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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十五章 選択

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成長する者たち

「どらっしゃああぁぁ――っ!」
「むっ!?」

 流派の特性上、剣は真上から振り下ろすのが多いレウスだが、今度は思いきり横へ薙ぎ払うように振るってきた。
 高さ的に飛ぶか屈むか迷うところだが、後の行動を考えて屈んで剣を避ける。
 剣を振り抜いたレウスに隙ができるが、その絶妙な合間に死角からアルベルトが割り込んで袈裟斬りを放ってきた。

「はあああぁぁぁっ!」

 もしさっきの攻撃で跳躍していれば、空中でこの攻撃を受け止めるしかなかっただろう。空中を蹴る『エアステップ』があるが、俺は模擬戦では使用禁止にしている。
 だが今の俺は地に足をしっかりとつけているので、木剣を斜めに構えてアルベルトの剣を受け流す。

「もう一度っ!」

 剣を振るった勢いを殺さず回転し、レウスはそのまま勢いを乗せて薙ぎ払ってきた。今度は低めに振るってきたので、飛ぶより後ろに下がって避ける。
 レウスは攻撃に専念し、アルベルトが隙を埋める。個人の能力を活かした定石の攻め方だ。
 体を一回転させれば無防備な背中を晒すだろうが、アルべルトを信頼してレウスは守りを完全に捨てて攻撃に専念している。そのせいか避けるのはできても受け流すのが少し難しい。
 模擬戦を繰り返す度に鋭くなる攻撃と連携に、俺は徐々に追い込まれているのを感じたが、同時に二人の成長も嬉しく感じていた。

「良いぞ! だがまだ足りないな!」
「こんなんじゃねえぜ!」
「レウス!」

 そこで攻守を突然切り替え、レウスの攻撃頻度が落ちると共にアルベルトの攻撃が激しくなった。
 交代スイッチか……こちらのペースを崩す作戦としては悪くない。
 アルベルトに迷いはすでになく、振るわれる剣はレウスの猛烈さを思わせる力強さがよく表れていた。
 そしてレウスもまたアルベルトのような慎重さを身に着け、ただ力で押し切るだけでなく、隙を狙って剣による突きや、振りを小さくして俺の動きを抑えるように動いている。
 最初は多少でもいいからお互いの刺激になれば……と思っていたが、ここまで高め合うとはな。予想以上に二人の相性は良かったらしい。
 本当に……成長したものだ。
 さあ、次は何を見せてくれる?

「くそ、兄貴が笑ってるぞ! まだ足りねえんだ!」
「ならばあれだ! 私が合わせる!」
「おう!」

 アルベルトは合図をすると、俺の正面に立ってレウスの姿を背中に隠した。
 死角を作るのは結構だが、そうなるとレウスからも俺が見えず攻めにくい筈だ。
 背後からのレウスに警戒しながらアルベルトを対処しようと前へ走り出したその時、レウスから魔力の高まりを感じー……。

「どらっしゃああぁぁぁっ!」

 振り下ろした剣から放つ衝撃波で前方を薙ぎ払う、剛破一刀流『衝破』が放たれた。
 そこから放てばアルベルトを巻き込んでしまうだろうが、アルベルトはレウスが放つと同時に真上へ跳躍して避けていたのである。
 背後を見ずに避けているので、レウスの呼吸を完全に理解している証拠だろう。

「やるじゃないか!」

 気付いた時には衝撃波が放たれる直前だったので、俺は『ブースト』を発動させながら地を蹴って右斜め前方へ飛んだ。『衝破』は前方を扇状に薙ぎ払うので、さっさと範囲外へ逃げれば良い。
 すぐ真横を衝撃波が通り抜け、余波が体を揺さぶる中、レウスの懐へ飛び込もうと俺は飛ぶ方向を変えて迫る。
 着地まで自由に動けないアルベルトが来る前にレウスを仕留めるとしよう。

「兄貴!」

 だがレウスも俺が避けるのを読んでいたので、振り下ろした剣をすぐさま斬り上げて迎撃しようとする。
 その一撃をほんの僅かだけ地を蹴って速度を殺し、一人時間差でやり過ごしてから一気に仕留めようとしたその時、真横から感じた殺気に視線を向ければ……。

「師匠!」

 アルベルトが目の前まで接近しており、俺に木剣を振り下ろしてきたのである。
 時間的にまだ地面へ着地した直後だと思うのだが、何故こうも速い? まるで空中を蹴ったような―……。

「ちっ!?」

 考えるより防御だ。すぐに思考を切り替え、俺は持っている木剣でアルベルトの攻撃を受け止めた。
 勢いが乗せられた一撃を受け止めて押し倒されそうになる中、斬り上げていたレウスの木剣が再び振り下ろされようとしていた。
 最初の『衝破』とその後の斬り上げも牽制で、本命はこの振り下ろしか。いつもの重量のある大剣なら斬り上げで一旦止まっていただろうが、軽い木剣だからこそ可能な動きか。
 状況を理解して勝つ為に最適な行動をとる……悪くない。

「これでどうだぁっ!」

 受け止めようにも俺の木剣はアルベルトの方で使用中だ。それにレウスの一撃を真っ向から受ければ、木剣の方が砕けてしまうだろう。
 なので……。

「おわっ!?」
「っ!? やべっ!?」

 アルベルトに抗うのを止め、俺は相手ごと地面に転がったのである。
 振り下ろされたレウスの木剣がアルベルトに直撃しそうになるが、剣の軌道を無理矢理逸らして地面を叩いていた。
 その間、俺はアルベルトと一緒に地面を何度も転がっていたが、最後は俺が馬乗りになったところで回転は止まった。
 すぐにレウスが迫ってきたが、俺の手がアルベルトの首に添えられているのを見て足を止めざるを得なかった。

「……参りました」
「いや……俺の負けだな」

 状況を理解したアルベルトは自ら負けを認めたが、この模擬戦は俺の負けだ。

「待てよ。何で兄貴の負けなんだ?」
「俺の脇腹を見てみろ」

 この模擬戦における二人の勝利条件は、俺に一撃を与える……つまり俺が防御できなかった攻撃を当てる事で、アルベルトの木剣が俺の脇腹に触れている時点で決まっていた。
 組み合ったまま地面を転がる間、俺は上を取ろうと動いていたが、アルベルトはそんな状態でも木剣を振るって俺の脇腹に当てていたのだ。
 偶然か無意識かわからないし、痛みは全くないのだが、大人しく負けを認めるとしよう。

「無我夢中でしたが、これで良いのでしょうか?」
「剣の腕も連携も十分成長したし、あの技まで見せられたら認めないわけにもいかないだろう」
「本当ですか!」

 あの時、アルベルトが真上に跳躍してもすぐに攻めてこれたのは『エアステップ』を使ったからだろう。落ち着いて魔力を感知してみれば、アルベルトが跳躍した辺りから魔力の残滓を感じたからだ。
 俺は教えた覚えはないので、おそらくレウスに教わったのだろうな。俺は使用禁止にしていたが、二人には使うなと言った覚えはないので良しとする。
 若干甘いとは思うが、流石に訓練のせいで挑戦すら出来ないってのは可哀想だし、アルベルトも立派に成長したので十分だろう。

 ただ、使い慣れていない『エアステップ』のせいで無駄な魔力を放出し過ぎてしまい、魔力枯渇によって起き上がれないようだ。
 それでもアルベルトは喜びに打ち震え、満面の笑みを浮かべていた。

「アルベルトの苦労が実ったんだ。明日にはグルジオフへ挑むとしようか」
「はい!」
「やったなアル!」

 俺は色々と制約は付けていたが、手を抜いた覚えはない。
 覚悟と実力を身につけさせる為にこのようなルールを作ったが、間に合って良かった。
 肝心の残り日数だが、パラードの町へ向かう移動日を除いてもまだ四日は残っているので十分だろう。グルジオフの捜索はホクトに頼めばすぐ見つかるだろうし。

「よっしゃ! さっさと帰ってマリーナに報告しようぜ!」
「そうしたいのは山々なんだが、まだ体が動かせないのだ。もうしばらく休ませてほしい」
「だったら運んでやるよ。前で運ぶのは女用だって言うし、背中だな!」
「だから私はー……おわっ!?」
「行くぜーっ!」
「はぁ……困った奴だ」

 まるで自分の事のように喜んでいるレウスは、アルベルトを強引に背負ってから走り出した。アルベルトは苦笑しているが、どこか楽しそうにしているのは気のせいではあるまい。
 この二人も仲良くなったものだ。
 意見の相違で言い争いをしていた事もあったが、年が近いせいもあって絆は日に日に深まっていき、遂に先程の模擬戦で見せた見事な連携をとれるようになっていた。
 お互いの技も吸収しているようだし、二人を組ませたのは成功だったな。
 勿論模擬戦だけでなく個人の鍛錬もしっかり行ってきたので、今のアルベルトは出会う前より遥かに強くなっている。

「全く。私は碌に動けぬというのに、お前は元気だな」
「兄貴の技を使えば当然だろ。それと無駄が多いんだよ」
「言うな。私も理解している」
「はっはっは! じゃあ黙って運ばれてろよ」

 軽口を叩き合いながら楽しそうに走る二人を、俺は満たされた気分で眺めていた。





 その日の夜……俺の課した試練を突破し、ようやく目的であるグルジオフに挑むと言う事で少し豪勢な夕食になった。
 最近はホクトだけでなく女性陣も食材集めに出掛けるようになったので、訓練ばかりしている俺達がヒモのような気がしなくもない。
 とにかくホクトと女性陣が採ってきた山菜の数々に、肉の丸焼きに川魚の蒸し焼き。更に何度か町へ買い出しに行って香辛料等も補給しているので、今日は兄妹のお気に入りであるカレーを作ってみた。

「遂に挑めるのですね、兄上!」
「ああ。本番はここからだから、気を引き締めて行かないとな」

 数日前から普通に食事が食べられるようになったアルベルトは、消耗した分を取り戻すように次々と食べていく。
 途中で喉を詰まらせて慌てて水を飲む姿に、エミリアとフィアが呆れていた。

「気を引き締めるのは良いけど、もう少しゆっくりしたらどう?」
「その通りです。シリウス様が作られた料理ですから、もっと味わうべきですよ」
「失礼しました。せっかくのカレーですし、味わっていただきます」
「ちなみにカレーは一日経つと味が染み込んで更に美味しくなるんだ。だから明日用に残しておくのも手だぞ?」
「本当ですか!? しかし……ううむ、迷うな……」
「兄上。でしたら今日は一杯だけで、残りは明日にしませんか?」
「ああ、そうするか」

 ここで我慢できるのが兄妹達である。
 それに比べて我が家の食いしん坊の二人といえば……。

「お代わり兄貴!」
「お代わりお願いします」

 二つの鍋でカレーを作り、片方を二人用にして残りは俺達と兄妹用にしておいたのは正解だったようだ。
 流石に他人のまでつまみ食いをしないと思うが、念の為ホクトに鍋の見張りを頼んでおくとしよう。

 全員が食べ終わり、馬車にある保冷庫にカレーを仕舞った後、エミリアの淹れた紅茶を飲みながら明日の予定を話し合っていた。

「明日は朝一番で山に向かうぞ。ホクトはグルジオフの匂いを知っているから、見つからないって事はない筈だ」
「流石はホクトさん。いつの間にグルジオフの匂いを知ったのですか?」
「……オン」

 今のは翻訳しなくてもわかる。ちょっとな……と、目線を逸らしながら必死に誤魔化している感じだ。食材調達の狩りで、すでにグルジオフは狩った事がありますなんて言えるわけがあるまい。
 更に言わせてもらうなら、実は俺もグルジオフと戦っていたりする。
 アルベルトが戦う相手なので、一人で挑めるかどうか確認しておきたかったのである。訓練で二人を叩き伏せ、回復を待つ間にちょっと行ってきた。

 そして直接戦った結果、今のアルベルトなら十分勝てる魔物であると判断した。
 アルベルトは回避に関しては元々能力が高く、少し頑張れば何とかなったかもしれないが、問題は攻めの姿勢とここぞに放つ一撃……つまり攻撃力が足りなかったのである。
 しかしそれ等はレウスと共に戦って身に着けたようなので、油断さえしなければグルジオフも何とかなるだろうと確信している。

「当然理解しているだろうが、俺とグルジオフは動きも体の大きさも全く違う。しっかり特徴を見極めて戦うんだぞ」
「はい、的確な攻撃と回避を心掛けます。ですが今の私で本当に倒せるのでしょうか?」
「俺はそいつと戦った事はないけどさ、兄貴を超える迫力はまずないだろうし、なによりホクトさんに比べたら大した事ねえだろ」
「そ、そうだな。あれを知った以上……グルジオフなんかどうとでもなる気がしてきたよ」

 模擬戦で何度も殺気を放ったり、ホクトとも戦わせた事があるからな。
 二人の同時攻撃を軽やかに避けるだけでなく、前足と尻尾で綺麗に受け流すホクトに二人は絶望したものだ。

 恐怖……精神的外傷トラウマに近い気もするが、アルベルトの自信がついたところで今日はゆっくりと休むのだった。





 次の日、俺達はグルジオフを探しに山の奥へ足を踏み入れた。
 メンバーは俺とアルベルトとマリーナに、グルジオフを見つけるホクトにレウス、そして治療役のリースだ。可哀想だがエミリアとフィアは拠点に残して留守番である。
 ホクトの先導で木々を掻き分け、川や崖を越えながら山を登り続けてしばらくすると崖の上へと出たが、そこでホクトが鼻を動かしながら止まった。

「……オン!」
「兄貴、そこの崖の下にいるってさ」
「ご苦労ホクト。さて、準備はいいな?」
「……いつでも行けます」
「頑張ってくださいね、兄上」
「怪我は治せるけど、無理はしちゃ駄目だからね」

 まだ気付かれていないようなので、静かに近づいて崖下を覗いてみれば、岩肌で横になっているグルジオフを見つけた。
 頭に生える頑丈で立派な角が目立つ飛竜で、大きさは尻尾を合わせて俺の三倍くらいだろうか? 改めて見ると中々の迫力だ。
 大した高さではないので、崖下に直接飛び降りても大丈夫そうなのだが……。

「嘘!? 三体もいるじゃない。角は一本で十分なのに……」
「くそ、流石に三体は無理だな」
「どうする兄貴?」
「やる事は変わらないさ。レウスとホクトが一体ずつ相手をすれば問題ない」

 余裕があればレウスにも一人で挑ませようと思っていたので、むしろ手間が省けたくらいだ。今日の夕食はグルジオフの肉を使ったパーティーだな。

 俺はここで待機し、不味い状況に備える他、逃げ出そうとするグルジオフを『インパクト』で阻止する役割に徹する。

「アルはどれに挑むんだ? どいつも同じ大きさだけどさ」
「私はあの真ん中を狙おうと思う」
「オン!」
「じゃあ俺は左の奴で」

 崖下は木々が生えておらず、岩が乱雑に転がる広い場所なので、上手く分散すれば互いに影響なく戦えそうだ。
 狙う相手を決めて仕掛けようとしたところで、リースとマリーナが申し訳なさそうに手を挙げて間に入ってきた。

「あの……私も一緒にいいかな?」
「別に構わないが、リースが自ら戦いたいなんて言うのも珍しいな」
「実は試したい魔法があって、あの竜相手に通じるかなぁ……と思って」
「わ、私も試したい魔法があるの!」

 自分が出来る範囲を知っておくのは必要な事だ。
 俺が何度も言い聞かせている事だし、それをやりたいと言うなら止める理由は無い。
 レウスは一人で戦いたいと言うので、二人はホクトを援護する形で行くそうだが、アルベルトが渋い顔をしていた。

「マリーナ、お前まで行く必要はないだろう?」
「それはそうだけど、成長したのは兄上だけじゃないのよ。私だって皆から色々教わって強くなったんだから」
「だがな……」
「オン!」

 渋るアルベルトだが、ホクトが任せろとばかりに吠えれば溜息を吐きつつ許可を出した。
 ホクトの実力は身を以って知っているので、自分が守るより遥かに安全だと理解したのだろう。

「いいか、ホクトさんより前へ出るんじゃないぞ? 魔法は援護に留めておくんだ」
「私は倒したいわけではないので大丈夫ですよ。それより兄上は一人で挑むのですから気を付けてください」

 こうして割り振りは決まり、お互いの戦いに影響しないように崖の上から三つに分かれ、俺の合図で同時に仕掛ける事となった。
 念の為に周囲を『サーチ』で調べたが、こちらに接近する大型の魔物の反応はないのでグルジオフに専念できそうだ。
 そして各員の準備が整ったところで、俺は『コール』で合図を出した。

『作戦開始!』





 その後、上手くグルジオフを分散させて各々の戦いを始めていたが……正直に言うならアルベルト以外は問題はないと思っている。
 ホクトはすでに倒している相手だし、むしろリースやマリーナによる魔法の実験台みたいなものだろう。逆にグルジオフが哀れに思えるくらいだ。
 レウスも経験の為に一人で戦わせているが、力を存分に発揮できれば倒せるだろう。
 なので、視線は自然とアルベルトの方へ向いていた。

「……お前に恨みはないが、その角を貰うぞ!」

 アルベルトは愛用の剣を構え、唸りを上げているグルジオフと睨み合っていた。
 しばらく続いたところでグルジオフは甲高い鳴き声と共に翼を広げ、大きく羽ばたきながら空へと飛んだ。
 一瞬逃げる可能性も浮かんだが、竜種は基本的にプライドが高く怯えたり逃げるような種ではないので、目の前に立つアルベルトを襲おうとしているだけだろう。

 グルジオフは空中戦を得意とし、自在に空を飛び回って空中から爪や体当たりで襲いかかる飛竜である。
 特に空中から滑空するように迫る体当たりが脅威で、正面から受けると頭にある立派な角によって致命傷を負うだろう。
 常に空を維持しようとするので、遠距離攻撃を持たないアルベルトが攻撃するには必然的に相手が攻撃してくるすれ違いざまになる。
 しかしグルジオフは頑丈な鱗を持つので、回避に集中している状態で放つ一撃程度では歯が立たないだろう。
 が……それはアルベルトを鍛える前の話だ。

 一度旋回して落下するように迫ってくるグルジオフを、アルベルトは横へ飛んで避ける。

「速い……けど、避けられる!」

 空中からとはいえ、ただ真っ直ぐに迫る体当たりくらい避けてもらわないと困る。むしろ俺やホクトの攻撃をあれだけ食らってきたのだ、避けられなければ怒る。
 以前なら回避するだけで手一杯だろうが、今のアルベルトなら攻略法が幾つか見える筈だ。
 そのままグルジオフは何度も体当たりを放ったり爪を振るってくるが、アルベルトは余裕をもって回避し続けた。

「仕掛ける!」

 動きに慣れたのだろう、アルベルトが剣を構えて気持ちを切り替えたところで、グルジオフは再び体当たりをしようと迫ってきた。
 そして目前まで迫ったところで、アルベルトは横ではなく真上へと飛んで回避した。

「そこだ!」

 空中で体を反転させ、グルジオフが真下を通り過ぎる直前でアルベルトは剣を振り抜く。
 グルジオフが通り過ぎた後でアルベルトは着地し、視線を空中へ向けてみれば、片目から血を流しながら怒りの咆哮を発しているグルジオフの姿が見えた。
 あの速度で迫るグルジオフの動きを見切り、鱗の覆われていない目を正確に斬ったか。剣の器用さではレウス以上だな。
 訓練の成果が活かされているようでなによりだ。

 怒り狂うグルジオフは空中からの攻撃を止めて、アルベルトの前に降り立って大きく吠えた。
 目の前から放たれる竜の咆哮は凄まじい威圧感だろうが、アルベルトは臆することなく剣を構える。

「大きいけど……小さいな。師匠やホクトさんに比べれば小さ過ぎる。勝てる……いや、勝つ!」

 そして相手の攻撃を待つのではなく、地を蹴って自分から攻めた。
 目の前の敵を切り裂こうとグルジオフの爪が振るわれるが、アルベルトはその動きに合わせて剣を振って爪に当てた。
 しかしどれだけ鍛えようが、竜種……そして自分の数倍もある魔物に力で勝てる筈がない。
 普通なら剣をへし折られるか、受け流す前に力で押し切られてそのまま爪が体を抉るだろう。

「師匠とレウスには及ばないが……」

 しかしアルベルトは爪に当てた剣を基点に地を蹴り、己の体を持ち上げながら攻撃を避けたのだ。
 以前のアルベルトは自身の体をその場に固定し、相手の攻撃を剣で打ち払うか軌道を逸らしていただけなので、レウスのように飛び抜けた力を持つ相手に押し切られる事が多かった。
 だが今は体全体を動かしながら受け流す事を覚えたので、受け流すと同時に攻めへと転じる事もできるようになったわけだ。

「これが俺の一撃だぁぁっ!」

 攻撃を受け流しながら相手の懐へ飛び込んだアルベルトは空中で回転し、勢いを乗せた剣をグルジオフの首目掛けて全力で振るった。
 レウスと共に訓練を繰り返し、剛破一刀流の一撃を真似たアルベルトの剣は鋭く、グルジオフの鱗を斬り裂きながら剣は振り抜かれた。
 しかしグルジオフの首は大きく、アルベルトの剣では首の半分しか刃が届かなかった。レウスの大剣ならばと思ったが……アルベルトの攻撃はまだ終わっていなかった。

「もう一撃!」

 今度は余計な魔力を抑えた『エアステップ』で空を蹴り、斬り損ねた首元へ再び接近して剣を振るった。
 そしてアルベルトが少しバランスを崩しつつも地面に着地した時……グルジオフの首が地響きを立てて地に落ちた。

「……やったのか?」

 首を切断して生きている生物はほとんどいないと思うが、油断せず剣を構えて警戒している。
 戦闘後も油断せず……合格だな。

「……見事だったぞ」

 弱点を的確に狙い、懐に飛び込んだ時もきちんと潰した目の方から攻めていたので、俺は素直に称賛していた。
 相手の攻撃を見切るまで少し時間がかかったりと、幾つか修正点は見られるが、半月足らずでここまで出来れば十分過ぎる結果だろう。

 アルベルトが無事に倒したところで今度はレウスへと視線を向けてみたが、少し予想とは違った動きをしていた。

 アルベルトより早くグルジオフの動きを見切っていたようだが、レウスは正面から真っ二つにしようとせず、色々と試しながら戦っていたのである。
 これもアルベルトの影響だろうか? 少し例の爺さんと変わってきた感じがして微妙に嬉しい。
 レウスはひたすら突進を避けながら何度も大剣を振るい、グルジオフの尻尾を先端から根元に向けて徐々に斬っていたのである。正確に剣を振るう練習をしているのかもしれない。

 そして尻尾が完全に無くなったところで、突進してくるグルジオフにアルベルトと同じように真上へ跳躍し、真下を通り過ぎる相手に剣を振るった。

「落ちやがれっ!」

 ここで違う点は、レウスは目ではなく背中に全力で剣を叩きつけたことだろう。
 レウスの力で叩かれたグルジオフは地に叩きつけられ、地面を抉りながら地を滑っていった。

「どらっしゃああぁぁっ!」

 ようやく相手の動きが止まったところで追いついたレウスは剣を振り下ろし、グルジオフの首を一撃で切断した。
 そして相手の動きが完全に止まったのを確認し、俺に手を振ってからアルベルトの下へ向かった。

「やったなアルベルト!」
「あ、ああ、やったぞ! それよりマリーナは!?」

 目的の竜を倒せて喜びたいところだが、妹のマリーナが戦っている以上は安心できまい。
 ホクトがいる以上は心配する必要はないと思うが、二人がリース達の方へ向いたところで俺も視線を向けてみた。
 そこには……。

「ふふん、こっちよ!」
「本物はこっちだよ」
「オン!」

 マリーナの生み出した幻に翻弄される哀れな子羊(グルジオフ)がいた。
 以前は自分の姿を二つ生み出すのが限界だと言っていたが、今は本人だけじゃなくリースやホクトの幻影が周囲に何体も生み出されていたのである。
 更にリースの『水霧アクアミスト』によって視界を遮られているので、グルジオフは混乱して出鱈目に飛び回っていた。
 だが、マリーナの表情が青白くなっているので、幻を維持するのも限界のようだ。

「大丈夫マリーナ? 無理しちゃ駄目よ」
「はぁ……はぁ……すいません。やっぱりまだ長く保たないようです」
「それは何度もやって慣れればいいんだよ。イメージの大切さ、掴めてきたみたいだね」
「はい。皆さんの御蔭ですよ」

 幻は彼女特有の能力だが、魔力を使っている点からして魔法に近いものだ。なので魔法と同じくイメージが大切であり、使い過ぎれば魔力枯渇を起こすのである。
 限界を迎えたマリーナが幻を消すと同時にリースも霧を消したので、ようやくグルジオフは敵の姿を捉える事ができたようだ。

「後は私に任せて。ホクト、お願い!」
「オン!」

 そしてリースとマリーナ目掛けて突進しようとしたグルジオフだが、一瞬にして真下に移動していたホクトが飛び上がってグルジオフの尻尾に噛みついたのである。
 ホクトはそのまま大きく体を捻ってグルジオフを空中で振り回した後、リースの少し前方の地面に叩きつけていた。

「ありがとうホクト! 危ないから近づいちゃ駄目だよ!」

 試したい魔法があると言っていたが、あの動きは見た事がある。
 過去に俺が教えたあれだろうが、何故今更と思っている間にリースは大きく手を振り上げ……。

「皆の力を貸して……『水刃アクアカッター!』」

 手から高出力の水を発射しながら、グルジオフへと振り下ろされた。
 否……それは水と言うべきなのだろうか?
 まるでレーザーのような一筋の水はグルジオフを真っ二つにするだけでなく、後方にあった岩さえも切断していたのだ。
 本来は切るというより水の勢いによって吹き飛ばす魔法なので、少し離れれば威力が落ちる筈なのだが、今のは威力、射程共に桁違いのレベルである。
 そんな一撃を放ってしまった本人は、自分の手を見つめながら苦笑していた。

「あ、あはは……やっぱり。加減を覚えないと駄目だね」

 試したかったのは、おそらく全力で放ったらどうなるか……という事だろう。
 強くなると決意し、水の精霊が常に付いてくるようになってから、リースは知らない内に大きく成長していたようだ。
 この突然変異のような化けっぷりから、精霊魔法の異常さを垣間見た気がする。


「わ、私が苦労して倒した竜があんなにも簡単に……」
「兄上、しっかりしてください!」
「参ったな。姉ちゃんだけじゃなくてリース姉も切る魔法かよ。俺も負けないようにしないと……」

 最後は微妙な空気になりつつも、アルベルトは無事にグルジオフの角を手に入れる事に成功したのだった。


 おまけ


 ある訓練の光景


「今日は馬上の相手と戦う訓練をしてみよう」
「あの、それは必要なのでしょうか?」
「まあ経験としてだよ。背が高い相手との戦いだと思えばいいさ」
「なるほど。ですが馬がいませんよ?」

 そこでシリウスが指笛を吹くと、土煙が舞うと同時にホクトが現れた。
 そして当然の如くホクトに跨ったところで、レウスが天を突かんばかりの勢いで挙手をしていた。

「はいはい兄貴! ホクトさんは馬って考えちゃ駄目だと思うんだ!」
「ホクトさんだけで中央突破できるのに、戦力過多と思います! 訓練内容と合っていません!」

 明らかにヤバイコンビを組ませまいと、二人は必死に訴える。

「でもなあ、これって一挙三得なんだぞ?」
「な、何が三得なんだよ? 俺、凄く怖いんだけど」
「俺はお前達に厳しい訓練を行えて、ホクトは俺と触れ合えて御機嫌。そしてお前等は新たな絶望を知れるんだ」
「「最後何かおかしい!!」」
「というわけで、進めホクト!」
「オン!」
「「ひいいぃぃぃっ!」」

 絶望は始まったばかり。






 ホクトの日常……その1


 ホクトの前世はただの犬だが、今は百狼である。
 なので犬には必要な事でも、百狼の体には必要のない事が多々ある。
 例えば……大気中の魔力を吸収して生きていけるので、基本的に食事が必要ない。
 排泄等をする必要がない。
 その他にも色々あるが、つまり犬の頃を思い出して必要のない行動をとる事だ。
 別にそれが悪いわけではないが……今日はそんな話を一つしようと思う。


 あれはホクトと再会して間もない頃だ。

「クゥーン……」
「ん、何だ?」

 料理の準備をしていると、ホクトが俺の横にやってきて何かを訴え始めたのである。

「兄貴。何かホクトさんがほねがむを齧りたいとか言ってる。ところでホネガムって何だ?」
「必要なのか?」

 そういえば、前世のホクトによく与えていたな。
 大雑把に言えば、犬の骨ガムは犬の歯磨きやストレス解消に役立つそうだ。
 しかし飲み込んだりする事故が多いので、ガムの与え方や、飲み込まないように躾をするのは中々大変だった記憶がある。

「オン!」
「本当は必要ないけど、何か固い物を齧りたいんだって。だからホネガムって何だ? 美味いのか?」
「じゃあ……これ齧ってみるか?」

 差し出したのは、スープの出汁を取るのに使った魔物の骨である。
 ホクトはそれを嬉しそうに咥えー……。

「オン!」

 バキバキッ!

「あー……まあそうなるよな」

 魔物の肉を容易く切り裂き、そして噛み砕く百狼の顎だ。
 こんな出汁をとった骨なんて、軽く噛んだだけで砕くに決まっている。

「クゥーン……」
「ああ、もう十分出汁を取った後だから壊したって問題ないぞ。落ち込まなくてもいいさ」
「……オン!」
「もう一個頂戴だってさ。なあ兄貴、ホネガムって……」
「これを齧っていなさい」

 横で騒がしいレウスの口に骨を突っ込み、俺はホクトに新たな骨を差し出した。
 今度は慎重に咥え、嬉しそうに尻尾を振っていると……。

 バキバキッ!

 何か俺から物を貰えるのが嬉しいらしく、力加減を間違えて再び骨は砕けた。

「……クゥーン」
「なあ、どうしたんだ? お前に歯磨きは必要ないし、ストレスならしっかり遊んでやってるだろ?」
「オン!」
「あむあむ……兄貴に甘噛みしたいんだってさ。でも今の力だと兄貴を怪我させちゃうから、ホネガムで加減の練習だって」

 そうか、前世でもよく甘噛みしてきたもんな。
 別にそんな事をしなくても、今のお前なら別な方法で甘えられるし、翻訳者を経由して気持ちを伝えられるから必要ないだろうに。
 これも犬の習性が残っているせいか?
 まあ、加減を覚えたいと言うのなら、俺も積極的に協力させてもらうとしようか。

「じゃあもっと硬いのを用意するか。硬そうな骨ー……は無いから、鉱石か? 硬いならグラビライトだが……」
「……オン」

 グラビライト製である、レウスの剣に俺とホクトの視線が向けられた。

「あむあむ……」

 無言で骨を齧っていたレウスは静かに逃げ出した。
 流石に剣は可哀想なので、俺達は追うのは止めておいた。



 ※※※※※



 そして現在……。
 ホクトは甘噛みできる加減は覚えたものの、俺達は骨を探すのは止めていなかった。

「ほら、ホクト」
「オン!」

 バキバキッ!

「……駄目か。グルジオフの骨って結構脆いんだな」
「クゥーン……」

 ホクトに合う究極の骨ガムが見つかるのは、まだ当分掛かりそうである。



 そして……。

「兄貴! グルジオフの骨は少し臭みがあるけど、中々良い味をしてるぜ!」

 レウスもまた骨を齧るようになっていた。





 申し訳ありません。
 朝と夜の気温差に油断してしまい、風邪を引いてしまって更新が遅れました。


 次の更新は……六日後の予定です。
+注意+
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