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閑話 Gとケーキマスター

 ――― ライオル ―――






 その日、わしはエリュシオンの学校にある闘技場にやってきていた。

 何故ならこの後、大事な殺し合いー……じゃなく、試合を目前に控えておるので、闘技場の控室で剣を振っていたのじゃ。 


「ふむ……良い仕上がりじゃ」


 あの短足爺から仕上げてもらった相棒を握って感触を確かめておったが、予想以上に馴染むわい。頑固で偏屈じゃが、鍛冶の腕だけは認めてやれるのう。

 久々に感じる相棒の感触に喜んでおると、控室の扉が開かれたのじゃ。


「トウセン様。準備が整いましたので、試合場へどうぞ」


 呼ばれた声に振り向けば、兎の耳を持つ従者の格好をした女が立っておった。

 この女はわしが剣を教えている者達の主、リーフェル嬢ちゃんの従者じゃ。

 気付いてはおったが、気配の隠し方が中々上手いのう。流石は嬢ちゃんの専属従者と言ったところじゃな。


「うむ、行くとしよう」


 その従者の案内で試合場へと案内されておるが、わしは嬢ちゃんの兵士を鍛える為に何度もここへ来ておる。

 じゃから最初は案内なんかいらんと口にすると、従者は苦笑しつつ振り返ってきたのじゃ。


「トウセン様は目を離されると危険ですので」

「そんな事はないと思うんじゃがのう。ほう……この明かり、前までなかったが、妙に斬りたくなる魔道具じゃのう。斬っても良いか?」

「言った傍から……ですね。これはロードヴェル様が作られた最新の魔道具ですので、斬ってしまえば晩御飯を減らさせていただきます」

「どうりで斬りたくなるわけじゃ。しかし飯が減るのは困るから諦めるとするかのう」


 わしの行動が把握されておる気がするが……まあいいわい。


 その後、幾つか斬りたい物を素通りしながら試合場へとやってくれば、大きな歓声がわしを迎えてくれた。

 ふむ、何度か優勝したあのー……名前を忘れたが、戦って優勝したあの大会を思い出すのう。

 あれに比べれば観客の数は遥かに少ないと思いつつ、案内を終えた従者に見送られながら歩き続ければ、だだっ広い試合場の真ん中に、マジックなんちゃらと呼ばれておるエルフが立っておった。

 相変わらず、何でも知っているような澄まし顔が腹立たしいわい。


「来ましたね。ようやく貴方本来の武器が返ってきたようですが、その剣だけで本当に私と戦うつもりですか?」

「わしの武器はこいつのみじゃ。貴様こそ準備不足で負けたなんて言い訳は許さんぞ」

「ええ、承知しておりますよ。それでは……始めましょうか」

「うむ。貴様の魔法なぞ、わしの剣の前には通じぬと知るがいい!」


 わしは相棒を構え、奴は魔力を集中させながら試合開始の合図を待っておった。


 観客席は奴が作った魔法陣による防御壁によって守られているようじゃが、わし等の攻撃を受け止められるかどうか怪しいのう。

 じゃから事前に危険だと伝えているのじゃが、それでも見にきている命知らずな観客がそれなりに座っておる。


 その中でわしが知っている者と言えばリーフェル嬢とその従者、そしてわしと何度も戦って鍛えておる若造じゃ。他にもわしと戦った、城に仕える兵士どもがちらほら見られるな。

 そして奴の弟子でもある鍛えが足りなさそうな若造が風の魔法で声を広めながら立ち上がり、空に向かって炎の槍を放ったのじゃ。



『もう何を言っても無駄かと思いますが、やり過ぎないようにお願いします。試合……開始!』



「行きますよ、『マルチエレメンタル』」


 試合開始と同時に奴が大きく両手を振るえば、空中に無数の炎や岩の塊、そして風や水の玉が生み出されて次々と放たれてきおった。

 数えるのが面倒な数じゃが、わしがする事は一つじゃ。


「ぬおおおおーっ!」


 正面突破以外にありえぬ。

 当然ながら無数の魔法が迫るが、わしは全て相棒で叩き斬りながら前へ走るだけじゃ。

 それしかできないとも言っておこうかのう。


「全く、相変わらずの化物っぷりですね!」

「いくら魔法を放とうが、そんな遅さでは欠伸が出るわい!」


 シリウスの速度を知り、そんな彼奴に剣を当てようと鍛えた技術からすれば、魔法の方が遅く見えて仕方がないのじゃから仕方あるまい。

 更に前のわしなら迫る魔法を全て叩き斬っておったじゃろうが、今はわし自身に当たる魔法だけを狙って無駄を省いておる。これもまた彼奴と戦って学んだ事よ。


「以前より明らかに違う……その年でまだ進化するとは、本当に恐ろしい存在です!」

「どうしたぁ! 貴様の本気がこの程度なわけがあるまい!」

「当然ですよ! 土工クリエイト

「むっ!?」


 迫る火球を斬り払っておる間に奴が地面を強く踏みつければ、突如わしの足元に大きな穴が開いて落とされてしまったのじゃ。

 大した深さではないので着地は容易じゃが、穴の底には土の槍が無数に生えておった。

 このまま着地すれば串刺しになりそうじゃが……。


「温いわぁっ!」


 わしは穴の底に目掛けて相棒を振るい、剣から放たれた衝撃によって土の槍を全て吹き飛ばした。

 そのまま無事に穴の底に着地し、穴を出ようと頭上を見上げたが……。


「まだ終わってませんよ! さあ、貴方はどう逃げますか?」


 落ちた穴にすっぽりと収まりそうな巨大な岩が降ってきおったのじゃ。大きさ的にはわしの数倍くらいじゃろうな。

 しかし……良いぞ! 奴はわしを殺す気満々じゃなぁ!

 この緊張感がわしをもっと強くするのじゃ!

 じゃがな……。


「まだ甘いわぁ! ぬおおおおぉぉぉぉ――っ!」


 わしは『ブースト』を高め、大きく剣を振りかぶりながら地を蹴って迫りくる岩へと飛んだ。

 そして相棒を二度振れば岩は四つに分断され、わしはその内の一つを蹴って空中を移動し、落とし穴からの脱出も済ませた。

 着地後に確認すれば、奴はわしが穴に落ちていた間に移動を済ませており、詰めた距離を再びとられてしまったわい。

 まあよいわ。魔法を使う奴にとって接近されるのは致命的じゃから、あれも当然の行動じゃろう。


「かなり頑丈な岩を降らせたつもりですが、やはり斬りましたか」

「いくら硬くしようが所詮は岩じゃ。わしの剛破一刀流に斬れぬものなどない!」

「冗談ー……とは言えないのが貴方ですからね。やはり持久戦は不利ですから、一気に決めさせてもらいますよ」


 奴が懐から取り出した石を地面に放れば、膨大な魔力が広がると同時に鉄のゴーレムがわしの周囲に何十体も同時に生み出されおった。

 あの石……おそらく魔石じゃな。しかし奴が直接詠唱せず発動させたのは何故じゃ?


「貴方は確かに強いでしょうが、所詮は剣が一本です。従って、質より数で攻めれば勝てないまでも足を止めー……」

「ぬりゃああぁぁ――っ!」

「話を聞きなさい! 貴方の弱点を指摘しているんですよ!」


 そんなの知らんわい。

 敵が幾ら小細工しようと、人質をとるような卑怯な相手じゃろうが何じゃろうが、全て正面から剣一本で斬り開いてきたのじゃ。

 なので話を無視してゴーレムを薙ぎ払っておると、奴は諦めたように溜息を吐きながら長い詠唱を始めおった。 


 ほう……それが魔石を使った理由か。

 奴ほどの男が詠唱するという事は、何かでかい魔法を放つつもりかもしれぬな。

 それを受けるのも面白いが、わし等がやっておるのは戦いじゃ。詠唱が終わる前に斬ってくれるわ!


『学校長! トウセン様! これは試合ですから、やり過ぎないように気をつけてください!』

「じゃかましいわ!」


 奴の弟子らしき声が聞こえるが……試合? 何じゃそれは?

 奴もわしを殺す気じゃったから、わしも遠慮なくやらせてもらうだけじゃ。

 なので近づいてきたゴーレムを斬り捨てていたのじゃが……。

 

「猪口才な!」


 奴は詠唱をしながら移動を続けておる上に、ゴーレムもわしを囲ったまま一定の距離をとりながら一体ずつ攻めてきおる始末じゃ。

 一気に攻めてくれば纏めて斬ってやるところじゃが……あくまでゴーレムは牽制で足止めか。腹が立つが、中々細かいゴーレムの使い方じゃな。


「じゃがわしを止めるには足りぬ!」


 奴がいるであろう方角に『衝破』を放ってゴーレムごと吹っ飛ばそうとしたが、移動しておるせいか外れてしもうたわい。

 それでも道はできたので他のゴーレムを無視して追いかけたが、奴は横から割り込んできたゴーレムの背後に隠れおったのじゃ。


「それで隠れたつもりかぁ! むっ!?」


 しかしわしの剣ならゴーレムごと斬れるので、諸共斬り捨ててやったのじゃ。

 じゃが人を斬った感触がしなかったので確認をしてみれば、奴と同じ大きさのゴーレムが体を真っ二つにされて転がっておるだけじゃった。

 攻撃してくるゴーレムを斬りながら周囲を確認すれば、奴と同じ背格好をしたゴーレムも複数生み出されておった。


「撹乱とはな。安い手に引っ掛かってしまったものじゃな」


 奴を斬れると思い、興奮し過ぎたようじゃ。

 もはや見分けるのが面倒じゃし、そろそろ詠唱も終えていると思うので、わしは魔法を潰すのを諦めてゴーレムを潰すのに専念することに切り替えた。

 こう……本能が訴えるのじゃが、奴の作品は斬らないと気が済まんのじゃよ。


 そして周囲に立つゴーレムを全て斬ったところで、奴は少し離れたゴーレムの残骸から姿を現したのじゃ。

 呆れ顔をしておるが、いつもの澄ました顔に比べれば遥かにましじゃな。


「……本当に貴方は本能だけで生きているんですね」

「ようやく詠唱が終わったか。どれ、待たせた分だけ期待していいのかのう?」

「ええ、何をするか迷いましたが、貴方ならどうするかと思い、これに決めましたよ」


 奴がそう言いながら天を指せば、上空から巨大な岩が降ってきおったのじゃ。

 先程斬った岩とは比べものにならん大きさで、まるで山が落ちてくるみたいじゃが……こいつは見覚えがあるわい。

 昔、腐る前のわしが盗賊退治しておった時に、奴がわしを盗賊ごと巻き込んで放った魔法じゃからな。

 あの時は何とか斬ったが、今見えておる山は前より遥かに大きくなっておるのう。


「私が放てる最大の土魔法、『山崩落マウンテンプレッシャー』です。今度は簡単に斬れると思わないでくださいね」

「おのれ……よりによってこいつを放ってくるとは」

「あれは貴方が作戦を考えず動いた結果です。それより、貴方の知るシリウス君はこの魔法を正面から破りましたよ。さて、貴方はその小さな剣でどうするつもりですか?」


 確かにあれと比べたらわしの相棒は小さいじゃろうが……そう呼ぶのは許せんな。

 奴の度肝を抜かすだけでなく、何よりシリウスが破ったと言うならばわしも出来なければ恥じゃ。


「はっはっは! 面白い……かかってくるがいい!」

「ええ、貴方の死体はしっかりと回収してあげますから、安心してくださいね」

「それは貴様の方じゃあ!」


 わしは迫りくる山へと迎え撃つべく、剛天の構えをとった。


「剛破一刀流……基本にして究極の一刀なり……」


 放つのは対シリウスへの切り札なのじゃが……まだ開発途中の技でもある。

 威力的には申し分ないのじゃが、今の状態で放ってもシリウスなら確実に避けられるからじゃ。

 彼奴に当てられるような確信が出来た時こそ、この技は奥義となり完成に至るじゃろう。

 そして、あの小僧がわしと並び立てられると判断した時は……ーいや、余計な事は考えまい。


 今は目の前の山と、あの腹立つエルフの顔を歪ませる事に専念するとしよう。



「ぬおおおおおおぉぉぉぉ――っ!」






 ――― リーフェル ―――






 その時の状況を一言で語るなら……無音ね。


 もちろん、山が落ちてきたりと様々な音が試合場に響き渡っていたけど、ライオルさんが一撃を放った時……一瞬だけ音が消えたもの。

 私が見たのを詳しく説明するなら、落ちてくる山が地表へとぶつかる瞬間にライオルさんの手がぶれたかと思えば、まるで冗談のように山が真っ二つになっていたわ。


「今の技は……一体何かしら?」

「……わかりません。私も初めて見る技です」


 ライオルさんと何度も戦い、毎日ぼろぼろにされているメルトでも見た事がない技みたいね。

 前に立つセニアに視線を向けてみるけど、彼女もまたわからず首を横に振っているわ。


「私の目には、ライオル様はただ剣を振り下ろしたようにしか見えませんでした」

「そうね、気付いたら剣を振り終わった後だったわね」

「おそらくですが……ただ剣を振り下ろしただけかもしれません。あの御方が仰る剛破一刀流とは全てを剣に込めて放つ一撃ですので、その究極が……ご覧になったものかと」

「はぁ……本当に化物ねぇ」


 おじさまの『山崩落マウンテンプレッシャー』を正面から破る者がシリウス君に続き、これで二人目か。


 あまりにも次元の違う戦いに溜息を吐いていると、真っ二つになった山が地面に落下して試合場が大きく揺れたわ。

 落下による衝撃波と飛び散る岩が試合場を囲う防御壁を揺らしていたけど、何とか壊れずに耐えてくれたみたいね。

 一部の観客は山が落ちる前に逃げ出していたけど、私はセニアとメルトだけじゃなくマグナさんも守ってくれているから逃げる必要はないわね。この三人が守って耐えられない攻撃なら逃げるだけ無駄だし。


「最強の名は伊達じゃないわね。もしあれと敵対したら、どうやって勝てばいいと思う?」


 敵対しないのが一番だろうけど、ライオルさんは冒険者だから敵側に雇われる可能性も十分あるわ。最悪の想定くらいしておかないと。

 私の質問にセニアとメルトは考え始め、先にセニアが思いついた事を口にしてきたわ。


「雇われているなら、より良い報酬を提示してこちらに引き込むか、完全に敵対するなら本陣の外へと誘導しつつ足止めし、その間に敵の頭を討ちとる流れですね」

「もしくは……同じ戦力をぶつけるくらいですね」


 そうなると、私の陣営だとおじさまくらいしかいないわね。

 ここはやっぱり、ライオルさんに勝った事があるシリウス君を私の手元に引き入れておきたいわ。

 だからしっかりと彼を捕まえておくのよ……リース!

 あ……でも、リースを不幸にさせていたら全面戦争よ。


「ところで……もはや試合と呼べるかわからないけど、結果はどうなったのかしら?」


 山が落ちた衝撃による土埃で、試合場の様子が全く見えないのよね。

 いつもならおじさまが風の魔法で散らしたりするんだけど、それをしないって事はつまりー……。


「リーフェル様。僅かですが動きが見えますので、まだ戦いは続いております」

「流石の師も、あのどさくさに紛れて接近されてしまったようですね。現在、試合場の中心でぶつかり合っているみたいです」


 マグナさんは床に手を触れて魔法を使い、試合場の様子を確認できているみたい。流石は土魔法の達人だわ。

 それにしてもおじさま……あの剣の達人相手に接近戦をしているのね。

 お互いに全く遠慮なく攻撃し合っているから大丈夫かなと思っていると、突然土埃の一角が吹き飛んで二つの影……おじさまとライオルさんが飛び出してきたわ。


「ぬああああっ! 貴様! そのような隠し玉を持っておったか!」

「ふふふ! シリウス君と戦って成長したのは、貴方だけではありませんよ!」


 驚くことにおじさまは、ライオルさんの振るう暴風のような剣を軽やかに避けているわ。

 多少の接近戦ができるのは知っているけど、シリウス君と戦った時と違って相手は本気だし、そもそもおじさまってあそこまで動けたかしら?


「あれは、シリウス君の『ブースト』を真似ているんですよ。ですが異常に魔力を消耗するので、シリウス君みたいに長時間の維持は不可能です」


 マグナ先生の補足によれば、あれを使った後はしばらく体中に痛みが走り続けるみたい。

 それでもおじさまは表情に出さず涼しい顔で避けているみたいだけど、あの状態になっている時点でかなり追い込まれているらしいわ。


「しつこいですね! 『風散弾エアショットガン』」

「ぬおっ!?」


 おじさまはエミリアが使っていた魔法を放ってライオルさんを吹き飛ばしたわね。流石にライオルさんでも、小さく無数に放たれる風の玉を斬るのは無理だったみたい。

 咄嗟に剣を盾にするライオルさんの反射神経は凄いけど、幅広い大剣でも全身は防御できないし、あの魔法はおじさまが本気で放つと岩をも砕く威力があるから大丈夫かしら?


「ええい、痒いわぁっ! そのような小細工魔法でわしを仕留められると思うなよ!」


 防御できなかった腕や足から血が流れているんだけど……痒いで済んじゃうのか。

 最強は体が丈夫なのねぇ。


「この魔法は私が作ったのではなく、エミリアという子が作った実用性優れる魔法ですよ。小細工はないでしょう」

「素晴らしい、何と立派な魔法じゃ! 貴様の作る魔法なんざとはレベルが違うわい。いや、それより何故貴様がその魔法を使っておる! 許さんぞたわけがぁ!」

「何故貴方が怒るんですか!?」 


 相変わらず、エミリアにご執心のようね。

 一応エミリア本人に許可はとってあるみたいだけど、それを知らないライオルさんは怒って正面から斬りかかって……いえ、最初からそうだったわね。

 とにかく剣を振り上げながら迫るライオルさんにおじさまは若干驚きつつも、すぐに立て直して冷静に魔法を発動させていたわ。


「貴方の剣に斬れない物は幾らでもありますよ。『海衝撃タイダルウェイブ』」


 試合場に存在しない大量の水を生み出して津波のようにぶつける、おじさまが使える最強の水魔法ね。

 岩と違って水は次々と押し寄せるから、剣一本でどうにかなるとは思わないんだけど……。


「斬ってみせるわぁっ!」


 襲いかかる大量の水を、ライオルさんは剣で斬り開き続けながら防いでいるわね。

 あの人もシリウス君みたいに常識で測っちゃ駄目みたい。


 ところで……気付けばおじさまが生み出した水で土埃が完全に晴れているわ。

 御蔭で試合場がよく見えるようになったけど、さっきの光景と全く違う点があるわね。


「リーフェル様……あれは……」

「ええ、被害者の確認を急いでちょうだい」


 ライオルさんが『山崩落マウンテンプレッシャー』を斬ろうと、剣を振り下ろした先の地形が綺麗に抉れているわ。観客席どころか、闘技場自体が斬れた感じ。

 あの剣による惨状……完全に闘技場を突きぬけてどこまで伸びているかわからないわ。あの方角は山だから、人が住んでいる地域じゃなかったのが幸いね。

 おそらくライオルさんも人がいないと確信して振ったー……と思いたいわね。

 セニアを確認に向かわせた後、試合場では新たな動きを見せていたわ。


「ならば風でどうです! 『暴風テンペスト』」

「ぬあああああぁぁぁぁ――っ!」


 おじさまは岩さえも吹き飛ばす竜巻を放っているけど、ライオルさんは剣で竜巻を真っ二つにしているわ。


「ねえメルト。あれ、貴方できるかしら?」

「以前なら無理だと答えたでしょうが、あの御方と散々戦った今は違います。いつか必ず……斬ってみせましょう」

「ふふ、貴方も成長したのねぇ」

「貴方を守る為ですから」


 どれだけライオルさんにやられても、貴方は毎日あの人に挑んでいたのを私はちゃーんと知っているんだから。

 メルトの真っ直ぐな視線を笑みで返していると、セニアが帰ってきて怪我人の報告してくれたけど、幸いな事に死亡者はおらず、飛び散った破片で数人が軽い怪我をした程度らしいわ。

 元々死んでもいい覚悟を持ってきなさいと理解させているんだから、文句は一切言わさないけどね。


 さてと……そろそろ収拾を付けないと、あの二人はどこまでも戦い続けそうな気がするわ。

 いえ、むしろ魔力に底があるおじさまの方が不味いかも。ライオルさんの体力は底無しな気がするし。


「セニア。メルト。準備を始めなさい」

「「はい!」」


 私の合図にセニアは声を響かせる魔道具を取り出し、メルトが闘技場内部へと走っていく姿を見たマグナ先生は、私達の行動に首を傾げていたわ。


「あの、リーフェル様。どのようにして師とあの御方の戦いを止めるつもりでしょうか?」

「秘策に決まってるじゃない。どう、セニア?」

「あ……あー……ごほん。えあしょっとー……」

「この声は……」


 マグナ先生が驚くのも無理はないわね。

 滅多にやらないけど、セニアの特技の一つでもある声帯模写よ。男性は厳しいけど、女性なら問題なく真似できるわ。

 真似させる人物は勿論……。


「シリウス様……私を撫でてください。如何でしょうか?」

「ええ、ばっちりよ!」

「エミリア君ですか?」


 そう、ライオルさんの大好きなエミリアの声ね。

 この声を魔道具で響かせれば、ライオルさんは確実に止まる筈よ。

 そして調子に乗り始めているおじさまは……。


「姫様、準備完了です」

「お待たせしましたっす。ご注文の品、確かに届けましたっす」


 ガルガン商会に手配していた、巨大なケーキを用意させたわ。

 あまり思い出したくないけど、リースの婚前儀式で用意した巨大なケーキよ。シリウス君はウエディングケーキと呼んでいたわね。


 そしておじさまとライオルさんが距離をとったのを見計らい、魔道具を起動させたセニアは大きく息を吸ったわ。



『お爺ちゃん! 大きなケーキを用意しましたよ!』



「エミリアぁ!?」

「おお!? 何と立派なケーキですか!」


 効果は抜群で、二人はほぼ同時にこっちへ顔を向けたわ。喧嘩ばかりするけど息はぴったりね。

 それにしても……これ程の強さを持つお爺さんなのに、まるで子供のように目を輝かせている姿が何だか癪に障るわね。


 そして戦いが完全に止まった隙を突き、私はセニアが差し出した魔道具で二人へと声をかけたわ。


「はーい、試合終了よ! それ以上戦ったら、このケーキは私達だけで美味しくいただきますからね」

「何ですと!? わかりました、すぐに止めましょう!」

「エミリアはどこじゃ! お爺ちゃんじゃよ!」

「気のせいでは? あ、ちなみにエミリアが現在いる場所が判明したんだけど、これ以上戦ったら教えませんから」

「ぬうっ!?」


 先日、リースが送ってくれた手紙に、滞在している町の名前が載っていたわ。

 ライオルさんも剣の調整が済んで、シリウス君達を追いかけようと出発する予定だったし、ある程度の場所は知りたいでしょうからね。

 私の取引に、ライオルさんは渋々と剣を収めてくれたわ。




 こうして戦いは終わり、二人が喧嘩しながらも仲良くケーキを食べる姿を眺めていると、近くで瓦礫の片づけをしていた兵士達の声が聞こえてきたわ。


「まさかあの爺さんが魔法を極めし者(マジックマスター)相手に、あんなにも戦えるなんてな」

「全くだ。それにしても見応えのある戦いだったな。俺達をボコボコにしてたのって遊びにしか思えねえよ」

「確かに凄かったけど、あの戦いを止めた姫様も凄いだろ」

「そうだなぁ。けどさ、どうしてあの二人は戦ってたんだ? 確かいきなり戦うって通達がきたんだろ?」


 強者同士の戦いは勉強になると思って急いで呼んだけど、真相は知らない方がいいと思うわ。

 何せこの戦いの発端は……。


「ちょっと貴方! その端っこは私が狙っていた部分ですよ! 私のケーキを勝手に食べた事といい、今度こそ殺しますよ!」

「じゃかましいわ! ケーキを食べた程度で突っかかりおって! 貴様こそ殺すぞ、たわけがぁ!」


 そう……ライオルさんがおじさまのケーキを盗み食いしたのが理由なのだから。

 実にくだらないと思うけど、もし私がされた場合……戦うまではしないけど、後悔はさせてあげるつもりよ。


「お爺ちゃん、仲良くケーキを食べましょうね」

「ぬああっ!? その声は止めんかぁ! 会いたくて仕方ないではないか!」

「学校長、あまり騒いでいるとケーキが没収されますよ。まあ、そうなれば私の食べる量が増えるので構いませんが」

「マグナ……貴方は甘味になると本当に容赦ないですね」


 物凄い勢いで食べられ、小さくなっていくケーキを眺めながら、私の隣に立つメルトが安堵の息を漏らしていたわ。


「あの二人では勝敗がついた時点で死んでしまいますから、上手く引き分けで収める事ができましたね。流石は姫様です」

「何を言っているの? 勝者ならここにいるじゃない」


 そう、この戦いに勝者がいるとすれば……この私ね。

 観客は少ないけど、闘技場を破壊する程の騒ぎとなれば噂が確実に広まるし、そしてその噂が広まれば、あの戦いを止めた私の評価は上がるでしょう。


「あ、先に言っておきますけど、お二人はあの壊した闘技場をちゃんと直してくださいね。特にトウセンさんは勝手に旅立っては駄目ですよ」

「くっ……私が壊したわけじゃないのに……」

「何じゃと!?」

「勝手に旅だった場合、手紙でエミリアにしっかりと報告させていただきますから」

「ぬうっ!? し、仕方あるまい。エミリアに冷めた目を向けられるよりマシじゃからな……」


 二人には悪いけど、今回は私の一人勝ちですよ……ふふ。





 ……どうでしょう。

 思いついたネタをガンガンぶつけてみましたが、調子は戻ったかな?




 ライオルが放った究極の一刀は無音と描写してますが、作者の考えではゲームやアニメ的な表現で『シャキーン』と効果音が出てるイメージです。

 なんかこう……中二病的に『次元斬』とか名付けたいところですが、未完成の技ですし、現時点で名前はありません。





 次回の更新は……申し訳ありませんが、少し休みが欲しいので二日ほど長くなります。

 なので次の更新は……8日後か9日後になります。


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