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偶には贅沢を

 あけましておめでとうございます。

 新しい年からちょっと躓いていますが、今年も何とか頑張って行きますので、生温かい目でよろしくお願いします。


 そして十七章……開始です。


 フィアが師匠から種を貰ってから一年が経過した。


 俺たちの旅は続き……土地による独自の風習と食べ物に、初めて見る種族に魔物と……様々な体験をしていた。


 勿論俺たちの仲も良好だし、訓練も怠っていない。

 弟子たちは今では俺から学ぶだけでなく自分で考えて試行錯誤を繰り返すようになり、模擬戦で簡単にあしらえない程に皆強くなっている。


 しかしどれ程強くなろうと、行動は大して変化がない。


 例えば……とある町の宿で、エミリアが発情期だと口にしながらベッドに潜り込んできた事もあった。

 後でレウスに聞けばそんなものは知らないと言うし、怪しかったので問い詰めた結果……嘘だった。


『……頭を撫でるの、しばらく禁止な』

『ああ!? 申し訳ありませんでした!』


 エミリアは泣きながら謝ってきたので、それからしばらくは大人しくなった。

 全く……発情期だとか微妙に心配させるような事を口にするなと言いたい。くだらない事を言っていないで、夜這いなら普通に来なさいとしっかり言い聞かせておいた。



 他にもレウスとの訓練で、いつでも俺を攻撃しにこいと言えば、寝込みを襲おうとしたレウスが夜這いにきたリースと部屋の前でばったりと遭遇した事もあった。


『……ごめん。リース姉』

『…………うん』


 それ以来、レウスは俺の寝込みを襲う事は止めた。

 これは俺も悪いので、レウスにはしっかりと謝っておいた。



 またある時は、フィアが師匠から貰った弓を試し打ちしていると、何故か俺が射られそうになる事件もあったな。

 試し打ちをしているフィアの反対側でレウスと模擬戦をしていると、突然俺の横を矢が横切った時は驚いたものである。

 どうやら弓が師匠の体から出来ているせいか、フィア曰く意志のようなものを持っているらしい。別に喋るわけじゃないが、何となくそう感じるそうだ。

 しばらく語り続けた結果、師匠の悪ふざけな性格と弦に込められたアーシャの姉を想う意志が合致したものだと判明し、フィアが自らの弓へ小一時間ばかり説教を続ける光景は何ともシュールであった。


『それで、名前は決めたのか?』

『アルシェリオン……かな? って、こら! はしゃぎ過ぎよ』


 持ち主に名付けられて嬉しいのか、微妙に光ったり動いたりと実に奇妙な弓である。

 しかし戦闘時にはフィアの命令は素直に聞くし、様々な補助をしてくれるので優秀な武器であった。



 最後にホクトだが……遊んでいると喜びのあまりに体当たりしてくる時が多々あった。

 ……何だか外敵より身内に襲われる状況が多い気がするが、実に濃密な一年だったと思う。




 そんな風にアドロード大陸を巡り、立ち寄った港町で俺たちの馬車を乗せられるような船を見つけたのを機に、俺は別の大陸に行こうと決意した。


 そして数日の船旅を終え、俺たちは新たな大陸……ヒュプネ大陸へやってきた。



 ヒュプネ大陸。

 この世界で一番広い大陸で、地域によって寒暖や環境の差が激しく、他の大陸に比べて少し厳しい大陸とも言われている。

 それゆえに独自の集落や国もアドロード以上に点々とあり、多種多様な種族も存在するらしい。

 色々と危険が多そうだが、それだけ珍しいものもあるのでいつかは訪れようと思っていたが……遂にその時が来たわけだ。


「実はこの大陸に来るのは初めてなのよね。何が待っているのか楽しみだわ」


 船から降り、新しい大陸に初めて踏み入れたフィアは感慨深そうに呟いていた。

 彼女はエルフなので一年程度では見た目の変化は見られないが、今では精霊魔法だけでなく師匠から貰った弓を使いこなす魔法戦士へと成長している。


「少し肌寒いかな? それに何だか空気が違うというか……こう、新しい大陸に来たって感じがするね」


 フィアに続いて船から降りたリースは、以前より少しだけ背が伸びて雰囲気が若干大人っぽくなっている。

 そんなリースだが、ヒュプネ大陸の気候に触れて少し寒そうにしていた。大陸に近づくまでは暖かったので、現在の彼女が薄着なせいもある。


 ちなみにヒュプネ大陸は他の大陸と比べて気温が低く、特に冬である雪花の月になると豪雪によって移動が碌に出来なくなるそうだ。

 しかし雪花の月はまだ数か月先なのでしばらくは大丈夫だろう。


「確かに寒いけど、俺はまだ大丈夫だぜ!」

「貴方とリースを一緒にしては駄目ですよ」


 その後ろから半袖シャツ姿のレウスと呆れた様子のエミリアが続き、リースにコートを渡していた。

 一年経ってエミリアは更に成長し、従者としての貫禄が滲み始める立派な大人の女性である。一部を除いて……だが。

 そして俺たちの中で一番見た目が成長したのがレウスだろう。特に背が大きく伸び、少し顔の角度を上げなければ視線を合わせられない程に成長している。天然は全く変わっていないが。


「無理せずに寒いと感じたら何か着るんだぞ。特にレウスは体が冷える前にコートくらいは羽織っておけ」

「オン!」


 最後に船から降りてきた俺と、馬車を引っ張ってきたホクトで全員だ。

 俺も成長し、体躯も大きくなった御蔭か子供と見られる事も減ってきた。

 最後にホクトだが、全体的に体が少しだけ大きくなっている。

 ところで……百狼という種族はどこまで大きくなるのだろうか?

 現時点でも相当大きいし、ご飯を食べる必要がない種族で本当に助かったものだ。ただでさえ大食らいが二人もいるので食費が馬鹿にならないし。


 それから通行の邪魔にならない場所へ移動した後で何となく水平線を眺めていると、エミリアが近づいてきて俺にマフラーを巻いてくれた。


「海を眺めて何かあったのでしょうか?」

「……思えば遠くまで来たと思ってな。エミリアは寒くないか?」

「銀狼族は寒さには強いので、これくらいなら平気です。それよりシリウス様はどうですか? 寒ければ私が温めますよ」

「オン!」


 実は少しだけ寒いが、頼んでもいないのに一人と一匹がくっ付いてくるので暑いくらいである。

 主にホクトで周囲からの注目を集めながら俺たちは港を後にし、情報と防寒具を揃えようと町へ繰り出すのだった。



 ヒュプネ大陸の玄関口なだけあって大きい港町だが、他の大陸からの物資や人が集まるせいか文化や風習がごちゃ混ぜである。この大陸独自の品物……と言ったものが少ないのだ。

 そんな町を適当に散策し、日が落ちる前に宿を見つけた俺たちは一つの部屋に集まって話し合いを行っていた。


「さて……俺たちは遂にヒュプネ大陸へ来たわけだが、問題が一つ発生している」

「はい。私たちにとって重大な問題ですね」


 問題とは……金である。

 俺たちは他の冒険者と同じく冒険者ギルドの依頼で稼ぎながら旅を続けてきているのだが、この大陸へ向かう定期船の運賃が予想以上に高かったのだ。

 しばらくは大丈夫だが、そろそろ本気で稼ぐのを考えなければならない状況だ。金が足りなくて食費を削るのは俺としてはあまりしたくないし、何より弟子たちが悲しむので。

 まあ、金欠になるのはこれが初めてじゃないし、この町にも冒険者ギルドはあるからそこで稼げば良い話なのだが……。


「うん、おかずが減るのは嫌だから沢山稼がないと!」

「ですが……明らかに依頼が少なかったですね」


 宿へ泊まる前に一度冒険者ギルドを覗いてきたのだが、明らかに依頼が少ないどころか俺たちに合った依頼が少なかったのである。

 俺たちと同じように金を稼ぎたい冒険者が多いので、依頼が出てもすぐに処理されてしまうようだ。


「残っていたのは長期間拘束される依頼か、手間だけ掛かる依頼ばかり残っていたわね」

「でかい魔物を倒す依頼とかあれば良かったのになぁ。兄貴と俺が行けばすぐに終わって沢山稼げるのに」

「そこで提案なんだが、この町で稼ぐのは止めるってのはどうだ?」


 大陸の情報を集めている内に判明したのだが、ここから少し離れた場所に住民の大半が獣人だという大きな町があるらしい。

 町の名前は……アービトレイ。別名で獣国とも呼ばれる時もある。

 獣王と呼ばれる王様が統治する、俺たちが一時期住んでいたエリュシオン並に大きな町だそうだ。それだけ大きい場所ならギルドの依頼も多そうだし、色々と珍しいものがありそうだからな。

 その情報は皆で一緒に聞いていたので、弟子たちは今の言葉で俺の意図を理解したようだ。


「つまりそこで稼ぎながら観光をするわけだね?」

「そういうわけだ。噂によれば治安は悪くないそうだし、どちらにしろ行く予定だったからな」

「獣人の町か……俺と同じ銀狼族がいるかもしれないな!」

「私も聞いた時は気になっていたし、反対する理由はないわね」

「シリウス様についていくだけです」


 というわけで俺たちの方針は決まり、数日ほど大陸の情報を集めてからアービトレイへと旅立った。

 その道中で初めて見る魔物や独特な攻撃方法には驚かされたりしたが、事前に聞いた情報によって問題なく立ち回れた。

 夜になると気温が下がって野営が厳しかったが、町で買った防寒具やホクトが擦り寄ってきてくれたので寒さに悩まされる事はなかった。

 そう、旅は順調だったのだが……最後で問題が発生した。

 最近では当たり前となってしまい、それが日常だと思っていた俺たちは忘れていたのである。

 ホクトという存在が、どれ程周囲に影響を与えるのかと言う事を……。




 港町を旅立って数日後、ようやく俺たちはアービトレイへと到着した。

 情報通り大きな町らしく、エリュシオンに負けず劣らずの防壁が町全体を囲んでいる。

 俺たちは防壁に付けられた大きな門の前まで馬車を走らせ、中へ入る為の審査をしている門番の下へ向かったのだが……。


「あれは……百狼様!?」

「百狼様だ!」


 俺たち……正確にはホクトを見た門番たちが騒ぎだしたのである。

 こうなっている時点で説明するまでもないだろうが、門番や審査をする人たちは全員獣人だ。


「ちょっと待て! 何故百狼様が馬車を牽いておられるのだ!」

「おのれ! 百狼様を馬車馬の如く使うとは何事だ!」


 これがホクトを称えるだけなら良いのだが、門番たちの大半がホクトの影響を最も受けやすい狼の獣人ばかりなのも運が悪かった。

 ホクトは俺たちの馬車を自主的に牽いてくれているのだが、初対面である獣人たちにとっては、神の御使いである百狼を俺が酷使しているように見えるのだろう。


「見ろ! あのエルフだけでなく我等の同胞にまで首輪を着けられているぞ!」

「人族め! 同胞の奴隷を連れて来るとは良い度胸だ!」


 更にチョーカーを着けた姉弟とフィアが奴隷と勘違いされ始め、武器を向けられるまでとはいかないが、門番たちは御者台に座っている俺に殺気を放っていた。

 ホクトが町の先々で崇められたり祈られたりする光景に慣れたせいで、この危険性を考慮するのをすっかり忘れていたな。まあ、思い出したからと言って誰が馬車を牽くのかって話になるけど。


「あの……シリウスさん」

「ややこしくなるから、リースはそのまま隠れてて」


 もう一人の人族であるリースを馬車の中で待機するように声を掛けてから御者台を降りた俺は、とにかく誤解を解こうと門番の前にゆっくりと歩み寄った。


「幾つか誤解があるようなので、説明させてもらっていいでしょうか? こちらの三人はそれらしいのを着けていますが、奴隷では決してありません」

「ならばその首輪は何だ! 同胞を解放しろ!」

「見てもらった方が早そうですね。三人とも、一旦チョーカーを外してくれ」

「仕方ないわね」

「あまり外したくないんだけどな……」


 これが奴隷に使われる隷属の首輪なら、着けた本人以外は外せないから奴隷ではない証拠になるだろう。

 俺の言葉を受けてレウスとフィアがチョーカーを外したのだが……エミリアだけが妙に渋っていた。


「私はシリウス様の奴隷みたいなものですし、そもそも奴隷と思われても構いませんので」

「そこまで想ってくれるのは嬉しいんだが……今は外してほしい」

「……わかりました」


 心から溜息を吐くエミリアが外したところで門番たちは困惑し始めたが、依然として俺を睨みつけたままだ。


 続いてホクトだが、おそらく百狼を下のように扱って見えるのが問題なので、ホクトが自らの意志で馬車を牽いていると理解してもらえばいい。

 ホクトから説明してもらうべきだろうが、熱狂的な信仰者は都合の良い解釈をしてしまう場合が多く、目の前にいるような連中だとホクトの口から説明しても認めようとしない可能性が高い。実際、過去にそういう事があったからだ。

 ここは思い切って発想を変えてみるか?

 馬車を牽いているのはホクトの道楽であり、俺たちはホクトの世話をする為の従者……つまり下の存在だと思わせればどうだろうか?

 早速俺はホクトへ向かって跪こうとー……。


「クゥーン……」


 ……駄目だ。

 ホクトが俺の胸に顔を擦り寄せてきている時点で、俺の方が下とは到底見えない。

 何か他に誤魔化せる案はないかと考えていると、ホクトが門番へ向かって小さく吠えた。


「オン!」

「……成程! そういうわけですか!」

「オン……オン!」

「百狼様の美しい毛並みもその男の手で維持されているわけと? 成程……確かにこの腕ならば百狼様が連れ歩くのも道理ですな!」


 ……何か都合の良いように勘違いしてくれたらしい。

 レウスの翻訳によると、俺の事を毎日毛並みを整えてくれる大切な存在と伝えたそうだが、門番たちはホクトの毛繕いを専門とする付き人みたいな存在と思われたようだ。確かに毎日ブラッシングはしているから間違いとも言えないが。

 そして俺の弟子たちもホクトの世話係であり、世話をしてくれる者たちを引き連れる為に馬車を牽いていると解釈したようである。

 とにかくこれで門番たちからの殺気は消えたので、結果オーライとしておこう。


 誤解が解けたところで、中に入る為の審査がようやく始まったのだが……。


「オン!」

「そうですね、百狼様が認めた者ならば問題はありません! どうぞお通りください!」

「オン?」

「はい、宿でしたら町の中央地区から少し外れた王狼館と呼ばれる宿が良さそうかと! 町で一番広くて大きい宿ですから、百狼様もゆっくりと休めるでしょう!」


 鶴の一声ならぬホクトの一吠えで、俺たちは素通り出来たどころかお勧め宿の情報も得れた。

 ホクトも門番も実に優秀である。

 だがアービトレイよ、こんな門番で本当に良いのか?


 まだ入ってすらいない町の心配を何故俺がしなければいけないのやら……。




 一騒ぎとなった門を抜けてようやく俺たちはアービトレイへと入った。

 防壁の近くは農園地帯になっているのだろう、作物を栽培する畑が広がっていたが、しばらく馬車を走らせるとようやく町が見えてきた。


 そして様々な大きさの家屋が建ち並ぶ活気の溢れた町を、俺たちは物珍しそうに馬車から眺めていた。


「おお……本当に獣人ばかりだぜ」

「獣人の国と言うだけはありますね」

「こういう新鮮な光景を見るのも旅の醍醐味よね」


 姉弟のような狼を始め、猫に兎に狐……と、様々な獣人が町を悠然と歩いている。

 見たところ全体の九割が獣人で、残りの一割が人族やその他……と、いったところだろうか?


「ホクトもだけど、人族のシリウスさんと私も少し見られているね」

「今のところ怪しい視線は感じられないが、リースとフィアはなるべく一人で出歩かないでくれよ」


 大きな町だから邪な思いを抱く獣人がいてもおかしくはないからな。まあホクトがいる時点で襲われる心配はないだろうけど。


 さて……町の中を歩いている獣人たちの反応だが、その大半がホクトの姿を見るなり道を譲るように大きく避けて頭を下げるか、手を組んで祈るかのどちらかだ。

 こういう事は今まで巡ってきた町で何度もあったが、流石にここまでの規模になると反応に困る。

 更に百狼が牽いている馬車というわけで、一部の獣人が王族や重要な人物を運んでいる馬車ではないかと勘違いし始めているようだ。このままアービトレイにある城へ向かっても全く違和感がない雰囲気である。

 別に王族と関わるつもりはないので、早く目的の宿を探して馬車だけでも置いてしまいたいものだ。


「今はホクトさんの威光ですが、いずれシリウス様が歩くだけでこうなるでしょう」

「違うぜ姉ちゃん。ホクトさんは兄貴がいるからこそ一緒なんだから、これも兄貴の実力だぜ」

「成程! 良い事を言いましたね、レウス」


 そしてこれ以上、姉弟の会話が暴走する前に早く宿へ着きたい……。





「百狼様が我が宿に泊まっていただけるとは、光栄の極みでございます!」


 夕方になってようやく門番から紹介された宿である王狼館を見つけたが、名前の通り支配人は狼の獣人だった。

 立場上は従魔だが、百狼であるホクトは普通に宿の内部へと案内されて、奥から急いでやってきた支配人にもてなされている。


「オン!」

「はい、百狼様のお名前はホクト様ですね? それではホクト様は我が宿で一番高級な部屋へご案内ー……」

「クゥーン……」

「え……お連れの者たちと同じ部屋で構わないと? ですが……わ、わかりました。ホクト様がそう言われるのでしたら……」


 ホクトは俺と同じ部屋じゃなければ嫌だと訴えるので、矛先を変えようと思った支配人は俺たちに笑みを向けてきた。


「皆さんがホクト様の仲間ですね? では皆様を一番高級な部屋へー……」

「申し訳ありませんが、あまり金がないので普通の部屋をお願いします」

「そ、そこを何とか! 百狼様を普通の部屋に泊めたと知られれば、末代までの恥でございます!」


 大の大人が涙目であるが、その気持ちはわからなくもない。

 いわゆるホクトは王族みたいなもので、そんな偉い存在を適当な部屋に泊めては宿の面目を潰すようなものだしな。

 支配人は俺たちに懇願するように縋ってくるが、この王狼館はかなり高級そうな宿なので値段もぶっ飛んでいそうなのだ。


 こうなれば俺たちは一番安い部屋にして、ホクトだけ一番高級な部屋にしてもらうか?

 ホクトが納得しなさそうだが、何とか我慢してもらうしかあるまい。まあ、どちらにしろ俺の部屋にやってきそうな気もするし。


「皆さんの宿泊費は一番安い値段でも構いませんので!」

「高い部屋でお願いします」


 即決した。

 旅をしている俺たちは野営が多いし、町に着いた時くらいは良い場所で泊まりたいからな。






 そして俺たちが案内されたのは部屋ではなく、王狼館の敷地内にある離れの建物だった。


「ここが我が宿で一番の部屋でございます。ホクト様と皆様の状況から一番適切な部屋と思います」


 俺が生まれた屋敷より少し大きい建物で、ちょっとした別荘みたいなものだな。

 王族や上位の貴族がお忍びで来た時に使われるらしいが、今回はこの別宅を俺たちが好きに使って良いそうだ。


「食事は時間が来れば料理人が作りに来ます。それと玄関にある魔道具に魔力を流せば本宅の呼び鈴が鳴る仕組みになっていますので、何か用があれば遠慮なくお呼びください」


 他にも屋敷にある食材や飲み物は好きに使っても構わないらしい。そうして様々な説明を終えた支配人は頭を下げてから俺たちの前から去った。


 蓄えも少ないのに、豪勢な宿に泊まれるようになった幸運に心を躍らせながら、俺たちは手分けして別宅を隅々まで調べていた。

 町で宿に泊まった際は、逃走経路の確認だけでなく、何か罠が仕掛けられていないかどうか下調べをするようにしているのだ。


「この建物全部使ってもいいのか。凄い贅沢だな!」

「部屋の数も十分だし、これなら一人で一部屋使っても問題なさそうだね」

「調理室も調べましたが、食材も万全でした」

「狭いけど、地下にワインセラーも発見したぞ」

「あら、良いものを見つけたじゃない。後で一緒に飲みましょ!」


 特に危険なものは見つからなかったので、俺たちは居間にあるソファーに座って一休みしていた。


「シリウス様、本日はゆっくりと休めそうですね」

「ああ、これもホクトの御蔭だな。今日はたっぷりブラッシングしてやるぞ」

「オン!」

「ぐふっ!? う、嬉しいのはわかるが、興奮し過ぎだ」


 体当たりの勢いで胸に飛び込んできたホクトの頭を撫でていると、姉弟が静かに俺の背後に立っていた。


「「…………」」

「……お前たちにもやってやるから、そんな目で見るな」

「はい!」

「おう!」


 その言葉にブラシを手にしていた姉弟は尻尾を振りながら答えるのだった。

 今日は……寝るまでが長くなりそうだな。






 アービトレイに到着して二日目。

 旅の疲れもあって少し遅めに起きた俺たちは、町を散策しようと出掛ける準備をしていたのだが……。


『申し上げにくいのですが、本日はホクト様の外出は控えていただきたいのです……』


 それが、朝から別宅へきた支配人からの言葉だった。

 詳しく聞けば、昨日ホクトを見る事が出来なかった一部の獣人が一目拝謁しようと探し回っていたり、ホクトへ供え物をしようと考えているそうだ。この辺りは銀狼族が住んでいた集落の時と同じだな。

 しかしここは多くの人が集まる町だ。

 王狼館を中心に混乱が起こる可能性が高いので、これから周辺を取り仕切る者たちと協力してホクトへの接し方と、俺たちの関係を広める為に情報統制を試みるそうだ。

 そういうわけで、ホクトは一日か二日は歩き回らない方が良いというわけだ。


『場合によっては、ホクト様のご尊顔を皆に見せていただく機会をいただけませんか?』


 安く泊まらせてもらっているので、あまり拘束しないのならと……ホクトは許可するように頷いた。

 しかしホクトだけを置いていくのも忍びないと思っていると、妙にスッキリとしている弟子たちが提案したのである。


『ねえシリウス。それなら貴方も宿に残ったらどうかしら?』

『そうだな! 兄貴はゆっくりと休んでいろよ』

『うん、最近色々あって疲れているでしょ? お金を稼いでくるのは私たちに任せて』

『シリウス様は私たちを顎で使い、上前を撥ねるくらいしても罰は当たりません』

『罰が当たる当たらない以前に、そんな事はしたくねえよ!』


 昨夜は、ホクトだけじゃなく姉弟の尻尾をブラッシングし、更にリースとフィアの髪まで梳いていたので、実は結構疲れが溜まっていた。

 町を観光したい気持ちは確かにあるが、偶には弟子たちに案内してもらうのも良いかもしれない。

 というわけで、俺はその言葉に甘えてホクトと別宅に残って休む事にした。



 さて…………何をしようか?

 いつもは弟子たちの訓練で忙しいのだが、こう……降って湧いたような休日になると何をすればいいか迷うな。


 ホクトと遊ぶのも良いが、今のホクトとなると結構体力を使うので休みにならない気がする。

 それに昨夜は念入りにブラッシングしてあげたので、今は俺が近くにいるだけで満足しているようだ。

 俺はソファーに座ったまま、近くで眠っているホクトを撫でながら休日の過ごし方を考えるのだった。







「……うん。良い出汁が取れたな」


 結局……俺は料理を作っていた。

 考えてみれば最近手の込んだ料理を作っていない気がするので、今日は手間をかけたクリームシチューを作ろうと思ったのである。


「寒い時はやっぱりシチューが一番だ。たっぷり作ったから、あいつ等が帰ったら喜ぶだろうな」

「オン!」


 後は肉がとろけるまでじっくりと煮込み続けるだけだが……ふと気付いた事がある。

 皆が外で稼いでいる間に、俺は一人で料理を作りながら帰りを待つこの状況。

 今の俺はまるで主夫というか、母親みたいなー……。


「いやいや、違うだろ。俺は趣味で料理をしているだけで、あいつ等の母親じゃない。そうだろホクト?」

「……オン」

「視線を逸らすなホクト! 全くー……む!? 少し味が濃いか? 皆よく食べるから、塩分の入れ過ぎには気をつけないとな」

「オン!」


 何かホクトが突っ込んでいる気がするが、味付けの調整に集中したいので気にしない事にした。


 それから他の料理を作っている途中、別宅の外から気配を感じたので俺は野菜を切る手を止めた。


「オン!」


 しかし近くで寝転がっていたホクトが立ち上がって調理室を出ていったので、どうやら外の様子を見に行ってくれたようである。

 従業員にしては気配が妙だし、盗賊にしては気配が全く隠せていなかった。そもそも殺気や怪しい感覚もないので、ホクト見たさにやってきた獣人だろうか?

 まあ、どちらにしろホクトが向かったのならば問題はあるまい。

 俺は料理を再開し、切った野菜を鍋に入れていると……。


「オン!」

「わきゃっ!?」


 外でホクトが吠えたかと思えば、同時に聞き慣れない声が響いてきたのである。

 危険はなさそうだが、念の為に手を止めて鍋を火から外していると……。


「クゥーン……」

「……何を拾ってきたんだお前は?」


 ホクトが……虎らしき耳と尻尾を持つ少女の襟首を咥えて戻ってきたのである。




アルシェリオン


 フィアが師匠から授かった弓。

 師匠の体から出来ている時点で普通ではないが、アーシャの弦に込められた想いを受けて独自の意志を持つようになる。

 本編でシリウスを襲ったのは、師匠の悪戯心とアーシャの嫉妬が合致した結果である。

 持ち主のフィアの事が大好きなので、基本的に忠実で有能な性格。

 攻撃力、性能についてはいずれ。


※将来、フィアと合流したアーシャが、この弓と喧嘩する小ネタが浮かびましたが……その頃には忘れそうです。






 おまけ

 シリウスの疲れが取れない理由。



 王狼館の別宅に泊まり、弟子たち全員のブラッシングを終えたその日の夜……。



「少し寒いな。馬車から毛布を持ってくるか?」

「オン!」

「……確かにお前が乗ってくれると暖かいが、少し重い。気持ちだけ受け取っておくよ」

「クゥーン……」

「ではシリウス様、私の肌で温めて差し上げますね」

「部屋に帰りなさい」

「そうよ! 今日は私の番なんだからね!」

「いいえ! これはシリウス様を温める行為です!」

「……まだ寝れそうにないな」











 金欠だというのに、高級宿に泊まるという妙な展開から始まりましたが、新章の開始です。


 そしてホクトは今まで巡ってきた町や村でも拝まれていますが、それが最も激しそうな町へと突撃しました。

 ホクトを上手く使えば、このアービトレイで一攫千金も夢じゃなさそうです。



 本編で一年経って成長している事を書きましたが、全体的に背が大きくなった以外にほとんど変化はないと思ってください。

 ちなみに現在のシリウスの年齢ですが、大体十五歳か十六歳になります。

※書籍だと二歳上になっているので、いずれ修正する予定です。



 次の更新は七日後になります。


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