リスたちの森
何度かこの園に来ていて、気づいたことがある。動物園の妖精にも、なんとなく属性ごとに傾向があるのだ。
例えば、レッサーパンダのファンは老若男女いるがおばさんがボリュームゾーンで、装備品にレッサーパンダの缶バッジやマスコットなどをジャラジャラつけてアピールしている。
鳥類に張り付いている人は性別問わず三十、四十代くらいが多く見られる。大抵がカメラを構えて無言で立っているが、鳥が撮りづらいところにいると同類同士でアイコンタクトを取り、喋りだす。一対一の対話をしているはずなのに妙に声が大きく、周りにいる他の客にもわざと聞こえるように喋っている。気がする。
ニホンリスはどうやら、おじさんに好まれるようだ。
また、あの人がいる。
湿った風が頬にまとわりつく。『リスたちの森』の木々の影が、微かに揺れる。乾いた木をするすると登っていくリスたちの姿がそこかしこにある。
その中に、見覚えのあるあのおじさんがいる。
前述のとおり『リスたちの森』はライト層からの人気がある。しかしその殆どが、「かわいー」と言いながらさっと通り過ぎていくだけ。
何度も訪れていて長く佇む人は、このキーホルダーのおじさんを含め、圧倒的に中高年男性が多い。
リスはおじさんの心を掴むらしい。
愛らしい顔の小動物なのだから、若い女性や子供が好みそうなイメージだけれど、実はリスには、おじさんのファンが多いのだ。
キーホルダーのおじさんはいつも、この施設にいた。『リスたちの森』の一部みたいに、静かに、変わらず、木の根元に佇み、カメラを構えている。リスの動きを目で追っているようでいて、他の客にも気を配り、通路を行く人がいれば体を少し引いて道を空けてくれる。
その妙に丁寧で、妙に控えめな仕草を見ると、どうにも胸の奥がくすぐられるような感覚に襲われる。
リスが一匹、おじさんの足元を駆け抜ける。おじさんは微笑むでもなく、驚くでもなく、ただその動きを受け止めるように視線を落とした。
その横顔に、私は木陰に立ち止まって、おじさんの背中を見つめていた。リスを見ているおじさんって、なんか、面白い。別に変なわけではないけれど、「かわいい」からかけ離れた存在のおじさんがド直球の「かわいい」を存在のリスに夢中なのが、なんともいじらしい。
キーホルダーのおじさんに、別のおじさんが声をかけた。
「こんにちは。今日は撮れ高どうですか」
首から双眼鏡、腰には小さなポーチをつけていて、そのポーチには、リスのピンバッジが光っている。
ピンバッジのおじさんに話しかけられ、キーホルダーのおじさんが軽く会釈する。
「今日はまあまあですね。この子たち、朝は動きが良かったんだけど、今は大人しいです」
その声は、人工のリスの森にすっと溶けるように静かだった。
おじさん同士が話すところを初めて見た。しかも、妙に馴染んだ空気がある。そこへ、さらにもうひとり歩いてくる。
帽子を深く被ったおじさんが、入り口から現れた。帽子にはリスの缶バッジがついている。
彼を見ると、先にいたふたりのおじさんが手招きして呼んだ。
「あっ、お久しぶりです」
「やあ、こんにちは」
三人は自然と輪になるように立ち、にこにことお喋りをはじめた。
「ここのところ来てなかったですよね」
「ええ、一ヶ月ぶりです」
帽子のおじさんが言うと、キーホルダーのおじさんが少し驚いたように眉を上げた。
「珍しいですね、そんなに空けたなんて。どうしたんです?」
「いや、ちょっと仕事が立て込んでて。でも、やっぱりここに来ると落ち着きますね」
「白眉毛の子、さっきあっちの木のウロにいましたよ。今は隠れちゃってるかも」
三人はそれだけで通じ合っているようだった。リスの動き、撮れ高、お気に入りの個体。彼らの共通言語、という感じがした。
声は小さく、ささやかで、関係ない私の邪魔にならないようひっそりと気遣ってくれている。
彼は、三人で約束して来ているわけではない。この様子だと、どうやらリスが好きでここに来ている者同士で、自然と顔見知りになったといった感じだ。
この人たちは、リスの森で出会って、リスの森でだけ話すのだ。それだけの繋がり。人間関係の最小単位みたいな、薄いけれど確かな縁が、そこにある。
するりと、リスが彼らの真上の枝に姿を表した。
三人が同時に顔を上げる。まるで、同じ方向を向く習性を持った動物の群れみたいに。
なんか、かわいい。私は無意識のうちに、頬が緩んでいた。




