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ワールド・ティーチャー -異世界式教育エージェント- 作者:ネコ光一

二章 出会い

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隠居爺の狂想曲

 フィアと出会ってから数日後、再びアドロード大陸へとやってきた。

 前回はフィアとのゴタゴタで碌に探索できず帰ったからな。まあ彼女から色々教えてもらって実に有意義ではあった。去り際に放った愛人だとかその辺は再会出来た時に考えることにした。不確定な未来に悩むのも馬鹿らしい。
 前回は東だったから、今回はその反対である西へ向かうとしよう。今度こそ集落があればいいんだけどな。エルフはもうフィアだけでお腹一杯です。

 東側は平坦な森が続くだけだったが、こちら側は起伏のある山が多い地形だ。それだけ魔物も多く、人の手が入りにくいから集落がある可能性も低い。それでも捜索の為に蛇行しながら飛ぶが、やはり何も見当たらない。こっちもハズレか。

 行動が無駄にならないよう、休憩の間にマッピングも忘れない。次はどちらへ向かおうかと思いつつ地図を書き込んでいると、ふいに耳が何かを捉えた。地図から顔を上げ、耳を澄ませば間違いなく何か聞こえる。だが周囲を見回してみるが音を発する物は見えない。音は一定のリズムで聞こえるのだが、おそらく一つ山の向こうから響いていると思われる。これは無視するわけにはいくまい。
 急ぎ地図を仕舞い、俺は音源へ向かって飛んだ。

 そして山を迂回して見つけたのは、木を切り開いた土地に建つ一軒家だった。
 遠目であるが、煙突らしき箇所から煙が出ているので人が住んでいるのは間違いあるまい。それにしてもこんな森の真っ只中に民家があるとは。一体どんな偏屈が住んでいるか楽しみだ。


 いきなり空から登場もいいが、要らぬ面倒になりそうなので近場で降りて徒歩に切り替えた。鬱蒼とした森の中、辛うじて獣道らしき道を進んでようやく一軒家へと辿り着いた。

 そこには俺の二倍はある男が薪割りをしていた。俺を導いた音の正体は薪割りの音だったようだ。
 男の服装は黒のシャツにズボンと簡単な物だ。完全に脱色した短めの白髪に、左目は深い傷跡によって潰れていた。老年に差し掛かる年頃だろうが、鍛え抜かれた筋肉に鋭く射殺さんばかりの眼光は現役の戦士だと彷彿させる。
 その筋肉によって淀み無く振り下ろされる斧。ただの薪割りだというのに、洗練されたその動きは美しいと素直に思った。こんな森で薪割りより、戦場の最前線で武器を振り回しているのが最も似合う男だろう。

「……何者じゃ? こそこそしとらんと出て来い」

 気配を隠していた俺に気付いた? あの筋肉は見せかけではないようだ。
 隠れる理由もないので素直に姿を晒すと、仏頂面だった表情が少し崩れた。

「ふむ、どこから迷い込んできおった」
「初めまして、私はシリウスと言います。こちらにお邪魔したのは散策してたら偶然見つけたので」
「……何を言っておるんじゃ。お主は化物の類か? 敵対するなら容赦せんぞ」

 斧をこちらに向け、今にも襲い掛からんと殺気を飛ばしてきた。ちょっと待て、いくら怪しいとは言え短慮すぎないか? 俺一言しか喋ってないぞ。

「いえいえ、普通……じゃないけど人族の子供ですよ。敵対する気は一切ありません」

 敵意は無いと両手を上げてアピールしたので、男は警戒しながらも斧を下ろした。何か言うかと思いきや、こちらを無視して薪割りを再開していた。ここまで露骨だといっそ清々しい。
 しかし無視されては来た意味が無い。こちらから話を振ろうか。

「すいません、どうしてこの様な場所に住んでいるのでしょうか?」
「貴族なんぞと話したくないわ。どこでわしを突き止めたのかは知らぬが、何も教えることなど無い。護衛を連れてさっさと帰るんじゃな」

 唾を吐きかけん勢いで拒絶された。この爺さん何か勘違いしていないか? 貴族が嫌いってのはよくわかったが、俺はアンタなんか知らんよ。まずはすれ違っている部分を判明させるべきだな。

「何か勘違いされているようですが、私は偶然ここへ来ただけで貴方を目当てにやってきたわけではありません。それに私は貴族ではなく一人で護衛なんかいませんよ。気配に鋭そうな貴方なら私以外に人は居ないとわかると思いますが」
「……確かにおらんな。して、どうやってここへ来たのじゃ。子供一人で来れる場所ではないぞ」
「そこは特殊な魔法があるので。重ねて言いますが、貴方を見つけたのは偶然です」
「小僧、わしを知っているのか?」
「知りませんね。ただ、貴方は相当な手練だと思ってます」

 この爺さんが放つ気配はディーと比べられない程に違う。フィアを襲っていた男達が塵芥に見えるほどだ。俺の返答は正解だったのか、爺さんの警戒が薄れてこちらを向いてくれた。

「ふむ、どうやら小僧はアホな貴族とは違うようじゃな」
「アホな貴族と一緒にしないでください。不愉快です」
「ほっほ、言いおるわ。どれ、客なら茶ぐらい出してやろうかのう。ついてきなさい」

 俺の中で貴族と言えば父親ぐらいしか知らない。爺さんにも言ったがあんなのと一緒にされたくない。それに満足したのか、爺さんは斧を置いて家に招待してくれた。


 爺さんの家は手作りのログハウスだった。
 綺麗に加工された木材が余すとこなく使われ、前世で建てられていた物と大差ない出来だ。部屋の中央に机と椅子があり、石釜に魔物の毛皮で作られた絨毯と布団類。驚く事にこれら全て爺さん一人で作ったそうだ。

「無駄に時間と体力はあったのでな、素人ながら色々凝ってみたのじゃ」
「いえいえ、素人がここまで出来るのはすごいですよ。実は才能あったんじゃないんですか」
「才能で片付けるのは嫌いじゃ。まあ、世辞とは言え褒められて嬉しいのう」

 世辞なんかじゃないけどな。だけど一人でこれらを作るって事は、それだけここが孤立してるって事だな。間違いなく俺の家より辺鄙な場所だ。一体どういった理由でこんな所に住んでいるのやら。
 浮かんでくる疑問を置いて椅子に座り、爺さんは茶を用意して俺の反対側に座った。

「あいにく子供向けの飲み物はないのでな。わしの愛用じゃが、口に合わないならやめておけ」
「あ、お構いなく」

 木のコップに注がれたのは緑色の液体だ。匂いを嗅いでみても怪しい感覚は無い……が、一つ思い当たるのがあった。湯気が出てるのに爺さんはグビグビ飲んでいるので、俺も飲んで一息ついた。

「ふぅ……美味い」
「ほう? こいつがわかるのか」
「わかりますよ。この舌が痺れる熱さに喉に残る苦味。食後に最適じゃないですか」

 少々くどいがこれは間違いない。これは日本茶じゃないか。急いで飲んだせいで火傷しそうになったが、懐かしい味に思わず顔が綻ぶ。良さ気な反応に爺さんは益々上機嫌になっていた。

「うむ、わかっておるじゃないか小僧。まさかこの様な子供がこいつの美味さを理解するとはのう」
「よければこれを分けて貰えないでしょうか? 出来れば原料とかも知りたいのですが」
「よかろう、後で分けてやろう」

 太っ腹だな爺さん。これだけでもここに来た甲斐があったな。

「国の連中は誰も理解せんかったのう。これがわからぬとは、勿体無い奴らじゃ」
「全くです。ところでお名前を伺ってよろしいでしょうか」

 こんな所で一人暮らししているのだ。犯罪者とかの可能性もあるが、少なくとも俺に毒を盛ったりする人ではないのはわかった。色々教わりたい人でもあるし、何者だろうと態度を変えるつもりはないが。

「ライオルじゃ。その名に聞き覚えはないか?」
「ライオル? どこかで聞いたようなー……ん?」

 そうだ、確か本に載っていたのを思い出した。ソースは安定のアルベルト旅行記から。

 その者、巨大な大剣によって全てを薙ぎ払う、人族最強と謡われる剣聖。
 一度剣を振るえば岩は砕け、竜を断つ破壊の剣閃。
 人々は口を揃えて呼ぶ。その名は『剛剣ライオル』と。

「もしかして、剛剣のライオルですか?」
「昔の話じゃ。今は隠居した爺に過ぎん」

 おお、強そうな人だとは思っていたが、まさか最強レベルの人だったとは。是非とも手合わせしてみたい。
 しかし溢れんばかりの力強さを放っているのに、戦う覇気が感じられないのだ。不審者には殺気を飛ばすのに、俺が無害と知るなり唯の隠居爺さんに成り下がっている。貴族嫌いも含めて何か理由があるんだろう。

「どう見ても隠居する人に見えないんですが。よろしければ理由を聞いても?」
「ふん、図々しい小僧じゃ。まぁ、どうせ暇じゃし、長話になるが話してやろうかのう」

 互いに空になったコップにお代わりを注ぎ、爺さんはぽつぽつと語ってくれた。


「わしは自分を鍛えるのが好きじゃった。鍛錬に鍛錬を重ね、様々な相手を倒す内に気付けば最強と呼ばれておった。剛剣だのどうでもいい二つ名が付いたが興味すらなかったわい。じゃが、最強になってからわしの相手になる奴が居らんのじゃ。じゃったらわしと戦える相手を育ててみればと閃いてな、弟子を取るようにしたのじゃ。大陸の中央国で公言すれば山ほど集まりおったわ」

 そりゃあ最強だからな。ちょっとでも宣伝すれば幾らでも集まるだろう。

「しかしのう、わしの弟子という箔の為に貴族の申し出が大半じゃった。それでも強さに貪欲ならばと教えてたのじゃが根性無い奴ばかりでのう。厳しくすれば逃げ、手加減すれば強くなってないと喚き散らすのじゃ。王に何度か申告したが、アホの申し出は後を絶たんかったわい。仕方ないからわし自身で目に適う弟子を探したんじゃ。ようやく数人ばかり見つけたんじゃが、全員平民かスラム出身でな、貴族のアホ共が騒ぎ出したのじゃ。立場を弁えろだとか、貴族様を蔑ろにするなとか喚くだけなら良かったんじゃ。
じゃがのう、嫉妬と欲望に狂った数人がわしの居ない間を狙い、弟子達を集団で囲って剣さえ振れぬ体にしたのじゃ。腕だけならいいが、死んでしまった奴もおったわい。怒り狂ったわしはその貴族を突き止め、王と貴族を集めた席に片腕を切り落としたアホ共を投げつけてやったわ。それから何もかもが馬鹿らしくなってのう。貴族と二度と関わりたくないのでここに隠居しておるわけじゃ」

 長い説明を終え、爺さんはお茶で喉を潤していた。
 この人が貴族嫌いと覇気が無くなった理由はよくわかった。
 だがな……感想を言わせて貰うとだ。

「温い!」
「何じゃと?」
「貴族への仕返しが温すぎる! そんな下らん事する貴族なんて国にとって邪魔なだけだし、家名ごと切り捨てればいい」
「……ふむ」
「事前に何度も王に申告してたんだろ? なのにその結果だ。下らん理由で手を出すリスクをしっかり認識させないと、どこまでも調子に乗ってくるぞ」
「確かにそうじゃな。貴族共にはやり過ぎだとか非難されたものじゃが、温いとか言われたのは初めてじゃわい」
「弟子は師匠より先に逝ってはならない。教えるだけでなく、環境も整えるのも大事だろ」

 持論であるが、師匠とは弟子に適した環境を作るのも必要だと思う。確かに貴族が悪いが、その貴族を軽んじて放置してた爺さんも悪いのだ。厳しく指導するだけでなく、未熟な内は守ってやる背中も見せてやらねばならない。弟子も少数ならばなおさらだと思う。
 元教育者として、説教の一つや二つ言って問題あるまい。

「ふん、耳が痛いのう。じゃが小僧に何がわかる」
「確かに俺は子供さ。それでも教育者を目指す者だ。上に立つ者として自分の失敗を認められなきゃ駄目だろ」
「その年で教育者を目指すじゃと? 志は素晴らしいが、生半可な腕でなれると思わぬことじゃな」
「じゃあ、試してみるか?」

 少し威圧感を放ちながら挑発した。我ながら露骨だと思うが、爺さんは目を細めて口元を歪めた。

「よかろう。只者ではないと思っていたが、正体を見切らせてもらおうかのう」

 何だか喧嘩っぽい雰囲気だが、爺さんもやる気になった様で結構だ。
 最強と呼ばれる実力、しっかり見せてもらおうか。


 家を出た俺達は木剣を持って対峙していた。
 爺さんのはともかく、子供用があるのは亡くなった弟子の物らしい。使い込まれているが、しっかり手入れはしてあるので大切に扱われてきたんだろう。本気で振るったら折れるんじゃないかと思うが、この木剣の素材はとにかく頑丈で訓練用として最適な物らしい。折れる心配は無いと爺さんは自信満々に答えた。
 その爺さんであるが、何か嬉しそうに木剣で素振りしている。ここらじゃ魔物ぐらいしか相手が居ないし、人と戦えるのが嬉しいんだろう。実は人に飢えていたとか、隠居に向かない爺さんだなおい。

「わしに一撃でも当てたら小僧の勝ちじゃ。安心せい、手加減はしてやるからのう」
「そりゃどうも。その余裕のせいで足元を掬われる羽目になるよ」
「ぬかせ小僧。口より行動で示してみせい」

 さて、御託を並べて言った手前、無様な姿見せちゃ締まらないよな。とはいえ、あちらから仕掛けてくる様子が無いのは舐められている証拠か。
 まずは切り替えてもらうとしよう。
 散歩するようにゆっくりと歩いて近づき、残り二歩の地点で上半身を倒しつつ足に力を込めて加速。静から動へ、一気に切り替わった意表の速度に爺さんは驚きつつも対応してきた。流石は最強と言われるだけあるが、舐めきった思考に苦し紛れで攻撃した軌道なんて簡単に読める。袈裟切りを右手の木剣で逸らしつつ、爺さんの脇を走り抜けた。そのまま距離を取り、擦れ違いざまに横腹を触った左手をヒラヒラと振ってやった。

「今のがナイフだったら……どうだい?」
「戦場なら致命傷じゃな。隠居してここまで鈍っておるとは、我ながら情けないのう」

 己の怠慢にようやく気付き、頭を振りつつ苦笑していた。これで本気になるだろう。その証拠に爺さんを見れば、獰猛な笑みを浮かべて筋肉を膨張させていた。

「すまなかった。そして礼を言うぞ小僧。心まで腐るところじゃったわ! ぬおおおっ!」

 咆哮が衝撃波を生み周辺の木々が大きく揺れた。
 おいおい、幾らなんでも変わり過ぎだろ。隠居してどんだけ怠けてたんだ。ただそこに立っているだけで感じる重圧に、周辺をうろついていた魔物や動物が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 この緊張感、師匠との訓練を思い出すな。あの地獄の組み手を思い出す度に泣けてくるが今は置いておこう。準備は整った。爺さんも本気になったようだし、ここからが本当の戦いだ。

「見たことの無い構えじゃな。どこの流派じゃ?」

 爺さんは剣を上段で固定する、前世で言う示現流に近い構えだ。
 初太刀に全てをかけて斬るのが示現流。いかにも爺さんらしい構えだと思う。

「我流でね、流派は特に無いんだ」

 対して俺は半身にして剣を向け、逆手を体に隠す独特の構え。
 俺は師匠に鍛えられたが、師匠は流派を持たない人だった。ただひたすらに経験をさせ、その都度に合った適切な動きをする。状況によって変幻自在に変える流動の構え。俺にとって都合の良い形がこれなのだ。

「そうか。ならばこちらから行くぞ小僧!」

 地面が陥没しかけん踏み込みで突撃してくる爺さん、剛剣を相手に俺は『ブースト』を全開で発動させる。
 そして……スイッチを切り替えた。





 ――― ライオル ―――


 つまらない。

 鍛えるのが好きで、戦うのが好きで、好きだからこそどこまでも強くなり続けたわしは最強になった。
 じゃのに、わしは空っぽになった。
 名の欲しさに挑んでくる相手は後を絶たなかったが、そのどれもが一撃、あるいは二撃で沈んでいく。
 弱すぎる。
 あの燃えるように湧き上がる戦闘衝動が無くなってからどれほど経ったのか。

 つまらない。

 薪が無ければ火は燃えぬ。
 わしという火を燃やす薪、相手を渇望し続けた。

 そんなある日、待つのではなく作ればいいと気づいた。
 弟子を育て上げ、わしと戦ってもらう。待つだけより遥かに有意義じゃ。早速募集したが、集まるのは欲に塗れた剣もまともに振れぬ貴族の餓鬼ばかり。多少はマシな奴がおっても、他貴族の権力によって排除される。金で弟子の称号を買おうとしたクズもおったが、そういう連中は一撃入れて黙らせたりもしたものじゃ。
 やはり弟子も待つのではなく探すべきじゃ。世界中を自ら回り、強さに貪欲な弟子を探し続けた。
 ようやく見つけた数人の弟子を育てるのは楽しいものじゃった。一日置きに強くなっていく弟子達。初めて戦い以外に喜びを感じた瞬間じゃろう。

 それを……あの貴族共はぶち壊しおった。

 報復として元凶共の腕を斬ったが、気は全く晴れなかった。もはや貴族を見る事さえ嫌じゃった。

 失意のまま国を出て、わしは人里離れた樹海に隠居した。家を建て、魔物と戦い、のんびりと過ごす穏やかな日々。じゃが、心に空いた穴は塞がる事はなかった。
 心が衰えれば体も衰えていく。愛用の剣が徐々に重く感じても、危機感を感じぬほど衰えはじめていた。
 空白な日々は続く。

 そしてわしは小僧と出会った。

 訳のわからぬ子供じゃった。
 ベテラン冒険者でも滅多に足を踏み入れないこの樹海に、隣町に行く様な軽装で現れたのじゃからな。新種の魔物かと思って殺気を飛ばしたり、貴族の馬鹿が護衛を連れてわしを訪ねてきたと思ったわい。この大陸にわしを知らぬ者はおらんじゃろうが、わしを見ても気付かず名前を明かしてようやく理解した小僧に興味が湧いた。
 年の割に話がわかる小僧で、茶の趣向も合っておる。久々の人と会ったのもあって、わしは口が軽くなっておった。

 じゃが、事もあろうにこのわしを説教しおった。気付けば挑発され、生意気な小僧に教育してやろうと思い挑発に乗った。攻撃を往なし、脳天を軽く叩けば反省するじゃろうと攻めてくるのを待つが、小僧は何故かのんびりと歩いてくるのだ。こんな行動する奴は初めて見たわい。
 自然体で来る小僧をぼんやりと眺め、わしの領域に入る手前で動いた。倒れたかと思いきや、地すれすれを走って懐に飛び込んできおった。以前のわしならここまで接近を許す事はしなかったじゃろう。自らの衰えにも驚くが、辛うじて体は動いてくれた。じゃが反射で放った攻撃は軽く往なされ、小僧はわしの脇腹を触れて距離を取った。

「今のがナイフだったら……どうだい?」

 その言葉に怒りを覚えた。小僧にではない、わし自身にじゃ。
 わしは一体何をやっている? この傲慢、過去のアホ共と一緒じゃろうが。実際に刺されたわけではないが、目が覚める一撃じゃった。こやつは見た目通りの子供ではなく、わしの相手に相応しい強者なのだと理解した。消えて久しい火が燃え上がり、体が脈打ち熱を持ち始める。
 この感覚……懐かしい。
 謝罪と感謝を伝え、わしらは仕切り直した。小僧……いや、奴も本気を出すようじゃ。流派も無く、見た事のない構えであるが関係ない。我が流派『剛破一刀流』しかと受けてみよ。


 剛破一刀流、一ノ剣・剛天。
 振り上げた剣に全てを込めて振り下ろす基本技。
 唯の振り下ろしに過ぎぬが、極めれば鉄をも容易く斬り裂く。軌道は単調であるが、渾身の一撃から放たれる威圧感と最速の剣閃により回避は困難。
 単純ゆえに避けれない。
 事実、大半の相手はこれで終っていた。じゃが奴はどうじゃろう? 地が割れんばかりに踏みしめ剛天を放つが……回避される。しかも半身をずらすだけのギリギリの回避。確実に捉えて避けた反射神経に笑みが零れる。

 間髪入れず、振り下ろしから相手目掛け斬り上げる、二ノ剣・剛翔を放つ。これも体を捻って避けられ、回避行動の勢いを乗せて切りかかってきおったが、剣を戻して防御する。

 今の二撃は確実に倒そうとした攻撃じゃが、危なげなく回避し更に反撃も加えてきおった。

 想像以上の強さに血が滾る。間違いなくわしの全力をぶつけられる相手じゃ。奴は身体能力の差を魔法『ブースト』で補っておるようじゃな。過去にそういう相手は居たが、ここまで完成された『ブースト』は見たことが無い。否、細かい事はどうでもよい。
 わしが出せる全力をぶつけるのみじゃ。

 一息に八つの斬撃を放つ、乱ノ剣・散破。
 斬撃の半分は剣を当てて逸らされ、残りは回避された。

 剣に魔力を込め、広範囲の衝撃波を放つ、破ノ剣・衝破。
 振り上げた一瞬の隙に脇を通り抜け、衝撃の範囲外であるわしの後方へ移動しつつ斬りかかってくる。振り下ろした勢いのまま前方へ飛んで回避する。

 おお……通じぬ、わしの技が一つも通じぬわ。
 はは、素晴らしい! 何と心躍る時間であろう。楽しくて仕方がない。
 己の力と技を競い合い、全力でぶつかり合う極限の戦い。衰えていた肉体に力が戻り、鈍っていた技が研ぎ澄まされる感覚が心地良い。ついに渇望してやまない強者が現れおったわ。
 何が剛剣じゃ。何が最強じゃ。確実にわしを超える者がここに居るではないか。

 こんな木剣じゃなく愛剣で戦いたい。
 勝敗は一撃ではなく限界までと撤回したい。
 鎧を装備し、生死を掛けた死闘をしたい。
 何時までも戦い続けたい。

 蘇った心が次々と欲望を吐き出すが、老いた体は限界を訴える。呼吸が荒く、防戦一方になっておるのが証拠じゃろう。全盛期とは程遠い肉体であるが、鍛錬を怠っていなければもっと戦えた筈じゃ。腐っておった頃のツケじゃな。
 もっと早くお主と出会えておれば……いや、今更言ったところで遅いのう。
 首を狙った攻撃を強く弾くと、奴は大きく跳躍して距離を取った。おかしい、奴なら弾いた勢いで迎撃してこれた筈じゃが。疑問に思いつつ呼吸を整えていると、奴も大きく息を吐きながら指を一本立てた。

「俺もあんたも限界だ。次で最後にしよう」
「……うむ」

 そうか、奴も限界であったか。
 見た目に変化はないが、微妙に震えている腕に小刻みに乱れている呼吸が限界だと表しておる。わしですらようやく気付く、疲労を隠す技術も素晴らしい。
 じゃが、このまま戦えばわしの方が先に力尽き、奴の粘り勝ちで終るじゃろう。なのに距離を取って最後だと宣言した。本当にありがたい。ならばそれに応えねばなるまい。
 乱れた呼吸を整え、剣を握りなおし剛天の構えを取る。さあ来るがよい。わしが今放てる最高の一撃を見せてくれよう。

 奴は一気に加速し、小細工抜きの正面勝負をしてきた。力ではわしに分があったが、行動が読めぬ相手ではどうなるかわからぬ。奴は加速の勢いを乗せて掬い上げるように剣を振り、わしはただ上から下へ愚直に振り下ろした。
 パンッと木材が出したとは思えぬ破砕音が響き渡り、互いの木剣は粉々に砕けておった。木剣程度ではわしらの攻撃に耐えられなかったか。これで至福の時間は終わりなのかと溜息が漏れた。

 じゃがわしは愚かであった。戦いは……まだ終っておらん。

 それに気付いたのは周囲に舞う木片の中で、奴の足がわしの顎を捉える瞬間じゃった。

 はは……そうじゃな。
 武器が壊れたくらいで戦いが終るわけないのう。


 奴の足がぶれた瞬間、わしの意識は飛んだ。

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