第55話 長男ベルナルから見た母親ヨラン しかしどんな母でも母は母なのだが
王都まであとは何事も無く馬車を走らせるだけという帰路、
途中で聖女ハンナ様の居るルバークという街で報告がてら泊まるのだが、
そこで待っていたのが剣士ヨランの長男、ベルナルくんであった、おそらく十歳前後。
(アリナがわざわざ、外で待っている侯爵家の私兵に食事を勧めに行った)
うん、警備の仕事はどうしても食事時が難しい、
だが渋っているようだ、いやほんといつ飯を食うんだよ、
主人の長男と一緒のタイミングでは食べられないよって感じか、あと侯爵夫人。
「えっとベルナルくん、ここではそんなに上品に食べなくても良いんだぞ」
「……私は、こういう食べ方しか教わっていないので」
「ラスロ、彼には好きにさせて頂戴」「いや、そういうつもりじゃ」
まるで無理に汚く食べろって言ったみたいになったのか、
などと食べ始めていたらアリナが戻ってきて席に着いた。
「我々が食べ終わってから、交代でいただくそうです」
「そうか、まあ彼らも仕事であれば無理強いは出来ないな」
「後で一言、かけてきましょう」「ああヨラン、すまない頼んだ」
このヨランの、
貴族のご婦人口調はまだ俺には慣れないな。
「母上……これが母上との、最期の食事となるのでしょうか」
「そう、かも知れないわね、母親としてはもう……ごめんなさい」
「ヨラン、それは少し早いかも」「いえ、私はもう決めたの、ラスロへと戻る、と」
そのあたりも含めて話そう。
「ベルナルくん、ヨランは『母親を演じていた』と言っていたが」
「……我が侯爵家では父上の命令が全てです、その父上に母上は、
母親である事を演じるように命じられ、それを絶対的に従って来ました」
実の息子がそう言うんだ、
あきらかにそう感じる母親だったのだろう。
「……辛かったのかい?」
「悲しいとき、苦しいときは母親として抱きしめてくれました、
そして的確なアドバイスを……ですので母上は、母親としては満点に近かったのでしょう、ただ……」
ナイフとフォークを止めて俯く、
暗い表情、何か引っかかるものがあるのだろうか、
と思ったらここは弓使いエミリがやさしく語りかける。
「それは、外から見ればという訳よね?」
「はい、言い方は悪いですが、その、母上は……」
「言い難いか、ヨラン、席を外すか?」「いえ、私も聞きたい……わ」
そのヨランにベルナル君は、
言葉を選びながら、少し声を震わせながら語る。
「……まず母親というのは基本、ひとりしかいないので、
もちろん私の母上ではあるのですが、その、感覚としては、
メイド長の上のメイド、とでも言うか、何かあれば抱きしめれば母親だろう、のような感じで」
あーーー、
そこやっぱりわかっちゃうのか、
それってやっぱり醒めた感じを持っちゃうのかな、聞いてみよう。
「ベルナル君は、嫌だったのか?」
「いえ、母親の温もりは唯一無二ですので……助けられました」
「そうか、そう感じ取っていたのか」「ベルナル……ありがとう」
素直に感謝するヨラン、
うーん、この関係を引っぺがして、良いものなのか。
「ならやはりベルナルくんは、戻ってきて欲しいと」
「私が自分で選べて、誰の気持ちも考えなくて良いというのであれば、当然」
「ではヨランの気持ちを、考えてくれると」
運ばれてきた肉を頬張り、
水を飲んで、一息ついてから……答える。
「……忘れられないのです、母上が時折見せる、
天を仰ぎながらの悲しそうな、ため息をつく姿が……
普段は絶対に見せない、私たちに隠れて見せる、本当の姿、だと」
つまりそれは、
死んだと思っていた俺を想って……?!
「ヨラン」「憶えていないわ、わからない……でも、
ベルナルがそう言うのであれば、それはあったのでしょう、
無意識にやっていた、それがなぜ、どうしてかまでは……正直、本当に、ごめんなさい」
うーむ、ヨランらしいというか、
ここでもしヨランが嘘でも『たまにラスロを思い出して』とか言ってしまえば、
俺の心象的に加点になったかも知れない、だがそこを素直に、本当の事を解説してくれた。
(ヨランという女性がいかに信頼できるか、信用できるかっていう事になるのかもな)
その真っ直ぐな部分は、
十二年経っても昔のままだ。
「つまりベルナルくんは、連れて帰れるものなら連れて帰りたい気持ちはある、と」
「というより父上の命令に逆らえず来た、というのが正しいです、我が侯爵家において父上は絶対ですから」
「だそうだヨラン」「私の結論は変わらないわ、いくらでも頭を下げるわ、侯爵家当主にも、ベルナル達にも」
ベルナル達ってことは、
それ以下の次男、三男、四男のことなのだろう、
貴族しかも侯爵レベルの夫人が離縁となると、相当な事だからな。
(公爵は陛下の許可が居る、侯爵も通例としてお伺いを立てる、十二年前の情報だが)
このあたり、
陛下に関しては問題は無いだろう、
問題があるとすれば俺だ、ヨランを貰うのが確定してしまう。
(この期の及んでだが、俺はまだそこまで気持ちを、覚悟を決めていない)
思わずロズリを見る、
新ハーレムの四人は終始、不安そう……
俺が旧ハーレムを選べば自分たちは、という気持ちなのだろう。
「ヨラン」「はい」
「……今夜は、ベルナル君の面倒を見てまげられるか?」
「ラスロの、命令であれば」「いや、お願いだよ」「……同じことだ」
深く頷いたヨラン。
「よし決まりだ、後は俺も考えるよ」
王都も近いからな、
少し結論を先延ばしにするにしてもだ、
そのあたりの陛下への報告や提案、お願いかな、を詰めないとな。
(しかし……やっかいなのは、子供が居るのはヨランだけでは無いという事だ)
それはまあ、おいおいで。




