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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二章 出会い

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運命の出会い

 ふと思い出す。

 ライオルは自分と対等に戦える相手を育てる為に教育者になったが、前世の俺はどうして教育者になったのか。

 表向きは年齢的に仕事がきつくなり後進に譲る為だが、きっかけは一人の女の子であった。

 あれは違法の人身販売組織を潰した時だったと思う。
 施設の内部に潜入して組織を潰したが、施設には身元がわからない子供達が大勢いたのだ。所属する組織によって調べられ、親元へ帰されたり孤児院に送られたりしたが、一人だけ俺からどうしても離れない女の子が居た。その子は人体実験直前で助け出したのだが、その時の俺がヒーローに見えたのか異常に懐かれたのだ。親もおらず、意地でも俺から離れたがらないので引き取ることにした。
 とはいえ連れ歩くわけにいかず、信頼できる女性に預けたが、意外にも女の子は大人しかった。俺が引き取ってくれた時点で満足はしてくれたらしい。仕事で忙しいので碌に会えないのに女の子は嬉しそうだった。
 そんなある日、女の子から仕事を教えてほしいと言い出した。
 俺の仕事を手伝いたい。自分を助けてくれたヒーローみたいになりたいと、女の子は夢のように語ってくれた。実際、俺の仕事はそんな綺麗な物じゃない、人を殺すのだ。汚い部分も見せたが、女の子の意思は変わらない。そんな女の子を見て、いい年になったから腰を据えて教育者になろうかと思ったわけだ。時折お父さんと呼ぶ癖があるが、女の子は最初の弟子となった。
 些細な理由で始めた教育者だが、成長していく弟子を見て次第に楽しくなってきた。気付いたらのめり込み、その思いは転生しても変わらなかったようだ。

 俺が教育者となった理由はそんな感じだ。

 そしてまた、その切っ掛けのような状況が迫ってきていた。





 フィアとライオルとの出会いから一年後。
 俺は六歳になった。

 朝の訓練を終え、今日もアドロード大陸で探索している。
 最近は空から人を探すのは止め、森の中を歩き回って探検している事が多い。襲い掛かってくる魔物を蹴散らし、山の幸を探し回る冒険者としての訓練がメインだ。

「お、マツタケ見っけ」

 前世の松茸ではなくそれと似たような茸だ。正式名称はあるが、俺にとって慣れ親しんだマツタケと呼ぶ事にしている。それなりに希少で美味しいので、今日の晩御飯に添えるとしますか。
 ほくほく顔で採取していると、晩御飯を考えていたせいもあって空腹感を覚えた。太陽を見ればそろそろ昼だ。適当な岩に座り、弁当を取り出していただきますと手を合わせる。弁当は三人がランダムに作ってくれるから、今日は誰のかなーと。

「今日はエリナか」

 色取り取りのおかずに、俺の好物である肉と野菜のサンドイッチがこれでもかと詰められている。最近は成長が著しいせいか食が進む進む。去年はこれの半分でもお腹一杯になっていたが、現在ではこれくらいペロリだ。

「うむ、美味い。おっと、連絡しておかないとな」

 少しだけ魔力を集中させ、遠くに居るであろうエリナ目掛けて魔力を飛ばす。

『あーあー……こちら大犬座。現在昼食中で異常はありません。今日も美味しいよ。オーバー』

 今のは独り言ではない。
 これぞ新たに開発した魔法『コール』だ。特定の相手目掛けて、魔力を電波のように飛ばして言葉を届ける魔法だ。届いた側の感想だと、頭に直接響く不思議な感覚で聞こえるそうだ。正に携帯電話で非常に便利だが、俺しか使えないのでこちらからの一方通行なのだ。
 しかし電波と言うが結局は魔力なので、途中で似た波長の人が居て漏洩する可能性も十分ある。だから自分をコードネームで呼ぶし、相手の名前は言わないようにしている。
 声を風に乗せて遠くに飛ばす風魔法もあるらしいが、『コール』はまだ試験段階だ。それでも声が届けばエリナに安心感を与えられるから使っている。いつか人が大勢居る場所で実験したり、最大距離も調べないといけないよな。

 一方通行の報告を終えて昼食を再開する。うーむ、どうやったらこの絶妙な味が出せるんだろう。何度か真似しているが未だに再現できない。俺の好みを知り尽くされてるよなぁ。
 弁当を八割食べ終わった頃、森の奥から気配を感じたので『サーチ』を発動させる。脳内レーダーに高速で接近する物体を捉えたので、食事を中断して弁当を仕舞うと同時にそいつは現れた。
 馬のように立派な四肢に、胴体が異常に肥え、太くて立派な二本の角がある妙にアンバランスな猪だ。名前は確かベオニーファンゴだったか?
 ターゲットは俺らしく、二本の角を向けてこちらに向かって猛烈な体当たりを仕掛けてきた。

「単調だな……あら?」

 スピードは凄まじいが、正面から堂々とくる攻撃を避けるのは簡単だ。すれ違い様に剣で切りつけたが手応えは浅く、表面に薄い傷が走った程度だ。硬い皮膚だから、斬るには強化した力じゃないと無理そうだな。
 考えてる間に折り返した魔物が再び迫ってきたので避ける。さっきは横回避であったが、今度は上にだ。着地は地面ではなく魔物の背中で暴れる前にさっさと仕留めるとしよう。

「こいつならどうだっと!」

 頭に近づきフィアから貰ったミスリルナイフで眉間を突き刺した。流石はミスリル、ほぼ抵抗無くナイフは沈んでいき、魔物は一瞬だけ震えて巨体は地面に崩れ落ちた。

「こいつの足は妙に立派だが美味いのか? まあ、今回はロースだけでいいか」

 この魔物は刃物を弾く硬い皮膚に、強烈な体当たりによって中級冒険者が束になって戦う相手らしいのだが、鋭い武器で弱点を突けばこんなものだ。ライオルなら正面から真っ二つに斬って終ると思う。
 ロースらしき部分を血抜き処置して鞄に仕舞うと、再び森の奥から気配を感じた。ほぼ反射で『サーチ』を発動させれば同じ魔物の反応が出た。魔物はこちらではなく別方向へ移動していたが、向かう先に感じる二つの反応。まさかと思い、魔物へと走りながら更に詳細な『サーチ』で反応を調べる。間違いない、この反応は人型だ。
 枝を避け、あるいは反動として利用し、森の中を飛ぶように疾走していく。スピードを一切緩めることなく進み、ついに反応を視界に捉えた。

 魔物の体当たりによって折れた木のすぐ横に、ぐったりと倒れこむ二人の子供。その子供を狙わんと、ベオニーファンゴは足で地面を掻いて飛び出す直前であった。
 取るべき処置は一つ。

「ドロップキィ―――クッ!」

 飛び込んだ勢いそのままで、プロレスラー顔負けな両足蹴りを魔物の横っ面に叩き込んだ。『ブースト』も加えておいたので、魔物は水平にふっ飛んで木を数本薙ぎ倒しつつ転がっていく。あれくらいじゃ倒せないだろうし、追撃も加えておこう。

「『マグナム』」

 転がる魔物の頭に弾丸を撃ち込みきっちり止めを刺した。頭が破裂したが、見ようによっては蹴りによって爆発したように見える……と思う。しかし何だな、この銃魔法は威力が上がってないか? 本家より強くなってる気がするぞ。
 考えるのは後にして、血の匂いで他の魔物が集まりそうだから用件を済ませよう。

 倒れていた二人の子供は男女の組み合わせで獣人であった。
 年齢は俺と同じくらいで、狼の様な耳にふさふさ感タップリな尻尾と髪の色は銀色だ。女の子の方が年上っぽく、顔つきが似ているので姉弟だろうか?
 しかし二人の身形は酷かった。必要な部分しか隠されていない布切れに、ガリガリに痩せ細った体と全身についた数々の傷と痣。何より気になるのは首に巻かれている無骨な金属製の首輪だった。サイズも大きくぶかぶかで、とても子供が付ける様なアクセサリーじゃない。
 男の子は気絶しているが、女の子は目を開いてこちらを向いたまま呆然としていた。俺と視線が合うと、女の子は我に返り男の子を手で庇いながら睨んできた。

「―ぉ……ぅ―……ぁ―!」

 喉がやられているのか、声は掠れてよく聞こえない。
 ここまでボロボロになった者は前世でも見た事がある。誰にも保護されず、国の加護も無い無法地帯に居た奴隷達だ。人権など一切無く、消耗品の如く使われて捨てられる奴隷は皆死んだ目をしていた。
 しかしこの女の子は違う。ボロボロで体も満足に動かせない状況なのに、目には断固たる意志が見えた。

 弟……私が……守る。

 それが強化した耳が拾った女の子の声だった。
 一歩近づくと、その分だけ逃げようとするが体がいう事を聞かない様子。更に一歩。体が震えており、完全に俺に怯えているが弟から手を離さず目も逸らさない。もう一歩進み女の子は目前だ。ここまで接近されて手すら出さないのは恐怖かそれすら出来ないのか。
 それでも……目は死んでいなかった。
 少し屈んで目線を合わせ、女の子の頭に手を置いてゆっくりと語りかける。

「大丈夫。俺は君の敵じゃないよ」

 過去に切っ掛けとなった少女と同じ言葉を掛ける。
 今の女の子は何もかもが敵に見える状況で、まずは俺が害をなす存在ではないとわからせ安心させないといけない。

「弟を守っているんだろう? よく頑張ったね。俺が助けてあげるから、君はゆっくりと休みなさい」

 ボサボサになったその銀髪を慈しむように撫でる。過去の女の子は乱暴に撫でてしまったが、今回はエリナが俺にしてくれた様に撫でたつもりだ。効果はあったようで、警戒が薄れたと同時に一筋の涙を流して女の子の意識は落ちた。

 やれやれ、この子達の正体はわからないが妙な事になった。
 こんな魔物に追われる子達はこの世界ではよくある事で、このまま見捨てたって誰も責めやしないだろう。むしろ見捨てないと面倒になる。俺はまだ六歳だし、エリナ達も居るし、将来を考えると二人も養う余裕はあまりない。
 でも助けるって言っちゃったし、犬耳だけどペットみたいに拾うのもあれだしな。エリナから何て言われるだろう?

 悩んでる間に血によって誘われたのか周辺の気配が増えていく。時間も無いし仕方ない。

「とりあえず……保留!」

 二人を『ストリング』で縛りつけて抱え、俺はその場から飛び去った。




「……という訳で、爺さんの知恵を借りにきた。何とかしてくれ」

 場所は変わってライオルの家。
 二人を抱えてやってきた俺にライオルは首を傾げたが、特に何も言わず寝床を用意してくれた。用意された寝床に二人を寝かせ、状況を説明して今に至る。ついでに年配者なので相談もしてみた。

「何じゃいその投げやりは。わしに言われても困るし、拾ったのはお主じゃろうに」

 ですよねー。まあ、どうするかはもう決めてはいるんだが。

「わしが言わずとも、お主はすでに決めておるのじゃろう? 一体何を迷っておるのじゃ」
「いや、エリナがなぁ……」
「はっはっは! わしを下す強者が従者一人に怯えるとはのう」
「うるさいな、エリナは怖いんだぞ」

 身内にしかわからん怖さだ。昔は知らんが、隠居した爺さんにはわかるまい。
 話の流れからわかると思うが、この二人は家へと連れて帰るのは決定済みだ。最悪エリナと喧嘩する可能性もあるが、俺にはこいつらを見捨てる選択肢は無かった。

「別に迷惑とは思わんが、何故わしの所へ連れてきたのじゃ? 直接家へ向かえばいいじゃろう」
「知恵を借りたいのは本当なんだ。まず聞くけど、この二人は奴隷なのか?」

 身体中ボロボロで妙な首輪付きだ。十中八九奴隷だと思うのだが、世界を旅したライオルの意見も聞いておきたい。

「奴隷で間違いないぞ。その首輪が何よりの証拠じゃ」
「やっぱりか。この首輪は見た目以外に何か効果あるのか? 魔力を少し感じるんだが」
「それは『隷属の首輪』と呼ばれる道具でのう、装備させられると契約者に命を握られるのじゃ。契約者が念じれば体に激痛を与え、逃げても契約者に位置を教える魔力を放出し続けるのじゃ。おまけに消費する魔力はつけた本人の魔力からじゃ。魔力が少なければ枯渇していずれ死ぬじゃろう」
「なら早急に外さないと不味いな」
「それがのう、契約者が持つ鍵じゃないと外せないそうじゃ。しかも物理的に壊すと首輪が装備者を道連れにするから厄介なんじゃ」

 よく見ると首輪の一部に鍵穴が見える。複雑な物じゃなく、ただ鍵を差し込む一般的な穴だが、そこから首輪の魔力が溢れだしている。今も契約者に位置を教えているのだろうか?

「わしが聞いた話じゃと、鍵穴の奥に複雑な魔法陣が描かれておって、それが首輪の媒介らしいのう。手間が掛かるゆえかなり高価なんじゃ」
「高価だろうがこんなのはいらん。壊れてもいいから外す方法はないのか?」
「ふむ、一か八かわしの剣で斬ってみるか?」
「ライオルの腕は信じてるけど、それは最終手段にしておこう。ちょっと試したい事がある」
「ほう? 今度は何をやらかすのかのう」

 後ろでワクワクしている爺さんは置いといて、まずは男の子からやってみるか。

 首輪に手を翳し、新たなる魔法『スキャン』を発動させる。
 この魔法は対象に魔力を通し、物体内部を脳内に描く探査魔法だ。前世で言えばレントゲン画法である。『サーチ』が広範囲の探査ならば、『スキャン』はそれを極小に狭めて精度を高めたもの。
 難点は手で触れる距離じゃないと精密に描けない事だ。魔物や道具で実験したが無害だったし、許可を得てディーにも協力してもらい人に対する安全も確認済みだ。

 首輪の内部構造を把握し、見えた魔法陣を重点に『スキャン』の方向性を変える。変化させた『スキャン』は物体の構造ではなく、魔力のみで内部構造を視る為だ。俺は魔法陣に描かれた効果の意味はわからないが、魔力の元は視える。ライオルが言った通りなら、首輪の能力は四種類ある筈。
 激痛を与える、魔力を吸収、魔力を放散、そして道連れ。
 予想通り、魔力で視れば四つの核が映る。その内二つは発動しており、これが吸収と放散だろう。残り二つを何とかすればいけるかもしれない。
 左手から二本『ストリング』を細く伸ばし、鍵穴から魔法陣へと侵入させていく。掴むのは魔力で、問題である二つの核周辺に巻き付き全体を覆っていく。両方とも隙間無く囲ったのを確認し、右手でミスリルナイフを握り首輪へと添えた。

「失敗したら許せよ」

 『ストリング』を収束させて核を絞め潰す動作と、ナイフで首輪を斬る動作を同時に行った。ゴトンと鈍い音を立てて足元に転がる首輪。ライオルが緊張しつつ男の子の顔に手を当てていた。

「……呼吸確認じゃ。ちゃんと生きておるわい」
「ふぅ……よかった」

 半分賭けに近いやり方だったが、どうやら成功したらしい。

「相変わらず規格外じゃのう。前に首輪を壊した奴は全身から血を流して死んでおったわい」
「そんな結果を知ってるのに剣で斬ろうとするな!」
「魔法陣を狙って斬ればもしかしてと思ったんじゃよ、はっはっは!」

 悪びれも一切無くライオルは大声で笑っていた。理屈はわかるが態度が腹立つし、怪我人の前だから静かにしろと思う。
 続いて女の子の首輪も壊しその首輪を調べたが、魔力を吸収する対象が無くなったので何も発さないただのガラクタになった。魔法陣を詳しく知れば何かの役立つかもしれない、持って帰ってみようか。

「さて、首輪を外したが二人の扱いはどうなるんだ?」
「首輪が奴隷の証じゃからのう。主人が解放すると判断した以外に外せない物が無ければ、一般市民として考えてよかろう」
「そもそも奴隷ってどうなるんだ? 犯罪者とかならわかるが、この二人は犯罪者にしては幼すぎる」
「基本は犯罪者が奴隷に堕とされるのじゃが、この二人は間違いなく攫われたのじゃろう。この辺りでは珍しい種族じゃからな」
「珍しい、知っているのか?」
「銀髪で狼の尻尾……おそらく銀狼族じゃろう」

 銀狼族。
 銀色の狼の耳と尻尾を持つ数ある獣人族の一つだ。総人口は少なく、森の奥で暮らす特殊な種族で総じて戦闘能力が高い。気性の荒い者も多いが、家族や種族間の絆を大切にする仲間思いの種族らしい。

 以上、万能のアルベルト旅行記から抜粋。

「珍しかろうが何だろうが関係ないや。この二人はともかく問題は俺の方だな」

 エリナに何て言おう?
 『飼いたい飼いたい! 奴隷飼いたいよう!』と、駄々こねるか? ありえねえ話だ。

「最悪わしが預かってもよいぞ」
「気持ちは嬉しいが、これは俺の問題なんだ」

 俺自身がこいつらを拾ってやると決めたんだ。いい加減、覚悟を決めよう。
 エリナ目掛けて『コール』を発動させ、話すべき言葉を考える。

『えーと……こちら北極星。とある事情により子供を二人拾ったので今から帰ります。客間の寝床を準備しておいてください、オーバー」

 伝えるべき事を伝え大きく息を吐く。相手の反応が見れないから一方通行の通話って怖い。何とか改善したい。

「それじゃあ急いで帰るとするか。爺さん、何かでかい袋くれよ」
「あるにはあるが、何を入れるのじゃ?」
「そこの二人だ。暴れ防止と風圧も若干防げるだろう」
「なるほど。ほれ、持っていけ」
「ありがとう。代わりにこれをやるよ」

 少し残っていた弁当を爺さんの口に押し込んでやる。非常に失礼な行動だが、美味い物は正義なのだ。事実、無理矢理詰められた爺さんはにっこり笑ってるし。

「料理の美味い従者を持って幸せ者じゃのう。じゃがお主の作った飯も美味いぞ。また今度作ってくれぬか?」

 何度かここにお世話になってるから、たまに料理作ってやって一緒に食べているんだよな。

「俺は爺さんの従者ではないんだが、気が向いたらな」

 二人を包んだ袋を両脇に抱え、俺の方が人攫いみたいだなと思いつつ家へと急いだ。






 ――― ノエル ―――


 私の名前はノエル。
 主人であるシリウス様に仕える可憐な従者の一人だ。そのシリウス様はまだ六歳の子供ですから、私達が支えてー……と言いたいのですが、シリウス様は支える必要が無いくらい凄い人なのです。

 僅か三歳で魔法を使い、今も新たな魔法を開発し続けていますし、冒険者だったディーさんと勝負して勝っちゃう実力。更に私達が及びつかない知識を持ち、それを日々生かして私達を裕福にしてくださる素晴らしい器量の持ち主です。
 おまけに料理が上手で美味しい。見た事の無い様々な料理を作り上げ、披露される度に私達を幸せにしてくれます。特にあのマヨネーズとプリンは革命でした。初めて口にした時はこんな素晴らしい食べ物があったのかとしばらく呆然としたくらいです。今も思い出すたびに幸せな気分に……おっと、話がずれた。

 だけどそんなシリウス様の属性は無色。世間では無能と罵られる不遇の属性です。誰が言い出したのかわからないけど、あの御方は間違いなく無能じゃないよね。逆に私達の方が無能に見えてきます。

 そんな完璧な御方なのですが、現在、凄く気まずそうな顔で頭を掻いています。こんなにうろたえたシリウス様は初めて見ました。普段の凛々しさと違って凄く可愛いですね。
 場所は客間で、ベッドには二人の獣人が寝かされています。何故こんな状況になったのか、それはお昼過ぎの頃です。

 お昼を食べ終えると、エリナさんから客間の掃除を頼まれました。手早く掃除を終らせ、報告の為にエリナさんの姿を探しているとシリウス様がご帰宅されました。
 今日はお早い帰りだなと思いつつ玄関へ向かうと、シリウス様は大きな袋を二つも抱えておりました。この時、私は袋の中身を新しい食材かなと期待してました。少しワクワクしながら中身を聞いてみたのですが、はぐらかして答えてくれません。そのまま客間へ向かい、エリナさんとディーさんがやってくると、シリウス様は意を決して袋の中身を取り出したのです。

「これなんだけど……」

 私とディーさんは固まってしまいました。どうしてボロボロの子供が? しかも二人もです。エリナさんだけ動揺しておらず、子供の様子を確認すると私達に指示を飛ばします。

「ディー、治療薬とお湯を。ノエルは二人の着替えを持ってきなさい」
「は、はい!」
「はい」
「シリウス様、理由は後でお聞きしますので、今は二人をベッドに」
「わかった」

 そうして各自の役割を終え、二人に簡単な治療を済ませて今に至ります。
 相変わらず気まずそうな顔ですが、シリウス様は理由を語り始めました。簡単に説明すると、森を散歩してたら魔物に襲われている二人を見つけたので、魔物を倒し保護したそうです。最初は攫って来たのでは? とも思いましたが、シリウス様はそんな御方ではありませんね。私の様な獣人でも分け隔てなく接し、エルフさんと剛剣さんのお友達になるくらい器の大きな御方ですもん。
 それにしてもこの子達の身形、見覚えがあります。

「どうやら、この二人奴隷みたいなんだ」

 見覚えあって当然ですよね。私だって奴隷だったのですから。
 私は最悪手前で救われましたが、この子達は私以上に酷い目に遭わされたのかもしれません。ですがどういう事でしょう。奴隷にしては首輪がありませんね?

「首輪は壊したんだけどさ、あまりにも怪我が酷いから治療くらいしようかと思って連れてきたんだよ」
「「「壊したっ!?」」」

 どういう事ですか!? あの首輪は壊したら死んじゃうんですよ。私何度も見ちゃったんですから。私達があまりにも驚くので、壊した方法を教えてくださいました。
 うん、私達には絶対無理だというのは理解しました。

「理由はわかりました。とにかく起きるまで寝かせておきましょう」
「頼む。俺は弱った二人用の食事を作ってくる」
「ノエルは様子見を頼みます。目が覚めても獣人の貴方なら警戒されにくいでしょうから」
「はい、勿論です!」
「シリウス様、俺も手伝います」
「いや、ディーはノエルとここに居てくれ。何かあった際の連絡役としてさ」
「わかりました」

 シリウス様とエリナさんが部屋を出て行くと、急に部屋は静かになりました。ディーさんは喋る方ではありませんし、私も無駄な話をする気分じゃありません。ベッドの傍に椅子を置いて、二人の顔が見れる位置に座りました。ディーさんは遠慮しているのか、少し離れた位置に座っています。

 しばらく無言で二人の顔を眺め続けました。
 それにしても本当に酷い状態です。ムチで打たれた痕に、無理矢理縛られた痣に、生々しい傷の数々。過去に私も受けた事があり、思い出すだけで未だに体が震えます。
 売値が下がるとの事で女の尊厳までは散らされませんでしたが、それでも酷い時期でした。あの時、アリア様に救われなければ私はどうなっていたのでしょう。
 怖い……今はとても幸せなのに、どうしてこんなに身震いが。

「ノエル」

 ディーさんが肩を叩いてきました。顔を向けるといつもの無表情でしたが、心配してくれているのがわかります。私の過去を知っていますし、考えすぎるなと言ってるんですねきっと。

「大丈夫だ」
「……はい」

 そうだ、今の私は違うんだ。もう傷も痣も消えたし、皆に囲まれて幸せでいいじゃないですか。今はこの子達の事を考えよう。さて、目覚めたら何て言ってあげようかな。

 大丈夫、もう安心だよ……ありきたりかな?
 しっかりしろクズ! ……シリウス様が前に言ってた言葉だけど、何か違う。
 貴方達は運が良いわ……いきなり言われてわかんないよね。

 でも実際この子達は本当に運が良いと思う。奴隷になった不幸はあるだろうけど、シリウス様に救われたんだから。あの御方なら今の私みたいに笑って過ごせるようにきっとしてくれる。
 でも本当に親子なんだなぁ。アリア様もシリウス様も獣人の奴隷を救っているんだから。


 ディーさんに紅茶を淹れてもらいながら、私達は二人の様子を見守ります。気付けば夕食の準備をする時間ですが、二人に変化は見られません。呼吸はしてますから大丈夫とは思いますが、そろそろ目を覚ましても良いのではないかと思うのですが。
 一旦シリウス様に報告しようか迷っていると、ドアがノックされました。

「おーい、俺だよ。開けてほしい」

 丁度良いタイミングでシリウス様が来られました。ディーさんが扉を開けると、美味しそうな匂いも部屋に飛び込んできます。それもその筈、シリウス様の手には鍋が握られており、匂いは鍋から香っています。ああ、涎が出そう。

「……味見するか?」
「これは二人の分では?」
「少し多めに作ったからな。だけど病弱な人用だから味は薄めだぞ」
「ではお言葉に甘えまして」

 シリウス様にはバレバレでした。具材の入っていない薄い茶色のスープで、カップに注いで戴きます。うん……確かに味は薄いですね。ですがしつこくない濃厚な香りが鼻を楽しませ、なにより優しい味です。ゆっくりとお腹に染み渡り心を満足させてくれる……そんな感じ。

「シリウス様、是非作り方を」

 ディーさんも料理人の血が騒いで仕方がないようです。確かにこれなら弱った人に最適ですね。私も後で教えてもらおう。

「……あ……うう」
「あ!?」

 私達がスープを絶賛していると女の子が目を覚ましたのです。この匂いに釣られたのかな?
 とにかく最初が肝心だから優しく声をかけてあげなきゃ。起きたら知らない人がいたら怯えて当然だし、うん。
 慌てず落ち着いて、さっき考えた言葉を言うだけ。簡単簡単。

「えーと……大丈夫? 運が良かったわねクズ!」

 あれ? 何か混ざったかも。
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