どころか、名乗りもしない子に触れさせるわけがないだろう? それに本人の許可もなく触れるなんて、誰が相手でも失礼だぞ」

「うっ!?」


 納得出来たのか、女の子は一旦立ち止まってからゆっくりとお辞儀をしてきた。それにしても、やんちゃそうな割に綺麗なお辞儀である。


「えと……初めまして、私の名前はメア……と申します。百狼様、貴方の体に触わってもかまいませんか?」

「オン」

「触っても良いってさ」


 よく出来ましたと言わんばかりに吠えたホクトが前足を伸ばしてきたので、メアと名乗った女の子は目を輝かせながらその前足に触れていた。


「わぁ……ふわふわだぁ!」

「オン!」

「まだ何かあるのかって聞いているみたいだよ」

「じゃあ……抱き付いてもいい?」

「オン!」


 ホクトに抱き付いてはしゃいでいるメアの様子からして、どうやら本当にホクトを見に来ただけのようだな。

 不法侵入者なのは変わらないが、まだ子供だから邪見に扱うのも可哀想だ。危険は無さそうだし好きにさせるとしよう。

 それに如何にも高級そうな身形に、こんな場所にまで侵入出来るって事はそれ相応の身分を持つ子かもしれない。


 ホクトに相手を任せて料理を再開しようとしたところで、先程メアの腹が鳴っていたのを思い出した。

 一度冷まして温め直したらもっと美味しくなるのだが、すでにシチューとしては完成しているからな。


「メアちゃん……と呼んでいいかな? さっきは黙っていたけど、食べたいならシチューを用意しようか?」

「…………」


 メアはホクトの背中に乗ってはしゃいでいたが、俺の言葉に再び押し黙ってしまった。

 人に対しては警戒心が強いのかもしれない。


 ……考えてみれば、料理の途中で何度か味見をしていたせいで俺は昼食を食べていなかったな。

 なので少し食べようと思い、シチューを用意してテーブルに着いたのだが……。


「…………」

「……食べたいのか?」

「っ!?」


 いつの間にやら近づいてきたメアが俺の対面に座り、興味深そうにシチューを眺めていた。

 うーむ……相当な教育がされているのか、それとも食べられない理由があるのだろうか?

 試しに俺が一口食べてみようとスプーンを手に取ったところで……。


「……ホクト。丁重に招いてあげなさい」

「オン!」


 俺の指示にホクトが玄関から出てしばらくすると、外から激しい音が響いてきた。

 その物音にメアが激しく動揺する中、ホクトはリスのような耳と尻尾を生やした女性の獣人の襟首を咥えて戻ってきたのである。


「この感じ……グレーテ!?」

「……ごめんなさい。捕まった……」


 ホクトに降ろされたリスの獣人は、男を誘う肉感的な体を持つ二十歳くらいの女性だった。

 眠たそうな目をしていて覇気が全く感じられないが、気配の消し方とホクトと少し争っていた様子から腕が立つようだな。それに……俺の感覚からどこか懐かしい雰囲気を感じる女性だ。

 そんな彼女が運ばれてきたのに気付いたメアは、女性の名前を叫びながら駆け寄って体に触れていた。


「大丈夫なの? 激しい音が聞こえたけど……」

「平気。百狼様は凄く強くて、私は完全に無抵抗で抑えられたから」

「二人は顔見知りのようだね」

「……そう。私の名前はグレーテ。メア様の護衛」


 護衛がいる時点で、やはりこの女の子はそれなりの身分を持つ貴族のようだな。

 少し独特な口調だが、グレーテと名乗った女性はしっかりと返事を返してくれるので会話は問題なさそうだ。

 席を勧めて二人が対面に座ったところで、俺は貴族に対する口調に改めながら状況の説明を求めてみた。


「ところで、メア様とその護衛が何故ここに?」

「メア様、昨日から噂になっている百狼様が見たいと言い出した。私は駄目と言ったのに、メア様勝手に抜けだした」

「見たかったんだもん!」

「そしてメア様をようやく見つけたと思ったら、百狼様に抑えられた」

「何と言うか……すまん」

「いい。元はメア様が抜けだしたのが悪い」

「それは……その、ごめんなさい」


 主従と言うより姉妹のようなやりとりをする二人だが、お互いを信頼しているのは間違いなさそうだ。

 とりあえずホクトに触れた事でメアの用事は済んだようだが、グレーテの視線はテーブルに置いたままのシチューに注がれているだけでなく、メアと同じく腹の音を響かせていた。


「……食べるか?」

「いいの?」

「少しだけならな。それよりメア様にも勧めてみても食べてくれないんだが、何かあるのか?」

「メア様、毒味をしないと食べられない」

「……そういうわけか」


 考えてみれば単純な理由だと思うが、妙に強情過ぎる気もする。

 帰れば食事が出来るだろうから放っておけばいいんだろうが、シチューを我慢する姿が姉弟の過去を思い出してしまい、どうも無視出来ないのである。


「腹が減った子を放っておくのはあまり好きじゃないんでな。だから、二人でそれは食べてくれ」

「うん……食べる」


 メアと違い、こっちは迷いもせず食べ始めていた。

 まさに一心不乱と言った様子で、ここまで夢中に食べてくれるとやはり嬉しいものだ。何せ今回のは自信作だったからな。

 そしてグレーテはあっという間に食べ終わり、目を閉じて余韻に浸っていた。


「……満足」

「グレーテ! 何で全部食べちゃうのよ!」

「念の為に最後まで毒味した。うん、毒は無かった」

「うう……美味しそうだったのにぃ……我慢したのにぃ……」

「まだあるから、喧嘩はするな」


 涙目になったメアが駄々っ子パンチを繰り出しているが、満足気にしているグレーテに効果はなさそうだ。

 とりあえず本気で泣きだす前に空いた皿へシチューを注いであげると、メアは笑みを浮かべながら皿に手を伸ばしていたが……。


「熱っ!?」

「ほら……こっち。スプーンも」


 シチューに指を浸けてしまい、あわや火傷しそうになっていた。

 そしてグレーテからスプーンを受け取っている光景を見て、俺はメアから感じていた違和感の正体に気付いた。


「……お肉が凄く柔らかいね!」

「まだ柔らかく出来るけど、すでに十分のようだな」


 まあ……今は食べるのに夢中だし、後で聞いてみるとしよう。

 その間に俺もシチューを食べようと空いた皿を用意するのだった。






 それから結局おかわりまでして食べ終わったメアは、耳を小刻みに動かしながら満足気にしていた。どうやら姉弟の尻尾みたいに、この子は耳で感情が表れてしまう性質のようだ。

 ついでにシチューが功を奏したのか、少しだけ心を開いてくれるようになってくれたので、俺の口調も普通で構わないと言ってくれた。


「美味しかった!」

「ああ、お粗末さまだ」


 シチューを食べて少し暑そうにしているメアに、グレーテが『ウインド』を放っている。

 用事も食事も終わったので後は帰るのを見送るだけなのだが、ホクトが前足の肉球で俺の肩に触れて訴えてきているので、俺は少し踏み込んでみる事にした。


「ねえメアちゃん。少し聞きたい事があるんだけど……いいかな?」

「ん……何?」

「もしかして、メアちゃんは目が見えないのかな?」


 会った時から感じていた違和感がそれである。

 眼球と瞳孔の動きから始まり、シチューに指を突っ込んだり、渡されたスプーンを取る動きが変だったからだ。

 会って間もない俺がこんな事を聞くのは失礼かと思うし、本当なら関わるべきではないと思うのだが、色々と気になる点があったので聞いてみた。

 最悪怒られるのも覚悟していたが、メアは少し考える素振りを見せてから素直に頷いてくれた。


「うん。そうだよ」

「……メア様、言っていいの?」

「お兄さんは優しいし、百狼様の相棒だから大丈夫かなって」

「信頼してくれて嬉しいよ。ついでに聞くけど、どれくらい見えないか教えてもらってもいいかい?」

「えーとね、ここからでもお兄さんはほとんど見えない感じかな?」


 どうやら完全に見えないわけじゃないらしい。

 だが手を伸ばせば届くような距離でも、全体の形と大体の色ぐらいしか識別出来ないくらいに視力が低いようだ。


「そんな状態で、よくここまで来たもんだ」

「私は鼻と耳がいいから大丈夫!」

「こっちは大丈夫じゃない。心配かけてばかりで困ってる」

「こ、今回はいいでしょ! 百狼様にも会えたし、それにシチューが食べられたじゃない!」

「うん……確かに良かった。偶には良い事あるね」


 納得してはしゃいでいる二人から視線を外し、俺は一旦ホクトを見てお互いに頷いた。

 あの時……ホクトに抱き付いていたメアが何か呟いていたのを、俺は聞いてしまったのである。



『百狼様……どうか私の目を治してください』



 昨日、ホクトに騒ぐ獣人たちの会話から判明したが、この町では百狼に触れて願いを口にすればそれが叶う噂があるそうだ。

 所謂、都市伝説みたいなものだろう。


 恐れ多いのか、獣人は基本的に百狼へ触れる事をしないが、無邪気な子供が飛び出して触ろうとする時があると大人が慌てて止める光景も見られた。

 百狼の神秘性もあるだろうが、触りたくても触れない光景が噂となり、それが一人歩きして変質したのかもしれない。噂ってのはそういうもんだしな。


 ホクトがさっき訴えてきたのは、俺なら何とかなるんじゃないか……と、言いたいのだろう。姉弟のような同僚や敵には厳しいが、子供には結構優しいのがホクトだ。

 まあ……完全に治せるかどうかはわからないが、ある程度なら何とかなるかもしれない。

 完全に見えない失明ならまだしも、おぼろげに見えるならやりようがあるからだ。


「メアちゃんの目だけど、もしかしたら見えるようになるかもしれないな」

「本当!?」

「メア様、期待するのは駄目。貴方も根拠がない事言わないで」

「こう見えて、ある国で姫様の病気を見た事があるんだ。少なくとも原因くらいはわかると思う」

「オン!」

「……お願いします」


 当然ながら非常に怪しまれているが、ホクトの一吠えが後押しとなったのかメアは頷いてくれた。

 そして原因を調べる為にメアへ触れなければならないのだが、俺が触るとなると流石にグレーテが難色を示し始めた。


「駄目。それは見過ごせない」

「大丈夫よグレーテ。もし私に何かするつもりだったら、もうやってるよきっと」

「そうだけど。メア様に何かあったら……刺し違えても止める……」


 グレーテが殺気を放ちながら一挙一動を見守る中、俺はメアの頭に手を当てて『スキャン』で調べた結果……。


「……何とかなりそうだな。先に説明しておくけど、今から目の辺りが熱く感じたり多少の痛みがあると思う」

「痛いの?」

「ああ、なるべく抑えるけど我慢出来なかったら言ってくれ。じゃあ始めるから、合図をするまで目を閉じているんだぞ」

「わかった!」


 目を閉じたのを確認した後、俺は彼女の体内へゆっくりと魔力を流してメアを『ブースト』を発動させた状態にしていた。

 弟子たちに精密な『ブースト』を教える為に何度もやってきたので、熱と痛みは感じさせても後遺症を残すヘマはしない。


「……何だろう? お兄さんの言う通り目が熱いというか……少しチクチクする感じがする」

「そろそろいいかな? ゆっくりと目を開けて、周囲を見てごらん」

「あ…………見える……見えるよ!」


 身体強化の魔法である『ブースト』は、目を意識して発動させれば視力も強化させる事が出来る。双眼鏡みたいなものが無くても遠くのものを見通せるわけだ。

 つまり視力を強化し、マイナスだった視力を通常の値まで高めてみたのである。遠くは見えないだろうが、日常生活に支障は出ない範囲まで見えるようになっただろう。


「本当? メア様、私の指は何本?」

「三本……って、四本に増やしているのも見えているからね。やった、治ったんだ!」

「いや、これは治ったわけじゃない。その証拠に……」

「治ったー……あれ!?」


 俺が魔力を流すのを止めれば、当然ながら『ブースト』は切れて視力も元に戻るわけだ。

 そんな困惑しているメアにもう一度魔力を流し、再び見えるようになった状態で俺は説明を続けた。


「魔力は知っているね? 今は俺が君に魔力を流して目を良くしているだけなんだ。だからメアちゃんも魔力を扱えられるようになれば、俺がいなくても今みたいに見えるようになるよ」

「でも、私はまだ魔法を使った事がないよ? それに魔法の勉強は難しいし……」

「難しいからって諦めるのは良くないな。何事も努力しなければ駄目ってわけだよ」

「うん。努力するのは当たり前」

「グレーテまで……」


 本当なら『ストリング』を使って手術する方法もあるが、繊細な神経を弄るので危険が多い。そんな手術を親の許可なくやるわけにはいかないだろう。

 なので己の努力で補える方法を教えてみたわけだ。

 幸いな事にグレーテも協力的だし、魔力を扱う勉強にもなるからちょうど良いだろう。


「グレーテ……教えてくれる?」

「出来る範囲で教える」

「お兄さんも……教えてくれる?」

「……ごめんな。俺は冒険者だから無理だと思う」

「あ……そっか……」


 冒険者だから、この町に長くいないと理解したらしい。

 少し無責任な気もするがこういうのは感覚的な問題だ。実際に経験させたので、必要なのは本人の努力と根気だろう。


「だから今の感覚をよく覚えておきなさい。出来ると信じていれば、きっと出来るようになるからな」

「……はい!」


 そして『ブースト』の感覚を覚えさせる為に、俺はメアに何度も魔力を流すのだった。







 それからメアとグレーテが帰った後、俺は帰ってきた弟子たちに今日の出来事を説明をしながら夕食の用意をしていた。

 本当なら食事をしながらのんびりと説明するつもりだったのだが、エミリアが帰って来るなり女性の匂いを感じると騒ぎだしたのである。メアとグレーテが残した僅かな匂いに気付いたのだろう。流石は狼だ。

 終いには娼婦でも連れ込んだのかと女性陣が騒ぎ出したので、俺は夕食の準備をしながら説明していたわけだ。


「……というわけで、その子が魔力の流れを大体覚えたところで二人は帰ったよ」

「そういうわけでしたか。騒いで申し訳ありませんでした」

「うう……結構恥ずかしい事を言った気がするよ。ごめんなさい」

「ねえ、気になったんだけど、シリウスの教えた『ブースト』が簡単に身に付くかしら? 私はかなり苦労した覚えがあるわよ」

「フィアは元の『ブースト』を知っていたからだよ。それにあの子に教えたのは全身じゃなくて目だけだから、そこまで難しくはない筈だ」


 幸いあの子は他の『ブースト』を知らないようだし、後は体に覚え込ませた感覚を思い出しながら反復練習で十分だろう。

 本当なら数日掛けてもう少し詳しく教えたかったのだが、二人は再会を望むどころか自分たちの正体を最後まで口にしなかった。つまり正体を隠さなければいけない身分なのだろう。

 そして俺も気まぐれで教えていたので、向こうがその気ならこちらも積極的に関わる必要はあるまい。


 そんな風に説明を終えたところで食事の準備が終わったので、俺たちは夕食を食べ始めた。

 今日は時間があったから、じっくり煮込んだシチュー以外にも様々な料理を用意したのでちょっとした宴会のようになっていた。


「いつものシチューも美味いけど、今日のは一段と違うな!」

「特製ドレッシングまであるんですね。サラダが美味しいです!」

「おかわりお願いします」

「今日は沢山作ったから思う存分食べてくれ。フィアは……こっちもだろ?」

「ふふ、わかってるじゃない。一緒に飲みましょ」


 各々が料理に手を伸ばす中、地下のワインセラーから持ってきたワインで俺とフィアは乾杯していた。

 ちなみに俺は酒を普通に飲むが、姉弟とリースは好んでは飲まない。

 まだ飲みより食い気なのもあるが、エミリアは飲むと暴走するし、レウスは酒の味がよくわからないからだ。

 リースは少し特殊で、彼女は酒を飲んでも何故か全く酔わない。そんなリースにとって酒とは妙な味がするジュースみたいなものなので、付き合いでなければ食べる方に専念している。

 必然と飲むのは俺とフィアなわけだ。


 そのまま夕食を食べ終え、食後の紅茶を飲みながらギルドへ向かった弟子たちの状況を聞いてみたのだが……。


「うーん……冒険者を何人か殴ったかな?」

「いつも通りだな」


 エミリアとリース、そしてフィアは身内贔屓を抜きでも美人揃いだから、仲良くなろうと近づいてくる者は後を絶たない。

 俺の恋人だと判明して帰るならいいが、大概は俺に喧嘩を売ってくる場合が多い。そうなれば殺気を放って追い払うか、レウスが殴り飛ばして気絶させるのが日常だ。


「フィアさんはいつも通りだけど、この町ではエミリアの方がよく声を掛けられていたね」

「そうね。全財産を捧げるとか、聞いてるこっちが恥ずかしくなる告白もしてきたわ。全て問答無用で断ってたけど」

「慕ってくれるのは嬉しいのですが、私はシリウス様以外の異性に興味はありませんから」

「それで俺を兄貴と勘違いして喧嘩売ってきたり、決闘とか言ってくるから殴って黙らせてきた」

「お疲れさんだな、レウス」

「俺は姉ちゃんたちを守ってるだけだし、兄貴がいない間は俺が守らないとな!」


 相変わらず一本気な姉弟の頭を撫でてからギルドの状況を聞いてみたが、やはり大きな町だけあって様々な依頼で溢れていたらしい。

 しかし初めての町だし、エミリアやフィアに付き纏いそうな連中が多いので常に固まって動いていたそうだ。


「今日はシリウスがいないから、依頼は町の外に出ないものだけにしておいたわ。ついでに町の構造も大体把握出来たわよ」

「シリウス様、こちらが本日の稼ぎです」


 エミリアから渡された袋には、数枚の銀貨と銅貨が入っていた。

 一日でこれだけ稼げれば十分だろうが、俺たちが旅を続けるには到底心許ない。五人だが、普通の冒険者パーティーよりエンゲル係数が高いし。


「ああ、大切に預かろう。皆はもう自分の分は取ったか?」

「ええ、私たちはもう銀貨一枚ずつ貰ってるから、後はシリウスに預けるわね」

「わかった。いつも通り、必要なものがあれば言ってくれ」


 金を預かった後、俺は食後のデザートとして特大のケーキを取り出してから切り分けた。

 弟子たちが目を輝かせながらケーキを貪る中、自分の分を半分ほど食べ終わったエミリアが少し真剣な表情で考え事をしていた。


「どうしたエミリア? 食べ足りないなら分けようか?」

「俺も分けてほしい!」

「私も!」


 ハラペコ姉弟にケーキを切り分けて皿に乗せてやる頃には考えが纏まったのか、エミリアは俺に視線を向けてから口を開いた。


「シリウス様。確認の為にお聞きしますが、ここへ来た女の子はメア……と名乗っていたんですよね?」

「もしかして心当たりがあるのか?」

「はい、本人かどうかわかりませんが、町で情報を集めていた時に聞いたのです。この町を統治している獣王様には二人の子供がいまして、娘の名前がメアリー……と」

「……まさかあの子がそのメアリーだと?」

「獣王の娘さんの年齢は八歳くらいで、虎族の女の子と聞きましたので十分あり得る話しかと……」


 確かに護衛もいたし、メアからは少なからず気品を感じた。

 だが王族の姫にしては護衛が一人ってのもおかしいし、あんな状態で町に出てくるなんて行動力があり過ぎるので否定したいところだが……エミリアが言うように同一人物の可能性は高い。

 まあ……例え姫様本人だとしても、俺の事は秘密だと約束させたし、そもそも危害を加えたわけじゃない。不敬罪にはならないだろう。


 悪い予感を振り払うように残ったケーキを食べようとすると、エミリアが嬉しそうに尻尾を振りながら俺に視線を向け続けている事に気付いた。


「シリウス様……」

「何だ?」

「一口分けてください」


 雛鳥のように口を空けて待っていたので、俺は苦笑しながらもケーキを食べさせてあげるのだった。






「早朝から失礼します。シリウス様、先程このようなものが届きました」


 次の日……朝早く起きた俺たちが朝食を食べていると、王狼館の支配人が一通の手紙を手にやってきた。

 豪華な装飾がされた手紙に、支配人の緊張した様子からして相当な人物からの手紙らしい。

 嫌な予感を覚えつつ、支配人に差し出し人を聞いてみたのだが……。


「獣王様に仕える側近の一人、マクダット様です」


 頭を抱えたい気分だが、もしかしたら百狼であるホクトと面会したいとかそういう内容かもしれない。

 希望を胸に手紙を読んでみたのだが……読み終わった俺は思わずため息を吐いてしまった。


「ねえシリウス、何が書いてあったの?」

「兄貴の武勇がここまで届いていたのか?」

「そんなわけがあるか。皆も読んでみるといい」


 差し出し人であるマクダットは、獣王の娘であるメアリーの教育係らしい。

 つまり、昨日の女の子は間違いなくこの国の姫様ってわけだ。

 秘密だと約束させていたが、まだメアは子供だし、大人に問い詰められてしまえば答えてしまうのも仕方がない……か。

 それにしても……関わりたくないのに、何故俺は王族や身分の高い者と関わってしまうのだろうか? いい加減、溜息の一つや二つ出ても仕方があるまい。


 そして皆に見えるようにとテーブルへ置いた手紙の内容を纏めると……姫であるメアリーが世話になったので、俺を城へ招待してお礼がしたいそうだ。


「おお! 流石兄貴だな。準備して行こうぜ!」」

「残念だが招待されたのは俺だけのようだ。城だから余計な人を招かないのは当然だろうな」

「でも今日中にって……随分と急だね」

「私も城の中を見学してみたかったわ」

「お城でしたら見栄えを整えないといけませんね。シリウス様、すぐにお召し物の用意をします」


 そして持ってきたエリュシオン印のマントをエミリアに羽織らせてもらい、王族に対する作法を思い出しているとレウスが閃いたように手を叩いていた。


「なあ兄貴。兄貴一人だけ招待されてるけど、ホクトさんなら普通に城へ入れてもらえるんじゃないか?」

「それは良いですね。シリウス様なら何があっても大丈夫ですけど、ホクトさんと一緒ならばなお安心です」

「オン!」

「ふむ、確かに入れてもらえそうだが、この町の門番みたいな奴が城内にいたら厄介だしな……」

「クゥーン……」


 それに王狼館の支配人によるとまだ情報統制が終わっていないので、ホクトが町へ出るにはもう一日待ってほしいそうだ。

 何より城内で揉めると面倒だし、手紙の通り一人で向かうとしよう。


「町を見て回るより、先に城へ向かう羽目になるとは……不思議なものだな」

「何かあれば遠慮なく呼んでください。例え城や国であろうと、私たちは突破してシリウス様の下へ向かいますので」

「今の俺なら城門くらい斬ってみせるぜ!」


 ……うん。もし俺に何かあれば、この姉弟は間違いなく突撃してくるな。

 そんな事にならないよう、城では慎重に対応せねばなるまい。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「「「行ってらっしゃい!」」」

「オン!」


 こうして手を振る弟子たちとホクトに見送られ、俺はアービトレイの城へと向かうのだった。






 ――― レウス ―――






 兄貴を見送った俺たちは、町へ出ずにそのまま王狼館の離れで休んでいた。

 昨日は兄貴が休んでいたので、今日は俺たちが休んでいろと兄貴が言ったからだ。


「こんなにのんびりするのって久しぶりよね……」

「そうですね。紅茶のお代わりしますか?」

「ええ、もらうわ。でも私はワインが欲しいわね」

「真昼間から飲まないでください。シリウス様が昨日作られたお菓子が残っていますから、これで我慢してください」

「仕方ないわね。うん、甘過ぎないから幾らでも食べられるわね」

「もぐもぐ……美味しいね」


 姉ちゃんたちは中庭のテーブルでのんびりとしているけど、俺は体を動かしていないと落ち着かないので、少し離れた場所で腕立て伏せをしていた。

 だけど普通に腕立て伏せをしていてもつまらないので、ホクトさんの前足で背中を押さえてもらいながらやっている。


「ふっ……ふっ……ホクトさん、もっと強くても大丈夫だぜ」

「オン……」

「ぐっ!? ちょっとそれはー……無理ですっ!」

「オン!」

「オ、オス! 根性です!」


 ちょっと調子に乗った瞬間、ホクトさんは予想以上の力で俺を押さえてくる。ホクトさんはとにかく厳しい。


 それから昼前になり、そろそろ腹が減ってきた頃だ。

 姉ちゃんとリース姉が昼食をどうするか俺に聞いてきた時……ホクトさんが急に立ち上がって中庭の一角を睨みつけていたので、姉ちゃんがすかさず叫んだ。


「敵襲!? レウス!」

「おう!」

「水よ……お願い」

「援護は任せなさい!」


 その時俺は剣の素振りをしていたから、すぐに戦闘体勢を取ることが出来た。

 少し遅れて姉ちゃんたちも戦闘準備が整ったけど……幸いな事に戦闘にはならなかった。

 だって侵入者は中庭の木から、武器も持たずに堂々と姿を現したからだ。


「……お邪魔します」


 相手は少し丸っこい尻尾を持つ、背の高い大人の女性だった。

 酒場で飲んでいる男たちが好きそうな胸の大きい人だけど、何だか凄く眠そうな目をしているな。

 殺気は感じられないけど、侵入者なのは間違いない。俺が相手の動きに気を付けていると、隣に並んだ姉ちゃんが待てとばかりに俺の前に手を伸ばしてきた。


「その姿……もしかして貴方はグレーテさんでしょうか?」

「うん。私はグレーテ。よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします。それより私たちに何かご用でしょうか?」

「私は貴方たちに伝えたい事があって来たの。戦う気はないから、武器を下ろしてほしい」


 兄貴の言った通り、変な話し方をする人だな。

 言葉通り俺たちと戦う気は無さそうなので、姉ちゃんが武器を下ろすと同時に俺たちも武器を下ろした。

 でも兄貴によると相手は気配を消すのが上手いらしいから、油断だけはしないようにしないとな。


「それで、私たちに伝えたい事とは?」

「貴方たちの主であるシリウスの事」

「……シリウス様なら、現在いらっしゃいませんが?」

「うん、知ってる。城で見たから。そのシリウスだけど……」


 そして警戒を続けている俺たちに、グレーテさんの口から衝撃の言葉が飛び出した。



「城の地下に投獄された」




おまけ


 メアとグレーテが帰った後の女性陣。



「…………女性の匂いがします! それも二人もです!」

「それって……まさか!?」

「参ったわね。私たちも気合いを入れないと駄目そうね」

「うん! 他の女性に目が向けられないくらいに夢中にさせないと……」

「あらリース。普段は大人しいけど、こういう時は情熱的ね」

「あう……」

「というわけでシリウス様。今晩、よろしくお願いします」


「…………」

「兄貴……今日は食べよう! 力を蓄えるんだ!」


※どうなったかは御想像にお任せします。








 今日のホクト



 その日、ホクト君は上機嫌でした。

 前日の夜にたっぷりブラッシングをしてもらったのもありますが、今日は大好きなご主人様を一人占めだからです。


「うん、味付けはこんなもんだな。後は煮込むだけ……っと」


 遊んでもらうのも良いのですが、誰にも邪魔をされず、隣に座ってご主人様が料理する姿を眺めているだけで十分なのです。

 こうして一人と一匹でのんびりと過ごす時間は、前世で師匠と山奥で過ごしていた時によくありました。

 昔を思い出す光景に懐かしく感じていると……屋敷の外からこちらに接近する気配を感じました。


「オン!」


 この宿に近づく無粋な気配を感じ、ホクト君はご主人様の手を煩わせないように外へ出ました。

 そして気配を殺しながらゆっくりと接近してみれば、小さな女の子が藪に潜って姿を隠していたのです。

 いえ、隠れているとは到底言えませんでした。何故なら、頭隠して尻隠さずの状態だからです。

 あまりに下手糞なステルス状態に呆れつつも、ホクト君はその怪しい背中を優しく肉球で叩きました。


「わきゃっ!? な、なに!?」

「オン!」


 驚いた女の子は藪から飛び出しますが、ホクト君は素早い動きで女の子の襟を咥えて持ち上げました。


「もしかして……百狼様!?」

「クゥーン……」


 可愛い女の子ですが侵入者なのは間違いないので、ホクト君はそのまま女の子の襟首を咥えてご主人様の下へ運ぶのでした。




 それからなんやかんやあり、女の子の名前がメアちゃんと判明した後、ホクト君とご主人様は再び宿に接近する気配を捉えました。


「……ホクト。丁重に招いてあげなさい」

「オン!」


 先程と違い今度は気配が薄く、常人には確実にわからない達人の隠れ方でした。

 ですが……ホクト君の鋭さと鼻は誤魔化せません。

 ホクト君は一陣の風の如く侵入者の背後に回り込み、背後から敵か味方か観察しようとしましたが……。


「っ!? 敵!」


 侵入者は振り返りもせずに背後へナイフを投擲しながら、距離を取ろうと大きく前へ飛び出しました。

 ですがホクト君はそのナイフを弾くと同時に動き出し、侵入者が着地すると同時に背後へ回り込んでいたのです。まさに残像犬。


「むぎゅっ!?」

「オン!」


 後は振り返る前に前足で背中を押さえつけて動きを封じるだけです。

 しばらく侵入者は足掻いていましたが、完全に動きを押さえられているのを認めて諦めました。


「私……美味しくない」

「オン!」


 何か壮大な勘違いをされていましたが、その後は襟首を咥えて運んでも抵抗しなかったので、ホクト君はご主人様の下へ運ぶのでした。



 こうして、ホクト君の捕獲劇は終わるのでした。







 少し正月ボケを引っ張っているようです、。

 次の更新は七日後ですが、別件がありまして一日か二日遅れるかもしれません。

 申し訳ありませんがご了承ください。

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