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モーガンの公準

 自分がやられて嫌なことを他人にしている自覚があるのに、私は今日もリスの展示場におじさんを見に来た。

 だって、犯罪じゃないし。見てるだけだし。おじさんから「見るな」と言われたわけでもないし。むしろ彼らは友好的だし。

 そう自分に言い訳をして、先に進む。


 おじさんたちが、見られているのが自分だと気づいたら、嫌がられたら、やめればいい。

 いや、仮に彼らがそういう反応をしたら、私は多分、「リスを見に来てるだけ。おじさんなんて見るわけない。自意識過剰」と、また自分に言い訳をする。

 私は、なんて気持ち悪いのだろう。性加害者の思考回路だ。

 頭では分かっているのに、今日はどんな様子のおじさんたちを見られるだろうかと好奇心に掻き立てられて、自制が利かない。


 リスがよじ登る木の下には、もうすでにおじさんがいた。キーホルダーのあの人が、リスにカメラを向けている。

 彼は二重扉が開く音で私に気づいて、カメラを上げたまま、こちらに会釈した。私も、小さく頭を下げる。すっかり顔見知りになってしまった。でもこのおじさんは、私の腹の中までは知らない。まさか私がおじさんを見に来ているだなんて思っても見ないのだろう。


「お嬢さん、おはようございます。今日は涼しいからか、リスがよく動きますよ」


 親切にリスの様子を教えてくれた。

 話しかけられるのは、好きではない。檻の中の動物を観察しているのに、動物が対等な立場として話しかけてきたらぎょっとするのと同じだ。私は、観察者としておじさんに接したいのに。


 一瞬そう萎えてから、自分の思考にぎくりとした。おじさんは展示動物ではない。対等な人間だ。そうだ、失礼のないようにこちらも話さないといけないのだった。

 自分の腐った思考を誤魔化すように、私の方からも、会話を繋いでみる。


「リス、お好きなんですね。リスのどんなところが好きですか」


「この自分の行動の意味を理解していなそうな、本能で動いている感じが堪らない。今日が何曜日だとか、月末とか月初とか、そういうものをひとつも理解しない。餌があるから食べる。木があるから登る」


 おじさんはゆっくりとまばたきをした。私は樹上のリスを一瞥だけした。


「分かんないじゃないですか。今日は人が多いから週末だな、とか、『このおじさん、いつもいるな』とか、理解してるかも」


「どうかな。リスは多分、なにも考えていませんよ」


 リスおじ、リスが好きと言っておきながら、リスを頭の悪い生き物だと見下している。

 リスだって、人間と同じようにいろんなことを考えているかもしれない。餌のこととか、縄張りのこととか、あるいは、もっと複雑ななにかを。

 おじさんは一瞬だけ、リスから目を離して横目で私を見た。


「モーガンの公準をご存知ですか」


「モーガン?」


 聞き慣れない言葉に、目をぱちくりさせる。無知な私に、おじさんはリスに視線を戻し、少し間を置いて言った。


「たとえば、猫がドアを開けたとします。『猫はドアの仕組みを理解して、計画して開けたんだ! 賢い!』と思ってしまいますよね」


「ええ、はい」


「でもそれは、『たまたま押したら開いたから、また押すようになったんだ』と考える方が、ずっとシンプルですよね。モーガンの公準は、この『シンプルな方をまず選ぼう』というルールです」


 聞いても、あまりよく分からなかった。

 結局それって、「猫にドアの仕組みを理解するなんて難しいことができるわけがない」と猫を見下していない?

 リスが好きな、動物好きのおじさんがこんなふうに言うなんて、なんだか意外だった。


 またひとつ、リスおじという変な生き物の変な生態を知ってしまった。


 彼はへへ、と照れ笑いをした。


「ともかく、お仕事で疲れたなーってときに、こんなふうに頭からっぽで気ままに暮らしているリスを見ると癒されるんです」


 ああ、やはり今日も来てよかった。なんて観察のしがいのある生き物なのだ、リスおじ。

 ……そう頭の端っこで思っている自分に、また嫌悪感が募る。


 もうずっと、リスおじを観察したい好奇心と、そんな自分への嫌悪感とを葛藤させている。これ以上ここにいると、一層自分を嫌いになりそうだ。私はなけなしの自制心を勝たせて、おじさんにお辞儀をして『リスたちの森』をあとにした。


*


 その日、私は帰宅後に『モーガンの公準』について、ネットで検索した。


「低次の心的な能力によって説明可能なことは、高次の心的な能力によって解釈してはならない」という比較心理学における原則である。

 平たく言うと、「動物の行動は、難しい理由より、簡単な理由で説明できるなら、簡単な方を選ぼう」という考え方だ。


 例えば、「飼い猫が構ってほしがって、パソコンに乗り仕事の邪魔をする」とか、「うちの犬は自分を人間だと思っている」とか、飼い主の人はよく言うけれど、猫はただ温かい場所というだけでパソコンの上を選んだのかもしれないし、犬は自分の立場が人間と違うことくらい分かっていて、人間とのコミュニケーションの取り方を理解しているから人間に向けた振る舞いをするだけかもしれない。

 動物たちに話を聞いたわけでもないのに、人間の思考、常識に当てはめてしまって良いのだろうか? それは「こうあってほしい」という、人間側の思い込みにすぎないのではないか。


 人はつい、動物に対して、人間と同じ次元の思考回路を持っていると考えてしまいがちである。「猫がドアを開けた、イコール、ドアの仕組みを理解している」といった例のように。

 でも、本当はもっと単純な、学習や癖で説明できることが多い。だから、難しい心の働きを勝手に想像しない。そうすることで、動物の行動の意味をより正しく理解できる。


 リスにはリスの生き方がある。人間の物語を背負わされる必要なんてない。

 リスはかわいいから、人間みたいに賢いから、いろんなことを考えている……と、リスが好きならそう思いたくなるだろう。

 でもリスにリスらしくあってもらうために、リスの生態を正しく理解しようとするのならば、言葉を持たない相手に人間の幻想を押し付けてはいけない。リスに愛を持って接していれば、こちらの考え方になるのだ。


 リスおじはその思考を持っていても、その場で私に長々と説明することはなかった。

 彼のリスへの愛は、他人に誇示するためのものではなくて、彼の胸の中で大切にされているものなのだ。


 リスおじはただのリス観察おじさんではない。

 私よりも物を知っていて、複雑な思考を巡らせて、ただの「リスかわいい」を通り越してより解像度の高いリスを見ている人なのだ。

 そして、しょっちゅう動物園に来てリスばかり眺めている正真正銘の変人だ。彼にも仕事も家庭もあるだろう。同僚や家族の立場から見た彼は、あんまり関わりたくない変わり者かもしれない。

 それでも、周りからどう思われようと、リスを見に来る。なおさら変人だ。だけれど、周りに迷惑をかけるタイプの変人ではない。しかもそんなのが複数人いるわけで。


 普通なのに普通でもない、彼らリスおじを知れば知るほど、また、私の心に火がついてしまうのだ。

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