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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十五章 選択

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真っ直ぐな貴方

「そのような事が……アルベルトもマリーナも、そしてリースも成長したのですね」

 グルジオフを倒した俺達は、目的の角や売れそうな部位を剥ぎ取ってから拠点へと帰ってきた。
 これで目的は達したので、明日にはこの拠点も畳むつもりだ。なので俺は取ってきた肉や日持ちが悪い食材を使って豪勢なパーティーを開く準備をしているのである。
 エミリアとリースが手伝ってくれる中、俺たちは料理を続けながらグルジオフとの戦いをエミリアに説明していた。

「あはは……私の場合は精霊達の御蔭なんだけどね」
「精霊が付いてくるようになったのもリースの実力じゃないか?」
「み、水の精霊さんが人懐こいだけだよ。それよりアルベルトの欲しい物が手に入ったから、遂にパラードだね」
「そうですね。シリウス様、パラードに着いたらどうされるのですか?」

 元々の目的は観光だが、そこに住むアルベルトと出会い、状況を知って手を貸した以上は少し予定を追加したいところだな。

「観光はするが、アルベルトの結末を見届けてやりたいところだな。今日の夕食にでもパラードに帰ってからの動きを聞いてから考えようと思う」
「賛成。幼馴染同士で愛し合っているんだから、私も見届けたいな」
「レウスに出来た初めての友達でもありますし、もしかすればマリーナとも……なんて思うので、少しでも長く一緒にいたいですね」

 出会いは最悪だったかもしれないが、何だかんだでレウスとマリーナは良い感じで仲良くなってきている。
 レウスと深く関わってきた女性は全て年上で、かつ頭が上がらないので、女性との付き合い方が微妙にずれている感じだ。
 なので俺としては二人が結ばれても全く問題はないし、色々と似た者同士って事で推奨してやりたいところなのだが……。

「だがレウスにはノワールがいるんじゃなかったか?」
「うーん……ノワールと喧嘩しなければ良いんだけど、そこはレウスの頑張り次第だね」
「……いいのかそれは?」
「何か変でしょうか? シリウス様の弟子なのですから、女性の相手が出来ないなんて恥です」

 ……周りが気にしないなら俺も気にするまい。
 というか、恋人が三人もいる俺に言う資格なんかあるわけなかったな。

 少し離れた川で、仲良く剣の手入れをしているレウスとアルベルトと、そんな二人に翻弄されて顔を真っ赤にしているマリーナを眺めながら俺たちは料理を進めるのだった。




 そして夕食となり、食事がある程度進んだところで、アルベルトは居住まいを正してから深々と頭を垂れてきた。

「改めまして、皆さんにお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「ああ、良かったな。その角で間違いないんだな?」
「はい。これ程立派な角であれば、向こうも納得してくださると思います」

 確かアルベルトの話ではその角を見せる事により、婚約者の親が指定する強者と戦う流れだった筈だ。
 まだ前段階に過ぎないのだから浮かれ過ぎても困るが、流石に今日くらいは好きに喜ばせてあげよう。
 散々俺にしごかれ、汗や血を流してきた苦労が報われたのだからな。

「ところで師匠たちが剥ぎ取ったグルジオフの素材ですが、どうしてあのように保管したのですか?」

 俺たちは山から戻った後、グルジオフの素材を腐らないよう丁寧に処置し、厳重に蓋をした木箱に入れて馬車の奥へ仕舞った事を言っているのだろう。
 アルベルトの言う通り、町までそう遠くないし、売るだけならそこまで綺麗な処置をする必要はない。

「遠くの町かしばらく経ってから売るつもりだからだよ。もしこの辺りで売った場合、お前が持ち込んだ角が俺達の素材から貰った物だと思われる可能性もあるからな」
「まだお金には困ってませんよね、シリウス様?」
「ああ、まだ大丈夫だ。その頃にはアルベルトの状況も終わってるだろうし、こちらの事は気にしなくてもいい」
「何から何までありがとうございます。そうですね、皆さんは……冒険者でしたね」
「あ……」

 遠くの町という話題が出たところで、兄妹の表情が少し曇った。
 俺たちとの別れが近づいているのを理解したようだ。期間の短さゆえに厳しい訓練を課してしまったものだが、別れを寂しがってくれているらしい。特にマリーナは目に見えて落ち込んでいた。

「寂しがってくれるのは嬉しいが、まだアルベルトの目的は達していないんだろう? 今は別れより、先を考えなさい」
「そう……ですね。ここまで来たら成功させないと師匠に顔向けができません。ほら、お前もそんな顔をするな」
「……うん」
「その意気だ。ホクトの馬車ならパラードまで……二日くらいだと思うが、町に着いたら二人はどうするんだ?」
「まずは家に戻って報告し、あの子の親に角を見せに行きたいと思います。報酬はその時に渡しますよ」
「あー……そういえば報酬くれるって話だったな。忘れてた」

 元々報酬が目当てで鍛えていたわけじゃないから、すっかり忘れていた。
 アルベルトを鍛えているのは楽しかったし、レウスの友達として、そして新たな刺激になってくれた時点で俺は満足している。
 まあ貰えるものなら貰うか……と、適当に考えていると、アルベルトが呆れた表情をしていた。

「忘れてたって……冒険者としてありえない言葉ですよ。本当に師匠は大きいと言うか何と言うか、不思議な人ですね」
「それがシリウス様ですから」
「それが兄貴だからな!」
「オン!」

 もはやお決まりのような感じで、姉弟とホクトが自慢気に胸を張っている。
 そんな光景を見て苦笑していたアルベルトだが、突然目を瞑って頷いたかと思えば、真剣な表情で俺に視線を向けてきた。

「……師匠。パラードへ向かう前に、本当の事を話しておきたいと思います」
「兄上……」
「町に着けばわかることだ。それに……この人たちに隠し事はしたくない。お前だってわかるだろう?」
「……はい!」
「何を言いたいのか知らんが、別に無理して話す必要はないぞ。二人と知り合いになれただけで俺たちは十分だからな」

 弟子たちの様子を確認してみれば、笑みを浮かべながら頷いているので同じ意見のようだ。

「いえ、私にとっては話さない方が苦しいです。これからも弟子として、そして友としている為に」
「……わかった。エミリア」
「はい。紅茶を淹れますね」

 もはや秘密を知って面倒事に巻き込まれるのは嫌だ……という間柄でもない。
 何の話が飛び出すかわからないが、こちらも腰を据えて聞くとしよう。



 それから紅茶だけでなくお茶請けのクッキーも用意され、紅茶を一口飲んだアルベルトはゆっくりと語り出した。

「半月前、私はとある貴族の出と言いましたが、実は少し違うのです。私の名前はアルベルト……パラード・フォクスと言います」
「パラード・フォクス……ね。町の名前が入っているって事は、つまり……」
「はい。お察しの通り、町の名前が入るのはパラードを統治する家系の者という意味です」

 城は存在しないが、パラードの町には王と同じような一人の権力者によって統治される体制だと聞いた。
 その権力者の家系は町の名前が名に入っているそうなので、つまりアルベルトとマリーナはそういうわけだ。

「という事は、アルは王族みたいなものか。アルベルト様って呼んだ方がいいか?」
「止めてくれ。確かにそういう家系の出だが、すでに後継者は私の兄上に決まっている。私の家族、周囲の者も全て納得済みだから、私はちょっとした貴族にー……いや、今はただの一人の男だ。だから今まで通りで頼む」
「そっか、じゃあアルでいいか。あ、その大きなクッキーは俺が目を付けたのだから食うなよ」
「……あんたは本当に遠慮がないのね」
「構わないさ。その方が私は嬉しいよ」

 闘武祭で顔を隠していたのも、そういう家系だと知られたくなかったからだろう。
 しかし考えてみるとおかしい点が多いな。後継者が決まっているとはいえ、そんな家系の者に倒せるかどうかわからない竜の角を持ってこいとか言ってる時点でおかしい。

「アルベルトはどういう立場なんだ? 後継者じゃないからって、闘武祭に竜の討伐やらと妙に自由が許されているようだが」
「その理由の前に説明しなければいけない事があります。パラードの要でもあるディーネ湖はとても広いのですが、ちょうど向かい側の岸にはパラードと同じように国があるのです」
「それなら前に聞いた事があるわ。向かう方向が違うから行かなかったけど、確か名前はロマニオだったかしら?」
「フィアさんの言う通りです。そのロマニオを統治している当主の子は、現在一人娘しかいないのです」
「……つまり、その娘が?」
「はい、私の許嫁でした」

 ちなみにパラードとロマニオは争っているわけではなく、貿易もあってむしろ仲は良好だそうだ。

 詳しく聞けば、ロマニオの権力者には長男がいたそうだが、数年前に突然失踪してしまったらしい。
 しかし娘を後継者にしようにも、世継ぎを作る為には男がいなければならない。しかし娘を溺愛している父親は、下手な男を充てるのも嫌だった。
 そこでパラードとの交流会で、幼い頃から何度も顔を合わせて仲が良く、家柄も問題ないアルベルトが婿として選ばれたわけだ。

「政略結婚みたいな感じですが、私とその娘……パメラとは幼い頃から結婚を誓い合った仲でしたから、その決定に不満はありませんでした」
「なのに、数ヶ月前に突然許嫁じゃなくなったわけだ」
「彼女の父親が渋ったのかしら? 娘はやらない……って」
「いえ、むしろ仲は良い方でした。話を聞きに行った時に教えてもらったのですが、どうもロマニオに住む一部の上位貴族が徒党を組んで口を挟んできたそうです」

 アルベルトは全くその気はないのだが、その貴族はパラードの血筋を入れてこの町を乗っ取らせるつもりかと進言してきたらしい。
 おそらくそれは建前で、そのパメラって子と結婚して権力者としての地位を得ようとする欲深い貴族ではないかと思われる。
 おまけにその貴族は簡単に無視できない存在らしく、納得させる条件として闘武祭の優勝を出したのもその貴族だとか。

「闘武祭で優勝できなかった報告をした時、庇ってくれたのは彼女の父親です。そして貴族は新たにグルジオフの討伐を条件とし、最後に自分が用意した傭兵……旅の剣士と戦わせると言い出したのです」
「……前の説明と色々違うようだな」
「申し訳ありません。家の問題もありますので、おいそれと語るわけにはいかない部分もありましたから」

 あの頃は会って間もないし、そこまで信頼されてなかったからな。
 それにやる事は変わらないから、無理に語る必要もない。

「まあいいさ。それよりはっきり言わせてもらうが、当時の実力でよく条件を受けたな」
「彼女の父親は止めようとしてくれたのですが……私も焦っていまして。それに私の性格を知る兄上が好きなようにやれと背中を押してくれたので……」
「俺も人の事はあんまり言えないけど、馬鹿だなぁアルは」
「兄上は馬鹿じゃないわよ! それだけパメラさんが大事だったんだから!」
「落ちつけマリーナ。ああ、レウスの言う通り馬鹿だったよ私は。けど、幸運に恵まれた。師匠に出会えて、レウスに出会えて……私は本当に運が良い」

 アルベルトはそれだけ彼女を愛していたのだろう。諦めるくらいなら死ぬ方がマシだと思える程に。
 無謀にしか思えないが、そういう馬鹿で一途な行動は嫌いじゃない。その意志の強さこそ、手を貸したくなった理由の一つだ。

「そうだな、俺もアルに会えて良かったぜ! とにかく色々と複雑なのはわかったけどさ、今なら上手く行きそうなんだろ?」
「後に戦う剣士がどれ程強いかわからないが、今の私なら油断しなければ負けないと思う」

 剣士はグルジオフを一人で倒せる腕前らしいが、それなら今のアルベルトも同じ条件だ。少なくとも一方的にやられることはあるまい。

「そうね。シリウスやホクトを越えるような相手なら、もっと凄い噂が流れていると思うわよ」
「そ、そうですね。師匠とホクトさんを相手にする絶望を知った今なら、剣士の一人や二人怖くもありませんよ。確実に勝利をもぎ取ってみせます!」

 模擬戦で絶望というものを叩きこんだ時は、流石にやり過ぎたと何度も思ったものだが……結果オーライのようだな。
 しかし……。

「次があったらもう少し優しくしよう……な」
「オン」

 ホクトと目を合わせながら、お互いに反省するのだった。



 こうして一通りの説明を終えたアルベルトは、残った紅茶を飲み干してからゆっくりと息を吐いた。

「……以上が私の真実です。長々と語りましたが、ここから先は皆さんの手を煩わせる事はないでしょう」
「わかっているさ。後はアルベルトの手で勝ちとってこい。それにしても、家の事情を話して大丈夫なのか?」
「私の恩人である皆さんには隠し事をしたくなかったんです。後は、これからも変わらない付き合いでいられたら……と」
「アルがそう思っているなら、俺達も変えるつもりはないよ。兄貴もそうだろ?」
「ああ、アルベルトさえ良ければ、俺もお前の師でいよう」
「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」

 アルベルトが深々と頭を下げていると、隣に座っていたマリーナがどこか落ち着かない様子を見せていた。
 そして頭を上げたアルベルトの袖を引っ張り、彼の耳元に口を寄せた。

「……いいのか?」
「うん。私の事も知ってもらいたい」
「わかった。皆さん、マリーナの事も聞いてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「別にかまわないが、何があるんだ? 本当の妹じゃないってわけじゃないよな?」
「いえ、マリーナは間違いなく私の妹ですよ。尻尾が三つある事についてなんです」

 非常に珍しい特徴なのだろうが、俺達にとってはもはや見慣れたものである。
 彼女の尻尾はエミリアに負けじと綺麗な毛並みをしているし、今では珍しさより手入れが大変そうだなと思うくらいだ。

「皆さんは狐尾族フォックステイルの伝承をご存知ですか?」
「いや……知らないな。フィアは?」
「私も知らないわね」
「ではそちらから説明したいと思います。伝承によると、狐尾族フォックステイルは一人の存在から始まったと言われています。それは九尾と呼ばれ、名前の通り尻尾が九つもあったそうです」

 その九尾と呼ばれた狐尾族フォックステイルは膨大な魔力と不思議な能力を持つだけではなく、非常に長命だったらしい。
 九尾が多くの子を産み、その子が大きくなり子を成す。そうして狐尾族フォックステイルの数を増やしていったそうだ。

「しかし産まれる子の尻尾は一本のみで、九尾自身が産んだのも同じでした」

 稀に尻尾が二本の子も産まれたそうだが、やはり九尾が特別な存在なのだと思い始めた時……突然五本の尻尾を持つ子が産まれたそうだ。

「その子供は九尾に迫る魔力と能力を持っていたのですが、力に溺れて暴走し、多くの国と狐尾族フォックステイルを襲ったそうです」

 戦いを挑んだ者は全て返り討ちにされ、遂に九尾が立ち上がって倒したらしい。
 しかし流石の九尾も寿命が近く弱っており、その子供を倒すと同時に力尽きたそうだ。

「それ以来、狐尾族フォックステイルの尻尾は多い程、恐るべき存在として見られるようになったそうです」
「何だそりゃ!? 悪いのは尻尾が五本の奴で、他の奴は関係ねえだろ」
「私もそう思うが、当時はそれほどに酷く恐ろしい出来事だったらしい。もう遥か昔の話だそうだが、未だに根付いているんだよ」
「という事は、マリーナは町で酷い目に遭っていると?」
「当主の娘でもありますので、幸いながら直接的な被害は遭っていません。ですが町の者達は恐れるか遠慮してしまい、マリーナに近づく者は……」

 マリーナは町の人達には敬遠され、家族だけが心を許せる相手だったのだ。
 つまり家族以外の人付き合いが極端に少ないので、マリーナが他人に対して用心深いのは人見知りが原因というわけだな。

 色々と納得していると、突然フィアを先頭にエミリアとリースがアルベルトの前に立っていた。

「ねえアルベルト。ちょっと聞きたいんだけど、貴方は私達にどうしてほしいのかしら?」
「それは……私と同じく、マリーナとも変わらぬ付き合いをお願いしたいとー……」
「「「てい!」」」
「ぐはっ!?」

 その瞬間、三人は同時にアルベルトの頭へ拳骨を落としていた。その息の合った動きに俺は思わず唸った。

「全く。マリーナが大切だからって、そういう事を言わないでほしいわ」
「そうですよ。私達はもうマリーナとは友達なんですから、その程度で遠慮する仲ではありませんよ」
「心配なのはわかるけど、私達からすれば失礼な話だよね」
「皆さん……」

 その言葉にマリーナは涙ぐんでいたが、それもすぐさま収まっていた。
 何せエミリアとフィアがマリーナの両腕を持ち上げ、まるで連行するように運ぼうとしていたからである。

「というわけで、後は女性同士だけで話し合ってくるわね」
「アルベルトはそこでしばらく反省しているんだよ」
「あの、兄上は私の為を思って……」
「いいえ。はっきり言うなら余計なお世話です。それではシリウス様。私も行きますが、何かあればいつでも呼んでください」
「あ、兄上ー……」

 そして女性陣は寝床に使っている仮設の小屋へと消えていった。
 残された俺達はそんな光景を呆然と眺めていたが、しばらくすると自然と笑いが漏れていた。

「ははは、アル。ああなった姉ちゃん達は兄貴じゃないと止まらねえぞ。止めなかったのは正解だな」
「止められるわけないじゃないか。それに……彼女達の言う通りだしな。ああいう事がはっきり言える師匠の恋人たちは本当に素晴らしい女性だと思う」

 多少の言い争いや喧嘩をする事もあるが、彼女達の仲は非常に良く、種族は違えど本当の姉妹に見えるくらいだ。
 受け入れられる者は受け入れるという、かなり大雑把な俺には勿体ないくらいの恋人たちである。

「後は彼女たちに任せよう。一応伝えておくが、尻尾が三つだろうが何だろうが、俺はマリーナへの態度を変えるつもりはないぞ」
「……ありがとうございます」
「それにマリーナの友達は姉ちゃんたちだけじゃなくて俺もだ。安心しろよ」
「友達……か」
「ん? 友達だろ? 最近はマリーナに訓練を手伝ってもらって、多少は話せるようになったからな。あ……でも名前をまだ呼んでくれねえし、近づいても一定の距離をとるから微妙だな」

 その時見えたアルベルトの表情は非常に複雑そうだったが、すぐに消してレウスに笑いかけていた。

「マリーナが感情を剥き出しで話す相手なんて今までいなかったからな。レウス、良ければこれからもあの子に話しかけてやってくれ」
「おう、任せときな!」
「……頼んだぞ」

 最後のはおそらく様々な意味が込められた言葉だろうが、レウスはいつもの純粋な笑みを浮かべながら頷いていた。
 アドバイスするべきか迷うが、やはりこういうのは自ら経験して知ってもらいたいと思う。
 まあ、レウスは人の約束を簡単に破らないし、義に厚い純粋な男だ。
 何か起こらない限り、俺は静かにレウスの行動を見守らせてもらうとしよう。





 ――― レウス ―――





「……ふっ! よし、今日はこんなところだな」

 あれからアルとマリーナの事情を聞いてから寝る時間になったけど、何となく寝付けなかった俺は寝床から少し離れた川で剣の素振りをしていた。
 そして百回目の素振りを終え、剣を下ろしてからタオルで汗を拭いていると、ふとマリーナの事を思い出した。

「恐るべき存在……か」

 兄貴の話では、マリーナの魔力は普通より少し高いくらいで特別に優れているわけじゃないらしい。
 幻を見せる不思議な能力を持っているけど、あいつは伝承に出てきた酷い奴みたいな事は絶対に出来ないと思う。
 だからマリーナが恐るべき存在だなんてありえないのに、何でそんな風に見られているんだろうな。

 変だな……どうしてこんなにも苛々してんだろ? 寝ようかと思ったけど、何だかすっきりしないからもう少し素振りをするか。
 そう思って再び剣を振り上げたところで、俺に接近してくる人影に気づいた。

「……明日には出発なのに、こんな時間に何で剣を振っているのよ?」
「やっぱりマリーナか。どうしたんだ?」
「別に。何だか眠れなくて散歩してたら、あんたが見えたからよ」
「そっか。俺はもう少し素振りしてるから、気にせず散歩してろよ」

 そう言って素振りを再開したが、マリーナは少し離れた所に座って俺の素振りを眺め始めた。
 よくわからねえけど気にせず素振りを続け、程よく汗を掻いたところで剣を下ろすと、マリーナが声を掛けてきた。

「あんたって変な奴よね。今日は朝からずっと動きっぱなしなのに、夜になっても剣を振っているんだから」
「兄貴に少しでも近づく為だよ。それに素振りをしないと落ち着かないんだよな」
「本当に変な奴……」

 呆れられているけど、事実なんだからしょうがない。
 俺の正直な答えにマリーナは苦笑してから月を見上げていたので、俺もつられて見上げてみれば綺麗な満月が見えた。
 そういえば、俺とマリーナが初めて出会った時も……。

「あんたと私が出会ったのも、今と同じ月だったわよね」
「そうだな。危ないのを助けたのに、叩かれちゃったんだよな」
「あれは……反省しているわよ。だからちゃんと謝ったでしょ?」
「いやさ、女の子からあんな風に叩かれたのは初めてだから、びっくりしただけなんだ。俺は全然気にしてないから」
「こんな失礼な事を言う奴が、何で今まで叩かれていないのかしら?」

 また呆れられているけど、これも事実だ。叩かれた事はないけど、姉ちゃんに兄貴の関節技の実験台にはさせられた事があるけどな。
 散歩だとか言ってたくせにどこへも行かないので、話をしやすいようにマリーナへ近づいてみた。
 いつもなら俺から一定の距離をとるのに、今日は動こうとしない。そして遂に、俺はマリーナのすぐ隣まで近づける事ができた。

「何だ、逃げないのか?」
「ちょっとあんたに話したい事があるの。離れたら会話し辛いじゃない」
「話? よし、遠慮なく言ってみろ」
「くっ……あんたみたいにすんなり言えたら苦労しないわよ。と、とにかく色々と言いたい事があるから座って静かに聞きなさい」
「おう!」

 座れって言われたから隣に座ってみたけど、マリーナは逃げずに俺へ顔を向けてきた。

「その……あんたと初めて会った時、私をお姉さんたちと比べていたでしょ?」
「確かに言ったな。どうも無意識にやっちゃうんだけど、俺が酷かったんだって今は反省しているよ」
「ええ、酷いけど……あの人たちを知った今なら、それも仕方がないかなって思えるの」

 どういう事だ?
 勝手に比べる事はあまり良くないって聞いたのに、何でマリーナはすっきりした表情をしているんだ?
 俺の困惑を余所に、マリーナは姉ちゃんたちが寝ている小屋に視線を向けながら口を開いていた。

「だって私はフィアさんみたいに美人で大らかじゃないし、エミリアさんみたいに家事や世話もできないし、リースさんみたいに優しくないし治療魔法も使えない。こんな私にも分け隔てなく接してくれる素敵な女性に囲まれているなら、あんたも比べたくもなるわよね」
「比べるのは置いといて、俺の姉ちゃんたちは凄いぞ。なにせ兄貴の恋人だからな」
「だからこそわからないのよ。あんなにも綺麗で素敵な女性をずっと見てきたのに……どうして私を綺麗だって言えたの?」
「何でって……何度も言ったけど綺麗と思ったからだぞ? それ以外にあるのか?」

 それにマリーナだって十分に綺麗で可愛い顔をしている。その少し赤みがかった金髪と三本の尻尾が月明かりを反射していて、あの時は本当に綺麗だと思っていた。
 そんなふうに思った事を口にしていたら、マリーナは顔を真っ赤にしながら俺の肩を尻尾で叩き始めた。痛くはないけど、ちょっと痒いな。

「何すんだよ?」
「うるさいうるさい! ああもう……聞く順番間違えたわ!」

 理不尽な尻尾の攻撃はしばらく続き、まだ顔を赤くしながらもようやく落ち着いたマリーナは一度咳払いをしていた。

「そ、それでもう一つ聞きたいんだけど、あんたはどうしてそんなに強くなろうとするの? 毎日あんなにもボコボコにされて嫌だと思った事はないの?」
「痛いのは嫌だけど、止めたいとは思った事はないな。だって兄貴に追いつくには必要な事なんだ。強くなる理由もそれだよ」
「あんたはもう十分強いのに、何でそこまでして追いつきたいのよ?」
「マリーナと同じだよ」

 マリーナは兄であるアルに助けられたから生きて来られたと言っていたが、俺も兄貴に助けられたから生きて来られた。
 更に助けるだけじゃなく、俺に進むべき道さえも教えてくれた。だから凄く感謝しているし、俺は兄貴の為に生きたいと思っている。
 でも兄貴は、俺の助けなんか全く必要ないくらいに強い。
 それでも俺は兄貴に背中を任せられるような男になりたいのだ。ホクトさんみたいに頼りにされたい。

 だから俺は強くなりたい。強くなり続けるんだ……と、少し興奮気味で俺はマリーナの質問に答えていた。

「真っ直ぐで羨ましい。そうよ。私だって兄上の力になりたい。けどこの尻尾が人を恐れさせ、私の言葉と行動を阻むの」
「きっとマリーナは苦労してきたんだろうな。けどさ、それなら尚更強くなれよ」
「強くなれって、簡単に言うわね」
「前にマリーナも強くならないと駄目だって俺は言っただろ? あれは心が強くなれって事だよ。そんなくだらない事で悩むくらいなら、頑張ってひっくり返してみろよ」
「くだらないって、あんたに私の何がー……って、何してんのよ!?」

 マリーナが両手で顔を覆って騒ぎだしたのは、俺が着ていたシャツを脱ぎ出したからだ。
 指の隙間から覗いているみたいだけど、俺は気にせずに脱いだシャツを近くに放る。今日は満月だから、ちょっと意識を変えれば出来る筈だ。
 そして……。

「ああもう! まさか本当に変態だったー……っ!?」
「どうだ?」

 変身した俺の姿を見せてやった。
 ちなみに脱いだのは服が伸びないようにする為で、ノワールの時に後で姉ちゃんに怒られたからだ。
 予想通り驚いているけど、叫ばれたり攻撃されなくて良かった。

「あんた……よね? 何よそれ……」
「俺だけの能力だ。けどこれは銀狼族の間では呪い子って言われていて、マリーナと同じように恐れられている存在なんだ」

 前にノワールへ語ったように、俺は呪い子の意味と結末を説明した。
 この姿になると知られれば殺されるけど、兄貴はくだらないと笑って俺を救ってくれた事をだ。
 今ならその続きもある。そしてそれこそ、マリーナに伝えたい言葉だ。

「それで少し前に俺の爺ちゃんと再会したんだ。爺ちゃんがこの姿を見た時は絶望していたけど、最後には認めてくれて俺を孫だとはっきり言ってくれたんだ」
「…………」
「だから心も強くなって諦めなければ大丈夫なんだよ。少なくとも、アルの為に頑張るお前を悪く言う奴なんていないと思うし、言う奴はただのアホだ。そんなの気にせず頑張ればいいのさ」
「強くなる……」

 それに町の人たちが本当に悪い奴なら、マリーナはもっと酷い目に遭っている筈だ。
 アルが守るにも限界があるし、見えないところで何かやられていたっておかしくないのに、あの時見たマリーナの体には傷一つ見当たらなかった。
 だからマリーナを恐れているだけで、本当に悪い人たちじゃないだろう。
 まあ、実際に見てないからわからないけど、後はマリーナがどうするかだと俺は思うんだ。

 俺が言いたかった事を伝えると、マリーナはしばらく考えてから立ち上がって俺に背中を向けた。

「一応……礼を言っておくわ。ありがとう…………レウス」
「ん? 今、俺の名前ー……」
「お、おやすみ!」

 そして尻尾を震わせながら逃げるように走って行った。
 確かアルが教えてくれた話だと、マリーナの尻尾が震えている時はー……何だっけ?
 まあいいか。
 何だか胸が暖かくなった俺は、変身を解かずにしばらく月を眺め続けた。


おまけ




「だけど困ったな。やっぱり変身すると興奮して寝られねえや」

 シリウスに撫でてもらって落ち着かせてもらおうと思っても、彼は寝ている筈なので起こすなんて論外であった。

「そうだ!」

 拠点を作ったとはいえ、ここは町ではなく外の世界である。
 なのでホクトが外で見張っているので、ホクトに頼めばシリウスを起こさずに済む。
 そしてちょっと戦って汗を流せば興奮も冷める筈だとレウスは思い、駆け足でホクトの下へ向かった。

「ホクトさん! 俺と戦ってー……」
「オン!」
「ぐはっ!?」

 計算違いだったのは、ホクトはご主人様の眠りを妨げる存在は例え身内だろうと容赦がない事だ。
 ホクトは瞬時に本気の肉球ワンパンを放ち、大きな声を出そうとしていたレウスを一発で沈めた。

「ありがとう……ございます」
「オン……」

 結果的には眠る事が出来たレウスを、ホクトは呆れながらも咥えて寝床へと運ぶのだった。


※ちなみにレウスは変身して興奮状態ですので、大きな声を出したり走ったりと気の使い方が甘くなっています。





おまけのおまけ
※もしホクトの一撃をレウスが耐えたとしたら?


「ぐはっ!? さ……流石はホクトさん。でも俺はまだ……」
「オン!」

 ホクトは目にも止まらぬ速度でレウスの体を咥え、シリウスが寝ている寝床から離れた場所へと移動していた。
 そして……。

「え……ホクトさん、それはー……がはっ!?」
「ガルルルルッ!」
「そ、そのパンチは反則だよ! 見えない、見えないー……あーっ!?」
「オン!」
「ぐふっ!」

※結果……同じ。
 ちなみに作者のイメージでは、上記のレウスはホクトに片足で地面へ押さえつけられ、反対側の足で顔面を往復肉球パンチを食らってる感じです。





 先日のホクト


 アルベルト君の訓練を始めて数日が経ちました。
 今日も日課である模擬戦をしようと、レウス君とアルベルト君は拠点から離れた場所へと連れてこられました。

「今日の模擬戦だが、少し趣向を変えてみようと思う」
「師匠、それはどういうことでしょうか?」
「アルベルトがまず倒すべき相手は魔物だ。というわけで、人型以外の模擬戦を取り入れようと思う」
「兄貴まさか……」
「こい!」

 号令と共に一陣の風が舞い、拠点で見張りをしていたホクト君がご主人様の横へ現れました。
 ご主人様の声を聞くと同時に駆け出しているので、その差は僅か数秒です。
 そしてホクト君の頭を撫でながら、ご主人様はレウス君とアルベルト君に言いました。

「というわけで、ホクトと模擬戦だ。ルールは俺と同じで、ホクトに防御できなかった一撃を与えたら勝ち。そしてお前達が倒れたら負けだ」
「やっぱり!?」
「よ、宜しいのでしょうか?」
「馬鹿野郎! 兄貴とは違う意味で最強なんだぞ! 遠慮なんかしたら圧死させられるぞ!」
「圧死!?」

 ホクト君の十八番、肉球による叩き付けのことです。
 相手の真上から高速で振り下ろされる前足によって強制的に地面へと叩きつけられますが、肉球によるダメージ軽減(推定30%)により、程良く相手を無力化する非殺傷攻撃でもあります。
 ホクトプレッシャー、肉球天国(ヘヴン)とも呼ばれる時があるそうです。

 そしてホクト君との模擬戦が始まりました。


「何だこの一撃の重さは!? 手も速い……捌ききれん!?」
「それでも手加減してくれているんだぞ、堪えろ!」

 ホクト君は自ら攻めず、近づいてきた二人に連続パンチを放ちます。 
 それを必死に捌きながら、二人は徐々にお互いの距離をとっていきました。

「今だ!」
「俺一人なら無理だけど、これならホクトさんでも!」

 そしてアルベルト君の声でレウス君は背後へと回り込み、挟み撃ちに持ち込みました。
 あのラッシュの中で上手く分散したなとホクト君が感心している間に、二人は前後から同時に斬りかかりました。

「オン!」
「なっ!?」
「くそっ!」

 しかしホクトの前足と尻尾により、二人の攻撃は受け止められました。
 ホクトの野生の勘と戦闘経験があれば、前後からの攻撃も対応可能です。
 更に前足は肉球によって衝撃は吸収され、尻尾は岩をも砕く一撃を放てるように鍛えてますから、木剣程度では痛くも痒くもありません。

「か、勝てるのかこれは?」
「まだだ! グルジオフに勝つ為だろ!」
「いや、グルジオフって絶対こんなに強くないだろ!?」

 アルベルト君の至極当たり前なツッコミが響き渡る中、模擬戦は続きました。


 数分後……。


「ホクト、ハウス」
「オン!」

 二つの屍を作ったホクト君は、ご主人様にたっぷり撫でられてから拠点へと戻るのでした。






 今回は事情のあらましを語る内容でしたので、話が進んでないのは申し訳ないです。
 予定ではパラードの町へ着いた頃で終わろうと思ってましたが、考えたら移動を入れる必要はないと思いカットしました。


 オーバーラップのHPにある『ワールド・ティーチャー』の特設サイトで、1巻書籍の立ち読みができるようになったみたいです。
 興味があるならどうぞ。ちょっとだけ挿絵も見られますよ。


 次の更新は六日後になります。
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