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神託の儀式

 女神ミラ教神殿にて、御使いが降臨して数日後……フォニアの町は徐々に落ち着きをみせていた。


 女神ミラの言葉後、落ち着いた信者達の手によって神殿内の捜索が始まり、ドルガーが不正を行っていた証拠が大量に見つかった。

 御使いの言葉によって完全に地に堕ちたドルガーはもはや何もできず、神殿の地下にある懲罰房に閉じ込められていた。

 一部で死刑の案も挙がったが、やはりそれは女神ミラ教の教えに反すると処罰が決まらないままで、未だにドルガーは懲罰房に閉じ込められたままだ。


 そしてドルガーが信者を従わせる為に奪っていた物も全て持ち主に返され、町の人達から必要以上に徴収されたお金や貢物も返された。

 しかし町の人達は女神ミラ様の為に役立ててほしいと返却を拒み、頑として受け取らなかったのである。

 たった一言であったが、正に愛の女神に相応しき温かさだと……それ程に女神ミラの言葉は絶大だったようだ。



 そして現在……女神ミラ教神殿の会議室にて女神ミラ教の重鎮が集まり、とある重要な案件の決定が下されそうになっていた。


「反対意見は……ありませんね?」

「「「異議無し!」」」

「……無し」


 会議室の机に居並ぶのは、位の高い数人の信者と町の代表者が数名だ。

 上座には療養中の枢機卿に代わってアシェリーが座っており、その両隣には付き従うようにクリスとアマンダが座っている。

 そんな中……何故か俺もその場にいた。


 女神ミラ教と関係のない俺達が、他の信者を差し置いてここにいる時点でおかしいと思うのだが、俺達は今回の事件において最大の功労者であり、アシェリーが非常に世話になったと言えば当たり前のように受け入れられていた。

 流石に俺達は全員でいる必要はないので、エミリアだけ俺の隣に控えている。


「それでは、皆様から預かった貢物で、女神ミラ様と御使い様の像を作る事が決定しました」

「職人の手配は任せておけ。腕利きの職人を紹介しよう!」

「どうせなら場の雰囲気も再現したいですな。聖女様だけでなく、あの立派な白き狼が跪く像も作っては?」

「御使い様は雄々しくお願いします! 私は御使い様の背格好をよく覚えていますので、必要でしたら情報提供しましょう!」

「エミリア、ハウス!」


 ……頭が痛い。

 今の流れからわかると思うが、あの女神ミラの降臨は信者と町の人達に予想以上の衝撃を与えたらしく、女神ミラと俺が変装した御使いの銅像が作られることになったわけだ。

 女神ミラの像はともかく、御使いは俺が変装したあの姿で作られるだろう。益々俺だとばれるわけにはいかなくなった。


「少し静かにしなさい」

「うふふ……はい」


 エミリアが余計な情報を漏らさないよう頭を撫でて黙らせていると、上座に座るアシェリーが嬉しそうにクリスへ話しかけていた。


「この教会の新たなシンボルになるから、立派な像ができるといいね」

女神ミラ様の像って、神殿にある絵とかをモデルに作るのかな?」

「そうなるかな? でも御使い様は私だけじゃなくて皆見ているから大丈夫そうだね。あの神々しい姿を再現するのって大変そう」

「う、うん……そうだな」


 先日、御使いの正体が俺だと知ったクリスは、アシェリーに真相を話すかどうかで悩んでいたが……クリスは話さないと決めていた。

 隠し事をしたくはないが、アシェリーが知ったところで落ち込むだけであり、更に師でもある俺がアシェリーや女神ミラ教に冷たい目で見られるくらいなら……と、自分の心の内に仕舞っておくと言ったのだ。

 あの時はクリスに選択を委ねたが、やはり知られれば面倒になるとは思っていたのでありがたい。


「おのれ、聖女様とあんなに楽しそうに……」

「だが、聖女様のあのような自然な笑顔を引き出せているのも彼だ。やはり認めるしか……」

「いや! 我々の聖女様を任せるには彼はまだ若すぎる! 私は認めんぞ!」


 アシェリーと談笑するクリスは、他の信者達から娘を盗られた親のような目を向けられていた。

 一部に至っては殺意も感じるので、これからクリスはアシェリーの隣にいる以上、大勢の父親ー……もとい信者によって針のむしろとなるだろう。

 事件が解決したのに俺がこの町に残っているのは、そんなクリスを不憫に思い鍛え直してやろうと思ったからである。

 鍛えてやろうかと提案してみれば、クリスは喜んで飛びついてきた。やはり殺気を感じるので落ち着けず困っていたらしい。

 それ以来俺達は、アシェリーの厚意によって神殿の部屋を貸してもらって寝泊まりし、クリスを鍛える日々を送っているわけだ。

 今は基本的な体力錬成だけでなく、背後からの殺気を感知して慣れる事や奇襲への対処法を中心に教えている。


「それでは本日の会議を終了します。皆さん、本日も女神ミラ様の名に恥じぬように頑張って行きましょう」

「「「はい!」」」


 それから信者達によって女神ミラ教の各種状況が報告され、具体的な方策を決めてから会議は終了となった。

 ドルガーのせいで女神ミラ教全体の信者が減ったりして色々と大変なようだが、女神ミラの声を聞いてから信者達のやる気が格段に上昇しているので、何とか上手く回っているようだ。


 そして其々の務めや仕事に戻る信者達を見送り、会議室には俺達だけが残った。


「さて、今日も訓練に行くかクリス」

「は、はい!」

「あ、少し待ってもらえますか?」


 名目上、アシェリー専属の御付きとなったクリスは基本的にアシェリーの傍にいなければならないのだが、それに相応しく鍛える必要があり、今はある程度の自由を貰っている。

 なので今日も聖女の務めに向かうアシェリーを見送り、クリスの訓練をしに中庭へ行こうとしたのだが、今日はアシェリーが俺達を呼び止めてきたのである。


「シリウス様。ようやく準備が整ったので、今からで良ければ見学可能ですが……どうでしょうか?」

「本当か? しかし、頼んでおいてなんだが見せてもいいものなのか? 限られた者しか参加できない重要な儀式なんだろう?」

「心配ありません。私や枢機卿様が許可した方なら一緒に入るのを許されていますから」


 あの日から状況が落ち着いたアシェリーはお礼をしたいと言ってきたので、俺はちょっと特殊な頼み事をしてみたのである。

 本来なら聖女と選ばれた者しか参加できない、神託を受ける儀式を見学させてほしいと頼んだのだ。

 普通の冒険者なら金銭的な物を求めるだろうが、俺は元々見聞を広める為に旅をしているのだ。なので金に困ってない限りは、珍しいものを見るようにしている。


「ならお言葉に甘えるかな。できれば弟子達にも見せてやりたいんだが……」

「大丈夫ですよ。今から私は枢機卿様へ報告しに行きますので、皆さんを集められたら祈りの間にいらしてください」

「いや、こういうのはきちんと挨拶をしておくべきだと思う。俺達も一緒に枢機卿の下へ向かうよ」


 俺は弟子達に向かって『コール』を使い、忙しくなければ枢機卿の部屋前へ集まるように指示を出した。


「なら俺は、先生が帰ってくるまで走っています」

「ついでならお前も見たらどうだ? いずれ関わるかもしれないし、雰囲気に慣れる意味も兼ねてな」

「え……でも俺は」

「うん! クリス君には見ていてほしいな」


 アシェリーの笑みを向けられてクリスに断る選択肢は存在しなかった。

 訓練時に少しぼやいていたが、どうもクリスは女神ミラより聖女のアシェリーを見ている自分がここにいていいのか迷っているらしい。

 一人だけ思想が違うのでわからなくもないが、別に蔑ろにしているわけではないし、そういう人物も必要だと思うので追々説得していこうと思う。


 こうして枢機卿の部屋前に到着した頃には、神殿内で自由に過ごしていた弟子達と合流できた。


「あの声の神様に会うのか! 一回会ってみたかったんだよな」


 中庭で剣の素振りをしていたレウスは、集められた意味を知るなり興味深そうに頷いていた。


「珍しいな。お前が剣やご飯以外に興味を持つなんてな」

「だって神様って色んな事ができる存在なんだろ? ご飯くれってお願いしたら、もしかしたら叶うかもしれないじゃないか」

「……残念だが、そういう神じゃないから絶対に願わないようにな」

「そうなのか。兄貴が言うなら止めておくよ」


 ……結局、レウスはレウスだったようだ。

 剛剣に勝ちたいとか、そういう方面の願いを言わなかっただけ良しと思っておこう。


 そして朝から神殿の調理場に籠っているリースと、料理を教わっていたフィアは笑みを浮かべながらやってきた。


「いいわね。そういう貴重な体験をするのも旅の楽しみよね」

「あの声の神様にもう一度会えるのね。ところで私達って普通の格好だけど、大丈夫なのかな?」

「神託を受ける私は着替えますが、皆さんはそのままで問題ありませんよ」


 そして枢機卿の部屋に訪れると、ベッドの上で上半身を起こした枢機卿が待っていた。


 数ヶ月前から寝たきりだった枢機卿は、俺の再生活性を施してからしばらくすると目を覚ました。

 目覚めた枢機卿は驚きつつも現状を理解し、何もできなかった自分を恥じていたが、アシェリーとクリスを見れば笑顔で祝福していた。

 そして俺達にも感謝してから、眠り続ける原因となった経緯を語ってくれた。


 数ヶ月前……疲労によって寝付きが悪くなっていた枢機卿の為に、信者の一人がよく眠れるようにと薬を用意してくれたらしい。

 しかしその薬はドルガーの手によって別の薬にすり替えられており、何も知らず薬を飲んだ枢機卿は深い眠りに落ち、たとえ意識が目覚めてもベッドに寝たまま動く事ができなくなったそうだ。


 予想通り枢機卿は歩けるようになるまでリハビリは必要だったが、リースの治療もあって快方に向かっており、こうして優しい笑みを浮かべられる程に回復している。


「あら、皆さんもいらしたのね。私に何か用かしら?」

「今から神託の儀式を行いますので、その報告にきました。えーと、皆さんはー……」

「ここからは俺が言うよ。突然大勢で押し掛けて申し訳ありません。儀式を見学させていただける許可について、一言礼を申しに参りました」

「ふふ、礼なんていらないわよ。ここまで世話になった貴方達に何も返せず申し訳ないと思っていたし、きっと女神ミラ様もお許しになるでしょう」


 かなり高齢の女性である枢機卿は大らかで優しく、常に笑みを絶やさない人である。

 短いが挨拶は済んだので、もう一つの目的でもある彼女の容体を確認をするため、俺は許可をとって枢機卿の手や顔に触れる振りをしながら『スキャン』を発動して体内の診察を行った。


「……問題なさそうですね。リハビリを怠らなければそう遠くない内に歩けるでしょう」

「そう、良かったわ。教皇様が心配するから、早く歩けるようにならないとね」

「早くって……教皇様が帰ってこられるんですか?」

「それはわからないけど、あの人ならそろそろ帰ってくる気がするのよ。アシェリーならわかるでしょ?」

「……確かに、教皇様なら在り得そうな気がします」


 神殿を放って布教の旅に出ているというのに、教皇は彼女達にしかわからない妙な信頼感があるようだ。

 他の信者達も文句を一切言わず、そういう人だと言いながら笑っているので、謎が多き人物でもある。

 他にも色々と聞いてみたい事はあったが、まだ枢機卿は病み上がりという事もあってここまでとなった。





 そして俺達は女神ミラ教神殿の中心部にある、祈りの間へとやってきた。

 白の石壁に覆われた祈りの間はそれなりに広いが、中央に大きな祭壇のような物しか設置されていない殺風景な部屋でもある。

 アシェリーは神託を受ける為の儀礼服に着替えているので、待っている間に俺は弟子達から潜入した時の話を聞いていた。


「聖域と呼ばれる洞窟内は凄く澄んでいて、神々しい湖が広がっていましたよ」

「綺麗な湖だったわね。あれも貴重な体験と思うわ」

「ここは泳いじゃ駄目だなってはっきり思わせるんだ。兄貴にも見せたかったぜ」

「そうか、一度行ってみたいものだ。ところで、この祭壇だがー……」


 聖域も気になるが、祭壇から何か妙な気配が感じると思ったところで扉が開き、ドルガーとは明らかに違う神々しい法衣と魔石が散らばれたティアラを被っているアシェリーが姿を現した。

 前世のウエディングドレスみたいに法衣の裾は長く、床を擦っているので踏んでしまいそうだが、一緒にやってきたアマンダが裾を持っているので大丈夫そうだ。

 観察していると、法衣とティアラから魔力を感じるので、雰囲気の為ではなく儀式に使う魔道具の一種だと思われる。

 そして一番の変化は、普段の純粋で優しげな笑みを浮かべているアシェリーの雰囲気が一変していることだろう。


 その変化に思わず驚いていると、聖女アシェリーはゆっくりと俺達の前まで歩いてきて頭を下げたので、俺達も反射的に頭を下げていた。


「それでは……神託の儀式を始めたいと思います。皆様は祭壇より少し離れた位置にてご覧ください」

「わかった、見学させてもらおう。ほら、クリス行くぞ」

「……あ!? は、はい!」


 アシェリーに見惚れていたクリスを引っ張り、俺達はアシェリーの言葉通り祭壇から離れた。


 祭壇前に立ったアシェリーは、祭壇にある大きな魔石に両手をかざした。

 厳かな雰囲気の中でアシェリーの行動を見守っていたが……しばらく経っても何も起きないので、近くに立つアマンダに視線を向けてみれば、彼女はこちらにやってきて小さい声で説明をしてくれた。


「少し時間がかかるので、もうしばらくお待ちください。多少の会話でしたら大丈夫ですので、何か質問があれば遠慮なくどうぞ」

「是非とも質問したいところだが、喋っていたらアシェリーの邪魔にならないか?」

「あの子の集中力はその程度では崩れませんよ。それに皆さんは、大声で騒ぐ無粋な人ではありませんからね」

「そうか、じゃあ少し質問させてもらおうかな」


 どうやらアシェリーは祭壇にある魔石に魔力を注いでいるようだ。

 しかし現時点で何も反応がないので、一定の魔力を注ぎこむと何かが起こるのだろう。

 だったら俺が手を貸せばいいのかもしれないが、聖女しか神託を受けられない話からして、おそらく……。


「魔力を注いでいるが、あれは誰でも良いわけじゃないんだよな?」

「その通りです。聖女は祭壇を起動できる魔力の質と、その身に膨大な魔力を宿しているかで選ばれるんです。特にあの子は歴代の聖女の中で、一番適した者と言われています」


 魔力の質……確か本人から聞いたアシェリーの適性属性は水属性だった筈だが、そんな簡単なものではないだろう。おそらくだが、もっと細かい判定基準があるのだ。

 そこまで考えたところで、ようやくアシェリーに動きが見られた。


「……発動します!」


 魔力枯渇が近いのか、額に汗が浮かび始めたアシェリーが呟いたその瞬間、祭壇から膨大な魔力が溢れ始め、何も描かれていなかった周囲の白い石壁に巨大な魔法陣が浮かび始めた。 

 魔法陣に包まれた部屋は膨大な魔力が満ち溢れ、殺風景だった祈りの間は、今や空間に淡い光が浮かび始める幻想的な部屋に変わっていた。

 しかし余りにも密度の濃い魔力なので、それにあてられたクリスとアマンダは気分が悪そうに足元をふらつかせていた。


「大丈夫ですかアマンダさん? 私の手に掴まってください」

「え、ええ……ありがとうエミリア。大分慣れたつもりなんだけど、やっぱりまだ厳しいわ」

「クリスも俺に掴まれよ」

「レウスさん、すいません。それにしても、皆さんはよく平気ですね」

「え? うーん……確かに変だとは思うけど、何故か嫌じゃないんだよな?」

「そうね。いつも感じてると言うか……安心する感覚だわ」


 こういう状態を魔力に酔うと言えばいいのだろうか?

 濃い魔力が全身を包んで体に不調を感じさせるのだが、クリスが言ったように、俺の弟子達は違和感は感じても辛そうには見えなかった。

 そして背後で精霊が見える二人が小声で会話をしてから、こっそりと俺に耳打ちをしてきた。


「シリウスさん、フィアさんと話してわかったんですけど……」

「さっきまで部屋にいた精霊達がここから出て行ったみたいなのよ。どうやら、本当に何か現れるようね」


 精霊は逃げ出したわけじゃなく、自然と出て行ったそうだ。

 念の為に『サーチ』を発動したが……放った魔力の波が石壁でほとんど弾かれてしまい、外の状況がほとんどわからない結果となった。

 今までなかった状況に、俺は弟子達に警戒するように呼びかけようとしたその時ー……。



『ここで話すのは久しぶりね……』



 事件を終息させた、あの声が部屋中に響き渡ったのだ。

 祈りの間には魔力が充満しているだけで、見た目には女神ミラと思われる姿や形は一切見当たらない。

 しかしあの時感じた反応は確かに感じるので、女神ミラは確かにやってきたようだ。


女神ミラ様……はい、お久しぶりでございます。そして改めて申し訳ございません。私達のせいで、女神ミラ様に不快な思いをさせてしまいました」


 本来、神託の儀式は二種類ある。

 一定の時期に行って女神ミラの気まぐれな神託を受ける場合と、何か重大な決断を迫られた時に質問をして答えてもらう場合だ。


 今回は女神ミラの嫌う争いを起こしてしまった謝罪と、久しぶりの儀式という事でリハーサルの意味も兼ねているらしい。その為、アマンダ以外に信者がいないわけだ。

 そしてアシェリーが深く頭を下げる中、温かい声が再び響き渡る。


『いいのよ。愛しき子達が幸せでいてくれるなら……』


女神ミラ様……ありがとうございます。これからも私達は女神ミラ様の為に精進していきます」


『……私はいつでも……見守っています。そして……新たに結ばれた絆を……大切に……ね』


 気付けば周囲の魔力が薄くなり始め、それに比例して女神ミラの声は遠くなっていった。

 祭壇から放たれていた魔力が収まり、同時に石壁に描かれた魔法陣も消え、女神ミラの声は完全に聞こえなくなった。


「本日はここまでです。これが神託の儀式ですが……如何でしたか?」

「……貴重な体験だったよ。見学させてくれてありがとうな」


 実は女神ミラの声が聞こえていた間、女神ミラが御使いの件を語ってアシェリーにばれるんじゃないかと冷や汗を掻いていた。

 あの時は俺だけに礼を言っていたように、こちらの意図を汲んでいたからあまり心配はしてなかったが……今は石像の件もあって本気でばれたくなかったので、俺はこっそりと胸を撫でおろしていた。


 内心で色々と荒れていた俺を余所に、アシェリーは深呼吸をしてからクリスと俺に視線を向けてきた。


「結ばれた絆……かぁ。これってきっと、クリス君とシリウス様達の事だよね」

「そ、そうかな?」

「きっとそうだよ。でもね、私は女神ミラ様の神託とは関係なく大切に思っているよ。だからこれからも、よろしくお願いします」


 笑みを浮かべて頭を下げるアシェリーに、俺達は一言返しながら握手を交わした。

 そして最後にアシェリーに手を握られたクリスは顔を真っ赤にしながらも、しっかりと返事をしていた。


「お、俺もよろしくな! あと、ちょっと遅れたけど、その姿……凄く似合っているよ」

「本当! 良かったぁ……」



 そして二人だけの世界に入り始めているクリスとアシェリーは置いといて、俺は神託の儀式について考えていた。


 女神ミラが本当の神かどうかはわからないが、確かに実在し声を聞かせてくれる存在なのはよくわかった。

 あの魔力を一気に発生させる祭壇からして、女神ミラは濃密な魔力の中でしか声を出せない……または俺達が聞きとる事ができないと思われる。

 そしてあの石壁に浮かんだ魔法陣は俺の『サーチ』を弾いたように、おそらく魔力を弾く特性を持っているのだろう。


 つまり祭壇が起動すると膨大な魔力を発し、その魔力が漏れないように石壁の魔法陣で蓋をしているわけだ。

 すると部屋内に魔力が充満して濃密な魔力空間が完成し、女神ミラの声が聞こえるようになる。最後に魔法陣の維持によって部屋内の魔力は徐々に消耗され、自然と魔力は消える。

 これが神託の儀式で起こっていた状況だと思われる。


 そう考えると、俺が御使いを語った時の神殿前で、何故女神ミラの声が聞こえたのかと疑問が残るが……弟子達が話している内容から答えは出てきた。


「あ、そうか! さっきの感覚、どこかで感じたかと思ったら……兄貴だよ!」

「確かに、シリウスさんが威圧等で放つ魔力と一緒だったね」

「シリウス様と同じと気付かないなんて……従者として情けないです」

「似ているだけで、別にシリウスの放った魔力じゃないんだから、わからなくても良いじゃないの?」


 俺の適性属性は無であり、大気中の魔力とほぼ同じである。

 そんな俺があの時『ライト』を全力で発動させていたので、神殿前は膨大な魔力に包まれ、ほんの一時的だがこの部屋と同じ状況になっていたわけだ。

 その一瞬の機を逃さず女神ミラは声を掛けてきたのだろう。あくまで俺の想像だが。


 部屋から出た俺達は休憩するアシェリーとアマンダと別れ、自分達に宛がわれた部屋へと戻ってきた。

 この後は弟子達と訓練をするつもりだが、神託の儀式が中々刺激的な体験だったので少し休憩しているわけだ。

 エミリアが淹れてくれたお茶と、リースとフィアが作ってくれたクッキーを摘んでいると、儀式後から何か考え込んでいたレウスが首を傾げながら口を開いた。


「なあ兄貴、女神ミラ様って結局何者なんだ? 確かに凄かったけどさ、俺は神って感じがしないんだよ」

「俺達は女神ミラ教の信者ではないから、お前の気持ちもわからなくもないけどな」


 流石のレウスも、軽々しく聞く内容ではないと理解しているのか、俺達だけだから聞いてきた質問のようだ。

 実は女神ミラはある程度の目星はついているのだが、学者でもない俺がわざわざ調べてまで知りたいとは思わない。

 無理に調べて女神ミラ教を敵に回すなんてしたくないし、興味がない風に返しておこう。


「正直に言わせてもらうなら、よくわからない。しかしアシェリー達を見守ってくれる優しい存在なのは確かだし、無理して知ろうとしなくてもいいんじゃないか?」

「別に知りたいってわけじゃないけど、もし本当の神じゃなかったら、アシェリー達ががっかりしそうだよな」

「例え神じゃなかったとしても、大丈夫じゃないかしら? ほら、レウスだってシリウスさんが人族じゃなくても、信じるのは変わらないでしょ?」

「そうか……兄貴は兄貴、女神ミラ様は女神ミラ様だもんな!」


 リースの解釈にレウスは納得したようだ。


 ちなみに俺の想像では、女神ミラとは地下の聖域に住んでいる、特殊な精霊のような存在ではないかと思っている。

 祈りの間で俺が放った『サーチ』は床の一部分だけは通り抜け、そして床の下には抜け道として使われる聖域があったからだ。

 更に言うならば、姿や形はなくても感じるあの存在感が、リースやフィアの周囲に感じた精霊に似ていたせいもある。


 だけどそれを教える必要はないだろう。

 所詮は俺の想像だし、真実を知ったところで誰が得するわけでもない。たとえ存在しようがすまいが、信じる心は人に力を与えてくれるものだからな。

 そして女神ミラは確かに存在してアシェリー達を見守っており、それを信じて女神ミラ教は活動しているのだから問題は見当たるまい。



 それに何より……俺は女神ミラの正体より、もっと気になるものを見つけてしまったのだから。


 あの時、儀式を終えて祈りの間から出る前に、俺はアシェリーに頼んで祭壇を近くで見せてもらえた。

 祭壇に触れないようにと注意を貰いつつ俺は調べ始めたが……。


「かなり古いが……高度な魔法陣だな。これはいつからここに?」

「私が生まれるより遥か前と聞いていますが、枢機卿様なら知っているかもしれません」


 後に枢機卿から、それこそ数百年前から存在する物だと聞かされたが……それ以上に気になるものを見つけてしまったのである。

 この祭壇は魔道具であり、蓄えた魔力を大気中に漂う魔力へと変換して放つ機能を備えているらしい。

 魔道具と言う事は作られた物であり、当然製作者がいるわけだ。

 名前が堂々と書かれていたわけではないが、祭壇には製作者のサインと思われるマークが刻まれていたのだ。

 そのマークが……。


「これは……師匠の?」


 前世で師匠が使っていた特徴的なマークとそっくりなのだ。

 偶然……かもしれないが、とある木に咲く花弁を組み合わせ、武骨なナイフが刺さるこの不吉なマーク……師匠しかありえない。


 元から謎の塊のような人だったが、更に謎が増えた。

 わかる事と言えば……師匠がこの世界にいた可能性が遥かに高くなったという点だ。

 しかし問題は師匠がどうこうより、こんな魔道具が残っている辺りからして、他にも師匠製の魔道具が存在するかもしれないという事だ。


 幸いにもこの祭壇はほぼ無害な代物だが、師匠が作った得体の知れない魔道具が他にも存在するかと思うと……俺は思わず頭を抱えてしまうのだった。

 あの師匠の事だから、大陸を軽く吹っ飛ばすような兵器を作っていてもおかしくないし。





 それから休憩を終えた俺は、レウスとクリスと一緒に中庭で訓練をしていた。

 順調に訓練は続けられ、日が沈み始めた頃……急に神殿内が騒がしくなり、信者達が走り回っているのだ。

 レウスが信者を捕まえて事情を聞いてみれば、どうやら女神ミラ教のトップでもある教皇が帰ってきたらしい。


「どうするんだ兄貴?」

「とりあえず……神殿で世話になっているから挨拶に行くべきだな。特にクリスは必要だろうし」

「は、はい……」


 その話を聞いたクリスはとてつもなく緊張していたが、それは無理もあるまい。

 事前に聞いた話では、教皇はアシェリーを我が子のように可愛がっていて、ある意味親の様な存在らしい。なのでアシェリーと恋人同士のようなクリスにとって教皇へ挨拶するのは、付き合っているのをアシェリーの父親に報告しに向かうようなものである。


 右手と右足を同時に前へ出すクリスを連れて枢機卿の部屋に向かえば、『コール』で呼んでいた俺の弟子達は全員揃っていたが、アシェリーだけいなかった。先程までいたらしいが、務めがあって席を外したらしい。

 そして枢機卿が寝ているベッドの前に、少し薄汚れた法衣を纏い、柔和な笑みを浮かべる一人の爺さんと、纏っている雰囲気が明らかに違う冒険者風の格好をした爺さんが立っていたのである。


「おや……君達があの子の言っていたお客人かな?」

「ええ、その通りですよ教皇様。アシェリーの恩人ですわ」

「私から見ても間違いないかと。明らかに彼等は雰囲気が違います」


 先に来ていたエミリアの説明によると、柔和な笑みを浮かべている方が教皇で、残った方は護衛も兼ねた付き人らしい。

 そして教皇の付き人だが……達人を思わせる雰囲気と俺達を値踏みするような視線を向けている点から只者ではなさそうだ。まあ二人だけで布教の旅をしているそうなので、それ相応の実力を持ってないと生き残れないだろう。

 クリスはまだ緊張で固まっているし、まずは俺の挨拶を済ませようか。


「初めまして教皇様。私は冒険者のシリウスと申します。今は枢機卿様と聖女様のご厚意により、神殿の部屋を借りている身でございます」

「そんなに畏まる必要はないよ。君とこの子達が女神ミラ教を助けてくれた事情は聞いているから、私は君達を歓迎するよ。遠慮なく寛いでくれ」


 そして信者が用意した紅茶に口をつけた教皇だが、唐突に俺の顔をじっと見つめてきたのだ。付き人の威圧感のある目と違い、まるで心の奥底を見透かされるような純粋な目だった。

 疾しいことはないので目を逸らさずにいると、教皇は笑みを浮かべてから何度も頷いていた。


「うん……シリウス君は複雑なものが見えるけど、邪気は感じられないね。では改めて、女神ミラ様とアシェリーの為に手を貸してくれてありがとう。女神ミラ教の代表として感謝するよ」

「感謝する」


 本性を暴くような視線から、教皇は視線だけで相手を見抜くような感覚が鋭い人物なのだろう。

 そして教皇が頭を下げれば、付き人も俺に頭を下げてきた。


「顔を上げてください。私がやりたくてやった事ですから、あまり気にされる必要はありませんよ」

「そうかい? それにしても……うん、アシェリーは良い人達と巡り合えたようだねぇ……」


 しみじみと語りながら俺達を見渡していた教皇だが、直立不動で固まっているクリスで視線が固定された。


「…………」

「……お、俺は。その……」

「……君の事はあの子からよく聞いたよ。君はアシェリーの……大切な人なんだね?」

「ク、クリスと言います! お、俺もアシェリーが大切で、ずっと……傍にいたいと思っています!」

「ふむ……言葉は立派だけどねぇ。それじゃあ、頼んだよ」

「お任せを」


 初見の感触は悪くないようだが、まだ試練は続くようだ。

 指示を受けて付き人が前へ出てきたかと思えば、クリスの体を触り始めたのである。

 その間にエミリアがこっそり耳打ちしてくれた情報によると、彼は教皇専属の付き人だが、元々は女神ミラ教の聖騎士だったらしい。


「な、何ですか?」

「……体は十分に鍛えているようだ。それにバランスも悪くない。誰かに教わっていたのか?」

「はい。こちらの先生にー……シリウスさんに鍛えてもらいました」

「ほう、やはり君か。見事な土台に仕上がっているな」


 そして満足そうに頷いたかと思えば、元聖騎士は厳格そうな表情を崩して俺に笑みを浮かべてきたのである。

 その意図が理解できた俺は、クリスについて正直に説明しておいた。


「ありがとうございます。しかし私は基礎を教えただけで、彼が努力を続けた結果です。そろそろ自分の道を見つけさせて鍛えさせるところでしたがー……」

「うむ、後は任せてくれ。これならすぐに仕込めそうだ」

「あ、あの……俺が一体どうしたんですか?」

「これからお前は私の後輩となる。私の下で学び、強くなり、アシェリーを守る聖騎士となるのだ」

「俺が……聖騎士?」

「ちょうどドルガーの子がやらかしちゃったからねぇ。すぐにとは言わないけど、空いてしまった聖騎士の座を君に埋めてもらいたいんだよ」


 そこで再び教皇はクリスの目を覗き込んで、威圧するような笑みを向けた。


「勿論、それ相応の実力を身につけてからの話だから安心しなさい。ただ、ヴェイグルが色々とやってしまったから、信頼回復が大変かもしれないね。断って信者になるのもいいけど、それだとアシェリーを任せたくないなぁ……」

「……なります! 元々アシェリー守るためにここまで来たんです! 聖騎士になって、堂々とアシェリーを守ります!」

「そうそう、男の子ならそれくらい言ってもらわないと認めたくないよね。彼から色々と学ぶんだよ?」

「聖騎士として覚える事は多い。死ぬ気でついてくるんだぞ」

「は、はい!」


 教皇はしばらく布教の旅に出ないそうなので、一時的に付き人が聖騎士に戻る事になっているそうだ。

 その間にクリスを鍛え上げ、信頼と実績を重ねて聖騎士に仕立て上げる流れらしい。


 こうして、クリスの目指すべき場所と、女神ミラ教の居場所が決まった。



「それより教皇様。あの人……ドルガーをどうしましょうか? 私達だけでは処置を決めかねてまして」

「ん? ああ……彼かぁ。困った事をしてくれたよね」

「私も少し警戒が甘かったようです」


 クリスの件が片付き、続いて処置に困っているドルガーについての話となった。

 前々から疑問だったのだが、あの男は聖女でもないのにどうやって神託の儀式を欺いていたのだろうか?

 最初は色々小細工をしたからだと思っていたが、一度体験したからこそわかる。あの儀式はそう簡単に欺けるものではない。


「あの、失礼を承知で聞きたいのですが、ドルガーはどうやって他の信者を騙していたのでしょうか?」


 女神ミラ教の機密情報だから答えてくれるとは思わないが、気になった俺は教皇に質問していた。


「ん? ドルガーはアシェリーと同じ魔力適性を持っていたんだよ。それで祭壇を起動してさー……」


 ところが、教皇は秘密をあっさりとばらしていた。

 枢機卿と元聖騎士は呆気にとられている……かと思いきや、またかと言わんばかりに慣れた様子だった。

 そのまま詳しい説明が続いたが、どうやらドルガーは祭壇の機能を発揮できても、女神ミラの声が聞こえなかったそうだ。


「いつか女神ミラ様の声が聞こえるようになるかもと思ってたし、アシェリーが何かあった時の為に備えて、彼を大司教にしていたのさ。それにお金の扱いに関しては上手かったから、当時は必要な存在でもあったんだ」


 ドルガーが祭壇を起動させられるのはわかったが、肝心の女神ミラの声はどう欺いていたのか?

 それは女神ミラと似たような声の者を探し、儀式の部屋に紛れ込ませて風の魔法で響かせていたそうだ。

 そしてあの濃密な魔力に覆われた状態は人の感覚を狂わせるので、多少の違和感は気にならないだろう。

 それにしても……。


「……聞いておいてあれですが、そんな簡単に秘密を明かしていいのですか?」

「アシェリーから聞いたけど、女神ミラ様から君達との絆を大切にしろと言われただろう? つまり君達は女神ミラ様に認められているようなものだ。そんな君達なら大丈夫だと思ってね」

「君が心配する必要はない。教皇様はこういう人で、私達はもう慣れた」


 補足すると、悪意を持つ相手を見極めるのは鋭いので、誰にでもこういうわけじゃないらしい。

 とりあえずこういう人なんだな……と、無理矢理納得したところで、ドルガーの処置について決断が出た。


「……普通に考えて極刑だけど、女神ミラ様が悲しみそうだしね。反省の意味も込めて……数年の監禁後に布教活動かな?」


 フォニアの町から少し離れた山に、人の接触を禁じて悟りを開く為に使う施設があるそうだ。

 ドルガーはそこで数年間監禁され、その後は別の大陸に女神ミラ教の布教活動に出るという罪状に決まった。

 女神ミラ教を崩壊させかねない事を仕出かしたのに、この罰は軽いと思うだろうと思うが……。


「確か彼は懲罰房だったよね? ちょっと見に行ってみようかな」

「いえ、今日はもう遅いですし、移送の準備もあるから明日にしましょう」


 元聖騎士の目は違っていた。

 厳格で優秀な補佐だと思わせる者に見えるが、奥底に処刑人としての顔を持つ男の目だった。

 所謂俺みたいな人種……裏の世界を知る者である。


 なるほど……教皇と元聖騎士の関係を一言で表すなら、クリスとアシェリーの未来だな。


 柔和な笑みを絶やさずどこか頼りなさ気な教皇だが、何故か信者達に好かれる異常なカリスマを持っている。これはアシェリーも同じだ。

 その異常なカリスマによって人を集めるが、同時に利用しようとする者や妬む者も現れる。そういう連中を、元聖騎士は秘密裏に処理してきたのだろう。

 俺がクリスに言った、何があっても守るという行動を彼はずっと続けてきたのだと思われる。


「そうですよ教皇様。帰ってきたばかりなんですから、今日はゆっくり休んでください」

「じゃあ明日にするか。久しぶりにアシェリーと一緒に食事できそうだから楽しみだよ。勿論、クリス君も一緒にね」

「う! は、はい……」


 クリスにとって、非常に落ち着かない夕食になりそうだ。

 笑みを浮かべる教皇を余所に、元聖騎士は恭しく頭を下げるのだった。





 それから教皇の布教活動していた頃の話となったが、夕食の時間が近づいたのを切っ掛けに解散となった。

 クリスはそのまま教皇に引っ張られ、部屋に戻った俺達も夕食の準備に取り掛かろうとしたが、今日は用意をする必要がなかった。


「皆、沢山食べてね」


 以前、リースを女神ミラ教から救出した時に言っていた、お詫びのご馳走をリースが作ってくれたからである。朝から彼女が調理場に籠っていたのはこの為だ。

 そして俺が箸を持ったところで、フィアは料理を盛った皿を俺の前へ持ってきた。


「私もリースに教わって作ったから、感想聞かせてほしいわ」

「どれ……うん、美味い。経験が少ないって言ってたけど、十分過ぎる腕じゃないか」

「あはは、リースが丁寧に教えてくれたからね。でも……うん。料理は面倒だなと思っていたけど、美味しいって言われると凄く嬉しいわね」

「兄貴には負けるけど、フィア姉のも美味いぞ!」

「……嬉しいんだけど、レウスのは何だか複雑だわ」

「貴方は一言余計なの!」


 レウスがエミリアに頭を小突かれながらも、和やかな食事は続いた。

 おそらく十人分は用意された料理だが、俺達……特にリースとレウスに掛かれば問題はない量だ。

 あっという間に食べ終え、デザートとして俺が馬車で作ったケーキを出せば、弟子達は歓喜の声を挙げるのだった。





 


 ホクトの大工奮闘記



 女神ミラ教の事件が解決し、フォニアの町は多少の騒ぎを見せながらも次第に落ち着いていきました。

 女神ミラ様の声を聞いた町の人々は喜びに満ち溢れていましたが、他にも町で暴れていたヴェイグルがいなくなった件についても喜んでいました。


 そのヴェイグルによって焼き尽くされた建物が多かったので、お詫びとして女神ミラ教から新しく建て直す費用と人材が提供されたのです。

 そんな人材の中に、ホクト君とご主人様とレウス君が含まれていました。


「経験者だって? じゃあ兄ちゃんは俺と一緒に屋根を頼むよ」

「ああ、任せてくれ」


 ご主人様は簡単なログハウスを建てた経験があるとの事で、町の大工さんと一緒に屋根での作業を命じられました。

 そして骨組みだけの天辺に上がり、ここから丈夫で重たい板を釘で打ち付けて屋根を作っていくのですが、足場が不安定な上に重たい板を扱うので、非常に危険で繊細な作業となります。

 ですが……。


「オン!」

「ほい、兄貴!」

「よいしょ」


 ホクト君が地上から板を咥え、骨組みの途中にいるレウス君に渡し、最後にご主人様が受け取って釘を打ちつけていきます。

 しかもご主人様はハンマーの一発で釘を打ち込むので、その速度は測り知れません。

 見事な流れ作業により、町の大工さんが呆然としている間に屋根の作業は終わりました。


「て、手際がいいな兄ちゃん達」

「次は壁か?」

「いや、もう十分なくらいだぜ。俺達の仕事が無くなっちまうし、ちょっと休んでいてくれよ」


 やり過ぎるとプロの顔が丸潰れなのか、ご主人様は素直に応じて休憩していました。

 そして木材が積み上げられた周辺で休んでいると、ホクト君は一本の木材から釘が飛び出ているのに気づきました。


「……オン」


 誰かの悪戯か偶然かはわかりませんが、危ないのは変わりありません。

 少し深く刺さっているので、抜くよりそのまま最後まで打ちこんだ方が良いと判断したホクト君は、釘を打ち込もうと前足を振り上げました。

 もちろん加減はばっちり把握しています。

 釘だけ綺麗に打ち込む加減で、ホクト君は前足をー……。


「ホクト。暇だからブラッシングしてやるぞ」

「オン!」



 バキャッ!



「…………オン?」


 哀れ……喜びによって加減を誤った前足は、釘どころか木材ごと叩き割っていました。

 この時、ホクト君の時間は確かに止まっていたでしょう。


「どうしたホクト……って、お前は何をやっているんだ!」

「……アオーン!」


 ホクト君は逃げ出しました。


 しかしただ逃げるわけではありません。

 ホクト君は町の外へ出て、お詫びとして新たな木材を拾ってこようと思ったのです。

 決して、ご主人様に怒られるのが嫌なわけではないんです。

 そう、ご主人様に怒られるのが嫌なわけではないんです。

 大切な事なので、ホクト君は二度も思いました。


「ホクト、ハウス!」

「オン!」


 でもご主人様の命令には逆らえません。

 ご主人様の声で反射的に戻ってきてしまったホクト君は結局捕まり、ご主人様と一緒に大工さんに謝罪するのでした。









 この話で締めるつもりでしたが……本当に申し訳ありません。

 まとめるのが多いと言いますか……頭が茹だって執筆速度が異常に減速している上に、非常に苦悩しております。


 次の更新は……ちょっと未定です。

 後はドルガーの処置と章の締めなので、そんなに長くならないと思います。


 この話を挙げた前日に活動報告を挙げております。

 書籍1巻の発売日の延期について書いてありますので、気になる方は目を通しておいてください。

 ちなみに、現時点の発売日は9月となっております。

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