26_専属家庭教師
昨日は休みの日だったのに散々だった。着飾ったり洋服を選んだりするのは好きだったはずなのだが、昨日のあれは完全に着せ替え人形、めちゃくちゃ疲れた。起きたはいいが疲れが取れていない感じがする。そして、もう一つ気が重い原因がある。
「明日からは本格的な勉強が受けれるはずじゃ、ラブロフから聞いておるがマリィは非常に頭が良いようじゃな。普通の勉強は多分できるじゃろうから、集中して華族としての礼節をしっかり学ぶんじゃぞ。そのためにローレッタがきてくれるんじゃからな」
帰り際にタカダーイアからそんなことを言われた。普通の家庭教師ではなく、華族教育を重視させられるらしい。それ絶対めんどくさいやつじゃない!? 一応、苦手だということにした歴史の授業とかも、やはり前世で勉強慣れはしていたということと、体が若いからか吸収力がよくて割と先週のラブロフの授業は問題なかった。このまま普通にテスト勉強をしていくなら王大も余裕で目指せるはず。あくまで前世の受験勉強の延長だ。高校生の時は当たり前のように有名な予備校にも通ったし夏期講習もやったし、大学だってそれなりのところに現役合格だった。
しかーし、貴族のマナーなどやったこともなければ、まともに見たこともない。食事のマナーくらいならいいが、まさか舞踏会のダンスとかまで練習させられるのか? あー、めんどくさい。
とりあえず朝ごはんを食べようと食堂に行くと普段通り先にシロッコがいたので横に座る。
「マリィちゃん、おはよう、元気なさそうだけど夜更かし?」
「いや、今日からちゃんとした貴族教育が始まるらしくて面倒だなあって」
「あー、それでかあ」
「ん?なにが?」
「今日からは午前の勉強も半分は自主学習になるって、あとマリィちゃんは貴族教育重視に方針が変わったから、私は近々普通の学校に通えるように手配してもらえるみたい」
「え?大学にいくまでは、ずっと一緒に勉強するんじゃなかったのか?」
「私、貴族の勉強は必要ないし・・・マリィちゃんはよく勉強できるから、やり方を変えることになったって言ってたよ」
やられた・・・能ある鷹が能を出しすぎた結果、明らかにやっていないだろう貴族教育だけみっちりやればいいっていうことになったのか。私のばかばかばか、調子に乗って勉強できるアピールをしたばっかりにこんなことに。これまで孤児院だと神童ムーブで問題なかったから流された! 今後はもっと考えないと・・・
その後、メイドのデイジーに案内されていつもの勉強用客間に行くと、まだラブロフはきていないようで座って待つとラブロフともう一人が入ってきた。
「ローレッタ様 こちらが勉強の部屋でございます。今日よりマリィお嬢様とメイド見習いのシロッコの教育をお願いいたします」
「お二人とも初めまして、王大特任教授のローレッタよ。よろしくね」
でたー。血族だこれ。髪の色が自分やマリアンヌほどの強い黄色に近い金ではないが、金髪だ。どおりででじじいが昨日したり顔で伝えてきたわけだ。しっかり知り合いだったってことだな。年齢は結構いってるっぽいかな?あとめっちゃ尖った三角形の眼鏡をしてる。
「二人とも、ご挨拶を」
「お初にお目にかかります。マリィと申します。どうぞよろしくお願いします」
「シ、シロッコです。よろしくお願いします」
「では、私はこれで」
ラブロフは何かを察してスっと出て行った。
よくわからないが悪寒がする。
「ふふふ、自己紹介の仕方からまあったくなっていないザマスね。これは鍛えがいがありそうだわぁ」
「ヒッ」
三角形の眼鏡のレンズは厚みがあり、こちらからみるとニコニコしているのにレンズで大きく見える眼は全く笑っていない。
「特にマリィ! ビシバシやっていくザマスよ!」
・・・・・・・・・
初日から地獄だった。もう逃げたい。まともな勉強は最初の最初だけだった。学力を測るために簡単なテストをさせられた後は言葉遣いや礼節のマナー講師と化したローレッタにひたすら貴族の教育をさせられた。やばい、これは絶対続かない、無理無理。
「ローレッタ先生、大学に行くまではまだまだ時間があります、もっとゆっくりやりましょう! そうです、ゆっくりでいいはずです。そうしましょう!」
「マアアリィ、あなた、逃げようとしているザマスね?」
「ヒッ、そ、そんなことはないですよ。論理的にリスケジュールを求めているだけですわ」
「今日半日ですが、だいたいわかったザマス。マリィ、あなた相当頭がよろしいようですわね」
「お、お褒めにあずかり光栄ですわ」
「でーすが! その頭の良さを使って、こちらを誘導しようとする言動がふしぶしに見られるザマス! 大学教授を舐めてるザマスね」
「そ、そんなことはございませんわ」
ふるふると上目遣いで話しかける。どうだ、さすがに子供にこんな感じでやられて強くは言えないだろう。
「それザマス。演技で庇護欲をそそられるような動きをまあ自然になさること。よおおくわかりましたあ。わたくしはあなたとは人生経験も見てきた生徒の数も桁が違います。そんなものは通用しないし、そのために私が呼ばれたこともよおく理解できました」
「そのために呼ばれた?」
「髪の色を見てわからないザマスか?」
「あ」
「わたくしの名前はローレッタ=レムン=ウィンガーラよ。直系ではないけれど、あなたと同じウィンガーラ家に属する者。普通の家庭教師だったらあなたに強く言うことはできないでしょうけど、ことわたくしであれば、まああったく気にせず指導できるというものよ」
たった一週間でなんて人選してきたんだ。これで逃げれないことが確定した。貴族の子供としての立場で先週はまわりからチヤホヤ気味(一部ポンコツ女騎士除く)だったから、明るい未来しか想像していなかったし、大人相手も私は中身が大人だったからやり合えると思い込んでいたのに。これ、ずっと続くのか!?
「マリアンヌから緊急要請が来た時はびっくりしましたし、教授の仕事もあるから本気で受けるつもりじゃなく試しに見にきただけのつもりだったのだけれど、気が変わりました。マリィは本当に鍛えがいがありそうザマスから、ずうっと付き合うことにします。なにせマリアンヌからも完璧に仕上げてほしいといわれているザマスからね!」
クソババア! 全然会えもしないのにこういう余計なことだけやりやがって!
「では、この後は食事の講義ザマスね」
「え?今日は終わりじゃ、あ、終わりではなかったでしょうか」
「マリアンヌからは公私ともに指導して欲しいと依頼されてるザマスよ。わたくしも今日から金の城に住み込みですから“いつでも”指導できるわあ。よかったわね?まありい」
「あ、じゃあマリィちゃ・・じゃなくて、マリィお嬢様、私は使用人の食堂での昼食と午後は見習いのお仕事があるので先に失礼しますね」
「しろっこーーーー!!!」
その後は食堂にいけずに客間にてめちゃ緊張する食事が始まった。味を全く覚えていない。というかこれまで食堂で普通に食ってたこともバレてしまいめっちゃ怒られた。
ちなみに一緒にいたデイジーも、なぜそんなことすらお嬢様に進言できないのかって怒られてる。貴族的な行動としてかなりダメだったらしい。ということで午後の魔法訓練は中止となり緊急会議が開かれることになった。
「はぁ~、あなた方、帝王学が何たるかおわかりザマス?」
執事長のラブロフにメイド長のカマンが呼ばれ、昼前に登城していたネイアとネス子も後ろで立って聞いている。
「マリアンヌの期待とマリィの素質について理解がまああったく足りていないようザマスねぇ」
そこからもねっとりとした説教が1時間は続いた。午前と違って私以外も標的になっていたからまだマシだったけど。あと大学教授だって言ってただけあって明らかに頭がいい、マジで反論できない言い回しで詰めてきやがる。ただ、熱意だけは本気っぽいんだよなあ。なんでここまでこいつはやる気になっちゃってるんだ。さっきも自分で言ってたが大学教授で忙しいから本気で専任家庭教師なんて受ける気がなかったって言ってたし、話をきいていくと自宅もロングサンドじゃなくて王都トールランドの方らしいのに。
説教が終わった後、とりあえず自室に戻った。魔法の訓練は自分がいいだしたことだが流石に疲れてしまい今日は訓練場まで行く気になんてなれない。
「お嬢、大丈夫ですか?」
「お前らのありがたみを噛みしめてるところだよ」
「どういう意味ですか?」
「マジ疲れたってこと、今日はもう訓練場にはいかないぞ」
「今日からは元々座学の予定ですよ」
「そういえばそうだったな、で、教科書は買ってきたのか」
「それなんですが」
教科書向けの本がちょうど品切れだったらしい、と言っても今週中にも入荷される見込みらしく予約はしたそうだ。そしてまだ本がない今、何をしているかというと。
「ここかー、結構あるな」
「私も初めて入りましたけど立派な本もありますね」
城の中にある図書室に来てみた。城の中にある施設については一通り教えてもらったが広すぎるのと週末は外に出たから全然把握していない。そもそも買わなくても図書室に使える本があるのでは?ということで見学がてら3人で来てみたのだ。
「初級の本とかはなさそうですね。というか歴史書が中心ですね。さすが城の図書室です。入って読みたい人は大勢いるでしょうね」
「使用人すら入室を禁止しているということだったから、さすがに教科書にできるものはないか、兵法とか戦術書ならあるかもしれないな」
城の図書室は結構厳格で入室にあたってきちんと記録を取られた。しかも機密事項などもあるようで一般人は入れない、二人は水月所属ということで許可されたらしい。確かに歴史書だと地球でも博物館とかで展示されていたし、国立図書館でも貴重なものは保管庫の方で一般人はみれなかった、ここはそういうやつしかないっぽい。
「それにしても、どれもこれも高そうな本ばっかりだな表紙がめっちゃ豪華だし」
「あ、これとか城が建ってすぐの頃の街の様子が書かれてますよ!」
ネイアは歴史とか結構好きみたいだ。ネス子の方はうろうろしてるだけだな。歴史はどうでもいいが表に出ない魔法の秘術書的なものとかはないものか。一応この部屋の司書は他の業務と兼任者でいるにはいるが、あくまで部屋の状態管理をしているだけで中身とかはわからないらしい。機密の関係もあって貸出なんかも前提としていないから目録もないそうだ。
「これは南北戦争時代のウィンガーラの功績か、この時代から水月は活躍していたのだな。うんうん」
地味に広いし棚ごとに年代や種類が整理されているわけでもないから目についたものを見るしかないっていうのは意外と苦行だということがわかった。まあ手続きはあるが私はいつでも入れるしちょいちょい見てみるかな。
その後も三人で適当に本を見たが当然初心者向けの教本のようなものなどなく、そろそろ帰ろうと出ていこうとしたら誰かが入ってきた。
「げっ」
「あら、早速図書室でお勉強だったかしら、ウィンガーラの歴史は古いですからしっかり学ぶとよいザマスよ。それはそうと、会った瞬間、顔が強張りましたね、どういうことでしょうか」
「ほほほ、ここで誰かと会うことはないと思っていたので驚いただけですわ。私たちは調べものも済みましたのでお暇させていただきますね」
「調べ物は見つかりましたか?」
私ではなく後ろの二人に向かってローレッタは問いかけてきた。
「ええっと、今日はお嬢様にも使える魔法の教本がないかとこちらに来たのですが見つかりませんでした」
「わたくしはここの本は詳しいので先に聞いてくだされば教えて差し上げたのに、マリィ向けというと高度なものはまだ必要ないでしょうから、ここにはありませんね。魔法訓練が上達したら声をおかけくださいね。上級向けのものならありますから」
さすがは教授だなあっと感心してると、急にニコっと笑ってこっちを見てきた。
「マリィは歴史が苦手だと聞きましたから、休みの日にでもここに通ってウィンガーラの歴史を暗記するザマスよ。ウィンガーラ貴族としての矜持をしっかり学んでくださいね」
ラブロフのやろう余計なこと伝えやがって!
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ドタドタとマリィ達が図書室から出ていき残っているのはローレッタだけの静かな空間になった。帰郷の際には毎回来ているのだが、ここで人と会ったのは何年ぶりだろう。マリアンヌの心配事も確かに現実問題として目に見えてきて、そんな折に出てきた孫があそこまで優秀だと期待がかかるのも理解できる。あれほど興奮して話すマリアンヌをみたのもいつ以来だっただろうか。
私はウィンガーラの貴族として生まれ、誇りをもって育った。しかしながら自分は戦闘系の魔法はそれほど得意ではなかった。そんな中でも、この城の図書室に詰まった歴史書を読むと自分もこのウィンガーラの貴族の末席として何かしなくてはという思いと焦りが日に日に強くなっていった。結果として教師の道を選んだが今日の出来事を見ると正解だったと思う。
ウィンガーラの一族は確かに強いのだが武に固執しすぎるものを中心に癖の強い者が多い、だからこそ長い歴史の中で何度も国の王となれるチャンスがあったはずなのに結局は領主のままだ。この城だって王城以上の大きさなのに。マリアンヌのような有能なものがトップでありつづければと願うがそうはならない。ただでさえ時代の流れと共に貴族の地位は下がり不要とする国も多くなった。ただ、それでもこの国のように大国ではない中小国家では貴族の強さは国を護る要だ。大国でなければ魔物の脅威や隣国との関係でいつでも国が潰れる可能性と戦いつづけるしかない。もちろん番人がいるような国であればそれで十分なんとかなるのだろうがウィントールはそうではない。建国以来、一度だって番人がこの国に生まれたことなどないのだし。
他国にも影響されながら激動していくこの時代のかじ取りをあれだけ頑張り、実績もあげて国の英雄としても名高いマリアンヌだが子供の教育までは手が回らなかったのだろう。自分も一族としてもっと気にかけるべきだったと反省している。せめて自分の子供が生まれたタイミングと被っていなければ少しは手伝えただろうか。
でも幸いなことに間に合った。マリアンヌはまだまだ健在だし、その間に後継に成りえる少女が現れた。まだ一日しか付き合っていないがありえないほど頭がいい。これほどの子供は今まで教えてきた生徒でもみたことがなく、一番有能だった教え子より頭一つどころか2つ3つ抜けているといってもいいと感じた。最初は8歳と聞いて正直、今の時点で自分が出張って教えることなどない、王大に来てからでもいいのではないかと言ったくらいだ。これまでの経緯から教育に関してマリアンヌは全く信用していなかったから。
だが会ってみてその考えは真逆になった。むしろ遅すぎた。生まれた時から教育したかった。孤児院で育てられてあそこまでなれているのだ。きっとうまく導くことができればウィンガーラの歴史の新たな1ページ、いや一冊になってくれるはず。そう思うと期待がどんどん膨らむ。私の大好きな図書室に新しく、そして誇れるウィンガーラの歴史書を“私が”納本できるかもしれないのだから。
ローレッタはマリアンヌより少しだけ年上です。ふたりとも心配事は同じですが重視している部分はお互い微妙に違っています。マリアンヌは国の存続、繁栄というより大局的な視点に対し、ローレッタはウィンガーラの歴史的経緯が項目としてかなり混じっています。現実的に為政をしてきたものと評論家の差分でしょうね。




