第436話 軍勢 ーレギオンー
ノーマルモードのまま戦場に戻ってきた私に、リンとアドラスはそれぞれ違った表情を向けていた。
「ルナ……! これは私の戦い、だからあなたは……ッ!」
「来なくてもいいって? 私の性格は知ってるでしょ」
私がリンのことを理解しきれていなかったように、リンもまた私のことを理解しきれてはいないのだろう。その程度の説得で引き下がる私ではない、と。
「いくらリンの頼みでも、こればっかりは聞けないね」
「……ルナ」
どこか悲し気な表情をリンは私に向ける。
そして、それはアドラスも同じだった。
「……吸血鬼ってのは確か、戦うときには黒い角のようなものが生えるんじゃなかったか? 本気じゃないなら待ってやるよ。つまらん戦いは趣味じゃねェ」
「そういう強気な台詞は、まずその糸を振り切ってから言うんだね」
「…………」
アドラスの両手に巻き付いた私の影糸を、アドラスはじっと見つめる。
そして……
「いや、止めておこう。どうやら時間切れのようだ」
「時間切れ?」
とても残念そうにそう告げる彼の意図が分からず聞き返すと、
「ボースー、こっちは終わったよーん」
物陰から二人の少女の姿が現れる。あの二人は確かアドラスの部下の……
「よくやったな。ネロ、ユキ。だがうまくやりすぎだ。もう少し時間をかけて欲しかったところなんだがな」
「あれ? もしかしてまだ終わってない感じ? あは~、流石は噂のルナ・レストン。やるね~」
「いや、予想外に時間がかかったのはこっちの獣人種のせいだ」
「へ? そうなの? ただの獣人種かと思ってたよ。でも……」
遠くからのびりと話しかけていたネロという少女の姿が消える。
「やっぱり僕が興味あるのは断然こっちだな~」
「…………!?」
突然、私の真横に現れた少女の声が耳元で囁かれる。
吐息の温かさすら感じる距離に突然現れた少女。
ノアの持つ瞬間移動の魔術、『ノアの箱舟』を使われたかのように一瞬で距離を詰められたのだ。吸血鬼の動体視力でも捉えきれない速度で。
「や、やるかこんにゃろ!」
慌てすぎて変な口調になった私を、少女はくすくすと笑う。
「それも楽しそうだけど……まだダメかな。ボスより先にってのは後で怒られちゃいそうだし。それに……」
「……お喋りはそこまでよ。目標は確保した。交渉を始めて」
それまでずっと話を聞いていたユキと呼ばれた少女が低い声で告げる。
そして、足元で引きずるように持っていた何かを前に出し私達に見せつける。
「なっ……アリス!?」
それは意識を失っているらしいアリスだった。
「順番は逆になっちまったが……まあいい。リン・リー、並びにルナ・レストン。お前たちに交渉する。あのアリスって女を殺されたくなければ……」
「……負けを認めろってこと?」
「いや、オレ様の配下にくだれ」
「…………え?」
てっきり代理戦争から降りろと言われると思ったが、アドラスの提案はまさかの同盟だった。
「……お前、これから同盟になろうって相手にいきなり喧嘩を売りにきたの?」
「違うな、ルナ・レストン。オレ様は配下になれって言ったんだぜ。仲良しこよしのお友達になりに来たわけじゃねぇ。本当ならルナ・レストンの戦闘力を把握してからのつもりだったが……リン・リーがここまで戦えるなら問題はない」
アドラスの主張はあくまで竜人陣営が上ということか。
となると代理戦争の優勝者の座も譲るつもりはないのだろう。
だが……これは悪くない提案だぞ。
今の状況はすこぶる悪い。アリスを人質に取られている以上、こちらに取れる対策なんてほとんどない。今後どうするかは後で考えるとして、ここは一旦味方になったフリをするのが上策だろう。
だが、それはあまりにも……
「……条件はそれだけ?」
「いや、もう一個あるぜ」
やはりあったか。追加の条件が。
今のままでは私達に有利すぎる条件だ。アドラスからしたらここで私達を全滅させても問題はないはず。それなのにわざわざ交渉を持ち出したということは、どちらかというとこちらが本命なのだろう。
「……言ってみて」
「この代理戦争が終わったら、ルナ・レストンを軍勢に迎え入れる。それが追加の条件だ」
私に向けて手を伸ばしながら、アドラスが意味の分からないことを言い始める。
私をレギオンに迎え入れる……? なんだそれは、一体どういう意味だ?
レギオンという存在については以前に師匠から聞いたことがある。詳しくは語ってくれなかったが確か、かなり強い口調でレギオンには近づくなと言っていた。
「……何が狙い?」
「深い狙いなんざねぇよ。ただオレ様達の存在意義に関わる話だからな」
「……存在意義? レギオンはただの傭兵集団、でしょ?」
「それは日銭を得る手段であって存在の目的ではないな」
私達の認識がズレていると感じたのか、アドラスはレギオンの存在意義について語り始める。
「軍勢という組織に対する世間の認識は確かにただの傭兵集団だろう。だが、その実態は違う。オレ様達の目的は希少種族の保護にある」
「希少種族の……保護?」
「あァ。オレ様の種族、竜人だってこの国には多く住んでるが世界的に見れば希少もいいところだ。吸血鬼ほどじゃねぇがな。そっちのネロとユキもそうさ。オレ達のような希少種はいつだって世の中から迫害されて生きてきた。オレ様はそんな行き場のない奴らの居場所を作ってやりてぇのさ。その為には力がいる。圧倒的な力が。それこそ国一つを作れるだけの力がな」
アドラスの言葉に少しずつ力がこもっていく。
「この代理戦争を勝ち抜いた暁に、オレ様はこの国を希少種のためだけの楽園に作り替える。人族も、獣人種も、地人族もいたいなら好きにすればいい。種族で区別はしねぇさ。だが、今この国に蔓延ってやがる差別主義者共の存在だけは絶対に許しちゃおかねぇ」
彼の言葉には怒りの感情が込められていた。
まだこの国にきて数週間程度の私よりもよほど多くの差別を見てきたからだろう。自由を標榜するこの国にも……拭いきれない差別意識は存在する。
「……そんなことが本当にできると思っているの?」
「できないことなんて、この世にはない。それを為そうとする意志と、能力さえあればな。希少種族にとってもっともよい居場所は同族のいる環境だ。ルナの存在は他の吸血鬼にとって救いとなるだろう。お前はこれから世界中で孤独に過ごす吸血鬼たちの受け皿になってやるんだ」
自信に満ちたアドラスの言葉には力が感じられる。
自然とついていきたくなるような、そんなリーダーシップが彼にはあるのだろう。だが、それは私の目的とは関係がない話だ。
「私は別に、どこの誰とも知れない相手のために尽くすつもりはないよ」
「居場所がないのはお前も一緒のはずだろう?」
「居場所がない?」
確かに私も王国を追われた身だ。居場所がないと思われても仕方がないのかもしれない。
でも、それは明確な間違いだぞ、アドラス。
「私の居場所はいつだって仲間の傍にある」
私は絶対にアドラスの主張を肯定するわけにはいかなかった。
私について来てくれた皆がいる限り。私は決して独りなどではないのだから。
「……若い、な」
「悪い?」
「いや、無知は罪じゃねぇさ。ただ……可哀想だと思ってな」
「……お前こそ私のことを何も知らないだろう。勝手に憐れむなよ」
「それは悪いことをしたな。ま、今回の提案を飲むかどうかは好きにすればいい。代理戦争はまだまだこれからだ。もう少しだけ待っててやるよ」
交渉は終わりだと判断したのか、アドラスが右腕を大きく傾ける。
そして……バチィィィィッ! と弾けるような音と共に影糸が引きちぎられる。
「なっ……!?」
「だが、悪い提案ではないと思うぜ。もう分かっただろう」
アリスを抱きかかえたユキとネロを従えて、アドラスがその場を去る。
「──お前らに、オレ様は止められねぇ」
勝利宣言とも取れる、そんな言葉を残して。




