きっと、答えは見つからない
リスの暮らす木々が、小道に影を落とす。わずかな日陰に佇んで、おじさんたちがリスを眺めている。
私はリスを見ているふりをして、今日も、ここにいる。
「こんにちは」
リスおじが私に微笑んだ。また別のリスおじも、会釈した。
「この頃よく見かけるお嬢さん。こんにちは」
「こんにちは」
私は掠れた返事をした。
おじさんたちはリスを愛しているからこそ、リスを深く知ろうとして、観察している。
私もリスおじの生態を知れば収穫と感じる。知るのが楽しいから観察している。
おじさんたちはリスを愛しているからこそ、リスの生活の邪魔をしない。触ろうとしたり、餌を持ち込んだりしない。
私もリスおじと関わりたいとは思わない。むしろ話しかけないでほしい。見ているだけでいい。
同じはずだ。上辺だけは、同じだ。でも、なにかが決定的に違う。
おじさんたちのリスに対する想いは、愛だ。静かで、控えめで、誰にも迷惑をかけない種類の愛。
では、自分のおじさんたちへの想いはなんなのか。リスが木の葉を擽るざわめきの中で、言葉を探す。
私の中にあるこの感情は、愛ではない。もっとねじれていて、もっと偏っていて、もっと自分勝手だ。
そう、いうなればこれは、偏愛だ。
リスが枝を渡るたびに、木の葉が揺れる。おじさんたちが嬉しそうに目を細める。日頃の疲れをリスが癒やす。そのほんわかした彼らの顔を見て、私がニヤける。
誰かに聞かれたわけでもないのに、心の中で言い訳を並べたてる。
人間は少なからず、誰もが気持ち悪いのだ。表に出さないだけで、誰にも言えないような嗜好を持っているくせに、世間にばれないようにひた隠しにして脱臭してクリーンな振る舞いをしているだけ。皆、そうだ。
私だって観察される側の不快感を知っている。ならば、だからこそ、私が観察する側になることがあっても良いではないか。私のような属性だけが、私ばかりが、消費される側であり続けないといけないなんて、不公平だ。
作り物の森の湿度を吸い込みながら、自分を正当化する。私はおじさんに危害を加えているわけではない。ただ見ているだけ。ただ、そこにいる背中を追っているだけ。それだけなら、許されるのではないか。
自分の言い訳が正しいとは、微塵も思っていない。むしろ言い訳を重ねるごとに、胸の奥に沈む歪みを自覚する。
おじさんは、枝の上で毛づくろいをするリスを見ながら、「かわいいですね」と呟いた。




