挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

十四章 女神教

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

110/179

シン・フォニア

※人が死ぬ描写があります。
 苦手な方はお気をつけください。
「……お待たせしました」

 深夜……神殿の地下にある懲罰房にて、中年男性が出すような重苦しい声が響き渡った。
 ここに入れられているのはドルガーだけだが、彼は御使いの言葉によって全てを失い、懲罰房へ閉じ込められた時から一言も発する事もなく、座ったまま虚ろな目で呆然と過ごし続けていた。
 しかし現在、彼は正気に戻って鍵のかかった扉前へと立っていた。

「少し遅かったではないか」
「申し訳ありません。少々潜入に手間取りまして」
「ふん、まあいい。全く……油断させるとはいえ正気のない振りは面倒であった。だがこれで終わりだ」

 懲罰房に潜入してきた仮面を着けた男の手により懲罰房の鍵が開けられ、中から少し痩せたドルガーが出てきた。どうやら罰として、最低限の食料と水しか与えられてなかったらしい。
 勿論、ドルガーはここから出るのを許可されたわけではない。
 これは明確な脱獄であった。

 そして男の手引きにより、ドルガーは誰にも見つからず神殿を脱出した。
 男が人気の少ない道を進んだのもあるが、今の女神ミラ教は教皇が帰ってきた喜びもあり、警備が緩くなっていたせいでもある。

 渡されたフード付きローブで顔を隠したドルガーと男は町の外に向かっていたが、町の外へ出る前に門番によって止められた。
 時刻は深夜なので怪しまれて当然だが、男の交渉によりドルガーは何食わぬ顔で町の外へ出る事ができた。

 そのまま月明かりが照らす街道を走り続けていたが、運動が得意ではないドルガーはすぐに体力の限界を迎えて座り込んでしまった。

「はぁ……はぁ……おのれ、腹が減って力が出ぬ。おい、何か食料は持ってないか?」
「非常食ですが、これならば」

 男から鞄を受け取ったドルガーは、中に入っていた干し肉とパン、そしてワインを見て笑みを浮かべた。

「ふん、今はこれで我慢しておくか。味気のない物ばかりだが、ワインがあるのは良いぞ」
「飲みながらでいいので聞いてください。我々はこれからどちらへ向かうのですか?」
「南西にいざという時の隠れ家と蓄えた金がある。まずはそこへ向かい、手配が回らぬ前にこの大陸から出る。貴様の追加報酬もそこで払ってやるから安心しろ」
「では、このまま逃げるつもりですか? ドルガー様をこんな目に遭わせた女神ミラ教が憎いと思わないのですか?」
「憎いに決まっておるだろう。だがそれは、ほとぼりが冷めて準備を整えてからだ」

 久々の酒に上機嫌になったドルガーは、会話が誘導されているとは気付かず饒舌に語り続ける。

「あの町にはすでに圧倒的で抑止力でもあったヴェイグルは存在せんのだ。稼いだ金で傭兵団を雇えば一気に制圧するのも難しくあるまい。あるいは、この町を襲おうと考えている盗賊団と接触するのもいいかもしれん」
「あの獣人が混ざった者達はどうされるおつもりですか? 噂で聞きましたが、裏の精鋭でさえ歯が立たなかったとか……」
「どこから漏れたか知らんが……確かに奴等は強かった。しかしいつまでもフォニアにいるとは限らん。奴等がいなくなった後で行動すれば済む話だ」
「……よくわかりました。そろそろ出発しましょう。引き続き私が先行しますが、すでにここは町の外です。その鞄にナイフが入っていますので、念の為にドルガー様も武装していてください」
「うむ……そうだな」

 そして鞄からナイフが取り出されるのを確認した男は、ナイフを握るドルガーの手を掴み……。

「何だー……ぐっ!?」

 そのまま手首を捻り、まるで自決したようにナイフをドルガーの胸元へ突き刺したのである。
 ドルガーが反応するより速く手ごと押し込み、ナイフの刃が半分程埋まったところで男はドルガーから離れた。

「が……う、裏切るー……」
「俺はお前の味方になった覚えはない」
「な!? お前は、何故……ここに」

 声色を戻し、仮面を外して俺の素顔を晒せば、ドルガーは驚愕の表情を浮かべていた。

「お前なら保険をかけておくと思ったが、予想通りだったな」

 懲罰房で精神が壊れた振りを続けて油断させ、何かあった時に備えて雇っていた者の手引きにより逃げ出す算段だったわけだ。ちなみに本来雇われていた男は裏の世界から弾かれたゴロツキで、女神ミラ教とは全く関係のない者だった。
 俺は侵入者を『サーチ』で反応を捉えると同時に動きだし、ドルガーと合流する前に気絶させて入れ替わったのである。本物は縛り上げて別の懲罰房に放り込んでおいた。

「あ、ああ……こんな……」
「復讐なんか考えず、大人しく別大陸で過ごすと言えばここまでしなかったさ」

 俺が入れ替わってまでわざわざ外に連れ出した理由は、こいつの本音を聞こうと思ったからである。他にもあるが、ドルガーに対してはそれだけだ。
 予想通りの本音を聞いて遠慮なく刺したが、もし復讐を考えていなかったら、俺は気絶させて懲罰房に戻す程度にしていただろう。

 もし俺が入れ替わらず何もしなければドルガーは逃げられたかもしれないが、実はそうでもない。
 何せドルガーを狙ってたのは……。

「……出てきたらどうですか?」
「……気付いていたか」

 俺だけじゃないからだ。
 近くの木から現れたのは、教皇の付き人であった元聖騎士の爺さんだった。昼間の冒険者のような格好ではなく、今は闇夜に紛れるような黒の配色が多い服装である。

 そう……俺が何もしなかったり、ここで見逃したとしても、この爺さんがドルガーを始末しただろう。

「神殿からずっと付いてきていましたね。度々気配がわからなくなる素晴らしい尾行でした」
「そこまでわかるか。君こそこの短時間で、ドルガーをここまで連れてきた腕は称賛に値する」
「ありがとうございます。それよりこの男を連れ出してしまいましたが、俺を捕まえますか?」
「そうだな。立場上、君を捕まえないといけないのだが……今の私は別の仕事があるのだよ」

 爺さんはそう言いながら、胸に刺さったナイフを抜こうと足掻いているドルガーに歩み寄って顔を覗き込んでいた。

「あ……ぐ……た、助けてくれ! あの男が私を殺そうとー……」
「うむ、確認した。お前が自らナイフを突き立てるのをな」
「何……を、言って……?」
「罪悪感から自決を選んだか。話を聞けば懲罰房では心が壊れていたようだし、十分ありえる末路だな」
「ぐふっ……ふ、ふざけるなよ貴様ぁ!」

 口から血を撒き散らしながらもドルガーは怒り狂うが、爺さんは冷やかに見下ろすだけだった。

「ふざけるなだと? あれほどの事をしておきながら、貴様が生きていられると思うのか? それに、復讐の芽は早目に摘んでおかないとな」
「ち……違う……あれは……」
「教皇の敵となる者は……排除する」

 そして爺さんは叩きつけるように掌でナイフを押しこめば、刃は容易くドルガーの心臓を貫いた。
 助かろうと手を伸ばすも、手は空を切り、ドルガーは地面に倒れて二度と動く事はなかった。

 ドルガーの絶命を確認した爺さんは、警戒の色を含ませた視線を俺に向けてきたが、殺気は感じられないので戦うつもりはなさそうだ。

「さて……次は君の番と言いたいところだが、これからドルガーは懲罰房で見つかる予定だ。したがって、勝手に連れ出した君の罪は無くなるな」
「ふむ、懲罰房で見つかるって事はこんな感じですかね?」

 懲罰房に入れられたドルガーは罪悪感で精神を病んでおり、碌に食事を食べていなかった。
 それを知らず助けにきた男は、とりあえず食料を与えようと鞄を渡したが、中に入ったナイフでドルガーは自決してしまう。
 そこに偶然様子を見に来た爺さんがやってきて、侵入者である男を気絶させ、懲罰房内で絶命したドルガーを確認……と言ったところだろう。

 俺が語る筋書きに、爺さんは苦笑しつつも頷いていた。

「ふ……そうなるように君が仕向けたのだろう? わざわざナイフを握った瞬間を狙うとは……細かいものだ」
「俺の拘りもありますが、何者かに殺されたとなると女神ミラ教の体裁だけでなく、何より教皇とアシェリーが悲しむでしょう?」
「よくわかっているな。私もどう始末するか考えていたが、とりあえず手間が省けたと言っておこう」

 自決に見せるなら、俺がナイフを刺して死んだ後で握らせれば十分だろう。
 しかし前世で標的を自決に見せて始末する作戦もあったので、ついそれに倣ったというか……まあ、ちょっとした拘りが出てしまったのである。

「ただ……このような場所まで連れてくる必要はなかろう。理由があるなら聞かせてほしい」
「神殿を脱出して、気が緩んだドルガーの本音を聞きたかったのもありますが、貴方の腕を見たかったのもあります」
「私の腕だと?」
「はい。貴方の裏としての姿と能力を見せていただいて確信しました。こんな若造から言われるのも不愉快かと思われますが……」

 あの戦闘能力の無さそうな教皇と二人だけで旅をしていた点から、実力は十分だと思っている。
 そして俺が途中で何度も見失いかけた気配の絶ち方に、元は味方だろうとドルガーを下せる冷徹で冷静な思考から、この爺さんは裏の面でも相当な腕を持っているのがわかった。
 何より教皇の為に汚れ仕事を厭わない姿は、アシェリーを守るクリスの理想像だろう。
 これから目指す聖騎士の先輩だし、クリスには俺以上に相応しい師となると思う。教皇だけでなく枢機卿とアシェリーを見る目は優しかったので、人格面も問題あるまい。
 だから俺は……。

「貴方なら安心して預けられそうです。クリスを……よろしくお願いします」

 深く頭を下げ、爺さんにクリスを託した。

 クリスが自分で決めたことなのだから、俺がこんな事を言うのは筋違いだろう。
 更に言うならば、俺とクリスは付き合いが短いので師弟と呼ぶには少し厳しいかもしれない。

「そうか……君はクリスに先生と呼ばれていたな」

 だが例え短くとも、クリスは俺を先生と呼んで慕ってくれた上に、俺がいなくても教えた事を守って鍛え続けていたのだ。
 そんなクリスに応え短い期間でも鍛えてきたが、新たな目標と師が見つかった以上、俺が先生でいるのもここまでだろう。
 だから俺は最後までクリスの先生であろうと思い、託す相手にしっかりと言葉で伝えておきたかったのである。

 言葉を伝えた俺が頭を上げた時、爺さんは真剣な顔でこちらの目を見ていた。

「……君は一体何者だ? 冒険者成り立ての若造かと思えば、年に見合わぬ技術と冷静さを持っている。私にはすでに達観した熟年の男に見えるよ」
「よく言われます。ですが俺は少し特殊な人生を送っていますが、教育者を目指すただの冒険者ですよ」

 信じるとは思えないが、事実なのだから仕方あるまい。前世の記憶があろうと、俺はシリウスという一個人なのだから。
 流石に怪しまれているのかしばらく俺と爺さんの睨み合いは続き、お互いに何度も武器に手を伸ばすような膠着状態が続いた。
 やはり一度は戦う方がわかりやすいかと考え始めた頃……爺さんは軽く息を吐いてから警戒を解き、深く頷いてくれた。

「……承知した。クリスは私が責任を持って育て上げ、アシェリーを守る立派な聖騎士にしてみせよう。君に言われずとも、元よりそのつもりだがな」
「ありがとうございます。それとクリスはすでに家族がいませんから、貴方が親代わりになってあげてほしいとも思っております」
「うむ。私と妻は子に恵まれなかったからな。アシェリーに続いて新たな子供が出来たと思っているから、安心しなさい」

 後に知る事になる爺さんの家族関係だが、どうやら爺さんの妻は枢機卿らしい。更に付け足すなら教皇の妹だそうだ。妻をあんな風にしたドルガーを確実に始末したのは当然かもしれない。
 そして爺さんは義理の兄というだけでなく、純粋に教皇を慕って忠誠を誓っているわけだ。中々複雑な家族だが、俺としては裏切りだとか心配する必要がないので安心できる。

「ではそろそろ戻りましょう。他の信者にドルガーがいないと気付かれると面倒ですし」
「うむ、そうだな」

 俺は持ってきていた毛布でドルガーの亡骸を包み、荷物のように背負おうとしたが、爺さんが横から手を伸ばして背負ってくれた。

「私が背負おう。元は女神ミラ教の信者だからな」
「ありがとうございます」
「礼はいらん。それより私に敬語は必要ない。普通に話すといい」
「俺は貴方に比べれば若造ですし、そのようなー……」
「私は年齢や見た目で判断する愚か者ではない。こちらの動きを完全に読むような強者に、敬語で話しかけられたくないのだよ」

 先程の睨み合いは傍目には見つめ合っている光景にしか見えなかっただろうが、お互いの手を読み合いながら仕掛けようとする高度な戦いが繰り広げられていたのである。己の実力が一定に達すると初動が肝心なので、達人同士ゆえの戦いであろう。
 今回の場合、俺はドルガーに止めを刺す爺さんを観察する余裕があったので、呼吸を読むのが難しくなかった。
 そして俺は爺さんの呼吸を読み、仕掛けようとする前に先手をとって動きを封じていたのである。

「全く、私の初動が全て潰されたのは初めての体験だ。世界は広いものだな」

 年の差があろうと己の負けを認められる柔軟な思考を持つので、クリスを任せられる人だと思う。
 こうして全ての用事を終えた俺達は、闇夜に紛れながらその場を去った。

 すでに深夜で、ドルガーの亡骸を背負った俺達はとにかく怪しい。
 このまま町に入ろうとすれば間違いなく門番に止められるだろうが、爺さんが知る秘密の通路を通ることにより、何食わぬ顔で町の中へ入る事ができた。
 そして出た時と同じ裏通りを進み、誰にも見つからず神殿内へと帰ってきた俺達は懲罰房前で別れる事になった。

「今回の事件は君達がいなければ危なかっただろう。関係者を殺し回って余計な血と後始末に忙殺されるかと思ったが、これほど穏便に済んだのは非常に助かった。ドルガーの件といい、君達には本当に世話になった」
「そこまで気にするー……気にしなくていいさ。俺は弟子がやられた仕返しの為に動いていただけだからな」
「まあいい。礼については教皇とアシェリーが張り切っているから、私からはもう何も言うまい。さて……後は私の仕事だ。君は戻って休んでいるといい」
「ああ。頑張れよ」
「ふ……当然の事だ」

 自ら選んだ道なのだから、大変だなと無粋な質問はすまい。
 最後に気さくな笑みを浮かべた爺さんを見送り、俺は自分の部屋へと戻るのだった。





 ドルガーが懲罰房で自決したと広まったのは次の朝だった。

 概ね俺の考えた筋書き通りだが、違う点は俺が入れ替わっていた男が爺さんと遭遇し、襲いかかってきたので始末されたという点か。
 女神ミラ教を震撼させる事件を起こした張本人なので、大半の信者達は当然だと言わんばかりな反応だったが、中には潔しと認める者も少なからずいたのは救いかもしれない。
 予想通り、その事実を知った教皇とアシェリーは悲しんでいたが、爺さんは女神ミラ様を思うがゆえ、罪の意識に耐え切れなかったせいだと語りかけていた。

「そうか。欲に溺れようと、女神ミラ様を思う心は本物だったんだねぇ……」
「ええ、ドルガーはほんの少し道を踏み外してしまっただけなのです。二度とこういう事が起きないように、彼の悲劇を教訓に頑張っていきましょう」
「アシェリーが落ち込んでいたら、他の信者が不安になるだろう? 俺はいつでも後ろで支えてやるから、前を向いて歩こう」
「……うん、そうだよね。聖女として、私がしっかりしないと駄目だもんね」

 クリスも先輩に負けじと、アシェリーを支えているようだ。
 教皇と爺さんと違い、二人は男女なので困難は多いだろう。
 だがここからは自分で切り開く道だ。相思相愛だし、二人なりの道を見つけて成長してほしいと思う。



 教皇が帰ってきた以上、女神ミラ教はもう大丈夫だろう。そしてクリスの新たな師が見つかったし、俺がここにいる理由はほとんどない。
 そろそろ旅を再開しようと決め、弟子達と一緒にクリスとアシェリーの下へ訪れた俺は、フォニアから旅立つと伝えていた。

「もう旅立ってしまわれるのですか!? まだ私達を救ってくださった恩を返し切れていませんよ」
「儀式も見せてもらったし、滞在中は色々と世話になったから十分だよ。それに俺達は冒険者だ。クリスが立派な聖騎士になった時にでもまた来るさ」
「先生……」

 アシェリーが寂しそうな表情をしている中、クリスはそれ以上に悲しそうで今にも泣きそうであった。

「そんな顔をするな。これからはあの人を師として仰ぎ、強くなっていくんだぞ」
「そう……ですね。でも、シリウスさんが俺の先生なのは変わりません。尊敬する人は一人じゃないと駄目だって、誰が決めたんですか?」
「言うようになったじゃないか」

 あの時、クリスが爺さんの後輩になり聖騎士になると宣言した後、クリスは俺に土下座しかねない勢いで謝ってきた。
 勢いで口にしたとはいえ、先生である俺を差し置いて爺さんの下に付くと言ったのが失礼だと気付いたからだ。
 確かに相談もなく決めるのは失礼だろうが、アシェリーや爺さんの性格に問題は無さそうだし、何より……誰にも強制されず、クリスが自分で選んだ道なら俺は反対をしない。
 だから俺は、気にするなと……クリスの背中を押してやった。

 それから何度も爺さんを交えて話し合ったり、共通する心構えを教えた御蔭もあり、クリスは徐々に調子を取り戻し始めていった。
 そうだ、悩んだり罪悪感を感じている暇があったら強くなれ。
 成長した姿を見せてくれるのが、俺は何よりも嬉しいのだから。



 ※※※※※



 その二日後、俺達はフォニアを出発しようと神殿前に集まっていた。
 旅の準備を終え、後は別れを済ませるだけだが……神殿前には信者や町の人達も含め多くの人が集まっていた。
 教皇や枢機卿、そして聖女までいるせいもあるだろうが、純粋に俺達を慕って別れを言いにきた者もいる。
 ヴェイグルの焼いた建物を建て直す手伝いで仲良くなったり、リースが怪我人を治療する事によって慕われたり、ホクトを崇拝する獣人もいる。

「ただの旅人に、よくもまあこんなにも集まったものだな」
「それだけ皆様が慕われている証拠ですよ。また……いつでも来てくださいね」
「まだまだ恩が返せてないからねぇ。今度訪れたら盛大に歓迎させてもらうよ」
「はい、楽しみにしておきますよ」

 教皇とアシェリーに続き、他の人達と別れの言葉と握手を交わしていると、その横でクリスが弟子達に囲まれていた。

「貴方はシリウス様の弟子となって訓練を受けたのよ。これから色々あると思うけど、自分に恥じない行動を心掛けなさい」
「お前の目標が聖騎士なら、俺は最強から二番目だ。頑張っていこうぜ!」
「無理はしちゃ駄目だからね。アシェリーちゃんを泣かせたら駄目よ」
「考えてみれば、シリウスの弟子としては貴方の方が先輩なのよね。後輩に格好悪いところを見せないように頑張るのよ」
「皆さん……ありがとうございます」

 目の端に涙を浮かべながら、クリスは次々と先輩弟子達から激励を受けていた。
 最後に俺の目の前にやってきたクリスは深く頭を下げてから、こちらを見据えていた。

「……頑張ります!」
「ああ、悔いのないようにやりなさい」

 すでに伝えたい事は伝えてあるので、長く語る必要はない。
 手を差し出せば、クリスはしっかりと握り締めてきた。

「…………」
「…………」

 そして教皇の隣に控えている爺さんへと視線を向ければ、任せろと頷いてくれたので俺は笑みで応えた。
 こうして別れを済ませ、俺達は馬車に乗り込んで出発した。



 手を振り続けるクリスとアシェリーの姿が見えなくなり、馬車を走らせて町の外に出た俺は小さく息を吐いた。
 ほんの数日の滞在であったが、精霊魔法使いと戦ったり、神の御使いを騙ったりと……中々濃い日々だったと思う。
 そんな風に物思いにふけながら御者台に座っていると、紅茶を差し出してくれたエミリアが俺の隣に座ってきた。

「どうぞシリウス様。珍しくぼんやりとされてますが、どうかされましたか?」
「いやなに、予想以上に騒がしい滞在となったな……と」
「そうですね。確かに色々と大変でしたけど、得るものも多かったですよね」
「ああ。貴重な体験は出来たし、何よりもリースが大きく成長したな」

 振り返れば、馬車の後部側でのんびりと風景を眺めているリースが座っているが、俺達の視線に気付いて振り向いてきた。

「ん? どうしたの?」
「いや、リースは成長したなって話だよ。ところで……今も付いてきているのかい?」
「えと……はい。やっぱり町の外に出ても、ずっと付いてきています」

 以前、弟子達が女神ミラ教神殿へ潜入しようと聖域を通った時、リースは何となく聖域の湖にいた水の精霊に付いてきてほしいとお願いしたら、それから数体の精霊が付いてくるようになったそうだ。
 普通にあり得そうな話だが、精霊と共に生きてきたリースとフィアからすればかなり異常な行動らしい。

 場の状況によるが、基本的に精霊は気まぐれで一か所に留まらない自由奔放な存在だ。

 精霊魔法は近くにいる精霊に協力を求める感じで、多少の距離があっても力は貸してくれるが、今のリースみたいにどこまでも付いてくる事は決して無かったそうだ。
 精霊がまるで飼い主の後ろを追いかける子犬のように付いてくるので、それ以来リースは魔法を使うのが楽になるだけでなく、発動するのが早くなったと精霊に感謝していた。
 聖域にいた水の精霊なので、町から離れれば帰っていくかと思ったが……結果はリースの言葉通りである。

「ねえ、貴方達は帰らなくてもいいの? あそこはお気に入りの場所だったんでしょ?」
「ここまで来たなら好きにさせてあげたらどう? それにしても、リースは人だけじゃなく精霊にも好かれるのね」
「フィア姉も真似したらどうだ?」
「リースと比べてわかったんだけど、精霊にも属性によって性格が違うみたい。風の精霊はどこでもいて力は貸してくれるけど、気まぐれ過ぎる上に束縛を嫌うから付いてこないの」

 何度か呼びかけて試したそうだが、今のリースみたいに風の精霊は付いてこなかったらしい。
 今回の事件によって、精霊にも属性によって大きな違いがあり、強力であるが弱点もしっかりあるので過信は禁物という事がよくわかった。
 しかしヴェイグルという悪い見本を知ったし、俺の家族で恋人でもある二人は大丈夫だろう。そもそも俺がさせない。
 何かあれば対策できるよう、小まめな情報交換を怠らないようにするとしよう。


 余談だが、フォニアに滞在中、俺は一度だけ女神ミラ教の聖域へ案内してもらった事がある。
 非常に神々しい場所であったが、『サーチ』で周囲を調べた時、湖の中から感じた膨大な魔力に俺は思わず身構えてしまった。
 悪い気配は感じないが、あの湖には確実に何かが……おそらく女神ミラが潜んでいるのは間違いないだろう。
 そしてあの湖は濃密な魔力を含んでおり、落ちてしまえば濃密な魔力が体を急速に浸食し、許容範囲を超えれば死に至るだろう。
 とにかく無闇に近づかないよう、特に湖には落ちないように弟子やアシェリーに言い聞かせておいた。



 フォニアから出発した馬車は街道を進み、別れ道へと差しかかった。
 そこで俺達は休憩の為に馬車を停め、地図で場所を確認していると、訓練の為に走る準備を整えたレウスが俺の前へやってきた。

「兄貴、俺達はどっちへ向かうんだっけ?」
「東……だな。とりあえずここから数日進んだ先にある町に向かうつもりだ」

 見聞の旅なので、この大陸全体を巡るように進んでいるのだが……焦る旅でもない。
 必要以上に近道なんか選ばず、のんびりと街道を進んで行くつもりである。

 休憩を終え、訓練として走る組と馬車に乗り込む組に分けてから俺達は行動を開始する。

「さて、出発するか。何かあればすぐに報告するんだぞ」
「「「はい!」」」
「ええ、気を付けるわ」
「オン!」


 穏やかな日差しと風を受けながら馬車は進み、俺達の旅は続く……。





 ――― アシェリー ―――





 シリウス様達が旅立ってから、数日が経ちました。
 教皇様が帰ってきてくださったので、私も務めに専念できるようになり、立派な聖女を目指して日々頑張っています。

 でも私以上に頑張っているのはクリス君だと思う。
 本当の家族じゃないけど、私にとって頼れるお爺ちゃんから、クリス君は聖騎士としての心構えと戦い方を叩き込まれています。
 そのせいで隣にいてくれないのは寂しけど、クリス君が倒れた時はお爺ちゃんが呼んでくれて看病を頼まれます。クリス君には悪いけど、看病でも近くにいれるのは嬉しいな。



「どうですか聖女様? 我がガルガン商会の商品は、皆さんが満足できる品物ばかりですよ」
「えと……その……」

 そんなある日、神殿にクリス君の恩人である、商人のガッドさんがやってきたと聞きました。
 新たな商品の発見と、店の支店を建てようと考えた視察らしく、この町の顔でもある女神ミラ教に話を通しておこうと神殿へとやってきたのです。
 理由はどうあれ私がクリス君を奪ったようなものなので、謝罪しようと思った私は無理を言って交渉の席に同席させてもらいました。
 ですが謝ろうと思っても、ガッドさんは私を気にすることなく話し続けるので戸惑っていると……訓練中でガッドさん来ているのを知らなかったクリス君が部屋に入ってきてしまったのです。

「アシェリー。訓練が終わったからー……」
「クリスか?」
「……ガッドさん」

 お互いにしばらく固まり、特にクリス君は後ろめたさもあって完全に委縮していましたが……。

「丁度良い。お前なら店の商品の良さがわかるだろう? 手が空いてるなら交渉を手伝え」
「え?」

 笑みを浮かべたガッドさんは強引にクリス君を横に座らせ、商品を幾つか取り出して手渡していました。

「何を呆けている? この神殿に必要な物とか、俺の店を経験したお前ならわかるだろうが」
「でも俺は……ガッドさんを裏切って……」
「出て行けとは言ったが、裏切ったなんて俺は言ってない。理由はどうあれ、お前がここにいるなら交渉がスムーズに済みそうだ。ほら、皆さんに店の商品の良さを嘘偽りなく伝えてやってくれ」

 困惑しているクリス君を余所に、ガッドさんは商人の顔でクリス君に話しかけ続けています。

「そう言えば、お前は女神ミラ教の信者になったのか?」
「お、俺は信者じゃなくて、聖騎士になる為に修行中……です」
「ほう、地位が高そうな役職だな。これは良いコネが出来そうだな」
「えと……まだ成れるかわからないですし、そういうのは……」
「アホか。きちんと品質を見極めた上での話に決まっているだろうが。家の商品は罪悪感で選ばれるほど低い物じゃないとお前は知っているだろうが!」
「それはもう……体に染みついています」
「だったら行動しろ。こいつは熱い時季を助けてくれる魔道具だが……」
「はい! これは少ない魔力で風を起こす魔道具なんですけど、洗った法衣の乾かすのにも役立つと思うんです」

 コネが出来そうなんて言っていたけど、クリス君が商品を説明している時に向ける目は親のような優しさを感じました。
 ガッドさんは本当に怒っておらず、むしろクリス君の成長を喜んでいるみたいです。
 私はこんな心の大きな人からクリス君を離れさせてしまったんですね。
 でも……今の私にはクリス君が必要です。
 だから私の大切な人を導いてくれたガッドさんには謝罪の言葉だけじゃなくて、感謝の言葉を送りたいと思います。

「あの……ガッドさん」
「ん? 何ですか聖女様?」
「クリス君のことですが……申し訳ありませんでした。それと、ありがとうござます」
「……こいつが自分で決めた事です。聖女様がそのような事をする必要はありませんよ」
「それでも……です。ありがとうございました」
「ええ、家の子をよろしく頼みます」

 笑みで返して下さるガッドさんに、私は深く頭を下げました。


 それからしばらく交渉は続き、一段落したところで世間話に変わっていました。
 世間話も商人にとって必要な事らしいのですが、今はただ別れた後の状況を知りたかっただけらしく、その後を知って安堵している様子でした。

「偶然とはいえ旦那に出会うとは………お前は本当に運が良かったんだな」
「はい、先生に会えた御蔭で俺達はこうして無事でいられましたから」
「それに女神ミラ様と御使いの降臨……正にここは神が降臨した町ってわけだな。噂が広まれば人が多く集まりそうだし、商売の種になりそうだな」
「相変わらずですねガッドさん」
「それが商売人だからな。そういえば、旦那も色々と関わっていたんだろ? 案外、その御使いの正体って旦那じゃないのか? 旦那ならそんな常識を越えた現象を起こしてもおかしくねえしな」
「えっ!? それは―……」

 御使い様がシリウス様だと聞いてクリス君が慌て始めていますけど、私はー……。

「そうですね、あの御方なら御使いと呼ばれても不思議ではなさそうです」
「お、聖女様は旦那の凄さを理解されているようですな! 私も旦那の御蔭で儲かってますから、あの人に足を向けて寝れないですからよ、ははは!」
「ア、アシェリー。君は……」
「ふふ……内緒です」


 降臨された直後は放たれる威圧に委縮していましたが、私達に厳しく問い掛けるその姿を見る内に……シリウス様と初めて出会った時に叱って下さったのを思い出したのです。
 厳しさの中に感じる優しさ、そして包み込むように見守って下さる雰囲気がそっくりだからです。
 確証があるわけではありませんし、その時はあえて口にしませんでした。

 冷静になってから考えると、勝手に女神ミラ様の御使いを騙るなんて酷いと思っていましたが、神託での女神ミラ様は咎めるどころか何も仰ってくださりませんでした。ですが優しく微笑んでいらっしゃる気がしたので、きっと女神ミラ様は認めて下さったのでしょう。
 そう思った時……私の心は自然と落ち着いたので、シリウス様は本当の御使い様なのだと私は決めたのです。
 それに私とクリス君だけではなく、エミリアさんやリースさんを導き見守ってくださる姿は御使い様と呼ぶに相応しい御方だと思いますから。


 だから私は祈ります。

 御使い様達の旅が幸多き道でありますように。
 女神ミラ様の祝福が与えられますように……と。


 実際色々と苦悩はあったでしょうが、アシェリーもシリウス達の影響を受けて少しは柔軟になったわけですね。
 何より崇拝する女神ミラが認めているし、それに相応しい行動をしているので御使い様として認めたわけです。
 最初はシリウスの事をさん付けでしたが、女神ミラが降臨後、シリウス様に変化しているのはそのせいだったりします。

 実はシリウスがアシェリーに信仰の在り方を説くシーンを考えていたのですが、ややこしく、どこかにねじ込むのも大変なのでカットしていたり。







おまけ


 NGシーン ※作中の性格と大きく違います。


 教皇とアシェリーに続き、他の人達と別れの言葉と握手を交わしていると、その横でクリスが弟子達に囲まれていた。

「あら、これっぽっちしか持っていないのかしら?」
「へへへ、俺の相棒が血を吸いたがっているぜコラ!」
「持ってないって事はないでしょ? ほら、飛んでみなさい!」
「あら、今の音は何かしら? 今すぐそこのポケットを見せてみなさい」
「オン!」※訳……早くしないと、私の前足が唸りをあげるぞ。

「ゆ、夢なら早く覚めてぇ!」







 教のホクト
(漢字変換ミスではありません。あくまでおまけですので、本編とは関係ありません)



 フォニアを出発する直前、百狼を崇拝する獣人に向かってホクトは大きく吠えた。

「オン!」
「「「はい!」」」

「……レウス。嫌な予感がするから、ホクトの言葉を訳してくれないか?」
「えーと……今後、ご主人様ー……兄貴が関わったこの町を守る為に、粉骨砕身の精神で働くように……だって」

「オン!」
「「「わかりました百狼様!」」」

「私が貴様等の神であるならば、兄貴は更にその上位神である。今度姿を見たら、私より先に平伏ー……」

「こらホクト!」
「キャイン!」
「「「百狼様!?」」」

「えーと……良かれと思ってやったんです! だから許してくださいー……って、兄貴!? ホクトさん!? 追いかけっこか! 俺も混ぜてくれよ!」


 ホクト教(暫定)の教えはただ一つのみ。

 ご主人様の為にあれ。

 例えそのご主人様(+後輩)に追われようとも、ご主人様の為に動くのは止められません。





 長く、苦悩に塗れた展開ばかりでしたが、これで女神ミラ教編が終わりです。
 色々と思うところはあるでしょうが、とりあえず思った事を活動報告に挙げようかと思います。




 さて……気分を切り替えまして、次は閑話を一つ挟んで、それから次の章へと行こうと思います。
 とりあえず、閑話は久しぶりのGかな?


 次の更新は……六日後か七日後になると思います。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ