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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十七章 獣国

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全ての中心

 ――― レウス ―――





「そのシリウスだけど……城の地下に投獄された」

 昨日、兄貴が知り合いになったグレーテさんから告げられた言葉に、俺たちは一瞬意味がわからずに固まっていた。
 ちょっと待てよ。
 何で……何で兄貴が牢屋に入れられるんだよ?
 兄貴は基本的に礼儀正しいし、相手が余程アホな事をしたり、してこなきゃ問題を起こそうとしない。
 それに、あの兄貴が簡単に牢屋に入れられているってのも変だ。
 湧き上がる怒りを抑えながらもっと詳しい話を聞こうとしたその時……俺の体が震えているのに気づいた。

「……何故でしょうか?」
「……オン?」

 やっぱり姉ちゃんとホクトさんが怒ってる!
 俺も兄貴の事で怒っている筈なのに、それが霞む程の迫力だ。
 ぼんやりとしているグレーテさんも危険を感じ、素早い動きで背後の木に隠れる程だった。

「ほら、少し落ち着きなさい。あの子に怒りをぶつけても仕方ないでしょ?」
「そうだよ。まずは詳しい話を聞こう……ね?」

 フィア姉は姉ちゃんの頭に手を置いてから宥め、リース姉もホクトさんの頭を撫でて落ち着かせていた。
 すげぇ……俺にはとても真似出来ない。

「取り乱して申し訳ありませんでした、グレーテさん」
「オン!」
「……いい。私もメア様がそうなったら怒ると思うから」
「それで城の……国の中枢に関するような事をわざわざ教えに来てくれたって事は、貴方は味方と思っていいのかしら?」
「私は味方じゃない。これは私の独断で、メア様が悲しむからやっているだけ」
「そう、今は贅沢を言っている場合じゃないから、知っている範囲でいいから教えてもらえないかしら?」
「そのつもり。元々は私の雇い主であるマクダット様に、シリウスの事を報告をしたせいもあるから」

 グレーテは自分のせいだと言い出したけど、今は我慢して話を聞き続けた。

「実は昨夜、シリウスに教えてもらった事を頑張り過ぎて、メア様が魔力枯渇で倒れた。それでまだ目覚めていない」
「……魔力枯渇で倒れるなんて、魔法を使えば誰だって通る道じゃない。丸一日寝込む事も多々あるし、そんな事でシリウスは牢屋行きになるの?」
「私もそう言ったんだけど、メア様は色んな人に好かれているから、皆凄く心配して城中大騒ぎになった」

 メアは少しでも早く見えるようになりたいと頑張り過ぎたようだ。悪く言えばメアがやり過ぎたってのもあるけど、昔の俺も同じような事をしたからなぁ。
 ちなみにその教育係のマクダットは、もう少し大きくなってからメアに魔力について教えようと思っていたとか。

「それで、昨日まで魔法を知らなかったメア様に誰が教えたのか……という話になって、問い詰められた私は答える他が無かった。だって私はそれが仕事だから」
「だからって、兄貴が投獄されるのはおかしいだろ!」
「それはこちらのミス。本当はシリウスを城へ呼んで事情を聞くだけだったのに、一部の人が暴走して横から掻っ攫ったの」

 メアを心配するあまりに一部の連中が暴走して、城へ入る前に兄貴へ話し掛けて城の地下牢へと連れて行ったらしい。
 連中の独断行動だから獣王や側近の人たちは何も知らないらしく、むしろ兄貴が姿を現さないと不満を漏らしていたとか。

「私はメア様を護衛する他にも、陰から不正を探って報告する仕事をしている。一向にシリウスが来ないから調べていたら、さっき投獄されていたのを知ってマクダット様に報告した」
「良かった。それならシリウスさんは牢屋から出ているよね?」
「……すぐには無理かも。メア様が倒れたのはシリウスのせいだから、反省の為にしばらく閉じ込めておけって叫ぶ人もいるから時間が掛かりそう」

 流石にそれはどうかと口にする人もいたが、更にメアが倒れたのは事実だから完全に否定出来なくて、未だに会議室で兄貴を牢屋から出すかどうかで揉めているそうだ。
 おまけにそれを決断する筈の獣王はメアが心配で枕元から離れないらしく、兄貴の事を気に掛けている余裕がないとか。
 くそ……向こうにも理由があるんだろうけど、俺は納得出来ねえぞ!

「……知らなかったとはいえ、一国の姫様相手だったのが不味かったみたいね」
「フィア姉! 兄貴はその子を思ってやっただけだぜ!」
「ええ、わかっているわよ。シリウスは悪くないわ。ただお姫様が予想以上に努力家で、周囲が過保護過ぎるだけの話よ」
「牢屋に入れられたシリウスさんは大丈夫でしょうか?」
「そうね。まずはシリウスの無事と状況を確認した方が良さそうね。シリウス……聞こえるかしら? シリウス」

 あ……そうか。俺たちには離れていても会話出来る方法があるのを忘れていたよ。
 兄貴から貰ったチョーカーには魔石が付いてて、その魔石に描かれた魔法陣を使えば兄貴と連絡が取れるんだった。兄貴の扱いが酷くてすっかり忘れていたよ。姉ちゃんが悔しそうにしているので、俺と同じように忘れていたようだ。
 フィア姉は堂々と魔石を使って連絡しているけど、兄貴のオリジナル魔法の『コール』は俺たち以外知らない魔法だから、傍目には声を運ぶ風の魔法『エコー』にしか見えない筈だ。
 だけどその様子を見ていたグレーテは、首を横に振りながらそれを止めてきた。

「もしかして『エコー』で連絡取ってる? シリウスが閉じ込められているのは、魔力を通し辛い壁に囲まれた地下だから『エコー』は届かないと思う」
「……そうみたいね」

 だけど……兄貴から返事がない。
 これって凄く便利だけど、兄貴から返事がないと俺たちの言葉が届いているかわからないのが欠点だ。
 本当に声が届かないのか、それとも返事をする余裕がないのかもしれない。 もどかしいな!

「あの……シリウスさんはマントを身に着けていましたよね? あれはとある国の使者という証明でもあるのですが、それを理解した上での投獄でしょうか?」
「マント? それは私も初耳だけど、もしかして牢屋に入れた人たちが気付いていないのかも。だとしたら大問題。尚更この件は早く対処したいから、ここへ……ホクトさんへ頼みに来たの」
「そういう事ね。確かにホクトなら城に入れてもらえそうだし、少なくとも騒ぎにはなるわね」

 兄貴がホクトさんの主だという事について説明するとか、最悪城に入れてもらえなかったらホクトさんに注目が集まっている内にグレーテさんが救出を試みるそうだ。
 よし、やる事が決まったのなら後は行動あるのみだ。

「姉ちゃん。早く城へー……姉ちゃん?」

 そういえば……さっきからホクトさんと姉ちゃんが見当たらない。
 周囲を見渡せばすぐに見つかったけど、ホクトさんと姉ちゃんは俺たちの馬車を用意して荷物を詰め込んでいた。

「準備完了です、ホクトさん!」
「オン!」
「はい。向こうがそのつもりなら、私たちでシリウス様を救出するだけです!」

 もしかして……強引に城へ突撃するつもりか!?
 だって馬車に荷物を全部積み込んでいるって事は、兄貴を救ったらそのまま町を出る準備だと思うし。
 俺は慌てて馬車へ走り、出発しようとしているホクトさんと姉ちゃんの前に立った。

「ホクトさん、姉ちゃん。待ってくれ!」
「その調子よレウス。今の状態だとシリウスさんの為に無理矢理突破しかねないから、何とか止めてー……」
「城門突破なら俺に任せてくれ!」
「違うわよ! 貴方まで何を言っているの!」
「それは最後の手段! まずは穏便に正面からー……って、聞きなさーい!」
「止まらないと無理矢理止めるからね!」

 そしてリース姉とフィア姉が魔法を使ってまで止めてきたので、姉ちゃんと俺はほんの少しだけ頭が冷めた。
 ちなみにホクトさんはきっちり避けたけど、流石に魔法まで放たれた事で大人しくなった。

 それからグレーテさんが先に城へ戻った後で、俺たちは馬車を戻して城へ向かおうとしたんだけど……。

「百狼様!?」
「百狼様だ!」
「ありがたや……ありがたや……」

 町へ出たらホクトさんが獣人たちに囲まれてしまった。
 宿を出る前に王狼館の支配人が、まだ情報統制が出来ていないって止めてきたけど……まさかこんなにも集まるなんて思わなかった。

「クゥーン……」
「ここへ来た初日は、こんなにも集まらなかったよね?」
「あの時はホクトの話がそこまで広まってなかったからじゃないかしら? 何にしろ、これじゃあ城へ向かうのも時間がかかりそうね」

 集まった獣人は俺たちの前に立ち塞がるように眺めてきたり、跪いたり拝んだりしているので、俺たちの歩みが何度も止まってしまうのである。
 別に俺たちの邪魔をしているつもりじゃないし、無理矢理どかすわけにいかないから困っていると、姉ちゃんが前に歩み出た。

「ここは私にお任せ下さい」
「オン!」

 姉ちゃんは自信満々に頷くなり、ホクトさんの許可を得てから『エコー』を発動させていた。

『アービトレイに住む皆様、こちらにいらっしゃる百狼様……ホクト様は急ぎ城へ向かわねばならぬのです。どうか皆様のお力で、ホクト様を城まで導いてくださいませんか?』

 兄貴は積極的に目立つのを嫌うから、注目を集める事は滅多にやらないし、今の姉ちゃんみたいな事があればすぐに止めようとする。
 だけど今は兄貴がいないし、何より姉ちゃんは早く城へ向かいたいから形振り構わなくなっているみたいだ。
 そんな姉ちゃんの宣言は絶大で、前を塞いでいた獣人たちはどいてくれるだけじゃなく、綺麗に整列して城までの道を作ってくれていた。

「さあ、皆さん行きましょうか」
「アオ――ンッ!」

 ホクトさんが礼を言うように吠えれば、獣人たちは手を挙げて喜びを表していた。まるで俺たちを祝っているパレードみたいだな。
 そんな中を歩いていると、俺たちの一番後ろを歩いているリース姉だけが恥ずかしそうにしていた。

「いいのかなぁ……これ?」
「ここまできたら諦めるしかないわよ。堂々としていなさい」
「うん……そうだね。それにしてもフィアさんはよく平気だね?」
「注目を集める状況には慣れているからね。それに……私に比べたらあっちの方が凄いわよ」

 リース姉とフィア姉が俺たちを見て苦笑しているけど、何がおかしいんだろう?
 姉ちゃんと俺は、先頭を歩くホクトさんの横に並んでいるだけなんだけどな?

「兄貴がいないのが残念だな、姉ちゃん」
「ええ、ここでシリウス様がホクトさんの背に乗っていただければ素晴らしい光景になると思うのですが……実に惜しいです」
「オン!」

「流石に私もあそこまで堂々と出来ないわ」
「後でシリウスさんに怒られなきゃいいけど……」
「まあ、非常事態って事で……ね」

 うーん……なんでだろう?





 そして多くの獣人に見送られながら城門までやってきたけど、門番らしき二人の獣人が困惑しながらも俺たちの前に立ち塞がった。

「こ、これは百狼様。城へ何用でしょうか?」
「申し訳ありませんが、いくら百狼様でも許可なく立ち入るわけにはー……」
「オン!」
「「ひいっ!?」」

 二人は猫と兎の獣人だから、ホクトさんの言葉が理解出来ていないみたいだ。
 だけどホクトさんの吠えに怒りが混ざっているのを感じ、二人は完全に怯えて尻尾と耳が垂れ下がっていた。それでも門を守ろうとするのは凄いと思う。
 武器を落としながらも俺たちを通さない二人に、姉ちゃんが前に出て場を和ませるように一礼していた。

「お騒がせて申し訳ありません。私はこちらのホクト様の供をしているエミリアと申します。よろしければ、ホクト様の言葉を翻訳させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、ああ……頼む」
「わかりました。それでは内容ですが……今朝、こちらに人族の青年が訪れませんでしたか?」
「そう……だな。確かに通ったけど、その青年が何だ?」
「青年はホクト様にとって大切な御方なのですが、何か悪い噂を聞いたので急いで迎えに来たのです。なので城へ入る許可をいただきたいのですが……」
「……どうする?」

 二人はお互いに顔を見合わせて迷っているけど、今は迷っている時間も惜しい。
 こうなったら城門を斬ってやろうかと相棒に手を伸ばした時、何か激しく叩くような音が響いて俺は手を止めていた。

「ご覧の通り、現在ホクト様は大変機嫌が悪くなっております。これを止めるには、その青年に会う以外にございません」

 見ればホクトさんは機嫌が悪いとばかりに、尻尾を地面に何度も叩きつけている。石畳の床に罅が入り掛けているけど、さっきから聞こえる音はこれか。

「オン!」
「そちらの出方次第では強行突破も考えているそうです。ホクト様の前足にかかればこの程度の門は一撃でしょうから……お早い決断をお勧めします」
「「しょ、少々お待ち下さい!」」

 その光景を想像したのだろう、顔を青くさせた門番たちは一人を残して城内へと走って報告しに行った。
 そして俺たちは城門から少しだけ離れて門番が戻るのを待っていると、リース姉が困惑した様子で呟いていた。

「ねえエミリア。今のって完全に脅しだと思うんだけど?」
「シリウス様から教わった交渉術の一つです。明らかにお互いの実力差が判明しているならば、強気で攻めた方がスムーズに進むものですから」
「というか、ホクトさんがやる気満々だからな」

 残された門番はホクトさんから放たれる無言の威圧を受け、涙目になりながら必死に耐えていた。うーん……わかるぜその恐怖。俺も何度泣きそうになったことか。

 俺たちにとっては少しでも、門番にとっては永遠に近い時間の後で門番が戻ってきたんだけど……。

「……待たせた?」

 宿で別れたグレーテさんも一緒に現れた。
 状況次第では兄貴を救いに行くって言っていたのに、何でここにいるんだ?

「グレーテさん? どうしてここに?」
「状況が変わったから。とにかくついてきて。向かいながら説明する」

 俺たちは思わず首を傾げたくなったけど、城に入れるなら問題は無い筈だ。
 門番もどうぞと言いながらどいてくれたので、俺たちはグレーテさんの後に続いて城門を潜った。

 余談だけど、ホクトさんは門番へ小さく吠えてから横を通り過ぎていた。
 先程と違って穏やかな吠えに、門番は意味がわからなくて不思議そうな顔をしていたから、俺は翻訳して伝えてあげた。

「貴方は私に怯えていたが、それでも決して門から離れずに職務をやり遂げた。それは誇るべき行動である……だってさ」
「…………」

 そう伝えれば、門番はホクトさんへ深々と頭を下げていた。





 それから先程の言葉通り、グレーテさんは俺たちに状況を説明しながら城の中を案内してくれていた。

「まず先に伝えておくけど、シリウスは牢屋から出された」
「本当ですか!」

 そして一番気になっていた事が判明したので、俺たちは安心したように息を吐いていた。
 良かった、暴れる必要はなさそうだな。

「さっき貴方たちと会っている頃にメア様が目覚めた。それで状況を知ったメア様がすぐにシリウスを出してと怒ったから」
「当然の話よね。それにしても、まだ子供なのに随分と発言力があるみたいね」
「うん、皆メア様が大好きだから。だからこの城で一番偉いのは、獣王様じゃなくてきっとメア様」

 牢屋から出された兄貴は、そのままメアの部屋に連れて行かれて話相手になっているそうだ。
 この城の姫様だから部屋も城の奥にあるので、俺たちは武装した獣人が守る通路や扉を何度も通り、ようやく目的の部屋の前へ辿り着いた。

「この部屋にメア様とシリウスがいるけど、実は今……ちょっとした問題が起こっているの」
「問題? 兄貴が牢屋から出されて歓迎されているんじゃないのか?」
「……違う意味で歓迎されているかも。とにかく見ればわかる」

 意味深な言葉を呟きながらグレーテさんが扉をノックし、部屋に入る許可が出てから開いた扉の先では……。

「それでね! ほんのちょっとだけ目が見えるようになって、少しだけ皆の顔も見えるようになったんだよ!」
「頑張ったんだな、偉い偉い。だけど無理し過ぎるのは駄目だぞ。皆が凄く心配していたからな」
「うん! 気をつける!」
「ぐ……ううぅ……ぐおおぉぉ……メアリーよぉぉ……何故だあぁぁ……」

 そこには、俺たちの頭を撫でている時と同じ優しい笑みを浮かべている兄貴と、満面の笑みを浮かべている女の子の姿。
 そして……俺を遥かに超える大きな獣人が、涙を流しながら殺気を放っているという……変な光景が広がっていた。





 ――― シリウス ―――





「てめえはここがお似合いだ!」

 城にやってきた俺が案内された場所は……牢屋だった。
 分厚い壁に覆われ、外から完全に隔離された部屋は暗く、牢屋内には申し訳程度に光る明かりと粗末なベッドだけしかない。
 おまけに大切なミスリルナイフとエリュシオン印のマントも奪われた上に、俺は重たい鉄製の手枷も付けられていた。
 そっちから呼んだにしては酷い扱いだ。

「この国では、招待した客人を牢屋へ入れる風習があるのか?」
「お前は罪人だから客なわけがあるか! メアリー様が倒れたのはお前が原因だって知っているんだぞ」
「……どういう事だ?」

 激しく怒っている牢屋の番人によれば、俺が魔力の扱い方を教えたせいでメアが魔力枯渇で倒れたそうだ。
 だからやり過ぎるなと言ったのに……困った子だな。

「重度の魔力枯渇だと不味いが、普通に使って気絶するのはー……」
「メアリー様は我々の至宝なのだぞ! それをあのような酷い目に……絶対に許さんぞ!」

 人は魔力枯渇に陥ると、スイッチが切れるように気絶して己の身を自動的に守るものだ。
 放出して外に飛ばす魔法ならまだしも、俺が教えたのは体内に魔力を巡回させるようなものなので、そこまで酷い状態にはならない筈だ。
 だから大丈夫だと説明しているのに、困った事に全く話にならない。完全にメアの事で頭が一杯のようだ。

 とにかく場所を確認しようと、俺は『サーチ』を放って周囲を調べようとしたが……。

「……何だ? 魔力が……」
「魔法で脱出するつもりか? だが残念だったな。この牢屋は力どころか魔法にも強い特別製だ。突破出来るならやってみな」

 周囲に魔力を放ったが、地下の壁が魔力を阻害しているのか遠距離まで調べる事が出来ないようだ。そう考えると、同じ系統である『コール』も使えないだろう。
 軽く叩いてみたが、感触からして素手ではどうしようもなさそうだ。『インパクト』も魔力を阻害する点から厳しいかもな。

「理解したか? それじゃあ反省するまでそこに入ってな。なに、大人しくしてればすぐに出られるさ。当然メアリー様に謝ってからだけどな!」

 番人は溜飲が下がったようで、牢屋にぶち込むだけで何もせずに去った。
 無理矢理な尋問とか、手を出されたら流石に反撃するつもりだったが、妙に紳士的じゃないか。

 さて……ここまで騒ぎにならないように大人しくしていたが、まさか牢屋へ一直線とは思わなかった。
 入口から遠いせいで番人から完全な死角となっている牢屋内を調べながら、俺は現時点で判明している事を整理していた。

「奴はメアが倒れた事に怒っていた。そうなると、陰謀や裏の事情の可能性は低そうだな」

 ただメアの事だけを思って純粋に怒っている感じだ。
 正装として着けてきたエリュシオンのマントに一切目もくれず、奪うと同時に袋へ突っ込んでいたから、エリュシオンの紋章に気付くのは何時になる事やら。

 とにかくメアが目覚めて説明すればすぐに出してもらえる可能性もあるので、俺はしばらく牢屋内でのんびりと休む事にした。



 そのまましばらく休んでいたが、何も反応が無いどころか誰も訪れもしなかった。
 外が見えないのでわかりにくいが、時間的にはそろそろ昼過ぎだろう。

「……そろそろ動くか」

 もし俺が牢屋に入れられたと弟子たちが知ったら……姉弟とホクトが何をするかわかったものではないからな。
 今はまだ歓迎されていると思っているだろうが、夕方までに連絡をしないと怪しむだろう。
 そのまま放っておくと平然と城へ突撃しかねないので、手早く行動するとしますか。
 脱獄する理由が自分の為じゃなく、仲間が暴走しないようにってのも変な話だ。

「頑丈そうだが、手抜きはいかんな」

 魔力が通り辛いのは壁だけで、俺自身が魔法を使えないわけじゃないからな。
 まずは邪魔な手枷を外す為に、俺は指先から『ストリング』を伸ばして手枷の鍵穴へと差し込んだ。
 獣人は力が強い種族が多いから鉄製なのだろう。
 しかし付けられた本人の手が届く筈がないと思っているのか、手枷に付いている鍵の構造は単純な作りだった。
 なので複数の『ストリング』を操り、あっさりと手枷を外す事に成功した。

「次は……と」

 続いて服に仕込んでいた丈夫な針金を取り出し、使いやすいように曲げてから牢屋内から鉄格子の鍵穴へと突っ込んだ。
 大きく頑丈そうな鍵は手枷よりも複雑そうだが、前世の鍵に比べたら楽な方だ。
 こういう単純な鍵ばかりなのは、獣人が脱獄する際は鍵を開けるより壊す方向に考えるせいかもしれない。

「電子ロックや指紋認証の手間に比べたらー……っと、こんなもんだな」

 だけど久しぶりだから少し手間取ったな。以前より数秒遅かったが……まあ許容範囲か。
 そのまま牢屋から出た俺は、足音を殺しながら気配を感じる方へ向かって薄暗い通路を進む。
 そして明かりがある休憩所を見つけたので覗いてみれば、先程の番人と同僚らしき獣人が俺のナイフを調べているのが確認出来た。ちゃんと近くにマントが入れられた袋もあるな。
 本来なら番人を気絶させてからナイフとマントを回収したいところだが、脱獄が目的じゃないから後回しにするか。
 それに……。

「……人族のくせに良いナイフ持ってやがんな」
「おいおい、欲しいとか言い出すんじゃねえだろうな?」
「誰が欲しがるか! もし盗んだのがばれてメアリー様に泥棒だなんて思われたら……俺は生きていられねえよ」
「ああ、わかっているならいいさ。俺もそう思われたら……死ぬ自信がある」

 何か憎めないし、大事に預かってくれるならそれでいい。
 気落ちしているせいか妙に集中力を欠いていたので、死角を突きながら進めば見つからずに切り抜けられた。



 俺が牢屋を出たのは城を脱出するわけじゃなく、『コール』が使える場所まで移動する為である。
 地上に出たら弟子たちに現状の報告と、大人しくしているように伝えてから再び牢屋に戻るつもりだが、地下が予想以上に広いので時間が掛かっていた。
 その途中で他の獣人が常駐している部屋もあったので、俺はついでに会話を盗み聞きして情報を集めていた。


「はぁ……メアリー様、大丈夫かなぁ?」
「もう半日以上も眠っているんだろ? 早くメアリー様が元気に駆け回る姿が見てえよぉ……」
「しばらく無理じゃないか? ほら、メアリー様の絵を書いてもらったからこれで我慢しろ」
「我慢できるか! やっぱり生のメアリー様じゃないと」
「だったら返せよ! 高かったんだぞ!」


「なあ、もしかしてメアリー様って本当は魔力枯渇じゃないんじゃあ……」
「そんなわけあるか! 魔力枯渇って宮廷の治療師が口にしたんだ。もう少しすればきっと目覚めてくださる!」
「もし明日まで目覚めなかったら?」
「…………あ、ああ……ありえない!?」
「わ、悪い! 嘘だから、きっとメアリー様はすぐに目覚めるから、落ち着け……な?」


 ……本当にあの子は愛されているんだな。
 ちょっと引きたくなる愛されっぷりだが、姉弟と今まで供にしてきた俺からすればあまり違和感を覚えないのが虚しい。
 あれだな……メアが目覚めて庇ってくれたら、もう何もかも解決しそうな気がしてきた。
 そう思いながら地下を進み続け、ようやく地上への階段を見つけたところで接近する気配を感じたので、俺は急いで物陰に身を隠した。

「ま、待つのだ、メアリーよ! お前が向かう必要はないぞ」
「駄目だよお父さん! 私のせいなんだから、私が迎えに行って謝るの!」
「おお……何と責任感溢れる言葉だ。成長したんだなー……じゃない! 部下に迎えを送るから、病み上がりのお前はベッドで待っていなさい!」

 隠れながら様子を伺えば、地上への階段を降りてきたメアと、レウスよりも一回り大きい獣人の男が現れた。
 その男はメアとは少し違う、獅子族特有の耳と尻尾、そして見た目がどこか似通った部分からして、おそらくメアの父親と思われる。
 つまりあの獅子族の大男こそ、この町を統べる獣王……か。

 メアと同じ鬣のような長い髪を背中に垂らし、鋭い目つきと鍛え抜かれた筋肉から王たる威厳と威圧感を感じるのだが……メアと話している時だけそれが消えている。
 何か……どこぞの孫馬鹿な爺さんとリースの父親を思い出すんだが、この男も同類のようだな。
 これは慎重に相手をしなければと気を引き締めていると、鼻を動かしたメアが俺がいる場所へ顔を向けてきた。

「あれ……お兄さん?」
「何だと!? どこだ!」
「あっちだよ。お兄さん、そこにいるんだよね?」

 しまった……目が悪いせいで鍛え抜かれたメアの鼻を甘くみていた。
 獣王もこちらの存在に気付いて殺気を放ち始めているので、俺は素直に姿を現した。

「き、貴様かぁ! 私の可愛いメアリーをー……」
「お兄さーん!」

 牙を剥き出しながら獣王は吠えたが、メアは笑みを浮かべながら走ってきて俺に抱き付いてきた。
 ……事態は更に不味い方向へ進んでいる気がする。

「な、何をしているのだメアリーよ!? そして貴様もメアリーを放すのだ!」
「あのね、私のせいでお兄さんが牢屋に閉じ込められたって聞いたの。だからごめんなさい、お兄さん」
「お前は何も悪くないぞぉ! 私にも抱き付いてくれーっ!」
「お父さんは黙ってて! 優しくしてくれたお兄さんに酷い事をするお父さんは嫌い!」
「ながぁっ!?」
「……メアリー様、貴方は勘違いしておられますよ。私は牢屋に閉じ込められていません」

 このままメアの御蔭で牢屋から出られても、後で色んな意味で命を狙われそうだし、ここは話をでっち上げて恩を売る方向で行こう。
 これだけ可愛がっている娘に嫌われるよりかはマシだろう。

「え? でも、私が気絶しちゃったからお兄さんが……」
「メアリー様が倒れて皆さん慌てていましたし、思わずそう喋っちゃったんですよ……ね?」
「……そうなの?」
「そ、そうだ! メアリーが倒れたからお父さんちょっと混乱しちゃってな。今更違うって言えなくて……すまん」
「むぅ……じゃあいいけど、もう嘘は止めてよね」

 そして王をやっているだけあって、すぐに俺の意図を読んで口裏を合わせてくれた。
 更にメアもまた家族に対しては純粋なのか、あっさりと信じたようだ。

「私が城の地下を見たいと口にしたので、自由に見学させてもらっていたんですよ。器の大きい素晴らしい父上ですね」
「うん! ちょっと変なところがあるけど、自慢のお父さんだよ!」
「ふ、ふふふ……そうか? お前に父と呼ばれたくないわ!」

 獣王は怒りと歓喜が入り混じった非常に複雑な表情であった。ちなみに後半部分は俺だけにしか聞こえない声量である。
 そんな笑いながら怒り狂う父親を全く気にする事なく、メアは俺の腕を引っ張り始めていた。

「あのねお兄さん、昨日は何も出来なかったからお礼をしたいの。私の部屋に来てほしいな」
「いかん! いかんぞメアリーよ! 得体の知れない男を部屋に呼ぶなぞお前にはまだ早い!」
「煩いよお父さん!」
「はぐぁっ!?」
「じゃあ……紅茶をご馳走していただけませんか? 実は喉が渇きまして」
「いいよ! 最高の紅茶を用意してもらうね!」
「ま、待つのだメアリー! お父さんも一緒にお茶をするぞ! 絶対にだ!」

 獣王の殺気を背後から感じながら、俺はメアに引っ張られて薄暗い地下からメアの部屋へと招待されるのだった。


 そして部屋に向かっている途中でグレーテがやってきたのだが、どうやらメアを探し回っていたらしく少し息を乱していた。

「メアリー様。もう起きて大丈夫なの?」
「あ、グレーテ。お兄さんが来てくれたのに、どこへ行っていたの?」
「うん……ちょっと……」

 何か後ろめたい事があるのか、グレーテが俺と視線を合わそうとしない。
 そして昨日は護衛だと口にしていた癖に、俺を確認するなり逃げるように立ち去った。メアはよくある事だと気にしていない様子だが、どう見ても何かやらかした様子だった。
 嫌な予感を覚えていると、俺の腕を引っ張っていたメアが突然振り返ってきた。

「ねえ、やっぱりお兄さんは昨日みたいに話してほしい。それと、私の事はメアって呼んでほしいな」
「申し訳ありません、流石にそれは無理ですよ」

 昨日の曖昧な関係と違い、今は一国の姫だと判明しているからな。
 更に獣王が傍にいるので断ったのだが、背後に立っていた獣王が俺の肩に手を置いてきた。咄嗟に『ブースト』を発動しなければ脱臼しそうな力だった。

「勿論、呼ぶよ……な?」

 獣王は笑みを浮かべているが、仕方なく……仕方なくと言わんばかりに顔をひきつらせていた。
 身分や立場もあるのに許可するって事は、娘の事を何よりも優先しているのだろう。
 というか、呼ばなければこのまま肩の骨を砕きそうな気がするので、俺に断る選択肢は存在しない。

「……わかった。行こうか、メア」
「うん!」
「ぐ……うぅ……お前が笑ってくれるならば……お父さんは……ぐぅ……」

 まあ……親が許可したならいいか。



 そしてメアの数人の従者に出迎えられながら部屋に到着した俺たちは、テーブルに座って紅茶が用意されるのを待っていた。

 現在、俺の向かい側には楽しそうにしているメアが座り、その隣には依然として殺気を放ち続けている獣王が座っているのだが、何ともシュールな光景である。
 例えるなら、可愛いぬいぐるみと獰猛で飢えた獣が並んでいる感じだな。

 しばらくして紅茶が用意され、メアから訓練の成果を聞きながら頷いていると、部屋の扉がノックされてグレーテが入ってきたのだが……。

「メア様。お客様……です」
「シリウス様!」
「オン!」
「兄貴!」
「お、お邪魔します……」
「無事なようね、シリウス」

 何故か俺の弟子たちも一緒だった。

 この時真っ先に思ったのは、城門を斬ったとか城の一部が壊れたといった話も無く、普通に現れてくれた弟子たちに俺は安堵するのだった。


 この国の人たちを簡単に説明すると。

 メア……超人気アイドル。

 その他……宗教に近い、熱心なアイドル追っかけ。


 こんな国で大丈夫か?
 ……と思ったそこの貴方、安心してください!
 作者もです!

※いずれ風化する小ネタだけど、浮かんだので書いた。








 ぶっこみのホクト



 その日……アービトレイの城門前は一触即発の状態になっていた。

 多くの犬や狼、そして猫の魔物が城門前に並び、まるでバイクを吹かしているように一斉に吠えたり鳴いていたりしているからだ。
 特徴的なのが、魔物たち全員の頭に白い鉢巻きのような物が巻かれている点だろうか?

 その魔物たちの中心で、堂々と威厳ある佇まいで城を見つめ続けている白き狼がこのホクト団の総長であるホクトだ。
 『シリウス命』と書かれた鉢巻きを頭に巻き、戦いが始める時を待ち続けている。

「ホクト総長! 準備が整ったぜ!」
「……オン」

 ホクトと同じ鉢巻きに、『ライオル討伐』の特攻服を纏ったこの銀狼族の青年こそ、ホクト団の特攻隊長でもあるレウスだ。

「右翼、左翼、共に問題ありません。後はホクト総長の命令を待つのみです」

 メイド服に身を包んだ銀狼族の彼女はエミリア。
 ホクトと同じ志を持つ、ホクト団の頼れる参謀である。弟は特攻服なのに、彼女はいつでもどこでもメイド服だ。 

「よしよし、無事に帰ってきたらまたブラッシングしてあげるからね」

 一人だけ明らかに雰囲気が違う彼女はリース。
 ホクト団では癒しを担当しており、裏から支えている必要不可欠の存在だ。
 今も魔物たちをブラッシングしながら、やる気を向上させている。

「気をつけなさい、ホクト。敵は得体の知れない連中を味方に引き込んでいるみたいよ」

 そして謎の女……フィア。
 神出鬼没だが、陰からホクト団を見守っている頼もしき姉御である。

 最後に外から連れてきた仲間たちの様子を確認したが……。

『俺たちの死に場所は総長の隣以外にないっす!』
『ホクト団の禁忌に触れた連中に、容赦なんかいらねえぜ!』
『なめられたら無効にゃ!』

 ホクトは仲間たちの士気の高さに満足していた。
 なにせこれから行われるのは城攻めである。
 この戦いは、ホクト団の神であるシリウスを奪還する為の聖戦なのだ。
 生半可な覚悟では無理だろうが、この士気なら十分だろう。

 ホクトは大きく遠吠えをし、戦いの狼煙を上げる。

「アオ――ンッ!」

 後に『百狼事変』と呼ばれる戦いは……こうして幕を開けた。






 次回予告


 城を攻めるホクト団。
 だが、とある連中による卑劣な策略により、ホクトは孤立してしまう。
 孤立したホクトを襲う謎の集団。
 一対三万という、圧倒的に不利な戦いの行方は……。


 次回、ぶっこみのホクト第45話。

『激突、アービトレイの死闘! ダークモフモフ帝国の覚醒』

 ※続きません。



 ↑ 最初は前回の流れから……と、前書きに載せようと思ったのですが、作者がチキッたのでやはり後書きにしました。







 今回の話も相当暴走しました。
 シリアスな展開かと思えば、まだギャグ路線を走り続けます。

 そして年明けから更新期間が安定せずに申し訳ありません。
 許可が出ればそろそろ書籍二巻の情報や、他の報告等もしようと思っています。
 次回更新は、七日後になります
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