第437話 反撃の前に
アリスが連れ去られた。
私は何もできなかった。
その事実を前に立ち尽くす私へ、
「……ルナ」
意気消沈した様子のリンが近寄ってくる。
下を向き、私と視線を合わせようとしない。
今回の敗北の原因は自分にあると思っているのだろう。
今の私と同じように。
「どうやら状況はあまりよくないみたいだね」
「スーフェン……ごめん。アリスが竜人陣営に連れていかれた」
「襲撃には気づいていたよ。ルールに守られている僕らは攻撃されなかったけど、同時に手出しもできなかった」
二の腕をこすりながら現れるスーフェン。
背後にはアンナとニコラの姿もある。
「ごめんなさいっ、お姉さま! 私、見てることしかできなくて……」
「いや、何もできなかったのは私の方だよ。アドラスが襲撃してきた時点で、残り二人の行動も予測するべきだった」
思えばアドラスの突然の襲撃は陽動としての意味合いもあったのではないだろうか。もちろん本命はリンだったのだろうが、サブプランとして幾つもの作戦を採用していたということ。
傭兵、か……短絡的に見えて意外と抜け目のない相手なのかもしれない。
「……ルナ、これからどうする?」
「ニコラはアンナと一緒にここに残って。私はリンと一緒にアリスを追う」
「それはどうかな。君たちにアドラスを倒せるとは思えない」
私がニコラと今後について話していると、突然スーフェンが口を挟んでくる。
「君たち、というより、誰にもアドラスは倒せないと思うよ。一線を退いたとはいえ、かつては伝説の傭兵として知られていた彼だからね」
「……相手が何者だろうと関係ない。私はアリスを助けに行く」
「目的を否定したわけじゃない。ただ、手段は尽くすべきだって話さ」
「手段?」
「ああ、そうさ」
何か考えがあるのか、スーフェンは軽く一つ頷いてみせた。
「地人族に助けを求めよう。同盟を組んで、共に竜人陣営を叩くんだ」
「地人族に? そんな簡単に同盟を組んでくれるかな?」
「それは交渉次第だけど、他の二つの陣営よりは組みやすいと思うよ。特に、竜人陣営と組むことだけは避けた方が良い」
「竜人陣営とは組むなって……それはまたどうして?」
「危険な思想の持ち主だからさ」
アドラス・レギオンという人物についてよく知っているのか、彼の経歴についてスーフェンは詳細に語ってくれた。
「彼は傭兵として大金を稼ぎ、一大傭兵集団『軍勢』を完成させた。戦場においてレギオンは手段を厭わない冷酷な殺戮集団だったというよ。武力による支配。それが彼のやり方で、本質なのさ。そんな人間がこの国の実権を握ったらどうなるか、想像したくもないね」
争いを好まないスーフェンからしたらアドラスのやり方は気に入らないのかもしれない。その言葉にはどこか棘が感じられた。
とはいえ、彼のアドラスに対する評価も的外れではないだろう。
武力による支配。それを堂々とアドラスは宣言していたのだから。
「……分かった。まずは地人族の陣営と交渉してみる」
「うん。それが良いと思うよ。アトリによろしくね」
私の方針にスーフェンも納得したのか、ひらひらと手を振って家の中に戻っていく。「これ、二階の修理費用は竜人陣営に請求できるかな……」なんてのんきなことを口にしながら。
◇ ◇ ◇
地人族への交渉へは私とリンで行くこととなった。
ニコラとアンナはついて来たそうにしていたが、急ぎの用事でもあるし、あまり大人数で圧力を感じさせたくもなかったからだ。
夜の街を駆けながら、私は思っていたことをリンに伝えることにした。
「リン。私は戦うよ」
「…………」
私の言葉に、リンは肯定も否定もしなかった。
肯定したくないという気持ちと、自分一人ではどうしようもないのではないかという葛藤の中で迷っているのだろう。
だが、私達の間で意識の共有をしておかなければならないのは絶対だ。
もう二度と、戦場に出遅れるようなことがないように。
「さっきの戦いで分かった。アドラスは強い。多分、吸血モードの私でも苦戦するほどに。他二人の戦力も不明だけど、弱いってことはないと思う」
アリスも師匠から戦い方を学んだ戦士だ。そんな彼女があっさりと拘束された点を見るに、ユキとネロの二人も要注意しておく必要がある。
「戦いになったら、リンは真っ先に私に血を渡すことを考えて欲しい」
「それは……」
リンからしたら承諾しがたい依頼なのだろう。
だが、ここばかりは私も譲るわけにはいかない。
「傍にいさせて欲しいってのはリンの運命を見届けさせて欲しいって意味じゃない。私も一緒にその運命を歩ませて欲しいって意味だ」
私たちは底辺の地下迷宮で出会い、苦楽を共にし、一緒に歩んできた。
死ぬときは一緒だ、なんてそんな寒いことは言わない。
ただ……
「……ずっと一緒に戦ってきたんだ。今さらのけ者にしないでよ」
一緒に生きよう。最期の瞬間が訪れる、その時まで。
そんな想いを込めた私の言葉に、リンは困ったような表情を浮かべる。
「ルナ……頑固すぎ」
「リンといい勝負かな?」
「……そうかも」
そして、最後には小さく笑ってくれた。
「……分かった。一緒に戦おう、ルナ」
「うん」
差し出した右手の拳に、リンが左手の拳を合わせる。
この時、私達は本当の意味でパートナーになった。そんな気がした。




