↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/6

これは、もっと汚い

 年パスを提示して、今日も動物園に入る。

 そして、『リスたちの森』へ向かう。開園直後の朝早くだとリスが活発に動く。リスを見るおじさんたちも、良いリアクションをする。


 先日のリスおじからの質問で、気がついてしまった。

 いや、本当はとっくに気づいていたのかもしれない。

 気づかないふりをしていたのかもしれない。

 気づきたくなかった。


 私が動物園に来る目的は、リスを見ているおじさんたちだ。


 動物園なのに、展示動物ではなくて、リスを眺めるおじさんを見に来ている。その事実がくっきりと輪郭を持って迫ってきて、自覚してしまった。

 二重扉の向こうには、おじさんたちが数名、バラバラに散らばってそれぞれリスを観察していた。順路どおりに回ると後の方になるこの『リスたちの森』は、朝早くだと人が少ない。真っ先に来るこの人たちくらいしかいない。


 キーホルダーのおじさんが、私に気づいた。


「おはようございます」


「おはようございます……」


 ああ。挨拶される程度には、顔見知りになってしまった。完全に認知されてしまった。

 おじさんが、リスを驚かさないように小さく絞った声で言う。


「リスはいいですね。かわいい」


 その言い方は、誰かに自慢するでもなく、誰かに布教するでもなく、自分の胸の内をそっと置いていくような、そんなふうに聞こえた。

 リスを愛おしそうに眺めるおじさん。リスが好きで堪らないのだろうが、決して触れようとはしない。正しい距離を保って、リスを見ている。


 人は、好きであれば触れようする。美しいものを、かわいいものを、都合よく人間様のおもちゃにする。

 触れることが相手のストレスになるか、喜びになるか、そこは鑑みず、自分が触りたいから触る。関わりたいから関わる。


 でもただの「好き」ではなく「愛」であれば、自身の欲望よりもリスへの思い遣りが勝るから、触ろうとしない。彼からは、いや、彼らリスおじからは、そういったリス愛を感じられる。

 私はもう、リスを見ていない。おじさんを見ている。


 元彼の舐めるような視線を受けて以来、他人の目が気になるようになった。


 放っておいてほしいのに私をロックオンして、聞いてもいないのに動物の解説をする人が、本当に嫌だった。

 自分の領域に踏み込んでこられるあの不快感、観察されているような、あのざらつき。「見られる」という行為は、私にとって気持ち悪いものだ。


 それなのに今、自分がおじさんに対して、全く同じことをしている。


 おじさんたちは、私に見られていることに無自覚かもしれない。彼らは、私が見ているのはリスだと思っている。まさか自分たちおじさんが見られているのは思ってもいないのだろう。

 でも、それならいいというものではない。


 SNSではカメラに気づいていない人を勝手に盗撮しているアカウントや、トイレに設置された隠しカメラに対する注意喚起などが、日々流れてくる。

 元彼がジロジロ見ていた他人の女性たちも、彼の視線に気づいていないときもあった。

 自分が気づかないうちに誰かに見られているかもしれないというのは、気づいている以上に気持ち悪い。


 分かっているのに、やめられない。おじさんから目を離せない。リスを見ているふりをして誤魔化している、そんなずるさも含めて自分自身が気持ち悪い。


 男嫌いの女性でも、男性アイドルや二次元の男は別という人がいる。それは自分を品定めしない、安全な存在の男性だからだろう。

 私にとってのリスおじもそうだ。彼らはリスしか見ていなくて、私をメスとして見てこない。だから、安心する。


 でも、そんな彼らを見ている私の方は、どうだろうか。

 私の方は、彼らを品定めしていないだろうか?


 人工の森は今日もリスの暮らしをそっと包み、おじさんたちは静かに呼吸していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。