008 星のチョコレート
掃除を終える頃には夕方になっていて、わたしとお母さんは夕食を作りながらお父さんの帰りを待っていた。
「お父さん、遅いね……」
「ええ。お昼も食べてないでしょうし、きっとお腹を空かせているわ」
「会議中、グウグウお腹鳴らしてたりして」
冗談を言うとお母さんはくすりと笑った。
「代わりにお水でお腹をいっぱいにしてるかもしれないわね?」
「はは! してそう!」
厨房が賑わう中、ホールでカランとカウベルが鳴る。
「ただいまー!」
お父さんのやけに元気な声がホールに満ちる。
「おかえりなさい」
呼び掛けると、彫りの深い顔がカウンター越しに厨房を覗き込んでくる。
「お、リーベ。母ちゃんの手伝いとは関心だな」
「ふふ、お父さんったら。わたしはいつもお手伝いしてるよ?」
「はは! そうだったな!」
短く笑うと、お父さんは意味深長な目線をお母さんに向ける。
「……そんで、今日はなんだ?」
「今晩はビーフシチューにしようと思います」
「お、久しぶりじゃねえか! こりゃ、食い出があるぜ!」
お父さんは何時にも増して元気だった。それが空元気であるのは、鈍いわたしにもすぐにわかった。
お風呂屋さんから帰ってきて、表の戸を施錠するとお父さんは改まって言う。
「ちょっといいか?」
ランプに照らされたその顔は険しく歪んでいて、これからどんな言葉が発せられるか、わたしには容易に想像ができた。
それはまるで猶予を与えるかのようで、気付くとわたしは拳を握りしめて備えていた。
「……隠していても仕方ない。明日になれば自然と耳に入るだろうからな。今のうち言っておく」
悔しげに前置きを挟むとお父さんは告げる。
「今日の夕方、スーザンが遺体になって帰ってきた。遺体は酷くやられてて、ダルにさえ見せられない状態だった」
「……そう、なんだ」
スーザンさん……ちょっと前まで、あんなに元気だったのに…………
涙を堪えていると、お父さんは続ける。
「ウワサするヤツも出てくるだろうが、そういう手合いは相手にしないことだ。いいな?」
「はい……」
「…………うん、わかった」
そう応じるとわたしは自室に下がった。
そっとドアを閉めた途端、糸が切れたように力が抜けた。
「…………」
脱力しつつも、どうにかベッドに辿り着くと倒れるように身を横たえる。
やっぱり、スーザンさんは死んじゃったんだ……
実感は湧かないが、お父さんが言うのだから間違いはない。そう。間違いは、ないのだ。
「うう……」
視界が滲む中、わたしは目の前に今朝、脱ぎ捨てたエプロンがあるのに気付いた。そのポケットは口がたるんでいて内部には昨日もらったチョコレートが見えた。
わたしはそれに手を伸ばすと頭上に掲げ、しばし見つめていた。赤色のオシャレな包装紙に包まれたそれは薄闇の中、ランプの明かりを受けて星のように煌めいている。
「…………」
むくりと身を起こし、包装紙を解く。
中から現れたチョコレートは円柱形で、上部にはブランドのものと思しき紋章が浮かんでいる。まるで封蝋のようだが、これは歴としたお菓子なのだ。
「……スーザンさん…………いただきます……」
チョコを頬張る。
スプーンのような滑らかな舌触りのそれは、舌に乗せた瞬間からバターのように溶け始める。あめ玉のように長時間滞在してくれるワケではなく、ほろ苦くも甘い、独特の味を舌に焼き付けて消えてしまった。
「……すごく…………すごく、美味しかったです。ごちそうさまでした」
わたしは包装紙の皺を伸ばし、丁寧に折りたたんで小物入れに収めた。




